異世界相撲道~巡業、はじめました~・先行公開 (Pixiv Fanbox)
Published:
2019-12-29 14:18:22
Imported:
2026-06
Content
その日仰ぎ見る国技館の天井はいつもよりも広々としていて、目がくらむほどに煌びやかだった。
『決着ーッ! 千秋楽、結びの一番を制したのは横綱! 雷童ォーッ!』
『対する大関、炎亀道。カド番で迎えた今場所は六勝九敗と負け越し、大関陥落が決定しました』
実況解説の声がどこか遠くから聞こえてくるような気がする。現実味がない。
粛々と所作を行う最中、横綱と目が合う。悲しい目だった。
失望と、諦観。見損なったと言わんばかりの視線に耐えかね、逃げるように土俵を下りた。
「やっぱり、もう頭打ちじゃないかねぇ」
花道を歩いてる時、客席から声が聞こえてくる。
「もう二十八だろ? そろそろ引退じゃないかなぁ……」
「昔は強かったけど今じゃ若手に押されてるよ」
「やっぱりハングリー精神がないんだよ! 大関の地位に満足してたのさ」
返す言葉もない。敗者が何を言っても無駄だ。負け犬の遠吠えに他ならない。
「お疲れさんでございます、炎亀関。タクシーの用意できてます」
「……あぁ、ありがとう」
付け人に案内され、地下駐車場からタクシーへ乗る。車内の空気は重い。運転手はこちらを気遣ってかミラー越しに何度も視線を送っているが、結局口を開くことはなかった。
(頭打ち、か……)
車窓から景色を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考える。
今、自分は二十八歳。世間からすれば若い方だが力士としては年長の部類だ。同期で入った者たちもほとんどが廃業し、一般の職に就いている。
自分の限界がここだとは思いたくない。だが、未だに綱を取れていないのも事実だ。大関の地位でまごついている間も次から次に若手が台頭し、とうとうカド番を迎えた今場所。結果は大きく負け越し、大関の地位から転がり落ちた。
「……すいません、止めて下さい」
気づけば涙が滲んでいた。部屋に戻るのが怖い。親方や女将さん、弟弟子にこんな顔は見せたくなかった。
途中でタクシーを降り、当てもなくぶらつく。けれどこの見た目だからか結局人目を引いて、ますます自分の惨めさが浮き彫りになった。
だから逃げて、逃げて、逃げ続けて――やっと辿りついたのは町はずれの公園だった。東京にはまだこんな場所があったのか、と思う程に静かで閑散としている。
今の自分にはうってつけの場所だ。ベンチに腰掛け、大きくため息をつく。
これからどうすればいいのか。自分ももういい年だ。再び大関の地位に返り咲くのも、そこからさらに横綱を目指すのも簡単な事ではない。
「クソ……ッ!」
無力感に打ちひしがれ、拳を膝に叩きつけようとする――が、すぐにハッとして思い直した。
『身体、大事にせなよ』
祖母の声が脳裏に蘇る。それと同時、今までこらえていた涙がドッと溢れてきた。
「ばあちゃん、ごめん……」
横綱になるところを見せたかったのに、祖母は二年前に逝去してしまった。大関になって三年目のことだ。
相撲を始めたのも祖母が見ていた大相撲がきっかけだ。自分が相撲取りになればもっと喜んでくれるだろうと思った。そして実際、祖母はいつだって自分の取り組みを見に来てくれた。
けれどもう、祖母はいない。墓標の前で横綱になる事まで誓ったのに、結果はこの体たらく。悔しくて辛くて消え入りそうだ。
「僕は……」
本当に、横綱になれるのか。
絶対になる、と言っていたのはいつまでだっただろうか?
今は、そう軽々しく口にできるものではなくなった。何度も挑み続け、その度に阻まれ、そこに至るのがどれだけ険しい道のりか知ってしまったから。
むしろ、ここで引退するのが潔いのではないか。そんな考えすら頭をよぎる。
何度も、吐き気を催すほどに自問自答を繰り返して――それでもなお、答えが出る事はなかった。
***
「ん……?」
意識が微睡んでいる。いまいち記憶が曖昧だ。
確か公園で考え事をしていたはずだが――。
「どこだ、ここは……?」
周囲には木々も遊具も何もない。一面白の世界が広がっていた。
距離感もあやふやで、地面の感覚すらおぼつかない。もしや夢かと思い頬をつねってみたが、しっかり痛い。ということは、これは現実なのだろう。
だが、だとしたらここはどこなのか。なぜ公園から見知らぬ場所へ移っていたのか。まさか居眠りしている間、誰かが運び込んだという訳でもあるまいに。
「うん……?」
ふと、頭上から光が差してきた。目を細めながらそちらを見ると、神々しい光を纏った女性と目が合う。
「天女、さま……?」
思わずそう呟いてしまう程に彼女は可憐で、愛くるしく、美しかった。
後光を背にした女性は音もなく地面に下り、にこりとはにかんでくる。子どものような、それでいて大人の艶やかさもある媚笑だ。あまり女性に免疫のない炎亀道はポット頬を染め、視線を逸らしてしまう。
「こんばんは、炎亀道――いいえ、石上彰義さん」
「どうして、僕の名前を知ってるんです?」
「一応、神様ですから」
特に違和感は覚えない。これだけ美しいのだからするりと信じてしまう程の説得力がある。
「まぁ、厳密に言えばその憑代なのですが――ともかく、本題に入りたいと思います」
ふぅっと息を吐いた瞬間、彼女の目が鋭さを増した。炎亀道も思わずピシッと背筋をただし、グッと口角を引き締める。
「単刀直入に言います。あなたは死にました」
「は?」
思わず素で聞き返してしまった。何を頓珍漢なことを、と目を丸くする。
けれど女神と名乗った女性は目を伏せたまま首を横に振り、ぱんっと手を打ち合わせる。すると背後に映像が浮かび上がり、そこには椅子に座ったままの炎亀道が映し出されていた。
「これは……僕?」
「えぇ、そうです。厳密に言うならばあなたの遺体ですね。死因は脳卒中。まぁ、こんな寒空の中寝落ちしたのだから当然ですね。ご愁傷様です」
開いた口が塞がらなかった。けれど映し出されているのは確かに自分そのもので、場所もあの公園である。
そして何より、この不可思議な空間が死後の世界だとすれば納得だ。目の前にいる女性も明らかに人の類ではない。それだけは本能的に理解できる。
ただ……いざ死んでみると、後悔や無念が強い。つい先ほどまでこれからの身の振り方に迷っていたが、どうせならもっと長生きしたかったと思ってしまう。
それを察したのか否か、女神の口元がわずかに綻んだ。
「ですが、炎亀道さん。心配なさらず。あなたにチャンスを与えます」
「チャンス?」
「えぇ、どうぞこちらをご覧ください」
再度女神が手を打てば映像が切り替わり、ファンタジー映画もかくやの光景が映し出される。
禍々しいオーラを纏う不気味な城、そこから進軍を開始する異形の軍勢、それに対抗するべく立ち上がる人間たち――などなど。
剣と魔法の冒険劇、とでも言わんばかりの光景に炎亀道も目を皿のようにしている。
「この世界には“魔王”と呼ばれる存在がいます。あなたにはその討伐を依頼したいのです」
「……なぜ、僕なんでしょう?」
「強いからです」
即答だった。拍子抜けするほどシンプルな答えに頬を歪める炎亀道に対し、女神は補足を入れる。
「一応他の候補者もいましたが、この世界にはあなたが適任だと判断しました」
「この世界、ということは他にも色々世界があるんですか?」
「えぇ、まぁ。例えば、機械文明が発達した世界。魚類が人間に成り代わっている世界、あるいは巨大な世界樹に支えられている世界……まぁ、簡単に言うと“あり得たかもしれない”世界、パラレルワールドだと思ってください」
「はぁ……で、僕はその魔王を倒せばいい、と」
「話が早くて助かります。が、もちろんこちらでも出来る限りの補助は致しますよ?」
彼女がサッと渡してきたのは一枚の羊皮紙だ。そこには炎亀道本人のプロフィールと、これから付与されるであろうスキルがびっしりと書き込まれている。
「武器精製や筋力強化、物理攻撃無効といった戦闘系のスキルはもちろんポーション生成や錬金術、その他もろもろ旅に役立つスキルもつけています。これさえあれば異世界だろうとどこだろうと――」
「いえ、せっかくですがお断りします」
「はい?」
予想外の答えに、女神は食い気味で聞き返した。
炎亀道は申し訳なさそうな顔をしながら羊皮紙を返し、
「女神さまは、この作法の意味をご存知ですか?」
スッと。滑らかな動作で両腕を上に掲げてみせる。
反応が芳しくない事を察すると小さく頷き、
「これは土俵入りの際に行なうものなのですが『武器は持っていない』という意味なんです。正直色々と提案してもらったのはありがたいのですが、どれも僕には必要ありません。だってそれを使ってしまったら、僕は“力士”ではなくなる」
「ですが、その……言いづらい事なのですが」
女神は少し困ったように顔をゆがめ、ややあって別の羊皮紙を渡してくる。
それを見た瞬間、炎亀道の表情が今まで見た事がないほど複雑なものに歪んだ。
炎亀道彰義(Lv 78/80)
これが自身のレベル――つまりは現状と、限界値を表している事はすぐに理解できた。すでに上限に至ろうとしている。皮肉にも観客の呟いた「頭打ち」という指摘は的を射ていた。
さらに女神は別の紙を渡してくる。そこには横綱をはじめとする幕内力士たちのレベルが書き込まれていた。
最近台頭してきた新星たちはレベルこそ自分に劣っているものの、上限は90とかなり高い。横綱に至ってはすでにレベル100を超えているうえ、上限が150まで存在した。
けれどなぜか、口元には笑みが浮かぶ。自嘲でも虚勢でもない。
穏やかな風貌からは想像もできない狂気を孕んだ笑みを滲ませながら、炎亀道は大きく胸を張る。
「――だとしても、僕は力士です。この身体で、両親が与えてくれたこの身体一つでここまで戦ってきました。……僕にだって、それなりの意地とプライドがある。ですから、どうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げられ困惑する女神。だが、大きく嘆息すると羊皮紙に筆を走らせ、それを今一度炎亀道へと渡した。
「流石に生身だとまた死んでしまいます。ですから、取組の邪魔をしない程度にいくつかのスキルを与えておきました。いかがですか?」
「……ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いいえ、お気になさらず。それと、あなたの遺体。アレはしばらくの間、私が管理しておきます。魔王を打倒すれば、すぐに蘇生させますので」
「では、魔王を倒せばまた相撲が取れると?」
「そうです。ですから頑張ってください」
再び女神が手を打ち合わせると、世界がぐるりとひっくり返る。
浮遊感に見舞われながらも、炎亀道は好戦的な笑みを浮かべていた。
***
目を覚ますと、また別の場所へと放り出されていた。霞む目を擦り周囲を観察する。一見元の公園に戻ってきたかと思ったが違った。
立ち並ぶ木々は天を突かんばかりに長く、地面には木の葉のカーペットが敷かれている。クリスマスツリーを思わせる見た事のないキノコも生えていた。どうやら無事異世界とやらにやってきたことに安堵する。
「さて、どうするか……」
困ったことに、魔王を倒せということ以外何も聞いていない。
そも、ここがどこで敵がどこにいるのかもわからないのだ。自慢ではないがかなりの方向音痴なのでいきなりこんな山中に放り出されて内心参っている。
とりあえず下に下りればいいだろうと思ったが、急こう配の坂は思った以上に危険だ。岩肌も所々露出している。足を滑らせ、身体をぶつけたりすればひとたまりもない。
――ぐ、くっ、くぅぅぅぅぅ……っ。
獣の泣き声ではない。腹の虫だ。思えば、取組が終わってから何も食べていない。正直腹がペコペコだ。
といっても周囲に食べられそうなものは落ちていないし樹上を見ても果実は成っていない。山菜やキノコなどは生えているものの、どれも人間界の物とは違う。下手に食べない方がいいだろう。しかも生だ。運が悪ければ即死する。
また死ぬのだけは勘弁だ。そう思い、ひとまず歩きながら食料を探すことにする。
「どうしたものかな……」
目指すは山頂。そうすれば周囲が一望できるはずだ。ここは木々が乱立していてあまり視界も良くない。
ただ、空気はすごく綺麗だ。深呼吸をすればマイナスイオンで肺が満たされる。力士というのは意外に多忙なので最近はのんびりできていなかったからか、この時間が少しだけありがたい。
意外なことに生物の姿は見当たらない。てっきり魔物やそれに類する何かが襲ってきたりするのを想像していたのだが、思った以上に平和だ。魔王とやらの手はここまで届いていないのか、はたまた単に魔物すら寄り付かない辺境なのか。
どちらにせよ、今はとりあえず食料が欲しい。あっという間にエネルギーが切れて、空腹で動けなくなった。近くの切り株に腰掛け、腹を撫でさする。
炎亀道は力士の中ではやせ形――いわゆるソップ体型にあたる。腹はそこまで出ていない。が、その分体重管理には人一倍気を使ってきた。
生まれつき肉がつきにくい体質だからか、食べないとすぐ痩せてしまう。それでいて燃費が悪い物だから「お前は外車みたいだ」と親方から笑われたこともあった。
(親方……)
果たして、時間の流れは向こうと同じなのか。もし同じなら、きっと親方たちは今頃慌てふためいているだろう。
大関の地位から転がり落ちた力士が行方不明になった。自殺を疑われても仕方ない。まぁ、実際は寒さによる脳卒中だったのだが。
彼らの為にも早く戻らねば。しかしその前に何か食べるものを得なければならない。
――ガサッ。
そんな折、背後の茂みから音がした。
魔物か、動物か、はたまた人か。なんにせよ軽快に越したことはない。
炎亀道は巨体に似合わぬ身軽さでサッと身を翻し、前傾姿勢で構える――が、
(女の、子……?)
視線の先にいたのは先の女神すら霞む程愛くるしい美少女だった。全体的に造形が小作りで、身長はもちろんだが腰つきも肩幅も狭い。褐色の肌は潤いと艶を帯びている。
外見から察するに、十代になるかならないかといった頃合いだろう。簡素なシャツとハーフパンツを身に纏い、なぜか裸足。彼女もまさか人に合うとは思っていなかったのか、ぽかんと口を開けている。
風にたなびく銀髪、透き通った緑水晶の瞳――どれもこれも日本人離れしていて、呆気にとられるほどに美しかった。
否、それ以上に炎亀道が目を奪われているのは、彼女の背に担いだ籠から飛び出している山菜やら木の実だった。
(けど、どうしよう?)
できれば食べさせてもらいたい。力仕事でもなんでもするから少しだけ分けてほしい。
問題はどうやって意思疎通をするかだ。
自慢じゃないが、英語は大の苦手である。まして相手は異世界人。果たして言葉が通じるのか、否か。
「え、えーっ、と」
黙っていても仕方ない。両手を上にあげ、敵意はないと示しながら語りかける。
「そ、その……そこのお嬢さん? もしよろしければ僕に、食べ物を分けて下さいませんか?」
身振り手振りを交えて必死に語りかける。伝わったかは微妙。
果たして異世界人はどんな反応を示してくれるのか――!
「や」
鈴の音のように愛らしい声が零れる。ぐっと拳を握りこみ二の句を待つ炎亀道をよそに少女はポッと頬を赤く染め、
「やだよぉ、そんなお嬢さんだなんて! オラもうそんな年じゃないべさ!」
バリバリの訛りを繰り出した――。
―――――――――――――――――――
ファンボックスで先行公開します。後でなろうにもあげる予定。
第一話は無料ですが、二話目からは有料支援者様のみ閲覧可能となります(お気持ちプラン=100円から見れます)