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時は二〇××年。某国某中華街は、まさに混沌を具現化したような波乱巻き起こる状況に陥っていた。

 止まらない物価高と治安悪化。もはや街中で血飛沫が飛び交う光景なぞ何ら珍しくはなく、スマホよりも青龍刀を手にする人の方が多いくらいだ。

「聞こえなかったか?」

 街端にひっそりと佇む、とある一軒の中華料理店。白昼堂々、今日もこうして事件は起こる。

 人のよさそうな店主の顔に、青龍刀が突き付けられる。

 恰幅に富んだ店主が生唾を飲む中、思い思いに武装した三人の男が、下卑た笑みを浮かべていた。

「俺らよぉ、ツイてねぇのよ。賭けに負けちまって今一文無し」

「また勝ったら支払いに来てやるから、今日は無料にしといてくれや」

「ふ……ふざけないでくれ! あれだけ飲み食いしておいて、そんな言い分が通ると思ってるのか!」

「通すかどうかは俺らが決めるんだよ!」

 もう一人の男が、苛立たしげに拳銃を構えた。

 絶体絶命。しかし、店にいる客はその誰もがのんびりと食事を楽しんでいる。

 通報する人間がいないか監視していた一人が、その様子に首を傾げた。

「……なぁ、トン兄。この店ちょっと変じゃねぇか?」

「あ? 何が」

「いや、普通ならよ、客がビビったり騒いだりするもんだろ? だがよ、今日は逃げ出すヤツすらいねぇ。何でこんな静かなのか不思議で────」

「それは私がいるからよ」

 三人の視線が、一斉に声の方へと向けられる。

 純白のチャイナドレスに、二つのお団子でまとめられた黄金の髪。

 店主も客も悪漢含めて男ばかりの空間で、その小柄で美麗な立ち姿は、嫌でも目立ってしまっていた。

「ほい、新玉葱と牛肉の炒飯おまち」

 配膳を済ませ、空の銀トレイをくるくると回し、脇に抱える。

 男どもに向けられた青い目は、まるで燃えるような敵意と気迫に満ちていた。

「アンタら、ここは初めてみたいね。一応言っとくけど、今大人しく金払えば手加減してあげる」

「……嬢ちゃんがァ?」

 刀を持った一人が、舐め回すような目つきで少女に目を向ける。

 男よりも頭一つ分近く小柄で、その体躯はスラリと華奢。胸の膨らみを除けば、手足も腰も美しいくらい細くしなやかだ。

 三人は顔を見合せると、馬鹿にするように笑い合った。

「良い身体してるが……生憎、ガキには興味無くてよ」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。誰がアンタらみたいな愚図に尻尾振るかっての」

「おい、口の利き方には気を付けろ? こっちは銃もあるんだぜ?」

「フ……へぇ? その笑っちゃうくらい細い目で当てられるんだ?」

「この……ッ!」

 男が銃を構え、躊躇いもなく凶弾を解き放った。

 しかし、その三発の鉛玉は、高速で回されたトレイによって全て弾かれる。

「なっ⁉」

 狼狽える男たち。少女は構うことなく、腰を低くし清廉な構えの姿勢を取る。

「羅大飯店に白虎あり。阿呆どもが、精々その身をもって覚えておくことね!」

 スリットから伸びる引き締まった足に、筋肉の筋が浮かび上がる。

 瞬間。金色の軌跡を描きながら、少女が疾風のように跳躍した。

「山雪猛虎百牙拳!」

「ぐぁあぁぁーーッ‼」

 掌底。蹴り。肘打ち。まるで猛虎が兎を薙ぎ払うように、悪漢に強烈な練武がお見舞いされる。

 出入り口を突き破り、路上まで吹き飛ばされる男たち。

 なんとか立ち上がろうと、まるで生まれたての小鹿のように震える彼らの眼前、腕を組んだ少女が見下ろしていた。

「まだ元気そうねぇ」

「ひ、ひぃ~~っっ!」

 這いずるように逃げ出す男たち。少女は溜息をつきながら見送った。

「シャンロン~!」

 そんな彼らと入れ替わるように、店主が少女の元へと走り寄る。

「お父さん。怪我してない?」

「俺は大丈夫だ。お前こそ平気か⁉」

「私を誰だと思ってんの! ラオ家に生まれた天才武闘家、シャンロン様とは私のことよ!」

 にこっ、と。白い歯を見せるシャンロンに、店主である父は苦笑しながら娘の頭を撫でてやった。

「すまんなぁ。用心棒なんてさせちまって。お前もまだ十六なのに……」

「いいのいいの。私も合法的に暴力が振るえて楽しいんだから。これからも任せてよ、おとーさんっ」

「────いいや、もうその必要はないんだ」

「え……お父さん、まさかとうとうセ〇ムを雇ったの?」

「馬鹿言え、公民館の晒し首見たろ、アレ全部セ〇ムの警備隊だぞ。金が勿体ないわ」

「そうだった」

「コレを見てくれ」

 店主が天井を指差す。そこには、まるでSF映画に出てくるような、近未来的見た目の砲身がぶら下がっていた。

「なにこれ」

「うむ、まぁ見てろ。……おーい、そこのお前」

「あ? なんだよ店主」

「お前、ウチの飯に何か不満とか無いか?」

「不満? あー、あるぜ。最近追加された新メニュー、あれ軒並みマズイな! 生ゴミでも食ってるのかと思ったぜ」

 中年客の遠慮のない暴言。その瞬間、それまで沈黙を保っていた砲身が、突如銃口を動かした。

『暴言感知。指定領域における罪レベル上昇。均衡に不具合アリ。排除します』

「え?」

 虹色に輝く銃口。そこから、眩く野太いレーザーが解き放たれた。

「があぁぁあぁぁああ」

 発光する男性客。およそ数秒ほど照射された後、攻撃が止む。

 客が座っていた場所には椅子だけが残されていた。

 ポカン、と口を開けるシャンロン。店主は満足げに頷いた。

「こういうことだ」

「どういうことなの」

「要は、悪いことしたらアレが八億一四〇〇万度の光の柱で浄化してくれるんだ。便利だろう」

「へー。すごい……」

 技術の進歩に対し、感心するシャンロン。

 しかし、その整った顔に暗い影が差した。

「……じゃあ、もう私はこのお店にいらないね」

「え。何でそうなるんだ」

「だって、こんなメカがあったら、私の仕事無くなっちゃうよ。大人しく家から出て、自立しろってことなんだよね」

「馬鹿言えっ! コレはお前のために買ったんだ!」

「私のため……?」

「あぁ。コレがあれば、お前はこの店で危険な喧嘩をすることもなく、穏やかに過ごすことができるだろう。お前は退屈かも分らんが、少なくとも俺は……お前に、普通の女の子として生きてほしいんだ」

「お父さん……」

 猛虎。猛獣。暴力女。

 自分のことを化物のように扱ってくる人間は山ほどいれど、こうして一人の無垢な少女として扱ってくれるのは、シャンロンが知る限り、父一人だけだった。

 心配そうな眼で見つめてくる父。シャンロンは、自分なりの精一杯の笑顔で応えてみせた。

「ありがと! ……そうだね、いつか私も店を継がなきゃなんだし、そろそろガキっぽい喧嘩とか卒業しないとだ」

「そう言ってくれると助かるよ。その素直さは死んだ母さんそっくりだな」

「……でも、じゃあこれから何しよう?」

「うーん、お前は可愛いからな。普通に店の中でダラダラしてるだけでも、クソ広告コンサル野郎よりもよっぽど客引きになると思うぞ!」

「お父さん、いい加減特定の職業をボロクソに言うのやめなよ……」

・・・

────月日は流れ、一年が経過した。

 悪人を容赦なく殺害してきた警備レーザーのおかげで、「安全な飯屋」としての需要が高まった羅大飯店。街でも随一の人気店へと成長を遂げていた。

「店主! 餃子定食!」

「はいよ!」

「ちょっと、さっき頼んだエビチリまだ⁉」

「あー、すまんもう四分待ってくれないか!」

 飛び交う注文に、忙しなく鍋を振るう店主。今日も今日とで、平日の昼間から大繁盛であった。

「おー、今日も賑わってるじゃないの」

 また一人、腹を空かせた客が店に足を踏み入れる。

 常連であることを思わせる立派な体格を揺らし歩く壮年の男性。一席空いていたカウンター……ではなく、何故か複数人が座ることができるテーブル席に腰を下ろした。

「店主、炒飯二人前。大盛りと、普通盛りね」

 異様な注文。店主は思わず眉間にシワを寄せた。

「……お前なぁ、せめて毎日はやめてくれよ」

「なんでだよ。金は払ってるじゃねぇか。それに……『あの子』だって喜んでるだろ?」

「はぁ……だから困ってるんだよ……」

 嘆息する店主。得意料理である炒飯を手早く拵えると、二階に向かって大声をあげた。

「お~~い! シャンロン! またご注文だ!」

「────! はーい!」

 可愛らしく元気な返事。同時に、「ミシッ! ギシッ! メキッ!」と、年季の入った階段を、何か凄まじい重量が踏みつける異音が響き渡る。

 そうして店先に姿を現した愛娘・シャンロンの姿は……。

「はぁっ……はふっ、ぷふぅ……」

 たわわに実り過ぎたせいで、楕円に潰れた胸。その巨乳を支える胴体には、あの頃のくびれて引き締まっていたウエストを埋め尽くすように、鏡餅のような贅肉が積み重なっている。

「お待たせ! はふぅ、今日も来てくれたんだ!」

 二重あごが眩しい丸々とした顔で、男性客に晴れ渡るような笑顔で挨拶する。

────そう。シャンロンは今、激烈に、猛烈に、太り果てていたのだった。

「シャンロンちゃん、勿論だよ~。この店に来る一番の理由が君なんだからさ」

「おい、ぶっ殺すぞ」

「嬉しい! 今日は何食べさせてくれるの?」

「炒飯だよ」

「わ~い!」

 ニコニコと、ふわふわした口調のまま、のっしのっしと歩くシャンロン。

表情にも言動にもトゲが目立っていた嘗ての彼女を知る者が見れば、目を丸くしてしまうに違いない。

「んしょ!」

 ズンッ、と。丸椅子の上に、肥え太った巨体が着陸する。

 可愛らしい小尻は、今や座面から贅肉が溢れ出るレベルにまで巨大化し、丈の足りないドレスから素肌が曝け出されている有様。

 腰回りの柔らかい脂肪は浮き輪を何個も付けているかのように段を分厚く形成し、背後から見た彼女の様子は、まさにドラム缶そのものである。

「ん……椅子、ちょっと小さいかも……」

 不安げにオロオロするシャンロン。

座面積の心許無さもそうだが、なにより、四二キロから百十八キロにまでブクブクと肥え太った巨体を支えるには、椅子一つではどう考えても足りない。

 彼女が身を動かすたびに、脚がメキメキとたわみ歪んでいた。

「ありゃ、もう椅子一個じゃ足りないね。まぁ、それはいいよ。冷めない内に食べちゃいな?」

「! そうだった! いただきます!」

 レンゲを手に持ち、シャンロンが炒飯を掻き込むように飲み込んでいく。

 その様子を、店主は複雑そうな顔で見つめていた。

「まさか、店の中でダラダラさせてるだけで、ここまでブクブク肥え太るとはなぁ……」

 物心ついた頃合いから、毎朝欠かさず続けてきていた稽古をやめ。ひっきりなしに店に襲い掛かってきていた悪党もいなくなり。

 運動量が著しく減ったまま、スポーツ少女レベルの食欲が維持されたままになってしまったシャンロン。

 見事、こうしてご立派な肥満体型に成り果てていた。

 今や、拳法どころか、まともに走ることすらままならない。だが、そんな変わり果てたシャンロンを、客は皆愛してくれていた。

「……まったく、母さん譲りの美貌に感謝だな」

 美人が太っても、それはマスコット的可愛さを増すのみ。

 よく食べ、よく愛嬌を振りまき、よく笑うシャンロンは、あっという間に店の客入りを倍増させるほどに人気を高めたのだった。

「お父さん~! おかわり~!」

「はいはい……」

 空っぽの大皿を掲げ、シャンロンが当たり前のように注文する。

 店主は苦笑いを浮かべながら、中華鍋を持ち直した。

「────こりゃ、羅大飯店に大熊猫あり……だな」

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