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「ぐぁあ……ッ!?」

 ……蠢き、脈動し続ける肉壁に形作られた迷宮の中に、低いうめき声が響いた。

 生物のはらわたのように収縮を繰り返す天井から、粘液を纏って産み落とされた肉塊は、疲弊しきったレオの背に降りかかり、その体を粘液の滲む柔らかな地面へと横たわらせる。

 汗、そして肉癖に滲む粘液とで濡れた体を包み込むように、黒い腐肉の塊が弾けるように広がってゆく。深々と地面に刺さった剣は、そのまま何処とも知れぬ肉壁の奥底へと飲み込まれてゆき、レオはついにその武器さえも奪われ、捕食者の胃袋も同然の迷宮の中で丸腰の体を晒していた。

「くっ、おの、れ……!」

 地に伏した体を縫い止めるように、背を覆い尽くす腐肉が床へと伸びて肉壁と癒着すると同時に、横たえた体が肉壁の中へと半ば沈み込んでいた。屈強な肉体に滴る汗を舐るように吸い取りながら、腐肉は焦燥の色を浮かべる獅子の貌へとにじり寄ってゆく。

 蠢く巨大なアメーバが獲物を包み込んでゆくように、腐肉の塊は獅子の鬣を、丸みを帯びた耳を、シワの刻まれた眉間を、縦に割れた金色の瞳を讃えた眼孔を、悪臭漂うどろりとした肉塊が包み込もうとしていた。

「――ッ、んン゛ッ、っ、……ッ!」

 レオの肉体が強張り、はちきれそうなほどに隆起した筋肉が痙攣する。きつく歯を食いしばり、口内へと侵入を果たそうとするそれを拒もうとするが、もはや蠢く腐肉は獅子の顔のほとんどを包み込んでいた。

 両腕は肉壁の中に捕らえられ、唯一の抵抗とばかりに激しく首を振るうが、深いシワの刻まれた鼻面は着々と腐肉に包み込まれ、ついにはヒクヒクと震える鼻先までもが、すっぽりと黒い肉塊によって覆い尽くされる。

「――っ! ッ、――ッ!?」

 レオの屈強な体が大きく震える。生暖かな肉の感触が顔の表面をうぞうぞと這い回り、獣毛の一本一本にまで浸透してゆく。そして、口とは違い閉じることの出来ぬ穴の中へと、ぬちゅりぬちゅりと不快な音を立てながら侵入しはじめていた。

 丸みを帯びた獣の耳の中へと、濡れそぼった鼻の穴の奥へと、……毛穴の一つ一つにまで。

「――ッ、ふっ、――ッッ!?」

 頭の奥へと不定形の肉塊が侵入してくる不快な音が響くと同時に、腐肉と触れ合う体の表面が熱を帯びる。背筋に、首筋に、じわりじわりと何かが浸透してゆくのが感じられた。

 蕩けた肉の塊に撫でられた歯茎が感覚を失ったかと思えば、あれ程に食いしばっていたはずの牙の間をすり抜けて、舌の上に悪臭漂う腐肉の味が広がる。

 根を張るように口内の粘膜へと肉塊が一体化していき、痛みも無いままに肉食獣の牙が抜け落ちてゆく。顔を覆う肉の塊から白い牙が排泄物のようにひり出されて、ぽとぽとと音を立てて床へと落ちる。

 せき止めるものすらもない獅子の大顎の中へと、蕩けた腐肉が流れ込んでくる。粘膜を侵食しながら喉奥を通過して、深く深く、体の奥底へと根を張ってゆく。

(な、何が、起こって……!?)

 体を走り抜けてゆく感覚の全てが理解を超えていた。頭蓋骨の内側を腐肉が這い回り、思考がバラバラに切り刻まれてゆく。体の芯に根が張られてゆく。

 ケタケタと、耳の奥で誰かが笑うのが聞こえた。くちゅり、ぬちゅり、と脳髄を舌先で愛撫されている。卑猥な音と感触が頭に刻みつけられて止まらず、思考を阻害していた。

 ……顔が熱い。溶けてしまいそうだ。頭部を覆う肉塊の内側から、ごちゅり、ぬちゅり、と激しい音が響いて、そのたびにレオの肉体が壊れたように激しい痙攣を繰り返し、腰布に覆われた股ぐらからはじわあっと黄色い液体が溢れ出す。

(なに、が――)

 体の感覚が消失してゆく。熱さえも引いて、寒さすらもなく、全てが無に帰してゆく。

 何も見えない。何も聞こえない。あれほど不快に感じた生温い肉塊の感触すらも消失していた。五感の全てが失われ、暗闇の中をどこまでも落ちてゆくような感覚だけが残る。

(あ、あ……)

 そしてそれを感じる思考すら、失われようとしていた。焦りも、恐怖も、淡雪のように溶けていく。人格を構成する記憶も、感情も、暗闇の中に解けていって、己の名すらも思い出せない。

(……)

 今やレオの頭部を覆う肉塊に、獅子の頭部の形など残っていない。脱力しきった肉体の上に、丸い腐肉の塊が乗るのみだった。

 脳細胞の一欠片までもがバラバラに切り離されて、腐肉の中に拡散して、そして――。

(あたた、かい……)

 レオが最初に感じたのは、それだった。

 眼の前すらも見えない暗闇の中で、身動きすら取れないまま、しかし奇妙な心地よさがあった。

 全身を包み込む柔らかく温かい肉壁が、ゆっくりと蠢いている。とくん、とくん、と力強い心臓の音が遠く伝わってきて、眠ってしまいそうなほどに心が安らぐのを感じた。

 ぬちゅ、ぐちゅ、と蠢く肉壁が同じ間隔で体を締め付け、そのたびに少しずつ体が前進してゆく。

 それは、肉塊の中に蕩け果てた末に、新たな形を与えられたレオが、再び産まれ落ちるための産道だった。

 かつてとは変わり果てた自らの体に疑問を抱くことも出来ず、湧き上がる多幸感に酔いしれながら押し出されてゆく。

「――っ」

 頭部を肉塊に取って代われ、脱力しきったまま横たわっていた屈強な体が小さく震える。ぎこちない動きで床に腕を突き、うつ伏せのまま大きく股を広げて、ヒクヒクといやらしく収縮を繰り返す肛門を外気に晒す

 ――ぬちゃぁ

 小さく水音が響いた。肛門がゆっくりと開いて、ぶぴゅっと下品に音を鳴らしながら、筒状の肉塊がそこからまろび出る。

 脱腸した直腸を思わせる温かな粘膜の塊。その先端には、今しがたそれを産み落とした肉体の、かつての頭部である獅子の顔が再現されていた。

(あれ、は……)

 肉床の上に産み落とされたそれは、体を動かすことも出来ぬままに、奪い取られた体を見上げる。

 見上げるほどの大きさの巨人。今のレオには、かつて自らのものだった肉体が、そう見えていた。

 頭部に座し、全身へと根を張る肉塊が蠢いている。その中央に巨大な瞳が形作られ、三日月の如く釣り上がった口が構成されて、ギザギザと牙が並んでいた。

 奪い取った肉体の調子を確かめるように、緩慢な動作で体を起こすのが見えた。全身に伸びた根が体に馴染むほどに、日に焼けた健康的な肌の色が、暗い色に染まってゆく。胸元に、臍の下に、そして血管が浮き上がるほどに勃起した肉棒の下に垂れ下がる二つの玉の上に、頭部にあるものと同じ眼球が浮かび上がって、こちらを見下ろしていた。

 ぎこちない震えも収まり、滑らかな動きを取り戻した腕が、もはや自力での移動すらも敵わぬ肉筒へと生まれ変わったレオへと伸ばされる。

(なんだ、これ、は……ッ)

 太く逞しい指で体を鷲掴みにされる甘美な刺激が、生まれ落ちたばかりの体に刻まれる。声帯を持たぬ体は、無数の肉の粒が蠢く肉筒の内側を震わせ、快楽に身悶えする。

 産道の中で感じたのと同じ脈動が、手のひらから伝わってきて全身に駆け巡っていた。そのたびに、筒状の肉体の内側が切なく疼いて、熟れた肛門のように色付いた穴がヒクヒク震え、透明の粘液を滴らせていた。

(いったい、なに、が――)

 ゆっくりと体を持ち上げられる。肉塊の中央に開いた大きな瞳がこちらを見つめていた。邪悪な意思を滲ませる瞳に、変わり果てた自らの姿が、映り込んでいた。

(――――ッ)

 獅子の顔を刻まれた、柔らかな肉の筒。自らの意思で動くことすらも出来ない、惨めな成れの果てがそこにいた。

 肛門からひり出された、レオという存在の絞りカス。奪い取った体の不要な部分という意味では、それこそ排泄物と何も変わらない存在だった。

『――ッ、――ッ』

 ギザギザと牙の並んだ巨大な口から、身の毛もよだつ不気味な笑いが溢れ出す。

 手のひらの上で小さく震えるのみのレオを見つめ、奪い取ったばかりの体を震わせて嘲笑していた。

 ただ消化されて終わるのではなく、この滑稽な姿で尻の穴から産み落とされた理由が、ケタケタと響く笑いに滲み出ていた。

(あァ……ッ)

 肉筒と化した体が、再び手の内へと握り込まれる。男性器を擦り上げられたような快感が全身を走って、体の内側が疼いてたまらない。否定しようもない心地良さが湧き上がって、憤りも、悔しさも、胸の内から追い出されてしまいそうだった。

 頭部の肉塊が、再びボコボコと隆起して蠢くのが見える。惨めなオナホールを写す瞳も、笑い続ける口も崩れて消え、代わりにかつてそこにあったのと同じ、獅子の顔が形作られはじめていた。

 灰色のタテガミが生え揃う。黒い毛皮が顔を包む。鼻面に横一線の古傷が浮かび上がる。色味こそ違えど、それはレオの姿形までをも奪い取っていった。

 それは、手のひらに握るレオへと向けて、その顔の本来の持ち主であれば決して浮かべることなど無かろう下卑た笑みを向けながら、握り込んだレオを自らの股ぐらへと持っていく。

 顔の刻みつけられた方とは反対側、粘液の滴る熟れた肛門を思わせる穴に、はちきれんばかりに勃起した肉棒をあてがい、僅かに力を込める。

(――ッッ!)

 それだけで、自らの体がなんのために存在しているのか、レオに分からせるには十分であった。

 『入り口』に感じる男根の熱が愛おしくてたまらない。早くそれを突き挿れて欲しい。この体全体で雄を感じさせて欲しい。抗いようもない衝動が湧き上がって、それなのに声を上げることも身動きすることも出来ない。

 体にかかる力が強まってゆく。より強く、よりはっきりと雄の存在が伝わってきて、言いようのない多幸感が胸に広がる。

(よせ……!)

 この体のどこにあるかも分からない脳髄が、歓喜に打ち震えている。

 ぬちゅり、と音を立てて穴が広がっていく。内側に広がる肉の粒の一つ一つが亀頭と擦れ合っているのが、余すところなく伝わってくる。

(やめてくれ……ッ!)

 肉棒がより深く入ってくるほどに、伝わってくる快楽の量が際限なく増えてゆく。ぶよぶよの肉の塊のようだった体は、肉棒をすっぽりと包み込みながら、その雄々しい形に変形していた。

(――ッ、――ッ)

 押し寄せてくる。元の体で味わえば、それこそ心臓が止まってしまうかと思うほどの、途方もない快感が押し寄せてくる。

 思考がズタズタに引き裂かれる。肉塊に頭を包み込まれ、その中に蕩けて消えてゆくあの瞬間のように、何も考えることが出来ない。

――ばちゅん、ばちゅん

 あの逞しい手で力強く握りしめられ、体を前後に動かされる。入り口から頭の奥まで、体の全部が男根で満たされて、体を構成するすべての細胞で雄を感じ取って、その圧倒的な充足感が心を蝕んでゆく。

(あっひっ、ぎ、ひぃっ、あぁ……ッ)

 額の裏側に亀頭を擦り付けられるのを感じるたびに、途方もない喜びが込み上げてくる。体の内側を擦り上げられるたび、味わったこともないほど強烈な多幸感に胸が躍る。

 ピストンの一つ一つが、今までに積み上げた人生を否定し、塗りつぶし、忘れさせようとしていた。

 ずちゅん、ばちゅん、と心地良い水音が響いている。そのたびに、鼻がずぴずぴと鳴って、空気が押し出されてゆく。体の中で、肉棒が気持ちよさそうに震えているのが伝わってくる。

 ああ、これほど満たされたことがあったろうか。これほど、幸福だったことがあったろうか。

 ああ、なんて、なんて――。

(あぁあああッッ!)

 ――どびゅるううううっ!

 頭の中で、精液が爆ぜる。ビクビクと痙攣を続ける男根から、濃厚な白濁液が溢れ出して、体が水風船のように膨らんでいく。

 溢れかえる精液が告げている。自分は今日この日のために生まれたのだと。これまでの歩みは全て、今日この日オナホに生まれ変わるための旅路だったのだと。

(ち、が……)

 溢れかえるザーメンが鼻の穴から吹き出す。芳しい精液の香りが鮮明に思い起こされて、どんなに高級な香炉でも敵わぬほどの安らぎを与えてくれる。

 今この瞬間、生まれた意味を全うしているという革新があった。これ以上の幸せなど、望みようがない。

(ちが、う……)

 体が引っ張られる。ずずずっと肉棒を引き抜かれてゆく間隔が切なくてたまらない。自らの半身を失ったような喪失感が心を苛む。

 せめてその肉棒が残してくれた精液だけは逃すまいとしているのか、入り口は肉棒を引き抜かれるやいなや固く閉じて、風船のように膨らんだ体が床の上を転がった。

(こんな、こんな――)

 ツーっと、獅子の顔からひとしずくの涙が伝っていた。こんなにも幸せなのに、人の身では味わえぬ快楽を知ることが出来たというのに。

「……」

 奪い取られたレオの似姿が、今や完全に掌握しきった体を軽やかに立ち上がらせる。床に転がる水風船のことなどはすでに意識の埒外へと消えていた。

 周囲を覆う肉の壁が蠢いている。そのうねりに運ばれて、水風船は歩みだした肉体の前へと転がってゆく。

 涙の代わりに淫らな粘液を溢れさせるレオの視界を、革製のブーツが覆い隠していた。

――パンッ

 小気味良い破裂音が響く。もはや他人のものとなった肉体は、主だった者の成れの果てに一瞥すらせずに、迷宮の奥へと消えていった。

 あとに残るのは、大きく裂けた腹部から精液を飛び散らせる、壊れたオナホールだけ。

 無数の肉粒の並ぶグロテスクな内側を晒しながら、それはなおも小さく痙攣を続けていたが、やがて動きは衰え、動かなくなる。

 壊れた淫具は、肉壁の中に吸い込まれ消えていった。

 

終

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