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【本文のまえに】

コミッションは完成して、現在審査中です。

審査が終わるまでは【前編】を公開して、審査完了後に【後編】を公開します。


全体で約36,000字のうち、【前編】では約25,800字を公開します。

前回投稿した、コミッション途中経過は約13,000字分だったので、その2倍以上ですね。

https://kuro96neko05.fanbox.cc/posts/8806179


それでは、前編をどうぞ


──────────


 俺の首が「挿げ替えられた」のは、先月の大道芸フェスでの出来事だった。


「あ〜……昨日は飲みすぎたな……」


 日曜日。深酒して起きたのが昼近かった俺は、洗面所で顔を洗って野太い唸り声を上げた。伸びた無精髭がザラザラと手のひらに当たる。電動髭剃りを手にして、頬から二重顎の下の髭も剃ってさっぱりすると、俺は鏡を見た。


 眉が濃く、鼻っ柱の太い顔立ちの巨漢が、鏡の中から俺を見つめている。彫りが深い顔であるため、痩せればまあまあ男前なんじゃないかと思ってはいるんだが、いかんせん、体に贅肉が付きすぎている──豊田雄平、36歳。身長は194cmで、体重は125kg。学生時代になにか運動経験があれば違ったかもしれないが、学生時代も社会人になってからも何も運動しなかったため、仕事のストレスでさらに太ってしまった。やや禿げてきた頭頂部に、育毛剤を馴染ませていく。朝飯を食うかとも思ったが、もう昼近い時間のため、外で昼飯を食うことにした。太鼓腹を覆う汗臭いランニングシャツを脱ぎ、Tシャツとジャージに着替えてアパートを出る。


 商店街の方へと歩いていくと、普段より人通りが多い。それどころか、いくつか人だかりがあり、歓声が湧いている。


「おっ、大道芸のイベント、今日だったのか」


 今日は市が主催する大道芸フェスの日だと思い出した。大道芸人やマジシャンたちが、商店街や駅前広場などの、ある程度スペースのある路上で芸を披露しているらしい。ジャグリングをしている大道芸人もいれば、パントマイムをしているやつもいる。足元にはおひねりを入れる箱があり、観客たちが思い思いの金額を入れていた。


「そういや、去年は観てないんだよな。飯食う前に軽く覗いていくか」


 俺が大道芸人たちを冷やかしながら歩いていると、魚屋の近くでマジックをしているピエロが目に入った。既に20人ほど観客がいて、中々に賑わっている。


「はいはい〜! それでは500円玉が入っているのは、どっちのコップでしょう?」


「右!」


「みぎ〜!」


「正解は……こちらです!」


 ちょうど何らかのマジックが終わったところらしい。テーブルに伏せられた2つのコップのうち、左側のコップの下から500円玉が出てくると、観客たちは拍手を鳴らした。


「それじゃ、ウォーミングアップはこの辺りにしましょうか。先ほどお見せした通り、私は交換マジックが大得意でしてね。皆さんが欲しいものを、他の人と交換してみせますよ!」


 ピエロはそう言うと、観客をぐるりと見渡した。そして、観客の一番前にいた、小◯校低学年の男の子を指名した。


「それでは……目の前にいるボク! なにか欲しいものはあるかな?」


「えっ! ぼっ、ぼくですか……!」


男の子は緊張しながらも、ピエロの質問に答えた。


「えっと、ぼく……背が低くて、クラスの背の順でも一番前で……だから……背がおっきくなりたいです!」


「おお! それでは私が君の望みを叶えてあげよう──そこの、一番後ろの大柄な男性の方! ご協力お願いできますか!」


「……ん? 俺か!?」


 ピエロが、俺の方を見て呼びかけていた。背が大きくなりたい、という願いを、どうやって叶えるつもりなんだろう。俺は興味もあって、マジックに協力することにした。


「ちょっと通してくれ……ああ、すまない。別に構わないが……どうするんだ?」


「おお、かなり大柄な方ですね……それでは今から、こちらの少年と男性の首を、交換してご覧に入れましょう!」


「ええっ!? ぼく、こんなに大きなおじさんになれるの!?」


 驚きつつも笑顔になる少年。俺のことを、キラキラした目で見上げている。俺も驚いてはいたが、首の挿げ替えマジックというのは「挿げ替わっているように見える」だけで、肉体そのものが変わるわけではない。ただ、少年があまりにも嬉しそうにしているので、この場で水を差すのも野暮かと思い、俺はピエロの言葉に従うことにした。


「いやあ、どうなるのかドキドキしますね。よろしくな、ボク」


「うん! ありがとうおじさん!」


「はーい。それじゃ、お二人はこちらの箱に入ってくださいね」


 ピエロは傍らにあったオレンジ色の箱を俺たちの前に持ってきた。箱は複数あり、いくつかの分割された箱を繋げて縦長の箱にしていく。少年の場合は使う箱の数が少なかったが、俺の場合は横幅も縦幅もでかいので、横にも縦にも積み上げて、中の仕切りを外して箱をジョイントさせ、大きな箱にしていく。やがて頭部だけの箱と、体だけの箱とに別れて、俺たちの肉体が収まった。俺も少年も、頭部の箱の上部に扉があり、外が見えるようになっている。ピエロが箱の背中側の扉を閉めた。


「それでは……まずはこちらの少年から。まずは頭の箱と体の箱の間に、仕切りを入れますね」


「えっ!?」


 ガシャコンと音が鳴った。とはいえ、本当に仕切りを入れて、頭と体を分断できるはずがない。そういう演出の音だろうと思っていると──


「うわうわっ! すごい!」


「マジかよ!」


「どうなってるの!?」


 俺の視界の中で、ピエロが少年の頭部の箱を持ち上げた。少年と観客たちが感嘆の声を漏らしている。何が起きているんだと思っていると、ピエロがニヤッと笑いながら、少年の頭部の箱を、俺の側に向けた。ピエロが持っている箱のなかで、少年の頭が興奮した様子で騒いでいる。


「すごい! すごいよ! ぼくの頭、どうなってるの!?」


「フフフ。それは種も仕掛けもあるので秘密です! それじゃ、いったん君の頭、テーブルに置くね」


「はーい!」


 ピエロは少年の頭部が入った箱を、傍らにあるテーブルに置いた。少年は興奮しながらも笑顔だ。そして、ピエロが俺の方を向いた。


「それでは、次はこちらの男性です! こちらにも仕切りを入れて、頭と体をわけますね」


「うおっ!?」


 ガシャコンと俺の首の下で音が鳴ると、なんだか妙な感じがした。首から下の感覚が急になくなった。手足を動かそうとしても、動いている感覚がない。まさか……いや、そんな馬鹿な……。俺が顔に冷や汗を掻いていると、ピエロが俺の頭の箱を両手で掴んだ。


「なっ!? ど、どうなってんだ!?」


 持ち上がるはずがない、という考えに反して、ふわりと俺の頭が浮かぶ。初めて味わう浮遊感。観客たちがさらに大きなどよめきを上げる。ピエロが俺の頭が入った箱をテーブルまで持っていき、少年の頭の箱の隣に置く。ピエロは観客たちに、俺たちの体の箱の扉を開けて、中に体が入っていることを示している。確かに、箱の中には俺の体が入っている──汗かきで、濃い脇汗のある青いTシャツと黒いジャージもそのままだ。少年の箱も同じだった。俺は興奮して、少年の頭に小声で話しかけた。


「な、なあ……俺たち、どうなってるんだ? 君は最初から、あのピエロから……仕組みとかを聞いているのか?」


「えっと、ぼくもどうなってるのか、わかんなくて……でも、すごいですよね!」


「はいはい〜! それではお待ちかねの、挿げ替えタイムです〜!」


「わっ!」


 ピエロが少年の頭の箱を持ち上げて運ぶと、俺の体の箱の上に置いた。少年の小さな頭部が、125kgはある俺の巨体の上に載っているのは、どうにも奇妙な光景だった。


「それでは、頭と体を繋げてみましょう!」


 ピエロが、頭部と体の箱の間の仕切りを外した。すると、俺の太い腕や足がビクンと痙攣した。少年の頭の大きさが、俺の巨体に見合うようにぐぐっとデカい頭になっていく。顔つきや肌は少年のままなのだが、少年の頭部は俺の肉体に合わせた大きさに変わり、まるで童顔の巨漢のようになってしまう。ピエロが少年に話しかけて、鏡を見せていた。


「すごいすごい! これ、ぼくの体なの!?」


「どうかな? 新しい体は。手を上げてみて」


「こう……? うわっ! 動く!」


 少年の頭部が載った俺の体が、太い右腕を上げていた。観客たちも大興奮だ。


「さあ、続いてはこちらの男性です!」


「うおっ! おいおい! これ、マジなのか!?」


 続いて、ピエロが俺の頭の箱を持ち上げ、少年の体の箱の上に置く。やけに視界が低い。


「それでは、仕切りを外して、頭と体を繋げます!」


 ガシャコンという音と共に、ピエロが頭の箱と体の箱の間の仕切りを外す。すると、急に体に血が通うような感覚があった。


「えっ、あっ! なんだ……これっ!」


 だが俺は自分の体に、奇妙な違和感を覚えた。自分の体のはずなのに、ずいぶん感覚が違う……こんなに「軽い」感じがするのは変だ……めまいを感じた俺に、ピエロが鏡を見せてくる──そこには、キャラクターもののTシャツを着た、華奢な少年の体に俺の頭部が載っているのが見えた。だが、さっきの少年と同じように、俺の頭部も体に合わせて小さくなっており、頭頂部が禿げたオヤジ顔の小◯生のように見えてしまう。不思議なことに、体は変わっていても声はそのままであるため、太く渋みのある俺の声が口から出てきた。俺が手を動かすと、華奢な少年の腕が動いた。


「それでは、お二人とも……箱から出てきて下さい!」


 ピエロが箱の扉を全て開けた。俺は急に低くなった視界に戸惑いながら、ピエロと観客たちの前に出た。隣には、俺の巨体になった少年が、ニコニコしながら俺の分厚い体を触っている。観客たちが大喝采を上げた。


「あれやばくない!?」


「本当に首が変わってるじゃん!」


「どっ……どういうトリックなんだ!?」


 観客たちが大興奮し、次々におひねりを投げていく。ピエロは観客に一礼し、俺たちにも頭を下げた。


「お二人とも、ご協力ありがとうございました」


「うん! すっごくたのしかった! ありがとうピエロさん!」


 俺の巨体になった少年は、ニコニコ笑って観客の中に戻ろうとしている。ちょっと待て……これで終わりなのか!? 俺はピエロと少年に呼びかけた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺たちの体、本当に変わってるんだぞ!? 元に戻してくれ!」


「え? いやだなあ。ここだけの話【これはマジックですよ】【体が変わったような気がするのも、マジックのうちです】」


「う、う〜ん……そう……なのか……?」


 ピエロの言葉を聞くと、なにか──脳みそが膜で包まれたような、奇妙な感覚があった。釈然としない気分だが……俺は、どうにもこの場を離れる気が起きず、そのままマジックショーを見続けた。挿げ替えマジックはその後も続き、観客たちの首が挿げ変わっていく。


「うわぁ! パパの体、おっきーい!」


「おおっ……こうして自分の体を見上げるの、変な感じだな!」


 二組目は、40代前半の父親と、小◯校高学年の女の子の首が挿げ変わった。三つ編みの女の子の頭部が、白いポロシャツから筋肉質な腕が見える男性の体に載っており、日焼けした筋肉質な腕に力こぶを作って、感動したような声を上げていた。一方、ツーブロックの髪型の男臭い四十路男の頭部が、小◯生の女の子の体の上に載っていた。


「うおっ!? オイラの体、嬢ちゃんの体になっちまったのか!? んおぉ……!!」


「ワオ! ジャパニーズウオイチバ……築地、行ってみたいデース!」


 三組目は、近くの魚屋の店主の50代の角刈りオヤジと、日本に留学に来ているという金髪のアメリカ人女子大生の頭部が挿げ変わった。ねじり鉢巻きをした、白髪交じりの角刈りの中年男の頭部が、豊満な乳房の若い女性の体に載り、感動したように自分の胸を揉んでいる。金髪をポニーテールに纏めた白人女性の頭部が、がっちりと固太った体をした魚屋のオヤジの肉体の上に載っている。アメリカ人女性は、魚屋のオヤジが着ているゴム製のエプロンや、がに股の足が履いているゴム長靴をあれこれ触って確かめていた。


「うお〜っ! すっげー!! おれがお巡りさんの体になってる!!!」


「な、なんだこりゃ! 本当に体が変わったのか……!?」


 最後に、小◯校高学年くらいの太った男の子と、30代前半くらいの男性警察官の頭部が挿げ変わった。日焼けしたガキ大将のような丸い男の子の頭部が、制服を着た逞しい警察官の体の上に載っており、ぴょんぴょんとジャンプしてはしゃいでいる。代わりに、30代の精悍な風貌の警察官の頭部が、Tシャツと短パンを穿いたムチムチと肉付きのいい少年の肉体の上に載っており、信じられないといった顔で自分の体を触っていた。少年と警察官の挿げ替えマジックを終えたピエロは、パンパンと手を叩いた。


「はいはい〜! それではマジックショーは、これにて幕引きです。ご協力頂いた皆様、誠にありがとうございました!【あなたたちは、元に戻ったということにしておきましょうね】」


「んあ……?」


 もう一度なにか──脳みそがねっとりとした膜に包まれた気がした。観客たちも拍手をして、次々におひねりを箱に入れていく。そしてそれぞれ、興奮した様子で喋りながら解散していく。


「すごかったね〜! まだパパの体になった気がしてるよ!」


「そうだな。パパも由香の体になった気分がまだ続いてて、なんだか不思議な感じだよ」


 首から下は筋肉質な男性になってしまった、三つ編みの女の子が、興奮した様子で喋っている。隣にいる、首から下は女の子になってしまった、ツーブロックの男臭い顔の男性と、二人で手を繋いでニコニコしながら立ち去っていく。


「とても楽しいショウでしたネ! 私のカラダ、まだサカナヤのオジサンみたいで、ドキドキしてマ〜ス!」


「おう! こっちも嬢ちゃんの体みてえな気分でよ! なんだかたまんねえぜ! ガハハ!」


 留学生のアメリカ人女性が、日焼けした太い腕を振りながら魚屋のオヤジに挨拶していた。留学生のアメリカ人女性は、ゴム長靴を穿いてゴム製エプロンを着た、まるで魚屋のような出で立ちのまま、他の出し物を見に行こうと立ち去っていく。魚屋のオヤジは、愛想よく留学生へと手を振り終えると、妙に好色な目つきで自分の盛り上がった乳房を見つめていた。


「うおーっ! 楽しかったぁ! そろそろ帰ろーっと」


「ま、待ってくれ! 装備品を返してくれないと困る!」


 頭部は太ったガキ大将風の少年で、首から下は警察官の肉体の少年が、子どもらしく全力疾走でその場を立ち去っていた。頭部は三十代の精悍な警察官で、首から下は太った少年のような男が、慌てて少年を追いかけていたが、足が遅くて全く追いつけそうになかった。


「あ! おじさん! さっきはありがとう! ぼく、おじさんみたいな、おっきい体になりたかったんだ!」


 やけに背の高い巨漢が、俺に手を振っていた──さっきのマジックで俺と組んだ子だ。首から上はおとなしそうな男の子なのに、首から下は俺のような肉付きのいい大男であるため、なんだかチグハグで妙な感じだった。


「あ、あぁ……すごかったよな。なあ、ちょっと一緒に来てくれないか?」


俺は少年に声を掛けて一緒にピエロの元へ行った。片付けをしていたピエロに、少年がはしゃいだ様子で声を掛けた。


「あの、ピエロさん! すっごいマジックだったよ! ぼく、まだおじさんの体になってるみたいな気がして、すっごくうれしい!」


「俺もそうなんだ。なんだか、まだ俺が子どもの体になってるみたいな気がして……」


 俺は、ピエロと少年を見上げながら口を開いた。頬を触ると、剃り残した無精髭がチクリと手に当たる。顎を撫でるとタプタプと贅肉がついた二重顎があった。頭頂部を触ると、やや髪が薄く、禿げている。頭部が俺のものであることには間違いがない。だが──俺は自分の体を見下ろした。キャラクターモノの黄色のTシャツを着て、白い短パンを履いた華奢な体。アパートを出るまで、俺は太鼓腹が邪魔して自分のズボンは見れなかったはずなんだが、今は短パンも足も見える。本当に自分が子どもの体になっているような気がする。うーんでも【あなたたちは、元に戻ったということにしておきましょうね】ってこのピエロも言ってたし……。ん? 元に戻ったということに……?


「いや待て! これ……元に戻っていないんじゃないか?!」


 脳みそを覆う膜が、ぐわんとたわんだ気がした。ピエロがこともなげに口を開いた。


「ええ。そうでしょうね。先ほどは説明を省略しましたが──本当に挿げ変わっていますので」


 脳みそを覆っていた膜が、急に晴れた。そして俺は、自分や他の客に起きた現状を、正しく認識した。


「うおっ!? な、なんだこりゃ!!」


 俺はギョッとして自分の体を見た。「気がする」というレベルではなく、本当に俺と少年の頭が挿げ変わっている! 一方、少年も俺の言葉で挿げ替えに気づいたようだが、目を輝かせて喜んでいた。


「うわあ! 本当だ! ぼく、おじさんの体になってる! すご〜い!」


「その、元に戻してくれ! これはさすがに困る!」


「ええ〜っ! 本当に戻りたいんですか? 【普段の自分と違う身体になって、子供の目線から見た新しい世界を知るチャンス】ですよ?【あなたも新しいカラダが大好き】ですよね?」


「んあっ……!」


 そう言われると、急にこの体が惜しくなる気がした。少年も喜んでくれているし、俺もこの新しい体で、これから先の人生を生きてみるのも、悪くはないんじゃ──


(いっ、いや……なにか、なにかおかしい!)


 さっきからこのピエロの言う言葉に、妙に流されて納得しそうになってしまう。理性では元に戻りたいと思っているのに、俺の感情はこの挿げ替えに感動して、目尻に涙さえにじんできている。頭の中がチグハグになっているのを感じながら、俺はピエロに告げた。


「それもそうなんだが……その……やっぱり、戻りたいんだ」


「う〜む。なるほど……あなたは『効きづらい』ようですね。他の皆さんは最初から『多少の違和感は受け入れて』いるし、いずれ『元からそういう体だったと思い込む』のに」


 なんだかさらっとヤバいことを言っているが、実際その通りなのだろう。首が挿げ変わった人々は皆「まだ体が変わっている気がするけど、気のせいだろう」程度にしか考えていないようだった。しかも、それを「元からそうだった」と思い込むだって……? そんなこと可能なのかと疑ってしまうが、しかし首の挿げ替えなんてあり得ないことをしでかす相手だ。充分に可能性は考えられる。


「まあでも、私はあなたの意思を尊重しますよ。どうしても元に戻りたいときは、来週の土曜日の12時に、またここに来て下さい。【それまで、新しい体を楽しんで下さいね】」


※


「すみません……すみませっ……うおっ!」


 翌日、月曜日。俺は小◯生になってしまった体で、他の乗客たちの流れに押し込まれるように通勤電車に乗り込んだ。とても俺の体格のスーツなど着れないので、渉くんの服を着たままだ。まあ、汗掻きな俺と違って、渉くんは汗臭くないし、二日目くらいなら大丈夫だろう。194cmだった俺の身長が、渉くんの体になったことで、112cmへと──小◯生並の身長へと変わったことで、俺から見た通勤電車の景色は一変していた。普段は電車の天井にぶつからないように頭を屈め、他の乗客たちの頭を見下ろしながらつり革に掴まっていたのが──今では他の乗客たちを見上げる体勢で、つり革に手も届かないので手すりに掴まっている。こんな身長で満員電車に乗るのは、圧迫感があって怖いのだが……さすがに「電車に乗るのが怖いので休みます」とは会社に言えるわけがない。電車が走り出してしばらくした頃、クスクスと笑う若い女の子の声が頭の上の方からしてきた。


「ねえ見て。あの小◯生、ハゲてない?」


「うわっ。ホントだ……ていうか、顔も結構オヤジ顔じゃない?」


 声がした方を見上げると、近くでつり革を掴んでいる女子高生2人組が、俺を見下ろしながら笑っていた。顔がかあっと熱くなり、恥ずかしくて俯いてしまう。こんな小◯生と間違われるような体にされて、ハゲた頭をまじまじと見られて笑われるなんて、成人男性として屈辱すぎる。なのに──


(なんでこんな……んくっ! 妙な気持ちになっちまうんだよっ!?)


 頭の中がとろーんとして、はあはあと息が荒くなる。今まで圧迫感を感じていたはずの、他の乗客たちを見上げる光景が、華奢でチビな少年の体格になってしまった自分の体が──急に愛おしく感じられてしまう。子どもの目線で世界を見ることが、とても楽しくて──ずっとこのままでいいのにと思ってしまう。次の土曜日にピエロのところに行かないなら、俺はずっとこの体のままなのだ。そのうち二次性徴が来れば、身長も伸びるだろう。それを待てばいいんじゃないか?


(そんなわけ、ない……だろっ……! 俺は俺の体に戻りたいんだッ……!)


 俺は手すりを小さな手でギュッと握りながら、自分の内側から湧き上がってくる喜びを懸命に打ち消そうとした。火照り始めた体が徐々に鎮まっていき、顔に感じていた暑さも引いていく。次の駅に着く頃には正気に戻っていたが、さっきまでの感覚とは逆に、華奢な少年の体格になってしまった現実と、ジロジロとハゲた頭を無遠慮に見られる屈辱が、反動のように俺を襲ってきた。


(うっ……そうだった。俺……子どもの体になっちまったんだよな……)


 意気消沈しながら電車に揺られて、会社の最寄り駅で降りた。尿意を感じて駅のトイレに寄ったが、この駅のトイレには、大人用と子ども用の高さの違う二種類の小便器がある。いつものように大人用の小便器を使おうとしたが、位置が高すぎて届かず、しょうがなく子ども用の低い位置にある小便器を使うことにした。ブリーフごと短パンを膝下までずり降ろす。何も毛が生えていない股間と、真性包茎チンポがぷるんと外に出た。俺の大人の肉体との違いをまざまざと視覚的に実感し、再び俺の頭の中に多幸感が湧きそうになる。慌てて意識を尿意に集中した。ちょろろろ……と放尿が始まった音を聞いているうちに、俺は気付いた。


(というか、チャック開けてチンポを出せばいいのに……なんで俺は、ブリーフごと短パンを降ろしたんだ……?)


 隣で用を足そうとしたサラリーマンが、子どもっぽく短パンと下着をずり降ろした俺の放尿スタイルと、俺のハゲた頭を見て、ギョッとしたように俺の頭と体を二度見するのが視界の隅に映った。こんな短小包茎のチンポを見せながら用を足すなんて、恥ずかしい……なのに、俺はまるでいつもしているかのような自然さで、ブリーフと短パンを膝下までずり降ろしていたのだ。


 もしかすると「体が覚えている動き」ということかもしれない。自分で無自覚に取ってしまった、子どもっぽい放尿スタイルをようやく終えると、ジロジロと俺の頭と体を見比べる他の男性客たちの視線を感じながら、洗面台で手を洗い──こちらも、一段低くなっている位置の洗面台を使うしかなかった──駅を後にした。


※


「ボクさあ、学校はどうしたの? お父さんかお母さんが、ここで働いているのかな?」


「そうじゃなくて、俺は営業課の豊田雄平なんです! さっきからそう言ってるじゃないですか! ほら、社員証!」


 会社の玄関ロビーで、俺は警備員に捕まっていた。俺のことを学校をサボって親の会社に来た子どもだと思っているらしく、社員用ゲートに進ませてくれないのだ。警備員は俺が見せた社員証を疑わしげな目線で見ていた。


「あ〜……顔は確かにお父さんにそっくりだけどさぁ、でも、ここはボクみたいな子どもが来るところじゃないんだよ?」


「だ・か・ら! 俺が豊田雄平、本人なんですってば! マジックショーで首を挿げ替えられたんです!」


「またまたぁ……あんまり大人をからかっちゃダメだよ? で、君のお父さんが豊田雄平さんってことでいいんだよね? その社員証は預かっておくから、お父さんが来たら渡しておくね?」


「あっ、ちょっ!? 返してくれ! それは俺の社員証なんだ!!」


 俺の野太い声での抗議も虚しく、警備員は俺から社員証を取り上げた。俺はぴょんぴょんジャンプして取り返そうとしたが、背丈が縮んだ今の体だと、全く手が届かない。警備員は片手で俺のハゲた頭を抑え、もう片方の手で社員証を受付にいる社員に渡し、なにか話している。そのとき、カツカツと革靴の音がして、聞き慣れた声が降ってきた。


「あれ? 豊田じゃないか……? なんでそんなチビになってるんだ?」


 同期の吉川だった。年も俺と同じで36歳だが、筋肉質な体格で日焼けもしており、見るからに体育会系の営業マンらしい風貌をしている。とはいえ吉川の身長は、194cmある俺よりは下で、確か175cmくらいだったと思うのだが、今の俺にとっては巨人のような体格に見えた。吉川は、首から下が子どもの体になってしまった俺をまじまじと見ていたが、俺が事情を説明すると、あっさりと信じてくれた。


「うーん……? 妙な話だが……まあ、そういうマジック……なんじゃないか?」


 話しているうちに、吉川の瞳がどこか虚ろになっていった。それは、あのマジックショーに巻き込まれた人たちと同じような様子だった。俺は不安になって、吉川の袖を揺すった。


「よ、吉川……?」


「ん? ああ、俺から警備員に話してやるよ。ちょっと待ってな」


 吉川が警備員に掛け合うと、警備員も今度はあっさりと吉川の話を信じてくれた──吉川と同じように、どこか瞳が虚ろな様子になっていたが。


「……いやあ、すみませんね、豊田さん。疑ってしまって。でもまあ、そういうマジックなら……仕方がないですよね。社員証、お返ししますね」


「え、ええ……ありがとうございます」


「良かったな、豊田」


 吉川が子どもにするように、わしわしと俺の少しハゲた頭部を撫でた。


「んくっ! よ、吉川! やっ、やめ……!」


 俺の脳みその中が、とろりと多幸感で満たされる。子ども扱いされて大人から頭を撫でられる──子どもの頃から体がデカかった俺にとって、チビ扱いされるのは初めての体験だった。まさか36歳にもなって、初めて言われちまうとは……屈辱的なはずなのに「もっと撫でて欲しい」「俺を子どもとして扱って欲しい」という感情がキュンキュンと胸に溢れてきてしまう。吉川は頭を撫でられてうっとりしている俺の様子に、苦笑しながら手を離した。


「悪い悪い。つい子ども扱いしちまった。俺にも息子がいるからさ」


「あ、あぁ……いいんだ……その……」


 我に返った俺は、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じていた。36歳のオッサンなのに、同い年の男から頭を撫でられて喜んじまうなんて……あまりにも恥ずかしすぎる。俺が俯いていると、吉川が手を差し出した。


「ほら、豊田。そろそろ上に行くぞ」


「あ、う……そうだな……」


 子ども扱いして悪かったと言いつつ、吉川は子どもにするように俺と手を繋ぐと、社員用ゲートに社員証をかざした。俺は同僚に手を繋がれて出勤するという恥ずかしさよりも、再び子ども扱いされた喜びでうっとりとしながら、営業課へのエレベーターへと向かった。


※


 どうやらこの挿げ替え現象は「俺を元から知っている人間」は、ちゃんと俺を豊田雄平として認識してくれるようなのだが、俺のことをよく知らない人間からは、オッサン顔の子どもとして扱われてしまうようだった。事情を説明した営業課の社員たちは「大変でしたね」「すごくよくできたマジックですね」と首の挿げ替えを信じてくれたのだが、俺のことをよく知らない人間──他部署の人間からは「どうして子どもが会社に?」と奇妙な顔をされてしまった。だがそれも、俺のことを知っている人間から事情を聞くと、すんなりと受け入れてしまうようだった。


「な、なかなか疲れるな……」


 俺は営業課の自分のデスクで、ぷらぷらと足を揺らしていた。足が床まで届かないのだ。首が挿げ変わってもパソコン仕事には影響しないと思っていたのだが、妙に指がぎこちない。頭ではわかっていても、ブラインドタッチができないのだ。駅のトイレでの一件といい「体が覚えている動き」は、首が挿げ変わった後にも影響が出てしまうらしい。俺はまじまじとキーボードと画面を見比べながら、普段よりも遅いペースで資料を作っていた。


「豊田、ちょっといいか」


 午後になってから岩瀬課長から呼ばれたのも、俺の仕事の進みが遅い件についてだった。M字に後退した髪の生え際と、ブラシのように太い口髭を生やした課長は貫禄があり、課長の席に呼ばれた俺はその時点で圧迫感を感じていた。


「あのな、子どもの体になったのはわかるんだが……仕事の進みが遅すぎる」


「……はい」


 課長の胴間声が、上から降るように響いてくる。俺は縮こまって課長を見上げた。体格差がありすぎて、まるで自分が子どもの頃に戻って、大人に怒られているように錯覚してしまう。


「頭は大人なんだから、もうちょっと段取り良く進めてくれ。いいな?」


「…………は、い……すみません……でした…………うっ、ぐすっ……」


 課長は何もキツく叱っているわけではない。頭ではわかっていても、見上げるような大人から、しかも強面な風貌の課長から叱られると、俺は怖くて涙が出てきてしまった。課長が慌ててしゃがみ込み、俺に目線を合わせる。厳つい課長の顔が間近に迫ってきて、俺は怖くてさらに涙が出てきてしまった。


「なっ!? お、おい! 泣くな!」


「あーあ、課長。豊田を泣かせちゃったじゃないですか」


「課長、ひどーい。パワハラですよパワハラ」


「おっ、俺はそんなつもりじゃ……」


 吉川や他の女性社員たちが課長を注意すると、俺を課長の席から引き離してくれた。


「もう大丈夫ですからね、豊田さん」


 若い女性社員──中野がしゃがみ込み、俺を抱きしめてくれた。まるで性欲のない子どもを相手にするように、なんの警戒心もなく俺の頭が中野の胸に当たってしまう。俺は驚いて涙が引っ込んでしまい、中野から慌てて体を離した。


「な、中野くん……まずいよ。俺……こんなんでも36歳のオッサンだぞ?」


「あっ、すみません……なんだか豊田さん、子どもっぽい感じがしちゃって……」


「いいんだって。こいつは今までデカかった分、子ども扱いするぐらいで釣り合いが取れるんだって。なあ?」


 吉川が無造作に俺の少しハゲた頭を撫でる。中野と吉川から立て続けに子ども扱いされたことで、また俺の脳みそが多幸感で染め上げられていく。


「やっ……やめ……はうぅ……」


「やだー、豊田さんかわいい」


 野太い声で喘ぎ、恥ずかしがる俺を、中野がからかう。それさえも嬉しくなってしまい、俺はとろーんとした頭のまま自分の席へと戻った。


※


「きょ、今日は散々だったな……」


 家に帰ると、俺は着ていた渉くんのTシャツと短パン、ブリーフを脱いで洗濯機を回した。どうしても体に合うサイズの服がこれしかないので、ピエロが元の体に戻りたいなら来いと指定した土曜日まで、毎日自宅で洗濯して、近所のコインランドリーで乾燥機機能だけ使って着回すつもりだった。さすがに週末までしか使わないのに、子ども服を買うのも気後れする。というか、一度買ってしまうと、例の多幸感が押し寄せてきて、子どものままでいたいって思っちまいそうで、なんだか怖いというのが本音だった。


「おっ、俺の体……やっぱり……子どもの体なんだな……」


 全裸になった自分の体を見下ろす。脂肪もムダ毛もない、つるりとした華奢な肉体。股間にも毛が生えておらず、らっきょうのような見た目の真性包茎チンポが生えている。自分の体が他人の体になったことを改めて自覚した途端、またあの多幸感が溢れそうになってきた。


「やっ、あぁっ……! 違くて……俺、元の体がいいのにっ……!」


 悶えながら洗面所を出て、敷きっぱなしの布団がある万年床に倒れ込む。三ヶ月は洗濯していないシーツからは、ツンと酸っぱい太った男の体臭が匂ってくる。先週までは俺の体臭だったのに、今はもうこの体臭は俺の匂いではなくなっているのだ。俺が渉くんの体の匂いを嗅ぐと、うっすらと甘い少年の体臭が匂ってきた。自分の首から下が他人の肉体になってしまったことを、より一層実感してしまう。


「あっ! ああっ! こんなの、おかしいのにっ……!」


 俺は興奮しながら自分の体をまさぐると、真性包茎チンポを弄り始めた。その手つきさえも、ぎこちないものになってしまっている。頭ではオナニーのやり方を理解しているのに、手つきが初々しい。性知識だけはある少年が、初めてオナニーするかのような手つきになってしまっているのだ。やはりこの体は、他人の体なんだ──そんな絶望感が浮かぶと同時に、喜びへとすり替えられる。抗うと反動でメンタルがかなり落ち込むと、今日の昼間思い知らされたので、この場ではそのまま溺れることにした。


「あっ、あっあっ! 出ちまう! すごい! こんな──んいっ!?」


 ビクン! ビクンビクン! と俺の体が痙攣する。体が自然とのけぞり、やがて敷布団の上に着地した。チンポはヒクヒクと痙攣しているが、射精はしていなかった──いわゆるドライオーガズムというやつらしかった。体は未精通なのだから、当然だ。


「はひっ……すご……あぁ……」


 俺は洗濯が終わるまでの間、枕とシーツに染み込んだ、自分の酸っぱい体臭をおかずに、真性包茎チンポを弄り続けた。オナニーを覚えたての少年のようだと頭では思っていても──体は止められなかった。


※


 この奇妙な生活の折り返し地点である、水曜日。俺は所用があって会社の外に出ていた。


 街を歩いていると、街も人もずいぶん大きく見える。というより、俺が小さくなったんだが。電車もバスも吊り革なんてとても掴めないし、歩幅も小さくなったから、バスを降りて会社や自宅に向かうときも、ずいぶん長い距離を歩いているように感じてしまう。


 顔見知りの取引先との打ち合わせがあり、それはつつがなく終わった。向こうも俺の顔を知っているから、マジックショーの話も信じてくれたのだ。そこまではよかったのだが、会社に戻る途中で、下校中の小◯生の集団に出くわした。厳ついオヤジ顔なのに首から下は小◯生の体である俺の方を見て、くすくす笑っていて嫌な感じではあったんだが、俺が足早に通り過ぎようとすると、その中で体格のいい子が、ニヤつきながら俺の前を通せんぼした。


「おいお前! どこ小? つーか、すげーオッサン顔じゃん!」


「なんでそんなハゲてるわけ?」


 俺はかあっと顔が恥ずかしさで赤くなるのを感じながらも、精一杯威厳のある声で言い換えした。


「違う! 俺は大人で、れっきとしたサラリーマンだ! ……そこを通してくれ!」


「うっわー〜! こんなチビが大人なわけないじゃん! うそつき!」 


「うそつき〜!」


「うそつき〜!」


「いけないんだ〜!」


「うそつきは……こうだっ!」


「うわっ!」


 体格のいい、日焼けしたスポーツ少年のような子に突き飛ばされ、俺の鞄が地面に投げ出された。蓋があいて、中から資料や財布が散らばってしまう。子どもたちがそれに群がってきた。


「うっわー、ほんとにサラリーマンごっこしてんじゃん」


「つーか財布すごっ! 財布は大人みたいじゃん……うわっ! けっこー入ってる」


「見せて見せて!」


「返せ! 返してくれっ! それは俺の財布だ!」


 俺は財布を取り返そうとしたが、4〜5人いる高学年の子たち相手ではどうにもならず、財布を高く持ち上げられて、次々に子どもたちの手にパスされてしまう。そのうちの一人が、


「これ……新しいゲーム買えんじゃね?」


「うおっ! マジだ!」


「このまま買いにいこーぜ!」


 と言い始めた。俺は焦ってぴょんぴょんとジャンプして財布に手を伸ばしたが、体格が違いすぎて全く取り返せる気配がなかった。


「ちょっ! ホントに返してくれ!」


「いぇーい!」


「財布は、おれらがゆーこー活用? しといてやるよ!」


 小◯生の集団にカツアゲされ、しかもそれを取り返せない──体格差が理由で──という36歳の男としてあまりにも情けない姿なのに、あのピエロに刷り込まれた力が働いているのか、俺の短小包茎チンポは、こんなときも短パンの中で固くなってしまった。そのときだった。


「コラッ! お前たち! なにやってる!」


「やべっ!」


「お巡りさんだ!」


 蜘蛛の子を散らしたように、子どもたちが逃げていく。ずんぐりした少年のような体型のお巡りさんが、こちらに走ってくる。俺を助けてくれたのは、あのマジックショーでガキ大将風の少年と挿げ変わった、30代のお巡りさんだった。30台の精悍な風貌の頭部には警察官の制帽をかぶっているが、首から下は警察官の制服のサイズがないのか、無地の紺色のTシャツと黒い短パンだった。少しでも、落ち着いた雰囲気にみせようということなのだろう。肉付きのよいガキ大将風の肉体になった彼は、Tシャツの上から警察官のベストと腰にはホルスターや無線機を付けている……正直、体格とあっていなくて、ごっこ遊びをしている子どものようになっていた。お巡りさんは、険しい顔をして駆け付けたが、倒れていた俺を助け起こして、荷物を集めてくれた。


「ボク、大丈夫かな? お名前言えるかな?」


「い、いえ……俺、こう見えて社会人で……」


「おっ! あなたは……先日のマジックショーのときにいましたよね。私は、商店街前交番の小幡巡査です」


 小幡巡査は、ピシッと格好良く敬礼してくれた。肉付きのいいガキ大将の腕というのが奇妙だったが、本人は大真面目だった。紺色のTシャツには汗染みがあり、ションベン臭いような、太った男の子の体臭がムワッと匂ってきていた。


「全く、とんでもない子どもたちですね。あの中の一人は顔も名前も知っているので、後で学校に連絡しておきます。さ、立てますか? 子どもとはいえ悪質ですので、交番の方で話を──」


「い、いえ! そこまでするほどじゃ……」


「とにかく、擦り傷もあるようですし、交番で手当しましょう」


 俺は小幡巡査に連れられて、交番で手当してもらうことにした。俺よりも年下のはずの警察官が、俺よりも年上の──高学年の小◯生になってしまっている。こうして一緒に歩いていると、放課後に年上のガキ大将に連れられて、遊びに出たような気分になってしまい、その「お兄ちゃん」ぽい頼もしさに、俺の短小包茎チンポはビクビクと疼いてしまうのだった。


※


 そんなこんなで、トラブルはあったものの──土曜日になった。俺はピエロが指定した通りに、以前マジックショーを行っていた商店街の一角を訪れた。魚屋のオヤジは今日は元の魚屋らしい格好をしていたが──ゴム製エプロンの下にある胸は盛り上がり、女性らしい腰回りのラインも隠しきれていないのが見て取れた。魚屋のオヤジは、俺に気づくと声を掛けてきた。


「おっ! 先週のあんちゃんじゃねえか! どうだい、今日はカツオが安いよ!」


「いやその、買い物じゃなくて……あのピエロと待ち合わせしてるんです」


 俺は魚屋のオヤジに事情を説明した。挿げ替えられた首と体を元に戻したければ、土曜日の正午に同じ場所に来るようにピエロに言われたと。俺の話を聞くと、魚屋のオヤジは怪訝そうな顔をした。


「戻るもなにも……あんた、元からそういう体だろ?」


「えっ、いや……違いますよ! それを言うなら、魚屋さんだってその……体が違いますよね? 首から下、明らかに女の体じゃないですか!」


「いやあ。オイラは元からこういう体だぜ? へへっ……昔っからオイラは女みてえな体でよぉ……これはこれで、一人遊びが捗ってたまんねえんだ……んくっ!」


 角刈りで日焼けした魚屋のオヤジは、スケベそうな表情になると、ゴム製エプロンの下に両手を入れると、自分の乳房を服の上から揉み始めた。どうやらブラジャーをしていないらしく、魚屋のオヤジの顔はデレっとにやけて、女の乳房がもたらす快楽を貪っている。俺が唖然としていると、背後から声が聞こえた。


「どうです? 素晴らしいでしょう? ……あなたもそうなるはずだったんですよ」


 振り返ると、あのピエロがいつの間にか背後にいた。イベントもなにもないのに、商店街にピエロがいる光景を、不思議と通行人も店主たちも気に留めていないようだった。ピエロはにやりと笑うと、手に持っていた2枚のカードを見せた。カードの表面にはそれぞれ「土曜日」「日曜日」と書いてあった。


「こちらのカードには、今日と明日に挑戦して頂くミッションが書いてあります。それらを達成できれば、あなたたちの首と肉体を元に戻しましょう」


「本当だな?」


 俺はピエロからカードを受けとろうとしたが、ピエロはそれをやんわりと制止して話を続けた。


「おっと、話は最後までお聞きになってください。達成できなかったときは──ペナルティとして『体に合わせた』身分や経歴になって頂きますからね」


「それは、どういう……意味だ?」


 このピエロは、いったいなにを言っているんだ? 体に合わせた身分? 経歴? そんなことまで変えられるわけが──


「変えられますよ、私なら。例えばあなたの場合は、社会的にも小◯校に通っていることになってしまいます。そして首から下があなたの肉体になったお子さんは、あなたの職場に勤める成人男性だったことになります。これは一生、そのままです」


「うっ……」


「また、このペナルティは、あなたたちだけではなく、先週のマジックショーで挿げ替わった全員に適用されます。同じ日に挿げ替えた人全員に、一括での適用しかできないので……。ただし、あなたがチャレンジを達成できれば、全員が元の頭部と肉体の組み合わせに戻ります」


 ピエロはそこで口を閉じると、二枚のカードを手の中でくるくると回して消し、代わりに二体の指人形を取り出した。太った男性の指人形と、子どもの指人形。ピエロはその指人形の頭部を外して入れ替えた。


「もちろん、チャレンジしないのも一つの選択です。その場合、あなたはずっとその状態で──首から下の体だけ子どものままの成人男性として、これから暮らしていくことになります。とはいえ、その体も成長するので、十数年我慢すれば、体は大人になるでしょうね」


「いや、さすがに、それは……」


 失敗したら体に合わせた身分になる。あり得ないような話だが、既に首の挿げ替えというあり得ない出来事が起きている以上、このピエロならできるのだろう。チャレンジしなければ、俺の首から下の肉体は渉くんのまま生きていくことになる。チャレンジすること自体にもリスクはある……だが、この一週間、子どもの体でさんざん苦労してきたのだ。これから事あるごとに周りから子ども扱いされ続けるのは耐えられない。そして、それを喜びに変えられてしまうのも。


「やってやる。そのチャレンジ、俺が達成してやる」


「なるほど……では、こちらのカードをお渡ししましょう」


 ピエロが指人形を付けた手を握って開くと、指人形が消えて、代わりに二枚のカードが手の中に戻ってきていた。「土曜日」「日曜日」と書いてあるそれらのカードを俺は受け取って、裏面を見た。


「ん? こんな簡単な内容でいいのか?」


 カードの文面を見た俺は拍子抜けした。「土曜日」のカードには「その体のサイズに合った服を買って、着てみよう!」と書いてあった。「日曜日」のカードには「市民プールで一日中遊ぼう! ウォータースライダーを1回滑ろう!」と書いてあった。俺の反応を見て、ピエロが微笑んだ。


「ええ。なるべく達成しやすいお題にさせていただきました……異存はありませんか?」


「……日曜日のカードの一日中ってのは、具体的に何時間遊べばいいんだ?」


「そうですね。営業開始の9時から、営業終了の17時までとしましょう。その間、市民プールの敷地内にいれば問題ないです。もちろん、途中で休憩をしてもいいですが、基本的にはプールで遊ぶのがメインになるようにしてくださいね? プールサイドのデッキチェアで寝そべっているだけ、というのはNGです。この内容でよろしいですか?」


「わかった。それでいい」


 俺は頷いて、カードをポケットにしまった。ピエロは「水着はこちらを穿いてください」と言って、茶色い紙袋を渡してきた。俺はそれを受け取ると、商店街から立ち去った。


※


 ピエロと別れた俺は、さっそく近所の衣料量販店に向かった。単に買って着るだけだろ? こんなの楽勝すぎる……と思ったのだが。


「うっ……とはいえ、俺がこういう子ども服を着る……のか?」


 子ども服のコーナーをチラ見したが、可愛らしいキャラクターモノの服が多い。とても36歳のいい歳した男が着るような柄ではない。俺は土曜日のカードの文面をもう一度見た。「その体のサイズに合った服を買って、着てみよう!」だから、なにも子ども服でないといけないわけではない……はずだ。


「大人用の一番小さいサイズ……XSサイズは……ここか」


 以前の俺なら全く着たことのなかった、小さいサイズの服──とりあえず紺色のTシャツを持って試着用の鏡の前で体に合わせてみたが、明らかにTシャツの肩幅が大きいし、丈も長い。


「これは……『体に合っていない』ってことにされそう……だよな?」


 他にもXSサイズの短パンを実際に試着室で穿いてみたが、全くウエスト周りがぶかぶかで、とても体に合ったサイズとは言えなかった。俺は観念して、子ども服のコーナーに戻った。


「どの辺のを買えばいいんだ……?」


 単に子ども服と言っても色々あるが……俺が迷っていると、品出ししていた店員のおばさんが声を掛けてきた。


「あら、ボクちゃんひとり? お母さんかお父さんは?」


「あっ、えっと……ひとり、です」


 俺は子ども扱いされたことにドギマギして、ぎこちなく答えた。店員のおばさんは俺の野太い声にやや驚いたようだったが、笑顔で話を続けた。


「ひとりでお買い物? えらいのね」


「あっ、はい……ひとりで服、選んでみたくて……」


 正直、かなり恥ずかしかったが、しかしここで自分は大人だと主張しても、このおばさんは俺と顔見知りではないし、信じてくれない可能性が高い。もし信じてくれたとしても、今度は大人なのに子ども服を買おうとしているという、より恥ずかしい状況を知られてしまうことになる。俺は店員のおばさんに話を合わせて、ひとりで服を買いに来た子どもといった体裁で話を続けた。俺を子ども扱いしてくれることが嬉しくて、恍惚感で顔が熱くなり始めていた。


「身長はどのくらいなの?」


「えーっと……112cmくらい……です」


 渉くんからはそれぐらいだと聞いている。店員のおばさんは「それなら、このあたりかしらね?」と言って、俺を売り場の一角に誘導してくれた。


「服のタグに身長の目安が書いてあるから、参考にしてね」


「ありがとうございます」


「あら〜! 本当に礼儀正しい子なのね。おばさん感心しちゃうわ」


 店員のおばさんが手を振ってくれたので、俺も振り返してから服選びを始めた。店員のおばさんから子ども扱いされた喜びが、いつの間にかねっとりと脳内に広がって、頭がとろーんととろけてしまいそうだ。このまま渉くんの体のままなら、こういう扱いがずっと続くのに……。俺はなんだか股間がむずむずして、店員のおばさんから見えないように、棚の陰で短パンの上から股間を触った。短パンの上からでも、小さな陰茎が固くなっているのが感じられた。あうう……チンポ、気持ちいい……このまま服を買わないでアパートに帰って、オナっちゃおうか? そうしたら、本当に子どもになって……小◯校にも通って……


(いっ、いや! なにを考えているんだ俺は!)


 俺は慌てて頭を横に振った。一瞬、子ども扱いも悪くないと思い込み始めていた。危ない危ない。やけに簡単なミッションだと思っていたが、こういう罠もあるのか。俺は努めてチンポから意識をそらすと、比較的落ち着いた柄のTシャツを──それでも、アニメのキャラクターはプリントされていたが──を2枚ほど買い、短パンも青と茶色のものを買った。せめて少しでも大きいものをと思い、身長120cm向けのものを買ってみたが……まあ、これくらい大丈夫だろう。とりあえず、今日と明日の分を買って、帰ってから着替えれば「その体のサイズに合った服を買って、着てみよう!」というミッションは確実に満たせるはずだ。


※


 翌日、日曜日。俺は市民プールの営業時間前から玄関前に行き、朝9時の営業開始と同時に受付をしてロッカーへと向かった。朝イチだと他にも利用客はいるが、まだそこまで多くはない。早速ウォータースライダーに乗ろうとしたが、看板には11時から開始だと書いてあった。まずは適当に泳いで時間を潰すか……俺は着ていた服を脱ぐと、ピエロから渡された水着を取り出した。


「うわっ……しかし、これを穿くのか……」


 水着の形はブーメランタイプなのだが、アニメ映画に出てくる黄色くて丸いキャラクターが大量に印刷されている。とても成人男性が穿くには恥ずかしいデザインだが……今更知ったことか! 俺は意を決して水着を穿いた。すると「子どもっぽい柄の水着を穿いている」という羞恥心が「かわいいキャラクターの水着を穿けて嬉しい!」という喜びにすり替えられるのが、はっきりと自覚できた──自覚できているというのに、俺は嬉しくてテンションが上ってしまった。


「んっ、やっ……かっ、かわいいけどっ……そうじゃなくてっ……!」


 このままずっと渉くんの体のままなら、こういうかわいい水着が穿けるんだ! それはそれでいいんじゃないか? そんな思いが、ふつふつと頭の中に湧き上がってくる。水泳用のキャップも頭に被ったので、外見はオッサン顔の子どものようになってしまった。俺は華奢な肩を震わせて、子どもらしい柄の水着を穿けた喜びを懸命に打ち消しながら、プールサイドへと向かった。


「……あ〜くそっ、今日一日、ずっとこの水着なのかよ……」


 湧き上がってくる喜びがすっかり消えた頃には、俺はかえって恥ずかしくてたまらなくなっていた。とはいえ、このまま恥ずかしがってプールサイドにいてはミッションが達成できないので、準備運動をしてプールへと入ることにする。


「……というか、深くないか?」


 なにも考えずにプールに向かったのだが……これ、底に足が付くのか? 念の為、金属製のはしごからプールに入ってみようとしたが、明らかに俺の身長を超える水深だったため、怖くなってプールサイドに上がった。すると、俺の様子を見ていた、20代くらいの監視員の男性がこちらにやってくるところだった。


「キミ、ここは大人用のプールだよ。子ども用のプールはあっちにあるからね」


「は、はい……」


 また子ども扱いされた喜びが湧き上がりそうになって、俺は顔を真っ赤にしながら子ども用プールに向かった。よかった。ここならちゃんと足が付く。試しにクロールをやってみようとしたが、腕を回すタイミングに合わせて息継ぎすることができなくて、慌てて俺は立ち上がった。


「ぷはっ! やっぱりこう……他人の体だと、泳ぐ勝手が全然違うな……」


 とはいえ俺も社会人になってから全く運動していないので、まともに泳いだのは高校の頃の水泳の授業が最後だ。一日中遊ぶっていっても、どうすりゃいいんだ? 浮き輪とか用意しておけばよかったな……。そう思っていると、ちらほら親子連れがプールサイドに来はじめた。渉くんと同じくらいの年齢の男の子が近くにやってくると、俺の顔と体を見比べて不思議そうな顔をしていた。


「えっと……おじさん……? なの?」


「いや、俺は……こっ、子ども、だよ。小◯生だけど、顔がすごく……お父さんに似ててさ!」


「えー! すごい! かっこいいね!」


「だっ、だろっ!」


 俺は声が上擦るのを感じながら、男の子からの質問を誤魔化した。どのみち、大人だと信じて貰えたとしても、大人が子ども用プールで遊ぶという羞恥プレイになってしまうのだ。なら、最初から子どもだということにしたほうがいい……俺は、子ども扱いされる喜びでどんどんテンションが上ってしまうのを感じながらも、その興奮に抗えずにいた。俺はその男の子……陽太くんと一緒に遊び始めた。手で水鉄砲のように水を掛け合う遊びを教えて一緒に掛け合ったり、陽太くんが持ってきたビーチボールを投げっこしたり。いつの間にか他の子どもも増えて、俺は数人の子どもたちと仲良く水遊びやボール遊び、あるいは水鉄砲を貸してもらっての撃ち合いを楽しんでいた。


「陽太ー、そろそろ昼飯行くぞー」


「あ、うん! またね、ゆうへいくん!」


「あっ、ああ……またな、陽太。ん? 昼飯……? もうこんな時間か!」


 昼頃になって、ようやく俺は我に返った。プールサイドの時計を見ると、もう12時近くになっている。遊ぶのに夢中で、いつの間にかウォータースライダーの開始時間を過ぎていた。


「危ねえ……いや、閉園までに滑ればいいんだから、まだ全然大丈夫だな」


 とはいえ、この調子で他の子どもたちと遊び続けて、うっかり滑り忘れては目も当てられない。俺は他の子どもたちにもさよならを言うと、ウォータスライダーの列に並んだ。


(は〜……どうなることかと思ったけど、この分ならミッションの達成は楽勝だな)


 だんだん順番待ちの列が短くなってきて、いよいよ次は俺の番だ。俺はウォータスライダーの階段を登ろうとしたが、係員の若い女性に止められた。


「ちょっと待ってね。このウォータスライダー、身長が120cm以上ないと乗れないの……キミ、ちょっと身長が足りないかな〜」


「えっ!?」


 俺は耳を疑った。身長制限! ウォータースライダーにもあるのか! いや、確かに知識として、ジェットコースターにそういうのがあるとは知っていたが……子どもの頃から体がデカかった俺は、今まで全く気にしたことがなかった。まさかウォータースライダーに乗ることができないなんて、全く想定してなかった。係員の女性が、列から外れるように言ってきたので、俺は食い下がった。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ! どうしてもこのウォータスライダーに乗りたいんだ!」


「う〜〜〜ん……ちょっとこっち、来てもらっていいかな?」


 係員の女性に連れられて、ウォータスライダーの登り口横にある、キリン柄の身長パネルの横に立つように言われた。俺の背丈は、120cmというラインに……届いていない。渉くんが112cmなのだから、当然だ。


「ごめんね〜。もう少し大きくなったら、また来てね」


 係員の女性は申し訳無さそうにそう言うと、水泳キャップを被った俺の頭部を撫でてくれた。


「ひあっ! はい……」


 子ども扱いされた喜びと、ミッションが達成不可能であるという絶望感がないまぜになる。そんなとき、背後から聞いたことのある声が聞こえた。


「フフフ、ミッションは達成できませんでしたね?」


 あのピエロだった。堂々とプールサイドにいるにも関わらず、やはり他の利用客や係員たちは、何の違和感も感じていないようだった。俺は怒りを覚えてピエロの元へ突き進んだ。


「お前! 最初から無理だってわかってただろ!」


「はい。なので、あなたにも確認したじゃないですか。「異存はありませんか?」「この内容でよろしいですか?」と。あの時点であなたから指摘があれば、日曜日のミッションは不問として、土曜日のミッション達成だけでよかったんですよ? ですが……あなたはこの内容でこのミッションを了承された……」


 親子連れで騒がしかった市民プールの喧騒が、急にプツリと途切れた。周りに人の気配はあるのに、急に周囲の景色がぼやけ始める。ピエロがニヤリと笑った。


「さあ、あなたには……生まれ変わってもらいましょう」


「まっ、待て! 別なミッションをくれ! 頼む!」


「いいえ……あなたはミッションを失敗したのです。駄目ですよ? マジシャンの言う事を鵜呑みにしては……種も仕掛けも、あるんですからね?」


 周りの景色が、蜃気楼のようにぼやけて歪んでいく。俺はめまいがして、その場にしゃがみ込んだ。全身を違和感が包みこんでいく。何かが変わってしまう。変えられてしまう。それが何なのかはわからないが、何もかも──手遅れだということは理解できた。


「ああっ!? あ〜〜〜っ!!!」


 それが、俺が「豊田雄平」だった最後の記憶だった。


※


「ん……?」


 翌朝。俺は布団の中で目を覚ました。目覚ましを見ると、まだ普段の起床時間より30分以上早い。こんなに早く、どうして目が覚めてしまったんだろう……そう考えながら寝返りをうとうとして、気がついた。俺の隣で、布団をはだけさせて寝ている男がいる。ランニングシャツがめくれ、でっぷりとした太鼓腹が剥き出しになっている巨漢──なのに、首から上はおとなしそうな少年のような風貌だ。なんだ、お父さんか……そう思いかけて、気がついた。


「いや……この顔……渉くん……だよな?」


 渉くん、と口に出したが、妙に違和感がある。まるで、自分の父親を下の名前で呼んでしまったような──そんなむず痒さを感じる。だんだん頭がはっきりしてくると、俺は自分が置かれた状況の異様さに気がついた。


 俺は豊田雄平ではなく「山口雄平」だ。俺は会社員ではなく、小◯校に通っている。隣で寝ている渉くん──山口渉が俺の父親で、36歳の会社員。俺と渉くんの年齢と職業が逆転したうえで、俺たちは親子になっている。既に母親は死別しているようだ──という記憶まで、俺の脳内に存在していた。明らかにあのピエロから「刷り込まれた」記憶だということは想像がついたが、しかし「山口雄平」としての記憶を思い出すと、妙にそわそわと心が浮き立つ。生まれ変わったみたいで嬉しい……そんな気分になりそうになり、俺はぶるっと体を震わせた。そんなことより、まずは渉くんを起こさなくては。


「えっと……起きてくれ。渉くん」


「う、う〜ん……あれ? 雄平? えっ、おじさん……ん? えっ、え〜っと……」


「その……すまん。俺が、あのピエロから出されたチャレンジに失敗して……俺たち、親子になっちまったんだ」


 俺は寝ぼけ眼の渉くんに、事情を説明した。神妙に俺の話を聞く渉くんの顔には、うっすらと無精髭が生えている。首から下が大人の男の肉体になったことで、生理現象も色々と変わっているのだろう。渉くんは俺の話を聞き終えると、笑顔で太鼓腹を撫でた。


「すっご〜い! ぼく、おじさんみたいな、おっきな体になりたかったんだ! ありがとう!」


「そ、そうか……うおっ! でっかいな……」


 渉くんが立ち上がった。かなりデカい……俺も立ち上がってみたが、俺の頭が渉くんの股間のあたりだ。今まで俺のものだった肉体を失ったことを、否が応でも思い知らされて、俺は喪失感で呆然としていた。先週まで、俺はこんなにデカい体だったのに……。こんなことになる前は、単に汗臭くてデブっているだけの自分の体が、さほど好きではなかったが……いざ失ってみると、とても惜しいことをしたと思ってしまう。俺が渉くんの体に見入っていると、渉くんは困惑したようにトランクスの膨らみを触っていた。朝勃ちしたイチモツが渉くんのトランクスを突き上げている。


「あれ? なんか……おちんちんが変……」


「ああ、それはその……大人の体は、朝はそうなんだ。まあ、詳しい話は後でしよう。今朝は少し早い時間に起きたけど、渉くんは会社があるだろ? 俺も学校があるし……」


「うん! なんか変な感じだね! ぼく、昨日も会社に行ったことを『覚えてる』し」


「俺も学校に行ったことを『覚えてる』……なんだか、変な感じだな。とりあえず、朝飯を食いながら、仕事のことを打ち合わせておくか。うーん……何なら、今日は会社を休んでもいいと思うぞ」


「え〜っ! だいじょうぶだよ! ぼく、昨日も営業うまくいったの、覚えてるもん!」


 俺たちは「いつも通りに」トーストを焼くと、テレビを観ながら朝食を食べ始めた。初めてのはずなのに、今まで繰り返してきたことになっている、父子の日常。俺はチラチラと巨漢の肉体になった渉くんを盗み見ながら、自分の華奢な肉体を見下ろして溜め息を吐いた。


※


 なにもかも、異常は正常に飲み込まれていた。


「おはよう、山口くん。なんだか久しぶりな気がするな!」


 黒いランドセルを背負って登校班の集合場所に行くと、成人男性のような低い声をした、六◯生の女の子が声を掛けてきた──あのマジックショーで娘と首が挿げ変わった、40代の父親だ。ツーブロックで日焼けした男臭い顔の頭部が、赤いランドセルを背負ってスカートを穿いた、少女の肉体の上に載っている。名札には「須崎 健市」と明らかに男の名前が書いてあった。俺は試しに、須崎さんにいくつか質問をしてみた。


「須崎さん。その……覚えてますか? 先週のマジックショーのこと」


「ああ! あれか! すごかったよな〜。俺がパパの体と挿げ変わったの、山口くんも見てただろ? なんだかそのせいか、俺がパパだったような気がしちゃうんだよな〜!」


 須崎さんはそう言うと、男臭い顔で破顔した。どうやら須崎さんは「自分は元から少女の体だった」が「マジックショーではパパの体になった」と認識が逆転しており、以前は自分が父親だったことを覚えていないようだった。そこに、スーツ姿の体格のいいサラリーマンが、登校班の集合場所に通りかかった。須崎さんが笑顔で手を振った。


「あ、パパだ! いってらっしゃい!」


「うん! 健市も、勉強がんばってね!」


 頭部が三つ編みの女の子で、首から下は逞しい40代のサラリーマンである父親が、笑顔で手を振り返してバス停へと向かっていった。須崎さんはうっとりとした表情で、娘の出勤姿を見送っていった。


「俺のパパ、かっこいいだろ? 顔は女の子っぽくて可愛いのに、体はマッチョで……結構ギャップある感じがいいよな? 俺、パパみたいな人と結婚したいな……」


 須崎さんはそう言うと、もじもじとはにかみながら内股でスカートを弄っていた。須崎さんは娘の体で、娘の人生を代わりに生きることになるのに、本人も娘も、全くそのことを認識していないのだ。その倒錯的な人生を思うと、俺もなんだか妙に鼻息が荒くなってしまった。


(続く)



──────────


 というわけで、ここまでが前半です。後半では、改変で変わってしまった日常が描かれます。主人公の雄平と渉くんだけでなく、他の客たちもそれぞれ、体に合わせた人生に改変されてしまっています──須崎さんはすっかり馴染んでしまって、パパが大好きな女の子になっちゃってますね。コミッションの審査が終わり次第、後半を投稿しますので、今しばらくお待ち下さい。


※2024.12.1追記:人物名の表記誤りを訂正しました

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