生皮鬼 12 (Pixiv Fanbox)
Published:
2021-05-16 04:31:16
Imported:
2026-06
Content
12保健医の正体
「保健室の先生が邪気を操っているのではないか? だって?」
次の日、授業が終わると俺たちは生駒先生に昨日の放課後の出来事を話した。
求性鬼になって邪気塊を祓い消滅させていた所、保健室の先生に変身している姿を「見られて」いた事を。
「普通の人間には見えないよう隠形術を使っていたのに、保健室の先生には見えていたんです」
壮平もあの時の状況を伝えた。
「ムグラが言うには邪鬼が人間に化けているんじゃないか、って」
龍騎はムグラの予測を生駒先生に述べた。
「尼辻先生が邪鬼だって!? っと、ココじゃマズいな。――場所を変えよう。俺は一旦職員室に戻るからお前たちは先に例の場所で待っててくれ」
教室の中には誰もいないもののいつ誰が通りかかるか分からない。
部活禁止令が出ていてもすぐに誰も居なくなる訳じゃない。
旧校舎の図書室に来た。
戸を開けた瞬間濃厚な精液の匂いがして昨夜の出来事は夢じゃなくて「マジ」だったんだと理解した。
カギロイってば俺が寝ている間に勝手に俺のカラダを使って浜沖たちとセックスしてたんだよな。
俺が覚醒しないよう配慮? はしてたみたいだけど、完全に感覚を遮断できてはいないから『夢』と言う形で朧げに記憶は残っている。
あとで本人に問い詰めてやろう。
「しっかし、こんな状況で学園祭なんて実行できるんかな?」
壮平のつぶやきはもっともだろう。
「俺の親なんて『悪魔とか幽霊とか何の冗談?』って鼻で笑ってたぞ? きっと誰かが都合の悪いハナシをそう言うので誤魔化そうとしてるに違いない、って」
龍騎の言葉に俺もうなずいた。
実際、俺の親もそんな反応だったし他の家でも大抵そんな感じになっていたそうだ。
「行き過ぎた指導のせいで何人かの生徒が倒れたのを、適当に理由を付けてあしらおうとしてるんじゃないか、って」
俺の母の意見に俺は否定しなかった。
まさか息子が「皮」によって鬼に変身するなど思いもよらないだろうし、悪魔や幽霊の正体が実は邪鬼だと言っても信じる筈がないからだ。
「金曜日の前夜祭も含めたらあと5日しかない。それまでに解決するとは思えないよな」
学園祭に深く関わっている訳ではないしそこまで楽しみにしている訳じゃないけれど、準備してきたあれこれが無駄になると思うとなんか悔しい。
部としてお披露目するため合唱や男子シンクロの練習を重ねて来た壮平や龍騎なら猶更だろうな。
見通しの暗さにがっくりと項垂れていると図書室の戸がガラッと開いた。
「待たせて悪いな。職員室から出る時に色々とあったもんでな」
生駒先生が中に入って来た。
かと思うと、白衣を着た人物が生駒先生に続いて図書室内に現れたのだ。
「やぁ、こんにちは。初めまして、じゃぁないよね?」
以前に気分が悪くなったクラスメートを運んだ時に対応した事を言っているのか、それとも――。
「昨日はまさかあんな風に出会うなんて思ってもみなかったからさ、咄嗟に逃げちゃったんだよ」
やっぱ昨日の事だったか!
スリムな優男は飄々とした雰囲気を湛えながらイタズラが見つかった子供みたいに笑った。
「こちらが保健室の尼辻先生だ。ここに来ようとしたら呼び止められてね。お前たちに昨日の件で説明つうか釈明したいっておっしゃられたんだ」
敵かも知れない相手を前にして俺も壮平も龍騎も固まったまんまだ。
生駒先生ってばよりにもよってこれから探ろうとしてた相手を連れて来ちゃうなんて! と。
「っふふ。驚かせてしまって申し訳ないね。まず最初に言っておきたいんだけど僕は君たちの敵じゃない。そのことを君たちと鬼の皆さんにも理解してもらいたいんだ」
「カギロイにも?」
生駒先生がうなずいた。尼辻先生は「皮」の事も「鬼」の事もすでに知っているのだ。
俺は壮平と龍騎に目配せをし、鞄の中から「皮」を取り出した。
スルスルとまとわりついて来る「皮」にカラダを預ければ、あっという間に全身を覆い尽くし赤い1本角の鬼である「カギロイ」に変身した。
カギロイになった俺とアラカネとムグラは尼辻先生をギロリと睨みつけた。
「敵じゃねぇっつうのはどういうこった?」
「貴殿のカラダから漏れている邪気はなんなのか?」
「その前に、お前さん人間か? それとも……」
尼辻先生は矢継ぎ早の質問に一切たじろぐことなく平然としたままだ。
「敵じゃないってのはそのまんまの意味さ。僕は君たちの敵じゃないし生徒たちに悪い事はしていない。
それと、僕のカラダから漏れている邪気は、僕が邪気を取り込んで『食べる』からさ。少々気配が漏れてしまうのはエチケットに反するんだけど沢山食べた後は仕方ないんだよね」
ここで一旦言葉を切った天辻先生は、視線を上げて遠い目をした。
「僕は……、僕は人間だよ。人間になれた……。生まれ変われたんだ。昔は『天邪鬼』なんて呼ばれてたみたいだけどね」
カギロイたちがすかさず拳を固めファイティングポーズをとった。
「てめぇが天邪鬼だと!?」
「忘れるものか。俺たちが封じられる発端となった存在を!」
「また人間に化けやがったのか? 今度は何を企んでいる?」
「待った待った! 君たちに殴られたらそれこそ一発でお陀仏だよ。昔は『天邪鬼』だった、って言ったでしょ? 今は違う。
この肉体は完全に人間のモノ。鬼とは比べ物にならない脆弱な構造だ」
「だが、邪気を喰らうなど普通の人間にはできぬ芸当」
アラカネの指摘はもっともだ。
「なら生駒先生もそうだろう? 普通の人間に邪気祓いなんてできないけど、できてるじゃないか」
まぁ、それはそうだけど。
「勇士の子孫と同じで、僕も『天邪鬼』では無いとは言え、すこーしだけ当時の性質を受け継いではいるんだよ」
「……で? 色々と確かめてぇ事はあるがよ。何しにここへ来た? 俺らにぶっとばされる危険を冒してまで」
「そう。まさにそこなんだ。昨日、君たちを『見た』事がバレちゃっただろう? そのまま放置してたら本当にぶっ飛ばされる可能性が出て来そうだからさ。
先に手を打っておこうと思ってね。
僕は君たちの敵じゃないって事を理解して欲しいんだよ。まぁ、味方か、って言われたらそれも違うんだけどね」
敵じゃないけど味方でも無い?
つまりそれって?
「保健室の先生ってのはさぁ、生徒の心とカラダの悩みなんかもよく聞くんだけど悩みを抱えてる人ってのはそれなりに邪気を孕んでいるんだ。
だから僕にとってこの学園はじっと座っているだけで邪気っていうご馳走が向うからやってくる美味しい職場な訳。そんな職場を乱されるのは本当に嫌だし困り物なんだ」
「何が言いたい?」
「ここ最近の騒ぎの元となっているのは僕じゃない。放課後の部活禁止や完全下校によって美味しい邪気が食べられなくなって残念に思っているくらいだ。
そもそも僕は邪気が完全に無くなる事を望んでいる訳じゃぁ無い。ま、完全に消えるなんてあり得ないんだけど僕は君たちが打ち消すモノを好物として摂取してるんでね。それなりに残しておいて欲しいなぁ、なんて考えているんだよ」
「尼辻先生の考えに全面的に賛同した訳じゃない。ややもすると生徒が邪気を放つほど悩み苦しむのを待ち構えているようにも受け取れるしな。
ただ――」
「ただ?」
生駒先生に皆の視線が集まった。
「ただな、俺は尼辻先生が悪い人物のようには見えない。同じ先生だからと擁護するんじゃなく、……何て言うかな、これまでもこの学園の保健医として生徒を看護してきた人物が、急に気が変わって生徒を襲うような真似はしないと思うんだ」
尼辻先生が賀名生学園の保健医となったのは2年前からだと言う。
邪鬼が現れ始めたり生徒が邪気で倒れたりしだしたのは本当に最近の事。
生駒先生の言う通り、生徒を苦しめたいのであればもっと早くから着手していてもおかしくは無い。
「で? 敵じゃねぇとして味方でもねぇってのは、俺らに協力しねぇって事か?」
カギロイはなおも疑いの眼差しを向けている。
「まぁね。僕も邪気を食べるとは言え肉体的には完全に人間だし、求性鬼に対してやらかした過去の記憶も持っているとは言え、今や無関係と言っても過言じゃない。
そして、生駒先生や御隠先生みたいに勇士の子孫でもない。だから僕は君たちとは距離を取って静観する事に決めていたんだけど……」
顔を上げた尼辻先生はまっすぐにカギロイを、俺たちを見た。
「こう続けざまに生徒が邪鬼にまでなるのは僕も望んじゃいない。ほどほどに美味い邪気を取り込むのが僕の理想なんだ。
濃すぎる邪気など不要。これで学園祭まで中止になって生徒の心が凹んだらますます邪気は強まって邪鬼化する生徒が増えるだろう。
そうして邪鬼について外部に拡散したら学園の評判がガクッと落ちるだろうし、となると生徒たちの気持ちが荒んで邪気がまさらに濃くなっていく――と言った悪循環に陥るだろうね」
弟の透哉も頑張って賀名生学園に進学しようとしているのだ。俺たちの代で学園の評価を下げたくはない。
「だからさ、昨日、君たちに僕の存在がバレチャったのも良い機会だと思い直したんだよ。邪気騒動が落ち着くまでは協力しよう、とね」
「さすがは天邪鬼だ。考えがひねくれていて分かりにくいぜ。だが、今の所は俺たちの味方だ、と見て良いんだな?」
「そう言うコト。キミ達にしつこく付きまとわれるのも嫌だしね」
尼辻先生がカギロイたち求性鬼に向かって肩をすくめて見せた。
「回りくどいったらないな。もっと手短に言おうと思えば言えるハナシではないか」
アラカネが不平を言うとムグラも「お主の方では過去は過去として片付いておるようだが、こっちまでそうとは限らんのだぞ?」と釘を刺す。
「昔さ、君たちを勇士に封印させた後、死ぬほど後悔していたんだよ? 天邪鬼ってば本当は君たちに代わって自分が人気者になってちやほやされたかっただけなのに、
あの一件で天邪鬼は将軍を騙した罪で追討対象になっちゃって、結局は都から逃げてほうぼうさまよった挙句に死んじゃったんだ。
天邪鬼らしい死に方だと言えばそうなんだろうけど、死ぬ間際に出会った旅の僧に罪を懺悔して経を読んでもらえたお陰で今世では人間に生まれ変われたんだ。二度と同じ轍は踏まないようにしないとねぇ」
もしかしたらカギロイも「皮」などになっていなければ今頃は人間に転生してたんだろうか?
「さて、ここで大事な情報を二つ」
尼辻先生が声のトーンを低くし、周囲をぐるりと見渡した。
もちろん旧校舎の図書室には俺たち以外に誰もいない。
「旧校舎の取り壊しが間もなく開始されるだろう。そして更地になった旧校舎の敷地は競売にかけられると言う情報が一つ。
そしてもう一つは、取り壊しの作業を請け負う工事業者と競売に掛けられた敷地の買い取りに手を挙げている不動産屋の両方に副理事長の息が掛かっている、と言う情報だ」
「尼辻先生……。どうしてそんなに詳しいんですか?」
「学園長から聞いたんだよ。あの人も色々と気苦労が多いでしょう? だから僕の保健室まで愚痴を吐きにくるんだよね。
そのついでと言っちゃぁなんだけど学園長の邪気を食べて消してあげてるもんだから随分と気に入られちゃってね」
邪気を食べられて気分がスッキリとするのを、尼辻先生に愚痴ったお陰なんだと勘違いするのだろう。
結果オーライと言う奴だ。
「だが、何でだ? 副理事長って野郎がどうしてここで出てくる? そいつが邪鬼に何か関係があんのか?」
カギロイは俺の頭の中を読みとっているから現代の常識や学園についてのあらましも把握しているのだ。
「邪鬼騒動が外部に漏れたらどうなると思う。学園の評判は地に落ちるのは目に見えている。すると、そんな不気味な学園で解体工事を行おうと考える業者は減るだろうし、土地の価格もぐっと下がってしまう。
そうやって副理事長としては数ある解体請負業者を蹴散らした上に、この土地を安く買い叩けるって寸法さ。
その後、邪鬼についての騒動が静かになった頃に安く買い取った土地を高く売ったら……。もうこれ以上はみなまで言わずとも分かるよね?」
生駒先生が怒りで顔を強張らせていた。
「ゆ、許せねぇ。教育に関わる者としても、学園を支えるべき副理事長としても……」
「私腹を肥やすのは僕としてはどうでも良かったんだけど、邪気を利用してってのが姑息じゃない?」
「だが、どうやってその副理事長ってのをぶっ飛ばす? いっそ殺すしかねぇのか?」
カギロイの意見にアラカネもムグラもギョッとする。
「それはダメだカギロイ。我らは不殺の誓い故に求性鬼としての力を保っておれるのだ」
「そうだぞカギロイ。鬼でありながら追討されなんだのは人を手に掛けてこなかったからだ。あの勇士たちにさえ抵抗せず甘んじて封じられた事が無になってしまうぞ」
そうだったのか。
カギロイたちは勇士を返り討ちにするくらいなら、と敢えて封印される道を選んだのか。
それから千年。随分長く眠らされてたんだな。
俺は敢えて声に出してカギロイに言った。
「あのさカギロイ、アラカネやムグラの言う通り副理事長の命を奪う必要は無いよ。そんな事をしなくたってさ、副理事長の悪巧みを阻止できれば世の中がさ、副理事長の立場や権力を奪って、二度と悪さをしないよう封印してくれるから」
「……そうなのか?」
俺は、カギロイの中で大きくうなずいた。
「――さて天邪鬼、いや尼辻とやら、その副理事長の謀(はかりごと)を除き邪気を薄くする方策は持っているのか?」
アラカネが試すような目つきで尼辻先生をまっすぐに見た。
「方策なんて持って無いね。副理事長が解体業者や不動産屋と繋がりがある事と、ここ最近の邪鬼騒動は別モノだし、そいつを利用して儲けようとしているってのはいわゆる僕と学園長の推測レベルの話なんだ。
証拠がある訳じゃないんで正面から乗り込んでも僕たちが負けるのは確実。逆に名誉棄損で訴えられちゃうかも知れないねぇ」
「だったら打つ手が無いのではないのか?」
ムグラが憮然とした顔で尼辻先生を睨んだ。
「ところがところが、全く打つ手が無い訳でも無いんだなぁ」
ニヤリと微笑む尼辻先生。
「てんめぇ。もったいぶらずにさっさと言えよ。方策が無いって言いながら打つ手があるとか天邪鬼な事言ってっとまた痛い目に遭うぞ?」
カギロイに言われてスッと笑みを引っ込めた尼辻先生は「性格がひねくれているのは中々治らないもんだね。くれぐれも気を付けるとするよ。
さて、打つ手が無い訳じゃないって意味なんだけど、副理事長が邪鬼や邪気についてどうして知っているのか疑問に思わなかったかい?」
ああっ! そういや俺も生駒先生もカギロイたちも「知ってて当然」な状態で聞いていたし、尼辻先生だって元・天邪鬼であり
今でも邪気を食べると言う人物だから何も引っかかりを感じる事は無かったけど、どうして副理事長ってここ最近の騒動の原因が邪気や邪鬼だと把握しているのだろう。
「尼辻先生、すると副理事長は我々の事も知っているんですかね?」
「おそらく知っているだろうね。だから邪鬼騒動もいずれ君たちの活躍で収まると踏んで、今は表立った動きを見せないようにしているんだろう」
……一体何者なんだろう? 副理事長って。
「さぁて、僕から言えることはこれぐらいかな? 派手にやらかすときつーい返り討ちに遭うからくれぐれも気を付けて行動して欲しい。
それと、理事長は副理事長の言いなりだからアテにしちゃダメだよ」