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『さぁ、今宵この時。【DODECAGON(ドデカゴン)】へ、ようこそッ!』

実況と思しき声が、地下深くにある空間にこだまする。


『血に飢え、目の肥えたお客様方を満足させるのは、お馴染みのぉ・・・このドデカゴンッ!』

実況の紹介に合わせ、地下空間の中心に金網で囲われた“スペース”がライトアップされた。


観客席に囲まれた中心の空間に、正十二角形の金網がリングを模して立てられている。


『今日も惨劇を見せてくれるのか、【クラッシャー・ゴウ】ッ!』

モヒカン刈りに全身刺青だらけの大男が、クレーン車に運ばれる形でリングインした。


『見ての通り、この十二角形のリング【ドデカゴン】に逃げ場なんてモノはありませんッ!』

リングを覆うかのような十二面の金網は完全に敷き詰められていて、扉のようなものは一切無かった。


『九週勝ち抜きの強者、【クラッシャー・ゴウ】への生贄となる今日の挑戦者は誰だぁ!?』

実況が、挑戦者側の入り口に観客の視線を誘導する。


ズゥンッ・・・ズゥンッ・・・。


「・・・?」

「なん、だ?」

ざわ・・・ざわ・・・と観客たちがザワめく。


ズゥンッ! ズゥ・・・ンッ!


「何、あれ・・・」

「人、なのか・・・?」

ようやく地下空間に姿を現した挑戦者に、観客の誰もがその目を疑った。


『何だぁ・・・これはッ!?』

ベテランの実況が、驚きの声を上げるしかないぐらい、挑戦者の姿は異様だった。


覆面の下から伸びる首は太く、まるで大木のようだった。

その太い首から分度器のように丸っと膨らんだ僧帽筋。

肩の三角筋が巨大なボールのように膨らみ、上腕はそれを更に倍化したかのように二頭筋と三頭筋が盛り上がる。


お腹には大人の拳よりも大きなブロックが六つ、レンガのような隆起の腹筋が並び。

背中は、余りにも大き過ぎる広背筋が大きな円を描くように広がっている。


発達した臀部から伸びる太腿は、それこそ成人男性の胴体と同じぐらいの太さを誇っていた。


「女・・・いや、人間なのか」

顔全体が覆面に覆われていて、素顔は全くわからない。


発達した大胸筋に載っているスイカを思わせる爆乳。ボンッキュッボンと縊れたウェスト。

辛うじて、体型から“それ”が女性であることは何とか伺い知れた。


『【レディ・ジャイアント】というリングネーム以外、残念ながら私にも情報がありませんッ』

主催側である筈の実況ですら、“筋肉女(仮)”の素性はリングネームしか知らされていなかった。


『しかし、【ドデカゴン】は別に“デカい”という意味では無いぞッ』

【ドデカゴン】とは正十二角形の意味で、いわゆる【デカい】とは全く無関係の言葉だ。

因みに、【デカい】の語源は、【厳(いか)い】に「ど」を付けた言葉である。


【レディ・ジャイアント】というリングネームと、“筋肉女(仮)”本人の風貌、体型。


そこから推察出来る以上の情報を、彼女の身体は会場全体に発していた。

彼女の身体は、余りにもデカい。デカ過ぎるのだ。ちょっと背が高いとか、そんなレベルではない。


対戦相手の【クラッシャー・ゴウ】は、180cm110kgの豪快な体躯の猛者だ。

だが、それでもリングを囲う2mの金網よりは背が低い。


【レディ・ジャイアント】は、その金網より遥かに背が高いのだ。

金網の天辺と、彼女の胸元が同じぐらいの高さ。身長は2mどころでは無かった。


『手元に入った情報では、彼女は余りにも重過ぎてクレーン車に載せられなかったとのことです』

実況は、金網は自力で超えてくれ、とアナウンスした。


「“これ”、自力で超えちゃって良いの?」

覆面から漏れた声は、確かに女性らしい可愛い声色だった。


「何だ、ホントに女なんだな」

【C・ゴウ】は、覆面筋肉巨女から発せられた可愛らしい声を聞いて、そう独り言(ご)ちた。


「入口どこにも無いんだけど。ま、いっか♪」

【レディ・G】は、金網の上側に右手を添えると、一気に下へ向けて引き下ろした。


グギャギャギャッ! ギャリッ、メリメリィッ!


『おーっと! 何を思ったか、挑戦者が金網を圧し潰し始めたぞッ!?』

「だって、邪魔じゃん」

2mあった金網は、【レディ・G】の剛腕によって半分の高さにまで縦に縮められていた。


『おっと、ここで運営から通達が入りました。故意による施設等の破壊はペナルティとのことです』

「えーっ、マジ?」

【ドデカゴン】の四方を囲む十二面の金網は、リングを形作るというよりは檻の意味合いが強い。


非合法な地下格闘試合。その決着方法は、対戦相手の再起不能もしくは死、この二つのみである。

莫大な賭け金が動く為、対戦者逃亡なんて寒い決着は有り得ない。

現に、余りにも劣勢で逃亡を図ろうとした者も過去に居た。勿論、逃げ果せた者は一人として居ないのだが。


「もうっ、面倒っちぃなぁ・・・」

【レディ・G】は、金網を抑えている右腕を軸に、ヒョイッとその巨体で金網の跳び越えてしまった。


「・・・っと」

ズゥンッ!という轟音と共に、【レディ・G】はリング内に着地した。


縦に縮めたとは言え、2m近い柵を跳び越える、軽やかな身のこなし。

【レディ・G】の超高身長と身体中に搭載され捲った筋肉量からすると、有り得ない身軽さだ。


「マジ、かよ・・・」

【C・ゴウ】は、女であることとその巨体から、てっきり色物として選ばれた挑戦者だと思った。


巨漢レスラーは動きが重く、俊敏に動けないのが相場だ。試合が成立するのは、せいぜいプロレスぐらい。

受けの美学の無い格闘技界では、動けない者は只のサンドバッグでしかない。


「・・・・・っ」

【C・ゴウ】は改めて、相対する距離で【レディ・G】を見上げた。


そう、見上げざるを得ないぐらい、圧倒的に【レディ・G】の背が高い。

某バトル漫画のように、圧倒的な強さのオーラで必要以上に大きく見えている、訳ではないだろう。


『ペナルティは本来なら30秒のところ、今回は初めてということもあり、10秒のみ課すとのこと』

「えー、何それ」

【レディ・G】は、実況から伝えられたペナルティに「ぶー」と文句を言った。


「お前・・・ひょっとして、かなり“若い”のか・・・?」

「うふふ、ヒ・ミ・ツ♪」

女性に年齢を確認するのは野暮だとでも言わんばかりに、チッチッチッと人差し指を振った。


「オジサンは自分の心配しなよ。たった“10秒”の“ハンデ”で足りるのぉ?」

「なッ・・・んだとぉ! 手前ぇッ」

九週勝ち抜いた猛者を、新参者の女子が煽っている。


リング内でのやり取りは歓声に掻き消され、実況や観客席には届いていない。

しかし、【レディ・G】が只の単なる色物でないことは、リング内で対峙した空気から薄々伝わっていた。


【C・ゴウ】は、180cm110kg。


某世紀末漫画を思い浮かべるような金髪のモヒカンに、筋肉質な上半身は刺青だらけ。

手にはオープンフィンガーグローブ、足にはバンテージのみ。下半身を覆うハーフパンツは龍の刺繍入り。

如何にもワルな風貌のまま格闘技界に入り、そのまま地下格闘に堕ちた猛者。


一方の【レディ・G】は、女性であるという点以外、全ての情報が非公開。


フルフェイスの革製と思しきマスクからは、風貌どころか一切の表情は読み取れない。

【C・ゴウ】より頭三つ分は背が高く、またその全身はこれでもかと筋肉群に覆われている。

スイカを思わせる三角筋や上腕二頭筋と比べても遜色の無い爆乳を窮屈そうにスポーツブラが抑え付けている。

下半身は、どうやってその剛脚を通したのか謎なぐらいピチッとフィットしたスパッツを穿(は)いていた。


『開始後10秒間、【レディ・G】の一切の“攻撃動作”は禁止となりますッ!』

「はぁーい、わかったわよ。何度もアナウンスしなくたって良いじゃん」

【レディ・G】は、相変わらず実況に向かってブーブーと文句を垂れていた。


「ケッ! 10秒で仕留めてやる」

【C・ゴウ】は改めて、【レディ・G】の全身を舐めるように見回した。


その立ち居振る舞いは、明らかに素人の“それ”だった。

男女の性別は兎も角として、声色から察するに【レディ・G】の年齢はかなり若い。

一子相伝の必殺拳の伝承者でも無い限り、プロであればある程度の年齢は経ているものだ。


尋常でない人間離れした巨躯に惑わされていたが、格闘技の素人ということであれば対処は幾らでもある。

【C・ゴウ】は内心そう、ほくそ笑みつつ、開始のゴングを聞いた。


カァンッ!


「これで、どうぉッ・・・だッ!」

動けない【レディ・G】目掛け、【C・ゴウ】の渾身の右アッパー。


ボヨン。


「キャッ」

「なっ・・・」

【C・ゴウ】の右拳は確かに、【レディ・G】にクリーンヒットした。


「ちょっとッ! 変なトコ殴んないでよ。危うく反撃しちゃうとこだったじゃない」

「・・・オラッ」

【C・ゴウ】は一瞬で気持ちを切り替え、左フックを放つ。


スカッ。


「くそッ」

【C・ゴウ】の左拳は、見事に空を切った。


「・・・それならッ」

残り数秒の時間を無駄にしない為とはいえ、【C・ゴウ】はある意味での“飛び道具”を放った。


ジャンピング右ストレート。


跳び上がりつつ、【レディ・G】の顔面目掛けて右ストレートを放ったのだ。


ガッ。


『はいッ。10秒経過しましたので【レディ・G】も攻撃オーケーとなりましたッ』

「だって、さ」

当の【レディ・G】は全くの無傷、ノーダメージだった。


『【C・ゴウ】が放った三撃、どれも全く効果は無かった模様ッ!』

一発目の右アッパーは、【レディ・G】の上半身の厚みがあり過ぎて、また上背の差があり過ぎた。

どうやっても顎に届かなかったのだ。結局、【C・ゴウ】の拳は、爆乳を叩いただけで終わった。


二発目は、その爆乳を避けるように軌道を変えたものの、やはり上背の差で届かなかった。


三発目は、苦肉の策だった。跳び上がることで距離の差を無くすことで、拳が届いた。

しかし、それは単に届いただけだった。“手打ち”のパンチでは、【レディ・G】はビクともしなかった。


「・・・・・っ」

開始10秒で都合、三合のやり取り。


【C・ゴウ】は折角貰った10秒をフイにしたことは既に頭に無かった。

実際、それどころではない。それ以上に、フィジカルの差を感じていたのだ。


至近距離でわかる、素のパンチが届かない身長差。

跳び上がって腰が入っていない手打ちとはいえ、大の男のパンチをモノともしない体重差。


「オジサンって、パンチだけなの?」

まるで退屈、とでも言わんばかりの【レディ・G】の台詞。


「ならッ!」

【C・ゴウ】は一転して、ローキック攻勢に出た。


大きい選手、重い選手はどうしても下半身に負担が掛かる。

相撲取りが膝を故障し易いのも、体重の負担が下半身に掛かり続けた結果なのだ。


デカい程、足元が弱い。格闘技界での定説である。


【C・ゴウ】は意外とクレバーなのか、基本に忠実に【レディ・G】の下半身を攻めた。

右足で【レディ・G】の左腿を、左足で【レディ・G】の右脹脛を蹴り続けた。


『何分間、蹴り続けたでしょうか。褒めるべきは【C・ゴウ】の体力か、それとも・・・』

「はぁ、はぁっ・・・」

【C・ゴウ】は、完全に肩で息をしていた。


「流石に少しは効い・・・なッ!?」

一仕事やり終えたと言わんばかりの【C・ゴウ】を尻目に、【レディ・G】は蹴られた箇所をポリポリと掻いていた。


「ふぁ、あ」

更に、欠伸までする始末。


「ぐ・・・」

自分のローキックが相手に効果があったかどうか、それは自分自身が一番、肌で感じていた。


『試合中に相手の脚を蹴り折ったこともある【C・ゴウ】のローキックが、まさかの効果なしなのかッ!?』

【C・ゴウ】にとってはまるで、大理石の柱を蹴ったかのような、感覚だった。


片方の太腿だけで自分の胴体ほどもある、【レディ・G】の剛脚。

どうせ見た目程ではないだろう、という“希望的観測”。それは一瞬・・・いや、一撃入れただけで打ち砕かれた。


『試合開始から既に数分が経過しているが、一方的に攻撃している方が息も絶え絶えの、予想外の展開だッ!』

「ゴウーッ! いつもの威勢はどうしたっ!」

「俺はお前に賭けてんだぞッ!!」

実況だけでなく、観客も予想外の展開だったのか、あちこちから野次が飛び始める。


「お前、一体何モンだ・・・」

今までにも、強い対戦相手は居た。別に毎度毎度、楽勝だったという訳ではない。

苦戦した経験もある。その度に、相手を殴り倒し、締め落として来た。


だが、今までのどんな対戦相手とも違う、異質の何か。

【C・ゴウ】は、それを目の前の【レディ・G】から感じ取っていた。


「え、あたしぃ? ここで試合すればお小遣いくれるって言うから来ただけなんだよね」

「・・・え」

“お小遣い”だって・・・?


“お小遣い”なんて単語は別に、大人でも使うことはあるだろう。

しかし、声色とその舌足らずな話し口調は、明らかに低年齢層の“それ”だった。


「お前、まさか・・・」

「あ、やば。“正体がバレる”ようなことはしちゃダメって言われてるんだった」

格闘技界でも、過去に若い対戦相手は居た。それでも、どんなに若くとも十代後半がせいぜい。

目の前の女は・・・。いや、そもそも“女”と呼んで良い年齢なのか・・・・・。


「ま、いっか。“ここ”って“何が起こっても事故”なんだよね・・・うふふ♪」

「・・・・・ッ」

【C・ゴウ】は、背筋に薄ら寒いモノを感じていた。


「こうなったらッ・・・」

もう、手段なんて選んで居られない。


何処か、油断。いや、傲慢があった。


男vs女。九週勝ち抜きvs初登場。綺麗にカッコ良く勝って、当たり前。

そんな形(なり)振りなんて、構って居られない。五体満足でこの地下闘技場を出る為には。


「おりゃぁッ!」

【C・ゴウ】は【レディ・G】の脚へ目掛けて、電光石火の全力タックルを敢行した。

110kgの全体重を以ってすれば、倒れる。いや、倒せる。そう思ったのだ。


ガッ。


「何、してるの?」

「ぐ、が、ぁ・・・ッ!」

全身で、全力でタックルしても、大理石の柱という感想は変わらなかった。

どんなに押し倒そうとしても、自分の両足がズルズルと後ろに滑るだけだった。


「く、っそ・・・何で倒れねぇ!?」

『あーっと、これはぁ!? まるで、“ぶつかり稽古”だッ』

距離を取って、【レディ・G】の左脚へタックル。距離を取って、タックル。


【C・ゴウ】はそれを、何度も。何度も、繰り返した。しかし、【レディ・G】は微動だにしない。

それはまるで、相撲部屋の柱に力士が身体ごとぶつかる、“ぶつかり稽古”そのものだった。


「もうっ、ワンパターンで詰まんないっ」

えぃっ、と【レディ・G】は左脚を振り上げた。


「・・・え?」

ぶぁっ、と【C・ゴウ】の身体が宙に舞う。


『あーっと、これは凄い蹴りだッ。【レディ・G】の第一撃は、【C・ゴウ】を吹っ飛ばす渾身の蹴りッ』

ズシャァッ!と【C・ゴウ】は地面に着地した。何とか受け身を取れたせいか、ダメージは余り無かった。


「・・・・・っ!」

【C・ゴウ】は改めて、【レディ・G】との距離を見遣った。


リング中央から動いていない【レディ・G】。

一方の自分は、一気にリング端の金網際まで飛ばされていた。


【レディ・G】が初撃として、足を出したことは間違いない。

しかし、当事者同士で“それ”が、“蹴り”と呼べるような代物では無いことは明白だった。


「オジサン、軽過ぎぃ」

そう、彼女にとっての今の一撃は、一“撃”ですらなく、ただ単に足を前方に“振り上げた”だけ、なのだ。

それなのにも関わらず、110kgもの体重の【C・ゴウ】は数メートルも吹っ飛ばされたのだ。


イメージとしては、バスケットボールのジャンプボールや、バレーボールのトスに近いだろうか。

ただ放す、ただ上げるだけの動作。ボールに力を加えようなんて意図は、そこには入っていない。


「・・・・・」

もし今のが本気の蹴りだったら、オーバーフェンスか、金網ごと場外に吹き飛ばされていたかも知れない。


「もう、終わり?」

打撃は届かず、蹴りは効果なし。テイクダウンも取れない。万事休す。


「くそッ!!」

意を決したのか、【C・ゴウ】は一気に駆け出した。


「また、それぇ? ワンパターンだって言って・・・」

【レディ・G】も流石に付き合うのは飽きたと言わんばかりに、迎撃しようと左脚を後ろに振り上げる。


「・・・っ!」

「あれ?」

【C・ゴウ】は急遽、方向転換。何と、【レディ・G】の右脚側から背後に回った。


『あーっと、これはぁッ!?』

「きゃ! ちょっ」

何と、【C・ゴウ】は【レディ・G】のスパッツの上端に器用に足の爪を引っ掻け、その背中をクライミングしたのだ。


「これなら、どうだッ!」

【C・ゴウ】の右腕が【レディ・G】の喉に、左腕がその右手を固定するようにホールドした。


『決まったーッ! 伝家の宝刀、チョークスリーパーだッ』

前方首絞め。もしくは、フロントチョークスリーパー。

文字通り、頸動脈を締める技。大抵は失神KOに繋がり、程度が酷ければ命に関わることもある危険な技である。


現代格闘技においても、腕ひしぎ十字固めと並んで、技が入ればほぼ試合が決まる、必殺技。


『これは流石に、決まったかッ!?』

「一気に、首を圧し折ってやるぜ」

因みに、【ドデカゴン】に“失神”OKなどという生温い決着は有り得ない。落ちた、だけでは試合は終わらないのだ。


「どう、折るの?」

「・・・? 何を言っ・・・て」

渾身の力で絞めているにも関わらず、【レディ・G】は平然としていた。


「俺は確かに首を・・・。首・・・」

違和感。


背後から抱き着いた形になっている体勢のまま、【C・ゴウ】は【レディ・G】の“背面”を見た。

首が、何処にも無かった。いや、正確には肩から盛り上がる僧帽筋がそのまま【レディ・G】の後頭部に繋がっている。


自分の前腕、いや、上腕二頭筋と比較しても、【レディ・G】の首から僧帽筋に掛けての筋量の方が勝っていた。

現に、どう力を入れても、【レディ・G】の首はビクともしない。


ズルッ。


「・・・ぐ、くそ」

スパッツに掛けていた足の爪が外れてしまい、【C・ゴウ】の両足が宙ぶらりんの状態になってしまった。


『おおっと、【C・ゴウ】は本気だぁ! 足を外して全体重を掛けるつもりだッ』

実況からすると、そう見えたのだろう。


「何で、だ・・・。こんだけ締めてんのに、何故・・・」

結果として、【C・ゴウ】の全体重110kgが今まさに、【レディ・G】の首に掛かっている。


「・・・え。オジサン、数学も出来ないの?」

「・・・数学」

“算数”という単語が出なくて【C・ゴウ】は内心、何故かホッとした。


「あたしの方が重いからじゃん。多分、オジサン三人分ぐらい・・・いや、もっとあるかな?」

育ち盛りで、数ヶ月に測った体重の数値が役に立たないらしい。


「俺、三人分・・・だと」

単純計算で、330kg超。更に、まだまだ成長中と言う。


「だから、“こんなこと”も出来るんだよ♪ むんッ!」

「う、うぉっ!!?」

モゴォッ!!!


『何が起こったのかッ!? 【C・ゴウ】が技を解きました。一瞬、【レディ・G】が大きくなったようにも・・・』

【レディ・G】が今日この場で初めてと言って良い、力む動作。

それに呼応するように、三角筋や僧帽筋、広背筋が一回りどころか、ドドンッと二回りは大きく盛り上がった。


「ぐわぁっ」

【C・ゴウ】は振り落とされ、ドゴッと地面に叩き付けられた。


「んもうっ、スパッツ脱げたらどうしてくれんのよ」

【レディ・G】はピシィッと、ズレ気味だったスパッツの位置を直した。


「ア、アンタが強いのはわかった。お小遣いならオジサンがあげるから、だから・・・」

「うーん、どうしよっかなぁ・・・」

明らかに年長であり、闘技場としてもベテランの【C・ゴウ】がまさかの命乞い。


「あたしぃ、お小遣いも欲しいけどぉ・・・。全力も振るってみたかったんだぁ!」

「ひぃっ・・・ぶぼぉっ!!」

格闘試合ではお目に掛かることがない、“一撃”。


ガッシャァァンッ!!


その“一撃”で、180cm110kgの【C・ゴウ】は金網まで一直線に吹っ飛んだ。


『・・・え? 今、何が起こった・・・?』

実況も、まさかの自体に状況を説明出来ていない。


『モニターで、スローモーションで観てみましょう。おっと、これは・・・』

「すげぇ・・・」

「試合で“ビンタ”なんて、初めて見たぞ」

実況だけでなく、観客たちもザワザワと騒(ざわ)めいている。


この場に居る全員、【レディ・G】以外の誰も目視出来なかった一撃は、平手打ちだった。

格闘試合で先ずお目に掛かることのない、掌底ですらない只の単純な平手打ち。


「う、が、ぁ・・・」

金網に寄り掛かりながら、【C・ゴウ】は何とか立ち上がろうとしていた。

しかし、左頬の骨が砕け、歯も何本か抜け落ち、口からは血がボタボタと滴り落ちて、息も絶え絶えだった。


「見、見えなかった・・・」

モニターに映し出されるスローモーションを横目で確認する。


技術も何も無い、手振りの腰の入っていない平手打ち。

だが、恐らくは驚異的な筋力から生み出された超速度。そして、筋量そのものによる腕の重さ。

そこから発揮された威力は、今まで喰らったどんな打撃よりも重かった。


「オジサン、ホントに身体軽過ぎぃ・・・。ポンポン飛んだら試合になんないじゃん」

格闘技者としては、完全な素人。それだけは間違いなく、そう確信出来る。


隠れた実力者、なんて可能性は皆無で。【C・ゴウ】の方が、経験も技術も上。

ただ単に、大きくて、力が強いだけ。本当に、只それだけなのだ。


「この俺が、勝てない筈が・・・」

肩で息をしながら、近付く【レディ・G】に対し、何か手は無いかと考える。


「・・・・・っ」

いつの間にか、金網と【レディ・G】の間に挟まれる格好になっていた。


片膝を付いた状態だと、【レディ・G】の上背は【C・ゴウ】の倍近い。

体重は、身を以って知った通り、三倍近いのだろう。


単純に大きく、純粋に筋力が強く、ただ重いだけ。


たったそれだけなのに、殴り倒すことも、投げ倒すことも出来ず。

一方で、相手の力任せな一撃は目で追うことも出来ず、喰らえば一発で大ダメージ。


「横とか、上に行くようなのがダメなんだよね」

「・・・へ?」

【レディ・G】は、右腕を天高く振り上げていた。


「“縦”方向なら、大丈夫かな」

えい、と軽い掛け声と裏腹に、膂力に任せた超高速チョップが、【C・ゴウ】の肩に突き刺さる。


ドギャァッ、バキバキバキィッ!!


「うぎゃあぁぁぁっ!!」

文字通りの袈裟斬りだった。


【レディ・G】の無慈悲な手刀は、鎖骨を一瞬で寸断し、肩甲骨をバキバキに砕いてやっと止まった。

【レディ・G】の大きな手が、丸ごと【C・ゴウ】の肩口に埋まっている。


『あーっと、これはぁ・・・影になっていて状況が良く確認出来ません』

【レディ・G】の巨体と金網のせいで、【C・ゴウ】の姿はモニターから全く確認出来ないで居た。


「だって、さ。見せてあげなきゃ」

「ゆ、ゆるし・・・ぐぇ」

【レディ・G】は背中を向けて蹲(うずくま)っている【C・ゴウ】の右肩あたりをむんずと“掴んだ”。


「ほーい。今、こんなだよぉ♪」

110kgの【C・ゴウ】が、女子の片手で宙空高く、持ち上げられた。


『うぉっと・・・これは、凄いことになっているぞッ!』

左頬が砕け、顔面左下に大きな窪みが出来ているだけでなく。

左肩あたりに、縦に鉄パイプで無理矢理へこませたかのような“谷間”が出来た無残な左半身。


男vs女な混合マッチであるにも関わらず、余りにも一方的な展開を示すには充分な効果だった。


『こんな展開、誰が予想したでしょうかッ!? 九週勝ち抜きの猛者が一方的に嬲られているッ』

展開こそ意外だったが、“結果”そのものは特に驚くに値しない。そんな風だった。


「なーんだ、引かれちゃうかと思ったけど。“このぐらい”ならまだ大丈夫なんだ」

【レディ・G】は初めてなので、匙加減がわからなかった。


相手を何処まで痛め付けて良いのか。何処まで壊して大丈夫なのか。


「・・・うふふ。それなら♪」

「お、下ろせッ」

痛みが麻痺して来たのか、ダメージの割に【C・ゴウ】は強気にそう言い放った。


「えー、どうしよっかなぁ」

1mは宙に浮いた状態でジタバタと暴れたところで、【レディ・G】のホールドが緩む気配は無かった。


尤も、袈裟斬りされた左半身は満足に動かず、驚異的な握力でガッチリ固定された右半身も動かせず。

繰り返したローキックのダメージが今になって自分自身に返って来たのか、両足も腫れて動かない。


モズの早煮、というよりは。これから解剖される、磔のカエル。正に、そんな様相を呈している。


「そうだ♪」

良い事思い付いた、と言わんばかりに【レディ・G】は“作業”に取り掛かり始めた。


「おい、何し・・・」

【レディ・G】はブランと垂れ下がっている【C・ゴウ】の両脚を、自身の極太の太腿で挟み込んだ。


「あたしとオジサン。どっちの太腿が強いか、比べっこ・・・ね?」

最後の「ね?」が合図だったのか、【レディ・G】の只でさえ太い剛脚が、一回り大きく太く、肥大化した。


モリモリ、モゴゴッ! モゴ・・・バキバキバキャァッ!!


「うぎゃああぁぁぁッ!!」

成人男子の胴体より太い太腿が更に大きくなったのだ。【C・ゴウ】の両脚が無事で済む筈も無く。


『これは凄いッ! “太腿プレス”とでも名付けましょうかッ! あっという間に、【C・ゴウ】の脚がペシャンコだ』

腫れて太くなっていた筈の【C・ゴウ】の両脚は、金属バットぐらいにまで圧縮されていた。

勿論、“両脚”揃って、金属バット一本分の太さ、だ。


『あっと、更に・・・。これはぁ!?』

両脚を潰して終わり、では無かった。


「これで逃げられなくなったよね。一度やってみたい技があったの♪」

「やめ・・・いぎぃッ! おい、やめ・・・ぐぎゃッ!!」

下準備とばかりに、【レディ・G】は【C・ゴウ】の両脚を無理矢理“折り畳み”、リング中央に座らせた。


「おい、何する気、だ・・・」

【C・ゴウ】の身体は既に動く状態ではなかった。

両脚は潰され、折り畳まれ。比較的無事だった右半身も、座らせられる次いでに肩を砕かれた。


「“最後”はぁ、あたしの身体とオジサンの身体、どっちが強いか勝負ねっ」

「・・・身体?」

【レディ・G】は、座った状態の【C・ゴウ】に対して背を向けた。


「うーん、身体ってよりかはぁ、“お尻”かな? こうッ」

そう言って、一瞬屈むと一気に跳び上がった。

推定330kg超とは思えない、跳躍。いや、極太の剛脚だからこそ出来る、垂直大ジャンプ。


「ヒップ・・・アターックッ!!」

「ひ」

それが、“最期の断末魔”だった。


「ひい」と言いたかったのか、「ひえ」と叫びたかったのか、今となっては誰もわからない。

2m近く跳び上がった【レディ・G】の巨体は、お尻から【C・ゴウ】目掛けて着地した。


【レディ・G】が叫んだ技名通りの、“ヒップアタック”。


しかし、それは只のヒップアタックではなく。330kg超の超重量に、更に重力加速度が加味され。

その凄まじい威力は、例えるなら交通事故レベルといっても過言ではない衝撃。

それが、【C・ゴウ】の頭から一気に、その身体を縦方向にプレスした。


『これは・・・凄い。今まで色んな技を見て来ましたが、ここまで人体を的確に破壊する技があったでしょうかッ!?』

破壊、というには余りにも凄まじ過ぎる“結果”だった。


110kgある筈の“物体”は、地面から数cmの厚さのリングの染みに成り果てていた。


ヌチャァッ・・・。


「やだぁ、気持ち悪ぅい」

【レディ・G】は、スパッツにこびり付いた赤黒く染まった肉片を手で払い落した。


『デビュー戦とは思えない、圧倒的な決着ですッ! これは素晴らしい逸材だ』

謎のマスクレディ、【レディ・ジャイアント】。


その正体は、運営でも一部しか知る者は居ない。

Comments

okita

更新お疲れ様です。 ビンタ、チョップ様々な技で男を蹂躙してて最高です。 中でも脚の挟み潰しとヒップアタックは非常に体格差を感じるシチュエーションでした。 彼女をこんな場所に連れてきたのは誰なのか… 大変楽しみです。

デアカルテ

感想ありがとうございます。 このJC編、1話と2話のどっちを先に書くか迷いました。楽しんで頂けて幸いです。