【小説】要素貸し出し闇バイト (Pixiv Fanbox)
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「如月さんってすごいよね。あんなに綺麗で勉強もできて運動神経もいいでしょ?」
「なんか完璧って感じ。少しでいいからその能力をあたしにもわけてほしいわ」
そんな風に私、如月麗奈のことを噂している声を遠巻きに耳にした。
客観的に見て、私には人より優れているところが多いのは事実なのだろう。
羨望の目を向けられることも、嫉妬の感情を寄せられることも、今まで生きてきて少なくない。
でも、そんな私だって全てが完璧なわけじゃない。
欲しているのに足りないものがある。
それは、お金だ。
私の家は非常に貧しい。
母子家庭で妹との三人暮らしをしているけれど、お母さんの収入だけでは余裕のある生活はできないのが現状だ。
放課後に友達と遊ぶお小遣いなんてものは当然持ち合わせておらず、そのせいで人付き合いが悪いと思われている節もあるかもしれない。
けれど、そんなことは本当はどうでもいい。
一番私が気にしているのは、私と妹を育てるためにお母さんが過剰な長時間労働を行っていることだ。
日曜日以外は毎日残業で夜まで働いており、労働基準法になんらかの形で抵触しているのは間違いないと思ってしまうほどにお母さんはハードワークを繰り返している。
過労で倒れて病院に搬送されてしまうのも時間の問題なのではないかと思うと本当に気が気じゃない。
私もお金を稼ぐことができたら、少しはお母さんに楽をさせてあげられるのかもしれないけれど、うちの学校はアルバイトを禁止されているため今の私の立場ではどうすることもできない。
「はぁ……」
自然とため息が溢れる。
放課後の教室で、私は椅子に座ったまま軽く俯いた。
陽が伸び始めてまだまだ明るいけれど、お母さんはきっと今日も陽が暮れるまで帰ってこない。
それを考えるとやるせない気持ちになり、腰が重くなっていく。
私はなんとなくお財布を取り出した。
中を開いてもあるのはほとんど小銭だけ。
もっと、お金があれば。
「如月さん、なにしてんの?」
不意に後ろから声をかけられ、私は慌てて振り向く。
そこに立っていたのはクラスメイトの荒川絵麻さんだった。
荒川さんは、なんというか掴みどころのない言動が多く、自由奔放というイメージの強い人だ。
元々友達の少ない私としてもあまり関わりの多くない人なのだけれど。
「いつも授業終わったらすぐ帰っちゃうのに。あ、財布見てため息ってことはもしかして金欠? そういえば前に聞いたよ。如月さんちって貧乏なんだって?」
いきなりこうもプライベートな部分にズカズカと踏み込まれると反応に困ってしまう。
もちろん、ただのクラスメイトに話すような気持ちのいい話題ではないので、私は早々に言葉を打ち切った。
「ごめん、なんでもないの。私、もう帰るね」
鞄を手に取り席を立とうとする私を、荒川さんは制止した。
「待って待って。あたしはさ、如月さんにいい話がしたいわけよ」
「……いい話?」
私は浮かせた腰をそのままに、荒川さんに聞き返した。
「そ。いい話。実入りのいい話。ま、ぶっちゃけお金の話?」
お金の話。
まさに私の関心のど真ん中を突く言葉に、私は思わず息を呑む。
「お、興味あり? いいね、そうこなくちゃ。ま、簡単に言ってしまうとあたしは如月さんにとあるバイトを勧めたいわけよ」
「バイト……でも、うちの学校はアルバイトは禁止されてて……」
私は懸念点を荒川さんに伝える。
そもそもそれさえなければ私は普通にアルバイトをしているのだから。
「ああ、それなら大丈夫。正規のバイトじゃないから学校に連絡とかも行かないし、なんなら身分証だって要らないから」
荒川さんはあっけらかんと笑って言う。
しかし、その言い分だと逆に気になるところが出てくる。
「……もしかして、それってあまりよくない話なんじゃ……」
「別に悪いことするわけじゃないから安心してって。多分犯罪じゃないと思うし。知らないけど」
「そんな、いい加減な……」
なんだか聞けば聞くほどに不安になってくる。
これは、もしかしたら真面目に聞くべきではないのかもしれない。
「あ、ちょっと呆れてる? まあそんなに気にすることじゃないよ。最初に言ったけど、実入りがいいのは保証するから。とにかくちょっとついてきてって」
すると、荒川さんは強引に私の手を取りどこかへ連れて行こうとし始めた。
「ちょ、ちょっと、荒川さん!」
私は軽く抵抗しようとしたけれど、荒川さんは全く気にする素振りもなく陽気に私を引っ張っていく。
仕方がないので、渋々彼女の後についていくことにした。
とは言いつつ、心のどこかで私は荒川さんの言う実入りのいい話に強い関心を抱いていたのかもしれない。
────────
「ここだよ」
学校を出てすぐ近くにある古びたマンションの一室の前に私たちは来ていた。
アルバイトというからにはどこかのお店に手伝いにでも行くのかと思っていたけれど、こんな普通の家で行うというのは、何をするのか本当によくわからない。
荒川さんがチャイムを押すと、ドタドタという音が聞こえた後に扉が開いた。
「はーい、いらっしゃい」
出てきたのはボサボサ頭に眼鏡をかけた二十代後半ぐらいの女性だった。
目の周りには隈ができており、口には電子タバコを咥えている。
服は薄汚れたTシャツの上に白衣を羽織った妙な格好で、あまり容姿に気を遣うタイプには見えない。
「マリコさん、こんちは」
「おお、エマちゃん。もしかしてその子が例の?」
「そ。噂の完璧超人」
そう言うと荒川さんはそのまま部屋の中へと入っていく。
私がどうしていいかわからないでいると、女性が私に声をかけてきた。
「よく来てくれたね。まあ、中入んなよ」
「あの、えっと……お邪魔します……」
招かれるままに中に入ると、そこはよくわからない機械がそこらじゅう乱雑に置かれている異様な空間だった。
普通の住宅街にあるマンションの一室にはとても見えない。
「とりあえずそこ座って」
「あ、はい」
私は女性が指さした椅子の上に腰を下ろした。
荒川さんはそこら辺の床に堂々と胡座をかいて座っている。
女性はデスクの前にある肘掛け付きのオフィスチェアに腰をかけながら私の方を見た。
「ワタシの名前はマリコ。エマちゃんとはまあ、古い付き合いでね。それで、君の名前は?」
「えっと、私は如月麗奈です。……あの、ここっていったい何をしている場所なんでしょうか?」
私は自己紹介もそこそこに、気になっていたことを切り出した。
すると、マリコさんはキョトンとした顔をした後、荒川さんの方を見た。
「エマちゃん、この子に話してないの?」
「実入りのいいバイトがあるってしか言ってないよ。全部話してから連れてこいとは言われなかったし」
「なんだよそれー。説明ぐらい事前に済ませといてよ」
マリコさんは荒川さんを軽く足で蹴ってため息をついた。
「はぁ……もうすぐお客さん来ちゃうんだけど。……まあいいか。レイナちゃん、簡単に説明すると、君にはこれから自分の要素を他の人と交換してもらうことになるから」
「……?」
マリコさんの言っていることがよくわからず、私は首を傾げた。
すると、その直後いきなり部屋のチャイムが鳴り響いた。
「あら、もう来ちゃったか。仕方ないからそのまま始めるよ。エマちゃんは準備よろしく」
「おっけー」
マリコさんは玄関の方に向かい、荒川さんはデスクのパソコンで何か操作した後、私にヘルメットのようなものを差し出してきた。
「如月さんはこれ被って待ってて」
「あの、荒川さん、これは、いったい……?」
「後でちゃんと説明するし、お金はたくさん出るから今は一旦我慢して」
荒川さんは困惑する私に無理やりヘルメットを被せるとまたパソコンで何かを操作し始めた。
ヘルメットは頭の上にケーブルのようなものが付いていて、その先端はもう一つある同じヘルメットに繋がっていた。
なんなんだろうこれは。
「はい、じゃあそっちの椅子に座って」
「はいっす」
マリコさんに連れられて入ってきたのは私と同じくらいの歳の女の子だった。
髪はブロンドに染まっていてパーマもかかっており、顔もかなり濃いメイクが施されていて、うちの学校ではまず見ないタイプの子だった。
制服を見たところ、恐らく近所にある別の高校の生徒なのだろう。
その学校は偏差値があまり高くないという話を前に聞いたことがある。
「今からアタシめっちゃあたまよくなるんすよね? やっば、ちょっとテンションあがるんだけど」
女の子はそんなことを言いながら私の隣にある椅子に座ると、荒川さんからヘルメットを被せられていた。
ケーブルで繋がったヘルメットを、私と女の子が並んで被っている。
なんなんだろう、この状況は。
自分の理解の及ばないまま話が進んでいることに居心地の悪さを覚えていると、マリコさんがパソコンを操作しながら口を開いた。
「それじゃあ始めるよ。二人が交換するものは『知能と知識』。心の準備はOK?」
「はいっす!」
「え? それってどういう……」
マリコさんの言っている意味がわからなかった私は問い返そうとしたけれど、それはすぐに遮られた。
「交換開始」
マリコさんがマウスをクリックする。
その瞬間、私の中に鋭い衝撃が走った。
「いぎっ!?」
「がっ!?」
私と女の子は同時に言葉にならない悲鳴を上げた。
頭の先から爪先まで一直線に電流が貫いたような感覚に私は身動きが取れない。
「あ、あ゛あ、あ゛ああ゛っ……」
痙攣したように口から勝手に音が漏れる。
それと同時に、私の中から何かが吸い出されていくような奇妙な感覚がした。
私の大事なものが少しずつ奪われてしまっているような、そんな恐ろしい感覚。
すると今度は逆に何かが私の方へ流れ込んできて、奪われた分を埋めるように私の中に広がっていく。
けれどそれは明らかに元のものとは違って、何かが噛み合わないまま新たに私を形作っていった。
「あ、あ゛っ、ア゛ッ……!」
最後に大きくガツンとあたまをなぐられたような感じがした。
私は全身から力がぬけて、イスの上でガックリとうなだれる。
「交換完了。二人とも、どう?」
マリコさんがこちらを見てくる。
どう、と言われても。
いきなりわけのわからないことをさせられてビックリしているとしか言いようがないのだけれど。
「うう、なんなんですか、これ……」
とりあえず聞きたいことを口にした。
私は今何をされたのだろう。
なんだかあたまがボーッとしてうまく考えがまとまらない。
「うわっ、凄いっす! 頭の中がめっちゃハッキリして、これマジで偏差値20ぐらい上がっちゃったんじゃないっすか!?」
すると、となりの女の子が変にはしゃぎはじめた。
なにを言ってるんだろう、急に。
「それじゃあ試してみる?」
おもむろに学校のテキストを取り出した荒川さんが尋ねてくる。
手に持っているのは英語のテキストだ。
「あたしが今から適当に英文読み上げるから二人とも訳してみてよ」
テキストにのっている英文だったらむずかしい文章はないだろうし、予習でひと通り読んだことがあるから私には簡単な話だろう。
となりの女の子にはむずかしいかもしれないけれど。
荒川さんはパラパラとページをめくるとその中の英文を読みはじめた。
「If I had study harder, I would have passed the test. 如月さん、どう?」
…………?
ええっと?
荒川さんの読みあげた英語が、まるで魔法の呪文のようにわけのわからない言葉にしか聞こえなかった。
まって、落ちついて。
よく考えればわかるに決まってる。
最初の方にスタディって聞こえた。
この単語は聞いたことがあるからわかるはずなんだけど、なかなか思い出せない。
なんかすごくむずかしい意味だったような気はしているけれど……。
うーん、仕方ない、そこは一旦おいておこう。
最後の方にハブとテストって言ってた。
テストは多分そのままテストだし、ハブはもつって意味だったはず。
アイハブなんちゃらテストみたいなこと言ってたから、つまりええっと……。
「『私はなにかのテストをもって、スタディをする』……みたいな感じ、じゃないの……?」
言ってからどんどん自信がなくなっていく。
多分まちがっている。
というか、絶対まちがっている。
だって単語の意味がわからないのだ。
訳なんてできるわけがない。
すると、となりの女の子が私の答えを訂正するように口を開いた。
「『もしあのときもっと勉強していたら、試験に合格できたのに』。仮定法過去完了の文っすよね」
「せいかーい。流石完璧超人の頭脳。それに引き換え如月さんの回答は酷いね。haveを『持つ』って訳すのが限界だったの? それだって助動詞のhaveだから間違ってるし」
「いやー、アタシ中学レベルの単語と文法すら碌にわかってなかったんで仕方ないっす。てゆーか、頭ん中からどんどん知識が溢れてきて本当に凄いっすよこれ」
私はポカンと口をあけたままなにも言えなかった。
二人が言っていることがぜんぜんよくわからない。
なにが起きているの?
私、どうなっちゃったの?
「これだけ頭が良くなれば追試も余裕っすね。じゃ、早速行ってくるっす!」
「はーい、契約時間は三時間だから遅れないように帰ってきてねー」
部屋から飛びだしていく女の子にマリコさんがヒラヒラと手をふる。
私はついにガマンできなくなりマリコさんに食ってかかった。
「な、なんなんですかこれ! 私はどうなってるんですか!? なんで英語わかんなくなっちゃったんですか!?」
「まあまあ、落ち着いてよレイナちゃん。順々に話していくから」
マリコさんはイスに深くこしをかけると私の方をむいた。
「そのヘルメットは『要素交換機』と言って被っている人間の要素を抽出して反対側にいる人間と交換させる装置なんだよ。うちはこれを使って依頼者に特定の要素を貸し出す『要素レンタルショップ』なわけさ」
…………?
つまり、どういうこと?
ヨウソ交換キってどういう意味なんだろうか。
ヨウソがなにかわからないから言っていることがほとんどわからない。
「抽出できる要素は様々で容姿のような外見的なものから知能といった内面的なものまでなんでもできる。こんな機械みたいな見た目してるから科学的な構造をしているように思うかもしれないけど実際には魔法みたいなオーバーテクノロジーがふんだんに使われているからかなり非現実的なことまでできる優れものだよ。まあ、要素を交換するなんて言ってる時点でかなり非科学的だしそこを言っても仕方ないかな。信じられないかもしれないけど実際に体験しちゃったら理解せざるを得ないでしょ?」
でしょ?なんて言われても、私はマリコさんの言っていることを1ミリもわかってないのでなにも言葉をかえせない。
私が困っていることにきづいたのか、マリコさんはやさしく言葉をかけてきた。
「ああ、心配しないで。あくまでうちはレンタルショップだから契約時間が終わった後はちゃんと返してもらえるよ。それに報酬はたんまり支払うからさ」
なんかよくわからないけれど、心配しなくていいらしい。
しゃべっている感じだとマリコさんはとてもあたまがよさそうなので、この人は頼りになりそうというイメージが私の中にできあがっていた。
「レイナちゃん、ここまでで何かわからないこととかある?」
「あの、一つ聞いていいですか?」
「何かな?」
「ヨウソってなんですか?」
「……………………」
私が聞いた瞬間、空気がこおりついたように部屋の中がしずかになった。
マリコさんと荒川さんがおもむろに目をあわせる。
「……マリコさん、この子今相当バカになってるから多分なんにも理解できてないよ」
「あー、そうみたいだねー……これ三時間かけて説明するのと元に戻すまで待ってから説明するのどっちのが楽だと思う?」
なんかよくわからないけれど、とてもバカにされているのはわかった。
人からこんなふうに言われるのは、はじめての経験かもしれない。
というか、荒川さんもすごくあたまがよさそうに見える。
あんまりそういうイメージがなかったからビックリだ。
でも、それならちゃんと説明してもらえないとこちらも納得できない。
「あの、二人とも私よりもすごくあたまがいいみたいですけど、私にもわかるように話してくれませんか?」
「本人こう言ってるけど、どうすんのマリコさん」
「はぁ……あのね、レイナちゃんは女の子で、髪の毛が黒いでしょ? そういうレイナちゃんの一つ一つの特徴を『要素』って言っててね……」
マリコさんはため息をつきながら、まるで小学生にでも話すような口ぶりで説明をはじめた。
それから休みをはさみながらずっと説明をしてもらったけれど、三時間のあいだにその全部を私が理解することはなかった。
────────
「つまり、さっきまで私は偏差値40の高校に通っている女の子と『知能と知識』を交換されていたわけですよね……」
「いやー、流石秀才のレイナちゃん。理解が早くて助かるよ」
三時間後、私は改めてマリコさんと話をしていた。
契約時間が過ぎた後、女の子はここへと帰ってきて私が貸した『知能と知識』を返してくれた。
返してもらうときにまたあの衝撃を味わうことになると言われ、少し抵抗があったけれど元に戻るためには仕方ないので諦めて受け入れた。
その直後からモヤのかかっていた頭の中が一気に冴え渡りマリコさんの話もすぐに理解することができた。
にわかには信じがたい話だったけれど、体験してしまった今となっては疑う余地もない。
「レイナちゃんみたいに全体的に高水準な人に来てもらえると、うちとしてはすごい助かるわけさ」
「それなら先に説明をしてほしかったですけど……」
おかげでよくわからないまま酷い醜態を晒してしまった。
こんなことを言ってしまうと交換したあの女の子に失礼かもしれないけれど、さっきまでの頭の良くない自分という存在を思い出すと身を捩りたくなるような悍ましい気分になってしまう。
自分じゃない自分がそこにいたという事実がただ恐ろしく思う。
「それは本当にごめんねー。まあ、今日は報酬に色つけとくから許してよ。はい」
そう言ってマリコさんが封筒を手渡してきた。
私はそれを受け取り中を見て、息を呑んだ。
「っ!? これ……!?」
「言ったでしょ? 実入りのいい話だって」
封筒の中には、一万円札が十枚ほど入っていた。
三時間程度のアルバイトでこれは、流石に破格すぎる。
「いいんですか……? こ、こんなに……」
「いいんだよ。それだけのことしてもらったんだから。あ、ただそれ口止め料も込みだからここのこと口外はしないでね」
口止め料なんて穏やかではない言葉に少し気圧される。
けれどそれを詮索しても良いことはないだろうということは理解できたので私は黙って頷いた。
それに何より、これだけのお金を受け取るのならば、私に文句を言う権利なんてきっとないのだろう。
「今日はお試しだったわけだけどさ、もしまだ続けてもいいと思うならこれからここに通ってもらうことになるんだけど、どうする?」
「……やります」
私は即答していた。
今日の体験は正直怖かった。
けれど耐えられないほどじゃないし、あの数時間でこれだけのお金が稼げるならば、喜んで引き受けるべきだ。
こうして、私の要素貸し出しバイト生活が始まった。
────────
翌日、再び荒川さんに連れられてマリコさんのいるマンションにやってきた。
「早速今日から仕事だよ。麗奈ちゃんの要素借りたいって依頼がたくさん来てんだから」
いつの間にか私のことを名前で呼ぶようになった荒川さんがウキウキといった様子で言ってくる。
そんなことを聞いても、私としては戦々恐々といった気持ちだけど。
「いらっしゃい、レイナちゃん。もうお客さん来てるからすぐに準備して」
「あ、はい」
私が部屋に上がると、既に部屋の中には椅子に腰をかけてヘルメットを被っている人がいた。
薄手のブラウスを着た少し厚化粧の女性だ。
隠しきれていない皺やシミを見るにそれなりに高齢の方のようだ。
髪色は少し明るめの茶色で、おそらく白髪染めをしていると思われる。
「いいわねぇ、まだピチピチって感じで。楽しみになってきちゃった」
女性が少しかすれた低い声で呟いた。
まだ何を交換するのか聞いていないけれど、あまりいい気分はしない。
私はそのまま椅子に座るとマリコさんに手渡されたヘルメットを被った。
一応、始まる前に聞いておこう。
「あの、今日は何を交換するんですか?」
「今日交換するのは『年齢』だよ」
年齢。
私と、隣にいる女性の年齢が交換される。
意識してしまうと気が遠くなりそうだった。
失礼な言い方かもしれないけれど、隣の女性からは若さというものを微塵も感じない。
化粧は完全に無理した若作りといった感じで合っておらず、体型からは弛んでしまっただらしない身体という印象を受ける。
四十、いや下手したら五十前後の年齢差が私とこの女性の間にはある。
それがこれから逆転してしまうというのは想像するだけで恐ろしい。
「それじゃあ始めます。二人が交換するものは『年齢』。心の準備はOK?」
「はーい」
「……はい」
恐ろしいが、この仕事を引き受けたのだからやるしかない。
私は最後に軽く自分の滑らかな肌をさすった。
「交換開始」
マリコさんが、マウスをクリックする。
「あぎゃっ!?」
「ッ……!」
その瞬間、鋭い電流が全身に流れる。
来ることを覚悟していてから悲鳴を上げずに済んだけれど、この感覚には慣れそうもない。
「あ、ああ゛っ……」
全身を侵される気色悪い感覚に呻き声を上げてしまう。
すると、少しずつ身体から何かが吸われ始めた。
肌から、髪から、身体から、少しずつ奪われていくそれは、おそらく若さ。
スベスベだった肌に、少しずつ皺が増えていく。
艶やかだった髪が、少しずつパサつき色素が抜けていく。
細く締まった身体に、少しずつ弛んだ贅肉が増えていく。
「ああ゛っ、あ゛っ……」
喉から出てくる声も徐々に低く嗄れた音に変わっていく。
私の若さが、失われていく。
私が、枯れていく。
「あ゛、あ゛あっ、ア゛ッ……」
最後に一際強く、私に向かって老いが流れ込んできた。
全身が軋むほどに枯れ尽くした私は、疲れ切ったように頭を垂れて俯いた。
「交換完了」
マリコさんがそう言うと同時に隣から元気な若々しい声が聞こえてきた。
「すごいわぁ! こんなに若返って……そうよね、そうよねぇ! 若くさえなれば、私だってこれくらい綺麗なんだから」
隣を見ると薄手のブラウスを着た女子高生ぐらいの女の子が目をキラキラとさせながら自分の頬を撫でていた。
その滑らかな肌にうっとりとしていて、自分の姿に酔っているのがよくわかる。
一方私はというと。
「これは……ちょっと……」
軽く触れただけでわかる。
頬の肉は垂れていて、口の上のほうれい線がハッキリとある。
手の甲なんかはカサついていて、元のきめ細やかな肌は見る影もない。
身体つきも、全体的に贅肉が増えていてだらしない体型と言わざるを得ない。
喉から出る声もさっきまでと比べると明らかに低く嗄れたものになっていて、とても高校生の声には聞こえないだろう。
「満足いただけましたか?」
マリコさんが隣の女の子に問いかける。
「ええ、もちろん。やっぱり若いっていいわねぇ、うふふ。お嬢さん、こんなに若くしてくれて、ありがとうねぇ!」
「それは、どうも……」
甲高い声でお礼を言ってくる女の子に、私は消え入りそうな枯れた声で答えた。
女の子はその場に立ち上がり軽く伸びをする。
「わっ、体が軽い……関節もぜんぜん痛まないし、本当に最高ねぇ。おっと、こんなことしてる場合じゃなかったわ。時間たっぷり楽しまないと。それじゃあ失礼するわね」
「契約は三時間なのでお忘れなくー」
後ろから告げるマリコさんに軽く頭を下げた女の子は、鼻歌を歌いながら外へ出ていった。
残された私は、三時間の間この年老いた身体で待っているしかないわけだけれど。
「しっかし、麗奈ちゃんすっかりおばちゃんって感じだね。なんかイメージ壊れちゃうな。将来麗奈ちゃんこんな風になっちゃうの?」
散々な言いように流石に私も気分を害して、荒川さんを睨みつけた。
「ただ年齢を重ねただけじゃこうはならないよ。交換したのは『あの人の年齢』だからね。レイナちゃんがこれから積み重ねていく数十年とあの人が積み重ねてきた数十年じゃ全然違うでしょ? 不摂生とかいろいろあったんだろうね」
あの女性は年齢の割にはあまり落ち着いているとは言えない性格だったし、日頃の生活にも多少問題があるのかもしれない。
「なるほどね。麗奈ちゃんは将来そうならないように気をつけなよ。あ、戒めとして今の身体目に焼き付けとく? 鏡あるよ鏡」
荒川さんが鞄から鏡を取り出してこちらに差し出してくる。
しかし、遠くて鏡に映った自分の顔がよく見えない。
というか、さっきから視力がだいぶ落ちているようで目を凝らしても遠くのものが全然見えない。
目だけでなく耳も悪くなっているようで、いつもよりはっきり音が聞こえづらい。
こうした五感の低下は実感すると少し辛いものがある。
私は鏡に近づこうと腰を上げて立ちあがろうとした。
その瞬間。
「っ、痛……」
膝関節、そして腰から痛みを感じ、再び座り込んでしまった。
普段の生活では感じたことのない身体の痛みに困惑を隠せない。
「あらら、おばちゃんっていうかもうおばあちゃんだね。大丈夫? ほら」
立ち上がれない私を見かねた荒川さんが鏡を持って近づいてくる。
そこに映り込んだのは、頬の肉が弛んで皺ができた、ほうれい線のくっきり浮かぶ白髪のおばさんだった。
これが今の私なんだと思うと流石にショックが大きい。
私のお母さんと比べてもさらに一回り年老いている。
というか、余分な肉が多い分お母さんとも似つかない年老い方をしている。
きっと後何年経ってもお母さんがこんな顔になることはないだろう。
そんな自分の姿を見せられていると、またなんとも悲しくなってくる。
「ありゃ、ちょっといじめ過ぎた? ごめんって、大丈夫だよ、麗奈ちゃんだったら多分そんな風にはならないから」
荒川さんが慌てて慰めてきたけれど、他人事だと思って適当なことを言ってるようにしか思えない。
「で、レイナちゃんどうする? 時間まで別に好きにしてていいし外出しても構わないけど」
「……無理ですよ、この身体じゃ」
私は椅子に深く座り込んでため息をついた。
その後は私のご機嫌を取るために荒川さんが肩を揉んだり足をマッサージしたり飲み物を運んできたりといろいろ尽くしてくれた。
私としてはまるで介護されているようでいたたまれない気持ちになったのだけれど。
────────
さらに翌日。
私と交換をしたいという人がまだまだたくさんいるということで私は三日連続でマリコさんの部屋を訪れた。
「おお、来たね。今日もよろしく」
マリコさんは相変わらずボサボサの頭に白衣といった格好で電子タバコを吸っている。
毎日同じような格好をしているけれどちゃんと洗濯はしているのだろうか。
そういうところには無頓着のように見えて少し心配になる。
「そこ座って待ってて。多分もうすぐお客さん来るから」
私は言われた通り、定位置となりつつあるいつもの椅子に座りヘルメットを手に取った。
「あの、先に聞いておきたいんですけど、今日は何を交換するんですか?」
「今日のお客さんはレイナちゃんと『性格』を交換したいそうだよ」
「性格……ですか?」
今までよりもかなり私の内面に入り込んだものを交換するようだ。
なんだか少し緊張する。
「麗奈ちゃん性格いいもんね。普通お金が欲しいからってこんな風にあたしの話に乗ってくれたりしないよ? そのお金が欲しいっていうのも家族のためなわけだし」
荒川さんが急に私のことを褒めてきて困惑してしまう。
荒川さんは基本的には素直な人なので、きっと今言ったのも本当に思っていることなのだろう。
意地悪をされたりもするけれど彼女のこういうところは嫌いになれない。
するとチャイムが鳴り、お客さんがやってきた。
「はいはーい」
マリコさんが扉を開き、中に招き入れた人物に、私は見覚えがあった。
「あ、角沢さん……?」
「ちっ……如月……」
入ってきた女の子、角沢さんは私を見るなり舌打ちをしてきた。
角沢さんは私と同じ学校に通う同級生だ。
一年生の頃は同じクラスだったので少しだけ関わりがあったのだけれど、彼女は普段から周りに当たりが強く刺々しい態度を取ることが多かった。
その上私は彼女から嫌われていたようで何かとキツい言葉をかけられた記憶が残っている。
「ええっと……角沢さん、私と性格を交換したいの……?」
「は? アタシがそんなこと思うわけないでしょ、馬鹿なの? 彼氏に頼まれて仕方なく来たのよ。じゃなきゃ、誰がアンタなんかと……」
角沢さんは文句を言いながら私の隣の椅子に腰をかけた。
相変わらずキツい性格のようだ。
そんな彼女の性格と、私の性格がこれから交換されてしまう。
……いったいどうなってしまうんだろう。
「それじゃあ始めるよ。二人が交換するものは『性格』。心の準備はOK?」
「……はい」
「はい」
私たち二人が返事したのを確認してマリコさんがマウスをクリックする。
「交換開始」
「ひぎっ!?」
「ッ、が……!」
瞬間、全身を電流が貫く。
衝撃が身体を駆け抜け、ガクガクと痙攣し始める。
「あ、ああっ、あ゛あ、あ゛っ!」
いつものように声が漏れ出てしまう。
けれど、身体にかかる衝撃は今までよりもずっと大きく感じる。
少しずつ何かが吸い取られていく感覚はいつもと同じ。
でも、その吸い取られていくものが私はそのものであるかのようなそんな不気味な感触を伴っている。
私の中から強引に私が抉り取られていくような不快さが断続的に続く。
自分が張り裂けてバラバラになっていくような恐ろしさが込み上げる。
すると、張り裂けかけた私が流れ込んできた何かで継ぎ接ぎされていく。
明らかに私とは違う、別の私が出来上がっていく。
私は、わたしは、アタシは……。
「あ゛あ、あ゛あっ、ア゛ア゛ッ!」
最後に強い衝撃が走り、アタシは意識がハッキリと目覚めた。
頭に残った強い不快感に思わず舌打ちしそうになる。
ここまで酷い気分にさせられるだなんて聞いてないんだけど。
「交換完了。どう? 気分は」
マリコさんがアタシたちに聞いてくる。
それに対し、横にいた角沢さんが口を開いた。
「う、うう……ええっと、これで本当に性格が変わったんですか……?」
角沢さんはいつもに比べると遥かに弱々しい態度でそう言った。
なんだか見ているとイライラしてくる。
「普段のアンタと全然違うでしょ。そんなこともわからないわけ? アンタ馬鹿なの?」
「え? あれ、うん、そうだね。本当に、性格が入れ替わっちゃったんだ……」
角沢さん……いや、コイツにさんなんかつける必要ないわ、角沢は驚きを隠せない様子で目を瞬かせている。
「その……如月さん、協力してくれてありがとう。それと、ごめんね。いつもキツく当たっちゃって……」
「何? 謝ったら許されるとでも思ってんの? 去年一年間アンタに迷惑かけられたアタシにたったそれだけの言葉で償えると本気で思ってるわけ?」
今までの仕打ちを思い返すとハラワタが煮えくり返りそうになる。
こんな奴に今まで好き放題言われてたと思うと反吐が出る。
「まあまあ、その辺で」
アタシたちの間にマリコさんが割って入ってきたため、アタシは口をつぐんだ。
「契約時間は三時間しかないんだから早く行ったら?」
「そ、そうですね。早く彼のところに行ってあげないと。ありがとうございました!」
角沢はぺこりと頭を下げると外へとかけていった。
その真面目ぶった態度がまた癪に触る。
二度と帰ってくんなと吐き捨てたい気持ちを抑えて私は舌打ちをした。
「まーたすごい性格になっちゃったね、麗奈ちゃん」
荒川が笑いを堪えたような顔で言ってきた。
その言い方がまたカチンとくる。
「……何? なんか文句あるわけ?」
「いやいや、別にないけど。いつもの真面目で優しい麗奈ちゃんを知っていると落差が激しいなーって」
それって要するに今のアタシが性格悪いってことだろうが。
コイツは本当にムカつく奴だ。
アタシは募ったイライラをコイツにぶつけることにした。
「アンタさあ、本当にいつもなんなの? 要素交換したアタシに対して上から目線で好き放題おちょくって」
「いや、別にあたしはそんな……」
「は? そんなって何? もしかして自分がしてることの自覚ないの? 言われなきゃわかんないのかもしれないけどアンタ性格終わってるわよ。アタシが普段反論しないからって許されてると思ってる? まあ思ってるんでしょうね。普段アタシが嫌がることしてるって自覚してるわけないわよね。そんなだからアンタ学校でも浮いてんのよ。いい加減理解しなさいよ。アンタ馬鹿なの?」
「……………」
アタシに捲し立てられた荒川はブスっとした顔で黙り込んだ。
すると横からマリコさんが割り込んでくる。
「その辺にしてあげなよレイナちゃん。エマちゃんだって悪気があるわけじゃないんだからさ」
「いやコイツにはありますよ悪気。相手イジって楽しんでるんですから悪気ありまくりですよ。そんなこともわからないんですか? まあわからないですよね、マリコさんには。こんな他人を踏みにじるような商売して、人の心わからなさそうですもんね。というか、前から言いたかったんですけどマリコさん、仮にも女としてその格好で人前に出るのはどうなんですか? もしかして女捨ててます? 他人に自分がどう見られてるとか意識しないんですか? 人の気持ちについて言うならそういうこと少しぐらい考えてからアタシに意見して欲しいんですけど」
「…………」
荒川に続いてマリコさんも口をつぐんだ。
ちょっと反論されたくらいで黙るんなら最初から口を開かないでほしい。
耳障りだから。
「……マリコさん、あたしこの麗奈ちゃん嫌い」
「奇遇だね、ワタシもだよ」
私は舌打ちして二人を睨みつけた。
────────
「荒川さん……昨日はその、ごめんね……色々言い過ぎて……」
「いや、いいよ。昨日の麗奈ちゃんは麗奈ちゃんじゃない人って思っておくから。ていうか、あたしにも反省点あったし……」
翌日、私たちは微妙に気まずい空気でマリコさんの部屋を訪れた。
昨日の性格交換は私たちの間に良くない禍根を残してしまったような気がする。
普段の角沢さんでもあそこまで苛烈な言い方はしてないと思うんだけど、きっとあの性格に慣れていない私では感情を上手くコントロールできなかったのだろう。
本当に猛省。
そんなことを考えながらチャイムを鳴らすといつものようにマリコさんが出てくる。
「来たね。今日もよろしく」
マリコさんは態度も格好もいつもと何一つ変わらない様子で私たちを出迎えた。
どうやら昨日のことは気にしていないらしい。
大人だからなのか、最初から私の言うことなんて気にかけていないのかはわからない。
とりあえずいつものように椅子に座りマリコさんに尋ねる。
「今日は何を交換するんですか?」
するとマリコさんは少しだけ難しい顔をして答えた。
「今日のお客さんは注文が多くてね。『顔』に『髪』に『体型』、『声』に『知識と知能』、『性格』に『価値観』に『趣味嗜好』などなど……君に見られる殆どの要素を交換したいらしい」
「そ、そんなにですか……」
昨日の性格交換だけでも自分が自分ではなくなってしまったかのような大変な体験だったのに。
そこまでいくと最早完全な別人になってしまうような気がする。
「交換時の負荷は昨日よりさらにかかるから覚悟しておいてね」
「は、はい……」
そういえば昨日の時点で自分が張り裂けそうな気分を味わったわけだけど、あれ以上ってどんな感じになってしまうのだろうか。
考えるとちょっと怖くなってくる。
すると、部屋にチャイムが鳴り響いた。
どうやらお客さんが来たらしい。
「はーい」
マリコさんが扉を開ける。
私と交換をしたいのはいったいどんな人なのだろうか。
できれば変な人じゃないといいのだけれど。
「……ふ、ふひっ……よ、よろしく、お願いします……」
部屋の中に入ってきたのは、吃った口調の太った女の子だった。
他校の制服を着ており、年齢は私と同じぐらいだと思うけれど、その容姿は私とはかなり違う。
背が低く寸胴な体型で、丸い顔にはニキビちらほら見られ、申し訳ないけれどあまり綺麗な方ではない。
髪には脂っぽいツヤとフケがあり、ちゃんとお風呂に入っているのか心配になる。
これはまた、すごい人が来てしまった。
「麗奈ちゃん、頑張れ」
荒川さんが肩にポンと手を乗せてきた。
また他人事だと思って楽しんでそうな顔を見ると、昨日のことを反省していると言ったさっきの言葉は嘘だったんじゃないかと思えてくる。
「す、すごい綺麗、ですね……わたし、こんなに綺麗に、なれるんだ……ふひっ、よろしく、お願い、します……」
「いえ、こちらこそ……」
私は苦笑いを浮かべながら返事をする。
人を見た目で差別してはいけない。
そういう気持ちはあるけれど、自分がその人の要素を受け取ることになると思うと、自然と拒否感が出てしまう。
駄目だ、仕事なんだからしっかりしなきゃ……。
でも、私これからああなっちゃうの……?
心の中で激しい葛藤が起こる。
「それじゃあ始めるよ。二人が交換するものは……あー、『ほとんど全部』。心の準備はOK?」
「は、はい……ふひっ……」
「…………はい」
私は覚悟を決めて返事をした。
それを受けて、マリコさんがマウスをクリックする。
「交換開始」
「あびゃァッ!?」
「ッ、ぐぅッ!」
その瞬間、雷に打たれたような強い衝撃が全身を駆け抜けた。
いつもの比じゃないほどに強い衝撃にたまらず私の身体は痙攣する。
「あ、あ゛ああ゛あっ、あがっ、あ゛あッ!」
私が悲鳴を上げていると、どんどん私の中身が吸い取られていく。
まるで私の中を根こそぎ持っていこうとする勢いに、私は意識を手放しそうになる。
辛うじて開いている目に映り込むのは、少しずつ縮まりながらぶくぶくに太り肥えていく手足。
私が、変わっていく。
身体も、中身も。
最早元の私なんてどこにもないんじゃないかと思えてしまうほどに自分が奪われていく。
待って、持っていかないで。
そんな気持ちすら吸い取られていった果てに、わたしは新たなわたしへと変わっていった。
「あ、あ゛あっ、あぎゃっ、ヒャぎゃあッ!?」
最後に大きな一塊の『わたし』を押し付けられたところで、わたしは狂ったような奇声を上げた。
その瞬間、わたしはわたしとして生まれ変わった。
それを自覚したところで、わたしの身体から力が抜けた。
「交換完了。流石に大変だったね。二人ともお疲れ」
マリコさんの言葉に少しだけ顔を上げ、わたしは隣を見た。
そこにいたのは、一目見ただけで誰もが羨むような絶世の美少女だった。
いや、よく見るとその姿はほとんど元のわたしだ。
制服が違うということを除けば、ほとんど鏡の中で見るわたしと大差ない。
そっか、わたしって元はこんな綺麗だったんだ。
それに気づくとわたしの中で妬ましいと思う感情が湧き起こってきた。
「ありがとうございました。私、こんなに綺麗になれて嬉しいです。……って自分で言うとなんか照れますね……」
美少女は先ほどまでの吃った口調ではなくハキハキとした口調で言う。
声音もさっきまでは濁ったドブのような声だったけれど今は小鳥がさえずるような綺麗さだ。
「あの、交換してくれて本当にありがとうございます」
美少女はよほど嬉しいのか、私の油ぎった手を握って言葉をかけてくる。
わたしは目を逸らして俯きながら返事をした。
「あ、いや、その……ど、どうも……ふひっ……」
わたしの口から出てきたのは吃ったドブのような声と気色悪い引き笑い。
目の前の美少女と比べたら雲泥の差を感じる。
頼むからこちらを見ないでほしい。
惨めになるだけだから。
「それじゃあ、早速この身体で遊ばせてもらいますね」
そういうと美少女はマリコさんと荒川さんに軽く会釈をして玄関まで歩いていく。
部屋から出る直前、美少女立ち止まってこちらに振り返った。
「本当に、ありがとうございました」
わたしに向かって意味深に微笑みながら呟き、玄関から出ていく。
「……?」
なんだったんだろう、今のは。
すると、いきなり肩をポンと叩かれた。
「麗奈ちゃん、そんなになっちゃって……可哀想に……」
後ろを向くと、荒川さんが笑いを堪えながらこちらを見ていた。
それに対して、わたしは何も言い返せない。
こういうタイプの人とは、上手く話せる気がしない。
荒川さんは今のわたしみたいな陰気なぼっちには対処ができない人間だ。
「あー、麗奈ちゃん? 本当に大丈夫?」
わたしが黙り込んでしまったのを見て、流石に心配になったのか少し優しい声色に変わった。
それでも今のわたしには短い返事をするのが精一杯だ。
「だ、だ、大丈夫……です……」
「いや、なんで敬語なの」
ビビって勝手に言葉が敬語になってしまう。
頼むからもう放っておいてほしい。
わたしの様子を察してか、荒川さんはやれやれといった顔でため息をついてわたしから離れていった。
やっと少し落ち着くことができたところで、わたしは自分の姿を見た。
……酷い身体だ。
デブで短足でブサイク。
何もいいところがない。
性格もビビリで内向的で、他人を僻む気持ちが強い。
おまけに自己嫌悪の感情まで強いときた。
そりゃこんなだったら他人の要素を全部貰いたくもなる。
そんなことを考えていると、急に何かムズムズするような感覚がしてきた。
それに気づいた途端、不思議と息が荒くなっていく。
心なしか、体温も上がっている気がする。
……?
なんだろう、この感覚。
今まで体験したことがない奇妙な感覚に困惑する。
……いや、この感覚は知っている。
体験したことはないけれど、今のわたしは知っている。
今わたしは、ムラムラしているのだ。
「……っ……ふひっ……」
理解した途端頭の中がピンク一色になる。
やばい。
めっちゃオナりたい。
今までしようと思ったこともないけど、今はとにかくオナりたくて仕方ない。
この今の身体はどうやら異常に性欲が強いらしい。
これ以上我慢してたらおかしくなりそうだ。
どうしよう、どうしよう。
こっそりパンツの中に手をつっ込んだらバレないかな。
流石に無理か。
だったらせめてこの二人の見えないところに移動しないと。
「……っ、あ、あの……」
「ん? どうかしたの?」
わたしの声にマリコさんが反応する。
わたしは震えながらゆっくりと喋った。
「……ち、ちょっとだけ……外に、出かけても……い、いい、ですか……?」
「え、いいけど……大丈夫? 今のレイナちゃん一人で。エマちゃんについてきてもらった方がいいんじゃ……」
「ひ、一人で、だ、大丈夫ですっ……!」
それだけ言ってわたしは部屋を飛び出した。
そのまま階段を駆け下りマンションの外へ向かう。
建物から出て裏手に生えている木の影に隠れ、周りに人がいないことを確認したわたしはそこでスカートとパンツを脱いだ。
「……はぁ、はぁ……ふひっ……」
ドブのような汚い引き笑いが漏れるが今はそんなことはどうでもいい。
わたしはマンコの中に指を突っ込んだ。
「んひぃっ、やばっ、きもちいぃっ……」
これだ。
この感覚だ。
わたしは初めて体験するはずのオナニーの快感に酔いしれた。
というか、初オナが野外露出オナとか冷静に考えたらやば過ぎる。
そのことに気づいたらさらに興奮してきた。
「んんっ、すごっ、誰かに見られたら、人生終わるのに、きもちよすぎぃっ……」
グチョグチョといやらしい水音をたてながら、わたしは両手でマンコを弄った。
あっという間に快感が強まっていきイク寸前まで気持ちが昂っていく。
「ああっ、イクっ、人生初オナ、野外露出オナでイッちゃ……」
「……麗奈ちゃん、なにしてんの」
いきなり名前を呼ばれ反射的に声の方を向くと、そこには驚愕の表情でこちらを見ている荒川さんがいた。
見られた。
野外露出オナでイキそうなところ見られた。
人生、終わった。
そう思った瞬間、わたしの絶頂に達した。
「イッくうぅうぅッ!!!」
ビクンッ、と身体が大きく震える。
脳天がバチバチと弾けるように視界が明滅する。
わたしは目から大粒の涙を流して快感に酔いしれた。
人生終了野外露出変態ドマゾオナニーがこんなに気持ちいいなんて。
ピクピク震えながらわたしはその場に身体を横たえた。
なんとか少しずつ呼吸を整えながら余韻に浸る。
まだ身体が昂っていて、気持ちいいのが収まらない。
そんな気持ちよさに薄ら笑いを浮かべながら顔を上げると、蔑むような目をしてこちらを見ている荒川さんと目が合った。
……今までの人生で一番気まずい沈黙がその場を支配した。
────────
あれから三時間。
わたしは荒川さんともマリコさんとも一言も話さないままマリコさんの部屋で座り込んでいた。
もうこれ以上醜態は晒せない。
例え沈黙が気まずくても、わたしはもう元に戻るまで何もするべきじゃないのだ。
長い間続いた沈黙を破ったのはマリコさんだった。
「……遅い」
「はひっ!? す、すみません……!」
やや怒りのこもった呟きにわたしは思わず謝ってしまう。
「いや、なんで麗奈ちゃんが謝るの」
「え、いや、その、またわたしが、な、なんかしちゃったのかと、お、思いまして……」
「違うよ。レイナちゃんと要素交換をしたあの子が帰ってくるのが遅いって話だよ」
マリコさんは不機嫌そうに補足説明をする。
確かにもうすぐ契約時間の三時間になるのに帰ってくる気配がない。
いったいどうしたのだろう。
「……こりゃ逃げたね」
「だね」
「……え?」
逃げた?
それってどういう……?
「たまにいるんだよ。要素を交換して、返したくないからってそのままバックレる奴が」
「えっ!?」
まさか、あの人はわたしにわたしの要素を返す気がないってこと?
そういえば外に出かけて行くときに意味深にこちらを見て微笑んでいたような気がする。
わたしは顔色が一気に青くなっていくのを感じた。
「ど、ど、どど、どうするんですか!? も、もも、もしかして、わたし、ずっとこのまま……!?」
もう元に戻れないのだとしたら。
考えただけで気絶しそうだ。
というか、今までだって返してもらえない可能性があったことを考えると、わたしはとんでもなくリスクの高いことをしてたんじゃないかと今更ながら恐ろしくなってくる。
「大丈夫だよ、レイナちゃん。うちの契約不履行にはちゃんとペナルティがあるから。ちょっと面倒なことになるんだけどね」
ペナルティ?
よくわからないけど、マリコさんが大丈夫だと言うなら大丈夫なのかもしれないけれど、それでも少し不安だ。
そんなことを話している間に約束の三時間が間近に迫っていた。
「レイナちゃん、そのヘルメット被って待機してて」
「は、はい……」
言われた通りにヘルメットを被り待っていると、マリコさんのパソコンからアラームが鳴った。
その瞬間。
「いぎいッ!?」
全身を強い衝撃が貫いた。
いつも要素を交換するときに感じているあの感覚がいきなりやってきたのだ。
わたしの中から汚いドブのような個性が抜き取られていき、元の私へと戻っていく。
「あ、あ゛あっ、アッ…………あれ……?」
気づくと、私の手足は元の細長いものに変わっていた。
声も濁りのない響きに戻っている。
「私、元に戻ってる……?」
私の要素を貸した彼女はここにいないのにどうして……?
私が隣を見ると、そこにはいつの間にか人が座っていた。
「え!? だ、誰!?」
思わず問いかけたけれど、反応はない。
よく見ると、それは人ではなかった。
人のような形をした人形だ。
さっきまでの私のように背の低い太った女の子の人形が、ヘルメットを被って椅子に座っている。
「……どういうこと?」
「契約不履行になるとね、貸し出した要素が自動的にここに帰ってくるシステムになってるんだよ。だから麗奈ちゃんの貸した要素はたった今ここに全部帰ってきて、麗奈ちゃんは元通りってわけ」
「それじゃあ、この人形みたいのは……?」
「それはペナルティ人形。契約時間までに帰ってこなかった人は罰として自分の全ての要素を抜き取られてこの人形に押し込められちゃうの。そんで、要素を抜き取られた身体の方はというと……」
荒川さんがこちらにスマホを見せてくる。
そこには真っ白い人型のマネキンが映っていた。
「こんな感じの要素を全て剥奪されたマネキンになっちゃうの。一応意識は残ってるらしいけどね。こうなっちゃったらもう自分じゃ動くこともできないんだけど、まあ他人の要素を盗もうとした輩には相応しい末路って感じ?」
「ただこれそのまま放置しておくわけにもいかないから業者に頼んで処理してもらわなきゃいけないんだよ。ああ、面倒だなー……」
マリコさんがパソコンで何かを開く。
画面には地図が表示されている。
どうやらGPSのようだ。
「うわ、新幹線乗ってんじゃん。こりゃ本格的に逃亡する気だったな……」
「身体が醜い上に魂まで醜いって感じだね。そんなのになっちゃってたなんて流石に麗奈ちゃんに同情するよ」
荒川さんが吐き捨てるように言う。
でも被害者である私としては、あんな身体で生きるのなら例え盗んででも他人になりたいと思ってしまう人の気持ちもわからなくはないから、なんだかあまり強く否定する気にならない。
ふと、私は隣に座っているあの女の子の要素の詰まった人形を見た。
さっきまでの私が人形になってしまっているようでなんとも奇妙な感じだ。
「あの、この人形はどうするんですか?」
「それ? うちの備品にするよ。希望があればレンタルできるようにね。まあ、他人の身体を盗んでまで欲する人間の要素なんてよっぽどの物好きじゃないとレンタルしないだろうけど」
マリコさんはそう言いながら人形を抱えると押入れを開いて中に押し込んだ。
押入れの中には他にも同じような人形が並んでいる。
この人たちも、他の人から要素を盗もうとしてペナルティを受けてしまった人たちなのかな。
今新たに加えられた人形と同じように、どの人形もお世辞にも綺麗とは言えない見た目をしている。
けれど、それらに対して私の中で変な気持ちが生じ始めていた。
「あの、ちょっといいですか?」
────────
あれから数ヶ月が経った。
このアルバイトにもすっかり慣れて、他人と要素を交換するのにも抵抗がなくなってきているのを感じる。
「今日もお疲れ様、レイナちゃん。はい、これ報酬」
「ありがとうございます、マリコさん」
封筒の中には何枚もの一万円札が入っている。
元はと言えばお金のために始めたこのアルバイト。
実際うちの家計はこのアルバイトのおかげでかなり助かっており、それに関しては本当にありがたいことこの上ない。
けれど、最近はそれ以外にもこのアルバイトを続ける理由ができてしまった。
「あの、それで、今日もお願いしたいんですけど……」
「えー? なに、今日もやるの? 麗奈ちゃんそんなにハマっちゃったわけ?」
荒川さんが少し引き気味に突っ込んでくるのに対し、私は顔を赤くしながら頷く。
「別にレイナちゃんがしたいならワタシは止めないよ。ただし、やるならお金は払ってもらうからね。従業員割で安くはするけど」
私は貰った封筒の中から数枚一万円札を抜き取りマリコさんに渡す。
「はいよ、受け取った。それじゃあ今日は何にするの?」
「ええっと、この『顔』とこの『体型』にあとこの子の『性格』で、あと『性欲』はこの人で『性感帯』は……」
様々な注文をつけていき、そして──
「交換完了。どう?」
「ふひっ……は、はい、ありがとう、ございます……」
わたしは、私ではないわたしになってマリコさんにお礼を言う。
「そ、それじゃあ、で、出かけてきますね……」
「あんまり遅くならないうちに帰ってきてねー」
わたしはのそのそと歩きながら玄関に向かう。
すると、後ろから荒川さんの呆れたような声が聞こえてくる。
「……他人の要素寄せ集めて別人のフリしながら野外で発散なんて、変な趣味覚えちゃって……」
わたしはそれを無視して部屋を出た。
だって仕方ないじゃない。
これが気持ちよすぎて忘れられないんだもの。
わたしはマンコに手を突っ込みながらマンションの外に出る。
あれから様々な人と要素を交換したけれど、要素泥棒をしようとする人は意外と多く、そのすべての人が人形に要素を押し込められてしまった。
わたしはその中から気持ちよくなれる要素を厳選して、最高に気持ちのいい野外露出オナができる要素の組み合わせを編み出したのだ。
今のわたしは如月麗奈じゃない。
ただ野外露出オナをすることだけに特化した、最高の野外露出オナ人間なのだ。
「んひょっ、やばっ、きもちよすぎぃ……!」
暗い夜道を、マンコを弄りながら歩く。
周りに人がいようが関係ない。
いや、人に見られている方がむしろ気持ちいい。
人生の終わってる野外露出オナ人間のわたしをもっと見てほしい。
「んひぃっ、ああイクっ、イクうぅッ!!!」
ピシャッ、と道路に大きく潮を吹いた。
人生終了野外露出変態ドマゾオナニー、最高。
自分じゃない自分のもたらす至高の快楽に打ち震えながら、わたしは夜道を歩き続けた。