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ロッカールームの蛍光灯は慈悲がない。

無機質に降り注ぐ白い光が、三十路を迎えたわたしの、ありのままのコンディションを残酷に照らし出している。

トップレスに、ハイレグ。

鏡の中にいるのは、女の記号をすべて剥き出しにした女だ。

頭には赤いウサ耳。

首には純白のカフスと真っ赤な蝶ネクタイ。

首から上だけを見れば、格式あるバーテンダーのようにフォーマルだ。

けれど、その下の肢体を覆うものは、鼠蹊部に深々と食い込む真紅のハイレグTバックだけ。

胸を隠す布は一枚もない。

鋭利なV字のラインが、柔らかい肉を無理やり吊り上げている。

それはわたしの大事なところを守るどころか、

「ここが女の恥ずかしい部分ですよ」と、

ご丁寧に強調する額縁のようだった。


「……なにやってんだろ、わたし」


かつて「くびれクイーン」などとおだてられ、グラビアの片隅を飾ったプロポーションも、だいぶ様変わりしてしまった。

若い頃のような、弾けるようなハリはない。

けれどその分、今のわたしの身体は、指が沈み込むような質量と、熟した果実のような柔らかさを帯びている。

何も覆われていない乳房は、たっぷりと重力を孕んで揺れ、見ようによっては若い頃より遥かに卑猥だ。

そんな無防備な姿を直視していると、脳裏にフラッシュバックがよぎる。


二十二歳の夏。

マネージャーと先輩に乗せられて出演した、たった一度きりのAV撮影。

若気の至り――そう呼ぶには、あまりに傷跡が深すぎる。

渋谷や新宿の雑踏。

服を着たまともな人たちが行き交う大通りの中、マジックミラーに覆われたトラックの中で交わった、安っぽい企画モノ。

鏡一枚を隔てた向こう側には日常があるのに、こっち側で全裸のわたしは恥部を晒け出し、獣のように大声で喘いでいた。

後日、編集された映像を観た時の衝撃は忘れられない。

これが、この理性の飛んだ痴女が、わたし?


記憶が蘇ると、脳髄が沸騰しそうなほどの羞恥に襲われる。

けれど――。

あのとき自分に向けられていたスタッフやカメラマンの目、そして見えないはずの「大衆の視線」を想像すると、身体は正直に反応した。

ハイレグの下。

大事なところを覆うクロッチが、ぬるりと湿り気を帯びていくのを感じた。


(やめて。仕事前なのに)


パチン、と両手で頬を叩く。胸が揺れる感覚すら、今は仕事のスイッチだ。

待っているお客様がいる。

この店で、わたしは「裏バニー」としてお客様を出迎えるのだ。
究極の羞恥をお客様に提供するプロとして、”現場”に向かわなければ。


それでも、わたしだけの秘密、お客さんにも知られない小さな欲望が、股の間を熱く焦がしている。

わたしはその熱をふーっと細く吐き出し、ホールへと続く重たい防音扉を開けた。



ご指名は、近所のIT企業に勤める営業さん。

たぶん、わたしより少し若い。

無難なスーツに、無難な話題。

わたしは相槌を打ちながら、そっとハイレグのふちに指をかけ、さりげなく食い込みを直した。

白い鼠径部に、くっきりとした赤い跡が覗く。

瞬間、彼の視線がそこに吸い寄せられるのがわかった。


(その目……)


知ってる。

あなたがこれを好きなのは。


そして似ている。

脳裏に再生される、あの夏の記憶。

全裸のわたしが男優さんとセックスするのを見ていたマネージャー――当時の元カレ。

あいつと同じ目をしている。

その目に視姦されながら、わたしはマジックミラー越しの大勢の人たちの前で、大声で喘いでいた。


いまでもわたしの身を焦がす、どうしようもなく恥ずかしくて、甘い記憶。

それを思い出しながら、カウンターの下で脚をきつく絡める。

太ももの内側で、ハイレグのステッチが、一番弱い場所に深々と食い込む。

その刺激に下腹部がきゅーっと締め付けられ、股の間の熱が跳ね上がる。


(あ…くる…)

気づかれないように、こっそり……。


――ッ!?


ふと、視線に違和感を覚えた。

彼がグラスを口元で止め、ぼんやりとわたしの”唇”を見ている。

カラン、と彼のグラスの氷が鳴り、目が合った。

彼はハッと、バツが悪そうにふいと視線を逸らした。


(え、うそ…バレた?)


『お前、イくとき唇噛むよな』


脳内で、元カレの嘲笑がリフレインする。

いまわたし、たしかに唇をかみしめてた。

この人も気づいたんだ。わたしの癖に。

営業スマイルの皮一枚下で、私が発情していることに。

全身の毛穴が粟立つ。

むき出しの素肌だけじゃない。

中身まで、全部見透かされてる。

けど、もう、間に合わない。

恥ずかしさと悔しさが余計な燃料となり、中の肉がキュンと収縮した。

 

「……ッ、ん……!」


わたしはカウンターの端を掴み、さらにきつく唇を噛みしめた。

逸らされたはずの彼の視線を感じながら、太ももの筋肉をギュッと収縮させる。

足の指先が縮こまり、視界が白く弾けた。

――店内の喧騒が、一瞬だけ遠のく。

わたしは客の目の前で、公然の秘密として、果てた。


「……ん? ミオリさん?」

「あ、ごめん、ごめんね……」


わたしはゆっくりと息を吐き出し、強引に微笑んだ。

背中にはじっとりと汗が滲んでいるが、店内は暗い。

彼以外は誰も気づいていない…はず。


「そろそろ時間だね。行くよ」


彼は何事もなかったように会計を済ませ、席を立った。

帰り際、わたしにどこまでも無害で人好きのする笑顔を向けてくる。


「遅くまで大変だけど、頑張ってね」


その定型文のような労りの言葉で、わたしの中に残っていた微熱は急速に冷めていった。

「…あれ?」

店を出ていく彼の背中を見送りながら、冷静になった頭で状況を反芻する。

あの、まっすぐで曇りのない目。

気まずさなんて一切ない。

わたしが唇を噛もうが、太ももを擦り合わせようが、彼はいつも通り「感じのいい常連さん」であり続けた。


「なーんだ」


彼、気づいてないじゃん。  

わたしがこっそりイったこと、あなたをオカズにしてたこと。

彼はただの、善良で、少し気の弱い、ふつうの「お客様」だった。


「しかも……全然似てない。あのクズ男になんて」


はーあ、と小さな声で吐き捨てると、さっさと仕事に戻り、手元の伝票を整理する。

勝手に誘って、勝手に重ねて、勝手にイって。

……で、勝手に冷めた。

全部、わたしの一人相撲だ。


「……なにやってんだ、わたし」


わたしはカウンターの鏡越しに、乱れた口紅を直す。

鏡の中の自分に、若くてバカだった自分の姿が重なった。



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