狂い咲き頂上決戦 前編 (Pixiv Fanbox)
Content
1・
「それではまた次回! 私と変顔勝負よ!!」
変わらぬ好調。動画チャンネルの登録者数及び高評価数上昇の勢いはとどまるところを知らない。この日の動画撮影を終え、桐生悦美は自信満々の笑顔でカメラのスイッチを切った。
しかし、直後に眉が吊り上がり、唇がすぼまる。
その瞳にはカメラや機材、モニターが映っている。特にモニターには、撮影で使用した自分の変顔“顔面ジェット機の彫刻”の静止画。これが、悦美は眉間にしわ寄せるほどの苛立ちを覚えるきっかけとなっていた。
「まさか、ここまでのことになるなんて……この画像一つであの時のことを思い出してしまうなんてね……」
2・
如月鈴華は、彼女の所有するオフィスの一つで会議中。考案した企画の構想を語る重役の一人に、笑顔を見せていた。
「さすがです、これほどの斬新な企画を考え付くとは。ぜひ、進めていただきたいと思います」
直後、拍手。周囲の他の重役らもこれに続いた。本人らの実力もさることながら、大企業で足の引っ張り合いもなく多大な成果を出し続けてきたことは間違いなく鈴華の手腕だ。しかし、鈴華の拍手は普通のものと違っていた。
ぱん、ぱん、ぱん。
あっ、ぷっ、ぷ。
三叩き目で思わず口を広げそうになる。頬を膨らませたくなる。
衝動とまではいかないが、時折、何らかのきっかけでよみがえるものがあった。
心残り。
3・
あれで終わり?
引き分け。
確かにすごい勝負だった。
互いに互いを高められたと思う。
エツミンチャンネルはさらに隆盛。鈴華は友人をはじめとした芸人達へのプロデュース内容をより良くした。
だが、あれで終わり?
同じことをした。
ゴリラ。
鼻ホジイ。
“顔面ジェット機の彫刻“と”ジェット機風変顔“。
あのままでいいのか。
挙句最後は、“顔面カンチョー”と“顔面便器”の激突。結果、引き分け。
引き分け。
両者笑って終わり。
勝てると思った。
負けたくないと思った。
負けたくないと思いはした。
負けなければいいとは思わなかった。
勝ちたいと思った。
それなのに、勝てなかった。
あの顔を、笑顔で歪めたい。
勝負した2人の想いは、同じだった。
「あっ」
「あら……!」
想いの熱が極限まで滾り上がった瞬間。それは運命のいたずらの如く。
悦美の横で、夫・秀一が問う。
「悦美、この人って確か……」
鈴華の後ろで、友人・利恵子が気づく。
「あっ、この人は……!」
数舜の時間は、何分にも何時間にも思える幻想の刻。2人は言葉もなく、ただ互いの眼を見つめるのみであった。
4・
「えーつみさん、えーつみさん」
「すーずかさん、すーずかさん」
「にーぃらめーっこしーましょっ」
「にらめっこ、しましょうっ」
「わーらうーと負けよ!」
「笑うと、負ーけよっ!」
「あっ、ぷっぷ!!」
「あっぷっ、ぷっ!!」
デパートの地下食品売り場にて、2人の声が轟いていた。
「何あれ!? 撮影!?」
「すっご!!」
「バケモンでたあ!?」
「カメラどこ!? いや何あれ!?」
周囲は騒然とした。
まさか、だ。
まさかこの場で2人の美女が、変顔対決を始めるなんて。
いや、美女かどうかの判別は不可能。なにしろ滅茶苦茶な顔をしている。
いないないばあ、などの普通の面白顔や芸人の一発芸風の変顔とはわけが違っていた。
だが、妙齢と思しき気品あるワンピース姿の女性と、上流階級に感じさせる煌びやかなカジュアルドレス姿の女性。それらの放つ堂々たる雰囲気は2人いずれも本来の素顔が美貌の主であるように感じさせる。
ワンピース姿のおそらく妙齢と思しき女性――横に夫と思われる男性もいる――は、自らの顎をしゃくれさせて舌をねじり、手で頬肉を押し出すことで丸みを作り、眉毛をハの字に下げて絶望的な様相を呈している。
カジュアルドレスの若い女性――友人と思しき地味目の服装の女性が後ろにいることでそう思える――は、大きく膨らませた頬の中心、唇をすぼめさせ、両人差し指を突っ込み……やはり悲痛な姿へと変じている。
顔面便器と顔面カンチョー。そのような名で呼ばれる技だ。
「おいおい、どういうことなんだよ」
「なにあれ、恐い」
「ぷはっ、お、面白すぎ、グロくて笑える!」
「ぶはははははははは! なんじゃありゃーー!」
等、周囲からは評された。
しかし中には、すでに彼女らの正体に気づいている者もいる。
「ってかあれ、エツミンチャンネルの頂上決戦じゃん!?」
「本人の顔は出てなくても、変顔でわかるってーね!」
「顔面便器だわ! 顔面カンチョーだわ!!! あの時最後に引き分けたあの超大技!!」
「おいおい、ここで再戦するっての!?」
「撮影してないっぽくない!? これは見届けないとー!」
と。
2人は、思いもかけない再会から勝負をはじめ、分厚い人の輪の中心となってしまったのである。
「悦美……はっ」
この異様な雰囲気に呑まれかけていた秀一だったが、はっとしてすぐに悦美の腕を掴んだ。
「お、おい、こんな場所で何をやってるんだ、迷惑だろう」
これに数テンポ遅れ、利恵子も鈴華の肩に手を置き、囁くようなか細い声で伝える。
「だ、だめだよ、みんな見てるよ」
利恵子の言い終わりと同時に、2人は両手を下ろし、顔は通常のものに立ち戻った。
「はあっ、はあ……さすがね」悦美。
「そちらこそ。お見事です……」鈴華。
互いに、同時に一歩引きながら言葉を交わす。
「おい、行くぞ」腕を引っ張る秀一を意に介さず。
「あ、あの、このままじゃ……」おずおずと呼びかける利恵子の、肩に置いた手を握って。
「もっと集中できるところで、また」悦美は言う。
「再勝負、決定ですね」鈴華も返す。
暗雲を思わせる重々しい空気をこの場にもたらした彼女らだったが、他の誰に対してもその意識を向けることはない。その美貌や、それでありながら変顔で激突した事実を驚く声、尊敬の言葉や好奇の視線なども全く耳に入ってはいない。
互いに踵を返しながらも“次”へと心を進ませていたのだった。
5・
アッパー・ビルド株式会社。
鈴華の持っている会社のうちの一つで、各企業のあらゆる人材のより高いレベルへの育成を目的とした、新進気鋭のベンチャー企業である。
本日立ち入り禁止。今も他には誰もいない。この会社の屋上こそ、変顔頂上決戦の最終章にはふさわしい……そう考えた鈴華の計らいで、2人は向かい立つことに決まったのだった。
「カメラはいいんですか?」
互いに何の荷物も持ってきてはいない。鈴華の問いに、悦美は応える。
「ええ。勝負の純度を高めるためにね」
場所を決めるのがそちらならば、条件を決めるのはこちら。と言う対抗意識からくるところもあったが、これも本音だ。前回の頂上決戦は確かに大バズりした。エツミンチャンネルどころか同時期のお笑いジャンルの動画の中ではトップの大成功を遂げていた(ホラーとしてもトップクラスだったが)。この勝負も撮影すれば間違いなくそれ以上の価値が出るだろう。しかし、そんなものが加わることで、勝負に挑む己の意識に何らかの疎外が訪れては意味がない。もしかしたら前回の勝負にはそれがあったために引き分けに持ち込まれた可能性だってあるかもしれない……思わず、悦美は口にしていた。
「動画の再生数がどうしたとか余計な夾雑物があったせいで、引き分けに持ち込まれてしまった。でも、何もない同条件だったらどうかしら? 私が勝つと思わない?」
“余計な”のあたりで、自分の意思をはっきりと伝えることに切り替えてはいたが。対して、鈴華は自然な笑顔を浮かべていたが、口から出たのは反撃の言葉だ。
「動画再生数を稼ぐために、より頑張って実力以上の変顔を出せたということはないでしょうか? つまり、背負うものがなければ私が勝つということです」
悦美の額に、血管が浮き上がった。
「はあ? それを言うなら、あなたはお仕事がずいぶん忙しいようね。ここに案内されるまでのオフィスでも、みんなあなたに意見を求めたり報告したりしていたじゃない。とすると……変顔のことはおざなりになっていたのかと思わざるを得ないわね」
鈴華の表情は、涼しい笑顔のままだ。
「心配ご無用です。その気になれば人間、頭の中で、同時に三つや四つのことを進められるものです。とりわけ、変顔対決のことはずっと考え続けていましたから」
悦美の眼球に、不規則に赤い筋が一本走り。
「負けたら、土下座よ」
鈴華が、頷く。
「“自分は変顔ではあなたに勝てません”と宣言を追加する……いかがでしょうか」
無言のまま、執念の映る瞳を見合いながら、二つの顔は爆裂の準備を始めていた。
6・
その掛け声は、空を揺るがさんばかり。デパートの地下で放たれたそれをはるかに超えた響きを成していた。
「えーつみさんっ! えーつみさんっ!! にーぃらめっこしーーーましょっ!」
身を屈め、上下。
「すーずかさんっ!! すーずかさんっ!! にーらめっこーしーましょおお!」
相手の顔に視線を集中しながら。
「わぁああああらうっとまっけよおっ!!!」
自身の顔を変形させる準備を整え。
「あっぷぅぅっ……」
手はあり。道具なし。あっぷっぷ、の掛け声とともに任意のタイミングで変更可能。笑うと負け。それがルール。
「ぷううううっ!!!」
放つ。
勝つ。
絶対、勝つ。
鈴華の顔は、顔面カンチョー。
組んだ手の、両方の人差し指と中指をそれぞれ口と鼻の穴に入れる。頬はガラス職人以上のふくらみを持たせ、親指によって狭められることにより尻と化す。その中心に連なった人差し指が入ることで、カンチョー。両眼を上下別方向に向けることで驚きと苦痛を生み出し、不意を突かれてこれを喰らった人間の表情の変化を表している。
「ぷうっ!!」
悦美。
できる限り横幅を広げた口。下顎をしゃくれさせ、手で頬肉を押し出し、悲痛なハの字眉を作り、そして唾液に濡れた舌を捩じり尖らせることによって“巻きグソ”とすることによって出来上がる、顔面便器を太陽の下で繰り出していた。
「……っ!」
「…………」
互いに動かず。小さく震えるのみで、動かず。
デパートでも思わず繰り出していた。かつての勝負を引き分けに手終わらせた、誇り高きも忌まわしき顔面。これをまず乗り越えようという考えを、両者ともに図ることなく行っていた。あの勝負は引き分けなどで終わっていない。次回と言う名のこの時に、持ち越されただけなのだと。
早くも目が充血していく2つの顔面が、真のスタートを切るのは今だ。
「あっぷっ、ぷっ!!!」
「あぁっぷっ、ぷっ!!」
同時。真のスタートは、同時。
これが本当の始まりだ。
悦美。
両手の指をそろえ、自分の顔の目尻を斜めに覆う位置に押し付ける。その方向は顔の内側だ。今までにも使用した技“小顔効果”の技術を、より狭い範囲で応用したものだ。指の先端は額で合わさり、手首は顔の中央から見て斜め下に突き抜けていく。その中で唇を横一文字に結んで、手と手の線をつなげることによって、英文字の“A”をも作り出していた。名付けて、“Aに浸食された顔面”、またの名を“狭め・A”。何よりの見どころは、両手と唇によって狭められた目と鼻の異形さである。
鈴華の変顔も同等の破壊力を秘める。
彼女もまた、指をそろえていた。ただし、親指は除いて。親指を頬骨に当てている。それも耳の下側、首に振れるところにだ。残りの指はこめかみよりを押さえる。こめかみと言っても当たっているのは小指だけ、後の指はもう少し後ろの位置に押し付けられていた。
それらの指を使って何をするのか。それは、顔面全体をせり出させるという行為だ。瞼、頬、下顎を前に出す。眼球や鼻、上顎がそのままの位置で動くことがなく、実に異質な情景と言える。そのうえで、表情に壮絶さをつけておらず、まるで顔面の中央にパンチを喰らってめり込んでしまった……かのような印象は、まったく与えずにいるところも驚くべき点と言えるだろう。
互いに脅かされる、鈴華と悦美。
笑いがこみ上げる。今にも口、喉、腹が吹き飛んでしまいそうな感覚にとらわれる。変顔をし崩さずにこれを耐えることは想像を絶する苦痛なのだ。
そんな中でこうも思う。同じく顔面の内側に重きを置いた行動を、“初手”からとるとはなぜなのか。生まれも育ちも全く違う、考え方も周囲の人間も違う、それだというのにここまで一致するものなのか。前回の、同じ顔の三連発はもちろん、再勝負開始の幕開けを感じてとった行動も、勝負中断となった顔面便器と顔面カンチョーも下ネタと言う意味合いで同じ。
運命なのか。これは、この日に決着をつける運命のために自分たちは神に生かされてきたのだろうか。そんなことさえ考えさせられるすさまじい変顔勝負の境地に達してしまったのだろうか。ああ、ここから先は神の領域なのかもしれない……目の前の相手を、倒す。
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