【魔法使いの妹メイド・小説】「司書フェルステル・ロイル」その12(終) (Pixiv Fanbox)
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図書館、第ゼロ番書庫。
ユウヤくんに案内された書庫は、それはそれは広い空間だった。
こんな広い一つの書庫が、この図書館には二万以上も存在している、……なんて言われてもさっぱり想像がつかない規模だ。
私の世界が有ったという書庫はちょっと薄暗い部屋だったけれど、この第ゼロ番書庫は壁掛け……棚掛けランプが多いからか明るく、働く司書の人たちの姿も多く見受けられる。
ガラス天井に広がる色鮮やかな夜空を見上げつつユウヤくんに手を引かれて歩いていると、道中すれ違う司書の人たちからニコニコと微笑まれている事に気が付いた。
その笑みはユウヤくんに向けられているんだろうとは分かったけど、私まで妙に恥ずかしさを感じてしまって、そっとユウヤくんの手を離してしまった。
ユウヤくんが一度振り返って首を捻るけど、すぐに察したのかニヤリとほくそ笑んでから、先導するように書庫の中央へと向かう。
そして、書庫中央にある壇上、本や書類に塗れた年季の入った机にて、その人物と出会う。
「やあ、おかえり休暇中のユウヤくん。贅沢極まった豪華寝台列車の旅はいかがだったかな?」
大きな白いマスクをしておりその口元を見ることは出来ないけれど、それを踏まえてもニヤリといい笑顔をしているのは、その目元からもよく伝わってきた。
可愛くてどこかミステリアスな幼い少女……いや、少年? というのが、その子に対する印象だった。
ぱっと見では銀色の髪もまつ毛も長いので少女っぽいけど、顔立ちはどこか凛々しさもあるので少年のようにもある。
何よりもその言動の端々、一挙手一投足から溢れる威圧感のような迫力は大人の男の人からでもそう感じるものではない。
年齢も性別も不肖。
ある種、ユウヤくんの数倍、数百倍も正体不明度が強いこの子は……一体何者なんだろうか。
私が自然と委縮してしまっている間に、ユウヤくんがどこからか紙の束を取り出して、机の上にズドンと置いた。
「中々良い経験になったぞ」
「それは重畳。どれどれ……。ふんふん、成程ねー」
分厚い図鑑レベルの紙の束に私が驚かされている内に、その子が目を閉じて紙の束に触れる。
一番上の紙にもびっしりと埋め尽くすように手書きの文字が書き綴られているけどそれを見ようともしない。一体何をしているのかと疑問に思った瞬間、その長いまつ毛が動いて瞼が開かれる。
「大変よく出来ました。ユウヤくんは相変わらず細かいところまで描写してくれるから助かるよ。これならボクも良い本が書けそうだ。―――さて」
ちらりと視線を向けられ、思わず背筋を正す。
何だか、そうしないといけないような気がした。
『ヘッドライトに照らされた鹿』……正しく巨大な獅子を前にしたような威圧感と、絶対に逃れられないという絶望感が畏怖となって足元から押し寄せる。
その子の視線と私の様子に気付いてユウヤくんが何かを言おうとしたけど、その前に。
「待っていたよ、“フェル”」
「……え?」
その鈍色の瞳はきっと、文字通り全てを見透かす瞳なのだろう。
名を呼ばれた瞬間に私はそう、印象ではなく、事実であると直観した。
「失礼、君からしたら初対面だったね。それでは改めまして―――初めましてこんにちは。ようこそ、数多世界を寵愛せし我が崇高なる大図書館へ。ボクがこの図書館で一番偉い人、館長だよ」
その幼い姿で威張るように言われると、何の冗談なのかと思ってしまうけれど……ユウヤくんの様子を見る限り、どうにも本当にこの子がこの巨大で摩訶不思議な図書館の館長さんらしい。
「お前……」
徐にユウヤくんが館長さんに口を開く。思いっきり「お前」、なんて言っちゃってるけどいいのかな、と心配してしまうけど、館長は特に気にする様子もなく、微笑を目元に刻みながら肩を竦めて見せた。
「何だいユウヤくん? もしかして今になってようやく分かったのかな? ボクの偉大さが」
「……いいや、知ってたぞ。あんたが一番この図書館で性格悪いってことはな」
「失礼だなあ。色々と図書館の為に尽くしているというのに」
カラコロと笑う館長を睨みながら、ユウヤくんがポツリと声を零す。
「……俺じゃなきゃ、フェルは連れてこられなかったもんな」
特にその声に感情が込められていたわけじゃないけれど、ユウヤくんの言葉には明確な敵意が込められていた。
……何となくだけど、私がこうしてここに立っていることは、この館長にとっては当たり前の事なんだと、そのユウヤくんの鋭い瞳からも察する事が出来る。
でも館長さんはユウヤくんを気にすることなく、私を見上げてその目を細めた。
「ある程度の事はユウヤくんから聞いているだろうから簡略させてもらうよ。これから君にはこの図書館で司書として働いてもらう。特に君のような『印象解読』持ちの人には専用の仕事も沢山ある。地味で退屈な仕事も多いけれど、ボクとしてはやりがいを持って楽しく従事してもらいたい。気負わず、和やかに、各々が役割を果たせる、そんなハートフルな職場をボクは目指しているんだ。……ただし、一つだけ言明しておくよ」
そこで一度区切って、館長が机に無造作に置かれていた本の中から一冊手に取り、広げて見せる。
「この図書館では『文字』が生命の生死を規定し、『文章』が森羅万象の軌跡を紡ぐ。ゆえに『本』とは世界の創造と構築であり、『本』の推敲、修繕を担う『司書』とは救世主にも悪魔にも成り得る偉大な存在である。―――世界を殺すも生かすも、君のその指先一つに掛かっている。それだけは努々忘れないように」
思わず、息を止めてしまっていた。
世界を殺すのも生かすのも、私のこの虚弱な細い指次第。
……私はこの先、その重荷に耐えられるんだろうか?
固唾を飲み込み、どうにか「……はい」と絞り出すように応える私に対し、真っ直ぐ見つめてくる館長……ではなくユウヤくんが口を開いた。
「まったく、本当に意地が悪いな。フェルみたいな奴にはもっと分かりやすく言えよ館長」
「……?」
顔を擡げる私に、溜息を吐いたユウヤくんは呆れるように頭を掻いてから、その指先を、ビシッ、と私の顔へと向けた。
「この図書館での仕事はただ一つ。―――お前みたいな馬鹿を救う正義の味方になることだ、フェル!」
「……え?」
「あえてこのクソ意地の悪い館長は説明を省いたが、まず、世界を生かす殺すとか言うような大仕事がお前みたいな見習いに回ってくる訳がないだろ。というか、万が一そんな大ポカしたとしても厳しい先輩司書やこの館長がすぐに修正する。後々お前に伸し掛かるのはきつーいお説教だけだ」
鼻先に届きそうな距離で指先を私に差し向けたまま、強風のような勢いでユウヤくんが続ける。
「はっきり言うぞ、フェル。―――お前や、お前の両親や、お前の兄のように。……望まない悲劇を阻止すること。一人でも多くの人の命を救う事。直接的、間接的であれ、俺たちの仕事とはただそれだけが目的だ。気負うな、己が神だと自惚れるな、俺たち司書はどこまで行ってもただの一人の人間で、他人様の命を掌握している訳じゃない。ただ、普通の人よりも人助けをする機会が多いだけの人間だ。いいな、フェル、特別になろうとはするな。お前はどこまで行ってもただの人間で、ちょっと抜けた美……少女にすぎない!」
美……少女、に引っかかりながらも、ユウヤくんの言葉は胸を強打するような衝撃が有って、私は息を飲んでいた。
「……ま、そういうことだよ」
肩を竦ませて見せてから、館長が細めた目を私とユウヤくんへと向けてくる。
「ボクたちは正義の味方である。誇りを持って従事してくれたまえ。君が頑張るだけ、誰かが救われるのだからね。―――さて」
パン、と柏手を響かせてから、館長がどっかりと椅子の背凭れに凭れ掛かる。
「ホルくん居るかな?」
ホルくん? と私が首を捻るのと、その人が現れるのは殆ど同時だった。
「ここに」
館長が座る椅子から斜め後方。身長の高い、モノクルを付けた男の人だった。
見た目はすごく温厚そうというか、微笑を湛えている表情からも優しさは伝わって来るんだけど……何故だか、そのモノクル越しの目からは彼の印象が伝わってこなかった。
「こちら、新人司書のフェルちゃん。印象解読持ちだから……そうだね、ジャンくんにお願いしようかな。とりあえず疲れてるだろうし、今日明日としっかり休んでもらって、明後日から入ってもらおう。諸々の手続きお願い」
「承りました」
まるで執事のように、柔和ながらもどことなく厳粛さを感じさせる所作で頭を下げてから、私へと微笑んでくる。
「どうも初めまして、ホルク・ブリューベルです。この図書館の副館長を任されています」
「あ、はい、初めまして、フェル……です。よろしくお願いします……」
昔からあんまり大人の男の人と接する機会が無かったせいだろう。私は少しだけ男性恐怖症だった。少年とか、ユウヤくんみたいな年頃の子は全然平気なんだけど……。
ちょっとだけ委縮してしまっているのもバレているだろうか。私をニコニコと目を細めて見ていたホルクさんが、そっと視線をユウヤくんへと向けた。
「カザリさんから乗り換えたんですか?」
「てめえ殺すぞ」
何かすごい物騒なやり取りが聞こえた。というかユウヤくんの表情と殺気がすごい事になってる。
「俺は時空を超えてカザリ一筋だ。浮気なんぞ間違ってもしねえ」
「……ふむ。残念です。少しは光明が見えたかと思ったんですがね。……僕と君が一緒になれる未来への一筋の光明が」
え、何この人、と思った次の瞬間には、ホルクさんの顔面にユウヤくんの両足が突き刺さっていた。
きりもみしながら数十メートル吹っ飛んで行くホルクさんがしこたま本棚に衝突。衝撃によって数十冊の本が落ちてくる……所を、起き上がったホルクさんが目にも留まらぬ速さで床に落ちる前に回収している。本当になんなんだろうあの人。
「駄目だよユウヤくん、館内での暴力行為は禁止」
「すまんな。口より先に手が出なかっただけ褒めてくれ」
「足ならセーフとか無いから」
溜息交じりの館長にはユウヤくんが小さく舌打ちしていた。館長に慣れ慣れしいとか副館長に暴力とか、ユウヤくんもユウヤくんで中々アレな人だ。
「中々素敵な人でしょう、彼?」
遠くの本棚にぶつかっていた筈のホルクさんが気付けば私の隣に居た。
ひっ、と思わず小さく悲鳴を漏らして一歩離れるけど、それに合わせるかのように一歩私に歩み寄り、そっと耳打ちしてくる。恐怖心が増した。
「……もしも彼の事が気になっているのなら、同盟を結びませんか?」
「ど、どうめい?」
「はい。打倒カザリさん同盟です。ユウヤくんも言っているように、彼はカザリさん一筋。彼の心を射止めるには、まずカザリさんを超えなければなりません。そこで同盟です」
「ど、どうめい……」
何となく言いたいことは分かったけど、色々とおかしい。
百歩譲って、このホルクさんがユウヤくんを好きというのも……あの見た目の可愛さからは仕方ないと思う。世間一般的には犯罪だと思うけど、見た目可愛いし、身体は女の子だし、自分の事男だと思ってる変な所も含めてユウヤくんは可愛いと思う。
でもどうして私までユウヤくんが好きって事になるんだろうか。
そりゃあ雰囲気はお兄ちゃんに似てるし、見た目可愛いし、何故だか頼りがいもあるけど……女の子だ。さすがの私も女の子を恋愛対象としては見る事は出来ない。あくまでも、家族に対する愛情というか、その類の「好き」だ。
「ねえユウヤくん。もしかしてなんだけど君、フェルちゃんにあの事言ってないの?」
「……そういや……言って、無かったか? 気付いてると思ってたが」
ボソボソと小声でユウヤくんと何かを話していた館長がこっちに振り向く。
「ホルくん、君のお宝写真見せてあげて」
「いかに館長と言えど、僕の大切な写真を他の人に見せるなどと―――」
「見せてあげて」
「はい」
副館長が館長のお尻に敷かれてるのがよく分かった。
仕方なくというか、なんかもう断腸の思いで震えながらホルクさんがポケットから何かを取り出す。それは写真だった。
「見るだけですよ。触らないでくださいね」
「……?」
見せてくる写真を覗き込む。その写真に写っていたのは二人の男性だ。
一人はホルクさん。ニコニコと笑みを浮かべている。見た目は今と変わりない。
そしてもう一人は、見た事の無い人だった。身長はホルクさんより少し低いくらいなので、私より十センチくらい背の高い人。中肉中背で、態度に不承不承っぷりが出てるけど、視線はしっかりカメラ目線。
その鋭い目つきを見て、私は何か、既視感のような物を感じた。
「……えっと」
この人が、どうかしたんだろうか。
不思議に顔を上げてホルクさんや館長を見ていると、いつの間にか近くにいたユウヤくんが写真を覗き込んでいた。
「……お前……こんな写真まだ持ってたのか」
「まだだなんて! ユウヤくんとのツーショット写真ですよ!? 普通に写真を撮る事すら許してくれない君とのツーショットなんて激レア中の激レア! それはもうダブルスーパーレアを飛び越えてのレジェンドレアですよ!!」
「時々お前が何言ってんのか分かんねえよ」
さりげなくユウヤくんが写真を奪おうとするのをホルクさんが死守。身を挺してでも写真を守ろうとする構えにユウヤくんが無言で近付いてるけど、今のやり取りを聞いた私の意識はそっちに向ける余裕が無かった。
ユウヤくんとのツーショット写真、と。ホルクさんは確かにそう言った。
そしてユウヤくんの言動からも、それを否定するような素振りは無かった。
つまり。
「ユウヤくん、今は呪いでこんな幼女になってるけど、元の姿は写真に写ってた方だよ」
私が真相に辿り着く前に、あっけらかんと館長が種明かししていた。
ああ確かに。あの鋭い目つきだけは、今の女の子なユウヤくんとそっくりだった。
成程、もしも写真の男の人とユウヤくんが親子だと言われたら信じるけど、同一人物だと言われるとそれもまた信じ……。
「信じられないよ!!?」
響き渡る大声にはユウヤくんとホルクさんも、近くに居た他の司書の人たちも驚いて固まった。
「えっ、ちょっと待って!? もっかい見せてくださいホルクさん!!」
ホルクさんの手から無理矢理写真を奪い取ってユウヤくんと見比べる。
赤い髪、鋭い目つき、不満そうな口元。身体つきは全然違うけど、それ以外の端々で共通点が感じられる。
間違いない。これは……。
「ユウヤくん、本当は……男の……大人の人?」
呆然としながら、ユウヤくんへと問いかける。
驚きから目を瞬かせていた彼は私の顔を見て、さも当然とばかりに頷いた。
「そうだぞ。本当の姿は、そこに写ってる男の大人の人だぞ、俺」
「―――」
肺に残った最後の空気を絞り出すような声が、私の喉から漏れる。
瞬時に思い浮かぶのは今回、あの寝台列車の旅でユウヤくんと出会った場面の数々。その全てにおいてユウヤくんは今のこの可愛い女の子な少年姿だったけど……本当は、この写真に写っている大人の男性姿だった?
色褪せない思い出となっていた筈の光景。
ユウヤくんと過ごしたその時々の場面。
その全てのユウヤくんの姿が、私の脳内でこの写真に写る大人の姿へと変換されていく。
一緒にご飯を食べた時も。
気遣って話しかけてくれた時も。
手を差し伸ばして、手を繋いでくれた時も。
私の前に新しい道を示してくれた時も。
一緒に、お風呂に入った時も。
一つのベッドで寝た時も。
「………………」
もはや思考は止まり、その大人の姿に変換された映像だけを私は見てゆく。
つい最近似たようなパノラマショーを見た事がある。
……まさか人生で二度も、死の間際のパノラマショーを観る事になるなんて夢にも思わなかった。
「……きゅぅ」
「フェル!?」
ユウヤくんやホルクさんが驚いて心配そうに駆け寄る光景を最後に、私の意識は奈落の底へと落ちて行った。
***
後日。
私は晴れて司書見習いとなり、この、『並列世界を管理する図書館』というとんでもない職場で働くこととなった。
バイトどころか、学生生活すらまともに出来ていなかった私にとっては緊張の連続でしかなかったけど、数日間も同じ場所で働いていると自然と緊張は解けていった。
何でこんなにも慣れるのが早いかと言えば、働いてる司書の人たち皆が皆個性豊かだから、だろう。
普通の図書館の仕事とそんなに変わらない「調整」司書は比較的まともな人も多い。けど、当たり前のように複数人に分裂する子が居たり、爆睡しながら浮かんで仕事してる人が居たり、見えない誰かと話をしながら仕事をしてる人が居たり、一言も喋らず目で追えない速度でペンを動かす人が居たりと、「まとも」でこの個性豊かっぷりだ。
ちょっと引っ込み思案で人見知りとか、非社交的である意味反社会的とか、そんなのが豆粒のように思えるくらいに個性の安売りが行われている。それがこの図書館だった。
「仕事は慣れてきましたかな?」
一冊一冊に振られている世界管理番号……を見て本の整理をしていると、声を掛けられる。
振り向いた先に居たのは優しそうなおじいさん司書。ジャンマリア・エビネ統轄司書長。副館長の次に偉い人で、私の仕事初日に色々とお世話になった人だ。
紳士的な見た目同様紳士的な人で、なぜかいつも肩に白い小鳥を一羽留まらせている。
「ジャンさん。……えっと、慣れたような、慣れないような……」
まだまだ手間取ることも多いし、失敗する事もある。その度に先輩司書の人やジャンさんに迷惑をかけてしまっている。
曖昧な私の返答にジャンさんは「はっはっは」と温和に笑って。
「まだまだ始めたばかり。ゆっくり慣れてゆくと良いですよ。……ねえカイワレ?」
肩の小鳥に呼びかけるジャンさんに応じるように、小鳥、カイワレが「ピヨッ」と鳴き声を上げる。
……ジャンさん、とっても良い人だし仕事も出来るんだけど、ネーミングセンスだけは最悪だと思う。
「ああ、ここに居たか、ジャン」
呼びかけられる声に私は思わず肩を跳ねさせる。
足音が聞こえてくる方に振り向くと、可愛らしい幼い女の子、ユウヤくんが歩み寄って来る所だった。
「フェルも一緒か。あれからどうだ? 仕事には慣れ……」
その目が私に向けられたところで、私は数歩、後ろに下がってしまっていた。
「……えーと。まだ俺に慣れてないな」
苦笑いを浮かべるユウヤくんに目を合わせることなく、自分でも失礼だと分かっている態度に謝罪する。
「……あ、う……。えっと、ご、ごめんね? まだ、心の整理が、ついてなくて……」
「いや、仕方ないと思うぞ。……ちょっとは俺もショックだが」
語尾は控えめに言って、ユウヤくんがジャンさんに仕事の話を始める。
……色々とあって魔法で幼女の姿になっているユウヤくんの本来の姿を知ってしまってから数日。
何度かユウヤくんやカザリさん、レディシアさんやユリアちゃんたちと遭遇する事もあったけど、未だにユウヤくんとは目を合わせることすら出来ないで居た。いい加減そろそろ気持ちの整理を付けないといけないと思いつつも、ユウヤくんの顔を見るたびに、列車の旅の中でのユウヤくんとの場面を思い出してしまう。
その思い出の全てにおいて、ユウヤくんの姿が今の女の子の姿ではなく、大人の男性姿で想像してしまうと、その度に私は地面に転がりながら見悶えしてしまっていた。
「……まあ、その、俺がはっきり言ってなかったのも悪かったが、そろそろ慣れてくれると嬉しいぞ……」
まさに見悶えている所を目撃したユウヤくんが頬を引きつらせて言う。
……ユウヤくんは命の恩人だし、私の進む道を照らしてくれた大恩人でもある。いつまでもこのままではいけないというのは、ちゃんと理解しているつもりなんだけど……。
「……」
「……」
じっと見つめ合うこと数秒が限界。
無意識のうちに本棚の影に隠れてしまっている私にユウヤくんが苦笑する。
「またいつでも家に遊びに来てくれよ。ユリアやアザミも喜ぶからな」
「……う、うん」
じゃあな、と手を振ってユウヤくんが去ってゆく。
その小さな背中をただ見送る事しか出来ないでいる私に、ジャンさんが徐に口を開いた。
「『あなた自身に立ち返れ、内なる人にこそ、真理は宿る』」
それはどこかで聞いたことのある言葉だった。振り向く私に、ジャンさんは微笑みながら。
「誰かに答えを求めても見つからないことだってあります。大切なのは、自分の中に答えがあると信じる事。すなわち、自信を持つ事です。その自信は勇気に変わり、勇気は人を成長させる。……自信を持ちなさいフェル。キミはもう、この図書館の司書で、魔法使いなんですから」
―――だってフェルは、魔法が使えるんだから。
ジャンさんの声に続いて、兄の言葉が脳裏に響く。この図書館にやって来てから、幾度となく思い返し聞いた言葉だった。
その言葉を聞くたびに胸の辺りが熱くなって、不思議と全身にその熱さが広がっていく。
これが自信であり、湧き上がる勇気なのだとすれば、私にとって兄の存在こそが道筋……真理なんだろう。
熱い胸を押さえる私に微笑んで頷き、ユウヤくんとは逆方向に去ってゆくジャンさんの背中に私は頭を下げる。それから、ユウヤくんが去っていった方へと駆け出した。
そして、もう少しで扉の奥へと消えようとしているユウヤくんを見つけて、その小さな背中に向かって思い切り叫ぶ。
「―――ユウヤくん!!」
「……あ?」
足を止めて不思議そうに振り返るユウヤくんに、私はその場に立ち止まって、数十メートルは離れている彼へと向かって、ずっと言いそびれていた言葉をぶつける。
「―――私と、お友達になってください!!」
久しぶりに……というか、ここまで直接的にこんなことを言ったのは多分これが初めてだ。
ユウヤくんにとっては私はどうしようもない子供でしかなくて、手のかかる新人の後輩でしかない。命の恩人でもあり、私の事を文字通り死の淵から引き上げてくれた大恩人だ。そんな人と、対等な関係を望むだなんて、もしかするとそれはとても不躾で、恩知らずな行為かもしれない。
断られたらどうしようと、頭の中が不安で一杯になる中、どうにかユウヤくんの目だけは見上げて返答を待った。
彼女は……彼は、問いかけに対して唖然とした顔のまま数秒程硬直してから。
「むしろ、今まで俺とお前の関係って何だったんだ、って気持ちなんだが……」
呆れるようにそう小さく零してから、ユウヤくんは微笑した。
「フェルステル……いや、フェルだったな」
フェルステル・ロイルは、遠い未来に還るあの世界に残してきた。今こうして、図書館司書として居る私はただの“フェル”。
“フェルステル・ロイル”の罪を背負い、司書として罰を受け続ける“フェル”だ。
一歩、二歩とゆっくり歩み寄って来るユウヤくんは、やがて私の数歩先でそっと細い手を擡げて。そして。
「―――俺からもお願いしよう。……俺と友達になってくれるか、フェル?」
差し伸べられる小さくて大きなその手に私は、一瞬の内に溢れだす歓喜に身を震わせ、目頭が熱くなるのを感じながら、一度だけ安堵の吐息を零した。
ずっと脳裏に纏わりついていた赤く歪な手のイメージも、今日ばかりは刹那たりとも思い返すことも無く。
……今はまだ、この先の未来はあの崖の上で見た暗闇のように見渡すことは出来ないけれど。
私は、あの美術館で観た、太陽に手を伸ばす女神の姿を思い浮かべながら。
真っ直ぐに手を伸ばして、彼のただただ華奢な手を、ぎゅっと、力強く握り締めた。
「―――よろしくお願いします!」
彼の笑顔と、脳裏の兄の笑顔を重ね合わせて。
きっと、この先にこそ求めているものがあるのだと、そう信じて。
***
以下あとがき
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!
当初はもっと一月くらいの間にぽんぽん投稿していくつもりだったんですが、どうしても書き直したい場所があって思いの外時間がかかってしまいました。もしかすると12枚の挿絵描くのより書き直しに時間かかったかも。
特に「その11」の後半部分、フェルステルと祖父母のシーンは熱出るくらい悩みました。
ああいう感動シーンはどう表現すればいいのかさっぱりわからない。
とりあえずフェルステルになりきって号泣しながら書いてみれば、読み返した時に滅茶苦茶で訳の分からない文章になってるし。
それを分かるように、必要な情報を表現して行けば長ったらしいというか事務的な文章になるし。
読みやすさを意識して書き直せば何言ってんだか分かんなくなるし。
そんなこんなと何度も書き直しをしてしまうと読むたびに文章から受ける印象が変わってしまうしと。
それはもう完全に泥沼に嵌ってました。
最終的にああなりましたが、もしかするとしばらくしてから読み直して書き直したりするかも。(抜け出せてない
また、今回のはあくまでも例外的な小説なので、次に小説書く事があるとしてもしばらくはないです。……自分が二人か三人くらい居たら漫画と小説両方やりたいんだけれども。
やっぱり今回小説書いてて思ったけど、「世界を作ってそこにキャラクターを投入」、「その子達が色々してくれる」というのは本当に楽しい。
書きながら「ああそうなるんだ」というキャラクターの意外性を見つけた時が創作の一番の楽しさポイントだと思うんだ。
そういうのがある分ぶっちゃけ漫画より小説書く方が好きです。勿論漫画は漫画でしっかり絵に出来るという嬉しさはあるけれども、一場面を作るのに時間がかかりすぎるのが難点。その辺もAIがより発展すれば色々変化していくのかな。
というわけで小説、司書フェルステル・ロイルでした。
漫画の方も、15話でちらっとフェルも登場予定です。まだしばらく先ですがここまで読んでくださった方はぜひお楽しみに。
また、全体を通して「ここどういう意味?」とか「こういう風にしては?」とか「ここ誤字!」とかあれば報告頂けると喜びます。
それでは改めましてここまでありがとうございました。
また次回の更新で。
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