宵月に喰われる (Pixiv Fanbox)
Content
「あぁ・・・、喉が乾く・・・」
闇夜の裏路地。
ゴシックなフリルをあしらった黒いドレスを纏った私は、壁に背を預けて膝を抱えていた。
月の光が降り注ぎ、私の金色の髪を淡く照らす。心臓がドクンドクンと激しく脈打ち、喉の奥がカラカラに乾いていた。遠くで、楽しそうな人間の声が聞こえる。その声が、私の飢えをさらに掻き立てた。
「ふふふ・・・、抗うのはやめなさい。あなたは・・・私よ」
脳裏に直接響く、甘く、妖しい声。それは私の一部、もう一人の私、邪悪なる本能の呼び声だった。その声が響くたびに、心の壁が少しずつ崩れていくような感覚に襲われる。
ロザリンド・・・、それは私の本来の姿。
強大な力を持ち、人間を支配することしか考えない、残酷な吸血鬼そのもの。
月光のように白くて優しいあの主の力によって封印され、子供の姿のままの私が本来なるはずだった存在・・・・・・。
しかし、完全な封印ではなかった。私が血への渇望を覚えるたびに、ロザリンドは私を支配しようと囁きかける。
こんなとき、あの困った主様がいたら私のこの衝動を抑えてくれただろう。
あの優しく温かい白いマントに私を包み込んで一晩でも愛を囁いてくれただろう・・・
もう、二度と戻ることの無い日々。
あの愛しい温もりも・・・、あの甘い匂いも・・・。
大事なものはいつも無くなってから後悔する・・・、どうしてもっと素直に甘えることができなかったのか・・・・・・、 あの愛の囁きに応えてあげられなかったのか・・・・・・。
どうして、自ら手放してしまったのだろうか・・・。
「かわいそうに・・・、そんな渇きはすぐにでも癒せるのに・・・。
その渇きは、血でしか癒せないのよ・・・。さあ、私に身を任せて」
ロザリンドの声が、私の頭を支配し始める。私は必死に頭を振って抵抗した。
「いやだ・・・私は人間を襲いたくない・・・・・・!!」
前なら抗うことができた。
でも、だんだん抵抗できなくなっている・・・・・・。
私の中で、本来のロザリンドが目覚め始めている。
そのとき、ふと視界の端に、路上で眠り込んでいる少年が映った。
「ああぁ・・・!!」
しまった・・・、 見ないようにしていたのに・・・・・・。
必至に目を逸らしていたのに・・・。
青年は、疲れ切った様子で横たわっている。
彼の服は破れており、その傷口から流れ出る、赤い、赤い液体・・・血の匂いが、私の意識を完全に麻痺させた。
「・・・あぁ・・・!」
私の瞳が、吸血鬼特有の赤色に変わっていく。血への渇望が、私の意志を飲み込んでいく。
「そうよ・・・それがあなたの、本当の姿
何をしているの・・・、喰らいたくてたまらないのでしょう♡」
ロザリンドの声が、勝利を確信したかのように響いた。
「ふふ・・・、それでいいのよ。それは貴方が仕留めた獲物だものね・・・♡」
暗い路地裏、目の前には少年だったモノ。
そう、私が彼をこのような姿にしたのだ・・・。
「貴女の獲物よ・・・。 たっぷりと味わいなさい♡」
襲ったのだ”私”だ・・・、ついにやってしまった。
仲が良かった女の子も、その子の友人だった男の子も・・・
屋敷に迷い込んだカップルも・・・
襲ったのはロザリンドだった・・・。彼女が私を乗っ取って襲ったんだ。
そう言い訳していた・・・、私の意思ではないと・・・。
でも、今目の前にしている彼は違う・・・。
私は、私のまま・・・、 この子供の姿のまま、襲ってしまったのだ・・・。
どうしてなのかわからない・・・
わからない・・・・・・
気付いた時には彼は倒れていたのだ。
いつのまにか私と彼はこの路地裏に居て・・・
彼の服は私の手で引き裂かれていて。
おそらく、抵抗したであろう彼の身体には無数の傷跡やあざがあって・・・。
しらないうちに・・・、私の手で・・・。
血に染まった掌を見て私は立ち尽くす。 爪にはそぎ取られた肉片が付着し、足元には襤褸布と化した彼の服が散らばっている。
「ふふふ・・・、何をぐずぐずしているの。
現実を見なさい? 言い訳なんて出来ないわよ?」
あぁ・・・、やっぱりやったのは私なんだ・・・。
自覚するたびに涙があふれる。 心が崩れれば身体は勝手に青年の方へと近づいていく。
結局、こうなるんだ・・・。 アデラインがいなければ私は・・・。
私は青年の細い首に、ゆっくりと顔を近づけていく。その口元から、鋭い牙が覗き始めた。
・・・・・・
・・・
喉の奥に広がる、甘く鉄の香りの余韻。そして、心を突き刺すような激しい後悔の念。
「あぁ・・・、私・・・、なんで・・・なんで・・・!」
高揚感と後悔で、胸が張り裂けそうだった。血への渇望に抗えず、無力な人間を襲ってしまった。
溢れ出る血に口を付けてしまったらあっという間だった。
吸っている間に、青年がこうなるまでの詳細な記憶が残酷なまでに鮮やかに思い出される。
一人で歩く私を、純粋に心配し声を掛けてくれたであろう青年。
どこかで擦りむいたのか、その手には絆創膏をしていた。
その時漂った僅かな血の匂いが私を狂わせた。
いつもの衝動が起こっていなければ・・・。
落ち着くために夜風にあたろうなどと思わなければ・・・
もし、人通りの少ないこの道をえらんでいなければ。
彼がケガなどしていなければ・・・。
私が豹変したときの、あの青年の恐怖に歪んだ顔が、瞼の裏に焼き付いている。
私は震える手で自分の口元を拭った。
落ち着いて頭がさえるほどに、私の中で目の前の現実が重くのしかかってくる。
「あなたは優しい子・・・。大丈夫、きっと」
なんでこんな時に・・・。
私の頭の中に、今思い出すにはあまりに場違いな記憶が蘇ってきた。
穏やかな微笑みを浮かべた女性。アデライン。彼女は、ロザリンドとしての私の力を封印し、一人の弱い少女として生きる道を与えてくれた。
『ずっと一緒にいてほしい』
それは、アデラインと交わした大切な約束。
アデラインと過ごした、あの屋敷での穏やかな日々。
一緒に摘んだ花、一緒に読んだ物語、一緒に笑ったたわいない日常。
理由もなく、あの白いマントに包み抱きしめて優しく囁いてくれた夜。
そのまま、彼女の匂いとぬくもりの中で眠ってしまった記憶・・・。
あの優しい思い出が、吸血鬼としての本能に負けた自分によって、汚されていくように感じた。
「アデライン・・・私、私・・・・・・」
涙がこぼれ落ちる。しかし、私の心の中に、ロザリンドの嘲笑う声が響く。
「まだ、あの女に囚われているの?
この素晴らしい愉しみを私たちから奪ったあの女を・・・。
そんなもの、意味がないわ。
いくら長引かせようと、どうせあなたは私に戻るのよ。
今夜がその日だったというだけ・・・♡」
背後に、甘く柔らかな香りが漂うのを感じた。振り返ることはできなかった。振り返る必要はなかった。
なぜなら、その気配の主を、私は骨の髄まで知っていたからだ。
ずっと、私の中にいたからだ。
「いや・・・、いやだよ・・・。 やめて・・・・・・」
ロザリンドの声は、私の絶望をさらに深くする。私は絶望の淵に立たされ、自分が誰なのか分からなくなっていた。
私は、心優しい主様の眷属なのか、それとも残酷な魔女なのか。
「うふふ・・・。もう十分でしょう?」
背後から聞こえる声は、もう頭の中に響くだけの存在ではなかった。それは囁きかけながら、私の髪をそっと撫でた。全身の力が抜け落ちていくような、抗いようのない甘美な感覚。
「あなたと私は、もともとひとつ。
あなたはただ、眠っていただけ。目を覚ますのよ、もう一人の愛しい私・・・」
ロザリンドは、囁く。
「自分の心に嘘をつくのはやめなさい・・・・・・。
その痛みも、苦しみも、すべては幻・・・。 今あなたが感じている高揚感と悦楽こそが真実。
あなたはもう、何も悩まなくていい。約束などという呪いに怯える必要もない。
あなたは、私として、ただ自由に生きればいいの」
その声は、恐ろしいほどに優しかった。私の耳元に、そっと囁きかけられる。
「さあ、還ってきなさい。私の元へ・・・・・・。」
バサアァァァァ・・・!!
「ああぁぁ・・・っ!!」
私を覆う服が、どんどん解れて溶けだした・・・。
アデラインに貰った可愛いドレスが・・・、リボンが・・・。
私に似合うからとつけてくれた薔薇の髪飾りが・・・。
この服こそが、アデラインとの思い出・・・。
それが消えていく・・・。
この服を失ってしまったら・・・。
裸になってしまったら、 私とこの女の違いなどなくなってしまう・・・。
「あの女から与えられた服などもう必要ない・・・。
さぁ、貴女に相応しい姿になりなさい。」
シュルル・・・シュルルル・・・・・・!!
「ああぁぁ・・・!!! いやぁぁ・・・!!!」
夜の闇がわだかまり私の身体中に巻き付く。
邪悪で冷たい・・・、しかし、心地よく懐かしい感触・・・
「ひうあ・・・!! ひ・・・ひゃぁ♡」
身体を舐め回すその感触を肌に感じる度に、ピクッ、ピクッと震えてしまえば、ますますマントはイジワルに絡みつき、素肌をねちっこく撫でまわして来る。
身体をくすぐる逃げ場のない悦楽、醜い欲望が身体の内から小さく燃え広がりだす。
そうだ・・・、かつて私が纏っていたマントはこれだった・・・。
アデラインがくれた、上等で優しい感触のあのマントじゃない・・・。
私は、冷たく艶やかな夜の闇を纏っていた・・・。
「ふふふ・・・♡ 思い出すでしょう? そうよ、これこそ私が纏うべき衣なの。
それ以外に何も必要はない。 これ以上に私を喜ばせる装いなど無いのだから!」
ブワァ、バサアァァァァ!!!
「ああぁぁぁ・・・・・・♡♡」
その声が終わると同時に、ロザリンドの大きなマントが、私を包み込んだ。
「あぁぁん・・・、ああぁ!!」
私のマントの何倍も大きな黒い布が、怪物のように私を覆いこむ。
黒いサテンの渦巻きに巻き込まれた私は、ロザリンドの腕に捕まり抱擁された。
温かく、けれど冷たい、矛盾した感覚。拒絶しようにも、その心地よさに抗うことができない。まるで、ずっと探していた安息の場所を見つけたかのようだ。
マントの中で、私の記憶が走馬灯のように駆け巡った。
アデラインが教えてくれた温かさ。手を取り合って笑う、夢のような日々。
それらの優しい記憶が、血を求める醜い欲望に、ゆっくりと塗りつぶされていく。
「この愛しい悦楽を・・・、ずっと忘れていたのでしょう?」
ロザリンドの声が、私の鼓膜を震わせる。
「貴女にとってもっとも気持ちよいものは、私だけが知っているの・・・♡
当然よね、私は貴女なのだから!」
私を包みこむマントの鮮やかな赤。アデラインのそれとはあまりに違う。
どこまでも深みに引き込むような、危険で甘美な香り。
「あの女に、これ以上の悦楽を与えられるわけが無いのよ・・・♡」
気持ちがいい・・・、気持ちがいい・・・!!
ああぁぁ・・・♡
どく・・・どく・・・、
私の股から、熱くぬめった汁が滾々と湧き出す。
はしたない、黒い欲望に負ける・・・。
いくら気取っていても、着飾っていても、私の中にある醜い本能は隠せないのだと
言い聞かせるように・・・。
「さっきのボウヤのように若く芳醇な獲物を、こうやってマントで包んで、味わったわよね・・・。
その悦びを知っているはずよ・・・。 忘れることなどできはしない。 私の最大の悦びを。」
生き物の命が私に流れ込んでくる、あの抗えない高揚感。人間の血を吸うことでしか得られない、残酷な悦び。アデラインによって忘れさせられていた、吸血鬼としての醜い欲望が、まるで大津波のように一気に蘇ってくる。
私の理性は最後に必死に抗った。アデラインとの約束を叫び、ロザリンドに抵抗しようとする。しかし、その声はかき消され、抵抗する手足も動かない。
「うふふふ・・・♡ 抵抗なんて、無意味よ♡」
ロザリンドの声が、遠い幻のように聞こえる。私の心は、冷たい深い沼に沈んでいくように、抗いようもなくロザリンドに飲み込まれていった。
意識が、だんだんと溶けていく。ネッサとしての私の思考が、細い糸のように解けていくのを感じた。
アデラインと笑いあった日々が、ぼやけていく。楽しかった記憶が、鮮やかな色を失い、白黒の遠い夢のようになる。その代わりに、ロザリンドの記憶が、鮮烈な色彩で私の心に流れ込んできた。
夜空を駆け抜け、人間を嘲笑い、血の海に立つロザリンド。その口元に光る牙。美しく、残酷で、何にも囚われない、自由な私。その記憶は、まるで私の経験だったかのように鮮明で、心地よい。
”私”は漆黒のマントを翻し、逃げ惑う哀れな獲物たちの前に君臨する。
怯えて懇願する獲物たちの可愛らしい顔を持ち上げ、微笑む。
ひとりひとり・・・、可愛がるようにその恐怖と悲しみを味わい、その唇で至上の快楽を与えてやる・・・。
そうだ・・・、これが私・・・。
「さあ、もう私たちが分かれている意味などないでしょう?」
ロザリンドの声が、私の頭の中で響く。
いや、それはもはやロザリンドの声だけではなかった。私の声も、そこに混ざっていた。
二つの意識が、ひとつの意識に変わっていく。私の思いと醜い欲望が、混ざり合い、溶け合っていく。
私は、もはや小さな少女ではなかった。 アデラインに与えられた少女としての自我は溶けて消えた。
私は、私。
もう、痛みも、後悔もない。ただ、空っぽの、満たされた感覚だけが残っていた。
身体から力が抜け、私はぐったりとロザリンドに身を委ねた。冷たいマントの中で、母のように優しく抱擁される。
「良い子ね・・・、とっても良い子・・・。」
ロザリンドの声は、まるで子守唄のように甘く、心地よい。私の頭をそっと抱え、額に、頬に、唇に、何度も何度もキスを繰り返す。それは、愛の行為ではなく、獲物を完全に支配した征服者の儀式のようだった。私の意識は、その甘美な儀式の中で、完全に消え去っていく。
「さぁ、 お眠りなさい・・・、そして私と溶けあいましょう・・・」
その甘い声が聞こえた。ぐったりとロザリンドに身を委ねた私の首筋に、冷たい感触が触れる。それはまるで、愛を囁く恋人のように、優しく、けれど確実に・・・。
そして、鋭い痛みが一瞬、走った。
「・・・っ」
喉の奥から、最後の抵抗を示すかのように、かすかな声が漏れた。しかし、それはもう、誰にも届かない。ロザリンドの牙が、私の首筋に深く突き立てられた。吸血の悦びはもうなかった。ただ、魂が、私を構成する最後の欠片が、完全に黒く染め上げられていくのを感じた。
チュル・・・、ちゅっ、 はぁ・・・♡
じゅるる・・・、じゅるるる・・・♡♡
ぢゅぢゅぢゅぅぅぅ・・・♡
ビクンッ、ビクンッ!!
身体が大きく震え、戦慄く。
血を吸うたびに、ロザリンドの唇が、私の記憶を、存在を、吸収していくのがわかった。マントの中、私の手足が、頭が、金色の髪が、まるで水に溶ける絵の具のように薄れていく。
私の体は、シルクよりも滑らかな黒い渦の中に、どんどん沈んでいく。
ぐちゅり・・・、ぐちゅり・・・、と音を立てて、淫らに蠢くマントが私を呑み込んでいく。
ロザリンドの豊かな胸と、真っ赤に濡れるドレープに揉まれ、
小さく、小さく・・・私の身体は、消えていく。
私はただ、身を委ねるしかなかった。
ただただ、みっともなく震えて、
穴という穴から汁を垂れ流し、快楽の暴力に呑まれる。
痛みも、苦しみも、もはや存在しなかった。すべては、歓びに満ちる闇に溶けていく。
私の魂が、ついにロザリンドに吞みこまれる最後の一瞬。
私の意識は遺言のように、短い意思を紡いだ。
さようなら、アデライン・・・。
貴女が好きだった・・・。 貴女を愛していた・・・。
言葉で伝えてあげれば、よかった・・・・・・
私は、ロザリンドになった。
私は恍惚とした吐息を漏らし、ゆっくりとマントの感触を味わう。
先程まで蠢いていた黒い布は、ぴったりと私の肌に張り付いている。
その中に、小さな少女の姿はもうなかった。
ただ、一人の妖艶な美女が、冷たい微笑みを浮かべて立っているだけだった。
「ああ、なんて甘美なこと・・・!」
否、彼女は消えたのではない・・・。
最初からここにいる。
今もここにいる・・・。
私という確かな存在として。
私は悦びに震え、ひとりごちた。
「愚かで脆い殻は、もうどこにもないわぁ・・・♡
あの痛ましい感情も、くだらない優しさも、すべてがこの私の一部となり、消えていった。
ただ、完璧な私だけが、ここにいる・・・。 あぁぁ・・・なんて素敵♡」
私は漆黒のマントを不気味な夜空に広げる。
夜の風が私の素肌を優しく撫で、それだけで濡れてしまいそうだ。
この成熟しきった身体には、さっきの少年の血だけではあまりに物足りない。
もっと、襲いたい・・・、犯したい・・・、食い尽くしたい・・・。
切ない疼きが、更なる血と精を求めている。
そのとき、後ろで怯えるようなかほそい声がした。
「…ひぃ…」
声のした方に、私はゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、たまたま通りかかったであろう、若い男だった。
私の姿を見て、彼は身をすくめて震えている。
その恐怖に歪んだ顔は、私を無性に喜ばせた。
「ああ・・・、なんて運がいいの、坊や」
私は口元を歪め、舌なめずりをした。
さっきのボウヤよりも脂が載って美味しそうだし、犯し甲斐もありそうだ・・・♡
燃えるような情欲と共に、力が満ちていく。
その満ち足りた身体で、初めて血と精を味わう。この若く、まだ穢れを知らぬ生命を。
「さあ・・・、私を見なさい。 私に酔い痴れて狂うがいいわ・・・♡」
男の目を見つめ、濃厚な魔力で私はその脆い心を射抜いた。
その瞬間、彼の心に、言いようのない寒気と快楽が流れ込んできた。
私には、獲物の心の内が手に取るようにわかる。
それはただの恐怖でもなければ、ただの悦楽でもない。
肌を這う無数の虫のように、意識の隙間から入り込み、脳髄を直接かき乱すような感覚。
彼の頭の中をグチャグチャと掻き回す暴力的な刺激と快楽。
あるいは激しい痛み・・・、 もっともその区別はすぐに無くなることだろう。
男は悲鳴を上げようと口を開いたが、声は出なかった。
代わりに、意味のないうめき声が喉から漏れる。
彼の瞳は、恐怖と混乱で大きく見開かれ、焦点が定まらなくなった。
そして、腰が抜けて地面に倒れると、ビクンビクンと戦慄きながらズボンににとても大きな染みを作り始める。
「ふふふふ・・・♡ ほほほほほ・・・♡♡」
私はこの男に、一生かけても味わえない強大な快楽を与えてやったのだ。
造作もないことだ。この通り、ほんの一瞥くれてやればいい。
この男の理性は粉々に砕け散り、全身は痙攣し、まるで操り人形のように不自然な動きで踊り始める。
私は、その狂乱の舞をとても愉快な気分で見つめていた。彼の魂が、絶望の糸で絡めとられていくのが、私にははっきりと見えたのだ。
「・・・うふふ、あはははっ!! とても素晴らしいわぁ♡」
いずれ、全ての人間たちはこの哀れな男と何も変わらない存在に堕ちることだろう。
この愚かで脆い人間たちの魂が、私の渇きを満たす最高のワインになる。
「ふふふ・・・、本当の夜が始まるわ♡ 私だけの為の夜が・・・。
この甘く、愚かな世界は、もう、私のものよ・・・。」
頭上には赤く大きな月が、冷たく残酷な微笑みを浮かべていた。
私はマントを大きく広げ、最初の獲物をその胸に覆いこむのだった・・・。
(了)