ミニメイド姉妹 (Pixiv Fanbox)
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「ただいまー」
「おかえりなさいませ、マスター」
ピンクの髪を揺らし、可愛らしい笑顔で私を出迎えるサクラ。あんなに小さくて可愛かった彼女が、今は普通の人間のように見える。まあ私が小さくなったんだけど。ロングスカートの裾から手を離し、彼女は私の荷物を受け取った。三か月近くも空けていた我が家は何一つ変わった様子がない。埃も積もっていないし、冷蔵庫の中にあったはずの賞味期限切れの食べ物はない。私の入院中、サクラがずっと掃除と管理をやってくれていたのだ。あんな小さな体でよく頑張ってくれたよね。買ってよかったホント。
サクラはメイドロボだ。といっても本物のメイドロボじゃない。高価なメイドロボとは異なるミニメイドと呼ばれるシリーズ。身長90センチ程度の小型機だ。等身は大人でスケールだけが小さいせいで、人形っぽく感じることが多い。生きた細胞を使った生体ロボットなので、見た目は人間そっくり。違いは肌だ。画像編集ソフトで修正をかけたかのように綺麗な肌色。一点の染みもなく、血管も見えないテカテカとしたコーティングされた肌。同じ身長になってしまった今、私は軽く嫉妬のような気持ちを抱いた。私は入院生活ですっかりみすぼらしくなってしまったのに。今後のメイクは大変だなあ。今まで使えたものは使えないし、かといって私に合うサイズの用品は売ってないし……。いやメイクに限ったことじゃない。これからは日常生活全てがこれまで通りにはいかないんだ。見下ろす対象だった彼女と今や同じ目線であるという事実が、何よりも雄弁にそのことを突き付けてきた。
女性だけが罹る謎の病気、縮小病に罹った私は、寛解までに身長が90センチ近くまで縮んでしまった。小学生より小さな体で、これから一生を生きなければならないのかと思うと絶望する。もっと症状の重い人だと30センチ15センチの人もいるらしいから、まだ恵まれていたと思わなければならないんだろうけど。でも余所は余所で関係ないし。これからどうしよう……。仕事はもう退職扱いで、元の会社には戻れない。体力勝負の業界だったから仕方ないんだけど、悔しい。転職先を探そうにも、この子供より小さな体じゃ難しい。
(うわっ、ベッド広っ)
サクラが準備してくれていたベッドに寝転がると、つい三か月前まで普通に使っていたベッドがえらく豪華に感じられた。広くてフカフカで……。いや喜ぶべきじゃない。それだけ私が小さくなったってことだし。
仕事どころか、家で日常生活を送ることすら難儀しそうだ。手が届かないし、家具や器具はいちいち大きくて使いづらいし。最悪。
しかし、キビキビと動くサクラを見ていると、何とかなりそうな気もしてくる。同じ90センチの彼女が家事をやれているんだから、私もできるんじゃないの? いやでも彼女はロボットだしなあ……。ミニメイドはそのサイズ上、配慮なしに家事を任せることが難しい。どちらかというと愛玩需要の方が大きい商品だけど、私は普通に家事をやらせていた。小さい体で懸命に家事をこなそうと奮闘する彼女の姿を眺めては癒やされていたのを思い出す。思えば性格悪いことしてた気がする。ピョンピョン跳ねるところが見たくって、あえて台座も用意せず高い棚にあるものを取ってこさせようとした時あったっけ。
それが今や、私が彼女と同サイズ。彼女が家事をこなすのに多くの困難な問題があったが、今後はそれら全てが私にも降りかかってくるのだ。胸が痛くなってくる。ひょっとしたら罰を受けたのかもしれない。いやでも彼女はただのロボットで人間じゃないんだし、ちょっと遊んだぐらいでそんな。世の中酷いことしてる人はもっといっぱいいるのに。
世の理不尽を嘆いたが、私の身長は戻らない。子供より細い手足と低い身長で、私はこれからの生活をこなしていかなければならないのだ。
(ああでもよかった。サクラがいてくれて)
彼女のために、我が家は台座が多い。ミニメイド用の準備が私を助けることになるとは思ってもみなかったけど。大変な家事は引き続き彼女に任せておけば、何とか暮らしていくことはできるはず。問題は仕事なんだよねえ……。
それから半月ほど経ったが、私はすっかり引きこもりのようになっていた。中々外に出られない。出れば奇異の目で見られるし、二十五を超えてブカブカの子供服で出歩くのは相当恥ずかしかった。服を着ているというより、布を被っているかのような感覚。等身は元の私のまま、つまり大人なのに縮尺だけ変わっているせいで、体型にマッチする服なんてどこにも売ってはいないのだ。
買い物は宅配とサクラのお使いで何とか回せた。だからこそ私が無理に外に出る必要はなく、引きこもりを促進した。だって単純に危ないんだからしょうがないじゃない。相対的に道が長く広くなっているから体力も使うし……。そんな距離をサクラに何往復もさせていいのかと思うけど、まあロボットだし、そのための存在なんだから……。
しかし、文句ひとつ言わず懸命に私の言いつけをこなし続ける彼女を見ていると、以前よりもっと罪悪感が湧いてくる。前までは「可愛い~」ぐらいだったのに。同じサイズになったから感情移入してしまっているんだろうか。それとも、彼女ができることは私にもできるはずのことだから、自分の怠惰さを暴かれている気になるからだろうか。
(いいよねえ、サクラは顔も綺麗で服もちゃんとしてて)
そうだ、だから彼女は平気で外に出られるんだよ、だから単純に私と比較するのはおかしい。私は自分にそう言い聞かせた。メイクは無理じゃないけど、道具のサイズが合わな過ぎて難儀するし、服はブカブカの子供服しかないし……。どうしたってみっともない格好になる。普通に着られる服が欲しい、そうすれば私だって外出して仕事ぐらい……。
人間の私には着られる服がないのに、何故ロボット、それもミニメイドである彼女にはピッタリの可愛い服があるんだろう。逆じゃない? 世の中理不尽過ぎるよ。
サクラが着ているメイド服は、少し厚みがありどことなく樹脂みたいな質感もある不思議な素材でできている。体と接着していて脱がすことはできない。長袖のロングスカートで割と落ち着いたデザインだ。スカートにはフリルがあるし、腰には大きなリボンもあるけど、それぐらい。何より特筆すべきなのは、体のサイズとピッタリ一致しているということ。皺一つ作らずに肌と密着している。サイズが合っているなんて当然と言えば当然だけど、その当然が得られなくなった身としては、彼女が羨ましかった。手入れがなくとも常に綺麗な肌、可愛らしく似合った服、それら全てが人間である私には与えられず彼女にだけ与えられている。なんでなのもう。
いつしか、私はネットでメイドロボットの服を検索していた。ミニメイドの衣装なら私にサイズが合うはずだ。いや別にメイド服着て外出したいわけじゃないけど……。とにかく何でもいいから「自分に合うサイズの服」が欲しかった。しかしメイドロボの服は体と一体化しているから着せ替え需要はない。当然、服だけの販売はなかった。……公的には。オークションサイトを覗いてみると、意外にもあっさり見つけてしまった。メイドロボの服だけを売っている人がいる。出回るはずはない服なのに、なんでだろう……。工場かなんかに勤めている人が流しているんだろうか。あんまりこういうのは買うべきじゃないと思うけど……。でも私は見つけてしまった。出品の中に一点だけ、ミニメイドの衣装があった。90センチサイズ……! 私のサイズだ。デザインはサクラのものとは異なり、やたらリボンとフリルの多いミニスカ衣装で、かなりコスプレ感が強いものだった。うぇってなるけど、別にこんな服が着たいわけでは絶対ないんだけど……。また「"服"を着たい」という願いが私を突き動かした。小さいせいか値段もそれほど高くなく、私は一時の勢いに身を任せ、ミニメイドのミニスカ衣装を落札してしまった。
「うわ……」
無事に届いてしまったメイド服を見て、思わず声が出た。布……ではあるけど、どことなく硬そうな質感があり、ツルツルとした表面はメイドロボの肌と似ている。触ってみると実際、少し弾力があり、布のようでいてゴムみたいでもある不思議な感触だった。
(これ、着れるのかなあ?)
やっぱり人間が着ることは想定してないんじゃない? チャックもボタンもないし……引っ張ると伸びるけど。
箱から全部出すと、驚くことにメイド服以外も入っていた。真っ白なレオタード。やはり樹脂みたいな質感で弾力があるせいか、張りをもって膨らむ。空っぽの胴体みたいに。これは確か、メイドロボたちが下着替わりに装着しているやつだったはず。当然、普通は体と接着されていて脱げない。というか、その上からさらにメイド服を着てそれも体と一体化しているから、こうして目に見えることはほとんどない。まさかこんなものも一緒だったとは。よく見てなかった。
(うーん……)
下着。それも切実な問題だった。幼い子供用のものをつけてはいるけど、当然サイズは合ってない。というか体型にフィットしない。けどこれは、このレオタードはちょうど私の胴体をピタリ包んでくれそうだ。ちょっと抵抗はあったものの、私はこれも装着してみることにした。せっかく買ったんだし、メイドロボのコスプレをするんならちゃんと全部つけた方がまだ格好つくかな、と思って。
サクラに手伝ってもらいながら、私は純白のメイドロボ用インナーを装着した。首と手足を通し切った瞬間、キュッとレオタードが全身を締める。ちょっとサイズがきつかったのかもしれない。しかし圧迫感はまるでなく、それどころか今まで経験したこともないほどの心地よさがあった。すべすべしていて滑らかに体にフィットする。一ミリの隙間も生まずに私の肌に張り付き、腰をひねっても皺一つ浮かび上がらない。すごい。こんないいもの着てたなんてずるいよ。普通の肌着より万倍気持ちいい。温泉に浸かっているみたいに癒やされる。
私はすぐに次に取り掛かった。手を伸ばしたのは真っ白なニーハイソックス。あまりに肌の感じがよかったので、同じように肌を覆うニーソに手が伸びた。これも同じように樹脂っぽい光沢があるが、ちゃんと柔軟性がある。まあそうじゃないとメイドロボに使えないか。
すぐに私の太腿は真っ白に染まった。期待通りの柔和できめ細やかな肌触り。レオタードと同様、私の脚にピタリと張り付き、一寸の隙間もない。まるで新しい皮膚みたいだった。
続けて手袋。肘まで覆う長い白手袋だ。私はウキウキしながら装着した。これもきっと着心地いいだろうな。やっぱり。すっごく気持ちいい! ずっと着ていたくなるぐらい!
気がつくと、私の体は上腕と太腿を除き全てが真っ白な布で覆い隠されていた。でもそれが何より嬉しかった。出来る限りこの素材と肌の接触面積を広げたい。なんなら全身タイツはなかったのかなと残念に思うぐらいだった。
本来のメインであったはずのメイド服を着る際には、かえってテンションが下がる始末。肌と直接触れ合わないから微妙だろうな、と思ってしまう。一応着てみるけど。
しかし二十代も後半を迎えた齢でリボン満載のミニスカメイド服を着るのは勇気が要った。腰のリボンはサクラものよりはるかに大きく、アニメでしかまずみないであろうサイズ。スカートのフリルも過剰だし、相当に恥ずかしい。意を決して袖を通すと、これもレオタードのようにキュッと胴体を軽く締め付けるように収縮し、私の体のラインにしっかりと沿って張り付くように隙間を消していく。不思議な安心感があった。レオタード越しとはいえ、やはり着心地もいい。滑らかでよく伸びる。体を動かしてもピタリとフィットしたまま追従する。すごい仕組みだ。なんで人間用にこの素材と技術を使わないんだろう。ロボットばかりにこれを着せるのって本末転倒なんじゃない?
ウキウキで鏡の前に立つ。そこに映っていたのはすっぴんでミニスカメイド服を着たアラサー寄り女子だった。酔いが醒めた私はサクラと自分を比較して、信じられないぐらい惨めな気持ちになりながら、懸命にメイクを施した。これで少しはマシになった……かな? 忘れていたホワイトブリムも装着して、っと……。
(……)
私もまだこういう格好いけるんじゃない? という気持ちと、いい歳して何やってんの、隣のサクラを見なさいみっともない……と自らを戒める気持ちが交錯する微妙な時間が流れた。
マネキンのようにきれいな肌を持つサクラと同系統の服を着て、同じ体のスケールで並ぶと、流石に私の醜さが明瞭に浮かび上がる。着るんじゃなかった……。いやけど着心地はホント……最高なんだよね。もうずっと着ていたくなるぐらい。脱ぎたくない。
考えた結果、レオタードだけは下着替わりに着続けることに決めた。だってほんとに気持ちいいんだもん。途切れない恍惚感が私の肌をやさしくなで続けてくれる。……うーん、やっぱりニーソも、ああ、あと手袋も……。
結果、純白のニーソ、レオタード、肘まである長手袋という何とも恥ずかしい姿で私は日常を過ごすようになった。人に見られたら死ぬほどいたたまれなくなるけど、まあ人と会わないからいいよね。部屋着部屋着。
メイド服もたまーに袖を通すようになった。流石にレオタードと手袋ニーソだけで過ごす、というのは無性にきつくなる時がある。メイド服を着ていればまだ格好がつく。年齢的にキツイフリフリミニスカメイドでも。すぐ隣にロングスカートのメイド服を着た美少女ロボットがいたとしても……。
それに、自分の体型に合った服を着れる、ということは私に人としての尊厳を取り戻させてくれた。ブカブカの子供服を被らなくていいんだ。ちゃんとした私の服。……外出できないのは同じだけど、以前よりも生活に張りが出るようになった。体の手入れもしっかりやって、家事もサクラを手伝って一緒にやる機会が増えた。そういう時は大抵メイド服を着てやる。まるで自分もミニメイドロボになったかのような気がして、不思議な解放感があった。コスプレって興味なかったけど、意外と楽しいかも。
そんな風に日々を過ごしていたけど、流石に仕事を見つけないとまずい。しっかしメイド服じゃあね……。いやサクラは平気でメイドのまま買い物行ってるんだから大丈夫じゃない? いや、それは皆が彼女をメイドロボだとわかっているからで、人間がメイドロボのコスプレして歩いてたら頭おかしいってなるか……。
誰か、どこかに服を仕立ててもらおうか。もっと普通の服を。でも当てもないし、特注って高いよねきっと……。うーん、どうしよう。それに高いお金払って、このレオタードやニーソより着心地悪いんでしょ? いや下にこれ着ておけばいいかな……。
踏ん切りがつかないままズルズルと貯金を切り崩すだけの生活を続けていた中、突然サクラが口を開いた。
「もうすぐ定期メンテの日となります。回収の予約をしますか?」
「へ?」
あっそうか。メイドロボのメンテ。すっかり忘れてた。メイドロボットは定期的に近くの工場や販売店でメンテナンスを受けることになっている。通常のメイドロボは自力で歩いていくことが多いけど、ミニメイドである彼女の場合は、業者に回収をお願いすることができる。業者が彼女をメンテ場所まで運んで、終われば届けてくれるサービスだ。
「うん。じゃ、お願い」
「かしこまりました。時間はどうしますか?」
「あー、いつでもいいよ。……いやお昼がいいかな」
「かしこまりました。予約が可能な時間帯は10時から11時、11時から……」
「もーいいよ空いてる時間で」
んー、メンテってどれぐらいかかるっけ。その日のうちに終わったかな? 前は……即日だった気がするけど。サクラがいない間はちょっと大変だなあ……。まっ、すぐ帰ってくるからいいか。早めにお昼食べておけば。
「失礼いたします。ミニメイド239号の定期メンテナンスを行うため回収に参りました」
数日後、呼び鈴に応じて玄関に出ると、そこにはロングスカートのメイドロボットが背筋をまっすぐ伸ばして突っ立っていた。メイド服で出てしまった私はちょっと気まずかった。だってレオタードで出るわけにはいかないし……。以前は普通に人が回収しに来てくれてた気がするんだけど、メイドロボにやらせるようになったんだ。へー。当然ながら私より大きい。1.5倍ぐらいの身長がある。少し圧倒されてしまう。まるで私の方が玩具、ロボットみたいな気がしてくる。
「サクラー、メンテだよー」
私が彼女を呼ぶのと同時に、回収メイドロボが喋った。
「コード0。所有者と製造番号を」
「ん? えっと、藤原芽衣で……何番だっけ?」
サクラの番号覚えてないや。メイドロボの製造番号は太腿に刻印されている。普段はスカートの中だから。
「コード0。所有者と製造番号を」
「あーほら来ましたよ。ほらサクラ、コード0だって」
流石にロボットは融通利かないな、と思いながら私はサクラに番号を名乗らせた。彼女がスカートの裾をつまんで丁寧に名乗り上げても、回収メイドロボは同じ言葉を繰り返した。
「コード0。所有者と製造番号を」
「いやっ、だから言ったでしょ、さっき……」
まいったなあ。壊れてるんじゃないのこの子。定期メンテの回収に来たメイドロボが壊れてるなんて笑い話にもならない。こういう時どうするんだろう、どこに連絡を……。
「不良品のミニメイドを確認。回収します」
「?」
長い手が私の肩を力強く掴んだ。突然のことに驚き、硬直している間に、慣れた手つきで回収メイドロボは鞄から取り出した灰色の首輪私に嵌めた。
「えっ!? 何……」
瞬間、カチッと音が鳴り、首輪がロックされた。そして私の首を締め付けるようにギュッと縮み、チクリとした痛みが走った。
「っ!? ちょっと……!?」
それが最後だった。急に全身に力が入らなくなった。いや、入ってはいる。が、それはもう私の意志を離れていた。私ではない何かが私の手足の乗っ取り、勝手に動かし始めたのだ。
(な、何これ……っ!?)
ゆっくりと手足が垂れ下がり、背筋がピンと伸び、気をつけの姿勢をとらされる。そして体は動かせなくなった。
(んん-っ!?)
「番号を」
回収メイドロボの言葉に従い、私の両手は短いスカートの裾をつまみ、たくし上げた。私は真っ赤になりながら抗おうとしたが、まるでダメだった。手足が言うことを聞かない。私は真っ白なレオタードの下半分と、ニーソに覆われていない僅かな太腿を見せつける体勢で静止させられた。
(何……どうなってるの。これじゃまるで……)
メイドロボが自分の製造番号を確認させる時のポーズだ。なんで私が、私の体がそんなことを……。原因は一つしかない。さっきつけられた首輪。あれが私の体を操ってる……? で、でもそんなのありえなくない!? だって私は人間だし、そもそもメイドロボが人間を操るなんて絶対……あ。
私はさっきまで、彼女が執拗にコード0を連呼していたことを思い出した。ひょっとしてあれはサクラじゃなくて……私!? 私に言ってたの!?
「番号抜けを確認」
私の指先がスカートから離れた。だが体は首輪に支配されたまま、一ミリも動かせない。スカートの前に両手を重ねる基本姿勢をとらされ、マネキンのように固まったまま次の指示を待つことしかできなかった。メイドロボのように……。
確かに、思い当たる節はある。私は今、メイドロボの服を着ている。ひょっとしたらそれでミニメイドだと誤認されたのかもしれない。いやでも、だとしても、人間に首輪嵌めたらメイドロボの指示に従うようになるなんてことがありえる? 私はプログラムで動く機械なんかじゃないのに。おかしい。ありえない。そんなことが可能だったら大問題になっているはず。
私は懸命に動こうとしたが、やはり指一本動いてくれない。そのうち回収メイドロボが玄関から出ていき、私とサクラはその後をついて歩き出した。
(ちょ、ちょっと待って……!)
こんな格好で外に出るなんて嫌! メイドロボのコスプレをしたまま近所を練り歩くなんて……。知人に見られたら末代までの恥だ。
しかし抗議の声を上げることも、逃げ出すこともできぬまま、私の体は粛々と彼女たちに従って歩を進めていく。体がひとりでに動き続ける。や、やめて。これじゃあ完全にメイドロボみたいじゃない。
往来をメイドロボ姿で歩かされるだなんて、これ以上の屈辱があるだろうか。しかも体をメイドロボに乗っ取られて。すれ違う通行人は一人残らず私たちの方に顔を向ける。単なるメイドロボの回収だと思ってくれるといいけど。私だと気づきませんように!
やがて近くの駐車場にある車にたどり着き、私たちは後ろの席に乗せられた。通常のシートベルトすらかいくぐる自らの小ささに改めてショックを受けつつ、まるでチャイルドシートみたいな専用機器で固定され、私たちを乗せた車は発進した。
(ちょ、ちょっとぉ、どうするの、私をどうする気!?)
声が出ない。手足も動かない。後部座席に固定されたままチョコンと座っていることしかできない。まるで人形のように。サクラも一緒だし、多分工場に連れていかれるんだろう……。誤解はそこで解けるだろうけど、死ぬほど恥ずかしい思いをすることになるだろうな。というか、この服をどこから入手したかも問題になるかも……。来るべき恥辱といたたまれない空気を想像して、私は一人で顔を紅潮させた。
工場の駐車場からメイド姿のままサクラと一緒に行進させられるのはさらに堪えた。先頭が1.5倍ある通常サイズメイドロボであるおかげで、まるで子供として親の後をついて行っているかのような気分になってしまう。メイドロボに従わされることがこれほど屈辱的なことだとは思わなかった。
工場内部。廊下を歩く中すれ違う従業員たちは、誰一人好奇の視線を寄せなかった。それがますます私の自尊心を傷つける。そ、そんなに私に興味ないの? 人間が、それも縮んだ成人がメイドロボのコスプレして本物に混じって歩いていたらかなり目立つはずなのに。ひょっとして人間の従業員たちも私をメイドロボだと思ってるわけ? 嘘でしょ……?
真っ白な壁に囲まれたラボにたどり着くと、他にも数体のミニメイドが並んで立っていた。一言も発さず、ピクリとも揺れずに綺麗な列を作って待っている。サクラは私たちの列から離れ、その端に加わった。回収メイドロボは従業員たちに業務報告後、一礼してラボを出ていく。私の体はひとりでに回れ右して、その後をついていく。
(あれ? ここじゃないの?)
そうか、人間だから……。と思ったけど、まだ私が人間だってこのメイドロボは認識していないように見えるけど。どこに連れていかれるんだろう。まあいいやどこでも。いいから早く自由になりたい。
さっきの清潔でかっこいい機械が並んだラボとは対照的な、油臭くて薄暗い部屋に私は連行された。
「不良品を回収しました。修理をお願いします」
「おう」
(へっ!?)
私の体は部屋の入り口で固まり、動けなくなった。メイドロボは一人部屋を去っていく。私の体はそれに呼応せず、部屋に置いて行かれてしまった。
(んっ……ちょっと、不良品って……!)
ひ、酷い。私は人間なのに。よりにもよってメイドロボの不良品扱いされるだなんて。やっぱり私が人間だとわかってなかったんだ。
「来な」
作業服のおじさんが発した一言で、私の体が再び勝手に動き出した。部屋の中央に向かって歩いていく。そこには様々な機械が並んであり、どれも無骨で年季が入っていそうだった。
(う~っ、動けない……)
未だに自由にならない体に私はやきもきしていた。メイド服を着ていること、ここに来てしまったことをどう言い訳しようかと考えていると、再度指令が飛んだ。製造番号を見せるよう言われ、私はスカートをめくりあげることを余儀なくされた。
(ちょ、ちょっと何するんですか!)
こんなのセクハラだ。元に戻す前にちょっと悪戯してやろうってこと!? 一人憤っていると、円形の台座に進むよう指示された。その周囲にはよくわからない機械が置かれている。一体なに? いつになったら元に……。
「故障個所」
「はい」
おじさん従業員が若手に短くそういうと、若手はパソコンのキーボードのような制御盤を操作した。頭上からゆっくりとリングが降りてくる。私はその円の中心位置にいた。リングは青い光を放ちながら台座の床まで下がっていく。するとピッと音が鳴り、今度は上昇して元の位置に戻っていく。何をしているの?
「体内ナノマシン不足、コーティング不足、番号抜けです」
「ひでーな、どこの馬鹿だ? 出したのは」
「番号がないので何とも」
私はようやく状況を飲み込んだ。これは故障個所をスキャンして調べていたんだ。そして今の会話。二人は私が人間だと気づいていない!?
(ちょ、ちょっとー! 私は本物です! 人間ですよ! メイドロボじゃないです!)
普通、見てわからない!? 信じられない。ミニメイドの衣装を着ているからって、顔みりゃわかるでしょ。私は初めてこの服を着たときのことをよく覚えている。サクラと見比べて遥かに醜く見えた自分の顔を。メイドロボと人間の見分けがつかないだなんてありえない。まして、今日は最低限のメイクしかしてないのに。
「どします?」
「見せな」
私は心の中で何度も二人に呼びかけた。しかし一向に彼らは気づく素振りがない。いい加減にして! ほんとになんでなの。ひょっとして、私が小さいから? 確かに成人の体型で90センチは普通ないけど! 縮小病のニュースぐらい見てるはずでしょ!
「自己修復はできてるな。活性化で直すか」
「はい」
(へっ!?)
自己修復? それってなんの……こと? 私にそんな……あ。ままままさかもしかして……この服……。私は内心青ざめた。表情はまるで変わらないほんのりとした笑顔のまま動かないけど。
聞いたことある。確かサクラを買った時に読んだような……。メイドロボにはある程度の自己修復機能があるって。詳しくはしらないけど、もしもその機能の本願が服の方にあったとしたら……。メイドロボ本体に異常があったら服がそれを検知して自動修復する、そんなシステムだったら?
半月近くずっと、私はメイドロボ用のレオタード、ニーソ、手袋を着けたまま過ごしていた。ひょっとして、私の体はその間にメイドロボとして……「修復」が進んでいたとしたら! 私の体は、見た目も、メイドロボに寄っているとしたら! 二人が気づかないのも無理はない。私の顔はいつの間にかメイドロボみたいなテカテカした肌になっているのかも……。
(い、いやでもありえないよそんなの!)
自分の顔がそんなことになっているのに、自分が気づかないなんてあり得るだろうか? それに体内も……。そういえば思い当たる節がある。最近、トイレの頻度が減っていたような……。ていうか、最後にトイレ行ったのいつだっけ? 昨日行ったっけ? 行ってない気がする……。
(う……で、でもありえない! そんなこと!)
必死に否定する。メイドロボの服を着ていたからって、まさか人間がメイドロボに「修復」されてしまうなんてことが起こりえるだろうか。いやでも、体は実際に動かないし、二人は私をメイドロボだと思っているし……。そうだ、人間だったらこの首輪が効果を発揮するわけないじゃん。体をメイドロボに乗っ取られるだなんてありえない。しかし現に起きている。それは、私の体がメイドロボになりかかっていたから……。
再びリングが動き出した。さっきとは異なる赤い光を発している。高速で私の体の周りを上下し始める。
「自己修復活性化します」
「おう」
(ちょっ!?)
すぐに全身から緊急事態を告げる感覚が伝わってきた。レオタードが、ニーハイソックスが、手袋が、以前よりさらに体に密着してきている。いや、これは……表面がまるで溶けるように混ざり合っている!? 異常な着心地の良さが皮膚の奥にまで浸透してきている。私はあの心地よさの正体が自己修復機能による一体化だったのだと今気づかされた。
(やっやめて!)
服が……メイド服が脱げなくなっちゃう! 体と一体化して……あああ!
今すぐここから脱出しないと。私は全身を「修復」されてしまう。本当のメイドロボにされちゃう! 冗談じゃない。そんなことになったら何もかもお終いだ。
(んん……あぁ……動けな、い……)
ダメだ。体が動かない。筋肉の筋一つ動いてくれない。表情すら変えられない。うめき声すら出せない。私は黙って自身がミニメイド……それもよりにもよってフリフリのミニスカメイド服と融合していくのを黙って待っていることしかできなかった。
(いやっ……やめてー!)
「修復完了です」
「故障個所」
「はい」
(う……嘘。そんな……)
赤い光を止め、青い光を放つようになったリングが視界を上下する中、私は変わらない笑顔と人形のようなポーズのまま絶望していた。服の感覚がなくなった。いや正確には肌と混ざってしまったのだ。メイド服の下に永遠に封印された真っ白なレオタード。膝より高いニーハイソックス。肘まで覆う長手袋。その全てが私の新しい皮膚と化し、二度と脱ぐことができなくなってしまったのだ。あの恥ずかしい姿が、私の新たな全裸として定義されてしまったのだ。
(あ……あ)
それだけではない。フリルと大きなリボン満載のミニスカメイド服までが、レオタードの上からさらに蒸着し、私の体と一体化してしまったのだ。私はこれから永久にメイドのコスプレをしたまま生きていかなくてはならない。
(う……ひ、酷い、酷いよぉ、どうしてこんな……)
涙すらも流せない。体内もすっかりメイドロボ仕様に修復されてしまった今、私は自分の意志で体を動かす権利すらない。
「スカート上げろ」
「はい」
指示を聞くやいなや、体が瞬時に従った。短いスカートをたくし上げ、私の太腿と股間を見せつける。
(やっやめて……やめてよ! 来ないで! 見るな!)
彼らの命令にまるで抵抗することができない。私は痴女のようなポーズで固まったまま、彼らが長方形のコテのようなものを用意するのを黙ってみていることしかできない。
(な……何!? まだ何かやるの……?)
若手が近づいてくる。赤く熱してジュウジュウと煙を上げるコテを持って。私は泣き叫びたくなったが、体はそれを許してくれない。笑顔のマネキン人形と化して、太腿に絶望の焼き印を刻まれることを受け入れるしかなかった。
(いやっ、やめて! それだけは)
製造番号を入れる気だ。そんなものを入れられたら……私、本当にメイドロボになっちゃう! もう誰も私を人間だと気づいてくれなくなる。人間に戻れなくなっちゃう。
それだけじゃない。メイドロボの製造番号は入れ墨にナノマシンを注入し、神経系と接続する特殊な技術で、一度刻んでしまったら二度と除去することはできないのだ。たとえ今後、手違いが判明して私が解放されても……。
激烈な痛みが太腿を襲った。コテが私の太腿にギュッと押し付けられ、固定される。焼けつくような痛みと熱が私の体を刻んでいく。
(あああーっ! 痛い! 痛い! やめてええぇーっ!)
例え私が人間だと判明しても、もう太腿の番号は取れない。死ぬまでメイドロボの製造番号を太腿に抱えたまま生きていかなくてはならないのだ。
(んんっー!お願い! お願い! 痛ああぁ、やめてよおぉっ!)
笑顔でスカートをたくし上げたまま固まった体。拷問のような痛みに晒され絶叫を上げる心。ますます増幅されて感じる怒涛の苦痛が私を貫いた。
「よし」
(ぅ……ぁ)
若手が離れると、ようやく体を焼かれ裂かれる痛みは終わったが、ヒリヒリとした鋭い痛みがまだ残る。そして終わったということは……私の太腿に製造番号が刻み込まれてしまったということだ。二度と消えない刺青、私がロボットである証拠となる番号が……。
ようやく首輪が外されたが、全ては後の祭りだった。首輪が外されたのに体は相変わらず私の下に戻らない。引き続きメイドロボとして勝手に振る舞い続ける。
(そんな……私、私、本当に……)
廊下でサクラと合流し、再び駐車場に向かう。全てが独りでに、私の意志とは無関係に行われ、まるで映画を見ているかのようだった。現実感がまるでない。だって、だって……まさかメイドロボに改造されてしまうなんて!
二時間も経っていないのにずいぶんと懐かしく感じる我が家。そこで私とサクラはようやく解放された。回収メイドロボが去って数分すると、玄関で立ち尽くしていた体がようやく私の言うことをきくようになった。
「あ……」
声が出る。動く。私は自分の手を見つめ、何度も握っては開き、握っては開きを繰り返した。今や純白に染まった私の両手を。
急ぎ風呂場に駆け込み、鏡の前でスカートをたくし上げる。ニーソとレオタードの間にある僅かな肌はテカテカとした光沢を放ち、まるで樹脂のような質感を併せ持っていた。そして、そこには緑色に光り輝くナノマシンの焼き印「S339」の文字がしっかりと刻み込まれていた。
(あっ……あぁ、そんな……嘘……)
体が小刻みに震える。夢じゃない。本当に、私は……メイドロボに、工場産のミニメイドということになってしまったのだ。
その日の夜、懸命に体を洗ったが、製造番号も肌のコーティングも決して流れ落ちることはなかった。メイド服も手袋も、果ては頭のホワイトブリムまで、一体化しきっていて脱ぐことができない。サクラのように。
サクラと並んで鏡をのぞくと、そこにはまるで姉妹のように似た二体のミニメイドが映っていた。サクラはピンク色の髪をしているので、まだ私の方が人間ぽいところは……いや。服がヤバい。割と落ち着いた長袖ロングスカートのメイド服を纏ったサクラと比べると、ヒラヒラのミニスカメイド服を振りまく私の方が作り物、愛玩用っぽく見えてしまう。
ひとしきり泣いた夜を過ごし、翌日。私は誰に相談するかの決断を迫られた。警察……製造元の会社……いや。もみ消されるかもしれない。というか、信じてもらえないかも……。だって見た目は完全にメイドロボにされてしまったんだし、ていうか命令を全部きかされてしまう以上、秘密にしろって一言言われるだけで終わりなんだ。どうしよう……。番号まで入れられちゃったし、初対面の人たちに話を聞いてもらえるかは怪しい……。
藁にもすがる思いで、私は元カレに連絡した。出来る限りの事情を書き連ねたメールを送り、返事を待つ。信じてくれるかな、こんなこと。メイドロボのコスプレして遊んでいたら本物と勘違いされて「修理」されちゃいました、だなんて。
しばらくすると返事が来た。実際に見たい、とのこと。動画を送ったが彼は実際見るまで信じられないと粘り、私は折れて彼の来訪を許可することになった。大丈夫かな。ちょっと心配……。
「うぉっ、すげー、マジじゃん、やべえ」
「し……信じてくれるの?」
「まあな。ドッキリのためだけの二体目買うとは思えねえし」
彼はサクラの方を見ながら言った。続けて
「番号見せろよ」
「かしこまりました……あっ、ちょっと!」
私の体はあっさりと彼に屈して、スカートをたくし上げた。屈辱の焼き印を見せつけるようにして立っていなければならないのは相当の恥辱だった。ましてや知人に。
彼はかがんでジックリと私の太腿を観察した。無遠慮に指で番号をなぞってくる。私はスカートから指先を離すことができず、この屈辱を甘んじて受け入れるしかなかった。
「そ……それで、手伝ってほしいの。元に戻るのを……」
「あーいや、こりゃ無理だろ」
彼は立ち上がって、私を見下ろしながらそう言い放った。
「そんな」
「それより……コード0」
「ミニメイド339号です、所有者はいません……ちょっと!?」
口が勝手に彼の質問に答えた。やっぱりメイドロボのプログラムをインストールされてしまっているらしい。誰でも命令を聞いちゃうんだろうか。困ったな。これじゃあこの先……。
「所有者登録。俺」
「かしこまりました……ちょっと馬鹿!」
彼は私の抗議も受け付けず、スラスラと所有者登録を行ってしまった。あっという間に、私は彼の所有するメイドロボということにされてしまったのだ!
「コード0」
私の背筋はピンと伸ばされ、両脚を閉じ、短いスカートの裾をつまみ上げて頭を下げさせられた。
「私は黒田俊樹様の所有するミニメイド339号です……やめてっ! 何するんですかっ!?」
「お、すげー、ちゃんと敬語になるんだ」
「ふざけないでくださいっ! 私は……」
「まー落ち着けよ」
彼は続けた。所有者未登録だと、今のように簡単に人のモノになってしまうし、そうでなくとも誰の命令も聞いてしまう。それよりかはさっさと誰かを登録して、それ以外の命令をシャットアウトできるようになった方がいいだろう、と。
「それは……そうかもしれませんが……」
納得いかない。こんな簡単に私の人権を奪われてしまうなんて。彼がどんな嫌な命令を出しても、私はそれを忠実にこなさなければならなくなってしまった。そう、まるでサクラのように……。
「あ、それからサクラも。俺にくれよ」
「はあぁ!? ご主人様何言って……かしこまりました、ご主人様。239号の譲渡を行いますか?」
「ああ、頼むよ」
「かしこまりました、ご主人様……ってちょっと待ってください、嘘ですよね!?」
嘘でも冗談でもなかった。私は自分がコツコツ貯金して買った、そしてずっと私を支えてくれていたサクラをあっさりと彼に譲り渡す手続きをさせられた。手が止まらない。嫌なのに拒否できない。涙が出そうだったが、もう私の目から涙はこぼれない。
「コード0」
「私は黒田俊樹様の所有するミニメイド239号です、サクラとお呼びください」
(そんなっ……サクラまでっ)
「おおう、こりゃいいな。俺ずっとメイドロボ欲しかったんだよ。でもたけーもんな、それが一気に二台もタダで、ヤバくね?」
「……っご主人様! 私は人間です! メイドロボじゃありません!」
「わーってるよ、登録しただけじゃん、そんな怒んなよ」
お、怒るなって……。あんた自分が何をやったかわかってるの? 絶対わかってない。自分の体が自分のものじゃなくなるということが、人権を他人に握られるということの根源的恐怖を理解していない。相談するんじゃなかった。
「あっそうだ、名前ないの? お前?」
「何を言って……個体識別名称を登録しますか? 藤原芽衣よっ! 忘れたの!?」
「そーじゃなくって、サクラみたいにメイドロボとしての名前要るだろ? そーだな……メイでいいか。メイで登録」
「だから私は……かしこまりました、ご主人様。登録完了しました。メイとお呼びください。……っ違う、私は……」
「いーじゃん、名前そのままなんだし。じゃ、改めてよろしくな、メイちゃん」
「よろしくお願いします、ご主人様……そ、そんな」
私は彼に深々とお辞儀をして、待機姿勢に戻された。もう体があまり動かせない。個人所有となり、その所有者が目の前にいるからか、次の命令を待ってしまっている。
「う……体が……」
「うし! じゃあ帰るか!」
「かしこまりました、ご主人様……か、帰るってどこにですか?」
「は? 俺の家に決まってんだろ?」
「えぇっ!? な、何でですか!?」
「そりゃ、俺の家で働いてもらわないと。せっかく登録したんだし」
「ふざけないでくださいっ、話を聞いていたんですか!? 私は人間です、藤原芽衣ですっ!」
「あーもーうっさいな、それもう禁止で」
「……っ!?」
さらりと恐ろしい命令が下されてしまった。いや、曖昧な指示だったからセーフかも……。一縷の望みを託し、私は再度叫んだ。
「だから私はっ! メイです! ミニメイド339号ですっ……あ、あぅ……」
絶望だった。私は今、自分は人間だと喋ったつもりだった。しかし実際に口から出た言葉はそうでなかった。私は自分が人間だと名乗ることすら封じられてしまったのだ。
(そ、そんな……嘘でしょ、これじゃあ本当にメイドロボだよ……)
自分の運命はこの男に全て握られてしまった。もうどうすることもできない。つくづく人選を間違えた。しかし後悔は先に立たない。
「じゃ行くぞー」
「はい……ま、待ってください、そんな……ああ……」
サクラと共に私は自分の家を後にした。振り返ることすらできず、私は彼の所有するミニメイドとして大人しく付き従うことしか許されなかったのだ。
「じゃ、二人で適当に掃除しておいて」
「「かしこまりました、ご主人様」」
彼の家はかなり散らかっていた。いつまで経ってもだらしのない……。私とサクラは例によってスカートの裾をつまんで一礼し、掃除に取り掛かった。こんなことしたくないのに、体が勝手に動いちゃう。
「ご、ご自分でやってくださいよ……うぅ……」
「口答えすんな」
「はい」(そんな!)
それを最後に、私は一切の抗議声明を出せなくなった。ほんの軽い皮肉でさえも。彼はそこまで大した指示だとは思っていないのだろうが、私にとってはとんでもない大問題だった。この調子で私の、藤原芽衣としての意思表示をドンドン封じられてしまったら、本当にメイドロボになってしまう。何とかしないと……。
掃除を終えると、今度は夕食の買い出しにいかされる。ただでさえ恥ずかしいミニスカメイド姿でスーパーを闊歩するのは想像を絶する恥辱体験だった。全員私を見ているし……いやだぁ、見ないで。違います、好きでこんな格好してるんじゃ……いやそれどころじゃないっ。
人間だと気づいてもらいたくない気持ち。藤原芽衣が頭のおかしいコスプレイヤーじゃないと言いたい気持ちと、自分は人間であり、メイドロボに改造されて使役されているんですと助けを求めたい気持ち、相反する二つの感情がグルグルと回転する居心地の悪いお使いだった。彼の家に帰ると今度はサクラと夕飯の用意。何しろ身長90センチなので、大変だった。普通のメイドロボならもっと楽にこなせたんだろうけど……。
(もーっ、あんたも手伝いなさいよ!)
彼はずっとニヤニヤしながら私たちの奮闘を眺めていた。腹が立つ。私たちを何だと思ってんの。私はメイドロボなんかじゃないのにっ。まあサクラはメイドロボだけど……。私はふっとサクラがピョンピョン跳ねて高いところに手を伸ばしている光景を見て癒やされていたことを思い出した。あの時の私はサクラから見て、あんな感じだったんだろうか……。ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべて、手伝いもせずに……。
(ご……ごめんね、サクラ……)
ふいに申し訳ない気持ちが湧きおこり、サクラに謝罪した。そして今、自分があの時のサクラの立場に立たされていることが心底惨めだった。
「おっ、こりゃうめー。メイドロボになって料理上手くなったじゃんお前」
(ぶっ殺してやろうか)
「お前ら食べないの?」
「私たちは食事をとるように作られておりません」
「あ、そーなんだ。充電?」
「はい」
「えーじゃあ、他にも買わないといけないのか……」
(なっなによその言い方! あなた一銭も出してないでしょ!)
タダで私たちを手に入れたくせに図々しいやつ。同時に、美味しそうに食べる彼を眺めながら、自分が二度とご飯を食べられなくなってしまったのだということに気づき、また泣きたくなる気持ちに駆られた。
「じゃあ充電台とってきてよ、お前んちから」
「実行不可能な命令です」
「あっそうか。遠いもんな結構」
「も、もう! そんなことよりですね!」
「んあ? 何?」
「わ、私をちゃんと元に戻してくれるんですかっ」
「んなこと言ってもなー。お前を改造したの俺じゃねーし」
そ、そりゃそうかもだけど……。私から自由を奪ったのはあなたでしょ!?
「ま、調べてやるよ、心配すんなって」
「ありがとうございます、ご主人様」(心配……)
その日から私は、彼の所有するミニメイドとして日々を過ごすようになってしまった。逃げることも抗うこともできず、彼の命令は強制的に従わされる。私の家にあった充電台と、追加購入したもう一台が設置され、その狭い円形のスペースが私たちの新たな「家」となった。用事のない時は充電台の上で待機することを余儀なくされ、私はマネキンのように突っ立っていることしかできなかった。自分でも元に戻る手段を探したいし、他の人にも相談したい……。しかし体が動かない。動いても、もう私は自分が人間であることを名乗れなくなっている。彼は特にそういう意図はなかったかもしれないが、そういう風に処理されてしまった以上、どうにもならない。
一か月もすると、もう無駄だろうということで、私の家は処分された。必要最低限の荷物だけ彼の家に運び込まれ、あとは全て処分させられた。悔しかった。何もかも彼の言う通りに、自分の生きた証、人間であることを証明してくれる品々を捨て去らなければならなかったのだ。
こうして正真正銘、私は彼のメイドロボに変身させられてしまった。彼の言う通りに家事をこなし、自分の家も何も持たないメイドロボに。
彼は元に戻す方法を探しているとは言うけれど、どうみてもそうは見えなかった。ミニとはいえただでメイドロボを二台も手に入れられてラッキー、程度にしか思ってない、絶対。私が人間だということの意味を、重みを、彼は絶対に理解していない。
「おーっ、似合う似合う」
「ありがとうございます、ご主人様」(やっやめてよこんな、恥ずかしいっ!)
ある日、私は彼の買ってきたメイドロボ用の染料で髪の毛をピンクに染められてしまった。アニメキャラみたいな鮮やかなピンク色はサクラと瓜二つ。彼は並んだ私たちを見て姉妹のようだと語った。写真を見せられた私もそう思ってしまった。ピンクの髪と、可愛らしいメイド服に身を包んだ90センチのお人形。それが私たちだった。私で遊ぶ彼に憤りながら、私はサクラを羨んだ。服を取り換えてほしい。なんでロボットのサクラの方が常識的な大人しいメイド服を着ているんだろう。なんで人間の私の方がフリフリのミニスカ姿じゃないといけないの。
半年が過ぎ、一年が過ぎ……長いような短いような月日が過ぎ去っていく。メイドロボとして生きた実績が積み重なっていき、人間だった日々が過去のものとなっていく。私は焦った。何とかしないと、私は永遠にメイドロボのまま彼にこき使われるだけの人生だ。焦燥感が募るが、彼は一向に応えてくれない。というかもう忘れていそうな気がする、私が人間だったことなんて……。サクラを呼ぶのと全く同じノリで「おーいメイ、風呂掃除」と呼び掛けてくる彼を見ていると、そうとしか思えない。
「かしこまりました、ご主人様」
本物のメイドロボであるサクラと全く同じ口調で答え、同じように振る舞い、同じような見た目をしていることが原因だろう。私が人間でウンヌンカンヌンの話題も禁止されてしまい、すっかりただのメイドロボとして扱われるだけの日々が半年以上続いている。
(一生……このままなの。そんな……)
転機はさらに三か月ほど経ってから訪れた。この家に新しいメイドロボがやってきたのだ。ミニではない、普通サイズのメイドロボ。彼と同じ等身を持った大きなメイドロボが。
「よろしくな、マール。なんせあいつらちいせえだろ? ホント効率悪くてなあ」
(なっ……何よそれ! 散々人をメイドロボとしてこき使っておいてその言いぐさ!)
腸が煮えくり返るとはこのことだろうか。本物のメイドロボが来たならさっさと私を解放しなさい、と思うが、私たちも私たちで変わらず併用される日々だった。ただ、小さな私たちに無理して手伝わせるよりも、マール一人に任せてしまった方が効率いい場面が多かったため、次第に私たちは家事から遠ざけられていった。
(ちょっと……ねえ、んんっ……)
充電台の上で待機姿勢を取りながら、マールの家事を眺めるだけの日々。楽になったと言えば楽だけど、同時に危機感を覚え始めた。このままじゃ私たちは役立たずになっちゃう。用済みになったらサクラは売られてしまうかも……。しかし彼から命令がない限り体は動かない。私とサクラは部屋を彩るメイドフィギュアとなりつつあった。マールが私たちの頭上の埃を払うたび、恨み言をぶつけたくなった。私たちだって動けるの、命令さえあれば!
そもそも私が自由を奪われたのは、彼の家事をするためだったはず。それさえ奪われた私は一体なんなの? 私は生きたメイドフィギュアになるために家財全てを、人権さえも売り払われたの!? こんな滅茶苦茶な話ないよ、早くなんとかして。私たちを解放して。
神様はなんと意地悪なのだろう。「解放」は思わぬ形で叶えられた。電気代と部屋のスペースが無駄だと言うんで、彼は私たち二台を売り払うことに決めたのだ。二台を!
(えっ……待って、私も!?)
驚いた。それを聞いた瞬間、久々に寒気が走る感覚を思い出した。ちょっと待ってよ、私は人間なんだけど? 売るってどういうこと? 何考えてんの!?
そういえば、私の意志で彼と話せたのはいつが最後だったっけ……。で、でもしょうがないじゃない、動けないんだからっ。
(ちょっと忘れちゃったの!? ねえ! 私は人間! あなたの元カノ、藤原芽衣よ!)
しかし私はスカートの前で両手を重ねたまま指一本動かせない。私を売る話を電話でしている彼を、笑顔で眺めていることしかできなかった。
「……はい、これにてお手続きは全て完了となります、お疲れ様でした」
「どーもー」
(待ってーっ! あんた本気なの!? わっ私を……売ったの!? ねえ!?)
メイドロボの販売店に連れていかれた私とサクラは、そこで本当に売り飛ばされてしまった。信じられなかった。彼は私が人間だと知っているはずなのに。完全なメイドロボとして一年以上振る舞わされた結果、本当に忘れてしまったのだろうか!? それとも……私の事なんてもう心底どうでもいいと思ってるの? どうせ人間だとバレることはないだろう、って。
(待って、待って、お願い待って。いかないで。フィギュアでもいいから。売らないで)
心の中で必死に呼びかけたが、彼は私たちを置いて店を出ていった。胸の奥がギュッと締め付けられる。これで私は正真正銘、完全にメイドロボってことにされてしまった。この販売店の人たちの誰一人として、私が人間だったことを知らない。気づきもしないだろう。さっき受けたメンテは「問題なし」だったんだから。
綺麗に洗浄された後、私とサクラはミニメイドの中古コーナーの位置に陳列された。自分が商品として店先に並べられているという事実がどうにも受け入れ難かった。叫びたい。私は人間だと。逃げ出したい。ここから今すぐに。
しかしそれらの夢は叶えられることはなかった。私はマネキンのように店を飾り立てていることしかできない、無力な中古品でしかない。しかも店で行われるやり取りを聞いている限り、ミニメイド自体にもうあまり人気がないらしかった。通常メイドロボも安くなってきたので、皆そっちを買い求めるようになったのだ。こうなるとやはり、満足な家事を行えないミニメイドは愛玩用、ってことになるけど、そうすると「中古」は需要が伸びない……。
変な人に買われたらどうしよう。店に並べられた当初の心配事はそれだった。しかし今は、買われないことに不安と焦りを感じている。こ、このままずっと店の肥やしだったらどうなるんだろう……。そのうち本当に処分されたりして……い、嫌だ! メイドロボとして、誰にも気づかれずに死ぬなんて!
(お願いですっ、私を買ってください!)
目の前を誰かが通るたびに、心の中で呼びかけた。しかし運命の相手は中々現れない。たまに隣同士並んだ私とサクラを眺めて、姉妹みたい、可愛いと言ってくる人もいるのだけど、大抵は物見遊山で来た若い人たちで、買ってくれることはない。
(うっ……うー)
姉妹じゃないよ。ていうかメイドロボじゃないんです。その一言が永遠に言えない。あの日おそろいのピンクに染められて、隣に並んで置かれてしまったせいかもしれない。どうも私とサクラをセットのように印象付けてしまっているかもしれない。単体だったら、売れたかも……。
でも、サクラが売れて私だけがここに取り残されたら? ゾッとする。想像するだけで気が狂ってしまいそう。
(誰かー、お願いです、助けてください。私はメイドロボじゃないんですっ、人間で……ああぁ……)
次第に店の目立たない位置に追いやられながら、私は必死に新たなご主人様を待ち続けた。ピンクの髪とフリフリのミニスカメイド服を着た90センチのミニメイドロボットとして。