Home Creators Posts Import Register Favorites Logout

Content


前回

https://moke.fanbox.cc/posts/7697749



「ん……っ」

 牙を失った顎から熱を帯びた吐息をこぼしながら、喉奥で泡立つ白濁液に痰が絡まるような音が鳴る。

 脱力した体を震わせ背を丸くしながら、鼻の穴から漏れ出す精液が床へと滴り落ちる。

 ナサスの瞳は、寝台に寝そべる雄牛の股ぐらからそびえ勃つ、天を突くような剛直へと釘付けとなり、巨体は頼りなく揺れながらそこへと誘引されてゆく。

 ――ごくり。

 柔らかなシーツへと手のひらを突き寝台へと乗り上げながら、ナサスは喉に絡まる白濁液とともに生唾を飲む。

 この逞しい雄の象徴を初めて見たときから、ナサスはその雄々しさに魅了され、こうして受け入れる日を待ち望んでいた。

 その太さと硬さを今一度深く味わうように、たわわに実る玉袋からぬらりと淫靡に光沢する亀頭まで頬ずりしながらなぞりあげる。

「我慢もできねぇってツラのくせに、焦らすじゃねぇか」

 冷やかすような言葉を投げつける雄牛だが、今なお熱くそそり勃つ男根は、ナサスの愛撫に応えるようにびくんと震え、精液が混じり薄く白みを帯びた先走りを溢れさせた。

 長らく味わうことのできずにいたその手応えに、蕩けるような熱に浮かされた丹田をきゅうと締め付けられるような切なさが込み上げる。

 己では触れることのできぬ、猛る雄の杭のみでしか鎮められぬ疼きが、雄膣の最奥で燃え上がっていた。

「この剛直の雄々しさに、魅了されてしまったが故にございます……っ」

 夫と初夜を迎えたときのように胸が高鳴っていた。ナサスは心底からの本音を火照る猫なで声で囁き、雄竿へと胸板を擦り付けるようにしながら、寝台へと乗り上げる。

「どうかその雄々しき玉体に触れる無礼を、お許しくださいまし……」

「……ん」

 身分の及ばぬ相手との閨に召し上げられた者が行うべき、儀礼的な言い回しで確認を取るナサスに、雄牛はもったいぶった振る舞いへの煩わしさを隠しもせず、小さく鼻を鳴らして応えるのみだった。

「感謝いたします……っ」

 ナサスは爪を欠いた指先を、恐る恐るといった手つきで雄牛の胸元へと伸ばす。

 唯人へと堕ちたナサスが失いつつある、力強く強靭な筋肉の弾力が手のひらから伝わってくる心地だった。

 これから自分を犯す相手がどれほどに逞しく優れた雄であるのか、それを肌で感じるほどに、今やナサスの本性と言えるまでに育った雌としての本能が興奮に昂った。

「……っ」

 雄牛の胸板に押し付けた手のひらに体重をかけ、腰を浮かせる。巨大な岩の塊の如く、どれだけの力を加えてもびくともせぬその手応えに、ぞくぞくと背筋が震えるのを感じた。

 痛いほどに膨れてもなお、雄牛の剛直に及ばぬ大きさの己自身のそれや、宙へと無為に吐き出すための精液を作り続ける玉袋で、これから受け入れる剛直の逞しさを味わいながら雄牛へと乗り上げる。

 濡れそぼり、無様に肥大し緩んだ尻の穴を竿に擦り付けながら腰を浮かせてゆく。そうしていると、かつて己の想いさえも歪められ支配されていたときのように、肉欲とも違う期待が胸を震わせるのを感じた。

「嗚呼……」

 赤黒く爛れ巨大なイソギンチャクの如き有り様を晒す尻の穴が、雄竿へと吸い付いては離れ浅く口吸いを繰り返すような音を立てる。

 感嘆の声とともに腰を上げると、押さえ付けられていた剛直がひときわ大きな水音を立てながらぶるんと跳ね上がり、雄膣から滴る潮が童の拳ほどもある亀頭の間に糸を引く。

 腹の奥が、胸の内が、ジャッカルの顔が、長らく味わうことのなかったほどの火照りに苛まれていた。

 この熱い雄の滾りが己へと向けられている。そう考えるだけで、夫の歪んだ嗜好によって植え付けられ、今やかつての面影も残さぬほどにナサスを蝕み咲き誇る雌犬の性が昂っていた。

 柔らかな寝台に膝を沈ませながら、天井を指す剛直を真上から飲み込むべくさらに腰を上げ、ついにナサスはその雄々しさを最も求める場所で感じ取る。

 ――ぬちゅり

 抵抗など、あるはずもなかった。ずっしりと重たく肥大した肛門が無様に震えながらぬるりと亀頭を呑み込んでゆく。

「ぬっ、あぁ……っ♡」

 かつて英雄として、賢者として、人々を導いた低く男らしい声が、見る影もなく雌の悦びに染まりきって喉奥から溢れた。

 今や拳でさえも安々と呑み込むそこが、ぐちゅりと音を立てながら亀頭を包み込み、歓喜に打ち震える腸壁は凶悪なカリ首で擦り上げられる快感に悶え狂う。

「あぁ……っ、なんと、雄々しい……っ♡」

 夫を褒めそやし昂らせるために使ってきた常套句が、此度ばかりは心底からの悦びの声として放たれていた。

 大きさこそはかつて味わった弟のそれと同じほどであったが、夫と同じく獣よりも人に近い形をした魔羅の、丸みを帯びた亀頭に雄膣を割り開かれ蹂躙されゆく心地は、ナサスを苛む浅ましい飢えを満たし、魅了する。

 もっと、もっと深くへと、小刻みに震える腰を下降させながら、己の手でも、夫と腰を密着させようとも届きえぬ場所へと、雄牛の剛直を受け入れてゆく。

 雌のおりもののように酸い芳香を含んだ腸液が、剛直で押し拡げられてぎちぎちと張った腸壁から滲み出し、雄竿へと絡みつくように収縮を続ける肛門から滴り、半ばまでを受け入れた竿へと伝った。

 背筋を駆け昇る快感に悶え、甘く啼きながら、胸を満たす衝動のままに腰を落としてゆくが、しかしナサス自身ですら想定していなかった抵抗にその動きが止まる。

「――お゛ッ♡」

 夫の魔羅では届くことのないS字のくねりへとついに雄牛の亀頭がたどり着き、脇道を通り過ぎたまま袋小路を突き上げる。

 どちゅん。雄膣の奥へと肥えた腕を突き入れられたときと同じ衝撃が、ナサスの身体を揺らした。

「……ああ、そりゃあの爺さんのちんぽじゃここまで届かねぇよなぁ」

「お゛ォっ、あっ、あァ……ッ♡♡」

 甘い震えに苛まれ脱力した足腰をぎこちなく動かすたびに、震え縮み上がった肛門からぷしゅうと潮が噴く。

 弟のそれを受け入れたときは、深く雌を穿つための先細るような形状の先端で小さな横道を射抜かれ、夫の腕を突き入れられたときは指先で横道を探り当てられ、侵入を拒むくねりを正されたが、今回はそれも叶わない。

 雌穴としての役目も忘れてようやく得られた機会を拒もうとする己の身体に、ナサスは憤るように表情を歪めながら、打ち上げられた魚のような無様さで腰を揺することしかできなかった。

「……ったく」

「も、もうじ、わけ……ッ」

 一度は絶頂へと達しそれなりの満足を得た直後というのもあり、ここへ来て行為の流れを止めるナサスへと向けて吐き捨てられた言葉からは、先ほどまでの熱が薄れつつあった。

 それをありありと感じながら、ナサスは火照った身体へと冷水を浴びせられたような寒気と、息を呑むような焦燥に言葉をつまらせる。

 恍惚に蕩け果てていた顔を不安に歪ませながら、力の入らぬ足腰を懸命に揺すり続けるが、ふてぶてしいほどに大きな亀頭へとS字の袋小路を押し付けるばかりで、より深く導くこともできない。

 夫の、腰を屈め背を丸めねば口づけもできぬ矮躯へと奉仕するために仕込まれた閨の技巧しか、ナサスは識らなかった。

「――ッ」

 真上から肉棒を押し潰すように体重をかけるばかりの、奉仕とも言えぬナサスの動きに、腹の内で剛直が硬さを失ってゆく。

 相手が己への興味を失いつつあると、その事実をこれ以上なく雄弁に伝える生理反応を、ナサスは己の最も感じる場所で味わうしかなかった。

「お゛、おまぢを……ッ、か、かならず、まんぞぐ、させ……っ」

 気づけば、あれほどに昂っていた火照りを、ナサス自身すらも失いつつあった。

 雄牛を引き止めるための言葉は、涙と鼻水によって情けなく濁り、泣きじゃくりながら男の袖を引く女々しさに満ちて、寝室に響く。

 ……全てと引き換えに、ナサスは色に狂う快楽だけを残された。それでよかったと、その価値があったと、それほどに幸せなのだと、思い込まねばならなかった。

 己の咎に背を向け逃げ込むためのただ一つのものを否定され、価値などないと思い知らされたとき、ナサスは背にのしかかる業をなんの寄る辺もなく直視することになる。

 眼の前に吊り下げられた餌へと軽率に食い付く浅はかな判断は、いつか精算のときが来ると、堕ち果てた英雄にそれを突きつける事態を招いていた。

「いや、何そんな必死になって……」

 そして、ただ一つの寄る辺を手放すまいと怯え喚くその姿は、事情を知らぬ雄牛には狂気としか映らなかった。

 性の昂ぶりを挟む余地など失われ、剛直はいよいよ硬さを失い、爛れ緩んだ肛門から抜ける。

「……っ」

 落胆と悲痛に震えた吐息が、呻くようになさぬの喉から漏れた。

 ついに夫を満足させることもできぬまま、叱責の言葉すらもなく閨打ち切られた夜に味わった恐怖が脳裏に蘇って、背筋の獣毛が逆立つ。

「い、至らぬ妻の粗相に、どうか、ご容赦を……ッ」

 背を向け歩き去る夫へと跪き口にしたのと同じ言葉を、ナサスは反射的に口走っていた。

 困惑し押し黙る雄牛へと向けて頭を垂れ、謝罪の言葉を繰り返し、返事すらも待たずに目の前の肉棒へと舌を伸ばす。

「んっ、じゅっ、ふ、うぅる……ッ」

「はぁ? いやもう萎えてっから、んなことされても引くし勃たねぇよ」

 どれだけ追い詰められ、焦燥していたとしても、仕込まれた舌遣いは普段と変わらぬ繊細さで萎えきった肉棒へと奉仕できていた。

 それでも、呆れ戸惑うような雄牛の言葉にもはや興奮の色は微塵もなく、懸命な奉仕が実を結ぶ気配はなかった。

「はぁ……」

 まさに、縋り付くかの如く肉棒へとしゃぶりついてくるナサスへと、雄牛はこれみよがしにため息を吐くと、寝台に身を預けたまま諦めるように目を閉じた。

 萎えた肉棒を刺激され続けるこそばゆさに邪魔され、寝入ってしまうこともできぬまま、休むことなく続くぴちゃぴちゃという水音と震える息遣いばかりを聞きながら押し黙る。

「んっ、じゅる、ちゅ……っ」

 ナサスは怯え萎縮した背を震わせながら、手応えなどなにもない奉仕を続ける。背後に迫る業から逃れるための、奉仕とすら呼べぬ独りよがりな行為を、続けるしか無かった。

 雄牛がその居心地の悪さに耐えかね再び口を開くまで、そう時間はかからなかった。

「じゃあほら、アレ頼むわアレ」

「……」

 妙な引き金が作動し、おかしくなってしまった男娼の気を少しでも逸らすための話題を、思いつくままに口にする。

「偉大な超越者様がチビのジジイのカキタレになっちまうまでの話。超越者も屈服させた魔羅だって、ジジイがちっせえちんぽ自慢気に見せつけながら話してたけど、あんときはまあまあアガったしな」

 閨の中で老人が語った卑猥な小話の、あまりに詳細な作り込みを思い返し茶化すように話す雄牛だが、しかし先程まで少しの手応えも返してはくれなかった肉棒がぴくりと震える様がナサスの舌先へと伝わった。

「それは……っ」

 溺れもがく最中に見せられた一欠片の期待。本来であれば、すぐにでもそれに飛びついてしまいたかったが、ナサスは葛藤に眉を顰めながら言い淀む。

 己を破滅へと導いた夫との密会。それは決して忘れられぬほど深くナサスの記憶に刻まれていたが、魔術的な束縛から開放された今ナサスにとって、もはやそれを夫との官能的な馴れ初めとして恍惚と思い返すことはできなかった。

 己が愚かさ故に判断を過ち、おぞましい執着に絡め取られ歪み堕落し、罪を重ねゆく中で味わった快感と苦しみとが諸共にあるのだから。

 しかし、それでも――。

「そうお望みであれば、是非もなく……」

 あの夜の記憶に、怯え、憤り、悔恨と慚愧に悶えながら、狂おしい熱が丹田の奥に燻るのを感じていた。

「……英雄と、賢者と持て囃され思い上がった愚者が、老い痩せこけた匹夫の魔羅に屈する様、いかようにもご嘲笑くだされ」

「お、結構雰囲気出てんな」

 あの夜、その醜悪な本性を露わにして淫らな関係を迫った小男への憤り、そして嫌悪によって冷静さを欠き判断を違えた己への怒り。ナサスの声色に滲むそれを、雄牛は老人に仕込まれた演技と受け取って、茶化すように笑んだ。

 しかし、弟へと下卑た欲望を向けられた憤り、己の味わう屈辱とシュリーマへの脅威を天秤にかけ葛藤、ついに小男と契約を結び、異臭を放つ黒魔羅へと口付け忌まわしい誓いを立てる際の嫌悪、込み上げる吐き気に耐えながら喉奥へと吐き出された精を嚥下する際に感じた屈辱、演技とは思えぬ熱を込めて紡がれる言葉に、雄牛は言葉もなく聞き入るようになっていた。

「……っ」

 雄牛は、英雄たる超越者が下卑た欲望の捌け口となることを受け入れ、屈辱の中で身を差し出す情景の淫靡さに固唾をのみ、その剛直を再び屹立させてゆく。

 その様を目の前で見せつけられながら、奮い勃つ肉棒を突きつけられ誓いを迫られるあの光景が、一層鮮明にナサスの脳裏をよぎる。

 あのときの屈辱と嫌悪が深く想起され、ジャッカルの鼻面に深いシワが刻まれる。あの夜、夫の魔羅へ向けたのと同じ表情で雄牛の剛直を睨みつけながら、ナサスは震える声でつぶやいた。

「ちか、おう……」

 全てを失うに至るまでの最初の過ち、下卑た男へと己の身を差し出す屈辱的な誓いを結んだそのときと、寸分たがわぬ言葉を震える声で紡ぎ、先走りの滴る亀頭へと口をつける。

「……ちゅ」

「――っ」

 雄牛は血走った目で食い入るようにナサスの一挙一動を眺め、火照った鼻息を吹き出す。

 雄牛の見開いた目には、度重なる被虐に晒されかつての精悍さを失ったはずのジャッカル顔が、かつて超越者として座したときと変わらぬ凛々しさを取り戻したかのように映っていた。

「……その先も聞かせろ」

 震えるほどの火照りが、雄牛の声色に滲み出ていた。力強い雄の猛りが、ナサスを求め昂っていた。

「……御意に」

 新月の夜、誰にも悟られず重ねた密会と、その中で味わった恥辱と興奮。逢瀬を重ねるたび、英雄の身体を蝕むように刻まれてゆく快楽の味。

 嫌悪と恥辱の中で日増しに育ってゆく恭順をついに自覚したときの恐怖。

 悶え、歯を食いしばって耐えながら、ついに夫の手によって射精へと達してしまったときの困惑。

 排泄のための器官を丹念に愛撫され続け、尻の穴で快楽を味わう方法を教え込まれる最中、己の内に育ちつつあるおぞましい欲求から目を背ける様を、ナサスは雄牛へと語る。

 徐々に、徐々に、醜悪な男へと向ける嫌悪に別の感情が入り混じっていく様を示すように、汚らわしい小男の姿を語るナサスの声色は、言葉を紡ぐほどに熱と恭順を帯びるようになっていた。

 ……気づけばその下卑た笑みを想うだけで股ぐらが熱り勃ち、耐え難い辱めの中で浴びせられた言葉を噛み締めながら肉棒を扱き上げ、使い込まれた黒魔羅の硬さと熱に焦がれ疼く尻の穴を自ら掻き回し、暇さえあれば淫らな一人遊びに耽り、半神たる超越の肉体を自らの手で貶めるようになっていた。

 己の内が少しずつ塗り替えられ、染め上げれてゆく。そしてその変質は、もはや後戻りできぬほどに深くナサスを侵し、蝕んでいた。

 それでもなお、愚かな超越者は己がすでに敗北し屈服していることもしらぬまま、逢瀬を重ね続ける。

 その末に、ナサスは目を背けていた全てを突きつけられた。

 破滅と堕落に身を委ね快楽を貪る悦びに魅入られた、己の本性を詳らかに曝け出され、醜悪な欲望をナサスへと叩きつける小男に心を奪われ恋慕の情を抱いてしまったことを。

 そしてそれさえもが、封印され名前さえも忘れられたダーキンの慣れ果てが、己の新たな器を手にするために図った罠でしか無かった。

 もはや思考の大半を支配され、正常な判断を行うことさえできぬほどに混乱しながら、歪められた己の想いにさえも抗って超越者たろうとした最後の抵抗までもが、その身に注がれた邪悪な魔力によって捻じ伏せられ、下卑た男の妻たるを強いられる。

「愛しき夫よ……」

 あのとき胸を満たした多幸感を噛みしめるように思い返しながら、ナサスは雄牛の目を覗き込むように身を乗り出し、囁く。

「どうかその雄々しき魔羅を、この妻へと……っ」

 吐息と吐息が混ざり合うほどに顔を寄せながら、ナサスは腰を浮かせ、雄牛の剛直へとまたがる。

 はち切れんばかりに膨らんだ肉棒が、開放の時を求めて切なく震えるのを肥大した尻の穴で味わいながら、雄牛へと懇願する。

「……っ」

 官能的な戯曲から切り抜いたかのようなやりとりに、雄牛は初めて女を抱く青年の如き呆け面を浮かべ、火照る吐息を漏らしながらもごもごと口を動かす。

 ついに下卑た男の妻たるを誓い、身と心の全てを差し出そうとするナサスへと、なにか言葉を放とうとするが、出てくるのは声にもならぬ息遣いばかりだった。

 数秒に渡ってその無為な努力を続けた末に、ついに雄牛は痺れを切らし、太く逞しい腕でナサスの肩を抱く。

「……んっ、んんっ、じゅ……ッ、る……っ」

「はっ、んんっ♡ ん、んんうん……ッ♡♡」

 雄牛の肉厚な舌が、牙失ったナサスの顎へと捩じ込まれ、貪るように口腔を舐られる。

 かつて夫と交わしたねちっこく絡みつくような舌使いとは違う、力強く、荒々しく、燃え上がるような猛りに満ちた粗野とも言える舌使いに、ナサスは身悶えしながら酔い痴れる他なかった。

「……ケツ上げろ。根本までぶち込んで鳴かせてやるよ」

「あ――ッ♡」

 指が食い込むほどに強く尻を鷲掴みにされながら、興奮に満ちた声でそう命じられる。太く硬い首へと腕を回してしがみつくようにして、雄牛の胸板へと身を寄せると、硬い胸襟の内から力強い鼓動が響いてくるのを感じられた。

 ゾクゾクと背筋が震える。全力で抗ったとて逃れぬことなどできぬと、試みるまでもなく分かる膂力で抱かれながら、疼く雌穴へと剛直を押し当てられていた。

「お゛ッ♡」

 ――ずちゅん。

 射抜くような腰使いで、剛直がナサスの肛門を割り開きS字の袋小路を穿つ。

 臓腑を突き上げられるような感覚に悶え、濁った声を上げながら跳ねるナサスの身体を雄牛の腕が強く押さえ付け、逃げることさえも許さなかった。

「あ゛ッ、ひぎっ、い……ッ♡♡」

 最奥の袋小路へぐりぐりと押し付けられる亀頭を視点にして、雄牛が円を描くような腰使いでナサスの内をかき混ぜる。

 ぐぽん、ごぽんと、夫の魔羅を受け入れてるときには聞いたこともない音が、腹の奥から響いた。

 荒々しく粗野な動きが、抵抗を続けるS字のくねりを責め立てたかと思えば、痺れを切らしたかのように力強く突き上げ、丹田を内側から殴りつけられるような衝撃でナサスを身悶えさせる。

「はッ、ぎあっ、いぎ……ッ♡♡」

 荒々しく射抜くようなピストンを受けるたび、痛みとも快楽とこもつかない衝撃が背筋を駆け昇る。

 ナサスは涙と鼻水を撒き散らし、甘く色づいた悲鳴を上げながら雄牛の腕の中で身悶えしながら、雄牛の巨体を強く抱きしめる。

「はっ、結局ちんぽ突っ込まれちまえばこれかよ……っ」

 老人に仕込まれた作り話を、本当に体験したかの如く語る男娼の演技に呑まれ、行為の主導権を明け渡してしまった先程の失態をごまかすように、雄牛はナサスの耳元へとわざとらしくそう吐き捨てた。

「然り……っ」

 返事の言葉を待って腰の動きを止める雄牛へと、ナサスは火照る声で肯定の言葉を囁いた。

 媚びるための言葉ですらもなく、あれほど強烈に刻まれたトラウマと言ってもいい記憶を直視し胸に沸き立った感情までさえ、こうして求められ雄の猛りを向けられる悦びと安堵には及ばないのだと、それを改めて思い知らされたが故の言葉だった。

「か、かたりきかせた、何より……っ、この魔羅こそが、我を……っ」

 ……この一時の快楽のために壊されても構わない。唯人へと堕ちた身体に残された時間の全てを、この恍惚の中で過ごしたかった。

「……っ、随分、男をノせんのうめぇじゃねぇか……っ」

 超越者たる英雄の伝説が破滅するその最中に抱いた思いすら、今このときの興奮には及ばない。

 偽りもなくそう叫ぶナサスの姿に雄牛が息を呑み、丹田を抉る剛直がさらに硬さを増しながら抑えがたい衝動に震えていることが感じられた。

「なら、俺が英雄サマに、とどめをくれてやるよ……ッ!」

「あ゛ッ、あ゛……ッ♡♡」

 雄牛の両手に、痛いほどの力が籠もる。半ばまで呑み込んだ剛直をさらに奥へと押し込もうと、丸太の如き両腕に隆起した筋肉が強張り、獣の膂力でナサスを圧する。

 みち、ぎち、と体組織が悲鳴を上げるような音が腹の内側から響いて、内臓を押し潰されるような感覚に吐き気が込み上げる。

 ただただ力任せに、衝動に任せた暴力で、雄牛の肉棒がナサスを蹂躙しようとしていた。

「お゛ッ、ごわ、れ……ッ♡」

 ――ごぷ、ごりゅ……ッ

 白目を剥いて悲鳴を上げながら、ナサスはより一層に強く雄牛を抱く。魂をもダーキンの魔力に支配されていたときに絶えず感じていた深く甘い想いが、鼓動高鳴る胸を満たしてゆく。

 ああ、全てはこのときのためだった。超越者と至ったことも、その永き命で成し遂げた全てを奪われ、醜い小男を愛するよう強いられたことも、奪われた全ての代わりに押し付けられた愛すら無下に打ち捨てられたことも、今このときの高揚を得るためだったのだ。

 かつて、そう感じそう思えと強いられた考えを再びなぞるように、ナサスは己へと向けられた雄の猛りへと空虚な愛を向けた。

 英雄と呼ばれた男の魂も、愛も、今となってはこの瞬間の快楽のために捧げてしまえるほどに軽い。

 ……奪われ、貪られ、食い荒らされ尽くした心、その寒々しい穴を一時でも満たすために快楽を求める続ける哀れな獣に、もはや見境など無かった。

「オ゛ッ♡♡ ヒッ、いぎっ、ィン……ッ♡♡」

 この腹の奥に感じる硬さと熱がなくては、己の形すら保てない。怒張した肉棒に貫かれることで、崩れかかった心を支えている。

 その在り方はまるで、自らへと向けられる雄の猛りに依存することでしか生きられぬ、哀れな寄生生物のようでさえあった。

――どちゅん

「ッッ~~~~♡♡」

 そう成り果ててしまうことへの、最後の抵抗を示すように剛直を拒み続けていたS字のくねりも、ついにはそれを受け入れるほかなかった。

「はっ、やっと根本まで挿入ったな……っ」

 そそり立つ肉棒の如くのけぞり、背筋を跳ね上げて悶絶するナサスへと、雄牛が勝利を誇るかのような口ぶりで宣言する。

 腰と腰が密着し、ナサスの鈍く光るピアスで飾り立てられた肉棒が、痙攣しながら精液とも先走りともつかぬ薄い白濁液をまき散らす。

 赤黒く爛れた肛門が、雄牛の剛直を根本まで受け入れてもなおだらしなくたるみながらゆるゆると蠢き、滴り続ける潮で雄牛の玉袋を濡らしていた。

 肛門から大腸の半ばまでもが一本道の雄膣として肉の杭に貫かれ、今まで受け入れたどれよりも逞しく力強い雄の形が臓腑に刻まてゆく。

「――ッ、ひゅッ、――ッ♡♡」

 熱り立つ剛直に内蔵を押しやられ、息苦しさに声も出ない。かつての夫からは、丹念に開発され敏感な性感帯として育て上げられた雄膣で肉棒の形を覚え込まされたが、今はこの胴の全てで熱り立つ肉棒を味わっているような心地だった。

「……ッ、ぁ……っ♡」

 もはや己の教えられた夫婦の褥からは逸脱したそのまぐわいに悶え、息を呑みながら、しかしナサスはうっとりと目を細めた。

 浅く早い呼吸を繰り返しながら、まさに杭を穿つように深く己を射抜く剛直の逞しさに心を奪われ、恍惚と笑む。

「なんだ、奥の方は中々イイ具合じゃねぇか……っ」

「オ゛ォォ……っ♡♡!?」

 雄牛が言いながら、探るように浅く腰を揺らす。押しのけられた臓腑が変形し、肉棒の形の空間を胴の内へと刻まれてゆく感覚に、ゾクゾクと背筋が震える。

 これほどまでに深く、はっきりと、己の内に猛る雄を感じた経験など無かった。

「は……っ、あ……っ♡♡」

 雄牛の首を抱く腕に力を込め、逞しく硬い胸板へと自らの胸を擦り付けるようにしながら、ナサスは自ら身体を上下に動かし、深く身を穿つ雄の感触を貪る。

「気が早えな、ちんぽ狂いがよぉ……っ」

「あっ♡ も、もうし、わけ……っ♡」

 突き動かされるような貪欲さで快楽を求めるナサスを抱く腕に力を込めながら、雄牛がゆっくりと腰を浮かせる。

 寝台へと膝をつき、軋む音を立てながら雄牛が立ち上がると、ナサスを穿つ剛直が一層に深く挿し込まれ、ごちゅりと肉壁を擦り上げる水音を響かせる。

「ガッツリ掘り込んでやるなら、やっぱこうだよな」

「……っ♡」

 背に回された両腕、深々と己を貫く剛直、三つの視点で支えられて持ち上げられたまま、寝台へと背中から着地させられる。その柔らかな感触を背で味わうのも、随分と久しぶりだった。

 雄牛の巨大な身体の影の下で、荒く火照った鼻息を吹きかけられながら、その膂力に組み伏せられ蹂躙される悦びに脳髄が痺れる心地だった。

 丸太の如く太い腕に感じる強靭な筋肉の張りと、その内を流れる若い血潮の熱さにうっとりと酔いしれ、切なく鼻を鳴らしながら、ナサスがぎこちなく口を開く。

「……あの醜い小男に全てを捧げ、奪われた挙げ句、飽き打ち捨てられた我は、もはや失意の中に散りゆくのみと想うておりました」

 息苦しさに震え、掠れた声で、ただ与えられた快感への反応として胸を満たすだけの、浅はかな愛情のままに言葉を紡ぐ。

「ですが……っ、あ、貴方様が、おられました……っ♡」

「……っ」

 熱を込めて語り聞かせられた口上の全てが、己へと帰結する。すでにその物語の中に呑み込まれた雄牛にとって、この情事に向ける熱を一層に掻き立てる言葉だった。

 たとえそれが、猛る欲望を向けてくれるというそれだけで心を奪われるまで堕ち果てた英雄が、甘い酩酊の中で口走るだけの、底値で叩き売られるが如き浅ましい求愛の言葉でしかなかったとしても。

「……っ、へーえ、じゃあもうちっと、聞かせてくれよ……っ」

「あ゛っ♡ の、望まれるので、あれば……っ、いくらでも……っ♡」

 雄牛の熱い視線で射抜かれながら、火照った吐息が額をくすぐるほどの距離で囁かれる。

 言われるがまま、ダーキンの魔力に侵され、醜く老いた小男に心酔しながら重ねた所業を、桃色に染まった頭で回想した。

「わ、我は、下卑た男の言いなりに、すべて、すべてを、ささげました……っ♡」

 己の積み上げた業を詳らかにされる恐怖も、あのとき胸を満たしていたはずの強烈な愛慕の想いも、この甘やかな情事のもたらす悦びに満たされた胸に入り込む余地はなかった。

「この手が届く物は何もかも、住む家すら持たぬ小汚い老人が、シュリーマ随一の富豪となるまでっ♡」

 そうしたから、今ここで、柔らかな寝具の上で、この太腕に抱かれ雄々しい剛直に貫かれている。

「訝しむ者、気づきかけた者、我を信じた者、植え付けられた偽りの愛のため、数多を犠牲にしてっ♡」

 何もかもを捨て去り、失ったからこそ、ただこの悦びと多幸感だけで胸を満たすことができる。

「果てに、ただ一人の肉親をも……ッ♡ 兄たる我が粗末な魔羅に屈し、シュリーマを守護せし超越者、その最後の一柱となった弟を、あの小男の欲望を満たすための肉穴として献上し、邪悪なるダーキンの糧としてその命を捧げました……ッ♡」

 快感に酔い痴れ淫蕩に耽る甘い酩酊の中にいれば、己の積み重ねた業の重さに潰されることも、その罪深さに慄く必要はなかった。

 あまつさえ、己の手で引き起こした犠牲を褥を彩る作り話として消費する、その罪深さに感じる背徳感さえも、情交の快楽を引き立てる材料となっていた。

「ハッ、惨めすぎて笑えてくるな……ッ」

 それほどの悪行を為した男が、どうしてこうも甘く媚びた娼婦の声色でそれを語れるだろうか。

 雄牛はナサスの言葉に秘められた業に気づくこともないまま、ただ卑猥で悪趣味な作り事として愉悦し、その表面を彩る色情の熱に猛るばかりだった。

「でもま、良かったじゃねぇ……かッ!」

「オ゛――ッ♡♡」

 どちゅん。

 言葉とともに雄牛が腰を突き上げ、剛直を受け入れるための形に歪められたナサスの胎を深く抉る。

 ナサスはその衝撃にのけぞりながら腰を浮かせ、鈍く光るピアスに塗れた肉棒から吹き上がる薄い白濁液を、剛直の形が歪に浮かぶ自らの腹筋の上にぶちまけた。

「おかげで、こんなぶっといちんぽぶち込んで貰えてんだ……ッ、そんくらいはチャラだろ……ッ」

「あ゛ッ♡ は、い……ッ♡ ちが、い、あり、ませぬ……ッ♡♡」

 熱に浮かされるがままに口走る雄牛の言葉を、ナサスは心底からの実感を伴って肯定する。

 力強い腕に抱かれ猛る剛直で貫かれる悦びは、己の捧げた犠牲に相応しい報酬であると、娼婦の声色で叫ぶ。

 下卑た男の欲望を満たすための犠牲、二柱の超越者の力を余さず奪い取り解き放たれたダーキンに奪われる民の命、そして身と魂の全てを貪り尽くされ物言わぬ躯となった弟。

 剛直の荒々しい一突きを叩きつけられるたび、雷のように背筋を昇る快感に脳髄を震わされるたび、己の招いた犠牲に足るものなど他にはないと実感する。

「あ゛ッ♡ あ゛がッ♡ ひっ、い゛ィ……ッ♡♡」

「ケツ穴めくれあがっても、ちんぽに吸い付いてきやがる……ッ。ちんぽ欲しさに弟まで売っちまうのも、納得のまんこだなこりゃ……っ」

 雄牛が腰を引くのに合わせて、剛直へと絡みついた腸壁がずりゅうと尻から引きずり浅れる。

 己の拳で繰り返し拡げ続けた末に雄牛の太竿で掻き回された肛門は、いよいよその役目を忘れて快楽に蕩け果て、ゆるゆると蠢くことしかできなくなっていた。

 剛直とともに雄膣までをも引きずり出され、臓腑にぽかりと穴が空くような切なさに狂い悶え、次の瞬間には叩きつけるような腰使いで臓腑を突き上げられる衝撃に白目を剥く。

「あ゛っ♡ あ゛ぁ゛~~っ♡♡」

 臓腑にかかる衝撃によって押し出されるように、濁った声が喉の奥から漏れ出る。

 もはやそれが嬌声であるかも分からぬ間の抜けた声を漏らし、白痴の呆け顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでもピアスに塗れた肉棒は硬くそそり立ちながらビクビクと跳ね回り、もはや先走りとみまごうほどに薄くなった白濁液をまき散らす。

「こりゃあ、たっぷり濃い種汁ぶちまけてやねぇと、犠牲になったやつらも甲斐がねぇってもんだ……っ」

 その色に狂い壊れたナサスの姿を食い入るように見下ろし、堪能しながら、雄牛は蔑むように吐き捨て、深く腰を打ち付ける。

 腰と腰がピタリと密着し、雄牛の股ぐらを包む硬く短い獣毛が、爛れ肥大したナサスの肛門を掻き毟る。

 その狂おしいほどのむず痒さに腰を浮かせて痙攣する体の上で、太竿で前立腺を押し潰される感覚にピアスに塗れた肉棒が跳ね回って潮噴く。

「おらッ、弟に言ってみろよ。お前のお陰で兄ちゃん、こんなぶっといちんぽ根本まで突っ込まれて、特濃種汁ぶちまけてもらえるぞって……ッ!」

「オ゛ごっ♡♡ お゛ッ、ひぎ……ッ♡♡」

 もはや、どれだけ懸命に口を動かそうとしても、喉奥から盛れるのは意味をなさぬ濁った悶え声のみだった。

 爆発寸前まで張り詰めた剛直に、臓腑の最も深い場所をごりゅごりゅと抉られる快感に思考が寸断され、雄牛の罵倒も途切れ途切れにしか聞こえない。

 ただ、悦びだけが胸を満たしていた。求めてやまぬ濃厚な雄精をついに注がれる予感に、だらしなく開いた顎が深い笑みを作る。

 ……何も後悔はない。何も間違っていない。これこそが、何にも勝る幸福だった。

「――ッ♡♡」

 ――ごぽっ、どびゅる、びゅるうううう!

 口で受け止めたよりもさらに大量の、若い生命力に満ちた濃厚な精液が、ただ雄を求めるだけの器官へと堕ちた雄膣へと注ぎ込まれてゆく。

 肉棒の形に歪められた大腸の更に奥へ、ぎちぎちと剛直を包み込む腸壁を膨らませながら、緩みきった肛門へ、爆ぜるような勢いで注ぎ込まれる白濁液がナサスの腹の内で迸る。

「オ゛……ッ、ぉ……ッ♡」

 逆流した精液が、ぶしゅうと噴き上がるように肛門から溢れ出し、絹のシーツを汚す。

 精液で満たされた腹が、忌まわしい儀式によってダーキンの器たる子を宿したときのような膨らみを帯びる。

「……っ♡」

 ただただ、幸せだった。最初の過ちを犯したあの夜に戻れたとしても、この瞬間を求めて同じ過ちを犯すだろうと思うほどに。

「ふ、ふう……っ」

 雄牛がぐいぐいと腰を押し付け、緩く溢れ続ける精液の最後の一雫までをも流し込もうとしながら、火照る鼻息を吹き出す。

「……っ、マジでこんな出たの、叔父を口説き落として童貞捨てたとき以来だわ……っ」

 雄牛は我を忘れるほどに猛り情交にのめり込む姿を晒したことへの照れ隠しを冗談めかして囁くと、ぐったりと弛緩するナサスの体をねぎらうように抱えたまま、柔らかな寝台に体を横たえる。

「ぁ……っ♡」

 たくましい腕に抱かれ、その猛りを出し尽くした剛直がゆっくりと柔らかく縮まってゆく様を腹の内に感じながら、ナサスは他者の体温に寄り添いながら訪れるまどろみの心地良さに包まれて、目を閉じた。




☓☓☓




「……っ」

 荒々しい情交によって刻まれた疲労がずしりと身体を重くするのを感じながら、ナサスはまぶたを開く。

 大男が四人は肩を並べられるだろう大きさの広い寝台の上で、太腕を枕に横たわるナサスの隣で、『夫』が心地良さげにいびきを立てている。

 ナサスは、己を求めその欲望をぶつけてくれる新たな夫たる雄牛の勇ましい横顔に頬をほころばせ、夫の体温を感じながら目覚める心地良さに笑むと、疲れ切った体をぎこちなく起こし、窓辺へと視線を向ける。

 照りつくような砂漠の日差しが、風に揺れるカーテンの隙間から床を照らすのが見えた。

 意識を失ってから、それほど時間は立っていないようだった。あの老人が超越の儀の催しから帰るまでは、まだだいぶ余裕があるはずだ。

 ……この不貞の痕跡を隠すための時間は、十分にある。新たな夫たる雄牛へと金庫の財を明け渡す準備を終えるまでは、内縁の関係を続ける必要があるだろう。

「ふ、ふ……っ」

 心地よい胸の高鳴りにうっとりと笑みながら、ナサスは小さく笑った。

 ぐっすりと眠る夫を起こさぬよう、緩慢な動作で寝台から折り、再び妻として過ごす生活に思いを馳せながら、陽の差し込む窓へと向けて歩く。

「……」

 シュリーマの中心に座す王城、そして神々しい黄金の輝きを湛えた太陽の円盤が、その窓からはよく見えた。

 今日ばかりは下層民の立ち入りも許された上層区域の通りを見下ろすと、超越の儀を遠目からでも目にするべく集まった民が、太陽の円盤を見上げながらざわめくのが見えた。

 今頃はまさに儀式を執り行っている最中であろうか。

 雑踏から響く声も、数世紀ぶりに執り行われる儀式への期待と不安が入り交じる熱に浮かされているようだった。

 ……せっかくこのような特等席があるのだから、寝息を立てる夫を優しく起こし、この催しを二人で眺めるのも良いかもしれない。

 とはいえ、ああも心地よさそうに寝る夫を起こすのも、妻の立場を弁えぬ出過ぎた干渉であろうか。

 どうしたものかと考えながら、輝く太陽の円盤へと視線を戻す。……まさに、その瞬間であった。

「――っ」

 円盤を望む高台に設置された儀式の座から青い閃光が迸り、シュリーマの都市を照らす午後の陽光よりもさらに明るい魔力光が広がった。

 今や超越者としての力を失った唯人の身であっても、全身の毛穴が開くほどの不快感に貫かれるのを感じた。

 目を見開いて息を呑む最中、耳を劈くほどの爆発音とともに、迸る青い魔力の引き起こす衝撃波が都市に広がる。

 ――ごおおおおおお!

 耳にしたこともない、不快な音だった。王城を取り囲む石造りの建造物が土煙を挙げながら崩れ落ち、通りを埋め尽くす雑踏から発せられる悲鳴さえもが、轟音に掻き消される。

「なにが――」

 超越者として生きた永き年月の中ですら経験し得なかった、未曾有の危機がシュリーマへと訪れようとしている。

 その混乱に見開いた瞳が儀式の座に青い魔力の光が収束する様を見た。

「……っ」

 荒々しく制御を失った超越の魔力。それが、実体を持たぬ魔力の塊のままに人型へと収束してゆく様を見つめながら、ナサスは息を呑む。

「まさか……」

 膝を抜かし、とすんと尻餅をついて呆然と震えながら、ナサスは狼狽を隠すこともできぬ弱々しい声で呟いた。

 人型となった魔力の光は、まさしく超越者に他ならないと、頭の片隅に残る知識が伝えている。

 しかし同時に、それが決して真っ当な超越者の姿ではないと、考えるまでもなく理解できた。

 衰え果てた頭が迫る危機の予感に突き動かされ、焦げ付くほどに激しく思考を回し、目の前の異変につながる糸口を探す。

「ゼラス……っ」

 数秒を何倍にも引き伸ばす走馬灯の如き思考の果てに、ナサスは一人の男の名を口にしていた。若く未熟な皇帝の腹心として仕える、魔術師の名を。

 ……この日のために、逆賊は若く未熟な皇帝の臣下として仕えてきたのだ。超越の儀によって得る力を、簒奪するために。

「――っ」

 それと同時に、背筋に氷柱を突き刺されるかの如き寒気がナサスに走った。

 ……あの魔術師に、秘めたる野心を解き放つ機会を与えたのは誰か。威信を失墜させた皇帝が、権威を求め超越の儀に挑む理由を作ってしまったのは、誰か。

「否、否……っ」

 萎縮しきった傷だらけの背中が、胸に広がりゆく慙愧の念に力なく震えていた。

 頭に浮かぶ思考を振り払うべく、否定の言葉を繰り返し呟くが、それでもなお目の前に広がる地獄のような光景が事実を突きつける。

「否……」

 皇帝が得るべき力を簒奪した逆賊へと立ち向かい、その暴虐を食い止め民を守る使命を背負う二柱の超越者は、もういない。

 超越者となった邪悪な魔術師に対抗する術は、失われた。

 色に溺れ、堕落の果てに破滅した愚かな超越者によって、シュリーマの未来は断たれたのだ。

 ……この国は滅ぶ。小男の魔羅へと屈し、恍惚の中で捧げたものは、シュリーマの未来そのものであった。

「――な、なんだ……!?」

「――っ」

 己の破滅へと巻き込んだものの大きさに言葉を失い、呆然と硬直するのみのナサスを現実へと引き戻したのは、背後から響いた雄牛の声であった。

「え、なにが、起こって……」

 窓の向こうには、建国から絶えずシュリーマを見守り続けた太陽の円盤が、王城へと落下し尖塔を倒壊せしめる破滅の風景が広がっている。

 なんの予兆もなく、唐突に訪れた終わりの日の光景に、雄牛は事態を呑み込むこともできず困惑しながら、ひとりごちるように疑問を呟くばかりであった。

「……っ」

 目を背けることもできぬほど克明に突きつけられた己の罪に慄きながら、ナサスは震える足腰に鞭打って立ち上がり、今や己の唯一の寄る辺たる夫の元へと、縋り付くように駆け寄った。

「どうか、どうか我をお連れください……っ!」

 ……堕落し果てた英雄に、自らの招いた破滅に立ち向かう意志力など、残されてはいなかった。

 涙ながらに雄牛の手を取って、男へと媚びへつらうための悩ましい猫なで声で懇願する。

「超越の儀に、異変があったようにございます。太陽の円盤は地に落ち、シュリーマの都も長くはもたぬでしょう」

 その間にも、唸るような地響きに館が揺れている。人々の悲鳴が混ざり合い、渦のように折り重なりながら聞こえる。

 逃げ延びた者は、この破滅を引き起こした者への怨嗟を叫ぶだろう。民を守るべき役目を投げ出し、姿を消した忌むべき二柱の超越者へと向けた、怨嗟を。

「許されざる逆賊と同じ顔を持ち、同じ所作を仕込まれたこの身。……庇護なくば、死より耐え難い末路を迎えるのみにございましょう」

「……っ、そう、かもな」

 涙とともに訴えるナサスの命乞いを、雄牛は沈痛な面持ちで受け止める。

 豪奢な生活を手に入れるために好色な老人を体で誑かし、畜生の如き扱いを受けるナサスを蔑むことを厭わなかった男であっても、あれほど激しく情を交わした相手の命乞いを無下にすることはできなかろうという賭けは、当たっていたらしい。

「……ですが、ただ貴方様の荷となることには、耐えられませぬ」

 雄牛の胸に顔を埋め、心細さに震える声で、そっと囁く。

「あの御方は、超越の儀に賓客として参加なされていました。……金庫の鍵の隠し場所は知っております。もはや持ち主もいない財を路銀とすることに、なんの咎がありましょう」

「……っ」

 涙に濡れた顔を上げると、雄牛が目の色を変えて固唾を呑む様が見て取れた。

 あれほど過酷な扱いを受けていた性奴が、主の金庫を開ける術を知っているとは思わなかったのだろう。

 言葉を失いながら、ちらつかされた巨万の富を手に入れる機会と、咎人の生き写しの如き姿の男娼を連れ歩く負担を天秤にかけ、必死に計算する様子が表情に滲み出ていた。

 決して急かすような真似はせず、庇護を求めるか弱い性奴として、ただ雄牛の胸に身を寄せて雄牛の判断を待つ。

「……仕方ねぇな」

「……っ」

 この期に及んで気が進まない風を装うような言葉を吐いて見せながら、雄牛がナサスの手を取り優しく握った。

「それは……」

「流石に見捨てられるわけねぇよ」

 恐る恐ると囁かれた確認の言葉に、雄牛は屈強な腕でナサスを抱き震える体を支えながら、哀れな性奴への憐憫を滲ませる静かな声でそう答えた。

「とにかく、急がねぇとな」

「御意に……っ」

 未だ消耗の残るナサスを気遣い、抱き支えるように侍らしながら立ち上がる雄牛の所作に甘んじ身を寄せながら、寝室を後にする。

 轟音と地鳴りは今も断続的に屋敷を揺らし、石造りの壁には亀裂が入る場所さえもあった。

 どれだけの時間が残されているかは、予想もつかず、可能な限り手早く荷をまとめる必要があった。

 雄牛に支えながら屋敷の中を歩き、決して空き巣の類には見つけられぬよう用意した隠し場所から鍵を拾い上げ、地下の金庫へと向かう。

「……そういや、俺もジジイに当てられてお前にゃ結構な扱いをしちまってたな。……悪かった」

 その歩みの最中、雄牛はばつの悪そうな声色でそう呟く。先刻の激しいまぐわいと、危機の中で決断した逃避行によってナサスへと情が移り、これまでの態度に気まずさを感じたのだろう。

「……気に病む必要などありはしませぬ。こうして今、貴方様は我が身を支え庇護してくださられている」

「……そうか」

 感謝の意を慎ましく表現するように、繋いだ手に僅かな力を込めて優しく握ると、雄牛は小さく鼻を鳴らし、はにかむような笑みを浮かべる。

 ……この逃避行が、ナサスの存在をより強く雄牛に意識させる材料となっていることは、疑いようもなかった。

 ならば、この庇護を決して手放さぬよう、誘惑し続けなければ。

「それと……」

 地下の食料庫に続く扉を開き、ランプの揺らめく灯に照らされた狭苦しい階段を降りながら、雄牛が再び口を開く。

「如何されましたか?」

「もうあのジジイもいねぇんだ。本当の名前を教えてくれたっていいだろ? ナサスだなんて呼ぶわけにもいかねぇしな」

「それ、は……」

 至極当然の問いかけに、ナサスは顔伏せあえて言い淀んで見せた。

 そう、ナサスと言う忌み名を、捨て去らねばならなかった。これよりは、シュリーマを破滅へと導いた逆賊と不幸にも瓜二つに生まれた哀れな男として生きるのだから。

「……もはや、思い出すことも叶いませぬ。あの御方は呪い師を雇い、ナサスを演じるに邪魔なものを、この頭から奪っていかれましたが故」

「……っ、すまねぇ」

 今となっては確かめるすべもない嘘を、雄牛は疑うこともなく信じ、沈痛な面持ちで押し黙る。

 物事を深く考える余裕を奪い、疑うということを忘れさせるこの状況は、より強い執着と庇護を獲得するためにもうまく作用していた。

「ですが、もしお許しいただけるならば……」

 食料庫に並ぶ干し肉や乾燥した香草などの積まれた棚の間を抜け、金庫の入口である重々しい木製の扉を目前にするまで近づいたところで、ナサスはこの雄牛からより深い庇護と執着を得るため、口を開く。

「どうか、貴方様の考えた名をお与えください。それより相応しい名など、ありませぬでしょう」

「……っ、結構な責任押し付けやがって」

 雄牛は呻くような息を漏らし狼狽えるが、それでも提案を重く受け止めた様子で、遠回しに了承の意を伝える言葉で応えた。

 ナサスは感謝を示すように小さく頭を下げ会釈すると、金庫を守る重々しい扉を開くための鍵を取り出す。

「ひとまずは、この急場を抜けてからにいたしましょう。どれだけの時間が残されているかもわかりませぬ」

「あ、ああ」

 こちらから提案するまでもなく、雄牛は消耗したナサスを気遣うように扉の前に立ち、錆びた取っ手を強く握り、蝶番を軋ませながら扉を開いた。

「こりゃまた――」

 そして、ランプの灯りに照らされて映し出される金庫の中身に、目を丸くして息を呑む。

 そこにあるのは、一国の行く末を左右するほどの立場にある者しか目にする機会のない、使い切れぬほどの財の山だった。

 シュリーマの滅びが避けられぬものとなった今、土地や利権の所有を示す巻物の類は価値を失っているが、宝飾品の数々や異国に由来する金貨など、かさばらず路銀に適したものだけであっても、シュリーマから逃れた先で豪勢な暮らしをするには十分すぎるほどの蓄えがあった。

「そりゃあのジジイも金払いがいいわけだ」

 雄牛がその大きな手のひらで金貨を掴み上げ革袋へと詰めてゆく後ろで、ナサスは壁にかけられた松明へとランプの灯を移し、金庫に蓄えられた財を一層鮮明に映し出す。

 ……その揺らめく炎に照らされた金庫の一角に、それはあった。

「……」

 交差する形で壁にかけられた、二振りの武器。斧のように分厚く重たい三日月型の刃と、青い魔力の光を湛えた宝石を核として刃を備える戦杖。

 かつてこのシュリーマを守護した二柱の超越者が、自らの獲物として携えた二振りの武器は、シュリーマを襲う破滅に立ち向かうために振るわれることもなく、下卑た老人が超越者たる兄弟を籠絡せしめたことを示すトロフィーとして、この金庫で埃を被っていた。

 そして、交差する二振りの武器の上部には、今や物言わぬ剥製として生前の勇姿を再現された、荒々しく牙を剥く鰐の首がかけられ、その怒りに満ちた視線をナサスへと向けていた。

 身に宿す魔力を吸い上げられ、臓腑を食い荒らされた末に心の臓を取り出され息絶えてもなお、その強靭な鱗皮が朽ちることなく残っていた。

 あの老人がそれを面白がり、ナサスへと命じ作らせたのがこの悪趣味な剥製だった。

 ナサスには、物言えぬ姿と成り果てた弟が、今も自分を非難しているように感じられてならない。

 その魂をも支配され、恍惚の中で手にかけた犠牲の全て、許されざる裏切りの証が、この金庫を形作っていた。

「……貴様と顔を合わせるのも、これが最期となろうな」

 その耐え難い業とついに決別し得ることに浅ましい安堵を抱きながら、ナサスはひとりごちた。

 咎人たる忌み名を捨て、新たな夫たる雄牛の考えた名を名乗り、ただの男として生きる。

 恨みがましい視線から逃れるように弟の顔から背を向け、愛しい庇護者たる雄牛へと媚びるような視線を向け歩み寄りながら、口を開く。

「あまりに長居するのも危険にございます。その革袋に収まるだけの量でも、路銀としては十分に過ぎましょう」

「あ、あぁ、それもそうだな。宝に囲まれて生き埋めなんて、ゾッとする死に方はしたくねぇ」

 革袋が金貨と宝飾品で十分に膨らみ切ったのを確認し、そう声をかけると、雄牛は宝を前に忘れかけていた危険を思い出した様子で、慌てて立ち上がる。

「それにしても、どうすりゃこんだけ蓄えられ――」

 冗談めかすような軽口を交えて、歩み寄るナサスへと振り返りながら目にしたものに、絶句する。

「なんだよ、それ……」

 荒々しく牙を向き、今にも食らいつこうかという形相で怒りに満ちた目をナサスへと向ける、鰐の首。

 今しがた切り落とされたばかりと見まごうほどの、作り物と思えぬ憤怒がその首に満ちていた。

「あの御方が、もう一柱の超越者を演じるに足る者を見つけられなかったが故に、職人へと金を詰み獣を継ぎ接ぎ作らせた、単なる剥製にございます。……かつて超越者の兄弟たる二柱を手籠めにせしめたなどと、下卑た妄想に耽るための」

「いや、でも……」

 雄牛は、なにか触れてはならぬものの一端に気づいてしまったかのように、不安げな表情を浮かべて言い淀む。

 それが一体何を指してのものなのか察することができぬことに、ナサスは焦りを感じた。

「……ッ、何を、おっしゃって――」

 ――ごおおおおおおおお。

 雄牛の抱く疑念の出どころも分からぬまま、強引に取り繕うべく出た言葉を、再び鳴り響く轟音が遮った。

 立っていることも難しいほどの揺れにうず高く積まれた宝が崩れ、床へと散らばってゆく。

 そして、その揺れも一旦の落ち着きを見せて弱まってゆく間際――。

「……っ」

 ――からん、と中身を失った頭蓋が床へと落ちる軽い音が、金庫に響いた。

 石床の上を跳ね、転がり、憤怒の形相を浮かべる鰐の首が、立ち尽くすナサスの足元へと辿り着く。

 足元から睨みあげる弟の首に狼狽え、息を呑むナサスの姿を見つめながら、雄牛はより色濃く滲む疑念をその目に浮かべて、重々しく口を開く。

「なら、なんでお前、そんなにそれを、怖がってんだよ……」

「なにを、言って……?」

 その言葉を受けてもなお、ナサスは己がジャッカルの面に浮かべる表情の歪みに、気づくことはできなかった。

 鼻面に深くシワを刻み、眉を顰め、牙を失った顎を震わせ、堪らえようのない恐怖に怯え慄く、己の表情に。

 己の犯した過ちを非難し責め立てる、物言わぬ剥製となった首に、そして己の背負う業を突きつける、この空間そのものに抱く、拭いようのない恐怖に歪んだ、その面持ちに。

「おまえ、まさか――」

 雄牛がその目を驚愕に見開き、息を呑む。

 ……老人の妄想する下卑た作り話を、そう雄牛が思い込んでいたものを語り聞かせる声に滲んでいた、真に迫るほどの熱量。その理由へと、思い至ったが故の反応だった。

「本当に……ッ」

 その手に握っていた革袋を取り落とし、詰められた金貨と宝石が床に散らばる。雄牛はそれを拾うことさえも忘れて、おぞましい怪物を見るような目をナサスへと向けたまま、後退りした。

「ありえぬ話に、ございます……っ」

 己へと向けられていた雄牛の心が急速に離れていくことを感じながら、ナサスは追いすがるように身を乗り出し、恐怖に染まる顔へと、ぎこちのない笑みを浮かべて媚びながら訴えた。

「まさか、下卑た老人の妄想が真実などと、一笑に付して然るべき愚かな考えにほかなぬもの……ッ」

 雄牛との情交が未遂に終わりかけたあのときのように、ナサスは身を苛む強迫観念に冷静さを欠き、縋り付くが如くその手を雄牛へと伸ばす。

「貴方様なら、分かってくださいましょうッ! 我は――ッ」

 床に散らばる宝石と金貨に足を取られ、弁明の言葉も半ばにナサスの体は床へと倒れ込む。

 ……金庫の内を、重苦しい静寂が包んでいた。松明に揺らぐ炎が漏らすちりちりという音だけが響く中で、やがてその内に火照る息遣いが入り交じるようになっていた。

「全て、貴方様のために捧げましょうとも……。この心も、命も、この金庫に積まれた財も、全て……っ」

 顔を上げた時、ジャッカルの顔に恐怖の色は残っていなかった。ただ男へと媚び、その猛りを求めてやまぬ雌犬の顔で、懇願する。

「ですからどうか、その魔羅で我を愛してくださいまし……」

「ひっ」

 その光景の悍ましさに、雄牛は悲鳴を上げた。己が知らぬ内に巻き込まれた業の深さに慄き、竦み上がった。

「……っ」

 雄牛は、恐怖にかられて踵を返し、逃げ出していた。その目には、床に散らばる金貨の一枚一枚すらもが、腐敗臭のこびり付いてた悍ましく汚らわしい堕落と業の結晶として映っていた。

「……っ、どうか、どう、か、お待ち、を……っ」

 開け放された扉の向こうへと、決して振り返ることすらもなく消えてゆく雄牛の背に、ナサスは震える手を伸ばすが、引き止めることなど叶わなかった。

「――っ」

 地鳴りが響く。ぴしぴしと、壁や床の向こうにヒビが広がりゆく異音が、突っ伏したままの体へと伝わってきた。

 繰り返すほどに、地鳴りの感覚は狭まり、揺れは大きくなり、そしてついに、ひび割れた食料庫の天井が崩落する。

――ごおおおおおおおおっ

 耳を劈くような轟音と、視界を覆う土煙。床に転がる金貨と宝石をまき散らすようにしながら、ナサスは気管へと入る土埃に噎せ、咳き込みながら身悶え、充血した目を細めて、雄牛が走り去っていった大扉の向こうを見つめる。

「あ、あぁ……っ」

 まるでナサスを閉じ込めるためにそう仕組まれたかの如く、崩れ落ちた瓦礫が金庫の出入り口を塞いでいた。

 風すらも流れぬ密室とかした金庫を、松明に揺らめく炎だけが照らしている。

「……っ」

 もはや縋り付く相手もなく、ただ独り取り残されたナサスは、しかしあるはずのない視線を感じ、息を呑む。

 恐る恐ると視線を向けた先にあったのは、床に転がる弟の首だった。

「何を、言いたい……っ」

 その怒りに満ちた視線に抗うように、ナサスは聞くまでもないはずの疑問を唸るように叫ぶ。

 返事などあるはずもなかったが、それでも答えは分かっていた。

「やめろ……っ」

 弟だけではない。この金庫に取り残された何もかもが、ナサスを非難していた。

 邪悪なるダーキンの器を産み落とし、その支配から逃れたとき、抗うことを諦め目を背けた罪の意識が、この金庫の内に燻っていた。

 それがまるで、手にかけた者たちからの怨嗟の声の如く、ナサスを非難していた。

「ぅ……っ、ぁ……っ」

 横たえた体を死にかけた芋虫の如く丸め、怯えるように頭を抱えながら、ナサスは嗚咽する。

 その身の隅々にまで刻み込まれた快楽の中に身を隠し、目を背け逃げ続けてきたものが、ついにナサスへと追いつき、捕らえていた。

 シュリーマの財を掻き集めた綺羅びやかな墓所と化した金庫の内に、ただナサスのすすり泣く声のみが響き続ける。

 そして――。

「ぁ……♡」

 その嗚咽は、やがて甘い艶を帯びる。

 鈍くくすんだピアスに塗れる肉棒を弄び、雄牛との情交で注がれた精液の滴る肛門を指で掻き回す。

 それだけが、この絶望と苦しみから逃れ得る唯一の方法だった。

 ぴちゃり、ぴちゃりと、湿った音がナサスの喘ぎ声と入り混じりながら金庫の内に木霊する。

 床に転がされたままの、物言わぬ弟の首へと己の痴態を見せつけるように、背筋をのけぞらしながら、屹立した肉棒から雫を散らす。

 堕ちし英雄は、最期のその時まで目を背け、逃げ続けることを選んだ。

「ぁ――ッ♡」

 横たえた体をよじりながら、肉棒を跳ね上がるように震わせて、ナサスは絶頂へと達する。

 ほとんど先走りと変わらぬほどに薄くなった精液が宙へと放たれ、床に転がる鰐の首の、その額へと降り注ぐ。

 ……怒りに満ちて見開いたその目元から、糸を引く白濁液が涙のように滴った。



☓☓☓



 松明の炎も潰え、灯りもなくなった金庫の内に、ひゅうひゅうとか細い呼吸音だけが木霊していた。

 もはやなにも見えず、何も聞こえず、開いたままの顎の内も、投げ出した舌も、かさかさに干からびていた。

 指の一本を動かす力すらもわかず、朦朧とした意識の中でただただ快楽に酔い痴れながら過ごした日々を回想し、その興奮の記憶を噛みしめるように味わい続けるのみとなっていた。

 何ひとつも映すこともなくなった、窪んだ瞳の中に、幾度となく己を絶頂へと導き、甘やかな快感に染め上げてくれた黒魔羅を幻視しながら、乾きひび割れた口端に笑みを浮かべる。

「……っ」

 暗闇の内に浮かぶ黒魔羅の幻視を追い求めて、乾いた舌を懸命に伸ばしながら、今にも潰えそうなほどに弱々しく震えた吐息を漏らす。

 それがかつて英雄と呼ばれた男の、最期の姿だった。





終

Comments

No comments found for this post.