現実世界放浪記【玖】 (Pixiv Fanbox)
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ラッシャイ。俺は鯰田。げんこつ山のたぬきだ。俺は毎日、いつ終わるとも知れんヒトモドキとして怠惰に生き、その道に恥を塗りたくり続けているが、誰にもその無様を嗤わせるつもりはない。だが今日はフォロワーであるお前へ特別に、その恥のひとつを話してやることにした。
ずいぶん昔の話だ。
俺は貧困の日々を脱する労働の権利を得た。それは学校の卒業という義務からの脱却である。氷河期と呼ばれた時期の悪いタイミングだったが選ばなければ仕事はある。
とにかく働ける場を探し、県外へと一人旅立つことになった。
俺が就いたのは小さい工場だ。社宅付きで昼には社食がある。昼夜問わず仕事があり、一日空けるだけで夜勤へ回ることもあった。しかし食いっぱぐれないというだけで魅力だった。
当時は部屋に小さな机、そしてPC。薄い布団だけのある部屋でほとんど金のかからない生活を続けていた。
そのPCでやる事と言えばネトゲ。ガキの頃できなかったゲームにのめり込み、色んな人と出会うことになる。その間の話が2つある。これと
これだ。
暇なら読んでみろ。
職場とネットの大人たちに育てられた俺は仮初ではあるが多少の社交性を身に着けた。働いて人と出会い、目標をつくってそれに向けて働いた。
しかし生物はどうしても環境に適応し、慣れるものだ。気づけば衣食住に困ることもなくなり、愚かにも刺激を求めることになる………
俺は一人で風俗へ行った。
夜にも関わらず煌々と輝く光が道を照らす。古いビルが並び、大人たちが行き交う。このアングラな雰囲気が好きだった。自分が特別な場所にいるかのような錯覚がある。
その日俺が向かった店には、ある噂があった。
「花びら回転」
名前だけ聞けば何のことだかわからん。
俺も最初は寿司か何かだと思った。
実際にはそういうサービスの俗称らしい。
一人の相手ではなく、時間やタイミングで別のキャストへ交代する。
たったそれだけの話なのに、当時の俺は妙に興味を惹かれた。
人間という生き物は、「珍しい」というだけで財布を開く。俺も例外ではない。
当時は若く、ヤれるという謎の自信と性欲があった。
一体どこからその自信が沸いていたのか。下腹部か。
勢いに任せて店に入る。
暗い。正面に受付。だがただの受付ではない。
赤い布が掛けられ、縁には金色の飾りまで付いている。
いや、こんなものを掛けたところで高級ホテルにはならん。
だが照明が暗いせいか、不思議とそれっぽく見えてしまう。
人間の目は案外チョロい。
「初めてですか?」
受付の店員から声をかけられる。
初であることを伝えると、軽くシステムの説明を受ける。
時間。料金。そして最後に、当然のように告げられる。
「時間で交代になりますので」
あまりにも自然な口調だった。
店側からすれば毎日何十回と繰り返す業務の一つなのだろう。
コンビニで箸を付けるか聞くくらいの温度感で説明され、拍子抜けだ。
「こちらを待合室で記入して、箱に入れてください。準備ができましたらお呼びします」
料金を払い、カウンセリングシート(画像はイメージ。これはジョークで作ったヤツ)を渡され、受付の隣にある部屋へ案内される。
待合室には先客がひとり。黒いソファが2つとテーブルがあり、その上には爪切り。部屋の隅には小さなウォーターサーバー。隣にあるマガジンラックには古い雑誌がいくつか。
そしてわかりやすくデカい文字で「カウンセリングシートはここに入れてください」と書かれた張り紙が貼られており、その下には箱が壁に埋め込まれていて、受付に直通する形になっているようだ。客が直接接触しないよう配慮しているのだろう。
待合室で他の客と一緒になっても、基本的に客同士で目を合わせることはない。だがこの空間には妙な緊張感だけが十分すぎるほどあった。
互いにスマホを眺め、雑誌をめくり、水を飲む。誰も口を開かない。
待合室で他の客と一緒になること自体は珍しくない。
どこの店でも、こういう空気は大体同じだ。
誰も余計なことは喋らない。目が合っても軽く逸らす。
ここでは客同士が知り合いになる理由など一つもない。
戦場へ向かう兵士の待機所も、案外こんな空気なのかもしれん。
しばらくすると、受付から番号が呼ばれた。
先客が立ち上がり、無言で部屋を出ていく。入れ替わるように別の客が入ってくる。この店は思っていた以上に回転が早い。
「XX番のお客様どうぞ」
今度は俺の番だった。案内された部屋へ向かう。
廊下の左右にはいくつもの扉が並び、時折どこかの部屋から微かに声やシャワーの音が漏れてくる。外の喧騒は聞こえず、やたらと生活音が近い。
何度か風俗へ通えば、独特の消毒液の匂いも、薄暗い照明も、妙に静かな廊下も「そういうもの」として受け入れてしまう。人間とは恐ろしいもので、慣れてしまうのだ。
部屋に入る。ベッドが一つ。鏡。ティッシュ。消毒液。必要なものだけが並ぶ、ごく普通の部屋だった。"花びら回転"なんて大層な名前だから何か特別な設備でもあるのかと思ったが、そんなものは無い。特別なのは部屋ではなく、人らしい。
しばらく待っていると、軽くノックが二回。
「失礼しまーす!」
入ってきたのは、俺より少し年上に見える女性だった。
派手でもなければ、いかにも夜職という雰囲気でもない。街ですれ違っても気にも留めないような、ごく普通のお姉さん。ただ、一つだけ違った。やたら元気だった。
軽く挨拶を交わし、他愛もない話が始まる。
どこから来たのか。
仕事は何をしているのか。
今日は休みなのか。
そんなありふれた会話だった。
風俗なんてもっと事務的なものだと思っていた。だが、その認識は数分で覆される。会話の間の取り方。こちらが返しやすい話題の選び方。自然に緊張を解いてくる距離感。何気ない一つ一つが妙に上手い。
「プロってこういうことか」
当時の俺は、この言葉の意味をまだ半分も理解していなかった。
何もかもが自然すぎる。こちらが考えるより先に空気を作られてしまう。
俺はいつの間にか相手の舞台へ引き込まれていた。
そして、そのまま時間は驚くほど早く過ぎる。
「うわ~お兄さんすごい勢いだったね!天井までいったんじゃない?」
実際どこまで飛んだのかは知らないが元気があったのは確かである。
ハハハ、と恥ずかし気に笑って返す。
「まだ時間あるし、若いからもう1回いってみよ!」
そんなオプションは説明を受けていない。
気づけば完全に乗せられていた。
強引ではない。ただ、逃がしてくれなかった。
想定していた以上に疲労感も満足感もある。
もうこれでいい。
すべてが馬鹿馬鹿しい。
山の自然と動物たちを守りたい………。
「じゃ、交代になります!すごい元気で楽しめたよ。また遊びに来てね」
相手のペースに呑まれて忘れていた。
そうだ。
まだ半分ある。
ようやく"花びら回転"の本番だというのに、俺はもうすっかり賢者だった。
二人目が入ってきた瞬間、「申し訳ない」が先に立った。
俺の"俺"はもう立たない。
二人目は終始、優しかった。
俺がもう戦力外だと悟ると、無理に盛り上げようともせず、軽いマッサージや世間話をしながら時間を潰してくれた。
俺はレアな体験をしに来た客だったはずなのに、気づけば一人の女性に"接客の方向転換"をさせるという前代未聞の実績だけを解除して帰ることになった。
店を出る。ネオンは相変わらず街を照らしていた。
脚は軽い。
財布も軽い。
頭は重い。
この店、完全に配役を間違えている。
一人目と二人目を逆にするだけで、客の満足度は増すはずだ。
俺は今でも、本気でそう思っている。
なお現在、残念ながら再現実験には至っていない。
さて、今回はここまでだ。
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