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(ああ……暇だ……)


周りを囲む人形やら置き物やらキーホルダーやらを眺めながら独りごちる。

ここはとある雑貨店。

流行りのマスコットキャラのグッズから古めかしくて出どころのわからないボロ人形まで様々なものを取り扱っている不思議な店だ。

そんな店の中の棚の上に俺はいた。

身じろぎ一つせず全身から力が抜けてしまっているようにただそこに座り込んでいる。

なぜそんなことをしているか?

それは、俺の身体が人形だからだ。

先に言っておくと、おもちゃに心が宿ったなんてファンシーな話では断じてない。

俺は本当は人形などではなく、ごく普通のどこにでもいる男子大学生だったのだ。

とは言っても今の俺を見てそんな話を信じる人間はいないだろうが。


(誰でもいいから、早くなんとかしてくれ……)


心の中でつぶやいても誰にも届かない。

自分の意思では動くこともできないこの身体での生活はただひたすらに空虚で発狂しそうだ。

この状態になってからもう数日が経っていた。

そもそも、どうしてこんな状態になってしまったか。

それは数日前に話が遡るのだが……。


「わぁ、これかわいい!」


っと、そこで俺の脳内回想を遮って女の声が聞こえてきた。

声の方に意識を向けると、棚に並ぶちいさくてかわいいマスコットの人形を手に取りながら目を輝かせている制服姿の女と、その友人と思われる同じ制服を着た眼鏡の女の二人組の姿があった。


「明菜も好きだねえ、そういうの」

「あ、ちょっと馬鹿にしてるでしょ? 麻里ちゃんにはわかんないかもしれないけど、こういうかわいいものを見るのがわたしの生活の中の癒しなの!」

「はいはい、私ちょっとトイレ行ってくるから自由に癒されててー」

「もーっ!」


眼鏡の方が手をヒラヒラ振りながらその場を離れると、もう片方は少し怒ったようなそぶりを見せた後、再び人形を物色し始めた。

恐らく学校帰りに友人と買い物に来た女子高生といったところだろう。

あの制服はこの近隣の学校のものだったはずだ。

まあ、そんなこと今はどうでもいい。

とにかくこれはチャンスだ。

俺は心の中で女に向かってこっちに来るように念じ続けた。

すると、俺の念が通じたのか女が俺の方に歩み寄ってくる。

よし、よし!


「ん? なんだろうこれ……」


女の目が俺に止まる。

このとき初めて女の顔が見えたが、俺の想像していたよりかなり可愛い。

目はパッチリと大きな二重で、覗き込まれているだけで少しドキッとしてしまう。

セミロングに伸びた髪も相まって小顔に見え、その姿はアイドルにでもいそうな美少女のそれだ。

こんな女子が同じクラスにいたら男子はさぞ幸福なことだろう。


「真っ白い顔に、赤くて丸い鼻……赤、黄、緑の派手なお洋服……いかにもピエロって感じ」


女が俺の姿を観察しながらつぶやく。

正直、滑稽なピエロ人形の姿である今の俺をジロジロと観察されるのはあまり気持ちのいいものではない。

だが、これぐらいは我慢できる。

なぜなら、もうすぐ俺は解放されるからだ。


「うーん……目元は真っ青で口元は真っ赤っか……なんかこういうピエロのお化粧ってかわいくないっていうか、ちょっと怖いよね……でも、なんでだろう……これ、すごく気になる……」


そう言いながら女が俺に手を伸ばしてくる。

そして、女が俺の身体に触れた瞬間。


「んぎっ!?」


女の身体がビクッと震える。

同時に、動かないはずの俺の身体も震える。

遂にやってきた、このときが……。




────────




「うっ……」


不意に視界が歪む。

立ちくらみのように視界がぼやけたかと思うと、徐々に目の前がハッキリし始めた。

俺の視界に映るのは、赤い鼻が特徴的なボロいピエロの人形。

さっきまでの、俺の姿だ。


「よしっ、成功だ……!」


発せられた俺の声は、高くてか細い女のものだった。

さっきまで俺の目の前にいた女の喉から発せられたものと同じ声。

それが、俺の喉から発せられている。

その意味することは。


(……え? え? なにこれ……? 動けない……ど、どうなってるの? なんで、わたしが目の前に……)


すると、俺の頭の中に声が聞こえてきた。

何が起きたか理解できずに困惑するこの声は、目の前のピエロ人形からの声だ。

俺はピエロ人形を見ながら口を開く。


「ありがとな、触ってくれて。おかげで俺はこうして人間の身体になることができた」

(わたしの身体が勝手に喋って……あ、あなたは誰なんですか!? なにがどうなってるのか、ちゃんと説明してください!)


まだ自分がどうなっているのかもわかってないのだろう。

俺は胸ポケットに入っていたスマホを取り出し、カメラを起動した。

そしてピエロ人形を撮影してその写真をそのまま見せる。


「これが今の君の身体だよ」

(これ、さっきのピエロの人形……嘘、そんな……)


この身体の持ち主だったピエロ人形が信じられないといった様子で言葉を詰まらせている。

もちろんこの女の身体とピエロ人形では似ても似つかないため、これが自分の今の姿だと認識するのも難しいだろう。

もっとも、こうなっている以上もう受け入れるしかないだろうが。


「俺たちは入れ替わったんだ。さっきまで俺がピエロ人形だったんだが、君が触ってくれたおかげで俺はそこから抜け出ることができたのさ」


数日前にここに来たときも同じだった。

なんとなく興味を惹かれてこのピエロ人形に触れてしまった瞬間、俺はピエロ人形になってしまい、元々ピエロ人形だった奴に俺の身体が奪われてしまったのだ。


「どうやらそのピエロ人形は触れた人間と中身を交換する呪いの人形みたいなものらしい。触れちまったら最後、別の人間が触りに来るまでその中で待つしかない。もっとも、抜け出ても元の自分に戻れるわけじゃないが」


俺は新たに俺のものになった顔に触れながら言う。

頬はスベスベで柔らかく、元の俺の肌の質感とは大分違う。

誰でもいいから触りに来てほしいとは思っていたが、まさか自分が女になるとは思ってなかった。


(も、元に戻してください! わたしの身体を、返してください!)

「悪いがそれはできない相談だ。そのピエロ人形に戻る気なんざ毛頭ないし、第一できるのかどうかすらわからない。俺にはもう選択肢はないんだ。君がくれたこの身体で、俺はこれから君の代わりに人生を歩むことにするよ」

(そ、そんな……)


ピエロ人形の絶望がこちらにも伝わってくる。

罪悪感がないわけではないが、これも俺が人間に戻るためには仕方のないことなのだ。

するとそのとき、後方から誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。


「明菜ー? どこいったー?」


後ろを向くと、先ほどトイレに行くと言って席を外していた眼鏡の女が辺りをキョロキョロしながらこちらに近づいてきていた。


(麻里ちゃん……! わたしはここだよ! 助けて!)

「残念だけど、君の声は俺にしか聞こえないからあの子には届かないよ」


ピエロ人形の声は入れ替わった人間にしか聞こえないらしい。

つまりどれだけ喚いても周りに助けなど呼べないということだ。


(っ…………それでも、わたしの声が届いてなくても麻里ちゃんが来てくれさえすれば……)


ピエロ人形の想いが通じたのか、眼鏡の女、麻里ちゃんが少しずつこちらに近づいてくる。


(あなた、わたしのことも麻里ちゃんのことなにも知らないでしょ? ちょっと話せばすぐにおかしいことに気づいてくれるはず……あなたがわたしの代わりになんて、なれるわけがないんだから……!)

「それも残念だけど、なれるんだよ。今の俺ならな」


俺は麻里ちゃんの方に一歩足を進めた。

俺に気づいた麻里ちゃんはこちらに手を振りながら声をかけてきた。


「いたいた明菜。どう? ちゃんと癒された?」


軽口をこちらに向けてくる麻里ちゃんに、俺はいつものように微笑みながら答える。


「もーっ、やっぱりちょっと馬鹿にしてるでしょ? いい加減怒っちゃうよ?」

「ごめんて。それより、なんか買うの見つかった?」

「うーん、それなんだけどね、この前も駅ビルのショップでうさぎちゃんの人形買ったでしょ? 今あんまりおこづかいなくて……」

「なんだそりゃ。お金ないのに買い物に来たわけ?」

「今日は癒されるために来たからいいの! ウィンドウショッピングだよ」


他愛のない会話で笑い合う俺たち。

そんな一部始終を見ていたピエロ人形がぽつりと言葉を漏らす。


(な、なんで……)


二の句も継げないほどに衝撃を受けているようだ。

それもそうだろう。

本人しか知らないようなことを、ついさっきこの身体になったばかりの俺が、まるで本人のような口調で話しているのだから。

どうやら入れ替わった身体の記憶は本人のようにわかるらしい。

意識を集中すると『月島明菜』としての今までの思い出が次々と頭に思い浮かんでいき、まるで自分が本当に『月島明菜』であるかのような感覚がしてくる。

ついさっきまで名前も知らなかったというのに面白い話だ。


「癒され終わったんならそろそろ帰んない? 私お腹空いてきた」

「うん、わたしは満足したから大丈夫だよ。行こうか、麻里ちゃん」


俺は麻里ちゃんと共に歩き始めた。

すると、後ろから必死の声が聞こえてくる。


(待って! 行かないで! 麻里ちゃん! その人はわたしじゃないの! 気づいてよ! ねえ! おねがいだからわたしの身体を返して! 待ってってばっ!)


俺にしか届かないピエロ人形の叫びを、俺は無視して歩き続けた。




────────




「ここが俺の新しい部屋か」


麻里ちゃんと別れて、俺は月島明菜の家へと帰ってきた。

当然家族に怪しまれるということもなく、俺は我が物顔で自室でくつろいでいる。

姿見に映る今の自分の姿は月島明菜そのものであるため、側から見ればなんの問題もない。


「しっかし、改めて見ると元の身体と全然違うな……」


上半身は半袖のワイシャツにリボン、下半身はスカートという制服姿に加え、全体的に華奢で線の細いこの身体は、自分の生まれ持ったものとは明らかに別物だった。


「俺、これから女として生きなきゃいけないんだよな……やっぱりちょっと抵抗あるよな……」


麻里ちゃんといる間はそうするしかないという状況もあり、本気で明菜に成りきって振る舞っていたが、振り返ってみると少し恥ずかしい。


「二十年間男として生きてきたのにこれからは女子高生って言われてもな……ううむ……」


割り切るしかないのはわかっているが、どうにも先行きが不安だ。


「まあ、そのうち慣れるか。それに、女になったって悪いことばかりじゃないしな」


俺はそう言いながら自分の身体を撫でた。

姿見にはうっとりとした表情で自分の身体を撫でる月島明菜が映っている。


「エロいな、これ……やべえ、ちょっと……興奮してくる……ん……」


俺は少し息を乱しながら、両手を身体に這わせていく。

制服の上から腰、肩、尻、そして胸を触る。


「すげっ、マジでおっぱいあんじゃん。うお……柔らか……」


布越しでもわかる柔らかさと弾力に俺は夢中になって胸を揉む。

男の身体では味わえない感覚に、俺の興奮はどんどんヒートアップしていく。


「女の身体といえばおっぱいもだけど、一番気になるのは、ここだよな……」


俺はスカートの中に手をまさぐり、パンツの上から股間を撫でた。


「うおお、のっぺりしてる……チンコないってこんな感じなのか……」


手に引っかかるものがないというだけで感動を覚えてしまう。

だが、女の身体はそれだけではない。


「チンコがないってことは、マンコがあるってことだもんな……ちょっと、直に触ってみるか……」


俺は震える手でパンツを脱いだ。

色気のない白いパンツをそこら辺に投げ捨て、スカートをまくりながらその中に手を這わせる。


「んっ……おぉ、これがマンコの感覚か……ちょっと触っただけで、敏感なんだな……」


せっかくならばこのままオナニーしたいところだが、女のオナニーの仕方なんて俺はよく知らない。

さてどうしたものか。


「……ん? いや、知ってるだろ、この身体が」


俺が知らなくても月島明菜なら知ってるだろう。

俺は意識を集中して月島明菜の記憶を探った。


「……オナニーは、普段はあんまりしないんだよね……なんか恥ずかしいし……でも、ちょっとエッチな気持ちになったとき、たまにしたくなっちゃう……」


そう言いながら、股間に指を伸ばす。

触るのは割れ目の上部にある突起。

クリトリスだ。


「ここをグニグニっていじるのが気持ちいい……んっ……」


右手でクリトリスを執拗に刺激する。

持て余した左手は自分の口元に持っていき、人差し指を軽く咥える。

少し恥ずかしいけれどこうした方が気持ちが落ち着いて安心できる。


「んっ、んっ……ひもち、いい……んんっ……」


快感が少しずつ大きくなっていき、身体が震えていく。

わたし、もうすぐイッちゃいそう……。

……あれ?

わたし?

わたしって、自分のことわたしって言ってたっけ?

なにかおかしい気がするけれど、それより今は目の前にある快感の方が大事だった。


「んんっ、あっ、あっ……んっ!」


絶え間なく動き続ける右手がわたしの思考を止める。

気持ちいい。

イキたい。

ただそれだけが頭の中にあり、わたしはクリトリスに指を強く押し付けた。


「んあっ、イクッ、イッちゃ、んんんッ!!!」


ビクンッ、と身体が大きく跳ねた。

弾ける快感がわたしの全身を駆け巡ったその瞬間、頭の中からなにかが消し飛んだ。


「んんッ!? ああッ!?」


あまりに強い衝撃に目の前がチカチカする。

バランスが上手く保てなくなったわたしは力なくその場に座り込んでしまった。

まだ、身体がピクピクと震えている。


「ふぅ、ふぅ……す、すごかった……」


わたしは息を整えながら気持ちを落ち着かせた。

こんなに気持ちよかったのは初めてかもしれない。

まだ興奮は冷めないけれどとりあえず一旦落ち着こう……。


「……って、わたしなんでこんなことしてるの!?」


不意に冷静になって、自分がしていることにわたしは困惑した。

家に帰ってきていきなりオナニーって……。


「うう、なんで……? わたし、欲求不満なのかな……?」


あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になってしまう。

さっきまでのわたしはいったいなにを考えてあんなことをしようなんて思ったのだろうか。


「……あれ? わたし、さっきまでなに考えてたんだっけ……?」


オナニーを始める前、自分がなにを考えていたのか思い出せない。

いや、それだけじゃない。

もっと大事なことを忘れてしまったような、そんな感じがする。


「なんなんだろう、この感じ……あれ?」


ふと、姿見が目に入る。

一瞬、そこに映った自分に違和感を覚えた。

わたしの顔。

生まれたときからわたしはこの顔だし、鏡にこの顔が映るのは当たり前のはずだ。

そう考えると、すぐに違和感は霧散した。

姿見に映る自分の顔に、なんらおかしいところはない。

じゃあ、さっきの感覚はなんだったんだろう。


「……わたしは、月島明菜……」


なんとなく呟いてみる。

当たり前すぎて今更なにも感じない自分の名前。

でも、なにかを忘れているような感覚だけはずっと残っていて……。


「明菜ー! ごはーん!」


すらと、リビングからお母さんの声が聞こえてきた。

その声を聞いた瞬間、掴みかけていたなにかはスルスルとわたしの手を離れてどこかへと消えてしまった。


「はーい! 今行くよー!」


声を上げてお母さんに返事をする。

なんどかよくわからないけれど、わからないってことは気にしなくてもいいよね。

わたしは楽観的に気を持ち直すと、脱ぎ捨てたパンツを急いで履いて自分の部屋を出た。




────────




(どうして、わたしがこんな目に……)


身動きのできないピエロの人形の身体で、わたしはただ嘆いていた。

最初のうちは癇癪を起こしたみたいに泣き叫んでいたけれど、すぐに意味のないことだと気づいてやめた。

ここには全然人が来ない。

わたしだってこのお店に来たのはなんとなくでしかなかったのだ。

次に人がやってくるのがいつになるのかわからない。


(うう、誰か早く来てよ……)


ここではとにかく孤独だった。

周りには雑貨が置かれるばかり。

動かすことのできない身体ではただここに座り込んで待っていることしかできない。

まだあれから三日しか経っていないけれど、すでにわたしは気が狂いそうだった。

わたしの身体を奪っていったあの人のことは恨めしいけれど、あの人も同じ気持ちだったと思うと人間に戻るために他人の身体を奪いたくなるその気持ちは理解できてしまう。

わたしだってもうすでに、次に来るのがどんな人であろうとその身体を奪わなくてはならないという気持ちでいっぱいになっている。


「ママ! あれほしい!」

「待って、たっくん。走らないの」


すると、遠くから声が聞こえてきた。

人がやってきた!

わたしの中に一縷の希望の光が差し込む。


「ねえママ、これかって!」

「えー? この前も猫ちゃんの人形買ったでしょ?」

「こっちもほしいの!」


声を聞くに、どうやら男の子とそのお母さんのようだ。

棚の向こうからお母さんに人形を買うように必死にせがむ男の子の声が聞こえてくる。


「おーねーがーいー!」

「もう……仕方ないなあ、たっくんは」

「やったー!」

「ママ、お金払ってくるからちょっと待っててね」


わたしはそのやり取りを聞きながら必死に念じる。

お願いだから、どっちかこっちに来て!

わたしをここから解放して!

そんなわたしの想いが届いたのか、目の前に一人の影が伸びてきた。


「なにあれ? こわすぎ!」


Tシャツに短パンという出たちの子供の姿。

やってきたのは男の子の方だった。

どちらかと言えばお母さんの方に来てほしかったけど、そんな贅沢なことは言ってられない。

わたしはやってきてくれた男の子に心から感謝した。


「かおめっちゃこわいじゃん! オバケみたい!」


男の子はわたしの方に近寄りながらそんなことを言ってくる。

散々な言いようだけど、子供の言うことだと思って我慢する。

それに、そのオバケみたいで怖い人形にこれから君がなっちゃうんだから。


「こわいけど……なんか、さわってみたい……」


そう言いながら男の子がわたしの手を伸ばしてくる。

男の子の指がわたしの鼻に触れたその瞬間。


「んぎゃっ!?」


男の子の身体がビクッと震える。

同時に、人形であるわたしの身体も震える。

やった、これでわたしは……。




────────




「ううん……」


目の前が一瞬真っ暗になり、再び明るくなると光景が大きく変わっていた。

さっきまでのわたしだったピエロの人形が今はわたしの目の前にある。

三日前にこの人形に触れる直前の光景と同じだ。

違うところがあるとすれば、わたしの視点があのときよりかなり低いこと。

でも、そんなのは些細なことだ。

今のこの感動に比べたら。


「身体が、動かせる……やった、わたし、人間に戻れた……!」


あまりの嬉しさに涙が出そうになる。

けれど、その感動に水を差すように声が聞こえてきた。


(なにこれ!? うごけないよ!? ぼくどうなっちゃったの!?)


わたしが解放されたということは、わたしの代わりにピエロ人形になってしまった人がいるということ。

わたしのときと同じだ。

身体を奪われたわたしがピエロ人形になってしまったのと同じように、この身体の本来の持ち主だった男の子が今ピエロ人形になっているのだ。


「ごめんね、わたしたち入れ替わっちゃったんだ。君の身体は今はもうわたしのものになっちゃったの」


わたしは、声変わりを迎えていない高い少年の声で告げた。


(いれかわったってなに!? なんでぼくの体が勝手にしゃべってるの!?)

「さっきピエロの人形に触っちゃったでしょ? あのせいでピエロ人形だったわたしがこの身体になって、この身体だった君がピエロ人形になっちゃったの」

(なにそれ!? おまえピエロなの!? ぼくの体もどしてよ!)

「わたしはピエロじゃないよ。元は女の子の身体だったんだけど、君みたいにピエロ人形に触ったらそうなっちゃったってだけ。どっちにしても、わたしは戻す気はないから」


残酷なことを言っているけれど、これは仕方のないことなのだ。

もう二度とそのピエロ人形には戻りたくない。それならこの男の子の身体をもらう以外にわたしのできることはない。


(ゆるさない! ママにいいつけてやる!)

「無理だよ。君の声はわたし以外に聞こえないから。それに、あの人はもう君のママじゃないよ」


すると、ちょうどそこに一人の女性がやってきた。

半袖のブラウスにスキニーパンツを履いた、茶髪のパーマの女性。


(ママ!)

「ママ!」


ピエロ人形の声が聞こえるのと同時に、わたしは声を上げてママの方に駆け寄った。


「はい、たっくんの欲しがっての買えたよ。袋持ってね」

「うん!」


わたしは満面の笑みを浮かべてママから袋を受け取る。

ママはわたしの様子になにも違和感を抱いてはいなさそうだった。

当然だ。

三日前にわたしの目の前でわたしの身体がやっていたように、わたしもこの身体『白河拓実』の記憶を引き出しているのだから。


「それじゃあ帰ろうか、たっくん」

「うん、ママ!」


わたしはママと手を繋ぎ歩き始める。


(ママ! ぼくはここだよ! そいつはニセモノなんだよ! いかないでよぉ! ママぁ!)


後ろから聞こえる声に少し胸を痛めたけれど、わたしは足を止めなかった。

ごめんね。

次に来た人に身体を貰ってね。

わたしはあの子が少しでもいい身体を貰えるように祈りながら、ママと共にその場を後にした。




────────




わたしはママに連れられ、白河拓実として家へと帰ってきた。

これからはこの身体で男の子として生きなくてはいけない。

まだ幼い年齢だけど、それでも男の子と女の子では大きく異なる。

それに慣れないうちは苦労がつきまとうだろう。

実際、わたしは帰宅して早々大きな壁にぶつかろうとしていた。


「たっくん、今日暑かったし先にお風呂入っちゃおうか」

「っ……うん!」


お風呂。

ママと一緒にお風呂というのはこの年齢ならおかしなことじゃない。

しかし、当然ながらお風呂に入るためには裸にならなければいけない。

男の子が裸になれば、当然女の子にはないものが見えてしまうわけで。


「はーい、脱いでー」


連れて行かれた脱衣所でママに促され、わたしは着ていたTシャツと短パンを脱ぐ。

子供用のブリーフ一丁の姿の状態だ。

この最後の布を下ろすことに、わたしは抵抗を感じていた。


「どうしたのたっくん? 早くパンツ脱いで」


ママが怪訝な顔をして見ている。

……仕方ない。

わたしは意を決してブリーフを下ろす。

すると、そこにはちょこんと垂れ下がる親指サイズの突起と皮袋がついていた。

これが、おちんちん……。

自分にこんなものがついているなんていう現実に、少し眩暈がしそうだった。


「さ、入って。シャワー浴びよ?」


ママに手を引かれてお風呂場の中へと入っていく。

そこから先はママにされるがままで、わたしがすることはなにもなかった。

髪を洗うのも体を流すのも、全部ママがやってくれる。

おかげで余計なことに意識を向ける必要もなかったし、こうして親に体を洗ってもらえるというのも久しぶりでなんだか懐かしい気持ちになってくる。


「それじゃあママが自分の体洗ってる間たっくんは湯船に入っててね」


わたしは言われた通り湯船に肩まで浸かり、ママが体を洗い終えるのを待った。


「…………」


シャワーで体を流すママのことをじっくりと観察する。

改めて見ると、ママはとても美人だ。

年齢は三十代前半くらいだけどすごく若々しくてとても一児の母には見えない。

肌も見た感じスベスベで、胸も大きい。

まさに理想の大人の女性といった感じがする。

こんなに綺麗な人が母親というのはなかなかすごい。

きっと元々この身体だった本来の白河拓実くんは幼すぎてまだ自分のお母さんがそんなに素敵な人だなんて気づいていないのだろうけど。

元々別人だったわたしからすれば羨ましい……いや、もう今はわたしのママなんだから素直に嬉しいでいいのかな。

特に、あの大きな胸なんか本当に今すぐ飛びつきたくなるくらいで……。


「……ん?」


ふと、身体が急にムズムズし始めた。

特に足の付け根の、股間の辺り。

湯船の中に浸かっているそこをそっと覗き見て、わたしは絶句した。


「……ふーっ、洗い終わったよ。たっくん、もう出てもいいよ」


それと同時にママが湯船から出るように言ってくる。

困った。

これはどうすればいいんだろう。


「あ、えと……」

「たっくん? どうしたの、熱いでしょ? 出ていいんだよ」


わたしの脇の下に腕を伸ばしたママが無理やり体を引き上げた。

さばぁっ、と湯船のお湯が流れるのと同時に、わたしの下半身があらわになってしまった。


「あっ……あらあら……」

「……っ……」


わたしの股間からぴょこんと伸びた突起が固く伸びて真っ直ぐ上を向いている。

わたしは、この幼い男の子の身体で勃起していたのだ。

ママは苦笑しながらこちらを見ている。


「大丈夫だよ、たっくん。男の子のおちんちんはね、そうなっちゃうときがあるの。別におかしなことじゃないんだよ」

「……うん……」


わたしは力なく頷くしかなかった。

これが普通の男の子なら微笑ましいで終わるのかもしれないけれど、わたしは元は女子高生だったのだ。

ママを見て勃起してしまったおちんちんをママに見られるなんて、恥ずかしいに決まっている。


「ふふっ、もう、そんな顔しないで。大丈夫だから。ほら、もう上がろ」

「…………」


顔を真っ赤にしながら、ギリギリのところで涙をこらえていると、不意に視界がぐらりと揺れた。


「あ、あれ……」

「ちょっと、たっくん? 大丈夫? のぼせちゃった?」


心配するママの声がぼんやりと頭に響く。

どうやら湯船に浸かりすぎたらしい。

ママの身体に見惚れすぎたせいかもしれない。

ママはわたしの身体を抱き上げると優しくタオルで拭いてパジャマを着せてくれた。


「お布団敷くから、少し休んでてね」


いつの間にか部屋まで運ばれ、布団に寝かしつけられている。

わたしは疲れもあってかそのままゆっくりと意識を手放してしまった。

……

……

……

……わたしは、夢を見ていた。

暗い部屋の中に裸で立っている。

股間にはおちんちんがついていた。

どうやら男の子の身体のようだ。

わたしの目の前には裸になったママがいる。


『たっくん、ほら、ここがおまんこだよ。たっくんのおちんちんをこの中に入れると、すごく気持ちいいんだよ』


わたしはそう言われた瞬間にママのおまんこに向けておちんちんを突き出した。

固くなったおちんちんから快感が伝わってきて、とても気持ちいい。


『いいよ、たっくん。ほら、もっと突いて』


わたしは無我夢中で腰を振る。

どんどんおちんちんが気持ちよくなっていく。

すると、おちんちんの先の方になにかが集まるような感覚がしてきた。

この感覚、もしかして……。


『たっくん、男の子はね、射精をするの。おちんちんからビューって白いのをいっぱい出すんだよ』


ママにそう囁かれた瞬間、わたしのおちんちんからなにかが飛び出した。


「……っ! あッ、ママッ……!!」


そのとき、急に目が覚めた。

そして、頭の中からなにかがふきとんでいった。


「んんッ!? あッ!?」


へんなこえがでた。

それといっしょになって、おちんちんからなにかがビュッ、てとびだす。

なんか、おちんちんがジンジンしてきもちいい。


「……あれ? ぼく、ねてた? ……っ! 今、おしっこしちゃった!? もしかして、ぼく、おもらし……」


一気にあたまのなかがまっくらになっていく。

どうしよう、おもらししちゃってたら。

ぼくはパンツの中に手を入れた。

ベチャッとしたかんかくがする。

やっぱりおもらししちゃってる。


「……あれ、これおしっこじゃない……?」


さわってみて、少しおかしいことにきづく。

おしっこだったらもっとふつうの水っぽいかんかくのはずなのに、なんかやけにドロっとしている。


「なにこれ……おちんちんからへんなのでた……」


ぼくはなんだかこわくなってきてしまった。

どうしてこんなへんのがおちんちんからでたんだろう。

たぶん、へんなゆめを見たからだと思うけど。


「あれ、どんなゆめ見てたんだっけ?」


さっきまでどんなゆめを見ていたかわすれてしまった。

それだけじゃなく、なにかたいせつなことまでいっしょにわすれてしまったような気がする。


「あれ……なんだったっけ……いや、そんなのどうだっていいや。それより、この白いドロドロしたのなに……? ママにいったほうがいいかな? でも、おもらししたっていいたくない……」


ぼくはどうするべきか、泣きそうになりながらなやんでいた。




────────




(うぇぇん! だれかきてよぉ! ママぁ!)


ぼくはずっと泣いていた。

ぼくのからだになったぼくのニセモノがママといっしょにいなくなってからずっと。

ぼくのからだはピエロのにんぎょうになっちゃってるみたいで、ぜんぜんうごけない。

このままずっとこうなの?

そんなことをかんがえると、また泣きたくなる。


(いやだよぉっ! にんぎょうはいやなのぉっ! たすけてぇ!)


すると、とおくからこえがきこえてきた。


「瀬里奈、オマエそういうのが好きなのか?」

「別にいいでしょ。好きに買わせてよ」

「ま、なんでもいいけどよ」


おとこの人とおんなの人のこえだ。


「買ったら呼んでくれよ。俺その辺歩いてるから」

「はいはい。……もう、ケンくんあたしの買い物全然興味ないんだから」


そんなはなしがきこえたあと、ぼくのいるたなのちかくにおんなの人がやってきた。

フリフリとしたおようふくをきている長いかみのおねえさんだ。


(たすけて! おねえさん!)


ぼくはひっしにおねえさんによびかけた。

すると、おねえさんはだんだんこっちにちかづいてくる。


「ん? なにこのピエロ。ボロいけど、なんかキモかわいい」


おねえさんは、わらいながらぼくのほうを見ている。

やった!

きづいてくれた!


「なんかこのピエロだけすごい気になる……どうしよ、買っちゃおうかな……」


おねえさんがぼくのほうに手をのばしてくる

おねえさんがぼくのかおをつかんだそのとき。


「あがっ!?」


おねえさんの体がビクッとふるえる。

それといっしょにぼくの体もふるえる。

ぼく、これでたすかるのかな……。




────────




「うーん……あれ……」


目のまえがぼんやりとしている。

すこしずつそれがハッキリしてくると、いつのまにかぼくのまえにあのピエロのにんぎょうがあった。


「ぼく、もとにもどれたの!? ……あれ、なんかへん……」


こえがなんかおかしい。

いつものじぶんのこえじゃなくて、まるでおねえさんみたいなおんなの人のこえにきこえる。

それに、せも高くなったようにかんじる。


(ちょっと、なにこれ!? どうなってんの!? なんで、あたしの体が動いて……)


すると、ピエロにんぎょうのほうからこえがきこえてくる。

そういえば、ぼくがピエロにんぎょうになったとき、ぼくのニセモノがいってた。

いれかわったって。


「そっか、いれかわったってそういうことなんだ」

(ちょっと、あんた誰なの!? 入れ替わったってなに!?)


さっきおねえさんがぼくにさわって、今はぼくのまえにピエロにんぎょうがある。

つまりピエロにんぎょうにさわったおねえさんがピエロにんぎょうになっちゃって、ピエロにんぎょうだったぼくはおねえさんになっちゃったってことだ。


「おねえさん、ぼくたちね、いれかわったんだよ。ピエロだったぼくがおねえさんになって、おねえさんはかわりにピエロになっちゃったの」

(は!? なにバカなこと言って……うそ、あたし本当にピエロの人形になってるの……?)


おねえさんはすぐにじぶんがどうなってるかきづいたみたい。


「ぼくもね、さいしょはピエロじゃなかったのにピエロにされちゃったんだ。だから、おねえさんもいつかだれかがたすけてくれるまでそのピエロの体でがんばってね」

(ふざけんな! 今すぐあたしを元に戻せっ!)

「いやだよ。もうぼくがおねえさんになっちゃったんだもん。ぼくがおねえさんとして生きていくんだもん」

(バカなこと言うな! あんたなんかがあたしになれるわけないから!)


でも、ぼくになったぼくのニセモノはぼくみたいになってた。

だったらぼくだっておねえさんみたいになれるはず。


「んん……」


目をとじて、あたまの中をのぞくようにしゅうちゅうする。

すると、ぼくの知らなかった色んなことが頭の中から広がってくる。


「うわ、すご……一気に頭が冴えてく……まあそりゃそっか。あたしあんまり頭は良くないけど流石にそこらの小学生よりはものを知ってるし」

(……? な、なに? なにをしたの?)


ピエロから困惑の声が聞こえてくる。

ぼくはピエロを軽く見下ろしながら笑いかけた。


「ふふっ……今、身体の記憶を引き出したの。こうすればあたし……『赤羽瀬里奈』になりきれるでしょ?」

(……!? な、なんであたしの名前知って……)

「全部わかるに決まってるじゃん。あたしのことも、ケンくんのことも。二ヶ月前に合コンで知り合ったんだよね。今日は一緒にデートだけど、なんかつまんなそうにしてるのが不満なんでしょ?」


ぼくに全部言い当てられ、ピエロは絶句している。


「じゃ、バイバイ。この身体はあたしに任せて、あんたはピエロとして頑張って。キモかわいいって気に入ってたみたいだし、あんたにはお似合いだよ」

(ちょ、待てっ! ふざけんな! あたしの身体返せぇっ!)


叫ぶピエロを放置してぼくはケンくんの元へと向かった。

ケンくんは店の出口で暇そうにスマホを触っている。


「お待たせ。行こ?」

「おう。なんかいいもん買えたのか?」

「別に。でも、いいことはあったよ」

「へえ、よかったじゃん」


適当な返事をしてくるケンくんに思わず吹き出しそうになってしまう。

この男は彼女の中身が別人に変わってしまってもどうでもよいのだろう。

もっとも、赤羽瀬里奈も顔だけ見てこの男と付き合っているからお互い様かもしれない。

ぼくはそんな内心は秘めながらケンくんにくっついてその場を後にした。




────────




「……で、家連れ込んでいきなりこれって……」

「なんだよ、別にいいだろ?」


ベッドに押し倒されながらぼくは軽く呆れていた。

どうやらケンくんはもうヤル気満々らしい。

男ってそんなにセックスが好きなのだろうか。

まだ男として数年しか生きておらず性欲なんてものを知らなかったぼくからするとよくわからない。


「俺もう我慢できねえからさ……」


ケンくんはそう言いながらぼくに覆い被さって胸元にキスをしてくる。

そして、そのままブラウスのボタンを外して服を脱がそうしてきた。

どうやらこのファッションにはあまり興味がないらしい。

赤羽瀬里奈の地雷系ファッションはかわいくてオシャレで自分としても気に入っているけれど、どうやらこの男にはそんな良し悪しがわからないようだ。

というか、そもそもこの身体にしか興味がないというか。

さっきからがっついてばっかりだし。

なんなんだろう、男って。

元はぼくも男だったというのに、何故か男に対する不信感が自分の中に募ってくる。


「んっ、ちゅ……」

「……っ!」


ケンくんはいきなりぼくの唇をこじ開けてキスをしてきた。

ママが子供にするようなものではなく、男と女が舌を絡ませる大人のキス。

あ、これは結構いいかも。

舌が触れ合うたびに頭の中が痺れるような気分になって気持ちいい。

さらにケンくんは服を脱がせて露出させたぼくの胸を左手で弄ぶ。

乳首の先端をコリコリと摘むその動きは言いようのない快感をぼくに与えてくれた。

気持ちいい。

初めて知る大人の気持ちよさにぼくはただ感じ入るばかりだった。


「んっ、れろぉ……」

「んちゅ、んむっ……」


キスはさらに激しくなっていく。

呼吸が乱れるほどに口内を貪り合い、唾液と唾液がお互いの口の中でドロドロに混ざる。

ケンくんはぼくを逃がさないように右腕で頭を抑えながら、左手をスカートの中に伸ばした。

そして、ショーツの中に指を入れてくる。


「んむっ!?」


その瞬間、さっきまでとは比べ物にならない刺激が走った。

ケンくんの指が、身体の中に挿し込まれていく感覚。

あれ、これどうなってるの?

一瞬理解が追いつかなかったけど、すぐに把握する。

そうか、膣の中に指を入れられたのか。

今のぼくはもう男じゃないからおちんちんはないし、女なのだから当然そこには女性の性器がある。

男だったときは、女の身体にそんものがあるなんて全く知らなかったけど、こうして実際に体験すればこれ以上ないほどにその存在を確認できる。

ケンくんが指を動かすたび、グチュグチュと音が鳴って愛液が溢れてくるのがわかる。

これが濡れるって言う感覚なのか。

あっという間にぼくの膣はものを受け入れる準備が万端の状態になっていた。


「んっ……ふぅ……それじゃあ挿れるぞ」


ケンくんはぼくの口から伸びる唾液の糸を拭いながら言った。

すでにケンくんの股間のものは張り詰めたように固く大きくなりながら上を向いて勃起していた。

ぼくの元の身体の子供ちんちんとは明らかに違う大きさで圧倒されてしまう。

あれがこれからぼくの身体に入るのか。

元の身体では挿入どころか射精すらしたことがないというのに、女として挿れられる側になってしまうなんて。


「ん? やべ、ゴム切らしてたか。まあ、生でもいいだろ?」


生?

それってコンドームを使わずにそのまま挿れるってこと?


「え? ちょっと待っ……んんッ!?」


ぼくの困惑を無視して、ケンくんは勃起した大きなものを、ぼくの膣の中に突っ込んできた。

いきなりの衝撃に息が止まりそうになる。

これ、すごすぎる……!

膣の中がゴリゴリ擦られて、敏感な部分がビクビクってなる……!

あまりに強い刺激に頭の中が真っ白になってしまいそうだったけど、今は気にしなきゃいけないことがある。


「んっ、ああっ……! っ、ま、待って……生は……あんっ……ダメ……んあっ!」

「はぁ……んっ……大丈夫だって……んっ……ギリギリになったら、外に出すからよ……」

「そういう問題じゃ……んんッ!」


気持ちいいところを突かれて、勝手に声が漏れてしまう。

思考がうまくまとまらないけれど、生で中出しされるのはまずいという意識だけはあった。

なんとか、抜いてもらわないと……。

そう思っていても、ぼくの身体はもう自由が効かなかった。


「んっ、ああっ! そこ、いい! きもち、よくてぇっ! イッちゃいそう……っ!」

「やべ、俺も、すぐに出そうだ……っ!」


頭の中がどんどんぼんやりしてくる。

気持ちよすぎてなにも考えられない。

まあ、いいや。

今はこの気持ちいいのにだけ集中しよう。

あたし、この気持ちいいのすき……。


「イクっ、イクぅッ! んッ、あッ、あああぁッ!!!」


身体がビクンッ、と大きくのけ反る。

その瞬間、あたしの頭の中からなにかが消し飛んだ。


「んぐッ!? あああぁッ!?」

「うおっ、膣めっちゃ締まって……やべっ、出るっ……!」


かつてないほどの衝撃に身体が痙攣しそうになる。

ビクンッ、ビクンッ、と壊れたように身体が震えて快感が収まらない。

こんな、気持ちいいセックス生まれて初めて……。

頭を焼かれるような激しすぎる快感に身を震わせながら、あたしは少しずつ息を整えていく。

あたしのあまりの乱れっぷりは、繋がっているケンくんにも伝わっていたようだ。

あたしの中に入っているケンくんのものがドクドクと脈打っているのが膣から伝わってきて……。


「え……?」


中で脈打ってるって……。

あたしは自分の股間のあたりを見る。

ケンくんのものはまだあたしと繋がっている。

外に精液が出された形跡はない。

それどころか、ちょっと繋がっているその間から白い液体が漏れ出ていて……。


「……悪い、勢い余って中出ししちまった」


それを聞いた瞬間、あたしの中で一気に怒りが込み上げてきた。

外に出すって言ったのに……!

あたしは目に涙を浮かべながら繋がったままの目の前の男を突き飛ばした。


「なんてことしてくれたの!? このバカっ!」

「痛っ……悪かったって! まあでも、お前も気持ちよかっただろ?」


ヘラヘラとしながら戯事をのたまっている。

なんなんだこの男は。

あたしのことなんて全く気にせず自分の気持ちよくなることしか考えていない。


「信じられない! 最低っ!」


あたしは枕をこの最低男に向かって投げつけると急いで服を着て荷物を手に取り玄関へと走った。


「お、おい! どこ行くんだよ!?」

「来んなバカっ! あんたホント最低っ! 死ねっ!」


そう吐き捨てながら、あたしは玄関の扉を叩きつけた。

目に浮かぶ涙を拭い、その場から走り去る。

最低最低最低!

なんなの男って?

あたしが付き合う奴らってみんなそう。

付き合う前までは優しそうなふりして、結局いつも自分が気持ちよくなることしか考えてない。

まるで性欲に飢えた猿だ。

男なんてみんな最低。

そこまで考えたところで、ふとなにかが引っかかるような気がした。


「……男はみんな最低って……それじゃあ、あたしは…………あれ? なに言ってんの? あたしは女でしょ……」


何故か一瞬、自分まで最低な男のように感じてしまった。

わけがわからない。

あたしは生まれたときから今まで女として生きてきたというのに。


「……なんだろう、なにか引っかかる……なにか忘れてるような……」


モヤモヤが頭の中に残る。

その正体がなんなのか非常に気になるけれど、今はそれどころではない。


「それより、早くアフターピル飲まないと……もう、本当に最悪……」


こういうときに備えて家に用意しておいたけど、本当は使いたくなんてなかったのに。

あたしは頭の片隅に残った妙な引っかかりを振り払い、足早で自宅へと急いだ。




────────




(本当、最悪……)


わけがわからないままピエロの人形にされて早数日。

あまりに退屈すぎて頭がおかしくなりそうだった。

この雑貨屋は客入りが少ないのか全然人気がなく、あたしの目に映る景色もこの数日間でほとんど変わっていない。

こんなことならこんな店入らなきゃよかった。

もう何度したかわからない後悔をまた繰り返す。


(いい加減、誰か来てよ……)


あたしの身体を盗んで行った奴が言うには、次に誰かがここに来るまであたしはこのピエロのままらしい。

キモかわいいっていうのは軽い褒め言葉ではあったけど、だからって自分がこんな無様なピエロになりたいなんて1ミリたりとも思ってはいなかった。

早く誰か変わってほしい。

誰でもいいから、あたしをここから解放してほしい。

するとそのとき、遠くから物音が聞こえた。


(……! 誰か来た!?)


物音がした方に意識を向けると、なにかの気配がこちらに近づいてきているのを感じた。

間違いない。

客がやってきたんだ。


(お願い! こっちに来て!)


あたしは必死に祈った。

そんなあたしの祈りが通じたのか、気配はどんどんこちらに近づいてくる。

よかった。

これであたしも解放される。

気配はもうすぐそこまで来ていた。

ほら、そこの棚からこっちに顔を出して……。


(……あれ?)


気配はあるのにそこには誰もいなかった。

そんなはずはない。

確かにそこにいるはず。

今も、こちらに来る足音が聞こえて……。


(……あ)


そこには、たしかに人間はいなかった。

でも、その下に違う生物ならいた。


「んにゃ〜お」


真っ黒い猫だ。

猫は、とてとてとあたしの方に向かってまっすぐ進んでくる。


(え、ちょっと待ってよ。猫って、もしかして猫とも入れ替わるの? いや、そんな……)


このピエロの身体から解放されるなら誰でもいいとは言ったけど、流石に猫になるのは御免だ。

あたしは人間なんだから。


(こらっ! この黒猫! あっち行けっ! しっしっ!)


追い返そうと念じてみたけど、猫はひたすらまっすぐにこちらへと歩み寄ってくる。

まずい。

あたし、このままじゃ本当に猫になっちゃう。


(待ってよ! あたしは人間なの! 猫になんてなりたくない!)


けれどあたしのそんな想いは通じず、猫はあたしの座っている棚の上にピョンと飛び乗ってくる。

黒い毛に包まれた猫の小さな手があたしの顔に触れたその瞬間。


「んに゛ゃっ!?」


猫の身体がビクッと震える。

同時に、ピエロになっているあたしの身体も震える。

いやだ、猫になんて、なりたく……。




────────




「…………」


ぼやけていた視界が少しずつ明るくなっていく。

しかし、その光景はさっきまであたしが見ていたものとは一変していた。

店の中が、グレーに近い青と黄色だけで構成されているように見える。

さっきまでは色とりどりの雑貨が並んでいてもっとカラフルに見えていたはずなのに、特定の色、特に赤が全く見えない。

赤いものがいきなり全て消えてしまったのかというと、そんなことはない。

現に赤い鼻だったピエロの人形はまだあたしの目の前にある。

もっとも、その鼻の色はグレーっぽい黄色にしか見えないけれど。


(なに……これ……)


思わずあたしはそう言葉を漏らした。

けれど、あたしの喉から出た音は全く違った。


「んなーお……」


人間のものとは思えない動物の鳴き声。

それが、あたしから発せられていた。

なに、今の?

あたしが言ったの?

あたしは喉を手で触ろうとして、更に大きな違和感に襲われた。

黒い毛むくじゃらの、なにも掴めなさそうな小さな手。

手だけじゃない。

あたしの全身は黒い毛に覆われていた。


「んなーお!? んにゃーお!」


そんな、まさか。

とにかく声を上げようとしても出てくるのはか弱く媚びるような鳴き声ばかり。

もう、間違いない。

あたしは、あの黒猫になっていた。


「んあ……」


なんでこんなことに……。

あたしはわずかばかりの可能性に縋ってピエロ人形に触ってみた。

けれど、身体が入れ替わるようなことはない。

どうやら一度触った身体ではもう入れ替わりは起きないらしい。

それじゃあこれからあたしはずっと猫ってこと?

そんな……。


「ちょっと、猫ちゃん入り込んじゃったの?」


すると、あたしの方を見ながら店員が近づいてきていた。

咄嗟にまずいと思ったあたしは棚から飛び降り、そのまま店の外へと駆け出した。

四本の足を活かして素早く逃げ去りながら、人間らしからぬ動きをしてしまう自分に軽く落胆した。

あたし、本当に人間じゃなくなっちゃった……。




────────




「んにゃーお……」


木陰に身を横たえながら、あたしは今後どうするかを考えていた。

今のあたしに首輪などは付いていないので、恐らく野良猫なのだろう。

餌を与えてくれる人間がいないのなら自分でなんとかしなければいけないのだが、餌なんてどうやって探せばいいのだろう。

数日前にあたしの身体を盗んだ奴のように身体をの記憶を見ればこの野良猫として生きるのに不便はないのかもしれないけれど、なんだかそんなことをしたら本当に自分が猫そのものになってしまいそうで恐ろしく、とてもできなかった。

するとそのとき、突然近くの草むらがガサッと揺れる音がした。


「……!」


素早く身体を起こして警戒体勢に入る。

こんな小さな身体では身を守るのも一苦労だ。

人間の身体なら取るに足らないような存在でも、猫からすれば恐ろしい外敵になり得る。

音のした方から、草をかき分けてなにかが近づいてくる。

あたしはいつでも逃げ出せるように身体に力を込めながら慎重に様子を伺う。

すると、草むらの中から姿を現したのは。


「んにゃぁぉ」


あたしよりも小さな一匹の白い猫だった。

自分よりも弱そうな生き物で、あたしはほっと息を吐いた。

白猫はあたしの方に少しずつ近寄ってくる。

なんだろう、この黒猫と仲間だったりするのだろうか。


「んにゃぁお、んなぁぉ……」


やけに媚びたような声を上げながら白猫がこちらに擦り寄り、身体をあたしに擦り付けてきた。

まるで甘えるみたいにあたしベッタリとくっついてきて、尻尾がそり返るように揺れている。

おかしな雰囲気の中、あたしは白猫の匂いが妙に心地いいことに気づいた。

なんだろうこの匂い、もっと嗅ぎたい……。


「んな〜ぉ……」


あたしは自分からも白猫に身体を寄せ、その匂いを嗅いだ。

するとその瞬間、急に猛烈な尿意が込み上げてきて、あたしは我慢できずに漏らしてしまった。

ぷしゃあっ、という霧状のおしっこが白猫にかかってしまう。

な、なにこれ、なんで急に我慢できなくなって……。


「んなぁぉ、んにゃあぁぉ……」


白猫は更に媚びたような声を上げると、頭を地面につけながら、こちらに向けてお尻を突き出してきた。

そこまで見てようやくあたしは気づいた。

この白猫、発情期だ。

つまり、この姿勢はあたしに交尾を求めているということ。

待って、そんなことをされてもあたしは……。

と、そこであたしは自分の股間でなにかがピクピクと震えているのを感じた。

今目の前にいるメス猫に向かって突き出したいという本能的な欲求を。

自分の中の感覚に戸惑う。

なんで、こんなにこの白いメス猫が気になるの?

もしかして、あたしってオス猫なの?


「んなぁ……」


メスに自分の子種を撒き散らすのはオスの本能。

人間の女として生きていたときはあんなに嫌悪していたそんなオスの特徴が、今のあたしの中にある。

やだ、こんなの……。

そう思いながらも、あたしは白猫の身体に一歩歩み寄っていた。

ダメ、あたしは人間の女なんだから……。

そんな理性による制止は、本能による推進力の前にちっぽけなものだった。

挿れたい挿れたい挿れたい挿れたい。

射精したい射精したい射精したい射精したい。


「んにゃぁ……」

「んなぁぉ、んにゃあぉ……」


媚びた声を上げ続ける白猫にあたしはマウンティングして覆い被さる。

我慢なんてできないとばかり下半身がカクカクと震えている。

早く、早くやりたい。

このメスに、あたしの精子出したい!


「んにゃ、んなあーぉ!」


あたしは思い切り自分のペニスをメスの膣に突き刺した。


「んにゃぁおっ!」


刺激に反応して声を上げるメスの嬌声があたしを更に掻き立てる。

いい、すごくいい!

あたしは素早くカクカクと腰を動かした。

そして、わずか数秒でそのときは訪れた。


「んにゃ、んにゃあぁッ!」


ビュッ、とペニスから液体が飛び出す。

射精だ。

気持ちいい。

あたしはこのメスに種付けできたんだ。

そんな快感と達成感に震えた瞬間、あたしの中からなにかが吹き飛んだ。


「んに゛ゃッ!?」


へんなかんじ、する。

まあ、いいか。

そんなことより、しゃせー、きもちよかった。

このメス、きにいった。

あたしのこども、うませたい。

……あたし?

あたしってなに?

ことばのいみがわからない。

ことば?

ことばって……。

な、に……?

……っ……。

…………、……?

……。


「んにゃーぉ……?」

「んなぁぉっ!」


……!

……、……!


「んなーお」

「んにゃぁぉ……」


…………。

……。

Comments

枝豆

面白かったです 人の中に猫が入ったらどうなるのか まだまだ続きが気になります…