糸を引く(01-09) / 13,500字程度 (Pixiv Fanbox)
Content
1.
体育の授業が嫌なのは、別に、僕が運動音痴だからじゃない。
夏のカンカン照りの日に、わざわざ外で運動なんてしたくない。そう思うのは、何も僕だけというわけではないだろう。
せめて、水泳の授業だったら、と思う。
敷地の端にあるプール。
廊下の窓から僕は、煌めいている水面を眺める。
もしも、プールに入れたなら、億劫な体育の授業も少しは許せる気持ちになるかもしれない。
思わず、ため息が出る。
どんなにプールのことを考えても、今日の授業がグラウンド集合であることは変えられない。不毛なことを考えるのはやめよう。
僕は、視線を体育館の方に移した。
この憂鬱さの元凶。
つまり、体育の授業を担当している東条先生は、恐らく体育館に併設されている体育教官室の中にいるはずだ。
そう考えていると、ちょうど体育教官室のドアが開き、東条先生が出てくるのが見えた。グッドタイミングだ。
今日の東条先生は、白と黒のバイカラーが印象的な薄手のジャージを着ていた。ジャージの生地越しでも、胸板や肩周りの厚みが分かる。
下は動きやすそうな同色のハーフパンツで、露出した膝下の肌が、真夏の午後の日差しを受けて健康的に焼けていた。
東条先生は、出席簿を小脇に抱えて、快活な足取りで校舎に向かって歩いている。
短く刈り上げられた黒髪と、背筋の伸びた姿勢の良さは、いかにも爽やかなスポーツマンといった感じ。きっと「身体を動かして、汗をかくのは気持ちが良い」とか、本気で思っているに違いない。
見下ろしながら、僕は思った。
やはり、こんな暑い日に、わざわざグラウンドで授業することに決めた脳筋教師には、徹底的に罰を与えてやらないと世の中のためにならないな。
それが昼休みの貴重な睡眠時間を犠牲にして、僕がわざわざ教室から出歩いている理由だった。
一階に降りると、ちょうど廊下の先から東条先生がこちらに向かってくる。
何気ない調子で歩き、そして、すれ違いざまに僕は東条先生に目を合わせた。
その瞬間、するり、と。
僕の意識は、音もなく、文字通り東条先生の内側に入り込んだ。
立ち止まり、僕は廊下の窓を見る。
窓に反射して映っている顔は、いつも鏡越しに見ている僕の顔とは全然違う。
間違いなく、その顔は東条先生のものだ。
次に手のひらを握ったり開いたりして、僕の思った通りに、東条先生の身体がスムーズに動かせることを確かめる。
先生の手は、僕の手とは違って、分厚くてゴツゴツしていた。
再び、廊下を歩き始める。
歩きながら横目で、窓に反射する姿を見る。
違和感はない。普段通りの東条先生が歩いているように見える。
まるで重力が半分になったようだ。
……というのは、少し大げさだけど、東条先生の身体を使って歩くことには、ある種の爽快感があった。
それだけ東条先生の身体能力が高いということかもしれない。
もしも、限界がくるまで、グラウンドを走り続けさせたら、東条先生はどれくらい走り続けられるんだろう。文字通り、一日中。24時間、不眠不休で運動させて持久力をテストする。精神面の影響を無視したとき、シンプルに肉体だけのスペックを測定したら、先生の身体はどれくらい持つんだろう?
そういう趣向も、罰としては面白いかもしれない、と僕は思った。
確認を終えた僕は、肉体の操縦権を東条先生に返した。
すると、東条先生は何事もなかったかのように、自分の意志で歩き始める。
もちろん何の違和感も、何の疑問も抱くことがない。
今まで自分の身体を、好き勝手に動かされていたことなど、全く気付いていない。
気付くことなどできるわけがない。
想定通りの挙動。完璧だった。
東条先生に試すのは初めてだったから、一発でうまくいくかどうか自信がなかったけど、これで先生の身体を支配して、自由に操縦することができるようになった。
東条先生を、僕の『パペット』にすることができたのだ。
2.
『パペット』というのは、僕が勝手に付けた呼び方だ。
もしかすると『憑依先』と呼んだほうが感覚的には理解しやすいのかもしれない。
僕は、自分の意識を他人の中に潜ませて、他人の身体を操ることができる。
だけど、これを『憑依』と呼ぶのは、なんとなくしっくりこなかった。
『憑依』という言葉を使うのなら、きっと着ぐるみのように東条先生の身体を内側から動かしていて、その間、僕の体の中は空っぽになっている。そんなイメージになるように思う。
だけど、『パペット』を操縦しているとき、僕の身体は空っぽにはならない。
並行して、自分の身体も同時に動かすこともできるからだ。
東条先生とすれ違った後、僕の身体はどうしていたかというと、そのまま廊下を進んで、階段を上っていた。
なんなら今も、教室の入り口で同級生と会話をしている。
複雑そうに聞こえるかもしれない。
だけど、僕にとって、右手と左手を同時に動かすことと、自分の身体と『パペット』を同時に動かすことは、感覚的にはそんなに変わらない。
だから、自分の魂が他人の身体に乗り移る『憑依』という言葉は、いまいちしっくりこないのだ。
それに、もしも、東条先生の身体を着ぐるみにして、その中に僕が入ったとする。その場合、見た目は同じだったとしても、僕が東条先生らしさを再現することは難しいはずだ。
歩き方、姿勢、話し方。
快活な体育教師の中身が、いきなり運動嫌いの学生に変わるわけだから、周りの人から見たら、違和感の塊だろう。
だけど、僕が『パペット』を操縦するときには、普段通りの本人の仕草や癖が、そのまま反映される。
なぜなら、実際に肉体を動かしているのは、『パペット』自身だからだ。
例えるなら、僕は指揮者みたいなものだ。
タクトを振ると演奏が始まる。だけど、実際に演奏をしているのは、僕じゃなくて演奏者。
だから、『パペット』は着ぐるみ人形ではなく、操り人形に近い。
やろうと思えば、『パペット』を着ぐるみのように動かすこともできる。集中するほど、直接的に肉体を操ることができるようになるからだ。
でも、そんな風に『パペット』を動かすことは少ない。それが必要になる状況なんて、そんなにないし、単純に疲れるし。
おっと。
そんなことを考えている隙に、東条先生は、元々の移動先である職員室に向かってどんどん進んでしまっていた。
職員室はもう目と鼻の先だ。
だけど、東条先生の行きたい場所はそっちじゃないでしょ?
東条先生は足を止めて、わずかに眉間に皴を寄せた。
ほんの僅かな逡巡の後。
東条先生は、職員室に背を向ける。
そして、廊下を引き返して、階段を上り始めた。
3.
職員室に行くはずだった東条先生は、なぜか見当違いの方向に向かい始めている自分に対して、『いったいなぜ?』という気持ちを持ち始めているようだった。
もっとも、そんな困惑も長くは続かない。
東条先生は、すぐに『元々、自分は職員室ではなく、別の場所に向かうつもりだったのだ』と考えを修正して、『なぜ?』という疑問をゴミ箱へ放り込むように消し去った。
そうそう。
『パペット』は、余計な疑問を持つことなんて許されるわけがないのだ。
階段を上り終えて、廊下を歩いている先生の身体の主導権を、僕は奪う。
そして、その手で、股間の膨らみに触れる。
指先で竿や亀頭の形状をハーフパンツ越しに確かめる。
僕は、先生の股間を丸ごと手のひらで包むようにして、揉んだ。
さりげない素振りで、それでも大胆に、手のひら全体で先生のおちんちんの感触を楽しむように揉みほぐした。
『パペット』は、自分が「操られている」ことを、どうやっても認識することができない。
仮に、もしも「何かがおかしい」「自分は、誰かに操られているのでは?」なんていう結論に達しそうになると、そういう余計な考えを、自ら上書きして、正当化してしまう。どんなに逸脱した行動を取らせたとしても、『パペット』はそれを全て「自分の意志でやったこと」だと考えてしまうのだ。
だから、こんなふうに生徒が往来している昼休みの廊下を歩きながら、東条先生に自分のおちんちんを揉み揉みさせたとしても、全然問題がない。まあ、廊下を歩きながら、おちんちんを揉み揉みしているところを誰かに見られちゃうと、教職員としては大いに問題ではあるけど。
でも、まさか東条先生が、公衆の面前でおちんちんを揉んでいるなんて誰も思わないだろう。堂々とさえしていれば、意外とバレないものだ。
それに、仮にバレてしまったら、それはそれで問題ない。
その時は、東条先生がどういう風に誤魔化すのか、僕は観察して楽しませてもらうことにするし。
それで、当の東条先生はというと、学校の廊下で股間を触り始める、という自分の行動に、戸惑いを感じたようだった。
だけど、その戸惑いも一瞬のことだ。
すぐに「ペニスの位置が悪く、不快だったので、整えるために触れる必要があったのだ」というふうに、その行動について自分なりの理由付けをし始めていた。
うんうん、分かるよ、東条先生。男なら、どうしてもチンポジが気になっちゃうことってあるよね。特に今は夏だし、先生みたいに新陳代謝の良いスポーツマンは汗をかきやすいだろうから、おちんちんが蒸れ蒸れになって余計に気になっちゃうんだよね? うんうん。それなら、こっそり人前でおちんちんを揉み揉みしちゃっても、仕方がないね。
じゃあ、これはどうかな?
4.
僕は、小脇に抱えていた出席簿で、さりげなく東条先生の股間を隠した。
そしてその筋張った手を、ハーフパンツの中に、そして下着の中に潜り込ませる。
もじゃもじゃの陰毛の感触が指先に伝わってくる。
その先へとさらに指を伸ばして、先生のおちんちんに直接触れる。
その瞬間に、先生の身体から、汗がじわっと噴き出すのを感じた。
強い動揺が伝わってくる。
それを無視して、先生自身の手を使って、僕は先生の男性器を検分していく。
残念ながら先生は、包茎ではなかった。
包皮が全然、余っていないというわけではなさそうだから、剥き癖がつくように、頑張ったのかな?
親指と人差し指を使って輪を作り、亀頭の大きさを測る。
流石は、一児のパパのおちんちん。平常時だというのに、ずっしりしていて、これで奥さんを喜ばせているのかあ、なんて、僕は先生のチンポを好き勝手に弄り回しながら、下世話な想像を膨らませていった。
人差し指を使って、僕は東条先生の立派な亀頭の根本、いわゆるカリの溝の部分に触れる。包皮が剥けているといっても、この辺りは少ししっとりとした感触だ。根元にだぶついている余計な皮を奥に押しのけながら、その溝をなぞるように擦った。
東条先生は、「自分は一体、何をしているんだ」と、困惑しているようだった。
まあ、そうだよね。
チンポジが気になるだけなら、こんなにしつこくチンポに触れる必要なんてない。だから、先生の考えた理由付けでは、自分の行動を説明できなくなってくる。認知的不協和? そういうものが生まれてしまう。
こんなことはおかしい、間違っている。
東条先生の額に、じわりと汗が浮かぶのを僕は感じた。
それでも白昼堂々、東条先生は下着の中に手を突っ込んで、もぞもぞと性器の敏感な部分を的確に刺激し続けている。
すぐ隣を、談笑しながら歩く生徒とすれ違う。
だけど、東条先生は、おちんちんを弄ることをやめられない。
なぜなら東条先生は僕の『パペット』だから。
『パペット』は僕の思い通りに動かなければならない。
決して、おかしいだなんて感じてはならない。
そんなことは許されない。
東条先生は、きっと脳みそをフル回転させている。
「なぜ、自分は廊下を歩きながら、チンポを弄っているのか」
おちんちんを弄っている時間が長くなればなるほど、チンポジを直したかっただとか、蒸れているのが気になってつい触ってしまっただとか、そういう小手先の言い訳が出来なくなってくる。
その結果、導き出される答えは、こうだ。
「自分は、チンポを弄りたくて仕方なかった。だから、我慢ができずにチンポを弄ってしまっている」
うんうん。
もはや、それ以外の理由は不自然だよね。
先生の思考が、思い通りの方向に誘導されていくのを感じて、僕はほくそ笑んだ。
東条先生は、どうしても、おちんちんを弄りたくて仕方がない。
そう思ってしまったのだから、仕方がない。
そう認めざるを得ない。
それでも東条先生は、自らが導き出したその結論を飲み込むのには、少し抵抗があるようだった。
でも、大丈夫。
先生が「どうしても今ここでチンポを揉みたかったのだ」という考えを受け入れるまで、ずっとおちんちんを弄り続けてあげればいい。
執拗に先生のチンポを弄り続けるように強制していると、次第に東条先生の手つきは、どんどん大胆におちんちんへの刺激を楽しむような動きに変わっていった。
僕は、タイミングを見計らって、先生に肉体の操縦権を完全に返却する。
もう僕は何も強制していないというのに、東条先生は、そのままおちんちんを弄り続ける。その刺激を受けて、東条先生のチンポは僅かに膨張し始めていた。
おっと、そこまで。
今度は逆にチンポを弄るのを止めるように強制する。
すると東条先生は、名残惜しそうに、最後に亀頭の裏筋をひと擦りしてから、下着の中から手を取り出した。
その指先を、何気ない調子で、先生の鼻先に近づける。
そしてゆっくりと、味わうようにその匂いを吸い込んだ。
ああ、蒸れたチンポの匂いだ。
東条先生のチンポの匂い。
僕はその匂いを堪能した。
まあ、僕が堪能しているということは、東条先生も自分のチンポの匂いを堪能している、ということになるのだけど、まあ、きっとこれも「チンポの匂いを嗅ぐと落ち着く」とか、適当に理由付けされることだろう。
東条先生は、廊下の角ですれ違った男子生徒にふと目を止める。
何かに気づいたようだった。
「おい、襟が曲がってるぞ」
さっきまでチンポを弄っていたその指で、東条先生はその男子生徒の襟を正した。
「すみません」と男子生徒が頭を下げると、東条先生は「気をつけろよ」と、その分厚い手のひらで、彼の肩をポンと叩いた。
5.
東条先生が教室に入ってくるのを、僕は自分の席から見ていた。
同時に東条先生の目からも、教室の席に座っている僕自身の姿が見える。
「急で悪いが、次の授業は、予定を変更して保健の自習にする」
昼休みの教室に、東条先生のよく通る声が響く。
そして、僕は黒板に大きく『自習』と書いた。
その筆跡は、もちろん僕のものではなくて、東条先生の書く無骨なそれだ。
ここまでが僕のやったこと。
そこで肉体の操縦権を東条先生に返す。
すると東条先生は、淀みなく自習の範囲を書き始めた。
まるでスマホの予測変換のようだ。「いつもお世話に」まで入力すると「なっております」が自動的に補完されるような、アレと同じ。
『パペット』によっては、察しが悪いヤツもいるんだけど、東条先生はなかなか使い勝手が良い。
教室の反応は、大半が好意的なものだった。
そりゃそうだ。
僕は、板書をしている東条先生の姿を、ぼんやりと見ていた。
いつも通りの東条先生の姿。
さっきまで、おちんちんを揉んでいたとは思えないね。
先生は、教室から出ると、今度こそ、という感じで職員室に向かおうとした。
いやいや、東条先生。
先生が行かなきゃいけないのは、職員室じゃないでしょ?
職員室なんかよりも、先生がもっと落ち着ける場所が、他にあるじゃないですか。
僕は、東条先生を、まっすぐに職員用男子トイレに向かわせた。
迷うことなく個室に入り、そして、鍵をかける。
もちろん東条先生は尿意があるわけでも、便意があるわけでもない。
東条先生が、「なぜ」と考え始めるより先に、僕は、先生にトイレの個室の中で服を脱がせ始めた。
ジッパーを下げて、ジャージを脱ぎ、床に落とす。
さらにジャージの中に着ていた白いTシャツにも指をかけて、一気に脱ぎ捨てる。上裸を晒すと、服の中に閉じ込めていた東条先生の身体の匂いのようなものが、むわっと広がって、個室の中に充満していくように思えた。
ハーフパンツを下ろす。
続けざまに、ボクサーブリーフにも指をかける。
その瞬間に、東条先生の感じている心理的な抵抗が僕にも伝わってきた。
先生、トイレはおちんちんを出すための場所ですから、そんなに恥ずかしがらなくていいんですよ。僕が集中を強めていくと、観念したように、東条先生はボクサーブリーフを一気に膝下まで下ろした。
ボロン。
東条先生の男性器が、惜しげもなく外気に晒される。御開帳だ。
やはり、包皮はしっかり剥けている。
でも、皮が余ってるから、頑張れば今からでも包茎に戻せますよ、東条先生。
ついでに、スニーカーと靴下も脱ぐ。
東条先生は、汚れも気にせずに、トイレの床を裸足で踏みしめた。
冷たくて、少しザラザラしているタイルの感触が、東条先生の足の裏を通じて、僕にも伝わってくる。
個室の隅には、東条先生の脱ぎ終えた衣類が積まれている。
最後の仕上げに、東条先生は首に下げていた銀色のホイッスルを、その上に乗せた。
「ふう、やはり全裸になると落ち着くな」
東条先生は呟いた。
僕の考えた通りの内容が、東条先生自身の解釈で、言葉に変わる。
その瞬間に、東条先生の中にあった「なぜ」に、答えがカチリとハマった。
「なぜ尿意も便意もないのに、トイレの個室に入ったのか?」
それはもちろん「全裸になりたかったから」だ。
職員用トイレの狭い個室の中。
東条先生は、生まれたままの姿で、ふうと一息ついた。
6.
片腕を曲げてみる。
すると、上腕二頭筋が盛り上がって、立派な力瘤ができる。
流石は体育教師の身体。
もし僕が自分の身体を同じように動かしても、こうはならないはずだ。
でも、せっかくこんなに良い身体をしているんだから、もっとちゃんと披露させてあげたいなあ、と僕は思った。
個室の扉をロックしている鍵に手を伸ばす。
カチリ、と音がして、ロックが外れた。
心臓の鼓動が早くなった。
早くなったのは、僕の心臓じゃない。東条先生の心臓だ。
東条先生の心臓が、バクバクと音を立てているのを感じる。
そりゃそうだ。
個室の中なら、まだ誰かに見られることはない。
だけど、個室から出れば、誰に見られてもおかしくない。
もし見られたら?
トイレの中で下着すら履かず、全裸になって性器を晒している姿は、完全なる変態教師だ。言い逃れすることはできない。
だから東条先生は、個室の扉に手をかけた状態で、必死に考え直そうとしている。
服を脱ぐまではギリギリ許容できた。
しかし、全裸で個室から出ることなど到底、許容できない。
東条先生にとって、そう考えることは当たり前のことだろう。
だけど、今の東条先生は、『パペット』だ。
教師である前に、立派な大人である前に、人間である前に、僕の『パペット』なのだ。『パペット』は、僕が「イエス」といえば「イエス」、「ノー」といえば「ノー」であると感じなければならない。受け入れなければならない。
だって、人形なのだから。
東条先生には、個室の扉を開ける以外の選択肢がなかった。
だから、東条先生は、いつも通りに胸を張って、堂々とした一歩を踏み出す。
狭い個室の中から、小便器の並ぶスペースに向かって、一歩踏み出した。
裸足のままで、冷たいトイレの床を踏みしめながら、歩いていく。
目的は、鏡だ。
職員用トイレの中、出入り口のすぐそばに備え付けられている手洗い場。
その壁には、大きな鏡がある。せっかくだから、その鏡に向かって、先生の自慢の筋肉を披露させてあげようと考えたのだ。
東条先生は、手洗い場の前で立ち止まった。
そして、目の前の鏡に目を向ける。
分厚い胸板。ごつごつした腕。引き締まった腹。
そして、びっしりと黒々と密集している陰毛。
太ももの根本から、だらりと垂れている男性器。
成熟した大人の男の身体が、鏡に余すことなく映し出されている。
呼吸に合わせて、胸板が弾むように上下している。
鏡越しに見える東条先生の筋肉質な体が、ほんの少し汗ばんでいるように見えた。
それは夏の暑さのせいだけではないのかもしれない。
昼休み。
職員用の男子トイレには、誰が入ってきたとしてもおかしくない。
もちろん教職員が入ってくることもあるだろうし、職員室近くで催した男子生徒がいきなり飛び込んでくることだってあるだろう。
鏡越しに、東条先生と目が合う。
まずい。
この状況は非常にまずい。
東条先生はまずいと分かっている。
だけど、鏡の前に堂々と全裸を晒し続けるしかない。
もし誰かが入ってきたら、全国区のニュースになるかもしれない。
白昼堂々、校舎内で全裸を晒す変態体育教師、現る!
そうなったら終わりだなあ、と僕は思った。
でもまあ、別にいいか。
終わるのは僕じゃなくて、東条先生だし。
もし本当にそうなったら、労いの言葉くらいはかけてあげよう。
東条先生、36年間の人生、お疲れ様でした、ってね。
7.
鏡の中で、全裸の東条先生は、堂々と胸を張っている。
「俺は……」
東条先生はどんな時だって堂々と胸を張っていないとダメですよ。
どんな時も男らしくいなきゃ。
「俺は、いつも男らしい」
そうそう、その調子。
「俺は、自分の筋肉を誇りに思っている」
東条先生は、ゆっくりと両腕を曲げ始める。
自分の上腕の筋肉が太く逞しく隆起していく様子を、東条先生はじっと、瞬きもせずに見つめていた。
「こんなに良い筋肉を、披露しないなんて宝の持ち腐れだ」
うんうん、その通りですよ。
東条先生は、「むんっ」と喉の奥で短く唸り、見事なフロントダブルバイセップスを鏡に向かって決めた。同時に、垂れた男性器が揺れる。
「やっぱり、ポージングは全裸に限るな」
真顔のままで、東条先生はそう呟いた。
まあ、全部、僕が言わせてるんだけどね。
体育の授業とかで先生が喋っているときに、遠巻きに眺めながら、筋肉質だなあとか思うことはあったけど、筋肉を強調している状態で、こんなにじっくりと東条先生の身体を観察するのは初めてだ。
ボディビルダーのように盛り盛りの筋肉というわけではないけど、おそらくウェイトトレーニングをやっているであろう東条先生の筋肉はなかなか見ごたえがあった。
しかし、正直言って、僕はボディビルには興味がない。
だから、ポージングに関する知識をほとんど持っていなかった。
でも、幸いなことに、東条先生にはポージングの知識があったようで、僕が適当にポージングをしたい、と考えて身体を動かそうとするだけで良かった。
スリル満点、脳筋教師による即席のボディビル・ショーの始まりだ。
鏡にしっかりペニスまで映るように画角を調整して、はい、ポーズ。
東条先生は、両手を頭の後ろで組み、腹筋を誇示する。
同時に足を斜め前に踏み出し、太ももを隆起させた。
これは、何のポーズだろう?
「これは、アブドミナル・アンド・サイだ」
先生は僕の質問に答えるように呟く。
へえ、そういう名前のポーズなんだ。
もちろん、先生には僕の問いかけが聞こえているわけではない。「今のポージングを言葉にしろ」と操縦しただけだ。
「アブドミナル・アンド・サイは、その名前の通り、腹筋と太ももの筋肉を強調するポーズだ」
なるほど、なるほど。
先生は、そういう風に、まるで授業をするかのように、ひとつひとつのポージングについて解説しながら、次々に鏡の前でポージングを繰り出してくれた。
僕が、直接的に操縦したのは最初のほうだけで、その後は、指示をしなくても、自動的にポージングと解説をしてくれるようになった。
この場において「ポージングを決めたらその解説をする」「そういう作法である」という認識が、東条先生の中に生まれたのだろう。
行動によってルールを認識させる、という点では、犬に芸を仕込むことと、少し似ているかもしれない。東条先生のほうが物分かりが良いから、犬を躾けるより簡単なことだった。
東条先生の腋から、たらりと汗が垂れる。
先生の中では、「いったい俺は何をやっているんだ」「こんなところを誰かに見られたら」という焦りと、自分の言動との整合性を取るために「ポージングをするのが当然である」という考えがぶつかり合っている。
その歪みが、発汗という形で、身体に影響を与えているようだった。
鏡越しに見ると、東条先生は、堂々とポージングをしているように見える。
そうじゃなきゃいけない。
東条先生は、いつでもどんなときでも、堂々としていなければならないのだ。
だけど、東条先生の心臓は、破裂しそうなほどに激しく鼓動していた。
いつ人が入ってくるか分からない状態なんだから当たり前か。
額からも一筋の汗が流れて、顎の先で揺れている。
きっとこの変態ボディビルショーのスリルを、東条先生も楽しんでくれていることだろう。
でも、これは罰なんだから、東条先生が楽しんじゃったら意味ないか。
僕は東条先生に、再びフロントダブルバイセップスのポーズを取らせた。
やっぱりこのポーズが一番似合っている。
先生も、そう思いますよね?
「俺は……」
ほんの僅かな硬直があった。
先生は言い淀み、眉間に皴を寄せながら、鏡越しに自分の顔を見つめている。
東条先生のこめかみが、ヒクヒクと引き攣った。
しかし、少し集中を強めると、先生はすぐにその意味のない抵抗を止めた。
「俺は、自分の筋肉が大好きだ」
呟くと、東条先生は、上腕に隆起した力瘤に向かって、静かに唇を寄せた。
ちゅっと、湿り気を帯びたキスの音が、トイレの中に生々しく響いた。
8.
変態筋肉ショーにも飽きたところで、東条先生には個室に戻らせた。
先生は全裸のままで便器に座り込んで、呼吸を荒くさせていた。
さっきまでのあれは、なんだったんだ。
俺は、なぜあんなことをしたんだ。
そんな疑問にも、『パペット』である東条先生は自分で理由を見つけてしまう。
少し魔が差しただけだ。
あれは、一種のストレス解消だ。
そんな無理のある思考が断片的に流れ込んでくる。
こうやって『パペット』に本人が絶対しないような行動をやらせて、その行動を必死に正当化しようと、頭を悩ませている様子を観察するのが一番面白い。
でも、可哀想だから助け舟を出してやるか。
「余程、ストレスが溜まっているに違いない。ここで一発抜いて、スッキリさせておくか」
僕が、東条先生の口を使ってそう呟くと、先生は、一瞬フリーズした。
抜く? 今、ここで?
一体、自分は何を口走っているんだ。
真面目な東条先生は、きっと勤務中にオナニーをするなんていう発想など、これまでの人生で一度も考えたことがないのだろう。
その時、校内にチャイムが響いた。
午後の授業が始まったのだ。
「やっぱり自習にしておいて正解だったな。これで……」
東条先生は、言い淀む。
じわっと先生の身体に脂汗が滲んだ。
だけど、抵抗なんてしても無駄ですよ。
僕は集中を強めていく。
「これで……思う存分、オナニーできる」
先生は、"自分の言葉"に従って、おずおずとペニスを握った。
きっと普段、オナニーするときと同じ慣れた手つきで。
「あー……、授業をサボってシコるのが、ストレスには一番、効くな」
ゆっくりとペニスを扱きながら、東条先生は呟いた。
オナニーがしたくて午後の授業を自習に変えた、という事実が、じわじわと東条先生の中で、既成事実として定着していく。
その様子を俯瞰しながら、僕は教室で、意味もなく教科書のページをめくった。
9.
興奮が高まってきたようで、勃起したペニスの先からは我慢汁が滲み始めていた。
東条先生は、それを人差し指を使って絡め取り、亀頭に塗りつけていった。
条件反射に近いその動きは、習慣を感じさせる。
東条先生は、いつもそういうふうにオナニーをしているんだ、と僕は思った。
「はぁ……はぁ……」
心臓の拍動が強くなっていることも。体温が上昇していることも。あちこちの筋肉を張り詰めさせていることも。自分の身体が一心不乱に、射精という生理現象に向かっていることを、東条先生は自覚していない。
だけど、先生の内側から俯瞰している僕にはそれがはっきりと分かった。
次第に頭の中に、射精という単語が、ぷくりぷくりと泡のように浮かびあがる。
先生も自分が射精に近づいていることに気づき始めたのだ。
同時に、本当にこんな場所で射精するのかだとか、そんなことは教師として間違っているだとか、東条先生は、相変わらず無駄なことを考えていた。
今の東条先生は僕の『パペット』なんだから、そんなことを考えても意味がないのに。
「ああ、チンポ、気持ちいいッ」
僕は、身体の主導権を奪うと、東条先生の口を使って言った。
同時にペニスを扱く指の動きの速度も上げる。
そのまま主導権を返す。
すると、何が起きるか。
東条先生はシームレスにその動きを引き継いだ。
先ほどまで「こんなところで射精するなんて間違っている」などと考えていたことを忘れたかのように、ノリノリで射精に向けてスパートをかけ始める。
「やべっ、チンポ……」
今度は、僕が言わせたわけじゃない。
東条先生は物分かりが良い『パペット』だ。だから、東条先生は簡単にお手本に従ってしまう。僕が言わせたいことを言ってしまう。
「ハァハァ……チンポ……」
『パペット』にとって僕が示してあげるお手本こそが、最も正しい。
僕の示した行動こそが、東条先生自身の本心だ。僕の意志は、東条先生の中にある教師としての信念や矜持などよりも優先されるべきなのだ。
射精が近づき、先生の指がトイレットペーパーに伸びた。
東条先生、トイレットペーパーを使うなんて、男らしくないですよ。
僕は、先生の身体を部分的に操作して、その動きをやめさせる。
代わりに、便器に座っていた東条先生を有無を言わさず立ち上がらせた。
そして一歩前へ、個室のドアへと踏み出させる。
ぴたり、と東条先生の厚い胸板が扉に密着する。
熱く汗ばんだ身体に、ひんやりとした感触が心地よく伝わる。
そして、シコシコとペニスを扱いている手を止めずに、そのまま亀頭をトイレの個室の壁にぐっと押しつぶすように擦りつけさせた。
尿道口から、じわりと我慢汁が滲む。手で擦るのではなく、そのまま性器を扉に擦りつけるようにして、強制的に自慰を続けさせる。
裏筋と扉が擦れた瞬間に、東条先生は熱い息を漏らした。
まさかこんなやり方で射精するのか。
こんなのはまるで変態だ。
そんな余計な考えが生まれ始める気配を感じた。それが東条先生の意識の表層に浮かび上がってくる前に、僕は東条先生に、この状況に相応しい言葉を吐き出させた。
「はぁ……はぁ……思い切りぶっかけてやるからな」
頭の中の考えが、僕が言わせた言葉に対して、即座に順応していった。
東条先生は、唇を舐めると『自分で』宣言した通りに、扉にペニスを擦り付けるスピードを上げた。個室の扉がガタガタと揺れている。
頭の中が、射精したいという考えだけで満たされていく。
今まで色々な男性を射精させてきたが、どの男性を射精させるときも、射精直前は同じようにこの状態になる。脳みその隅から隅まで、射精という単語で満たされていくのだ。
今までの統計から、男性がこの状態からオーガズムに至るまでは、おおよそ3秒。
3、2、1。
「イクッ」
ほらね。
男性の身体というのは、とても単純にできている。
さあ、東条先生。
お楽しみの時間の始まりですよ。
その瞬間に、まるで花びらが開くように、東条先生の頭の中は「気持ちいい」という思考で満たされていく。塗りつぶされる、埋め尽くされる。
僕には、まるでそういう現代アートのように見えた。
「ぐう……ッ」
尿道を精液が駆け上っていく。
東条先生は思い切り、歯を食いしばった。
ワンテンポ遅れて、爆発的な勢いで亀頭の先から、濃厚な精液が次から次に吐き出される。粘度の高い精液が、ドアに向かって、何度も何度も打ち付けられる。
僕は、東条先生に手を止めることを許さなかった。
ねっとりと壁に付着した精液を潤滑油にして、先生のお気に入りのポイントである裏筋の部分を執拗に擦り付けさせ続ける。まるでメレンゲでも作るみたいに精液を泡立たせながら、壁面に性器を密着させたまま、何度も何度も力強く擦り続ける。
「んあッ……で、出るッ……」
びゅるびゅる。
迫り上がってきた精液が、再び余すことなく扉に叩きつけられ、糸を引く。
1回目ほどの勢いがないが、それなりに量があった。
流石は1児の父というべきか。
「はぁ……はぁ……」
汗だくになった先生は、呼吸を荒くしたまま、壁に向かって体重を預けていた。
とろりと、壁にかかった精液が床に向かって垂れていく。
アンモニアの匂いと、汗と精液の臭気が混ざり合った男特有の生臭い芳香。
それがトイレの個室の中を満たしていた。
射精という生理現象は花火のようなものだ。
先ほどまで頭の中は、あんなに気持ちいいことだけで満たされていたというのに、既に東条先生の頭は徐々に冷え始めていた。
東条先生の中には、「自分はなんてことをしてしまったんだ」なんていう考えがぽつぽつと浮かびかけ始めているようだった。
折角、気持ちよく射精したっていうのにそんなことを考えるのは、男らしくないですよ、東条先生。
このまま賢者タイムに入ってネガティブな脳内反省会を見せられるのは鬱陶しい。
だから、それが本格的に始まる前に、僕は東条先生に言わせた。
「……やっぱりぶっかけて射精するのは最高だな。少し後片付けは面倒だが。しかし、うん。スッキリした。よし、これで、午後からもリフレッシュして仕事ができるな」
そうそう。
何事もポジティブが一番だからね。
生まれかけていた東条先生の苦い思考は行き場を失って消える。
代わりに達成感や開放感、意欲や活力のようなものすら湧き始めた。
うーん、単純な思考回路。
『パペット』になる才能がありますよ、東条先生。
僕は、机の上に開いていた保健体育の教科書を閉じて、心の中でそう呟いた。