狂い咲き上司と部下 後編 (Pixiv Fanbox)
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7・
温子もまた、変顔を得意なことを秘密にしていた過去があった。
幼少期……五弓も生まれていなかった頃の筈、かなり昔。近所で変顔チャンピオンと言われた友達の女の子がいた。その子に何度も挑戦しては、負け続けた。嫌な男の子が何処から覚えてきたのか、“万年2位”のレッテルを張られ、悔しかった。いつの日か勝てるように、練習を続けていた。
だが、ある時から周囲の誰も変顔をしなくなった。
チャンピオンに一度勝負を持ち掛けた。チャンピオンは応じようとしたが、親にやめなさいと手を引かれその場を去って行った。
その時、自分は強い疎外感と共に、秘めた情熱を膨れ上がらせていったのだと思う。
そんな自分が、たとえ他の要素で劣ったとしても、変顔勝負で負けるわけがない。
「ぷっぷくぷぅーーー! 私の方が、うまいですぅ~~~!」
頬を目いっぱいに膨らませて、両手を広げてそれぞれの親指だけを鼻の穴に入れ振り乱し、カメラいっぱいに顔を映すユッキー。
だが、汰和菜はそれに乗ることはなかった。自ら手で顔を覆い、
「いないいない……びゃびゃびゃびゃびゃーーーーーあ!」
と、舌をべろべろ動かして、挑発的に叫んだのだ。
「なっ!」
これに思わず、温子としての自分が出た。
さらに、
「私のほーが、じょーずだよーーーんっ!!」
右手を伸ばして顔を両断するように構え、唇を尖らせ。両眼を上に向けた次なる変顔を見せた汰和菜に、顔を赤くする。
――そう、あなたにもプライドがあるということね。流石、私がパートナーと認めた存在だわ。
「いーやわたしよおよよよよーーーん!」
ユッキーは、両掌で顔を潰した。
「それさっき拳でやりましたぁーーーー!」
両の下瞼を引っ張ってのアカンベーをする汰和菜。
「目は隠れまーす、おばかさーーーん」
再び舌出しをするユッキー。
「あびゃびゃびゃびゃびゃばー、びゃーびゃーびゃー!」
指を使って様々な方向に顔の皮を引っ張る汰和菜。
互いに、譲る気は全くない。
ならば、決着をつけるほかない。
ユッキーは真顔になり、一つの提案をした。
「にらめっこで決着をつけましょう」
8・
「だーるまさんっ、だーるまさんっ、にーらめっこしーまっしょ、わーらうーとまーけよっ、あっぷっぷっ!」
歌い終わりと共に、2人それぞれの変顔が放たれた。
ユッキーの提案通り、にらめっこが始まったのだ。
“わかりました、受けて立ちましょう”。汰和菜は自信たっぷりにこれを受けた。
手の使用はあり。道具は無し。
負けた者は、“勝った者からの指導“として、顔を弄られ無様晒し者にされるという取り決めがなされている。
「んばあっ」
ユッキーの変顔は、その肉感を見事に利用したものだ。それぞれの手指でがっしりと頬を掴み、できる限りねじる。頬肉が真っ赤になるほどであり、相当の力がこもっていることがうかがえる。
「ほええっ!」
対して、汰和菜の変顔は、テクニックの活用によって出来ている。
顔を上下から手で押さえ、反時計回りに歪め、唇を尖らせるひょっとこの制作だ。
数瞬、固まる2人。
「ぐ……っ」
別人のように変わった汰和菜の顔に、戦慄するユッキー。
「ふ、うっ」
痛みを伴いながらも笑いをとろうとする狂いっぷりに、一瞬吹き出しかける汰和菜。
まずはユッキーが優勢と言ったところか。汰和菜は震え、目を血走らせた。このままでは笑ってしまう。次の変顔に集中することで自身のこみ上げる笑いを消し去ると共に、早く決着をつけてしまおう……二つ目の変顔を発揮するのだ。
「あっぷっぷっ! ほばあっ!」
口を最大に開く。舌は口内の中央で固めており、歯茎は剥き出し。さらに、手指を張り巡らせることによって、唇の裏側をもめくり見せる。人を喰う巨大怪物への大変身だ。
「うぐ……ぐっ」
たじろぐユッキー。勝負でなければ大笑いしてしまっていただろう。耐える、と言うことがこうも困難であったとは。一瞬、自分が優勢であったことは理解していたが、そこで油断してしまったのか。
だが、相手が切羽詰まって第二陣に挑んだことはわかる。同じように、自分も反撃に転じることで、優位を取り戻してやろう。
「あっぷっぷーーーーー!」
手を頬から離した。自分の指を鼻の横へ沈み込ませ、ずぶといほうれい線のように仕立て上げるユッキー。さらに小指を立てて、笑顔。このような顔面になってしまったことを喜んでいるかのように思える、滑稽さ極まる変顔だ。
「あっぷっぷうううっ!!」
汰和菜は自分の中に何らかの反応が起こる前に、理性を以って動いていた。早くも三度目の変顔、視線を上向けての鼻ほじりだ。
“すげえ! 美女同士の変顔連発!”
“すっぱだかで変態すぐるww”
“このノリノリさ、罰ゲームはご褒美では?”
“バカすぎワロタ”
コメントはどんどん増えているが、そんなものを気にする余裕もなく、勝負は続けられる。
「あっぷっぷ!」
「あっぷっぷ!」
次の変顔は同時だった。
強敵相手に闘争心を上げた2人の、さらに過激な顔が激突する。
「うほぉぉぉおぉ……!」
ユッキー、ゴリラ顔。それも、鼻の下をだるんだるんに伸ばしたスケベゴリラだ。軽く下を向いて上目遣いすることで、相手を真正面から見つめて威圧している。
「ぶひひひいいい……」
汰和菜がしたのは、豚面だ。軟骨が潰れんばかりに中心を指で押し潰し、眉間にしわを寄せた壮絶な壊れの顔。
「あっぷっぷーー! うほほーーーーーーー!」
一気に顔だけ反り返るユッキー。視線は下向き。同じスケベゴリラの顔のまま、口を開けて威圧感を増す。戦いの前を表現しているのだろうか。実に、激しい。
ここで汰和菜のテクニックが、光る。
「あっぷっぷっ! ぶっひひいいーーーーー!」
両の小指をそれぞれ鼻の穴の外側に押し付けることで広げ、新たな形状の豚鼻を見せたのだ。
「ぐぶっおっ!?」
崩れるスケベゴリラ。身体が傾き、膝が床に落ちてしまいそうになったほどだ。はじめの優勢などなかったようなもの、ピンチへと落とし込まれてしまっていた。
そこに追い打ち。
「あっぷっぷーーーー!」
汰和菜は、鼻をつまんで頬を膨らませた。
「あっぷっぷっ!」
唇から、丸めた舌の先をちゅるりと覗かせる。
「あっぷっぷっ!」
摘まんで引っ張った鼻の頭と、伸ばした舌先を合わせる。
連続技だ。コメント欄もそのスピーディーさに驚愕していった。
“こんな連発できる!?”
“アニメみたいだ”
“目まぐるしい連打、これは勝ちか!”
が、スケベゴリラは持ち直していた。
「その程度なら……!」
と。両足をしっかと床につかせ、体をぐぐいと持ち上げて。
「その程度なら! ……あっぷっぷ!」
右掌を、自分の顔に押し付けた。指を開くことで、目は覆われていない。しかし、顔面に一本一本指が沈み込み変形する様は、まさに圧巻。スケベゴリラが怒りの一撃を受け、制裁されたように思えた。
「ぐうううううううううっ!!」
テクニックに溺れ、慢心したか。強烈な反撃を許すことになるとは。今度は汰和菜が自らを抱きしめ、体全体を捩じった。
「あっぷっぷっ!」
同じ連続技ながら、ユッキーの次なる手は汰和菜をさらに脅かす。顔面に食い込ませたままの掌を一気に閉じ、鼻と上唇を無理矢理に伸ばしてしまったのだ。横を向き、ぐいぐいと押し迫ることで、何もできずにいる汰和菜に見せつけていく。
さらにダメ押し。
「あっぷっぷう!」
口を開けつつ、下唇の中央部で上唇の中央を隠し、横側にはそれぞれ空洞を作る。そして眉を吊り下げることで完成だ。唇を噛んで悔しがっているように見せて、結局変顔であるとアピール……勝っていながら悔し顔、悔しがっている相手の心情を写し取った、優越感に浸った変顔を作り上げたのだ。
「う、う、うっ!!」
目の充血度合いが増した汰和菜。
呼吸が消え入りかける程の苦しみが襲う。
笑いと悔しみ。敗北が見えてきてしまったような想い……悔しさに苛まれながら大笑いしてしまう自分の姿が浮かんだのだ。
本当にそうなれば、なんという負け方だろう。
それにしても、あの新庄課長がここまでの変顔をできるなんて。技術も度胸も途轍もない。
「ぎいいいっ、ぐううっ、うぎっ、うぎぅ、ぎっ、ぎっ、ぎぎいっぎい!」
しかし汰和菜、歯を食いしばって耐える。
配信者としては自分の方が先輩であり、上の筈。ここで“指導”と称され体や顔を弄られる屈辱は絶対に避けたい。避けなければならない。
本来の関係が知られることがない以上、“ファンの弟子”として扱われたくはないのだ。
「あっぷっぷ~~~! ぷぷぷぷぷーーー!」
頬を極限まで膨らませ、その間に唇を突き出すことで、肛門剥き出しの尻を形作るユッキーに対し、一つの小さな呼吸をした後、起死回生の一手を繰り出したのだった。
「あっ! ぷっ、ぷーーーー!!!」
両の親指と人差し指で輪を作り、それらを左鼻穴と唇右上に噛ませる。それらをそれぞれ、外側に引っ張る。あとは、
「ひぎいーーーーーーーーーー!」
の悲鳴と共に、額に皺寄せ両目上向け、痛みの表現。充血している目を利用したものだった。つねられたのか、ピアスでも引っ張られたのか、いずれにせよ真に迫った演技力からなる怒涛の変顔。見事、攻め続けていたユッキーの勢いを止めるに至った。
「……っ!!」
動きが固まり、言葉すら失ってしまうユッキー。とは言え、それも数瞬のこと。
再び、互いに新たな変顔を見せようという、スタートラインに戻っただけだ。
「あっぷっぷう!」汰和菜。
Vサインの指を鼻に突っ込むダブル鼻ほじ。
「あっぷっぷうーーー!」ユッキー。
二本指を揃え、前歯に押し付けて、斜め下に伸ばす長出っ歯。
一瞬止まって互いに見合い。
「あっぷっ、ぷううっ!」汰和菜。
手を返し、同じくVサインながら、今度は鼻フック。
「あっぷっぷぅーう!」ユッキー。
口の右側を掴んで引っ張り広げ、同時に右目だけをまん丸に剥き、人体模型のごとし。
コメント欄の動きも落ち着いてきた。見入ってしまっているのだ。
“どんどんすごくなってるな”
“意味不明だけどすごい”
“真似できない(物理)”
“全裸なのにエロく感じなくなってきた”
「あっぷっぷ!」汰和菜。
最大にまで伸ばした舌の先端に、再び指の輪を噛ませることで、今度は舌が引っ張られた大被害者を装う。
「あっぷっぷ!」ユッキー。
先程まで汰和菜が使い続けてきた豚鼻を自分も。両の小指で鼻の頭を押し込み、人差し指と中指で目じりを下げることで、よりそれらしい“豚面”を作り出す。
「くっ、あっぷっぷ!」
豚面としての完成度の高さにわずかな動揺……しかし次もクオリティは変わらず。汰和菜は両拳から小指と人差し指を立て、小指だけを浅く鼻に入れた。さらに、唇を前に突き出しながらも半端に開いて、鼻水を噴き散らしながらのくしゃみを表現した。続いて、
「あっぷっぷ!」
人差し指を、一回り大きく開いた口に入れる。目を見開いて驚いた風になりながら、視線を下向けることにより、あたかも“くしゃみをしたら鼻水が口に入っちゃったー!”という雰囲気を作り出す。流石に、この内容までも理解できる者は皆無ではあったが、バカな顔としては最高だ。ユッキーは冷や汗をかき、この戦いでは最も長い5秒もの時間固まってしまうのだった。
「ぐあぐ……っ!」と。
なんとか気持ちを立て直し、反撃に転じようとするが、一歩遅く……一撃。
「あっぷっぷっ!!」
汰和菜が口を閉じ、やや上を向いた。両手のすべての指の先端を鼻の穴の縁に集結させて、非常に小さいながらも限界まで広げているのだ。
“鼻の穴集中!?”
“鼻の穴執着しすぎww”
“いやあんま変わらんて”
これに、ユッキーは再び動きを止めていた。一秒、二秒、三秒、四秒。
五秒、六秒、七秒、八秒。
やはり動かない。
視聴者達も、その異変に気付き、心配したコメントが見られるようになる。
“ユッキーどした?”
“笑いを堪えているのか?”
“そろそろ決着?”
「……っ」
九秒、十秒。完全に、汰和菜の変顔に囚われてしまっていた。
汗を垂らし、顔は青ざめ、微動だにしない。
何故ならば、汰和菜の技術に呆然自失としていたからだ。
鼻の穴に指を集中させたのは、ただ開くためではない。動画や配信としては見づらいが、自分はその手に乗ってしまった。
視線を集中させるためだ。
「あ……あが」
唇が震えた。ダムの壁に入った亀裂……声を発していた。
「あぎゃーーーーーーーはははははははーーーーーーーーーーっ! そ、それ、それ、鼻毛、鼻毛ぶふあはははあははははーーーーーーーーーーーーーっ! ひゃーいっ! ひゃーいっ! 何それ……うひひひゃはははーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
転げるユッキー。顔を押さえ、腹を押さえ、髪を掻きむしって顔を床に押し付け、笑う。
「うひーーーーっ! うひーーーーっ! どうしてそんな……きゃひくひひひひっ! いーひーっ! いひーーーーーーーーっ!!」
呼吸苦と忍耐の意思により、新たな笑いの声を発してしまう。笑いが敗北となるにらめっこの、敗者の象徴とも思える姿になってしまっている。だが、我慢が出来ない。笑う。笑う。笑うほか、無い。
そんなユッキーを見下ろし見届けた汰和菜は、視聴者が困惑する前に、自らカメラに寄っていた。自分がしたことの種明かしだ。
「あっぷっ、ぷうーーーっ」
再び鼻の穴を全ての指で開くと現れたのは、鼻毛だ。確かに、ユッキーもそう叫んでいた。鼻を開くことで鼻毛が飛び出したから笑った……と言うだけではない。鼻毛が数本、束ねられ、まっすぐに伸びていたのである。
先の変顔で、汰和菜は自らの舌を触っていた。この時唾液で濡らすことにより、髪をセットするかのように鼻毛を固め整えてしまったのだ。
鼻の穴が、まるでミサイル発射口のように……そこまでの計算がなされていたことに気づいたために、ユッキーは笑っていたのだった。
“鼻毛ミサイル!?”
“技術力高すぎww”
“大草原”
“嫁にきてくれないか”
“果てしなく地味な勝利だなw”
画面では、様々なコメントが飛び交う。その誰もが楽しんでいることは明白。最高の盛り上がりと共に、2人の勝負は終わりを迎えたのであった。
笑い声が収まるまでに、4分29秒かかった。
その間に温子のスーツを着込んだ汰和菜は、未だ立てずにいる全裸ユッキーの前に、立ち塞がるように仁王立ち。見下ろして、強くしっかりとした口調で言い渡した。
「はい、ユッキー、お勉強の時間です」
「ぐ、ぐひいいーーーーーーーっ!!」
私は上司。上司なのに。相手は新入社員なのに。
温子の感情は、心の中で激しく暴れ回っていた。
絶対に勝てると思っていたのに。
本来の関係で言えば、彼女にここまでされることなんて決してないのに。
しかし、自分は別世界に来てしまった。ああ、そして負けた。序列は新たに生まれてしまった。
“勝者からの指導”として、無様にも相手の考えた無様姿を晒すことになってしまった。
悔恨の表情を取りながら、指導開始。
汰和菜の言う通りに動き、汰和菜の思う通りに弄ばれるユッキーのショーがここに開幕。
土下座ポーズで顔を上げ。髪を適当にひと房ずつゴムで巻き固められ。
自分のスーツを来た部下が、背に座って顔面凌辱。
鼻や唇、頬肉、目尻と、あらゆる箇所に指をかけられ、目いっぱいに引き下げられている。まるで、ストッキングを被ったかのようになってしまうのだ。
「ぶ、ぶひいいーーーー! ぶひいいーーーーー! ユッキー、負けです! 負けましたぁああーーーーーーーー! 負け豚ユッキー、ご覧くださいぃいいーーーーーーーーーーーー!!!」
この敗北宣言は、SNSの伝説となった。
9・
「新庄課長、今日も楽しみましょう」
「そうね、次の勝負に備えて特訓よ!」
それから2人は変顔コンビとして配信を続け、新たな評判をとっているという……。