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大晦日。


オレは大学の構内で、恋人の雄二(ゆうじ)を呼び止めた。


彼は、オレとは相容れないであろうとっても陽気な男女グループに和気あいあいと囲まれ、どこかへ行こうとしているところだった。


「雄二、ちょっと待てよ。今日、どうすんの?」


「はあ? どうすんのって何がぁ?」


オレの声に振り返った雄二が、面倒くさそうな声を出す。


スラッとした高身長、無造作に流した茶髪に、整った眉目。

どこぞのショップで買った洒落た服を着こなして、どこからどうみても「勝ち組」の容姿をしている雄二。


「今日、お前何時に帰ってくんの」


そんな雄二とオレは、田舎から都会へ進学のために共に上京した幼馴染だ。

かつ、高校時代からの恋人同士であり、上京してからは狭いアパートで同棲している間柄でもある。


だけど……雄二は大学デビュー出来たのがよっぽど楽しいみたいで、ここ半年というもの、オレの知らないサークルに入ってはパリピで陽キャな仲間たちとつるむようになった。


オレはどっちかというと物静かなタチで、まだ東京はおろか大学にすら馴染めていないって言うのに…。


「今日、サークルで年越しパーティやんだってよ。だから帰りの時間とかわかんね」


飄々と、当然とばかりに雄二は言った。

それはつまり、オレと過ごす予定は、雄二の中には無いってことだ。


オレは思わず、うつむいて押し黙ってしまう。


「あー……なんだったら、お前も行く?」


そんなオレを見かねた、一応の誘いが胸を突き刺した。


オレは、年越しパーティに行きたいわけじゃない。


ただ、恋人と大晦日を過ごしたかっただけだ…。


「先輩がすげー会場予約してくれてんの。ほら、渋谷の一一一一」


「そんなの行くわけないだろ…!」


雄二の言葉を遮って、思わず大声を出してしまった。

周りがざわつき、雄二も驚いたようにオレを眺める。


「お前さ、いったいどういうつもりだよ…! 毎日毎日遊び歩いてさ……! 大晦日くらい、一緒にいたいって気持ち、ないのかよ……っ」


そんなオレの感情の発露に、雄二は後ろ頭をぽりぽりと掻くだけ。

バツの悪そうな顔をしながらも何も言わない。


オレは、そんな雄二の態度に心の奥がすーっと冷えていくのを感じた。


「もういい……。パーティでもなんでも、勝手にしろよな……!」


雄二の隣を早足ですり抜けて、オレは大学を出た。


逃げるみたいにそのままアパートまで帰り着くと、頭から布団をかぶった。


少しでもこの苛立ちが消えるように……。




目が醒めると、とっくに日が暮れていた。


あと数時間で、新年あけましておめでとうだ。

ぼんやりとスマホに手を伸ばす。雄二からの連絡は無い。

「当たり前か……」

呟くと空腹に気が付いた。


のろのろと布団から出て冷蔵庫の中を見ると、ほとんど何にもなかった。

半分の玉ねぎとじゃがいも、数本残ったにんじんといった、使いきれなかった野菜たち。

そして、ずっと前から入れっぱなしのカレー粉があるだけ……。


カレーは、雄二の大好物だ。


大体オレ達はお金に余裕があるわけでもないので(だから一緒に住んでるのもある)、以前はよくカレーを作っては数日をそれで乗り越えることも多かった。




――――――なぁ、腹減ったぁ。なんか作ってくれん?


バイトから帰ってきた雄二がそう言う。


オレは仕方ない風を装い、雄二に告げる。


「ったく、しょうがないなあ……カレーでいいか?」


すると決まって、雄二は目を輝かせてオレの方へ寄って来る。


「やった! 良いに決まってるって!」


そしてカレーのルーをかき混ぜるオレの隣で、クンクンと匂いを嗅ぎながら幸せそうな顔をするのだ。


「あ~~~やっぱカレーしか勝たんよなあ~~~。なっ、早く、早くよそって!」


まるで子供みたいにはしゃぐ雄二。


大人びた顔が一気に子どもっぽくなる、その無邪気な笑顔がオレは大好きだった。





「…………いてっ」


野菜を切る手に痛みが走った。人差し指に、赤い線が生まれていた。


「……っ」


バカだ。雄二のことを思い出して、包丁で指を切るなんて……。


切った人差し指を口に咥える。……血の味。


キッチンの背後の部屋から、テレビの音が聞こえてくる。


沈黙が嫌で点けた画面の向こうに、大晦日でにぎわう神社や、街の様子が流れている。


みんな、白い息を吐きながら、それでも一年の最後を大切に過ごそうとしている。


それなのに……。


オレは……。


「…………」


二人で憧れた、同じ都会にいるのに。


雄二は、今どこで何をしているんだろう。




そのままカレーを作り続けていると、スマホが鳴った。


「…っ!」


もしかして……雄二?


急いで確認すると、地元の友人たちからのLINEだった。


同じ高校だった奴ら。地元の居酒屋に集まって、みんなで乾杯している写真の下にメッセージ。


『雄二と二人で、東京で頑張ってるか~!? また帰ってきたら遊ぼうぜ~!』


上京してから一度も会っていない、懐かしい友人たち。


その笑顔と言葉に、ふっと力が抜ける。


彼らの中では、オレと雄二は今も変わらずに、強い絆で結ばれた幼馴染なのだろう。


「…………」


本当なら、雄二と二人の写真を送り返すのが定石なのだろう。


だが、今ここに雄二はいない。今ここにあるのは……。


すでにルーを入れて、もうすぐ完成するカレーの鍋。


「はは……。カレーしか撮るもの無いわ……」


自嘲しながらそれを写真に撮って、「雄二は今いないけど、こっちもなんとかやってるよ」とメッセージを付けて返信した。


そのままスマホを布団に投げて、オレは床に座り込む。


もう立っていたくなかった。


今日は、大晦日。


去年の今頃は、雄二と必死に受験勉強をしていた。


二人で念願の大学へ入ろう。そう強く決めていた。


オレはゲームデザイナー。雄二はファッションデザイナー。


地元には、二人の希望する職種の働き口は無かった。


それに、色々な人が住む都会に出てくれば…………オレたちの日陰の関係も、もう少しオープンに出来るんじゃないかと期待したからだ。


こそこそと隠れて互いの想いを確かめ合う、そんな窮屈さから脱せるかもしれない都会は、オレ達二人にとってこれ以上ないくらいの楽園に見えたんだ。


でも。


今、雄二はオレのそばにはいない。


どうしてか。そんなことはわかっている。


なぜなのかを、オレが一番にわかっている……。


「ピーッ」


どれだけの時間、考え込んでしまっていたんだろう。


鍋が熱されすぎて、中身が噴きこぼれていた。


「あっ……」


オレは慌てて立ち上がり、鍋の中のカレーをかき混ぜる。


もう少しで焦がすところだった。焦がしていたら、雄二に文句を言われてしまう。


「って……雄二が食べるわけじゃないのに」


そう。


今日、恐らく雄二は帰ってこないだろう。


あんな風に別れたんだ。きっと今夜はどこかで夜通し遊んでくるだろう。


もしかしたら、今夜どころか、しばらく帰って来ないのではないか。


もう、あいつの中ではオレのことなんかどうでもいいのかもしれない。


だって雄二は、恋人と過ごす大晦日より、大学の人間関係を優先したんだから。


立ち去るオレを、追いかけることもしなかったんだから。


そう、そうだよ。


雄二の中ではもう、オレなんて、ウザったいだけの存在なのかもしれない……。


「…………………………………っ」


思わず、手で顔を覆う。


右手の薬指に嵌めたリングがまぶたを撫でた。


これは、高校最後のクリスマスに雄二がプレゼントしてくれたペアリングだ。


上京してから、堂々と2人で付けることが出来て、とても嬉しかったっけ……。


「………………」


飾り気の無い、高価でもない、でもセンスの良い銀の指輪を眺める。


色んな店を回って、雄二が必死に探したこだわりの品だ。


ものすごく時間をかけて、真剣にショーケースの中を睨んで選んでいた雄二の横顔を思い出す。


将来ファッションの仕事に就きたいだけあって、妥協はしたくないって言ってた。


その気持ちを純粋にカッコイイと思ったから、オレもリング選びに付き合ったっけ…。


雄二の指にも、このリングは嵌っているはずだ。


今でも、変わらずに………。


「………あぁ………」


そうか……。


気づいてしまった。


オレは………。


「雄二のこと……怒れない……」


だって。


どう考えても、悪いのは。


「……………オレじゃないか………………っ」




雄二とオレは、今までずっと一緒だった。

幼稚園も、小学校も、中学校も、高校も。


オレがクラスメイト達に、ナヨナヨした根暗だとイジメられた時も。


上京して進学するために、厳格な両親を説得する時も。


あいつは、いつもオレのことを助けて、支えてくれた。


それどころか、オレが玉砕覚悟で告白したあの時さえ……照れ臭そうに笑って、オレの気持ちを受け入れてくれたんじゃないか。


「う…………っ」


そうしてずっと、ずっとオレのそばにいてくれた雄二が、新しい世界で、新しい人間関係を築いて……そして、新しい自分を見つけた。


それは……この上なく自然なことだ。


もともとファッションが大好きで、流行やキラキラしたものに興味がある雄二が、田舎では得られなかった新鮮で最先端の楽しみにやっと触れられたんだ。


それを、疎ましく思う、オレが…………。


「うっ、ううぅっ、うぐ……っ」


オレこそが、あまりに卑しい人間なんじゃないか……っ。


「うっうっうっうっぅうぅ……っ!」


カレーの鍋に、涙が落ちると分かっていた。


でも、拭っても拭っても、自分勝手な涙があふれ出てきて、止まらない。


「雄二…っ、ごめん、ごめん……っ!」


ここで謝ったって届くはずがない。それでも言葉に蓋が出来なかった。


「オレ、自分の気持ちばっかりで……っ! 雄二の幸せを、考えてなくて…っ」


お玉を握りしめながら。


「それでも、それなのに、オレ……っ」


天井を向いて、泣き叫ぶ。


「うっ、うううっ、うぐっ、うぁあぁぁぁ……っ!」


愚かなのは自分なのに。


それでも、このまま雄二と喧嘩したままなんて………。


嫌だ……。


そう思った瞬間、玄関の扉が勢いよく開かれた。


「はあっ、はあっ、はぁっ……あー、しんど……」


そのまま室内に入ってきた大きな体躯が、肩で盛大に息をする。


「はぁっ、はぁっ、こら恭一(きょういち)……壁薄いんやから、外まで泣いてる声、丸聞こえやぞ」


「ゆ、雄二…………!?」


それはオレが会いたくてたまらなかった、たった一人の姿…。


「な、なんで……? てっきり今日は帰ってこないと……」


走って帰って来たのか、雄二はこの寒いのにうっすらと汗までかいている。


そしてマフラーとコートを乱雑に脱ぎ捨てると、わざとらしく大きなため息をついた。


「はあ~~、ほんまやったら、今頃先輩にファッション関係の知り合い紹介して貰って、そこから色んな話聞けたとこやってんけどなあ~~~~」


腕組みをして、ジロリとオレを睨む雄二。

オレはどうすればいいか分からないのと、泣いていた気恥ずかしさで何も言えずオロオロする。


「これ、写真、俺んとこに送られてきよった」


そう言って差し出されたスマホには、オレがさっき地元の友人たちに送り返した……カレーの写真。

ただ、添えられているメッセージがオレの時と違う。



『二人もカレーも熱々ってか~!(笑) 雄二、ええ嫁さんとお幸せに~! ついでによいお年を!』



「あいつら…………」


どうやら地元の友人たちが、オレが送った写真を、さらに雄二に転送したらしい。

そうか、雄二がまだ帰ってないってメッセージに書いたから……。


「こんなメール貰ったら、帰らなしゃあないやろ……」


二人っきりの時だけ使う、オレ達の地元の方言で、雄二がゆっくり話し出した。


「あんなぁ、恭一……。俺かて、お前のことほったらかしてすまんと思っとんのや」


真っ赤な鼻と頬が、外の寒さを物語っていた。


「でもな、俺ら、東京まで来たのには理由があるやんか。お前も俺も、地元では叶えられへんかった夢をここで叶えるんやなかったんか」


真摯な声音だった。


「うん……。それは…わかってる」

オレはただ、まっすぐ目を見て頷く。


「俺が服飾サークルに入ったのは、夢のための勉強と、少しでもツテを手に入れるためや。そんなん言わんでもわかってると思ってたオレも悪いんかもしれんけど…………」


「ち、違うよ……! 雄二の言うことは、もっともで……。オレが、自分のことしか考えてへんかった……!」


雄二の言葉を聞いて、雄二の本当の気持ちを知れて、次は悲しみじゃない涙がこぼれそうだった。


「ごめん、オレ、情けない………。夢のこと、忘れたわけちゃうけど……でも、でもな……」


愛情って、厄介だ。


与えているかよりも、与えられているかどうかに過敏になってしまう。


自分勝手だとわかってるけど。

今の気持ちを、伝えたい。

オレから雄二に、ちゃんと。


「オレ、それ以上に、雄二のこと……めっちゃ、好きや…………!」 


まっすぐ目を見て。


「わがままってわかってても、他の奴らとつるんでたらしんどくなるくらい、雄二が好きやねん…………!」


「恭一………」


「せやから、もっと一緒にいたくて……おわっ!?」


唐突に、ガバッと正面から抱きしめられた。


「アホかぁ……。俺かって、恭一のこと…………スキに決まってるやんか……!」


背中を抱えこんでくる大きな腕の強さと、耳元でする声の暖かさ。


二つが混ざり合って、ああ、幸せだと思う。


「こうやって正直に言うたらよかったんやなあ……。ほんまアホやなぁ、俺ら二人とも……」


「雄二……っ」


嬉しい……。

オレも両腕で雄二の身体を強く抱きしめ返した。


『いよいよ新年まで、あと10秒になりました! みなさん、準備はいいですか~?』


テレビ画面の向こうでは、アナウンサーによる、新年のカウントダウンが始まる。


外にいても、室内にいても、誰といても。


きっと誰もが、新しい年を迎えるその瞬間を大切に過ごしたいと思っている。


「おっ、間に合ったな……このために走って帰ってきたんやからな」


そう言って雄二が、悪戯っぽくニヤリと笑う。


何のことか分からないでいると、抱きしめられたまま……雄二の端正な顔が近づいてきた。


「ん……っ」


カウントダウンが、ゼロになる。


『今、日付が変わりました! みなさま、新年明けましておめでとうございます!!』


目を閉じているので、アナウンサーの声だけが聞こえる。


オレ達は、新年を迎えた。


愛する人と、深く、口付けながら―――――。







「ほな、恭一、早くカレーよそって♪ さっきから美味そうな匂いしてたまらんわ」


「はいはい。雄二はほんま、カレー好きやなぁ。じゃあお皿だして?」


「って、これ肉入ってへんやん!」


「だって、余りもんで作ったから……あかん?」


「まあええよ。お前が作ったんやったら、野菜カレーでも、ほら、アレやん……愛情たっぷりなんやろ?」


「さっむ……そんなんよう言えるわ……」


「ええやんけ! 二人で上京した理由、夢のため以外にもう一個あんの忘れたんか?」


「え……そんなんあったっけ??」


「アホ! 俺らが思う存分イチャつくためやろがい! こうやってな…! そりゃっ!」


「あはははっ! わーっ! ちょっと待って! 変なとこ触るな、くすぐるな~っ!」


「ほんまはええんやろ~? うへへ、寒くてカチカチになっとるココもあっためてくれや~」


「そ、そこは、すでに熱いし、硬すぎ……っ! ああもうっ! か、カレー食べてから……な……?」


「よっしゃあ! あ~~、今日のカレー、最っ高に美味いわ~!!!」




END


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