ハロウィンの魔女 (Pixiv Fanbox)
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「トリックオアトリート!」
「……ちょっと待ってて」
私は急いでリビングに駆け込み、何かお菓子がないか探した。だがこんな時に限って何もない。お母さんに訊いても「そういえば何もないわねー、明日買ってくるわねー」という最悪の返事。今、ここにないとダメなんだってば!
「悪戯だねー」
「ひっ!?」
いつの間にか、レベッカが家に上がり込んでいた。お母さんは例によって一切気にする素振りを見せない。
「えいっ」
ポワンという発砲音と共に、私の視界が白い煙で包まれた。それが晴れると、私の全身にさっきまでなかった厚着の重みと服の感触が生じる。恐る恐る視線を落とし、自分の姿を確認した。
「どーお? カワイイでしょ?」
レベッカは私をメイドに変えてしまった。しかも私に着せられたのはただのメイド服でもない。ゴテゴテと派手に飾り付けられたゴシックメイドドレス。肘まで覆う長手袋と、脚全てを覆いつくすタイツ。頭にカチューシャも乗っけられ、私は完璧にメイドのコスプレイヤーに仕上げられていた。
「何なんですか、もう……って、あれ……」
レベッカがニヤニヤ笑っている。今のは私が意図して発した喋り方じゃない。メイド……ああそうか。私はレベッカに敬語でしか話せないようにされてしまったらしい。
「あのお嬢様、これはどういう……」
自分ではレベッカと呼んだつもりなのに、お嬢様に変換されてしまった。悔しい。
「決まってるでしょ。今日はハロウィンなんだか。さー行こ行こ!」
「あっ、ちょっ、どこへ……」
意気揚々と飛び出していくレベッカに、私の体は独りでに追従した。どうせ碌なことじゃない。行きたくないけど、体が勝手に後をついていってしまう。どうやら、私は完全にこの子に付き従うメイドということにされてしまったらしい。うぅ……。
彼女は私のクラスメイトで、不思議な力を持っている。自分の好きなように、何にでも変えられる力。そして周りの人間はその変化を一切関知しない。最初からそうであったもの、ありふれた普通の光景として受け入れてしまうのだ。そしてなぜだが私だけが、変化の前後を認識できる。そのせいで私は日頃からこの子に振り回されっぱなしなのだ。
「こんばんはー! トリックオアトリート!」
「あら。ちょっと待っててね」
高校生二人が魔女とゴシックメイドのコスプレをしてアポなし訪問をかましても、この家の女性は何一つ疑問に思うこともなければ、不審だとも感じないらしかった。こんな格好で外歩きたくないし、近所を訪ね歩くなんて絶対したくないんだけど、体が言うことをきかないからどうしようもない。私はスカートの前で両手を重ねて、静かに成り行きを見守っていることしかできなかった。
お菓子を受け取ったレベッカは
「ありがとお姉さん! じゃあ悪戯ね!」
と叫び、お姉さんを白い煙で包んだ。
「ちょ、ちょっと、お菓子もらいましたよね!?」
「いーのっ」
オアの意味わかってない……。いや最初から悪戯が目的なのか……。
煙が晴れると、そこに彼女の姿はなかった。目線を下げていくと、子猫が一匹。キョトンとした表情を浮かべて、床に座り込んでいる。
「……えっ」
「やーん、かわいい~」
レベッカは子猫を抱きしめ、撫でまわし始めた。これは……その、お姉さんを……猫に変えちゃったの!? 恐ろしい……。もしもレベッカが元に戻さなかったら、彼女は一生猫のまま。しかも、周りは誰もその失踪に気づかない。
しかし今私が元に戻せといってもきかないだろうな。私はレベッカが子猫の触り心地を堪能するのを待った。
「ほら、ヨーコちゃんも触る? 可愛いよ~」
「いっいえ、遠慮しておきます……」
さっきまで人間だったのが理不尽に猫にされるのを目の前にして、そんな気分になれるわけない。……あーでも可愛いな。ホントの猫だったら……。っていやいや。ダメダメ。
「またねーおねーさん。じゃ次行こっか」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください、彼女を元に戻してあげてください」
が、レベッカは彼女を猫にしたまま玄関から出て、ドアを閉めてしまった。メイドにされている私の体も、全く抵抗することができず、彼女について家の外へ出てしまった。
「いーじゃない、可愛くって」
「で、でも、一生猫のままだなんて」
「へーきへーき、明日には戻ってるから」
「本当ですか?」
「さあ? 多分」
「……」
相変わらず自分勝手な子。しかし私は逃げることもできず、恥ずかしいメイド姿のまま、後ろをついて歩くことしかできない。こうして従わされていると、まるで自分もレベッカの悪戯に加担してしまっているように思えて申し訳なくなってくる。
(いやでも……どうしようもないし……)
彼女の力は止められない。私にそんな力はない。ただ何故か、変化を認識できるだけ。だからこうしてことあるごとに引っ張り出されるんだけど。リアクション役として。
二軒目はなかなかの豪邸だった。知り合いでもないコスプレ女子高生が入っていいのか躊躇われる雰囲気の庭。レベッカは物怖じすることなく進撃していく。
「こんばんはー」
レベッカは庭の手入れをしていた女性に声をかけ、例の言葉をかけた。
「トリックオアトリート!」
「あら、可愛らしい魔女さん。ちょっと待っててね」
彼女が腰を上げた瞬間、
「待ーてない」
と告げ、レベッカは女性に魔法をかけた。
「ちょっ……酷いですよ!」
レベッカは得意げに笑っている。ああもう。どうしたらこの子止められるんだろう。
煙が晴れると、そこには灰色の台座に乗った石像があった。さっきの女性と全く同じ姿形。
「あ……」
ついさっきまで生きて動いていた人が、ただの石の塊になってしまった。私はレベッカの後ろで静かに震えた。もしも私だったら……意識あるんだろうな。身動きもとれず、助けも呼べない体で、永遠に生き続けなければならないかもしれない。想像するだけでゾッとする。この子がそうすればあっさりと実現してしまうのだから。
「このお庭、何か足りないと思ったのよね~。どう?」
「いえ、そんなことは……。元に戻してあげてください、お嬢様」
「んも~、もうちょっといい反応してよ~」
無茶言わないでよ。
そうこうしているうちに、家の中から男性が一人出てきた。恐らく家族……だと思うけど、庭に出現した石像に目もくれない。もうこの人にとっては、彼女は最初から石像だったことになっているんだな。酷い話だ。
「トリックオアトリート!」
レベッカが再度そう言った。さっきの石像化で満足したのか、今度は素直にお菓子をもらって引き上げた。しかし、とうとう彼女は石になったままだ。家族の行き交う光景を、石の身のまま、ずうっと見守ることになるんだろうか。自分が人間として存在していたことすら覚えていない家族たちを。あ~、嫌だ。でも私と違って耐性ないんだろうから、意識はないのか。あれ、それって……実質殺したようなもんじゃ……。
青くなっている私を見て、レベッカが言った。
「もー、だからそんな怖がらないでよー。明日には元に戻るから。ハロウィンの悪戯」
そんなこと言われてもな……。明日様子を見てみないことには不安で仕方ない。関係ないはずなのに、私まで罪悪感を抱いてしまう。いやこの子は抱いてないから、私だけだ。馬鹿馬鹿しい。
三軒目は学生アパートといった感じの集合住宅。そのうちの一室のチャイムを鳴らした。レベッカはどこに誰が住んでるか全て把握してるんだろうか。いや適当かな。どんな人が出てこようがお構いなし?
「はーい」
出てきたのは大学生っぽいお姉さん。可愛らしい顔立ちで、高校生と言っても通じそうだった。
「トリックオアトリート!」
レベッカは返事すら待たず、彼女を白い煙に包んだ。酷い……。
今度はどんな姿に変えられてしまったんだろう。たまにはいい変化……パッと思いつかないけど……させてあげてもいいんじゃないの。
煙が晴れても、そこには何もなかった。いや、消えてしまった。お姉さんは文字通り、煙のように消えてしまったのだ。いくら視線を這わしても、床には何も落ちていない。
「お嬢様、何を……?」
「ねえヨーコちゃん。今何時だと思う?」
「6時半です」
レベッカは主の消えた部屋の中に堂々と上がり込み、勝手にテレビを点けた。嫌だったけど、私も一緒に上がった。いや、上がらせられた。メイド化された体が独りでに動いてしまう。私にはそれを止めることができない。
テレビではちょうど、アニメが始まったところだった。小さい子向けのアイドルアニメ。レベッカこういうの見るんだ? えっ、ひょっとしてそのために邪魔だったからお姉さんを消したとか……?
「ほら、あの子!」
「?」
画面をよく見てみると、アイドルアニメのネームドキャラとしては妙に地味というか、常識的なデザインのキャラが映っていた。ん……どっかで見たような顔……それに声。
(まっ……まさか)
いけないと思いつつ、私は机に置いてあった財布を手に取り、免許証からお姉さんの顔と名前を確認した。神原玲子……。同時に、テレビの中から声が響いた。
「私、レイコっていうの! よろしくね!」
デフォルメされてはいるが、その顔は写真の顔と特徴が似ていた。
「お嬢様、あのキャラはひょっとして……」
「そう! すごいでしょ!?」
「えーっ!?」
嘘だ。信じられない。そんなことまでできちゃうなんて。あのお姉さんは、その存在をアイドルアニメの新キャラに変えられてしまったのだ。
「お姉さん、すっごい美人だし可愛かったでしょ~。だからさ、あっ、コレだ! って思ったの」
レベッカの語りを聞き流しつつ、私はドキドキしながらテレビを眺めていた。酷い目に遭わない……よね? 子供向けアニメだもんね。
「……でもさー、お姉さんも幸せ者だよねー、アニメの世界に行けちゃうなんてさー、みんなの夢だよね~」
アニメが進むと、神原さんはキラッキラのアイドル衣装に変身し、ライブを開始した。まあ可愛い……けど、これって……みんな見てるんだよね? 大学生なのに、中学生の中に混ざってあの格好してアニメボイスで歌って踊って……。その映像を全国に垂れ流されてるってことだよね。私だったら耐えられそうにない。
そのうちアニメが終わり、レベッカがテレビを消した。
「さ、次いこ」
退出時、私は誰もいなくなった部屋の中を振り返り、思った。テレビは終わった。神原さんはどうなったんだろう。今、どこに存在しているんだろう。録画やネットの配信を再生すれば「復活」するんだろうか。いや……それもおかしいな。私が同じ目に遭ったら、多分意識があるはずだけど、どういう風に認識することになるのかな。世界のどこかでこの話が再生・放送されるたびに、ずっと同じ話を演じ続ける羽目になるんだろうか。それともアニメ世界でゆっくりしているんだろうか。いやそんな世界はない、よね?
「ヨーコちゃんも行きたいアニメの世界とかある?」
「いえっ、私は結構です」
「ん~」
プリガーにさせられた自分を一瞬、想像してしまった。
次の家は男……それも、筋骨隆々した大柄な人が姿を現したので、私はその人が放つ威圧感に縮こまってしまった。しかも明らかに不機嫌そうなのだ。
「トリック……」
「チッ」
大きな舌打ちが響いた。男性がドアを閉めようとした瞬間、ポンッと音がして「彼」は消えた。今のはレベッカの気分を害したらしい。しかめっ面をしている。白い煙が晴れると、レベッカは小さな女の子を見下ろし、ニヤニヤと笑いだした。筋肉のきの字も見当たらない、幼気な女の子になってしまった「彼女」は、涙目で震えていた。
「なぁに~? 今の態度はさ~」
レベッカは彼女の頭に拳を置き、ぐりぐりと威圧した。
「お嬢様、おやめください。そんな子供相手に……」
「さっきのおっさんよ。大人だよ」
「いや……そうですけど」
元は強面のおじさんだとしても、小さい子供をいじめている姿は見るに堪えない。私は今日初めてレベッカに逆らった。
「可哀想ですよ。それにお嬢様もいじめっ子みたいに見えますよ」
実際そうだけど。
「むう」
レベッカは眉をひそめて、しばらく考え込んだ。私は震える幼児をあやし、もらったお菓子を分けてあげた。パアッと顔を輝かせ、美味しそうにお菓子をほおばる姿はなかなか愛おしい。さっきの不機嫌そうなオーラを隠そうともしないおじさんだとは思えない。
「まっ、いいや。次いこ」
「あっ、はい……お邪魔しました」
邪魔ってレベルでもなかったけど……。まあ明日には元に戻る? んだしいいか。……ムカついたからずっと女の子のままにしてやろう、などとレベッカが思わない限りは。……大丈夫だよね?
その日最後の家は、丁度ハロウィンのパーティーをやっているところだった。レベッカと私は面識もないのに快く受け入れられ、なし崩し的にパーティーに参加した。周囲は魔女とかカボチャとか、コスプレをしている人が多くて、私はようやく一息つけた。近所をゴシックメイド姿で魔女コスのレベッカと一緒に歩くのはかなりキツかった。でもここではそこまで「変」じゃない。
そんな中始まったビンゴゲームで、レベッカがまた横暴を開始した。最初にビンゴを叫んだお姉さんがポワンと煙に包まれて消えたのだ。
「あっ……な、何をしたんですか?」
レベッカは不服そうに頬を膨らませ、
「だってまだ私揃ってないんだもん」
と悪びれもせずに言った。そ、そんな理不尽な理由で人を消したの? 確認しに行きたいが、脚が動かせない。メイドにされている私は、レベッカの後ろから勝手に離れることができないのだ。
「さっきの方はどこへ行ったんですか?」
「あそこ」
レベッカがさしたのはビンゴの景品が並べられている場所。目を凝らすと、さっきまでなかった景品が加わっている。等身大サイズの大きなフィギュアだ。可愛らしい黒猫のコスプレ姿のまま、お姉さんがにこやかに微笑みながら猫っぽいポーズをとり、微動だにしない。
(ひえ……)
もしも私がレベッカより先にビンゴ出したら、私も景品にされてしまうんだろうか。恐ろしい。私はリーチがかかっていたが、もしビンゴになっても誤魔化そうと心に誓った。
「よっしゃー!」と叫んだお兄さんがバルーンアートに、「やった!」と喜んだ子がぬいぐるみに、「はいビンゴー!」といったお姉さん三人組が女児向けアイドルゲーム用のカードにされてしまっても、誰一人騒ぎ立てることもなく、ビンゴゲームが進行していく。
「ヨーコちゃん、ビンゴまだ?」
「いえっ、私はまだ……」
と返した瞬間、「43!」と司会が叫んだ。あっ、ビンゴ……。なかったことにしよう。が、メイド化されている私はレベッカに嘘をつく事はできないらしく、申告してしまった。
「ビンゴです」
(あああーっ!)
「ふぅ~ん」
レベッカの不満そうな声と共に、視界が白い煙に包まれた。
(う……?)
気づくと、私は違う場所にいた。多くの人がこっちを見ている。
(や……やだ……)
まるで見世物にされているようで恥ずかしい。すぐに離れようとしたが、体が動かない。
(な、何……? まさか、私も人形に……?)
徐々にここが景品の場であることがわかってきた。今、私は壇上から会場を見ているのだ。
(そ、そんな……)
動けないので、私が今どんな姿になっているかわからない。でも、体自体はそこまで変じゃない気がする。固くなったりはしていない。先ほどまでと変わりない。ただ動けないだけだ。
(わ、私に何をしたのぉ……)
「くっそー」「ダブリーなのにな」
近くから男二人の声が聞こえた。会話からどうやら、1位の景品を狙っているらしいことが伺えた。その景品は……メイド! このビンゴの1位景品は、生きたメイドさんらしい。
(うそっ……そんなのあった!?)
記憶にない、そんな景品。ていうか、人が景品ってどう……。
(まっまさか……私!?)
間違いない。私はメイドとして、ビンゴの景品にされてしまったのだ。
(う、うそぉ! やだ! 助けてー!)
しかし身動きはとれないし、声も出せない。虚ろな笑顔で会場を眺めていることしかできない。もし……もし私がレベッカ以外の人に渡ったらどうなるんだろう。逆らうことも逃げることもできず、その人に尽くし続けなければならないんだろうか。
(い、嫌だよぉ。そんな奴隷みたいになるなんて)
私は初めてレベッカを応援し始めた。そもそもレベッカが悪いんだけど、最悪の運命から逃れるには結局レベッカに当ててもらうしかない……。
年のいったおじさんがビンゴを叫んだ瞬間は心臓が止まるかと思ったが、例によってレベッカに消され、私は安堵した。いや良かったとか思っちゃいけないはずなんだけど……。
(うぅーっ)
まるでセリにかけられているような気分。幸い、次にレベッカがビンゴ達成したので、私はレベッカのものとなった。
1位の景品は私だけではなかったらしく、レベッカは旅行券を一緒にもらい、ご機嫌だった。私は内心イライラした。私は旅行券のおまけなの!? そんなものと一緒にされちゃう存在なの!?
パーティーで時間を消費したので、レベッカはもう悪戯訪問をする気はないようだった。私はメイドとして彼女の後を歩きながら会場を後にし、家路についた。
(はぁ……怖かったぁ……)
何はともあれレベッカが私を当ててくれてよかった。いやマッチポンプだけど。
分かれ道に来た時、私はレベッカに別れを告げて自分の家に帰ろうとした。が、脚が思うように動かせないことに改めて気づかされた。
(あっ……あぁ)
家へいく道を通り過ぎてしまった。引き返そうにも、体はずっとレベッカについていってしまう。
「お、お嬢様、家に帰らせてください」
「今帰ってるじゃない」
「そうではなく……」
「私の当てたメイドさんなんだから、あなたのお家は私の家よ」
「はい、お嬢様」
(えっ!? 嘘!?)
私、家に帰れないの!? どうするつもり!?
逆らうこともできず、私はレベッカの家にお邪魔した。そしてレベッカに言われるがまま、私はお風呂を沸かし、ベッドを整え、明日の用意をさせられた。体が私の意志を反映せず、粛々と従順なメイドとして動き続けてしまう。
「おっ、お嬢様。私はいつまでお嬢様のメイドなのですか?」
「ん? ず-っとよ」
レベッカのその返答は、冗談なのか本気なのか、終ぞ私には判断できなかった。
そのままレベッカ家に泊まり、夜を迎えることになった私は、明日には元通りになることを願った。ハロウィンの悪戯……なんだよね? これまでの人は明日には元通りって言ってたし……私も……。いやでも、私だけずっとメイドとか……あり得る……。
朝には悪夢から覚めるのだと信じながら、私は静かに眠りについた。