基本的小人権(裏」 (Pixiv Fanbox)
Published:
2020-01-22 07:44:32
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2026-06
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約80年前。
我々人間の世界に巨人が現れた。
巨人どもはそこで生活していた我々に対して一方的に攻撃を仕掛けてきた。
我々も負けずと応戦するも、100倍という圧倒的な体格差のもとに敗北。 奴隷として一族全員捕まってしまったのだった。
約30年前、平等を謳う巨人が我々の人権について考え出した。 しかし、蓋を開けてみると基本的小人権と命名されたそれは、あまりにも酷い有様だった。
人間を踏み潰した巨人はその遺族に対して1万円を支払う、というのだ。
巨人にとって1万円など1日や2日で稼げるはした金である。
人間の命は1日の労働と同じ扱いだったのだ。
さらに、この規定さえ言葉だけのものだった。
殺された者がどこの誰か、これが、はっきりと証明されなければ、この慰謝料は支払われないと定められた。
しかし、巨人に踏まれた人間は、今まで生きていたとは到底思えないほどにぐちゃぐちゃの肉片へと変貌する。
顔はおろか骨まで区砕けて、これがまさか人間だっただなんて思えないほどだった。
俺も何度かその光景を見たことがあったが、見るに耐えないおぞましいものだった。
肉片の一部は巨人の足の裏にくっついて、足をつけるたびに地面に赤い印が残された。
そんな状態で人物を特定して証明しろだなんて、不可能に近い。
さらに、後片付けは基本的に人間の仕事。 巨人では細かいところを綺麗に出来ないからとの事だが、めちゃめちゃに潰された仲間を片付けるのは何度やっても慣れることはなかった。
巨人の罪の99.9%以上は無罪放免と言っても良いだろう。 目撃者として人間が証言しても、慰謝料を貰いたいが為にそう言っていると判断され、聞き入れては貰えない。
たとえ個人を証明する物を持っていたとしても、慰謝料欲しさに後から付け加えた物だと言われる始末。
所詮人間に人権など与えられてはいなかった。
学校も、100人入学したら1人卒業するのが良いところ。
皆、学校生活を過ごすうちに死ぬのだ。
その大半は行方不明で処理される。言い逃れ出来ない事故に関しては人間が圧死したという扱いを受けるが、結局は誰かを特定出来ないため、死んだと思われる人自体は同じく行方不明で処理される。
毎月何度もクラス替えが行われる。
人間の数が少なくなったところに加える為だ。
巨人の教師は生徒が人間を踏み潰すと、叱りはするが、本人もまた何十人、何百人と人間の生徒を踏み潰していた。
そんな状態なのに、なぜ人間は抵抗しないのか。 それはもはや人類に抵抗する余力もないからだ。
街並みは巨人の為に作り変えられ、技術は取られ、資源も食い潰されてきた。
食事ですら巨人が残した残飯を食べさせられた。
エコの為らしいが、その残飯には悪戯として唾や鼻くそが混入されていることもザラにある。
しかしそれでも人間には抵抗する余地もなかった。 それほどまでに巨人に搾取されてしまったのだ。
そして今日もまた、巨人は人間を踏み潰した。
「はぁ、また先生に怒られたよ。 あのゴリラめ、うぜぇ」
赤髪の巨人が不満そうな表情をしていた。
低く放たれたその声は、まるで地鳴りのように反射していく。
巨人の機嫌一つで命が左右される死の世界で生きている俺は、たったそれだけで心拍が高まった。
「そりゃ体育の時間に小人を踏み潰しちゃうからでしょ」
そう。 やつは俺の友人を2人、踏み潰したのだ。 柔道の練習試合をしてる中、ドシンドシンと地震を起こされ、転倒し、転げ回ったところを思い切り踏み潰されたのだ。
その赤髪の巨人は踏み潰したと同時に体制を崩して投げ飛ばされていた。
投げ飛ばされる際に見えたやつの足裏には友人だった肉片と血がこびり付いていたのを思い出す。
だが、赤髪の巨人は1人しか踏み潰していないと主張している。
俺ははっきりとこの目で見た。
友人2人が奴の足の下に消えて行く姿を。
そもそも柔道の練習試合を1人でやっているはずがない。 そう主張したかったが、結局事故は1人死亡で処理された。 その後俺の友人2人が原因不明の行方不明として名前が抹消されてしまった。
「俺のせいじゃねぇよ。 せっかく柔道の試合に勝てそうだったのに。 小人踏んづけたせいでヌメってバランス崩して負けたんだぞ」
人間を殺した事すら人間のせいにする。 巨人を救いようがないのはそこだ。
巨人同士での殺人が行われると、狂人だ、頭がイかれている。 そう騒がれて何年も刑務所にぶち込まれる。
その一方で、我々人間を殺すのはなんとも思わないのだ。
巨人と人間の命はなにが違うのか。 ただ身体の大きさが違うだけ。 命の重さは変わらないのに。
「ちゃんと足元見ないと」
茶髪の巨人はまだまともだ。
執拗なまでに足元を確認しながら歩行する。 今月2人の人を踏み潰したが、それも赤髪の巨人が飛びついてきて体制を崩したからだった。
人間の命に価値を見出しているとは到底思えないが、比較的まともな感覚を持っているのだろう。
巨人たちを見上げながらしみじみと思いを巡らせていたら、赤髪の巨人がズズッと立ち上がった。
「おい! 小人ども!」
世界がビリビリと振動する。 地響きのような重低音が鳴り響く。 まるで心臓を握り締められているかのような感覚に陥る。
「お前らがトロいから俺が怒られたんだぞ!! 踏んだ俺らより呑気に踏まれるお前らの方が悪いのに!! 今度からは踏まれないように俺が鍛えてやる!!」
イかれてる。
どうしてこんな奴が生きて、優しかった友人が死なねばならなかったのか。
こんなのイかれてる。
俺は一目散に駆けだした。 周りの人間はまだ状況が掴めていないのか。 恐怖に怯えているのか。 ただただ呆然と上を見上げていた。
「今から俺がこの教室内を歩き回る。 お前らは潰されないように逃げ回る。 良いな? これはあくまでお前らのためにやるんだ。 先生にチクったりしたらそいつを必ず見つけて踏みつけてやるからな?」
ようやくこの危険さに気がついたのか、人々が一斉に慌ただしく駆けだした。
危険察知能力のない者は殺される危険な世。
「いいね〜、みんなやる気満々だな。 こうでなくっちゃな!」
殺してやりたい。 殺したい。
強い殺意を押し込んで、俺は走り続ける。
誰よりも遠くに。 誰よりも早く。
死にたくない。 ひき肉になるのはごめんだ。
ドスンという衝撃とともに、巨大な縦揺れが引き起こった。
俺は足が取られて転倒する。
巨人が思い切り足をつけたのだろう。 そんなことは分かっているが、無力な人間には対処のしようもないのだ。
「あっぶねぇなぁ! 分かった。 お前ら本当にトロすぎなんだわ。 これから30分休みは毎日俺が稽古つけてやるからな。 お前ら覚悟しとけよ?」
え、もう終わった?
なぜ?
まだ心臓が激しくなりうつ。
手足が震える。
呼吸が荒い。
誰も被害に遭わなかった。 これは奇跡だ。
巨人の気まぐれで人間が命の危険に晒されて、巨人の気まぐれで人間が助かった。
憎しみ、憎悪、巨人に対するそれらの感情が増幅するも、安堵を覚えないわけがない。
そんな我々を馬鹿にした表情で見下ろす赤髪の巨人は、恐怖に失禁した者を笑っていた。
これが人間と巨人の差か。
神は人間のどんな願いすらも叶えてはくれない。 人間に神などいないのだ。
全ては巨人。 巨人の支配から逃れる術はなかった。
悔しい、いくら悔しがっても変わらない事が分かっているがそれがまた悔しいのだ。
満足したのかその日の赤髪の巨人は大人しく過ごし、下校していった。
我々人間は巨人とは下校時間をズラすのが普通だ。 一緒の時間に帰るとぞろぞろと歩く巨人に踏み潰されるリスクが高いからだ。
巨人がある程度居なくなったのを確認してから下校する。
帰りの道も安全な場所などないが、今は安堵の時間だ。
人間同士の会話も心なしか柔らかく聞こえる。 緊張が解けた。 そんな感じだ。
しかし、今日に限っては皆騒がしかった。
赤髪の巨人について。
明日から特訓をすると言っていた。 本当にやるのか。 俺らはそんなやつの遊びの為に殺されるのか。 そんな恐怖からだった。
いくら話したところで分からない。 そんなことみんな分かっている。 巨人の気まぐれ次第だと分かっている。 分かっているが、この不安を吐き出さずにはいられないのだ。
明日死ぬかもしれない。
こう言ってる俺だって、心拍数が収まらない。
学校になんて行きたくない。 死にたい。 けど殺されたくない。
どうしようもないままに、俺は帰路に着いたのだった。
人生でトップクラスだったと思う。 こんなに足が身体が重いと感じたのは。
狂人の赤髪の巨人の遊びに付き合わされるのかと思うと、足が進まない。
しかし今日も監獄へとやってきた。まだ太陽も出ないうちに家を出て、朝日とともに到着する。
当然、巨人と時間をズラす事が目的だ。
席に座って大人しくしていると、ズシンズシンという地響きが聞こえてきはじめた。
巨人の歩行音である。
巨人にとってはただ歩いているだけなのだろうが、俺にとっては心臓を締め付けられるような嫌な振動だった。
そのうちに俺の近くにドスンドスンと巨大な足が降り注ぎ始めた。
「おはよう」
「おはよう」
ビクビクしている俺に見向きもせずに、巨人たちは楽しそうだ。
時間になって教科書を開いたが、授業の内容も何も頭に入ってこない。 寝ているのか起きているのか。 俺ですら分からない。
身体が重い。 なのに、魂は浮いてしまいそうな感覚だ。
そんな事をしていたら、ノートに何も書くこともなくチャイムがなってしまった。
もういい。 だって今日で死ぬかもしれないのだから。 勉強なんてしたってしょうがないじゃないか。
俺は両足を地に付けてスクッと立ち上がった。
あのチャイムは終わりのチャイムではない。
地獄の時間の始まりだ。
「さーて、特訓の時間が始まったな! みんな準備は良いだろうな?」
ほら来た。 赤髪の巨人は忘れてはいなかった。 俺は振り返る事もなく足を動かした。 少しでも遠く、少しでも早く。
休憩時間で歩き回る巨人の足の間を縫うように走った。
これらの巨人に踏まれるリスクも十分にある。 が、あの赤髪の巨人がなによりも怖い。
助けて。 助けて助けて助けて。
無我夢中で逃げ惑う。 あいつに踏み潰されるのは御免だ。
そう思った時だった。
ズドンという音と共に、俺の視界は灰色に染まった。 俺は一瞬でそれがなんなのか把握できた。 巨人の上履きだ。 目の前に何者かの巨人が足を振り下ろしたというわけだ。
しかし、俺の勢いは止まれない。 そのままの勢いでその巨大な壁へと激突したのだった。
「あ、ごめんごめん。 気が付かなかったよ。 痛かったかい?」
俺はあまりの衝撃にクラクラし、意識が朦朧としながら上を見上げた。 聞き慣れた声だ。
「君たちも大変だよね。 焔は悪い子じゃないんだけど」
茶髪の巨人だ。 茶髪の巨人が優しそうな瞳でこちらを見下ろしていたのだ。
ゆっくりと目線を下げると、目の前に鎮座するとてつもなく巨大な壁が、茶髪の巨人の頭と繋がっている事がわかる。
「君も焔に踏み潰されるのは嫌だろう? 僕が匿ってあげるよ」
願っても無いことだった。 彼はこの俺を救ってくれるというのか。 なんて運が良いのだろうか。 俺は自然と涙が溢れでた。
「ほら、手に乗って」
俺は言われるがままに手に乗った。 自分の身長ほどもある太い彼の指に必死にしがみついて。 茶髪の巨人はスラッとしていて指も長い。 遠くから見ると綺麗な手だが、これだけ近くで見ると分厚い皮膚にシワが目立つ。 太過ぎる指や手の指紋がウネウネとして気持ち悪い。 手のひらからは鉛筆の匂いがほのかに漂ってきた。
茶髪の巨人は俺が手のひらに乗っかったのを確認すると、嬉しそうににっこりと笑顔を見せてくれた。
こんなに優しい巨人が存在するなんて…
そう思った時だった。
俺のいる地面、つまりは茶髪の巨人の手のひらが傾いた。
「え!? え!?」
俺は足が取られてゴロゴロと転がり落ちてしまった。
薄暗い空間…
俺は何が起こったのかわけが分からないまま、息を吸って…… そして絶句した。
「おえぇ!!」
鼻を針で刺されたかのようなツンとした臭い。 肺が腐り落ちてしまいそうな熱気と異臭。
思わず悶絶し、むせ込んでしまった。
しかし、むせればむせるほど、激臭の気体を吸い込んでしまう。
頭が痛み、めまいがして、俺は膝をついた。
「あ…… ごめん、ちょっと臭うかな……?」
顔を上げると顔を少し赤らめながら恥ずかしそうに笑い、見下ろす茶髪の巨人の姿があった。
ちょっとどころではない。 まるで毒ガスを吸ったような感覚だ。
「君を守りたくて…… 僕の上履きの中なんだけど、そこなら焔に踏まれる事ないかなって…… 迷惑だったかな?」
なんだか泣きそうなうるうるとしながら見つめてくる茶髪の巨人。 なんて可愛らしい子犬のような目なんだ……。 俺は迷惑だなんて言えなかった。たしかにここならば赤髪の巨人の脅威にさらされることはなかろうが……
「そ、そんなことは…… え、えっと…… ありがとう」
答えを聞くや、彼はにっこりと笑顔になった。 巨人を可愛いと思うだなんて。 俺も焼きが回ったものだ。
しかし、なんて臭いだ。 これが彼の足の臭いだというのか。 まさに鼻がもげそうだ。 ここが彼の上履きだなんて、そんな現実は受け入れられない。
辺りを見渡すと、地面は薄暗いグレーであった。
所々黒ずんでいる。 あまりにも広くて始め分からなかったが、確かに足の形に黒ずみやクレーターが出来ていた。
彼の全体重で踏まれ続けた上履き。中敷が彼の指を模るように凹み黒ずんでいる。
流石のスケールに俺は冷や汗をかいた。
俺が乗ったってビクともしない頑丈な地面が、彼の体重でここまで潰されたという事だ。 奴らは指一本ですら俺の体よりもずっと大きい。 実際、指の跡を観察してみたが、俺の身体では全く隠れないほどに大きく、大量の足汗が染みていた。
「そりゃ簡単に潰されるよなぁ…」
人間が巨人に敵わないのも納得出来る。 この地面は彼がただ履き潰しただけなのだ。
彼自身、なんの意識もなく、ただ体重がのしかかっていただけ。
巨人の体重はあまりにも重い……
外ではドシンドシンと地響きが鳴り続けている。 まだあの赤髪の巨人が歩き回っているのだろう。 人々の悲鳴が聞こえてくる。 何人の人が犠牲になったのだろうか。 この中からでは何も見えやしない。
とにかく、俺は安全性が確保出来た。 別の意味で倒れそうだが、命だけは助かる。
そう思っていた時だった。
ズズズッと辺り一面が暗くなった。
朦朧とする意識の中、上を見上げてみた。
「え、、、?」
俺は思ってもみなかった。 そんなことが起きるだなんて。
俺の視界に入ってきたのは、黒ずんだ巨大な…… 巨人の足だった。
「うそ…だろ…?」
自分の何十倍も大きな足の指。 白く美しい土踏まず。 ホコリやら何やらがこびり付いた足の裏。 それが今にも覆い被さろうと落ちてきたのだ。
そんな…… これは茶髪の巨人の足……? 彼は俺を靴に保護した事を忘れてしまったのか……?
俺は呆然と眺めることしかできなかった。
どんどんと近づいてくる形の美しい彼の足。 近づいてくるごとに更に臭いが強まり、熱気が伝わってきた。
あぁ、俺は死ぬんだな。 彼に忘れ去られて。
自然と涙が溢れでる。 滝のようにダバダバと。
人生ってなんだろう。と考える暇すらなく俺は巨大な指先に追突され、パチンコ玉のごとく吹き飛んだ。 十数メートルは飛ばされただろうか。 倒れた俺の上を素通りしていく彼の足指。 痛みでもう俺の力では動けない。
ズンッと上から押さえつけられた。 何も見えない、苦しい…… が、何故か生きている。
俺は彼の体重で踏まれたらひとたまりもないはずなのに……
そうか、ここは彼の足指の間……
九死に一生を得るとはこの事だ。 巨人の足の下で生きているだなんて奇跡としか言いようがない。
だが、それはむしろ生き地獄の始まりだった。 死んだ方がマシだと。 俺はそう強く願う事となる。
彼の足指と中敷の間で締め付けられる俺。 生かしも殺しもしない重量でのしかかられ続けて、呼吸もままならない。
彼の足から放たれる熱気はすぐにその場をサウナのように暑くさせた。
そして彼の足から放たれる大量の汗がベタベタと身体にまとわりつき、強烈な異臭を放ちヌメヌメとしてきた。
先程とは比べものにならないほどの臭い。 上履きをまさか素足で履いているなんて……
俺の意識は遠くなっていく。
これが死ぬということか。
これが……
コンコンコン。
何かを叩く音で俺は目を覚ました。
俺はまだ死ねなかったようだ。
強烈な臭いでガンガンと痛む頭を抱えながら起き上がった。
ここはどこだ?
辺りを見渡した俺はその光景にギョッとした。
痩せ細り、骨が出て、まるでミイラのようになった人達が心配そうに俺を覗き込んでいたのだ。
生きているのも不思議なくらいに頰は痩けて、顔色は悪く、目は濁って、手足はコンパスのようだった。
「起きなさい」
1人の男性が声をかけてきた。
「立ちなさい。 早く」
力無い声。 声を出すだけで死んでしまうくらいの弱々しい声だった。
俺は訳もわからず彼の言う通りに立ち上がるのを見届けると、彼らは上を向いて整列したのだった。
不思議に思いながらも俺は上に目を向けた。
「うわぁ!!」
思わず尻餅をついた。 俺が見たのは視界いっぱいに広がる、巨大な茶髪の巨人の顔だったのだ。
「やっと起きたのかい? 調子はどうだい?」
生暖かい吐息が一帯に流れてくる。 相当近い距離にまで顔を近づけているのだろう。
俺が状況を理解出来ずにいると彼は再び口を開いた。
「今日から君は僕の家族だよ。 一緒に遊ぼうね」
言っている意味が分からない。 そもそもここはどこだ。
「彼らも君の家族だよ。 協力して僕を楽しませてもらうよ」
家族? どういう意味だ?
「君は僕の靴の中で気絶しちゃって、それで僕の家まで来たんだよ。 ちょっと臭かったかな? ごめんね」
臭いなんてものではなかったが……
どうやらここは彼の家の中のようだ。
辺りを見渡すと透明な壁に囲まれた部屋にいるようだ。 その上から彼が見下ろしているという具合だ。
恐らく巨人が使う机かなにかの上にいるのだろう。 彼の姿は腰から上しか見えない。
「ふふ、焔もこうすれば良いのにね。 これなら誰にも怒られない」
まさか…… この巨人、人を拉致してここに閉じ込めていたのか。 この人たちは食事も与えられず、痩せ細ってしまったのか。
いかれてる。
「こ、こんな事して許されると思っているのか!!?」
分かっていた。 分かっていたが言わずにはいられなかった。
許されるのだ。 何せこの行為は誰にもバレないのだから。
「あはは、ここに来た子たちはみんなそういうのさ。 でもね?」
ヌッと巨大な指が近づいて来て、1人の人間をつまみ上げた。 その人は暴れる力もろくになく、弱々しく上昇していく。
巨人はそんな彼を丁寧に人間の右腕だけが見えるように摘み直すと、もう片方の手で人間の右腕を摘んだ。
「な、なにをするんだ!?」
嫌な予感しかしない。 が、遥か上空での出来事。 俺に出来ることは何も無い。
メキッ
微かに聞こえた。
そのままスッと手を下ろされると人間を解放した。 右腕が潰された人間を。
俺はガクガクと震えた。 この巨人は正気じゃ無い。 俺が間違っていた。 巨人に良いやつなんていなかったのだ。
更に俺は恐怖を感じた。 彼ら人間達が俺を睨みつけていたからだ。 俺のせいで仲間の腕が潰された。 その目はそう訴えてきているようだった。
「大人しくなったね。 それじゃあみんな、仲良くするんだよ」
にっこりと笑った茶髪の巨人はズシンズシンと地震を引き起こしながらどこかへと立ち去っていった。
さっきまで俺を心配してくれていた彼らはもういなかった。 皆敵意むき出しで睨みつけてくる。 今にも殴り掛かってきそうなほどに。
こいつは赤髪の巨人なんかよりもよっぽど危険な存在だった。
事実を知ってももう遅い。
やつは赤髪の巨人と違い賢かった。 自分の家に閉じ込めて、何をやってもバレないようにし、それぞれの罰を別の人間に行う事で人間同士でいがみ合い、協力する気を起こさせない。 やつの笑顔も、言動も全て計算づくだったのだ。
俺はへなへなと地に座り込んだ。 この世界はどうかしている。 なんでこんな目に会わなきゃならない。
俺のバカ。 巨人に良いやつなんていないと分かっていたはずだったのに……
どんな地獄が待ち構えているか。 人間の俺には想像もつかない。 野蛮でキチガイな異常者である巨人のやる事なんて。
何時間が経ったのだろう。 とてつもなく長い時間に感じた。
ズンズンと少しずつ大きくなる振動を感じて、ぶるっと身体が震えてしまった。
ドスン…
一際大きな地鳴りと揺れを最後に辺りはシンと静まり返った。
とてつもない緊張と圧力を感じる。 上を見ればやつがいる。 そんな事は火を見るより明らかだった。
どうしても見上げる事が出来ない自分がいた。 見上げたら最後、恐怖に我を忘れそうなのだ。
「今日の遊びは追いかけっこだよ♪」
ビリビリと痺れる轟音が響き渡る。 俺はあの時死んでいれば良かったとすら思った。 こんな恐怖を何度も何度も何度も……
踏み潰されるのが怖い。 あの巨大な足。 赤く染まった肉片がこびり付いた足指。 あんな姿になってしまうと思うと恐ろしく怖い。
透明な部屋が巨人の手で持ち上げられた。 グラグラと荒っぽく揺れる地面。 皆よろけて立っていられなかった。
巨人宅の床まで降ろされると、巨人は人間を振り落とすように部屋を逆さまにひっくり返した。
抵抗する余地もなく床に転げ落ちる人々。 この俺も同じだった。
逃げ出すなら今しかない。 巨人の手が届かぬ狭いところへ。
俺は一目散に駆け出した。
「おやおや、まだ開始の合図もしていないのに、せっかちな小人さん♪ うふふ、踏み潰されないように頑張れー♪」
俺は棚の隙間に向かって走り続けた。 巨人がそんな俺の姿をニヤニヤと見下ろしているのが気配でも分かる。 だが、俺はもう決意していた。 ここを抜け出して、俺は1人、誰にも気付かれずに自分の意思で死ぬのだ。 絶対に巨人の好きにはさせない。
後方でドスンドスンと地響きがし始めた。
グチャ……グチュ……メキャ……と潰される音。
地獄の底から聞こえてくる断末魔。
何人の人が犠牲になったかだなんて考えもしたくない。
走って走って走って……
そして絶望した。
「うそ…… だろ……?」
棚の隙間に入れない。 隙間には透明な壁が設置されていたのだから。
遥か上までがっちりと固定されている壁。 この巨人、誰一人として逃す気はなかったのだ。
頭の血が引いていくのを感じた。 目眩を感じてうずくまる俺。
ヌッと辺りが影になり、ズシンと真後ろに巨大な足が振り下ろされた。
過呼吸になりながらも上を見上げた。
やつは希望を失った俺の姿に興奮しているようだった。
鼻息は荒く、にっこりと爽やかな笑顔で、ペロリと舌で唇を舐めて。 高揚した様子の巨人。
あぁ、人間はどんなにあがいても巨人のオモチャに過ぎないんだ……
グググと持ち上げられる巨人の足。
白く美しく形の良い足の裏に、今さっき踏み潰されたのであろう鮮血が滴り落ちるのが見える。
辺りはより一層暗くなり、その巨大な足が視界を覆う。
ズズズと降りてくるその様子に、俺は今上に鎮座するのは親指か、人差し指か、中指か…… それすらも分からなくなった。
足指にすら満たない脆弱な存在。 それが人間なのだと、はっきりと分かる。
涙は枯れて出やしない。
やつに踏まれてぺちゃんこになった埃がはっきりと見えてきた。
熱気と臭気が包み込む。
あぁ、なんだか懐かしい。 やつに保護されたのが遥か昔のように感じる。 暖かくて安心する。 ようやくこれで解放される。
プチッ…………
「んー♪ ハァ…… 気持ち良い♪」
「この瞬間がたまらないんだよね〜、また明日から小人さんたちを集めてこないとね!」
これからもまた、彼の爽やかな笑顔に釣られた人々が、彼の快感のために消費されていくのだった。