ケーキ体験プログラム (Pixiv Fanbox)
Content
(「結婚」かぁー)
私は内心ちょっと複雑だった。体感数時間で終わるのはいいけど、できれば夢じゃなく現実で最初の体験をしたかった……と思う。
棺桶みたいな縦長の箱の中に横たわり、私は眠りに落ちるのを待つ。しかしこんな実験室のど真ん中、それも周りに人が大勢いてあれやこれや作業している中ですぐ寝ることは難しい。私は目を閉じながらも結構な時間、夢の中に移行することができなかった。
私たちが目下開発中のこの機械は、夢の中で様々な体験を可能としてくれる、睡眠学習装置……になる予定のものだ。いろんな人の記憶を元にして作成した各プログラムを体感し、職業の体験、技能の習得等を寝ている間に実現してしまおうという代物。完成すれば一晩で新たな資格を取ることも、新人をベテランにしてしまうことも可能となる大発明である。プログラムの内容はだいぶ充実しており、教師やアイドルといった職業もの、武術やピアノ等の学習もの、他にもお祭りに参加したり訓練用に災害を体験したりといったようなイベント体験もある。
私がこれから出来栄えを確かめることになるのは結婚プログラム。花嫁として結婚披露宴を体験させられる。独身だけど。初めての披露宴が夢というのが物悲しい……。まあ、体感数時間で終わるはずだから楽なプログラムを割り当てられたのは間違いないんだけど。職業系だと体感一か月とかの長丁場になってしまうため、テストのたびに長く夢に閉じ込められることになる。現実だと一晩くらいなんだけど、長いレポート書くの怠いし。
その点結婚式だけなら比較的短いはずだし、まあ楽しい方のプログラムであるのも違いない。私は気を静め、眠りに落ちるのを待った。知らん誰かと頭の中で結婚するために……。
(ん……)
私は縦長の箱の中で目覚めた。壁のあるベッドみたい。起き上がると、とても綺麗な白い壁に囲まれた部屋の中だった。数人の見知らぬ女性がニコリと微笑みながら私を見つめている。
「えぇと……本日はよろしくお願いします……?」
箱型ベッドから出ながら、よくわからないまま挨拶。インナーに着替えるよう言われ、女性たちはカーテンの向こうに消えた。
服を脱ぎながら自分はなぜこうしていて、ここはどこなのか思い出そうとした。私は確か……何してたっけ? 会社にいたような気がするけど。記憶がぼんやりとしている。状況に合点がいったのはブライダルインナーに着替えて美しい純白のドレスを目の前にした時、ようやくだった。ああ……そうだった! 私、結婚するんだ!
ウェディングドレスを纏ってスタイリストさんにメイクされている間、胸が高揚しっぱなしだった。ドキドキして幸せが溢れてくる。世の全てが私のためにあるような気がした。
セット完了後、鏡で美しい花嫁になった自分を見ると、さらに興奮は加速した。自分がこんなに綺麗だったなんて知らなかった。私は無敵だ。
部屋から出て無機質な廊下に出ると、違和感というか不安というか、高揚を薄める気配を感じてちょっとテンションが下がった。なんか変だな。どっちを向いても無限に伸びているように見える長い廊下。両側の壁には無数のドアがこれまた無限に配置されている。何ここ? こんなもんだっけ?
出てきたドアの向かいのドアが開かれる。足を踏み入れると、染み一つない白い壁の、とても美しい部屋が現れた。奥の壁はガラス張りで、綺麗な湖と山が見える。そこに一人、タキシードに身を包んだ男性が私に背を向けて立っていた。ああ、この人だ。私はこの人と結婚するんだ。彼が振り返る。私は彼……「夫という概念」に近づいた。比喩とかではなく、彼は本当に夫という概念としかいいようのない人だった。私は彼を知らない。名前も顔も。なんで結婚するのかも。でも彼が私の結婚相手であることは「知っている」し、それに何の疑問もわかなかった。彼の顔は何だかぼんやりしていてよく見えない……というかわからない。意識ができないというのが正しい。夢でよくあるあの感覚。でもそんなことは気にならない。彼が口を開いて私を褒めた瞬間、全ての不安と疑念は吹っ飛んでしまった。
(なんか夢みたい)
新郎新婦仲良く式場へ入場する際、私はそう思った。こんなに幸せでいいのだろうか。式場の皆が祝福してくれている。家族、同僚、地元の友達、学生時代の友人たち……皆知らない人たちだけど、そうであることはわかる……いや待っておかしい。この人たち知らない。知らない人たちなのに、「家族」「同僚」であることだけはわかる。謎に腑に落ちる。
しかし細かい違和感が猛烈に気になってきた。私はなぜ手を組んで一緒に歩いている結婚相手のことを知らないのだろう。冷静になると不気味すぎる状況なのに胸ははち切れそうなほどに幸せでいっぱいだ。夢みたいに……。
(あっ)
ついに、気づけた。私はなぜ自分がここにいるのかをようやく思い出せた。
(これ、夢だ)
結婚披露宴プログラムのテストしてるんだった、私……。
一旦夢だと自覚してしまうと、流石にお楽しみ一辺倒とはいかない。知人のいない空間で知らない家族や友達に祝福されながら知らない馴れ初めを聞かされるのは大分きつかった。いたたまれないというのはこのことだろう。中身がコッテコテのこっぱずかしいエピソードばかりなのも、羞恥を煽るのに拍車をかけた。隣の夫も顔をうまく認識できない謎の存在だし……。
「それでは、ウェディングケーキご入刀です!」
概念上の結婚相手と共に、私は三段重ねの白い大きなケーキにゆっくりとナイフを通した。たくさんのイチゴで彩られたケーキはとても美味しそうで、早く食べたいという思いに駆られる。さっきから食事はやけに美味しそうなものばかりで、どうやら結婚プログラム担当の人は食べ物にこだわったようだ。出来れば式場の人たちを知人に置き換えれるようにしてほしかったけれど。レポートに書いとこ。
その後は期待通りに食事が美味しかったことが印象に残るばかりで、あとは特筆すべきこともなく、よくありそうな流れでごく普通の披露宴が進んだ。スピーチは知らない人たちの知らないエピソードなので耳を通り抜けていくし。手紙とか祝電とかもだ。でも、いつか自分も現実で親から……と思うと涙ぐみそうになってしまった。総合的にはなかなかよくできたプログラムだと感じる。お色直しの際、無限に続く無機質な廊下を経由することになってしまうのが玉に瑕かなあ。所詮は夢だと思っちゃう。この装置の仕様上しょうがないところもあるんだけど。
現実で目を覚ますと、同僚たちから「結婚おめでとう」とからかわれた。あぁー、そうだった。私の同僚はこの人たちよね……と夢の中の納得が急速に色あせていく。なんであの知らない人たちを私は同僚だと感じ納得できていたのか、目が覚めてしまうと全くわからなくなる。
家に帰ると、誰もいないこと、誰も帰ってこないことに激しい違和感を抱いた。彼はいつ帰ってくるんだろう……と思ってしまい、次の瞬間頭を抱える。何考えてんの私。後遺症がひどい。顔もわからなかった知らない人だぞ。
そうはいっても、自分が一人寂しく夜を迎えていることが信じられないほどに心細く、悲しく感じてしまう。昨日までまるで気にしていなかったことが世を揺るがす大問題のように思えてならない。あの高揚と幸福感とのギャップが一人で真の夜を迎える私の心を責め立てる。隣に彼がいない。結婚したハズなのに……。
(してない。私は結婚なんてしてない。あれは全部夢……)
何もない左の薬指を右の指で撫でながら、私は自分に物悲しい説得をし続けた。
後日、パティシエプログラムのテストを終えた後、私は結婚プログラムをまたテストしてみてくれないかと言われた。今たっぷり寝たばっかりなんですけど……。ケーキの注文もいっぱい来てるんだからそんな時間はない、と断って「お前はSEだろ」と突っ込まれて赤面したのち、また機械の棺桶に戻ることになった。
「二度寝くらいできるだろ? 起きたばっかしだし」
「えぇ~」
確かにまだ頭がフワフワしてるけどさぁ……。なんで急に。明日じゃダメ?
彼が言うには結婚プログラムを体験した人がしばらく私しか捕まらないから、上手く改善できたかどうか見てほしい、ということ。うーん、明日でもよくない? 予定より遅れてるから急いでるって? それはあなたの都合でしょ?
まだ本調子じゃない頭で受け答えしつつも、結局私は装置の中から起き上がれなかった。眠い。もうひと眠りしたい。この装置はそんじょそこらのベッドよりずっと寝心地がいいのだ。
気がつくと私は、再び夢の世界にダイブしてしまった。プログラムの入れ替えよりも早く……。
(ん?)
私はベッドの上で目を覚ました。綺麗なふかふかのベッド。部屋は白い壁に囲まれている。あれ? 私は確か……っそうだ。パティシエのプログラム終えたんだった。起きなくちゃ。
ベッドから起き上がると、どこかで見たような男女数人が立っている。だれ? ていうかここ、実験室じゃないような……?
「しっかりしろ。まだ今日の分残ってるんだからな」
(今日の分……?)
頭にうっすらと記憶が蘇る。ああ思い出した。彼は私が勤める洋菓子店の先輩。ケーキ作らないと。何で私、店で寝てたんだろ。
「すいません、すぐに……」
「それでは、着替え終わりましたらお呼びください」
食い気味に女性が被せてきた。え? 着替え……ああ、このままじゃ厨房はいっちゃダメだもんね。了解りょーかい。カーテンを閉め、私はブライダルインナーに着替え始めた。
インナー姿になると、スタッフさんがドレスを用意してくれた。まるでクリームみたいにふんわりと広がる可愛いらしいドレス。ホイップクリームを模した意匠が随所に散りばめられ、多くのイチゴで彩られた美味しそうなウェディングドレスだった。まるでケーキの擬人化みたい。で、でも……ちょっと少女趣味過ぎない……? ちょっとじゃない、だいぶ少女趣味だ。成人女性が披露宴で着るものとしては……どうなんだろう。恥ずかしいような……。
「よーし、それじゃ始めるぞ」
「はい!」
先輩が言うのに合わせて返事した。そうだ、ケーキ作らないといけないんだ。じゃあこれでいいのか。私はスタッフさんの指示と手さばきに身を任せ、可愛いウェディングケーキのドレスに袖を通した。美味しいケーキになりそう。
ケーキ風味のドレスを纏い、ホイップクリームの袖を持つ長手袋をはめ、私は高揚感にワクワクしながら先輩によるメイクを受けた。ピンク色のクリームで塗られた長い髪はとっても可愛くて美味しそうな仕上がり。ホワイトチョコのティアラもイイ感じ。メイクアップした私の姿を鏡で見ると、そこにはとても美味しそうなウェディングケーキの女性が立っていた。わお。食べたいなー、早く。
部屋を出ると、廊下がぐにゃり曲がっていた。あれ? おかしい。何かが……。強烈な違和感に襲われたものの、すぐ向かいの部屋に入っていったので違和感くんはそれきりだった。
やたら広い空間を持つ妙な厨房に、私の結婚相手が待っていた。顔がよくわからないけど、私の夫だということはハッキリわかる。そう、この人! 私、これから結婚するんだ!
「すごく似合ってるよ。美味しそうだ」
「ふふっ……貴方も似合ってるよ」
後ろからついてきた先輩が一メートル四方はありそうな白い台を運んできた。私はその中央に立つと、チョコでできたブーケを受け取った。両手でブーケを持ち、スカートの中で両脚を揃えて背筋をまっすぐ伸ばし、私は軽く頬を染めて上目遣いで前を見つめた。そのまま体が動きを止めると、先輩たちが大きな箱を被せて私を封じた。真っ暗だ。いよいよだ。これから私は彼と結婚する。私の作ったウェディングケーキが新しい夫婦の門出を祝うなんてすごいなあ。パティシエールになってよかった。
カタカタ床が揺れるような振動を感じる。運ばれているらしい。ドキドキする。新郎新婦の入場だ。……彼はどこにいるんだろう? 私一人だけだけど……。
(なんか、身体がおかしいな……?)
振動を感じなくなり、外から祝いの言葉か微かに聞こえるようになってからしばらく。薄暗い箱の中で、私は微動だにせず出番を待っていたが、何かがおかしい。さっきから体の感覚が……ハッキリしないというか、輪郭がぼやけて手と胴体がまるでおなじもののように感じてしまう。しかも両手がブーケとくっついているというかなんというか……両手が融合して……る……?
疑念が膨れ上がってきた瞬間、箱が開けられ、眩しい式場の光が私を襲った。ああ、そうだ。結婚するんだよね私。この人たちのために作ったウェディングケーキがわた……わた……し……?
私は自分が床ではなくテーブルの上に立っていることに気づいた。遠近とかでは説明できないほどに、周囲のサイズ感がおかしいことも。
(あ……あれ、これ……ええ……?)
デカい。式場も、招待客たちも。巨人になっている。
後ろの方で誰かの声がする。聞きなれた声だった。
(わた……し?)
現実とは思えないような巨人二人が蠢く気配がする。私と彼だ。どうやらここは結婚式で……私と彼が今まさに結婚しているらしい。でもおかしい。私はここにいるのに。振り返ろうとした時、身体が動かないことに気づいた。
(うそっ……!?)
全身がおかしい。首も手も腰も、何もかも動かせない。というか、動くための機構が消失してしまっている。私の身体は全身がとっても柔らかく、甘い香りのする何かに変換されてしまっているようだった。骨もなければ筋肉の存在も感じられない。全てが解け切って柔らかく軽い何かが詰まっている。表情すらも変えられない。甘い生クリームの匂い、新鮮なイチゴの瑞々しい香りが私の体臭だった。
私の頭上に何かが降りてきた。それは重く細く、長い何か。金属の……刃物の気配だった。
(あれ……? あれ、嘘でしょ、私……)
ありえない。どう考えたってありえない。だからずっと出掛かっている答えを却下し続けていた。でも……どうやら、これは事実らしい。今の私は新婦でもなければパティシエールでもない。
(私……ケーキになってるのーっ!?)
声は出なかった。心の中だけに轟く絶叫は、誰にも聞き届けてもらえない。口は開かず、頬を赤らめ上目遣いで前を見つめる表情で固定されていて、一ミリもそこから動かせない。
(まって、待って、いや、死んじゃう、切らないで)
冗談じゃない。何がどうしてこうなっているかサッパリわからないけど……このままでは間違いなく、私はケーキとして切られて配られそして……食べられてしまう!
「それでは、ウェディングケーキご入刀です!」
(いやーっ! ストップ! 違います! これは何かの間違いで……ダメっ、殺さないで!)
頭の後ろに鋭く重いナイフの殺気が迫る。私は逃げることも泣き叫ぶこともできないまま、残酷な死刑の執行を幸せそうな笑顔で待っていることしかできなかった。
(私は人間ですっ、ケーキじゃありません、お願い切らないでぇー!)
命乞いの甲斐なく、スッ。とナイフの切っ先が私の後頭部に降りて、音も苦もなく切り裂いた。
(あ……)
後頭部がぱっくり割られ、そのままナイフが下がっていく。身体が。私の……体が。真っ二つに両断されていく。それは私の人生でもっとも悍ましい時間であり、最期の時間でもあった。
痛くない。血も出ない。何よりそれが恐ろしかった。単純に体を裂かれているのも気が狂いそうになる恐怖だけれど、それ以上に私が本当にケーキと化していることを思い知らされたからだ。私には背骨もない。血管も通っていない。スポンジの身体を生クリームのドレスで包んだ物体、それが私なのだ。
ナイフが下半身に達する。私は両脚の感覚がないことに気づいた。厳密には脚じゃないものに変わっている。私の下半身は今やスポンジの塊であり、ドレスのスカートより内側には空間がない。みっちり詰まったスポンジの塊。その中にイチゴも封じられているようだ。私の下半身に、もはや脚も足もない。単なる半球型のスポンジ塊と化していたのだ。これじゃあ逃げられるはずもなかった……。
私は可愛い人型のウェディングケーキと化したまま、とうとう身体を二つに裂かれてしまった。信じられない。自分がまだ生きていることも、ケーキになっていることも、誰一人として人間だと気づいてくれないことも……。
(どうして……何で? こんなことに……?)
困惑と怖気に苛まれながら、私は拍手と「おめでとー!」の言葉を一身、いや二身に浴びた。皆が祝福している。私がケーキになって真っ二つにされてしまったことを。嘘でしょ。どうしてこんな残酷なことが……?
このまま私はケーキとして食べられてしまうんだろうか。い、嫌だ……死にたくない。そんなむごい、恐ろしい死に方……。
(いやああぁ!)
叫んだ瞬間、世界がブラックアウトした。真っ暗な空間に私一人突っ立っている。
(んっ……!? な、何……?)
流石に死んでしまったのだろうか。真っ二つだもんな……。そう思った次の瞬間、私は式場ではないところに立っていた。
(!?)
こんどは何? どこ……? 天国?
相変わらず体は動かないけど、徐々に目が慣れてきた。厨房だ。私が勤めている洋菓子店の。ただ、縮尺がおかしかった。以上にデカい。さっきの式場よりも。厨房とは思えない。ビル群にすら見える。
(どう……なったの? 私……助かったの?)
喋れないし全身から甘い匂いがするし、下半身はスポンジの塊のまま。でも、身体が繋がっているらしいことに気づいた。元に戻った? もう何が何だか。
とにかくチャンスだ。何とかして元に戻らないと……ケーキのままじゃ誰かに食べられちゃう。食べられなくても腐っちゃう。
(んん~)
しかし相変わらずスポンジとクリームに変換された私のボディはうんともすんとも反応しない。身体に力を込める、指示を出すという営為そのものができなかった。
焦っていると、バタンと音がした。下半身の広い設置面積が振動を感じ取る。誰か来た。そしてそれはおそらく巨人。
(あの……た、助けてください、信じられないでしょうけど……私、人間なんです、何かよくわかんないけど、ケーキになっちゃったんですっ)
相手がテレパスであるという、人間がケーキになる並に低そうな可能性に賭けるより仕方なかった。必死に脳内で呼びかけ続けるも、パティシエールの制服に身を包んだ巨人はその辺をズシズシ歩き回るだけ。一体誰なんだろう……。私はどうなるの?
巨人は私が置かれているキッチンの前に椅子を持ってきて、目の前に座った。相変わらず顔が見えない……。あまりに大きすぎる。いや、この人が大きいのではなく、多分私が小さいんだろうけど……。式場より大きいのはどういうこと?
巨人がフォークを手に持った瞬間、理解した。自分がもはやウェディングケーキではなく、一人前ケーキ並みに小さくなっていること、そして……私がこの巨人に食べられてしまうという運命を。
(やめて!)
「いただきまーす」
どこかで聞いた声と共に、私の下半身前面にサクリと巨大な金属のトライデントがつきたてられた。やはり痛みも出血もないまま、生クリームのドレスと中身のスポンジやイチゴと共に、私の下半身前面が切り取られて金属の手によって宙へ持ち去られた。ゾッとした。さっきは、式場では食べられるところまではいかなかった。でも……。
(!)
口の中でとろける様に美味しいケーキの味と、それを咀嚼する感覚が広がった。食べた。食べられちゃった。私の下半身が。とうとう。そして、食べられる感覚があることに戦慄した。わ、私……そんな思いをしながら死んでいくの!?
(お願い! だめぇ! これ以上は食べないで!)
懸命に懇願するも、下半身の右半分、後ろ側、左と次々体が切り取られていく。そして、本来なら私の両脚だったはずの部分は哀れに露出したスポンジの層であることがとうとう確定してしまった。錯覚ではなかった。私は本当に今、ケーキになっちゃっているんだ……。
巨大な歯が私の下半身だったものを粉砕し、ヌメヌメした布団のように大きな舌がそれをジックリと舐めつくす。筆舌に尽くしがたい悍ましい感触と恐怖だった。ドロドロバラバラになった私の一部が喉の奥に消えていく。喉の奥にいったものからもう感覚を失っていく。ああ……呑まれたら「死ぬ」んだ。それは根源的恐怖だけど、或いは救いなのかもしれない……。
下半身をスポンジのタワーに変えた金属の槍は、いよいよ私のお腹を横から突き刺した。
(ああっ……)
上半身が丸ごと持ち上げられ、お皿の上に縦長のスポンジ塊だけが残された。あれが人間の成れの果てだなんて、お釈迦様でも気づけるだろうか。
(やめ、やめ……やめてぇ)
視界がグングン上昇していく。いよいよ食べられちゃう。私の頭が。私が……。
そして、口に運ばれる直前、ついに私を食べている人間の顔を見ることができた。
(……!!)
それは私だった。パティシエールの制服に身を包んだ私。私の口が開かれる。ケーキの……私だった破片で汚れた歯がズラっと横に並んで私を威嚇する。私は逃げることも喋ることもできないまま、残酷な運命に身を委ねるしかなかった。ほんの数秒にも満たない最期が、とても引き延ばされてゆっくりと再生された。上下に歯が開き、フォークに乗せられた私の上半身が赤く巨大なナメクジが這いずる暗い洞窟へ移送されていく。首が処刑台を通過した時、白いギロチンが私の身体を粉砕した。難を逃れた首だけが視界を上下左右に激しく動かしながら真っ暗な臭い世界に放り出されたが、一瞬ののち巨大な舌の一撃を受け、あっけなく崩壊させられた。
(……?)
私はキッチンを見下ろしていた。お皿の上には縦長のスポンジがちょこんと残っている。私の両脚だったであろうものだ。口の中に甘い味が広がっている。美味しい。特にこのイチゴクリームが。髪を模してた部分だ。舌をはいずりまわしてしっかりと味わいながら、私は上半身だったもの全てを自分の喉の奥へ飲み込んだ。そして混乱した。私は何をやっているんだろう。ていうかさっき私に食べられたんじゃ……? あ、それが私か。……?
最後のスポンジにフォークを突き刺し、口の中に入れた。うん、柔らかくて美味しい。私もこういうケーキ作れるようになりたいなあ。でもこのケーキ私だったよね? じゃあもう作れてる……のかな?
そして、さっきまで感じていた食べられる感触は厳密にはそうでなくて、この私が食べる感触だったのだと気づいた。なるほど、それならバラバラになっても感覚があるように錯覚してもおかしくなかった。
「ごちそうさまでした」
席を立った瞬間、吐き気と寒気がしてきた。食べちゃった。私を。私が。ゆっくりお腹をさする。食べられた私の感覚や視界が戻ってくることはもう永遠にないように思われた。だってもう食べちゃったし。何で食べたんだろう私。私だとわかっていたのに。でもさっきまではケーキだったからこの私は止められなくって……?
いやおかしい。全てが変だ。現実だとは思えない。そもそも私は確か結婚披露宴に……いやパティシエール?
「あれ? 俺のまかないは?」
パティスリーの制服に身を包んだ男が現れた瞬間、私は思い出した。そうだ。これは夢だ。私は確か――。
機械の棺桶で私は目を覚ました。しばらくは頭がボケーっとして何もできなかったけど、徐々に意識がハッキリしてきた。ああそうだ。私は確かそう、パティシエプログラムのテストをしたんだっけ。
ゆっくりと起き上がると、軽薄そうな男の声が右側から響いた。
「どうだった? 君のレポートを元に改善してみたんだけど。急いでるからすぐに聞きたいな」
私は声の主の方にゆっくりと顔を向けた。その腹立つ顔を眺めていると、さらに前後の記憶が明瞭になってきた。私はケーキ……だった。夢の中で。視線を自分の両手に向け、おずおずと指を曲げ、手を握っては開いた。動く。ケーキじゃない。人間だ。大丈夫。生きてる。ここは現実。つまり……。
「おーい?」
私は装置から出ると、徐にふざけた男の顔を思い切りひっぱたいた。