【支援者限定】20250911缶詰の解説イラスト補足+おまけイラスト (Pixiv Fanbox)
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缶詰の解説イラストの補足です。
缶詰は南北戦争で普及したと言いましたがその詳細です。
読書メモの内容を引用していきます!記事の最後におまけの解説イラストがあるので見てみてください。
南北戦争について
・1974年、1865年にミズーリ川で沈没した南北戦争中の蒸気船バートランド号の残骸から回収された缶詰のサンプルが、全米食品加工協会によって検査された。缶詰の外観、匂い、ビタミン含有量は劣化していたが、微生物の増殖の痕跡は見られず、109年前の食品であっても安全に食べられると判断された
・南北戦争の兵士たちは、戦時中の死者3人に2人が病気や疾患に悩まされたことで知られるほど、食生活が劣悪だった。缶詰は軍隊にとって、大きな助けとなった食料源の一つであったことは明らかだ。
・南北戦争中の缶詰の詳細。1864年の独立記念日にウィリアム・レイ二等兵が記録した内容。彼は第7ウィスコンシン連隊の隊員たちに「七面鳥、牛肉、トマトの缶詰を4つもらい、以前にも一度ザワークラウトなどをもらいました。おかげで今は元気です。とても幸せです。」と記している 。これらの缶詰は美味しいが価格が高く、普及を阻む要因となったようだ。
・これらの記録から、生産にかかる時間の長さからくる缶詰の法外な価格、既存の製造工場の相対的な少なさが缶詰の普及を阻んでいた。
・逆に南北戦争で缶詰の機械化が始まって生産コストが下がると一気に安くなって普及
・おまけイラストで描いたのですが(この記事の最後に貼ってありますので見てみてね)練乳(コンデンスミルク)の缶詰は南北戦争中兵士に大人気だった。保存がきかない牛乳を長期保存可能だったし、甘くて栄養があった。ちなみに300ml缶詰で栄養が1300キロカロリーあったらしいです。
あと読書メモからの断片的メモです
マコノチー
・デイビッド・R・ウッドワードは著書『聖地の地獄:中東における第一次世界大戦』の中で、中東で従軍したカルカットという兵士について次のように書いている。「夜間行軍の特徴の 1 つは、恐ろしい悪臭でした。マコノチーのシチューの配給により、兵士たちは特に不快なおならを吐き出したのです。私たちは何百人もの男たちが放屁して出した空気に乗って行進したのです。」
マコノチーのおならやばいですね~
・イギリス兵は「缶詰で温めればマコノキーは食べられるが、冷めたら人を殺してしまう(味だ)」と表現。また、ジャガイモが何だか見分けがつかない黒い塊のように見えると不満を漏らす者もいた。肉と野菜の塊の上に脂肪が固まっている様子から、ある記者は「粗悪なゴミ」と評した。
缶詰の普及
・ヴィクトリア朝時代のイギリスの都市住民は、毎日買い物に行かなくても自宅に置いておける、安価で種類が豊富で質の高い食品をますます多く求めていた。これに対し、アンダーウッド、ネスレ、ハインツといった企業が、都市部の労働者階級向けに高品質の缶詰食品を販売した。19世紀後半には、斬新な食材、装飾性の高い印刷ラベル、低価格などを駆使した缶詰メーカー間の競争が激化し、都市部の人々が利用できる缶詰食品の種類は飛躍的に増加した。
・1880年代には缶詰の桃、アプリコット、梨、チェリー、パイナップルはヨーロッパの中流階級のキッチンの食料棚に常備され、手軽なデザートには欠かせないものとなった。
・1902年、イギリスでは、1人当たり年間56ポンドの肉が消費されていた(イギリス国内では消費される肉の半分以下しか生産しておらず他国からの缶詰等での輸入)。
・19世紀半ば、缶詰食品はヨーロッパの中流家庭の間でステータスシンボルとなり、ちょっとした目新しいものとして扱われた。(持ってればかっこいい!iPhoneProMaxみたいなものですね)
・南北戦争中の1860年代には機械で製造できる小型のスチール缶が実現し、密閉缶での製造時間は約6時間から30分に短縮された。(それまではブリキ缶)