【限定】おふとんはかくかたりき【閑話】 (Pixiv Fanbox)
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お久しぶりです、おふとんです_(:3」∠)_<たかざわじゅんすけです。
この記事はワンコインお弁当プランで頂いた支援金で買った唐揚げを食べながら書いております。
つれづれなるままに。
あんこ(猫)について
その節は励ましのおたより、本当にありがとうございました。
偶然でも何でもなく、お便りをくださった方はすべてお弁当プランの方だったので、
こちらで改めてお礼を申し上げさせてください。
ありがとうございました。
12月19日の朝、我が家(実家)の天使が空へと帰っていきました。
彼女はもしかしたら本当に天使なのかもしれない話。
12月18日朝の時点で血栓溶解の治療に48時間耐えられれば回復の目がある、という突然すぎる死の宣告。
元々、前回の治療から回復して元気になったからこそ次の症状を抑える、いわば「健康寿命を伸ばす」手術だったはずなのに、
あんこ本人も獣医師も含め、関係した全員が予想しなかった結果となりました。
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獣医師殿の名誉のために明言しますが、決して医療事故ではありません。
彼らは全力を尽くしました。それでもあの血栓を発見することはできなかったのです。
そもそも術後の異変から原因不明の突然死をしてもおかしくなかった。
それでも諦めずに全身検索を続けついに腎臓の動脈の血栓を発見し、
血栓溶解剤の投入という賭けまで持ち込んでくださったんです。
残念ながらその賭けは関係者全員にとっての敗北に終わってしまったのです。
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不思議な力
突然の死の宣告によりぼくはこれまでも何度も経験した、
全身のしびれと発汗、立ちくらみと、まともに動ける状態ではなくなってしまいました。
昔から精神的ダメージを受けると上記の様になってしまうんですね。
まあぼくだけではないと思いますが。
と、まあ、そんな状況だったので、
我が盟友かふぇいんが支援に来てくださったんですが、
彼はあんこが亡くなったときにもぼくが悲しむことに専念できるように色々と立ち回ってくれました。
彼はここを見ていませんが、
特別な感謝を。
なんとかスポーツドリンクだけでも飲んで冷静になったら、
ぼくはもう動物病院に来ていました。
実際には我が盟友が「そのまま一人で放り出したら車に轢かれて死にそう」とのことでついてきてくれたんですが。
彼もあんことは面識があるので、止めずにぼくの心中を察してくれたんだと思います。
獣医師の説明を受け、
母、兄とともにあんこの面会をしました。
その後は父と姉も来たそうです。
このうち、兄と父は本来面会の予定はなかったのですが、
偶然に偶然が重なりこの日、あんこは同居猫を除いて家族全員の顔を見ることができたんです。
死の宣告ありきかもしれませんが、
彼女はぼくら全員を不思議な力で集めたんじゃないかなと、
ぼくは勝手に考えています。
翌日の朝、
訃報が入りました。
最低に不幸で最高に幸福な時間
葬儀の当日、ぼくは予定より2時間早く現地に到着し、
あんこが眠ってる斎場が見える場所でずっと日向ぼっこをしていました。
ぼくとあんこの最後の日向ぼっこのつもりで。
このときは不思議と涙は出ませんでした。
葬儀は家族とあんこだけで行う形式。
本当に、本当に不幸な出来事だと思います。
愛猫は母であり、姉であり、妹であり、娘であり、友であり、恋人であり・・・
それがこの物質世界からいなくなってしまうことを認めなければならない。
普段は近所の子供らに「生きている物は熱を持ち、生きていない物は熱を持たない」ことを教えることもあるのに。
やっぱ生と死は理屈じゃないですね。
運が悪かった。
これは真実ですが、
どうしてもそんなことで割り切ることなんかできなかった。
姉と母は「自分たちのわがまま(もっと一緒にいたいから手術を決めたこと)であんこを死なせてしまった。」と、
ぼくは「みんなあんこが大好きだから、全員で話し合って手術を決めたんだから。間違ったわけがない。」と柄にもなく感情的になってしまうなど。
あの選択を母と姉だけの責任にするなんて、ぼくにはできなかったから。
儀式のあと、家族全員、驚くほど憑き物が落ちたようになっていました。
振り返ってみると、
間違いなく不幸な行事なのですが、
ぼくらとあんこだけの、同居猫すらいない、ぼくらだけの時間。
なんの混じり気のない、純粋にあんこだけを想う時間。
ぼくらとあんこにとって最高に幸福な時間だったと思います。
決して迎えたい時間ではありませんでしたが、
間違いなく刹那的に、最高に幸福な時間でした。
心の傷が癒えきったわけではありませんでしたが、
でこぼこで、穴だらけの家族には必要な儀式だったんだと思います。
前よりも近くにいる
あんこの骸につけてあげた、いつもの首輪の予備。
いわゆる形見になるんでしょうか。
今ぼくはお絵かき中は利き手につけているんですが、
鈴の音を聞くとあんこを感じることができるんです。
ずっと一緒に暮らしていた母や姉、父はそうはいかないかもしれませんが、
しばらく離れて暮らしていたぼくは以前よりもあんこを近くに感じているんです。
あんこを救えなかった神も仏も、もう信じることはできないけれど、
あんこの魂の存在は信じることできそうです。
(余談ですが、ご飯のときに同居猫分しか用意しなかったら、あんこのキャリーが棚から落ちてきたそうです。まじでいるかも。)
もう逃げられない
ということであんこは天からの使い説は(ぼくの中で)濃厚になったわけですが、
あんこが虹の橋や天国にいるんだとしたら、もう悪いことはできませんね。
それに、死の宣告の夜も、あんこの命日も、葬式までの日も、葬式の日も、ぼくは絵を描き続けました。
あんこが死んでも描き続けた絵を、くだらない理由で手を止めるわけにはいかない。
これはぼくがぼく自身にかけた呪いです。これはまじないか、のろいか。
とにかく今を生きることから逃げられないようになりました。
絶対にまた会えるように。
色々とご心配をおかけしましたが、
皆さんのお便りが大きく心の支えになったことは間違いないです。
本当にありがとうございました。
今月も更新頑張ります\\٩( 'ω' )و ////