Home Creators Posts Import Register Favorites Logout

Content

『私と入れ替わってもらえませんか?』


突然送られてきたそのDMを見て俺は首を傾げていた。

このDMの送り主、すももさんとはとあるSNSで知り合った仲で、俺が建てた『入れ替わりが好きな人間のためのスレッド』にすももさんが書き込んできたのがキッカケだ。

人と人が入れ替わる話が好きな人間たちが集い、それぞれこんな女の子と入れ替わりたい、こんな組み合わせの入れ替わりが見たいなど好き勝手に話す自由な場に、すももさんは現れた。

男性と入れ替わりたい、女性の身体になった男性はこんなことを気にすると思う、などの書き込み内容から恐らく女性だと推測される。

それだけでも珍しいと思ったが、すももさんはその上独特の感性を持っていて、なんと言うか少し浮世離れした雰囲気があった。

そんなすももさんからある日送られてきたのが、先ほどの文章だ。


「これは、どういう意味だ?」


お互いに入れ替わったふりをして書き込む遊びをする、ということだろうか。

まさか本当に入れ替われるわけでもあるまいに。

意味を図りかねて困惑していると、すももさんから続けてDMが来た。


『いきなりで申し訳ありません。ただ、私は本気です。詳しいことをお話しするためにも一度実際にお会いしたいのですが、どうでしょうか?』


本気、と来たか。

俺はますますすももさんの真意がわからなくなってきた。

からかわれているのだろうか。

しかし、すももさんはそういうことをするタイプには思えない。

ならば俺に会うための口実?

それもなんだか腑に落ちない。

いずれにしろもっと話してみないことにはわからないだろう。

俺も前からすももさんとはもっと話してみたいと前から思っていたので、これはちょうど良い機会かもしれない。

胸の内に僅かな疑問を抱きながらも、俺は彼女とオフで会う約束を取り付けることにした。




────────




日曜日の朝、俺は都内の駅前で待っていた。

平日はお互い忙しいだろうということで週末まで待ってから会うことになったのだが、今日までなんだか浮ついた気分だった。

SNSで知り合った女性とオフで会うなど初めてなため、正直言ってテンションが上がっていた。

すももさんはどんな人なのだろうか。

年齢はあまりわからないが、どちらかと言えばしっかりしている人というイメージがある。

もしかしたら俺よりも年上の可能性もある。

そんなことを考えていると仕事が全然捗らず、上司にめちゃくちゃ怒られた。

何はともあれ、今日はすももさんと色々話そう。

すると、すももさんからDMが来た。


『私も待ち合わせ場所に着きました。右手に白いハンドバッグを持っている小柄な女性です』


白いハンドバッグを持った小柄な女性……。

顔を上げて辺りを見るとちょうど俺の斜め前に周りをキョロキョロと見回している人がいた。

手には白いハンドバッグを持っている。

他にそれらしき人はいないし、この人がすももさだろう。

そう思い近づこうとした瞬間、俺は思わず息を呑んだ。

清涼感のある白いボタンワンピースに身を包んだポニーテールのその女性は、見るからに少女だった。

成長途上と思われる華奢で小柄な身体に、まだあどけなさの残る顔。

軽い化粧が施されてはいるものの、大人っぽいと言うよりは大人になりたいと思っている少女という印象だ。

年齢は高く見積もっても高校生ぐらいだろう。

そして何より、その姿は誰が見ても美少女と呼べるほど美しかった。

この夏の日差しが照りつける中に佇む彼女の姿は、まるで野に咲く一輪の花のようだ。

流石に予想していなかったすももさんの姿に思わず見惚れていると、向こうも俺の存在に気づいた。

サンダルをパタパタと鳴らしながらこちらに歩み寄ってくると朗らかな笑みを浮かべながら口を開く。


「あの、もしかして4kさんですか?」


4kというのは俺のハンドルネームだ。

本名の四ノ宮健司をもじって作ったもので、だいたいのSNSでこれを使っている。

それを知っているということは、やはりこの少女が。


「はい。あなたがすももさん……ですよね?」

「そうです。今日は来ていただいてありがとうございます」


すももさんは深々と俺に頭を下げてきた。

そのぺこぺことした動きはなんとも可愛らしい。

ネット上では真面目な人という印象だったが、実際に会って声や動きがつくとどうしてもその可愛らしさに目がいってしまう。


「それで早速ですね、4kさんにお話したいことがあるんですが」


すももさんはそのままその場で本題を切り出そうとしてきた。

なんとも気が早いが、この暑さの中でそれは得策とは言えないだろう。


「まあまあ、少し落ち着いて。とりあえず、一旦そこでお茶しませんか?」


俺は彼女の言葉を制しながら、近くのスタバを指差した。

一瞬キョトンとしたすももさんだったが、俺の言わんとしていることが分かると少し恥ずかしそうにしながら頭を下げてきた。


「ご、ごめんなさい。私、早く4kさんと入れ替わりたくて、つい……」


また出た入れ替わりたいという言葉。

その詳細が気になるがとりあえずそれは一旦置いておいて、俺たちはスタバの中へと入った。

店内は空調が効いておりとても快適だ。

まずは何か頼むべく、注文カウンターへと向かう。


「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりですか?」

「はい、えーっと、アイスコーヒーのショートで。すももさんは何にします?」


俺は隣でメニューを見ているすももさんに尋ねた。


「えっと、私はダークモカチップフラペチーノ、ホイップ多め、パウダー多め、チョコチップ多め、チョコソース追加で。あっ、サイズはトールでお願いします」


すももさんの口から次々と出てくる呪文のような言葉に軽く気圧される。

流石女子高生とでも言うべきか、淡白な俺の注文とは大違いだ。

注文を終えた俺たちは受け取りカウンターで商品を受け取りテーブルへと移動した。

座席についてコーヒーを飲みながら一息ついていると、すももさんがモジモジとしながら切り出してきた。


「あの、奢ってもらっちゃってすみません……」

「いや、気にしないでくださいよこれくらい。それより、本題について聞きたいんですが」

「あ、そうですよね。それでは改めまして……」


すももさんは髪を耳にかけ居住まいを正すと、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。


「私と、入れ替わって欲しいんです」


DMの文面と同じことをすももさんが告げる。

その顔はふざけている様子もなく真剣そのものだった。


「……えーっと、それはどういう意味ですか?」

「そのままの意味です。私は、この現実で人と人を入れ替えることができる道具を手に入れてしまったんです」


どうやらすももさんは本気で俺と入れ替わろうとしているらしい。

変わった人だとは思っていたが、流石に面と向かってそんなことを言われると反応に困ってしまう。


「……いきなりこんなことを言われても信じられないですよね。でも本当なんです。まずはこれを見てください」


そう言ってすももさんがバッグから取り出したのは、イヤホンの挿さった音楽プレイヤーのようなものだった。

見たところ最近のものではない。

十数年レベルの年代もののようだ。


「これは?」

「入れ替わりに使う装置です。二人の人間がこのイヤホンをそれぞれ耳につけて、このスイッチを押すとお互いに入れ替わることができるんです」


すももさんが少し声を震わせながら説明してくる。

嘘がバレないように緊張しているのかとも思ったが、それよりは遠足の前にワクワクが抑えられない子供の様子に近いと言った方が正しく思える。


「うーん、にわかには信じがたいですけど、そもそもすももさんはどうしてこれにそんな機能があると信じられるんですか?」

「実際にこれで入れ替わった人を目の前で見たからです。私はその入れ替わった人からこれを譲り受けました」


はっきりとすももさんが告げる。

これを使って本当に入れ替わった人がいる。

もし本当ならとんでもないことだが。


「その機能、試してみることはできますか?」

「えっと、これを使って入れ替わった二人は元に戻ることができないんです。だから軽はずみな気持ちでは使わない方が……」


なるほど、不可逆的な入れ替わりになってしまうわけか。

そういうアイテムとして見るとなかなか興味を惹かれる代物だが、自分が使うならそれなりの覚悟が必要そうだ。


「しかも、これを使って入れ替わった二人は時間が経過する内に入れ替わった身体の方に精神が馴染んでしまうんです。考え方も、好きなものも、記憶すらも、全部相手のものになってしまうんです。これを使うということは人生を交換するっていうことなんです」


すももさんが力強く熱心に語ってくる。

少し興奮しているのが窺える。

普段のSNSでの書き込みを彷彿とさせてくれる辺り、この人はやはり俺の知っているすももさんのようだ。


「なるほど、わかりました。一つ聞きたいんですが、どうして俺と入れ替わりたいんですか?」


俺はずっと気になっていたことを尋ねた。

すももさんが男と入れ替わりたいと思っていることは前から知っていた。

しかし、なぜ俺なのだろう。


「いきなり人に入れ替わりたいなんて言ったら引かれてしまいそうですし、入れ替わりが好きな人なら私の話を聞いてくれると思ったんです。それに、4kさんは普段から優しいですし真面目そうなので、入れ替わるならこの人がいいと思っていたんです」

「そ、そうですか……」


入れ替わりたいというのは新手の褒め方だが、その純粋な好意に少し照れてしまう。


「4kさん、私と、人生を交換してもらえますか?」


すももさんが少しだけ不安そうな顔をしながら真っ直ぐにこちらを見てくる。

まるでプロポーズでもしてるかのような様子だ。

ある意味間違ってないとも言えるが。


「うーん……そうですね……」


俺は目を閉じて考えた。

入れ替わりというものに関してはとても興味がある。

もし本当に他人と入れ替わることができるなら入れ替わりたいと今まで何度も思った。

それがすももさんのような可愛い女の子であるなら尚更だ。

しかし、まだ彼女の言うことを完全に信じるきることはできない。

だって冷静に考えて他人と入れ替われるわけがない。

あくまでも入れ替わりというの創作上の話に過ぎない。

現実にはそんなことが起こるわけがないのだ。

すももさんが俺のことからかっているという可能性はまだ全然捨てきれない。

しかし、その一方ですももさんから俺のことを騙そういった悪意はあまり感じない。

ならば難しく考えず、今は彼女の言うことにとりあえずのっておくというのも別に悪くないのかもしれない。

もし俺のことを騙くらかしてからかおうと思っていたのだとしてもそのときはそのときとして対応すればいいだけだ。

そうなると、俺が今真面目に考えるべきなのはすももさんと人生を交換できるかどうかだ。

一度入れ替わったら元に戻れないというのはとても厳しい条件だ。

その上精神も相手の身体に馴染んでしまうとなると、今までの自分を完全に失うことに等しい。

俺は今までの人生を何不自由なく生きてきた。

男として生まれ、友人もそれなりに恵まれており、今勤めている会社も給料は悪くない。

今の自分の人生に対して不満というものはあまりない。

大事なのは、その人生を捨ててでも入れ替わりたいと、すももさんになりたいと俺が思っているかどうかだ。


「わかりました、すももさん」

「……はい」


すももさんが固唾を飲んで俺の返事を待っている。

俺は一呼吸おいて、ゆっくりと口を開いた。


「俺とデートしましょう」

「……はい?」


俺の言葉にすももさんは肩透かしを食らったような間の抜けた返事をした。

なにを言っているのかわからないといった様子で硬直している。


「思ったんですけど、俺まだすももさんのことをよく知らないんですよ。SNSで書いているのもほとんど入れ替わりに関することばかりで、それ以外の趣味や好みは何も知りません。だったらもっとすももさんの人となりを知ってからでも入れ替わるのは遅くないんじゃないかって。だからそのためにもこれから今日一日デートをしてお互いのことを知っていこうと思うんですけど、どうですか?」


俺は思っていることを正直に告げた。

身体も中身も相手になってしまうのなら、俺はもっと相手のことをよく知ってから入れ替わりたい。

一度しかできない入れ替わりなら、後悔のないようにちゃんと準備をするべきだ。


「な、なるほど……。おっしゃる通りです。私、入れ替わりたいと言う気持ちばかりが先を行ってなにも考えてませんでした。4kさん、流石です! ますます入れ替わりたくなっちゃいました!」

「ど、どうも……」


好意としては嬉しいのだが、この褒め方にはまだどう反応していいかわからない。




────────




スタバを出た俺たちは駅近のショッピングモールへとやってきていた。

デートと言っても相手は女子高生だ。

変なところへ連れて行くわけにもいかないしこれぐらいがちょうどいいだろう。


「すももさんはどこか見たいところありますか?」

「そうですね……えーっと……」


すももさんが唸りながら長考に入ってしまった。

俺に気を遣わせないような場所を考えているのだろうか。


「難しく考えなくていいですよ。俺はすももさんの人となりが知りたいだけなんで、素直に今すももさんが行きたい場所を言ってください」

「そ、そうですか? それじゃあ……ちょっとお洋服を見ていいですか?」

「OKです。行きましょう」


目的地が決まり、俺たちは移動を開始した。

歩きながら、なに気なく尋ねる。


「すももさん、今日の服もオシャレですし普段からよく服は買うんですか?」

「えっ? そ、そうですね、お洋服は好きなのでよくお店には行きます。まだ高校生でお小遣いも多くないのでウィンドウショッピングが多いですけど……」


すももさんが少し顔を赤くしながら答える。

まだ年上の異性からストレートな褒め言葉には慣れてないらしい。

あまり遊んでいる風にも見えないし結構ウブなのかもしれない。

しかし、やはりすももさんは女子高生だったか。


「すももさん、やっぱり高校生だったんですね。最初に見たときには想像よりも大分若かったので驚きましたよ」

「すみません、こんな子供に付き合ってもらっちゃって。4kさんは立派な社会人というイメージでしたけど、まさにその通りでした」

「はは、立派かどうかはわからないですけど、一応社会人ですね」

「いえ、4kさんは立派ですよ。こんな年下の女の子相手にもちゃんと敬意を持って話してくれてることが伝わってきますから。あの、今更ですけど、敬語じゃなくても大丈夫ですよ。好きに話してください」


すももさんが謙るように言ってくる。

どうやらあまり気を遣われたくないらしい。

初対面の相手には敬語というのは単なる社会人の習性みたいなものなので難しく捉えてくていいのだが、向こうがそう言うなら敬語はやめることにしよう。


「では遠慮なく。すももさんは今日は欲しい服とかあるのかな?」

「そうですね、今日は秋物が見たい気分です。これから涼しくなってくると思うので」


そう話しているとちょうど目的地の洋服屋に着いた。

レディースのブランドは全然わからないが、どうやらティーンズ向けのショップのようだ。


「あ、これかわいい……」


すももさんの目に留まったのは、白いパーカーにブラウンのワンピースを合わせたコーデを纏ったマネキン。

今年の新作と書かれている。

すももさんが目を輝かせながら見ているとすぐに店員が近寄ってきた。


「こちらご試着もできますがいかがでしょう?」

「え!? いや、今日は見にきただけなので試着は……」


すぐに手を振って試着を断ろうとするすももさんに、俺は横から声をかけた。


「いいんじゃない? 着てみるだけタダなんだし、試着してみれば?」

「え、そ、そうですか? 4kさんがそうおっしゃるなら……」


すももさんは少し戸惑いを隠せない様子だったが、俺に言われたまま服を持って試着室へと入っていった。

あんなに食い入るように見ていたのだからよっぽど気になっていたのだろう。

ならばその背中を押すのが俺の役目だ。

実際、俺もあの服を着たすももさんが見たい。


「着れました。ど、どうでしょうか?」


少しすると試着室のカーテンが開いてすももさんが出てきた。

少しはにかみながらこちらを見るすももさんの姿はまさに美少女。

先ほどまで着ていた白いワンピースも似合っていたが、今のパーカーとワンピースを合わせた格好もまた、すももさんの可愛らしさが全面に強調されている。

こういう清純な雰囲気のフェミニンな服はすももさんによく似合う。


「いいね、よく似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます!」


すももさんは嬉しそうな顔をした後、照れてしまったのかすぐにまたカーテンを閉じて試着室の中に引っ込んでしまった。

しかし、本当によく似合っていた。

……もし仮にすももさんと入れ替わるとしたら、俺があの格好の似合う可愛らしい女の子になるわけだ。

今俺が着ているのは黒のポロシャツにジーンズを合わせた、いかにもファッションにあまり興味のない普通の男といった服だ。

こんな俺が、ファッションに興味津々の可愛らしい女の子になっしまうのだとしたら。

……背筋がゾクゾクとしてくる。

気づけば、心臓の鼓動が強まっていた。


「すみません、お待たせしました」


元の服に着替えたすももさんが試着室から出てくる。

脱いだ服は畳まれており、そのまま店員に返そうとしているようだ。


「それ、買わないの?」

「はい、今日はお金あまり持ってきてないので」


少し残念そうな声音ですももさんが言う。

チラッと見えた値札にはそこそこいいお値段が書かれていたし、女子高生が気軽に買うのは難しいか。


「わかった。じゃあそれ、俺が買ってあげるよ」

「え、ええ!? そんな、いいですよ!」


俺からの提案に対してすももさんは手をぶんぶんと振って遠慮する。

しかし、こういうときにちょっと格好つけようとしてしまうのが男というものだ。


「いいのいいの。だって俺がすももさんと入れ替わったらその服は俺のものになるわけでしょ? だからこれは俺が自分の服を買うのと同じなんだよ」

「それは、確かに……」


俺の言い分にすももさんは感心するように深く頷いている。

軽い冗談のつもりだったが、なんか納得してくれたようだ。


「ありがとうございます、4kさん」


すももさんが満面の笑みを浮かべてお礼を言ってくる。

それに対して俺が内心抱いたのは、この笑顔も俺のものになるかもしれないという想像だった。

いつの間にか俺自身、すももさんとの入れ替わりというものを本気にし始めていた。




────────




「すみません、ご飯まで奢ってもらってしまって……」

「気にしないでよ。高校生はお小遣いが少ないんでしょ? これぐらいは任せてよ」


ショッピングモールのレストランフロアでランチを済ませた俺たちは外のベンチで休んでいた。

俺の右隣にすももさんが座る形で二人並んで座っている。


「でも、流石に全部払ってもらうのは……お洋服まで買ってもらっているのに……」

「俺が好きでやってるんだから気にしなくていいって。……ん、でももし入れ替わったら俺の財布はすももさんのものになるのか。勝手に使ったのはよくなかったかな?」

「い、いえ! それこそ気にしないでください! そのお金はまだ4kさんのものですし、それに4kさんが使いたいと思ったお金の使い方なら私もそれを受け入れますから」


すももさんが胸に手を合わせて優しい表情で言う。

一瞬間を置いた後、すももさんは静かに切り出してきた。


「……4kさんは本当にいい人ですね。優しいですし、こんな私にもちゃんと付き合ってくれる。入れ替わる相手としてあなたを誘って本当によかったです。4kさんは、どうですか? 私のことどう思いました?」


すももさんからの問いに俺は即答する。


「すももさんはとても素敵な人だよ。可愛らしくて、年相応に初々しくて、俺にはない感性を持っている。もし入れ替われるなら是非入れ替わりたいよ」

「……! そ、それじゃあ……!」


すももさんの顔が喜びの色に染まる。

俺はそれに対してこくりと頷いた。


「例の道具、使っても俺は大丈夫だよ」

「ありがとうございます!」


すももさんは深く頭を下げるとはやる気持ちを抑えきれないといった様子で、あの音楽プレイヤーを取り出した。


「じゃあ、これを右耳につけてください」


すももさんから、音楽プレイヤーから伸びるイヤホンの片割れを差し出される。

俺がそれを言われた通り右耳につけると、すももさんも同様に自分の左耳にイヤホンをつけていた。


「……最初にも言いましたが、これで入れ替われば私たちはもう元には戻れません。今の身体とはお別れになりますし、新しい身体に馴染んでしまえば今の性格の自分ともお別れになります。心の準備はいいですか?」

「……」


入れ替わりが済んでしまえば、俺は俺でなくなる。

25年の人生を共に歩んできた俺という人間とは全く別の、目の前のこの可愛らしい少女が新しい俺になる。

そうなれば、俺という存在はただの他人となりこの身体とは永遠の別れになってしまう。

そんなことが本当にあるのかという思いもまだある。

正直言えばまだ半信半疑だ。

しかし俺は既に、本当にそうなってほしいという気持ちで満たされていた。


「ああ、大丈夫だ。頼むよ」

「わかりました。……入れ替わる前にちゃんと自己紹介しておきましょうか。私の本名は百瀬静華。17歳の女子高生です」


すももさん……いや、静華ちゃんが俺に告げた。

俺も彼女に名乗り返す。


「俺の本名は四ノ宮健司。25歳の会社員だ」


俺は、おそらく俺の人生で最後となる自己紹介をした。

これからこの四ノ宮健司という名前は俺のものではなくなる。

そして、百瀬静華という名前が新たに俺の名前となるのだ。

そう考えるだけでゾクゾクと気持ちが昂ってくるのがよくわかった。

静華ちゃんの方も同じ気持ちのようで、顔を赤くしながら息を乱して興奮している。


「はぁ、んっ……それじゃあ、いきますよ……四ノ宮さん……」

「ああ、静華ちゃん……」


静華ちゃんが指を震わせながら、音楽プレイヤーのスイッチを押す。

その瞬間、俺の意識は右耳についているそれに凄まじい勢いで吸い込まれていった。




────────




目の前が真っ暗になったと思った次の瞬間には視界が明るくなっていた。

場所は変わらずショッピングモールの外にある屋外庭園のベンチ。

周囲の景色に変わった様子はない。

だが、いくつかおかしなことがあった。

さっきまで右耳についていたイヤホンがなぜか左耳についている。

ジーンズを履いていたはずの足になぜか風が当たるの感じる。

静華ちゃんがいたのは右隣のはずなのになぜか左から人の気配を感じる。

これは、もしかして本当に。


「……入れ替われましたね」


左隣から低い男の声が聞こえる。

咄嗟に左に顔を向けた俺は、雷に打たれたような衝撃を受けた。

そこにいたのは、本来鏡の中でしか見ることのない人間の姿。

黒いポロシャツにジーンズという格好の男。

見間違うはずもない、俺の姿だった。


「ほ、本当に、入れ替わった……んっ、声が……」


自分の喉から出た高い声に違和感を覚える。

声変わりを終えた男では出せない、まだ幼さの残る少女の声。

それが今俺の喉から出たのだ。

思わず喉に手を伸ばすと、そこには突き出た喉仏はなく、簡単に折れてしまいそうな弱々しく細い首がある。

今の俺は誰がどう見ても男のものではない、少女の身体になっていた。

夢にまで見た、女の子の身体。

心が浮ついて落ち着かない。

どこか頼りなくて地に足がつかないような不思議な酩酊感に俺は酔っていた。


「すごいです、私本当に男の人に……四ノ宮さんになれたんですね」


目の前で俺の身体となった静華ちゃんが感慨深そうに声を震わせながら呟いた。

きっと静華ちゃんも俺と同じように他人と入れ替われた喜びに酔いしれているのだろう。

俺の身体が俺のものではない笑顔を浮かべている様は、なんとも現実感のない光景だった。


「なんか変な感じだ。目の前に俺がいるなんて」

「私もです。目の前に私がいて、そして私は今私じゃない。四ノ宮さん、手を出してください」


言われたままに手を伸ばすと、静華ちゃんは手のひらを俺に合わせてきた。

見慣れた浅黒い筋張った固い手と、それより一回り小さい色白でスベスベの華奢な手。

俺のものだったはずの手が前から差し出され、俺のものではない手が俺から伸びている。

それが、俺たちが入れ替わっていることをはっきりと実感させた。


「私たちの手、こんなに違うんですね。この大きくて力強い手が、今の私の手……」


俺は試しに手に力を込めて少し押してみた。

しかし、目の前に構えた大きな手はびくともしない。

あれは俺の手、だったもの。

俺って、あんなに力強かったのか。

いや、今の俺の力が弱いのか。

いずれにしても俺たちの力関係は完全に逆転してしまっているようだ。

今の俺は、紛れもなくか弱い女の子。

それが堪らなく心を滾らせる。


「私、この手が好きです。包容力のある優しい大きな手。私、四ノ宮さんになれて本当に嬉しいです」

「俺も、静華ちゃんになれて嬉しいよ」


低い声で話す目の前の男に、俺は少女らしい高い声で言葉を返す。

たったこれだけのやり取りで、俺は新しい自分を強く実感できる。

一つ一つの違和感が、俺を歓喜に震わせていた。


「あの、四ノ宮さん、一ついいですか?」


すると、静華ちゃんが静かに切り出してきた。


「この後なんですけど、私したいことがあるんです」

「したいこと? いいよ、なんでも言って」


新しい身体でしたいこと。

俺にだってこの身体でしてみたいことは山ほどある。

静華ちゃんが今したいこととはいったいなんだろう。


「私、デートの続きがしたいんです」

「……へ?」


今度は俺が間の抜けた返事をしてしまった。




────────




「四ノ宮さんはどこか行きたいところありますか?」


再びショッピングモールの中へと戻った俺たちは各フロアの地図を見ていた。


「ええっと、その前にどうしてデートなの?」


静華ちゃんの希望でデートを再開することになったのだが、いまいち目的がわからない。


「さっきまで四ノ宮さんにはたくさんエスコートしてもらったので、今度は私がしてあげたいんです。せっかく立場が逆転したんですから」


静華ちゃんは俺の顔でにっこりと笑った。

なるほど、要するにさっきまで俺がやっていたことをしたいということか。


「あまり難しく考えなくていいですよ。素直に今行きたい場所を教えてください」

「…………」


自分を真似をされているようでなんともこそばゆい。

まあ、そういうことなら素直に言おう。


「……それなら、本屋にでも行きたいかな」

「本屋ですか、わかりました。行きましょう!」


静華ちゃんが俺を先導するように歩き始める。

すると、静華ちゃんは俺を置いてぐいぐい先へと行ってしまった。

俺は少し駆け足になりながら静華ちゃんの後に続いた。

よく考えれば今は歩幅がさっきまでと逆転している。

さっきまでのペースでお互い歩こうとしたら俺の方が遅れるに決まっている。


「あ、ごめんなさい四ノ宮さん。もう少しゆっくり歩きますね。今の四ノ宮さんは女の子なんですからちゃんとエスコートしないとですよね」


静華ちゃんは俺の横にぴっちりとついて歩いた。

なんだろう、か弱い女の子扱いされるのは初めてだが、ちょっと気分が良くなってきた。

元の身体ではされるはずもない扱いが、今の身体では自然であるというのが、俺にはとても心地いい。


「四ノ宮さんは普段から本はよく読むんですか?」

「え? ああ、そうだね。割と読む方だと思うよ。小説はよく買うし。静華ちゃんはどう?」

「私は文字を読むのは苦手なので、小説はあまり……。入れ替わりの話だったらたまに読むんですが」


どうやら静華ちゃんは活字が苦手なようだ。

俺は昔から本の虫だったので、今でも通勤時間などを利用してよく本を読んでいる。

そんな雑談をしているうちに本屋まで辿り着いた。

俺たちは本屋内を物色しながら歩いていく。


「静華ちゃんは漫画とかは買わないの?」

「友達から貸してもらって読むぐらいで、自分ではあまり買わないですね。お小遣いは基本的にお洋服に使っちゃうので。あ、でも入れ替わりの話が載ってる漫画は買います」


入れ替わり限定の読者という珍しい人種だが、それもまた静華ちゃんらしいと言えばらしい。

俺は小説だけでなく漫画も普通に満遍なく読むので基本的な趣味は大分離れていそうだ。


「四ノ宮さんはどんな本を読むんですか?」

「ミステリーとかサスペンスとか、そういう系の本をよく読むよ。ほら、この辺の棚とか」


俺たちはミステリ系の新刊が並ぶ棚へとやってきた。

ちょうど新刊入荷の時期だったので、俺がまだ読んでいない本も多数並んでいる。


「こうやって積まれている中から適当にいくつか手に取って面白そうなのをよく買うよ」


そう言いながら俺は平積みされている本に手を伸ばそうとした。

そのとき、僅かに身体の動きが鈍ったような不思議な感覚がした。

……?

なんだ今のは?


「四ノ宮さん? どうかしました?」

「……いや、なんでもない。とりあえず数ページ試し読みして……」


俺は手に取った本を開き、中を読もうとした。

が、読めなかった。

文字を見ても、全然内容が頭に入ってこない。

いつもなら冒頭をサラッと斜め読みして買うかどうか判断しているのだが、読むのにいつもの数倍の時間がかかる。

どれだけ集中して読もうとしても、目が滑る。

なんだ、これは。


「四ノ宮さん、やっぱりなにかあったんですか?」


静華ちゃんが心配そうに覗き込んでくる。

俺は苦笑いを浮かべながら顔を上げた。


「なんか、本がうまく読めない。いつもなら全然こんなことはないんだが……」


すると、静華ちゃんは一転して安心するように息をついた。


「それはそうですよ。だって私は本を読むのが苦手でしたから」


目の前の俺の顔をした静華ちゃんが笑いながら言う。

当たり前のことに対してなにを言っているんだ、とでも言いたいかのように。


「……どういうこと?」

「私、最初に言いましたよね。時間が経つと精神が身体に馴染んでしまうと。『百瀬静華』は本を読むのが苦手なんです。だから、どれだけ四ノ宮さんが本をよく読む人だったとしても、身体に馴染むと本を読むのが苦手な女の子になってしまうんです。思っていたより影響が出るのが早かったですが」


……なるほど、そういうことか。

つまり今の俺は活字が苦手な女の子レベルでしか本を読むことができないというわけだ。

さっきからどうも本に対して本能的な忌避感がある。

これが、静華ちゃんの身体の性質の一つなのか。

ついさっきまで俺はこの身体になれたことで得られた新しいことにばかり夢中になっていたが、ここに来て初めて失うことがあるということに恐怖を抱いた。

そうか、俺が俺でなくなるというのはこんなにも恐ろしかったのか。


「四ノ宮さん、大丈夫ですか?」

「……いや、うん。大丈夫、ではないかも。読書って、俺の数少ない趣味だったんだが、それが急になくなっちゃったみたいで……なんというか、少し悲しいというか……」


俺の言葉を静華ちゃんは黙って聞いていた。

やがて、なにかを決心したように俺の手を取った。


「四ノ宮さん、行きましょう」

「え、行くってどこに?」


静華ちゃんはその答えを口にする前に俺の手を引いて本屋から出た。


「私たちは先に済ませるべきことがあるようです」


俺はなにをするかもわからないまま、目の前の大人の男に自分のか弱く頼りない身体を引かれて歩くことしかできなかった。




────────




「こ、ここって……」

「こんなこともあろうかと思って、昨日のうちに場所だけ調べておきました」


俺たちがやってきたのはショッピングモールがあった場所とは真反対にある人通りの少ない通り。

煌びやかな雰囲気のおかしな形状の建物が並ぶこの場所は、子供では入れない大人の場所、いわゆるラブホ街だった。


「いやいや、まずいってここは流石に! 成人男性が女子高生連れて入るのはシャレになんないって!」

「大丈夫ですよ。今は私が成人男性ですから、なにかあれば私が責任を取ります。四ノ宮さんには迷惑はかけません」

「いや、そういう問題じゃ……」


静華ちゃんは俺の制止も聞かずに目の前のラブホの中へと入ってしまった。

仕方なく俺も後に続く。

静華ちゃんはフロントにある電光パネルをタッチしてあっという間に手続きを済ませてしまう。

なんか、手際がいいな。


「……もしかして静華ちゃん、ラブホに入ったことあるの?」

「いえ、初めてですよ。昨日のうちに入り方だけ勉強していましたが、なんとなく見ただけでやり方がわかりました。四ノ宮さんの身体だからでしょうか?」


静華ちゃんが俺の顔で微笑む。

俺もいい歳した男なのでラブホぐらい何度も入ったことはあるが、その経験をこんな形で利用されることになるとは、なんとも複雑な気分だ。

俺たちは部屋の前まで移動した。

静華ちゃんが鍵を使い部屋の扉を開けると、中は紫色の電灯に照らされており、ガラス張りのシャワールームとカーテンのついたでかいベッドが目に入ってきた。

いかにもなラブホといった感じだ。

なぜか俺はソワソワして落ち着かない。

こんな部屋ぐらい何度も見ているのに、まるで初めて来たような妙な緊張感がある。

俺は気持ちを逸らすためにも、隣にいる大人の男にの姿をした静華ちゃんに声をかけた。


「……なあ、静華ちゃん。いい加減教えてくれ。こんなところになにをしに来たんだ?」

「時間経過で身体に精神が馴染むという話をしましたが、実は時間をかけなくても最短で身体に馴染む方法があるんですよ」


静華ちゃんが部屋の中歩き、ベッドに腰をかける。

なんだか大人の余裕でもあるかのような態度だ。


「その方法って?」

「自慰をするんです」


静華ちゃんの言葉に俺は絶句してしまう。

いや、こんなところに来た以上なんとなく想像はついていたが、それでもはっきりと口に出されるとどう反応していいかわからない。


「……もう少し詳しく聞いていいかな?」

「はい。時間経過によって身体に精神が馴染むというのはより正確に言うなら日々の生活の中で刺激を受けることが直接の原因になるようです。僅かな刺激でも受け続けることで少しずつ身体に馴染んでいくのですが、一度に大きな刺激を味わうことですぐに身体に馴染むことができるみたいなんです。刺激というのは痛みでもなんでもいいのですが、一番手っ取り早いのは性的な快感らしいですね」


要はオナニーをしてイッたら身体に馴染むというわけか。

それはわかりやすいが。


「……それで、なんでわざわざそれを今するんだ? 別に時間に任せてもいいんじゃないかな?」

「でも先ほどは四ノ宮さん少し辛そうだったじゃないですか」


静華ちゃんが低く落ち着いた優しい声音で言う。


「元の自分を失うのが怖いのは、中途半端に元の自分が残っているからです。だったら……」

「完全に失くしてしまえば失ったことすら気にならなくなる、ってこと?」

「そういうことです」


それは根本的な解決にはなっていない気がするが。


「よく考えてください。たしかに四ノ宮さんは自分の趣味を失くしてしまうかもしれません。でも、これから『百瀬静華』としての新しい趣味を得ることができるんです。かわいいお洋服を着るのが好きで、スタバではカスタマイズした長い注文スラスラ言っちゃうような、そんな女の子になれちゃうんです。完全に身体に馴染めば、それは決して失うだけではないんです」

「それは、そうかもしれないけど……」


まだ抵抗を感じている俺に対して、静華ちゃんは何を思ったか急に立ち上がり服を脱ぎ始めた。


「ちょっ、静華ちゃん!?」

「では、まず私がお手本を見せます」


静華ちゃんはあっという間に全裸になってしまった。

俺は驚きで思わず口を手でおさえてしまう。

いきなり元の身体の裸を見せられたからじゃない。

その股間にある俺のものだった男性器がビクビクと脈打ちながら力強く勃起していたからだ。


「ずっと、興奮してたんです。女の子だった私に男の人のこれがついていることに。もう、我慢できないですよ」


そう言うと、静華ちゃんは自分から生える男性器を右手で握りしめた。

その瞬間、静華ちゃんはピクっと震えた。


「うわ、すごいですね、これ。ちょっと触っただけで、すごく敏感です……」


息を乱しながら自分の股間を触る静華ちゃん。

元の自分のそんな姿を見せられても気持ち悪いだけだと思っていたが、いざ目の前にすると俺の中には不思議な興奮があった。

あれはもう俺の身体じゃないんだ。

入れ替わった静華ちゃんが自由に動かすことができるもので、もう俺はそれを止めることができない。

だって俺の身体は静華ちゃんの、か弱く華奢な女の子のものになっているのだから。


「四ノ宮さんも、一緒にしましょう? 女の子の身体も、気持ちいいんですよ?」


語りかけられる言葉を聞いて、ごくりと唾を飲み込む。

俺の手は自然と着ているワンピースにかけられていた。

裾を掴み上げてそのまま上へ向けて全てを脱ぎ去る。

すると、傷ひとつない綺麗な肌が露わになった。

頼りない華奢な肩、括れた腰、柔らかそうな腿、筋肉のほとんどついていないお腹。

いずれも元の俺の身体とは大違いだ。

これが静華ちゃんの、今の俺の身体。


「それも邪魔でしょう? 外しちゃいますね」


静華ちゃんが俺を抱き寄せると俺の胸についていたブラジャーを外した。

隠されていた膨らみかけの乳房とぷっくりとした乳首が空気に晒される。

さらに静華ちゃんはそのまま俺の履いていたパンツにまで手をかける。

スッと下まで下げられ、のっぺりとしたなにもついてない股間が丸見えになってしまう。

ついに俺も全裸になってしまった。

一枚の布も身につけていない、生まれたままの姿の少女。

それが今の俺だった。


「四ノ宮さんも、好きに触ってくださいね」


優しくそう言われた俺は、フラフラと息を乱しながらベッドに倒れ込んだ。

興奮が抑えられない。

自然と息が乱れる。

それも色っぽい艶のある女の子の息だ。

興奮が何倍にも増幅される。


「はぁ、はぁ……ん……」


俺は自分の身体を抱きしめた。

細くて、柔らかい。

簡単に折れてしまいそうなほど華奢で、でもそれを折ることもできないほど弱々しい。

そんな少女の身体がたまらなく愛おしい。


「ほら、あれ見てください」


静華ちゃんの声を聞いて顔を上げると、そこには姿見があった。

大人の男と少女がそこに映っている。

静華ちゃんと俺だ。

いつも鏡で見ている顔と今日初めて会った女の子の顔が並んでいるのに、一瞬どっちが俺なのかわからなかった。


「さあ、一緒にしましょう?」


隣から声をかけられるまま、俺は自分の身体に触れる。

鏡に映る男と少女が、共に自らの股間へと手を伸ばしていた。

男は股間から生える男性器を握りしめ、少女は股の間の秘所にそっと手を触れる。


「んっ……!」


手が触れたそこはとても敏感で、思わず声が漏れ出た。

鏡の中で少女が驚いたような悦んでいるような色々な感情の混ざった顔をしている。

顔を赤くして息を乱し、その艶かしさは見ているだけで興奮する。

一方隣の男も呼吸を荒げながら、自分の性器を扱いている。

よほど気持ちいいのか、目が血走っているようにも見える。

いつの間にか、その男の顔を俺はただの他人だと認識していた。

元は俺は男だった。

でも俺はこの男じゃない。

じゃあ俺は誰だ?

答えはひとつだった。


「はぁ、はあっ……んっ……」


目に涙を浮かべながら悦び喘ぐ少女。

これが俺だ。

ずっと前からこの顔が俺の顔だった気がする。

そんなはずはないというのはわかっているが、それでも俺はこの少女の顔に自分としての馴染み深さを覚えていた。

俺が、内側から変わっていっている。


「はぁ、はぁ……くっ、いいぞ、これ……」


男らしいそんな言葉を漏らしたのは、俺ではなく隣の男。

彼も元は女の子だったはずだが、今ではその在り方が大きく変わっているようだった。


「んっ、あっ……きもちいい、です……」


何か言おうと思い口を開くと、なぜか敬語が出てきた。

さっきまで敬語はやめていたのに、今はこう喋るのが自然に思えた。

自分の中に芽生えた大きな歪みは、股間に触れる手の動きを激しくするほどに広まっていく。


「ああっ、んんっ! ここ、きもちいいんです、おれ……わ、わたし、きもちいいですっ、んっ!」


急にそれまで使っていた『俺』という一人称に強い違和感が生じた。

俺、おれ。

この音で自分を指そうと思えない。

私、わたし。

うん、これが私の呼び方。

ずっと使い続けている、馴染み深い一人称。

私は両手を使って股間を弄り回す。

右手で上部の突起をクニクニと撫で、左手の指を股の間に挿し込む。

初めて感じる強い刺激だったはずのそれに、私は慣れを感じ始めていた。


「わたし、しってる……女の子の、ここ……んっ、前にもさわったことある……んあっ!」


知らないはずのことを、私は知っていた。

経験が、いつの間にか私の中に積み上げられている。

男としてのじゃない。

女の子の、『百瀬静華』としての経験。

ブラをつける感覚。

長い髪をシャワーで洗う感覚。

そして、女の子の大事なところ慰める感覚。

今までの人生では知り得なかったはずのことを、私は経験として知っていた。

自分の中が、どんどん『百瀬静華』に染まっていく。


「お父さん、お母さん、わたし、わたしぃ……っ……!」


家族の顔が、友達の顔が、知っている人の顔が全て塗り替えられていく。

私の中の思い出一つ一つが、あっという間に『百瀬静華』の侵食を受ける。

小学生の頃、風邪を引いて休んでいるときにお母さんが作ってくれたパン粥が美味しかった。

中学生の頃、お父さんと喧嘩して家出しそうになった。

高校生になって、友達だけで初めて遊園地に行った。

脳裏にすぐ浮かぶ印象深いこれらの思い出は、全て私の、『百瀬静華』の思い出だった。

他のなにかを思い出そうとしても、出てくるの全て私の思い出。

元の身体の思い出は一片たりとも出てこない。


「わたし、わたしになっちゃう、わたしが、わたしにぃ……んんッ!」


自意識も、性格も、記憶も、私を構築しているほとんどのものが私になってしまった。

私だったはずの人が隣にいるのに、今の私がなにより私らしく感じる。

これが、入れ替わり。

『四ノ宮健司』は『百瀬静華』に入れ替わった。

たまらなく背筋がゾクゾクしてくる。


「あ、ああっ、イッちゃうっ、わたし、かんっぜんにっ、わたしにっ、んっ、ッ!」

「俺も、俺になるっ……四ノ宮、健司に……うっ、出るっ……!」


鏡越しに隣の男性と目が合う。

最後のひと押し。

私は元の自分との決別を図るべく、その目を見つめながら股間の突起をつねり上げた。

瞬間、私の中で快感が爆ぜる。


「イクッ、あッ、んッ、んんんぅぅッ!!!」

「うっ、あ゛ああぁッ!!!」


隣の男性が自分の股間から白い液体を吐き出すと同時に、私は身体を大きく震わせた。

内側から沸き起こる大きな衝撃で身体が強張り、足が勝手にピンと伸びてしまう。

イッた余韻がなかなか収まらない。

心臓がバクバクと高鳴って全然落ち着かない。

それは身体が絶頂を迎えたせいというだけでなく、私が完全に私になれたことへの高揚感のせいでもあった。


「はぁ、ふぅ……んっ……」


身体の力が抜けた私はそのままベッドの上に倒れ込む。

私はなんとなく自分の身体を抱きしめた。

さっきは他人の身体としてこの身体を味わっていた。

でも今はこの身体は私の身体なのだという自覚がはっきりとある。

それがたまらなく嬉しい。


「……ふぅ……これで、完全に入れ替われましたね、四ノ宮さん」


私は隣の男性に語りかけた。

彼のことを無意識のうちに四ノ宮さんと呼んでしまったが、そうするのが自然なことだと思えた。


「ああ……そうだね、静華ちゃん」


彼もまた、私のことを静華ちゃんと呼んだ。

これもまた当然のことかもしれない。

私はもう四ノ宮さんではない。

四ノ宮健司という名前に対する、自分の名前だったものという意識は完全に消えてしまった。

もう今日初めて知った他人の名前だという印象しかない。

そして、静華という名前を呼ばれればそれが自分のことなのだと違和感なく受け入れることができる。


「私、これからは本当に『百瀬静華』なんですね……」

「うん、そして、俺はこれから『四ノ宮健司』だ」

「よろしくお願いします、四ノ宮さん」

「ああ、よろしく、静華ちゃん」


私たちは改めてお互いの名前を呼び合った。

元の名前とのお別れをするかのように。




────────




四ノ宮さんと入れ替わってから数日が経った。

あれからは私は以前と変わらない日常を過ごしていた。

以前の『百瀬静華』と変わらない日常を。


「静華、ケーキ買ってきたから後で食べようね」

「わ、やった! ありがとうお母さん」


私はぎゅーっとお母さんに抱きついた。

お母さんは若干呆れたような顔をしながらも優しく頭を撫でてくれる。


「もう、静華はいつまでも甘えん坊さんね」

「えへへ」


いつまでもお母さんには甘えていたい。

その気持ちに正直になり自分らしく振る舞うことがとても気持ちいい。


「ねえお母さん、私昔からずっと変わらない?」

「え? そうね。外ではしっかり者みたいに振る舞うようになったけど、おうちでは甘えん坊なのはいつまでも変わらないわね」

「そうなんだ、私、ずっと変わってないんだ……」


お母さんはきっと私が元は全く別人の男の人だったなんて言っても絶対に信じないだろう。

当たり前のように私を私として認識している。

本当は入れ替わっているのに私を私として見てくれていることが、私の心を幸福感で満たしてくれる。


「私は、お母さんから産まれた娘だもんね……」

「もう、なに当たり前のことを言ってるの? あなたは私がお腹を痛めて産んだ子なんだから」


私はお母さんのお腹から産まれてきた娘。

こうして抱き合っているとその絆を確かに感じる。

元は赤の他人だったはずのお母さんとの繋がりを思うだけで背筋がゾクゾクとして頭の中がふわふわとしてくる。


「それじゃあお母さんちょっと洗濯物取り込んでくるから少し待ってて」

「うん、わかった」


ベランダへと向かうお母さんを見送り、私は自分の部屋へと戻った。

いつものように机の前の椅子に座り、スマホを取り出す。

いつもの日課である『入れ替わりが好きな人間のためのスレッド』を開いた。

今日も入れ替わりに関する話題で盛り上がっているようだ。


「あ!」


見ると、ちょうど4kさんこと四ノ宮さんの書き込みがあった。

四ノ宮さんは大人で優しくてとても魅力のある人だ。

ネット上でやり取りをしていた頃から気になる人だったけれど、実際に会ってからはますます気持ちが強まった。

また会いたい。

そしてもっとお話したい。

あわよくばもっといい仲になりたい。

少女のように恋焦がれる気持ちが抑えられない。

……四ノ宮さんが元の私だとわかっていても。


「……んっ、ああ、四ノ宮さん……」


私はスカートの上から股の間を撫でた。

お腹の奥がキュンキュンと疼く。

あの人のことを考えていると、手が抑えられない。


「んっ、あっ……んん……」


私は入れ替わりというものが好きだった。

女の子として産まれた私が男の人になることを妄想してよく一人で致していた。

でもその気持ちだけは今では少し変わってしまった。

だって、私はもう入れ替わっているのだから。

男の人になることに憧れていた私自身が実は男の人だったという事実は、私に新たな興奮をもたらした。

その上相手はあの四ノ宮さんなのだ。

私が想い人である四ノ宮さんだったということを考えるだけで、私の股間はびしょびしょに濡れそぼってしまう。


「あっ、四ノ宮さん、四ノ宮さんっ! んあぁッ!!!」


ビクッと身体が震える。

少し触っただけで軽くイッてしまった。

自分が自分であるということを考えているだけでこんなに興奮できるなんて、本当に入れ替わってよかった。


「はぁ、はぁ……四ノ宮、さん……」


自分を慰めるのは気持ちいいけれど、やっぱりこれだけでは物足りない。

また四ノ宮さんに会いたい。

私はダメ元で四ノ宮さんにオフで会うお誘いのDMを送ってみた。

私みたいな女子高生とは遊んでも楽しくないかもしれない。

もしかしたらお仕事で忙しくてそれどころではないかもしれない。

でも、私は自分の気持ちを抑えられなかった。


「……わ、もう返信が!?」


すると、すぐに四ノ宮さんから返信が来た。

答えは、OKだった。


「四ノ宮さん……! また会えますね……!」


私は喜びに打ち震えた。

愛しの四ノ宮さんとまた会える。

歌でも歌いたいほどに気分が高揚してくる。

次に会うときはどんな服を着て行こうか。

せっかくだから、この前四ノ宮さんに買ってもらった服を着て行こうかな。

……いや、よく考えたらあの服を四ノ宮さんに買ってもらったときはまだ私が四ノ宮さんだったから自分で買ったことになるのかな?

でも、どちらにしても『四ノ宮健司』が『百瀬静華』に買った服であることは間違いないのだから、私はあの服が着たいのだ。

私クローゼットの中にしまってあるブラウンのワンピースを抱きしめた。


「四ノ宮さん、楽しみですね。待っててください……」


私は、元自分との再会の日をただ待ち侘びていた。

Comments

飛龍

入れ替わる前提でデートして相手の事を知っていくのすごくえっちぃですね……! 素晴らしいです!