【有料版】オギャなる最終回によせて (Pixiv Fanbox)
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悔しい、が素直な感想だ
連載終了を惜しむ声や労いの言葉をいただき、ありがたいやら申し訳ないやらです
オギャなるは打ち切りでしたが、
打ち切りの判断を下したのは自分です
売り上げを報告いただいた時「黒字ではあるが、爆発的人気というほどでもない。連載続けられるけど、どうしたい?」
と伝えられ、先細るなら今やめましょうと判断させていただきました。
前作さよなら幽霊ちゃんが売れなかったのが本当に悔しくて、次は商業連載するなら商業らしく売れるものを と目標を掲げて始めたので迷いはありませんでした。
(一方で前作と違い最短打ち切りではないので、少しは目標達成できた)
ほとんど全ての連載作品がそうであるように、終わったのは自分の力不足ですね
自分の力不足を会社に対して不甲斐なく思っているので、この連載終了で出版社を強く非難するのは控えてほしいと思います。
担当さんや出版社には本当によくしていただいています。
一部の多くの方(この世界には人間が多すぎるので、一部でもかなり多数の人間がいる)はなにかにつけて出版社を叩きたがるのを知っています。私は自分の不甲斐なさを悔しく思ってる最中なので、私の作品を出版社の叩き棒にしないでほしいな
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きちんと売れる、とか、ネットでバズる、とか、目標を決めて悪魔に魂を売った気で始めたんだけど、
4割くらいの結果になって、まぁそんなもんかと思う
実力がね、足りないね
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全体を振り返ると、「役割を降りる」がテーマにあった。
これは1巻でなぎが言っていた「自分や他人を勝手にカテゴライズするな」でもある。
ギャルのふりをし続けたあいりがオタクの本心を出す一話から始まり、
他人への偏見が強いふみ、自分の弱さを受け入れ続けてたいおり、Vtuberの姿に縛られていたこのは、など
こうなったのは「ギャル」に自由のイメージがあるからだと思う
(避けられない個人的な感覚だが、
何かひとつの属性で人間が構成されてていいわけがないと思っているので、
「自分はオタクです!」とそれだけを誇っている人は苦手だ もっとあるだろ何かが
序盤のあいりのことだけど)
一方で「オタクに優しいギャルに私はなる!」のタイトルはそれと矛盾している
これの解決が大学生編。
そして他にもこの作品が抱える問題がある
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オギャなるの決定的な欠落として、「目標を一話で達成してしまっている」がある
クラス全員と友達になる!ならともかく、
誰かと友達になる!が目標だから、ふみが友達になった時点で行く先が無い物語になってしまった
まぁそのおかげで催眠回とか好き勝手できたわけだけども(目標が浮いてる分、目標に向かわない話をやっても許される)
・自分から友達を作る話
・相手から友達になってもらう話
・友達にならない話
など、友達の作り方にバリエーションをもたせて四苦八苦していた
なので、
最終回をやるにあたって「友達を作る」より大きな目標を作る必要があった
それが大学生編です。
あいりがあいり自身と友達になる、は良い最終回になったと思っている。
にしても自分はキャラ曇らせるのが性癖だなと改めて認識しました
4巻分積み上げた主人公を曇らせるの、はちゃめちゃに濡れる
もしかしたら自分が死ぬ時ってすごく気持ちいいんだろうなと思う
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打ち切りの拗ねも相まって最初はバッドエンドにする予定だった
オタク趣味に嫌気がさしたあいりは全部趣味をやめて、
(我々がそうであるように、)自分の心の渇きをYouTubeのショート動画で適当にあしらって気づかないふりをしながら、
なんだかんだ就職してお金もらって死なないくらいに生きていくって終わりにしようと10%くらい思っていたけど、
担当さんから
「君は今後作家として大きくなるなら言の葉の庭を好きな自分から脱した方がいい、君の名はを目指すべきだ」
と言われて、
好きな新海誠ランキング1位言の葉の庭 2位秒速5センチメートルの自分は脳天をぶち抜かれた気分だったし本当にそうだと思ったのでそれをやらずにすみました
担当編集は、必要です。
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大学生編を経て、
あいりは漫画のキャラクターではなくなったような気がする
最初に「役割を降りる」「自身をカテゴライズしない」の話をしたけど、
あいりはこの漫画の主人公として走り回っていた頃から、役割を降りて、
劇的なドラマも起きない、私たちの過ごすような日常に行った気がする
前作のさよなら幽霊ちゃんは「きらら漫画(日常系)になる」が最終地点にあったけど、
似た感じになったのでそういうものに美しさを感じているのかもしれない
これからも健やかに暮らしてほしいなと思う