アウターポールの悪魔の娘 (Pixiv Fanbox)
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※こちらは、faultシリーズの二次創作18禁小説です。
キャラの設定には独自の解釈が含まれ、ストーリー展開は公式のものではありません。
第9研究室の薄暗い一室の中で、アルバス=フォルスターは無数のモニターに囲まれていた。
アウターポールの地でも最先端の科学技術が生まれる場所であるこの部屋に入れるのはセヴィッツ社の中でも限られている。
セヴィッツが誇る頭脳であり、この研究室の主任である科学者のアルバスは、この場所で生みだされたモノが引き起こすかもしれない災厄に想いを巡らし、沈痛な面持ちでいた。
画面には、薄暗い森の中を進んでいく光景が映し出されている。
サラの光学レンズを通じてリアルタイムで送られてくる映像は彼女の視界そのものだ。
サラはこの研究室で生み出された少女型の機械人形、シスターズの一体であり、外見も性格も人間と見分けがつかない最高傑作のひとつだ。
今映っているのは、カディア市郊外にある古い墓地。苔むした墓標が並ぶ、寂しい場所。
彼女にはある程度の行動の自由が認められており、個人的に出かけることもあった。
「今回も、目立った行動は無しか・・・。
メンタル状態も極めて安定・・・。 やはりサラではないのか・・・。」
こうして視界をモニタリングしていることを彼女自身は知らない。
アルバスはここ数日、ある疑惑の調査の為に、サラ自身にも秘密で映像記録を繰り返し確認していた。
この数日間、カディア市周辺で異常な事件が相次いでいた。
森の中で大量の小動物が惨殺され、村の住民が何人も姿を消している。
住民たちの間には不安が広がり、噂が独り歩きを始めていた。
特に子を持つ親たちは警戒を強めている。 彼らの中には数年前の忌まわしい事件の記憶が染みついているのだろう・・・。
アルバスには、嫌な予感があった。いや、予感というには確信に近すぎる何かが、胸の奥で渦巻いていた。
最初は、サラの仕業ではないかと疑っていた。
サラの中の“彼女”が今回の事態を引き起こしたのではないかと・・・。 この精巧な機械の少女のモデルになったあの娘の記憶がそうさせたのではないかと。
そう思うほどに、現在の状況はあの数年前の事件と酷似しているのだ。
だが、ここ数日の調査で、謎の惨殺はサラの仕業ではないということが十分に確認できた。
しかし、それは安心を意味しない。 サラが原因ではないとすれば、なお悪い可能性が濃くなってくるからだ。
その時、研究室のドアが乱暴に開いた。
「アルバス」
セヴィッツ社の若き代表取締役、ルド=セヴィッツだった。
濃い青色の髪を苛立たしげにかき上げながら、大股で室内に入ってくる。 あまり眠れていないのか、その目は血走っていた。
「こんな時間にラボで何をしている」
アルバスは、無言で彼の方を振り向く。
「そこに映っているのは今サラが見ている光景だな?
ここ数日いったいコソコソと何を調べている。 質問に答えろ! 」
ルドの声は低く、押し殺されていた。
アルバスはモニターから目を離し、眼鏡の位置を直した。
そして、観念したように話はじめた。
「そうだ、サラの映像記録を確認していた。」
「・・・・・・小動物の殺戮や失踪の件か?」
「あぁ・・・・・・。」
アルバスは重い溜息をついた。
「なるほど、で・・・それはサラの仕業なのか・・・?」
「サラの映像記録はずっとモニタリングしている。ここ数日分を全て精査した」
画面を切り替え、記録映像の一覧を表示する。
「小動物を殺しているのも、人間を攫っている記録も無かったよ......。
つまり、"やったのはサラじゃない"」
「ほう・・・・・・。」
ルドは腕を組んだ。
その表情には、安堵ではなく、むしろ深い警戒が浮かんでいた。
「では、本件に関して我々セヴィッツの責任は無いわけだな?
サラの仕業じゃないならどこかの賊がやったんだろ?」
アルバスは答えなかった。
「"サラには" 問題がないというのは嘘じゃないよな? それは俺にもわかる。
あれは所詮、俺の妹を模しただけのニセモノだ。
俺の妹・・・、ルーンの記憶を持っているだけで他は何もかも違う。
感情も思考も作り物の機械だ。
なぁ、なのになんで、アンタはそんなに深刻そうな顔をしているんだ?
理由を話せよアルバス?」
沈黙が、部屋を満たした。
モニターの微かな電子音だけが、静寂の中に響いている。
ルドは痺れを切らしたかのように抑えていた感情を解き放った
「このうえ、まだ俺に隠していることがあるんだろう・・・・・・?! どうなんだ? おい!?」
ルドがアルバスの胸倉を掴んだ。白衣が皺になる。アルバスは抵抗しなかった。
「このところ妙な噂が立っている・・・。 悪魔の子が蘇ったと・・・・・・!!
あの墓を今も彷徨っていると・・・! 」
「ルド・・・・・・、放してくれ」
アルバスの声は静かだった。しかし、その静けさの中に、隠しきれない震えがあった。
「サラがあの墓地に出入りしているのは知っている。 最初はその事かと思ったんだ。
だがな・・・、聞けば聞くほど奇妙なんだよな。 姿とか格好とか・・・、やってることとか・・・・・・。
どうにも、昔死んだはずの妹(ルーン)の方としか思えないんだ......!!」
ルドの手が震えている。怒りなのか、恐怖なのか、あるいはその両方か。
「あそこにはルーンの墓は無いはずだよな? そもそも妹の体は父とお前がサラを作る時に実験に使ったから残っていないと聞いている。
まさかと思うが、それも嘘だったんじゃないのか?!」
「ルド・・・・・・。」
アルバスの顔から、血の気が引いていた。
「言え、アルバス! アンタと父は、何をした・・・?
ルーンは死んだんじゃないのか?」
長い沈黙の後、アルバスは口を開いた。その声は、まるで自分自身に有罪判決を言い渡す被告人のようだった。
「・・・シドは・・・・・・、お前の父親は優秀な科学者だった。
サラを開発するまでに、ルーンを生き返らせるためにあらゆる可能性を探ったんだ。」
ルドは手を離し、一歩下がった。
「父の書斎を見た。 生物学関連の書籍、マナクラフトの論文、 似非科学の本まであった。」
ルドの声は、嗤うような響きを帯びていた。
「サラを作るにあたってマナクラフトについても相当に研究したようだが、そもそも父の専門は機械工学だ。
バイオテクノロジーに何の用がある? ——おかしいとは思っていたんだ・・・・・・。」
アルバスは目を伏せた。もう、隠し通すことはできない。
そのとき、モニタの方で警報が鳴った。
ルドとアルバスは思わず画面を見る。 そこには、暗い墓地の中に立つ怪しい影が映し出されていた。
ーーー
カディア市郊外。
リトナは一人、夜の墓地へ向かっていた。
セルフィーネは先に休ませたうえで単独で調査に出ている。
このカディア市に来てから出会ったルーンという奇妙な少女についてずっと感じている疑念を晴らすためだ。
空が低く垂れ込め、冷たい雨が降り始めた。最初はぽつぽつと、やがて叩きつけるような激しさに変わる。
「ち、タイミングが悪い・・・」
親切な仕立屋のハルツワンに見繕って貰った服がさっそく泥だらけになってしまうのはいささか忍びないが、そもそも黒い服を選んだのは汚れが目立たないというのもある。
それに、なるべく早く調べなければならない。
きっとこの墓地にルーンの墓があるはずなのだ。
暗い森を抜け、その奥に広がる墓地へ足を踏み入れた時だった。
「うん・・・・・・?」
何か柔らかい物を踏んづけた。
足元を見下ろす。泥にまみれた、小さな塊。
「・・・・・・!!」
小動物の死骸だった。
こんな森の中だ、それ自体はさして珍しくもない。
だが、
手足が切られている。腹が裂かれ、臓腑が引きずり出されている。捕食者に襲われたにしてはおかしい。
なんというか、あまりに丁寧すぎる。
まるで、中身を確かめるように——いや、楽しむように解体されていた。
リトナは周囲を見回した。
「なんだ・・・これは・・・?」
あちこちにある。
木の根元。岩の影。草むらの中。どこを見ても、小動物の残骸が散らばっていた。
雨で土が流されたのか。骨のようなものが地面から覗いている。土中に埋められていたものが、露出してしまったのだろう。
昨日今日の量じゃない。
何週間、あるいは何ヶ月もかけて積み上げられた、おびただしい数の死骸だった。
「なんだ・・・・・・、ここで何があった・・・・・・?」
嫌な予感がする。
リトナはマナを練り、手のひらに硝子の短剣を生成した。
本当ならもっと長くて使い慣れた剣を作りたいところだが、マナが薄いこのアウターポールの地ではクラフト自体がしにくい。
万が一の時を考え、マナを節約しておいた方がいい。
警戒を最大限に引き上げる。
その時——
背後の気配に振り向いた。
暗闇の中に、誰かが立っていた。
「ふふふ・・・。」
そこには少女が立っていた。
暗く濡れたような光沢が走るマントで身体を包み、激しい雨の中で瞬きもせずに暗い瞳をリトナに向けている。
雨に濡れた青い髪。ツインテール。エメラルドブルーの瞳。
やはり……。
「お前は......、一体なんなんだ......?」
見覚えのある姿。まぎれもなくそれはルーンだった。
「こんな夜に若い女の子・・・。 ふふふ・・・、不用心ね。
カディア市にこんな生きのいい子がいるなんてね・・・。」
そう言って、ルーンは笑った。
口の端を吊り上げ、ゆっくりと、蕩けるように——。
...
......
......?
いや......、なんだ......?
リトナの全身に、鳥肌が立った。マナクラフターとしての鋭敏な感覚が、全力で警鐘を鳴らしている。
なんだ、この違和感は......。
「お前は、ルーン・・・・・・、だよな・・・?」
「へぇ・・・・・・、見ない顔なのに私のこと知っているんだ・・・。」
その声は、ルーンの声に似ていた。同じ音域、同じ声色。しかし、纏う空気が根本的に違う。
「ああ・・・、そうか。 先に”あの子”に会ったのね・・・!!」
目の前の少女は、ニタァっと厭らしく笑った。
その表情にはとびきりの悪意が籠っていた。
「ええ・・・・・・、私はルーンよ、間違いなく・・・ね!」
リトナはゾクッとした。
やはり違う・・・。 今日一緒にいた “ルーン”とは別物だ。
ルーンの声には作り物めいた無機質な響きこそあれど、それ以上に無邪気な温かさがあった。
今目の前にいるこの女の声は生々しい。 人間の声としてはむしろこちらのほうが違和感は無い・・・。
だが一方で—— 蜜に浸した刃のような、甘い残酷さがある・・・。 いやそもそも・・・
裸の上に纏った黒いマント。裏地は血のような赤。雨に濡れた白い肌がマントの隙間から覗いている。 その肌は艶めかしく輝き、 雨ではないものでじっとりと濡れている。
リトナはマナクラフトの感覚を研ぎ澄ませた。目の前の存在を読み取ろうとする。
さっき、会った時——あの子からはマナも生命の気配も感じなかった。
まるで生体マナが存在しない人工物のような・・・。
今目の前にいるのは、姿格好こそ瓜二つだが。
だが明らかに違う......。
こいつは・・・、臭いがする・・・・・・!
気配がある・・・・・・!
気色の悪い表情がある・・・!
なにより・・・、そのひとつひとつの裏に邪悪でどす黒い、明確な悪意がみえる・・・・・・!!
「近づくな・・・・・・!!」
リトナが硝子の短剣を構えた瞬間——
全身から、力が抜けた。
「な・・・・・・!!」
「ふふ・・・、そんな怖い顔しないでよ。 せっかく出会えたのに!!」
バサァァァ!!
ルーンは、マントを拡げ白く艶めかしい身体をリトナに晒す。
「私と楽しい事しましょうよ・・・♥ お嬢さん!」
「マナが、吸われる・・・・・・?!」
足元から、いや、全身の毛穴という毛穴から、体内のマナが引きずり出されていく感覚。リトナは膝をついた。硝子の短剣が、形を保てずに砕け散る。
元々マナが薄いこの地で補給は見込めない。 このうえ体内のマナが吸われたらあっという間に弱ってしまう。
「そんな・・・・・・、お前、マナクラフトを使えるのか!?」
「マナクラフト? さぁ・・・、私にはよくわからないけど・・・・・・。」
ルーンはゆっくりと近づいてきた。黒いマントが風もないのにふわりと広がり、その裏の赤が雨の中で妖しく灯る。
「ただ、お腹が空くと、勝手にこうなるの・・・・・・。特に、貴女みたいにマナをたくさん持っている人の傍にいると・・・・・・ね♥」
ルーンの手がリトナの顎を掴んだ。冷たい指先。しかし、触れた箇所からさらに激しくマナが吸い取られていく。
「あ・・・!! ああぁ・・・!!! やめ・・・ろ!!」
「ふふ.・・・、すごい。 貴女のマナとても美味しい!!」
ブワァァ、バサァァァ!!!
ルーンの黒いマントがリトナを包み込む。
彼女の細い腕でリトナは容易く引き寄せられ抱擁された。
「人の中を巡るマナの味は一人一人違っていてとても楽しめるの。
貴女の味は芳醇ね・・・。 ひょっとしてアウターポールの住人では無いのかしら?
」
ルーンの顔が近づく。エメラルドブルーの瞳が、暗闇の中で異様に輝いている。その瞳の奥には、昼に見たガラスのような無機質さはない。代わりに、獲物を前にした捕食者の、爛々とした歓喜が灯っていた。
「貴女が、壊れて止まる瞬間を私に味わわせて♥」
抵抗する力は、既にない。全身のマナが枯渇しかけている。バトルクラフターとして鍛え上げた身体が、まるで糸を抜かれた人形のように崩れていく。
ルーンの唇がリトナの首筋に触れた。
「・・・っ!!」
唇は柔らかく、驚くほど冷たい。
「んぁ・・・、じゅる・・・♥」
ルーンは淫らな嗚咽を上げ、リトナの首筋を味わう。
舌が首筋をゆっくりと這い、脈打つ箇所を探り当てる。そして——鋭い痛みが走った。
牙が、皮膚を貫いた。
「ぐ・・・・・・っ!!」
「ん・・・、んく・・・♥」
とく・・・とく・・・、
ルーンが喉を鳴らし温かな命を味わう。
(私の血が・・・、吸われているのか・・・!!)
マナが、さらに急速に吸い取られていく。しかし、痛みと同時に、奇妙な感覚がリトナの全身を駆け巡った。
熱い。身体の芯から、灼けるような熱が湧き上がってくる。
「あ・・・あぁ!!」
ルーンの舌と、唇が、首を弄ぶたびにリトナはビクンと震える。
「じゅる・・・ちゅっ、 ちゅる・・・♥。
ふふふ・・・・・・、どう・・・?」
ルーンが唇を離し、リトナの顔を覗き込んだ。口の端から赤い雫が伝い落ちている。
「あらあら・・・♥ 刺激が強すぎたのね?
男の子と付き合ったことも無さそうだし・・・、この味は処女よね?
か~わいい♥」
チュッ
ルーンは血のルージュで濡れた唇でリトナの頬に触れる。
「あ・・・あぁ・・・!! ああぁ・・・・・・!!」
リトナはルーンの腕の中でぴくぴくと震えるだけになり完全にその身を委ねていた。
深刻なマナ欠乏症で著しい生命の危機に陥っている。
それだけではない。 これまで味わったことのないほどに強大な快楽が彼女の精神と体を苛んでいた。
「やっぱり私に吸われると気持ちがいいのね・・・・・・? 前に襲った子も震えながら興奮してた・・・・・・♥」
リトナは答えられなかった。身体が震えている。恐怖なのか、それとも——自分でも理解できない反応が、全身を支配していた。
ルーンはリトナの髪を指で梳きながら、恍惚とした表情で囁いた。
「あぁ・・・、やっぱり人間っていいわ・・・・・・。 小動物なんかとは比べものにならない・・・・・・。
動くのをやめて止まっていく瞬間も、誰もが違って美しい・・・。 滾るわ♥」
その目が、残虐な愉悦に細められる。
「あんなに、元気に抵抗していたのに 痙攣して、 だんだん静かになる・・・・・・。
本当に素敵・・・♥」
リトナの意識が、遠のいていく。
冷たい雨が顔を打つ。視界が霞む。身体の感覚が、どんどん薄れていく——。
「あら・・・?」
ルーンは、ふと森の中へ目を向ける。
そこには、一人の少女が立っていた。
ルーンと同じ水色の髪をツインテールにまとめた少女。
雨に濡れた服を纏い、光のない瞳で佇んでいる。
リトナを抱えて立つ、自分と同じ顔をした存在。
「来ていたんだ。 ふふふ・・・・・・♥」
ルーンは、ぐったりとしたリトナを軽々と片腕で抱え上げたまま、魂の片割れ・・・、“サラ”の方を向いた。
サラの表情は——いつもの無邪気さが消えていた。カメラレンズを内蔵したエメラルドブルーの瞳は、冷たくルーンを見つめている。
「これは、貴女のお友達ね。
残念・・・、ちょっと来るのが遅かったみたい。
ほ~ら、この通りもう手遅れよ・・・・・・。」
ルーンはリトナの首筋を見せつけた。二つの牙の跡から、赤い血が雨に流されている。
リトナの顔はもう蒼白で、意識はない。
「どうしたの・・・? 大事な友達がこんな姿にされて、悔しくないの・・・・・・?」
サラは動かなかった。
「ふふふ・・・、感じるわけないか・・・♥
貴女は私の偽物だものね・・・。
せっかく、いろんな表情を作れるのに・・・。今は私みたいに笑うこともできない・・・。 皮肉なものね・・・!
そもそも、貴方はゼヴィッツの所有物・・・。 お兄様の親族であるこの私に危害を加えられるはずないわよね~?
自由も無くて可愛そう♪」
サラの拳が、微かに震えた。
しかし、それ以上のことはできなかった。
ルーンの言葉は正しい。
サラの制御プログラムには、ゼヴィッツ家の者を傷つけてはならないという根源的な制約が刻まれている。
サラはただルーンを見つめた。
その瞳のレンズが微かに回転していた。記録している。全てを。
「じゃぁ、私はこの子でもっと愉しむつもりだから・・・・・・、気が済むまでそこに立っているといいわ。 私の偽物さん?」
ルーンはリトナを抱えたまま、闇の奥へ歩き出した。黒いマントが夜に溶けていく。
去り際に、ルーンは肩越しに振り返った。
「あぁ、そうそう。 お兄様に伝えておいて・・・・・・。 いつでも会いに来ていいよって。
見ているんでしょう・・・? 今ここで起きたすべてを。」
その声には、甘い毒が含まれていた。
「ふふふ・・・、ぜひ感想を聞きたいものね。
大人になった私の姿を見てどう思ったか・・・、いったいどんな顔をするのかしら! あははは......!!」
笑い声が、雨の中に消えていった。
サラは動けなかった。リトナを助けに行くことも、ルーンを止めることもできなかった。
雨が、彼女の頬を伝った。オートマトンに涙腺はない。しかし、雨粒がまるで涙のように、サラの顔を濡らしていた。
「リトナさん・・・・・・。」
その呟きは、雨音にかき消された。
ーーー
「はは・・・、はははは・・・・・・。」
モニターに映る全てを見た後、ルドは椅子に座ったまま虚空を見つめていた。
そして——笑い始めた。
乾いた、壊れたような笑い。
次の瞬間、ルドは立ち上がり、デスクを拳で殴打した。分厚い天板に亀裂が入る。
「恐れ入った・・・。 まさか本当に蘇らせるとは・・・・・・!!
あれは間違いなく妹だ!! サラみたいな紛い物じゃない!! まさしく俺が知っているルーンだよ・・・・・・!!」
ルドは拳から血を滴らせながら、部屋の中を歩き回った。
「よくよく考えたら、そりゃ非効率だよな・・・・・・。 妹そっくりな機械を一からつくるなんて。」
自嘲の笑みが、その顔に浮かんでいた。
「妹の綺麗な遺体が手元にあるんだ・・・。 蘇らせるならそれを流用する方がよほど効率的だ! 実に合理的で父らしい!
流石に良心が咎めると思ったけどな!!
本当に・・・、本当になんてことをしてくれた!!」
アルバスは黙って立っていた。殴られることを覚悟していた。しかし、ルドの怒りは彼に向かうのではなく、部屋の壁や家具に向かった。
やがて、ルドが荒い息のまま振り返った。
「全部話せ。一から十まで、残さず全部だ。」
アルバスは頷いた。もう、隠すことなど何もない。
「シドは・・・、最初はルーンの身体をそのまま素材に使い、蘇生を行おうとしていた・・・。」
「検死したとき、驚くべき事実がわかったんだ。
あの子は・・・・・・、確かに死んでいたのに細胞は死後数日経ってもまだだいぶ生きていた。
通常なら、マナショックで死んだ場合、全身の細胞が壊死してしまうはずなのに。ほとんどそれがみられなかった。
驚いたことに、彼女はこのアウターポールの住人にはあるまじき特異なマナの代謝能力を持っていたんだ。」
「・・・・・・。」
ルドは黙って聞いていた。拳を握りしめたまま。
「突然変異のようなものだよ。
あのような体質では、このマナが薄い地においては身体は常に飢えて渇き、バイオリズムの乱れや深刻な虚脱、ストレスに悩まされていたことだろう。
おそらくはあのような性格の形成にもかなりの影響があったはずだ・・・。」
「・・・・・・。」
ルドの表情が、一瞬だけ揺れた。妹を憎み、恐れ、しかしどこかで——理解したかったのかもしれない。
「マナ物質の、プロセスワンを知っているだろう・・・。 かつて彼女がこの町で連続殺人を行ったときに使った毒物だ。」
「・・・マナの受容体を急激に活性化させることで、強制的に致死量のマナを取り入れさせショック症状を起こす毒物だ・・・。
最初は、生まれながらマナ代謝の低い我々アウターポールの住人に、後天的にマナ代謝能力を付与できる新薬として期待されていたが・・・。」
「そうだ、薬効を制御できずマナショックをかえって早めてしまう危険があるということで動物実験のみで終った。
だがシドは考えたんだ。もともとマナ代謝の高いルーンの肉体ならば期待通りの効果を得られるのではないかと・・・。」
ルドは舌打ちした。
「かつて自分で禁じておきながら、実験台にしたんだな・・・!!
死体に拒否権など無いもんな・・・!!」
アルバスは頷いた。否定できなかった。あの時、自分もシドを止めなかった。いや——止められなかった。親友の狂気じみた執念を前に、科学者としての好奇心が勝ってしまったのだ。
「プロセスワンを発展させた新薬をルーンの遺体に流し込んだところ、すぐに効果が現れた。 死にかけていたはずのルーンの体組織は急激に生命活動を再開しはじめた。」
「肉体が復活したら、そのあとは、サラの場合と同じ手法で生前の記憶と感情を植え付ける予定だった。
途中までは驚くほど順調だった。まるで奇跡のように、彼女の身体は応えてくれた。シドは泣いて喜んでいたよ。」
「だが——」
アルバスの声が震えた。
「だが、次の瞬間恐ろしいことが起こった。
その途端に、実験に当たっていたスタッフたちが次々と倒れはじめたんだ・・・。
プロセスワンで異常活性された彼女のマナ代謝能力は我々の予想をはるかに超えていた。 周りの大気に漂うマナどころか周囲の生物からも吸い尽くしてしまうほどに・・・・・・。」
「バケモノめが・・・・・・。」
ルドの声は、怒りと悲哀が入り混じっていた。
「私たちは慌てて実験を中止した。プロセスワンの中和剤を投与し、なんとかルーンの肉体を再び停止させた。スタッフの二人は助からなかった・・・。」
アルバスは目を伏せた。
「シドは・・・、その後しばらく放心状態だった。
自分の娘を二度も死なせてしまったんだ・・・。 しかも今度は自らの手で・・・。
おかしくなるのも無理はない・・・。
だが、ルーンの遺体を処分することだけはどうしてもできなかった。
中和剤で生命反応を抑制した状態でラボラトリー9に安置し・・・、計画を変更してオートマトンで一から作り直すことにしたんだ。」
ルドは壁にもたれかかった。
「んで、 失敗を隠したうえ、未練がましくガワだけ似せた出来の悪い機械人形で取り繕ったわけだ!」
アルバスは反論しなかった。事実だった。
「ルーンはマナクラフターとしてかなりの体質の適性があった。
プロセスワンという毒物が、彼女の身体の中では毒ではなく薬として機能していたんだ・・・。マナの飢餓状態にあった彼女の肉体に、際限なくマナを取り込む能力を与えてしまった。」
「適切な量と環境さえあれば、ルーンは完全に蘇生していた可能性がある。だが、このアウターポールでは大気中のマナが少なすぎて、覚醒した身体は足りないマナを周囲の生物から奪うことで補おうとした——それが、あの事故の原因だ。」
沈黙が落ちた。
「おそらく・・・、死してなお彼女の肉体はバレない程度に少しずつ、このラボにいる人間からマナを吸っていたんだ。 そして、十分に体にマナを蓄えたことでまた目覚めたんだ。
可哀想に・・・。 今の身体になってもマナの欠乏で苦しんでいるようだ。
だから、小動物や人間を襲ってマナを・・・。」
やがて、ルドが口を開いた。
「ふっ、違うな・・・。」
「え・・・・・・?」
「ずっと違和感があったんだ・・・。
ルーンはなぜ自殺なんてしたのか・・・。 ただ死にたいだけなら、なぜわざわざ、あの薬を盗むなんて回りくどいことを?
そもそもルーンは生きていた物が死ぬことに悦びを覚える娘なんだ。
大事なものを自分の手で壊すことに至上の幸福を感じるんだ。 なのになんで自ら死ぬことを選んだんだ?
ゼヴィッツ家という最大のオモチャが壊れる様を見て楽しむことができないじゃないか・・・。
俺がしっているあいつなら、そんなつまらないことはしない・・・。
自分が蒔いた種が芽吹き、枯れて、全てが朽ちていく——
その結末を見届ける愉しみをみすみす手放すことなんてするわけがないんだよ。」
アルバスの顔から、残っていた血の気が完全に消えた。
「ま・・・まさか、 全て計算ずくだっていうのか・・・・・・?
シドが自分を蘇生するだろうことを見越したうえで、自殺に及んだと・・・?」
ルドはアルバスを見据えた。その目には、幼い頃から妹の本性だけを見てきた者の、暗い確信が宿っていた。
「アルバス、あんたは本当にお人好しで馬鹿正直な善人だよな・・・。そんなだから本物の悪意というものに想像が及ばないんだ。
ルーンにとって、死は終わりじゃない。次の遊びの始まりだ。
あいつは、たぶんプロセスワンを最初に盗んだ時、真っ先に自分で試したんだよ。
そして、知ったんだ・・・。自分が普通じゃないってことを・・・。
その瞬間、思いついたんだよ。 俺たちセヴィッツ家どころか、このカディア市も
まとめて壊せる恐ろしい遊びの計画を!!」
「そんな・・・、まさか・・・!!」
「今、目覚めたのも偶然じゃない。 あいつは——ずっと待っていたんだ。
大事を起こしたらまた中和剤で眠らされる。
だから目覚めるのに十分なマナが溜まるまで、死んだふりをしながら少しずつ吸っていた。
まるっきりあのときと同じじゃないか!! 大人しくなったフリをして、見せかけの良い子になり切って。そうしながら裏では殺すことを愉しんでいた。」
「結局、父も、母も、アンタもまたルーンに騙された。
あいつことなんてちっとも理解してなかったってことだよ・・・・・・。
俺がガキだった頃から散々警告してたっていうのに、上っ面だけ見て、まんまと騙されて・・・。」
ルドは天井を仰いだ。
「だが、甘いのは俺も同じだったようだ。 あいつの底なしの悪意を理解しきれていなかった。
ルーンが、あいつが家族や自分自身の死だけで満足するわけがないんだよ・・・。」
その声は、もう怒りではなかった。
ルドはふらふらと研究室を後にしようとする。
「どこへいく・・・、市民を避難させるのか?」
「避難・・・? そんな無駄な事しないさ・・・。
もう何もしない・・・。どうせもう終わりだ。」
ルドの目にはもう光は無かった。
「俺も、アンタももうすぐ死ぬんだ・・・。いずれルーンが殺しに来る・・・・・・。
たった今見ただろう・・・。インナーポールのバトルクラフターでも妹には歯が立たないんだ。
こんなバケモノを誰に止めることができる・・・。
俺たちだけじゃなく、このカディア市ももう終わりだよ。全員があいつに殺される・・・。 ルーンを殺せなかった俺たちのせいでな。」
アルバスは何も言えなかった。
ルドの言葉を否定する材料が、何一つなかった。
ーーー
森の奥深く。
朽ちた教会の地下に、ルーンの隠れ家はあった。
石造りの広い地下室。壁には蔦が這い、天井からは水が滴っている。かつては納骨堂だったのだろう、壁には古い骨壺が並んでいた。
「ふふ・・・、みればみるほど綺麗な子。」
ルーンが見つめる先には黒い棺が置かれ、生気を失ったリトナが横たえられていた。
裸になったリトナの身体は、バトルクラフターとして鍛え上げられた、しなやかで美しい体躯だった。しかし、今はまるで力を失い、青白い肌が地下室の薄暗い光の中で儚く浮かんでいる。
首筋の牙の跡からは、まだ微かに血が滲んでいた。
そして、リトナの裸体はルーンと同じくマントに包まれていた。
黒い表地、赤い裏地のマント。
黒い棺の中に、黒いマントに包まれたリトナ。赤い裏地が、まるで血の海の中に横たわっているようにも見える。
「さぁ・・・、目を覚まして?」
ルーンはリトナの額にそっと唇を落とした。冷たい祝福のキス。
そして——ルーンは自分の手首を噛んだ。赤い血が溢れ出す。それをリトナの唇に押し当てた。
「私の血を飲みなさい。 そうすれば、貴女も私と同じになれるから」
血がリトナの唇を濡らし、口の中に流れ込んでいく。
数秒が経った。
リトナの身体が、微かに震えた。
それは最初、小さな痙攣だった。やがて、全身を駆け巡る波となる。マントの下で、リトナの背が弓なりに反った。
リトナの体内で、何かが目覚めようとしていた。
牙の傷から注入されたルーンのマナが、リトナの身体に邪悪な変化を引き起こしていたのだ。
リトナは元々マナ代謝能力の極めて高い、インナーポール出身のデュアルクラフター。
その身体は——ルーンとは比較にならないほど、マナの受容に適している。
「あぁ!! ああああぁぁ!!」
一度は枯れたはずの喉から、苦悶のような声が上がる。
それは、リトナが上げる二度目の産声だった。
ルーンの血により異常活性されたマナの代謝が、リトナの身体を内側から作り変えていく。
細胞の一つ一つが書き換えられていく感覚。苦痛と快楽が交互に波のように押し寄せ、その境界が曖昧になっていく。
やがて——
リトナの目が開いた。
赤い。
かつての深紅の虹彩よりもなお深い、血のような赤。闇の中で妖しく発光するその目は、もはや人間のものではなかった。
「......あ、ぁぁ......」
リトナの口から、掠れた声が漏れた。身体が熱い。あらゆる感覚が鋭敏になっている。マントの布が肌に触れるだけで全身に電流が走るようだ。
そして——飢えている。
マナが欲しい。
温かい、生き物のマナが。
「おはよう。気分はどう?」
ルーンの声が、すぐ傍で聞こえた。
リトナはゆっくりと上体を起こした。黒いマントが肩からずり落ちそうになるのを、無意識に手で押さえる。
棺の縁に腰掛けたルーンが、楽しそうに微笑んでいた。
「ね、身体の奥が疼くでしょう? 何かに飢えている感じがするでしょう?」
「何を、した・・・・・・」
「貴女にも私と同じ悦びをおしえてあげたの♥」
ルーンはリトナの頬を両手で包み、顔を寄せた。
「もう貴方は私と同じ。 愉しみましょう?」
そしてルーンはリトナの唇に自分の唇を重ねた。
深く、長い口づけ。ルーンの舌がリトナの口内に入り込み、マナの残り香を分け与えるように絡みつく。冷たい唇と、覚醒したばかりの熱い唇が交わる。
リトナの意識が、蕩けていく。
抗わなければ。自分はセルフィーネ姫のガーディアンだ。こんなことをしている場合ではない。
——しかし、身体は言うことを聞かなかった。
飢えている。
この飢餓を満たすためなら、何でもいいとさえ思えてしまう。
「ふふ・・・、その顔。堕ちかけている顔。最高に綺麗・・・♥」
ルーンはリトナの首筋に顔を埋めた。
「でも、まだ堕ちきっていないわね。心のどこかで、まだ誰かのことを考えている・・・。」
ルーンの声が、少しだけ不機嫌になった。
「......っ」
セルフィーネ。その名前が、朦朧とする意識の中で、かろうじて灯り続けている。
「大丈夫よ。すぐに忘れるから」
ルーンはリトナを棺の中に押し戻し、自分もその中に滑り込んだ。
マントの赤い裏地の上で、二つの身体が重なる。
「ここで、もう少しだけ眠りましょう・・・。目が覚めたら、一緒に狩りに行くの。貴女の最初の獲物は——」
ルーンは唇を歪めて嗤った。
「貴女の大切な人にしましょうよ。そのほうが、壊れる様がきっと美しいから・・・♥」
棺の蓋が、ゆっくりと閉じる
闇の中で、二つの赤い瞳だけが光っていた。
「はぁ・・・♥ ああぁん・・・、じゅるる・・・じゅるるう♥♥」
「んあぁぁ♥ ああぁぁ・・・はぁぁぁ♥♥」
くらい部屋の中で、棺はがたがたと震えつづけ、その中では二人の吸血鬼が激しく交わり合う。暴力的な快楽の中でリトナはやがて故郷のルゼンハイドのことも、守るべきセルフィーネのことも忘れた。
ルーンは、肉欲と悦楽に顔を歪め、これからこの世界にどんな終わりと死を齎そうかと思いを巡らし、ますますその身を興奮で濡らすのだった。
(終)