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https://d532abcv.fanbox.cc/posts/11577593 前編はこちら!

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=22585834 全体の索引

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「あっぷっぷ!!」

同時。

悦美の変顔は、右瞼を右上に、左口角を左下に伸ばすシンプルなもの。だが、シンプルイズザベストというべきか、顔の皮は限界を超えて伸びていた。本来の位置から大きく離れた瞼と唇は、まるで洞窟。中を覗き込んでも影によって見ることができない。さらに白目を剥くことによって、怪物に引きちぎられようとしているかのような様を作り上げている。

技名、“怪物の拷問~人間の顔で洞窟を作ってみよう!~”。

「あっぷっぷー!」

鈴華は唇を突き出していた。のっそりと前にせり出されたそれは醜く分厚い。さらに上下に開いていることや歯を噛み合わせていることで、歯茎も覗いている。否、ただ噛み合わせているだけではない。食いしばっている。時間差の変顔と言えた。少しずつ、少しずつ顎に力を籠める。これによって血管を浮き出させるのだ。額から頬、首から顎と。次第に眉間にしわも寄せることで全体に細かな凹凸を作り上げていく……悦美が名付けるとしたら、“怒り鬼”とでも言ったところか。静かながらも激しい怒りを露わにし、それでいながら笑いを呼ぶというアンバランスな恐ろしさによって相手を飲み込んでしまう変顔と言えるだろう。

見事。やはり見事。

同じ行動や共通点のある変顔ばかりではない。よくもここまでの完成度で作り上げてきたものだ。

いっそ褒めてやりたいと思う。だが、少しでも余計なことをすれば笑いが迫りくる。腹から喉から、口外へとせり出てくる。それに、自分は相手を倒したい。絶対に、勝ちたい。認めるわけにはいかないのだ。

次!

「あっぷっぷううっ!!」

悦美が先んじた変顔で挑む。今度したことは、鼻の穴にそれぞれフックさせた人差し指を入れて、互いに時計回りに捩じることだ。これとともに残りの指を使って、鼻の外側の箇所すべてを反時計回りに押し込む。無論自身で表情筋を動かすことでその補助もしている。というより手指の押し込みが補助か。ともあれ作り出された変顔は、“二重の渦・顔面竜巻の波動”と称した強力な新兵器である。

これに、鈴華は大きく震えた。

「ぐ……ぶっ!!」

しかし、それですら中盤に過ぎなかった。連続技は終わらない。三重……否、ラストインパクト。五つの渦を作り上げる。

「あっぷ……っぷぁ!!」

まずは目。右目を右上に、左目を左下に向ける。これで回転している錯覚を生み出す。

それに、口。顔全体の押さえを手に託し、その動きに逆らうようにして時計回りに捩じることで、五つ目の渦としたのだ。

名付けて、“なんでもござれの人間渦巻き”。

「くわっ! ぶ……ぐうっ!」

鈴華は変顔を固定したまま、二歩、三歩と下がっていった。

その様は実に滑稽。ここまで顔面を変形させておきながら、前進をやめてしまうなんて。勝負から逃げながらの変顔、自分を誇ることのできない変顔、わざわざ醜く変わってこれかと思うと、実に情けない。

あの日もそうだった。変顔を切り替えようとして力を緩めかけたところで相手の変顔が攻め入り、こらえのために動けなくなってしまったことを思い出す。否、忘れてなどいない。だが、このわずかな隙、絶妙のタイミングで放ってきたことは、偶然だとしても驚きだ。相手に動きがないことを確認しながら――――さらにそのあとのタイミングに来ることを予期しながら、覚悟を決めて――――体を上へ振るい、再び下へと戻る。

「あっぷっ、ぷ!!」

元の立ち位置よりさらに一歩前へ。そして、変顔。新たな矢は不動を決め込んでいた悦美を逆に一歩下がらせるに至る。

“矢”と表現するにふさわしい、鋭角的な顔面へと変わっていたからだ。

それは、先のせり出しと全く逆。指の付け根を眼下に付けて、一瞬顔全体を隠したのかと思いきや、“いないないばあ”のように一気に開く。ただし、この時眼下付近の筋肉をすべて引き下げる。頬肉も、指先によって瞼も。下顎は極限まで引くことによって、あたかも自分の顔面が高い鼻を先端とした一本の矢を想起させる変化をもたらしていたのだ。

「がう……ぐううっ!! ぶ、ぐうっ!!」

口の隙間から濁点混じりの汚い音を発してしまう悦美。笑いをごまかしているようにも、耐えた結果おかしな声が出てしまったようにも取れるものだ。

「ぎゅはお、ぎゅぶぶぶぶっ!!」

唇が音を立てて打ち合う。まただ、この天才は。一つのことを思いつけば、それに関する派生形や亜種、発展形など自由自在に作り出してしまう。恐ろしい。なんと恐ろしい相手だ。だが、それは……自分も同じこと。

「あっぷぅう……ぷうっ!」

意識の中に埋もれかける自信を掘り起こして、次、“地獄のそばすすり”。

下唇を出来る限り上昇させて、上唇を覆い隠す。また鼻腔奥に向かうようにして隠しておいた鼻毛を外へと解放。先端が唇によって隠れることで、鼻毛を麺に見立てて啜っているかのような恐るべき一発芸風変顔を生み出していたのだ。このために、鼻の中に育毛剤を入れるなどの工夫を凝らした苦心の一作。目を細めることで味よしとして見せてもいる。とんでもない内容に、鈴華は空気を吐き出しながらその身をよじった。

「ぎふううううううううううううううううっ!!!」

かと思えば、鈴華もまた驚異の反撃を繰り出す。

うねるような動きで体勢を戻しながらだ。

「あっぷっぷうううっ!!」

空気を吐き出した際に、その勢いを利用して鼻水を垂らしていた。

額を両手でゴーグルのように掴むことでしわを作り、小指を使用し下瞼を内側に狭める。さらに寄り目になることで白目を完全に消滅させる。口はだらしなく開く。すると、ぼーっとした野生児のキャラクターがこの場に現れるのだ。

見事な大変身に、悦美は固まった。全身をだ。固めていないと笑ってしまうから。そう自分に言い聞かせながら、完全に動きを止める。

それは鈴華も同様だ。一度耐えてもまた見続けることで、じわじわと這い寄る笑いの気配。

どちらも思うことは同じ。

耐える。勝つ。

笑え。勝つ。

負けない。勝つ。

引き分けもない。勝つ。

笑いたい。勝つ。

心置きなく笑いたい。勝つ。

勝負さえ終われば自由。自由に笑うことができる。勝つ。

笑いながら敗北の屈辱に塗れることは嫌だ。勝つ。

不自由な笑いなんていらない。勝つ。

勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つかつかつかつかつかつかつ。勝つ。

“ぎゃははははははは!”

“あははははははは!”

“ひー! ひー! ふひひひひ! 苦しい、ひひふひーーー!”

“死ぬぅうう! ふぎゃはっ! ひははっ! いひひひあははははは!!”

心の中でどんなに笑っても、外には絶対に出さない。出さない出さない。勝つから。勝つために。勝つことを見越して。勝利は笑いを乗り越えた先に。笑いに耐えた後に勝利。

互いの誇りをかけた最終勝負は、最終局面を迎えていく。

「あっぷっぷっ!」

素早くティッシュで鼻を拭いてから鈴華が放ったのは、ゴリラ顔だった。

目を見開き、鼻を膨らませ、鼻の下を伸ばし、下唇をめくって。

「ぐぶうううううっ!!」

ほぼ閉じられた口から空気を吸い込む悦美。鼻毛が抜けて入ってしまうかとも思った。だが、負けるわけにはいかない。その完成度は確かにとてつもなく高い。様々な仕掛けがかった技の応酬から転じて、熟練の基本技を見せたというところも見事だろう。だが、熟練の基本技ならば、こちらだって負けない。負けるわけにいかない。負けるものか。

「あっぷっぷ…………うほぉ~……」

同じく。目を見開き、鼻を膨らませその下の皮を伸ばす。口はすぼめて表情は違うが、鳴き声を同時に放つことで完成度はよりアップ。また、鼻毛は穴の奥へ押し込んで見えないようにしている。

「う……ほっ!」鈴華。

「うほ……ううほお……!」悦美。

ゴリラとゴリラの顔の間に、激しい稲光が瞬いたかのようにすら感じられた。

「あっぷっぷ!」

そうしたならば、次は悦美から基本技を放つ。

鼻に人差し指を突っ込む、鼻ほじ顔のそれだ。妖怪アニメ“喜多朗”シリーズの鼻ホジイの真似でもある。ただ鼻をほじるだけでなく、外側に引っ張りつつ押し込むことで鼻の穴を広げ、全体を大きく膨らんだように見せる効果を持つ。

お返しだ。

「あっぷっぷー!」

鈴華も鼻ホジイ顔に移行した。自分がここまで負けず嫌いだとは思わなかったと驚きながら。これがただの一つの勝負に収まらない、同じ顔の完成度を競いたくなるだなんて。

そこまでの相手だったなんて。ここまで恐ろしい相手だったなんて――その相手、悦美が動く。

「あっぷっぷ!!」

先ほどの連続技と違い、顔面全体を時計回りに捩じる“顔面巻きグソ”。表情を消し物質となり、また顔全体の皮や肉を垂れ下げさせることによって汚さを演出。

そして、鈴華に語り掛けた。その必死さを感じ取ったのか、余裕の言葉を。どこに口があるのかもわからないような状態で、はっきりと言ったのだ。

「必死よね。そろそろ限界が来ているのではないかしら」と。

「う……そんなことはっ!」

鈴華は目に見えて動揺した。鼻ホジイ状態だったことも手伝い、表情の変化は隠せなかった。これに悦美はさらに愉悦の色を己の声に含めた。

「ここでギブアップすれば、土下座だけで勘弁してあげていいわ。あなたの追加した台詞、言わないでいいようにしてあげる。情けよ」

だが、これで終わるような鈴華でもない。

「そんなことはないんですよ……あっぷっぷ!!」

頬を膨らませた顔面尻。顔面カンチョーも含め、何度も見た芸だがより膨らみを大きくしているのが一目でわかる。それでいて唇のすぼまりは前よりも小さく……巨尻と使い分けて放つことができるのか。一転、またしても脅かされる側に立ち戻る悦美。鈴華は、さらに言い返す。

「思い違いですよ。勝負への熱量がここまでになるとは思わなかったのが意外だっただけです。笑ってしまいそう負けてしまいそうなんて思っていません。そんなこともわからないなんて……大したことはありませんね、悦美さん」

「な……なっ!!」

普段より相手に対して強気な言葉を放つことのない彼女の言い様に、悦美はさらに重圧を浴びせかけられた気持ちになった。

「この……この……あっぷっぷううっ!!」

だからこそ、負けたくない。鼻の穴にそれぞれ小指を入れて、親指をやはりそれぞれ唇の両端に入れる。

“鼻穴ポンプ人間”。右は膨らませ、左は凹ませることで、静止しながらも動きを表していた。

「言い合いなんて、しょせん刺身のツマ! やるなら変顔で勝負しなさい!!」

と宣いながら。

これに、鈴華もまた新たな一撃。掛け声の言い終わりとともに、頬はそのままに唇だけをゆがめて開き、さらに下品な破裂音のようなものを発したのだ。

「あっぷっぷ……ぶばっ!!」

その音や、苦し気に上向いた両目、広げられた鼻の穴から相手に理解させた。これは、オナラだ。鈴華は顔面オナラになったのだ。

顔面カンチョーと同様に、顔の下半分で現象を、上半分でリアクションを……という一芸だ。唇を歪めたまま、言葉を返す。

「そっくりそのままお返しします、先に余計なおしゃべりを始めたのは、悦美さんじゃないですか?」

と。

「ぐ……ぐううう……っ!!」

互いに見合う。顔と顔を。目と目を。鈴華は目を上向けていながらも、その広い視界でしっかりと見ている。悦美もこれを理解し、激しく睨み続け――その結果、互いの勝利への執念が最高潮に盛り上がっていき、ピークに達した瞬間である次の一発こそが最後であることを確信した。

「あっ!」

まだできることはある。だが、これが最後。

「ぷっ!」

最も最高の一撃を放つにふさわしい瞬間。

「ぷっ!!」

すべての力を、この変顔にて使いきった者こそが勝者となる。

その最後の一撃とは、“中断”の不名誉を被ったあの変顔を“終結”の英雄とする進化の力。

顔面カンチョーと顔面便器の強化改変がここに爆裂する。

鈴華。

顔面オナラで開けた口に、自らの右拳を突っ込む。同時に上唇周辺の表情筋を使って鼻を押し広げ、眉毛と上瞼を最大にまで上げる。そして、再び鼻水も出す。

“顔面アナルフィストファック“……と呼ぶべき悍ましい姿が誕生したのだ。

悦美。

下顎をしゃくれさせ、唾液たっぷりの口内を見せつける。さらに鼻毛を抜いて、口の中で捩じった舌に絡みつかせることで、実に下品度を増したものへと進化させた。見開いた眼を極限まで下に向けることによって、自分の顔面が便器になって驚愕しているというシチュエーションもよりパワーアップ。和式便器であるにもかかわらず唾液が溜まっているということは、現在水の流し途中であるということであり、それでも巻きグソの舌が全く崩れず残っているということは、流水に動じずそこに居座っているという最悪の状況を感じ取ることができる。

これぞ、“超・顔面便器”の完成である。

また、相手の変顔がしっかり見えることと口内を見せることを両立させるため、より身を屈めて顔全体はやや上を向き、下顎は斜め下に伸ばすという工夫もなされていた。

数秒間、顔を突き出して両者は固まっていた。

が、次の瞬間。

「ぶふ……くふはははははははははーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」

堪えられなかった笑い声が天空へと突き抜けた。

その声の主は、悦美である。

「ぶひいーーーーーーーーっ! ひいいいひいいいーーーーーーーーーっ! うひひあははははははは! あひはははははははは! ま、ま、そんな、あひーーーーーーっ! うひはっ! うひひひはっ! うひゃーーーっ! うひゃああーーーーーーーっ!!」

腰を抜かし、寝そべり。裏返った虫のように手足をばたつかせる悦美。

ここで、鈴華も解放される。

「ふひひあああはーーーーーーーーーーーーっ! 勝……っ!! ひひひあはははあっははははは!! あは! あは! 面白い! 悦美さん面白い! あひひあはっ! あふふあっ! あははははは! きゃははははは! あはあ! あは! うひあはははーーーーーーーーーーーーっ!!!」

膝をつき、左手で腹を抱え、右手で屋上床を叩くのだ。勝者の余裕でか、悦美を素直に褒める言葉も散りばめて。

対して悦美は屈辱に塗れることになる。

哀れに手足を跳ねまわしながら、負けを惜しむ言葉を並べ立てていったのだ。

「ぶふひいいいーーー! ぐひいいいーーーっ! うひひっ、ひーひほーーっ! ふははっ! ふふあぶはっ! ううーー! 負け……嘘……でもくひひひはははははは! 滅茶苦茶なのよあなたのーーっ! ぎゃはっ! ぎゃはっ! だって、我慢強さだけで……うぎふひくひひひひひーーーーーーーーーーーっ!!!」

顔面を掻きむしるような動きすらしている。己の威信を賭けた勝負に負けた後悔はかくも大きい。それだというのに笑えてしまう、尊厳すら失われたような破滅的屈辱……撮影していなかったことが、救いとなってしまう惨めさ。

なぜこの私が。エツミンチャンネルは超人気…………。

……………………。

「私……桐生悦美は……変顔では如月鈴華に敵いません……っ」

仁王立ちの鈴華を前に、その足元にひれ伏した悦美。敗北の様である。

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