幼なじみが俺で、俺が俺の妹で(33)『二年後の四月一日』 (Pixiv Fanbox)
Published:
2025-06-28 08:02:20
Imported:
2026-06
Content
四月一日の朝は、すがすがしい天気だった。
このままでもいいのにと、一瞬思ってしまいそうになる。これまで二年続いた生活がこれからも続けばいいのにと。
でも、このままじゃやだ。
このままだったら瑠璃は俺のお兄ちゃんになってしまう。
俺は、瑠璃と恋人になりたい。できれば結婚だってしたい。そして、元に戻れば誰にはばかることもなく、そうなれる。
元に戻らなかったら、光莉だって困る。
ちょっとわがままなところはあるけれど、あの子は俺の可愛い妹なんだから。
思いの外、それらの決意に内心で抵抗を覚えながらも、俺は『光莉』の部屋を出て、今夜から戻る『光彦』の部屋を横目で見ながら、一階へ降りた。
「じゃあ、出かけてくるね」
今日は文芸部の後輩たちを引き連れて、少し先の駅まで足を延ばして、その近くにある数軒の古本屋へ行ってみる。瑠璃もどうかと思ったけれど、苑田さんもいるので瑠璃から遠慮した。
瑠璃は夕方までこの家でのんびりしてから神社へ行くという。二年間過ごした『我が家』であり、少し部屋の掃除もしたいのだと。
「いってらっしゃい」
「いってきます、お兄ちゃん」
瑠璃と兄妹としてあいさつするのもこれが最後かと、ちょっと感慨に耽りながら家を出た。
*
古本屋巡りを終えて、最寄り駅へ戻ってきた夕方、図らずもそこで『瑠璃』な光莉と合流した。
ほぼ三ヶ月ぶりに見た『瑠璃』は、ますます美人になっていた。スタイルもすごくいい。苑田さんたち後輩はすっかり『瑠璃』に見とれながら、俺たちと別れた。
「あの子たちがあたしの後輩になるんだね」
光莉に言われて不思議な気持ちになる。そうなんだよな。俺が二年間『光莉』として築いた人間関係は、もうすぐ光莉のものになるんだ。
朝の目覚めの時と似たような、落ち着かない気持ちになった。
「荷物は?」
「明日到着するように発送したから、今日は気にしないで大丈夫」
一度大きく伸びをする光莉。『瑠璃』の大きな胸が強調されて、俺は思わず嫉妬してしまう。
「さあ、神社へ行こっか」
神社の景色は、二年前とまったく変わっていないように見えた。
でも俺は妹の身体でこの二年間を過ごしたし、光莉は幼なじみの身体で、瑠璃は俺の身体で生活してきた。
中学の二年間を他人の身体で生きたことって、俺たちの今後にかなりの影響を与えるんじゃないかなと思う。特に俺と瑠璃は異性になってしまったわけだし。今の俺はすっかり、女性を同性、男性を異性と思うようになっている。
それとも、元に戻ったら案外スムーズに気持ちも戻れるんだろうか。
あれこれ考えながら、俺と光莉は瑠璃の来るのを待っていた。
「…………遅いね」
待ち合わせの時間を十分過ぎた時、光莉が言った。『瑠璃』の声で、落ち着きは保ったままなのに、こんなに苛立ちを込められるんだと俺は慄いた。
俺はスマホを取り出すと、メッセージで瑠璃に催促する。けれど既読にもならない。
「急な用事とか――」
「は、なさそうだよね。メッセージを入れる暇すらない急用って、もはや非常事態でしょ」
神社から、光莉と並んで、『俺』の家の方を見る。特に何も起きているようには見えない。
「じゃあ、ちょっと様子を見に……」
「それ、不安なんだよね」
「何が?」
「様子を見に行ったら、何か手掛かりが残されている。後を追えそうなところにいるみたい。行ってみる。また何か痕跡がある。それをたどって……気がつけば、もう間に合わない」
「えっと……何言ってるの?」
光莉の話がこれっぽっちも理解できず、訊き返す。
「あたしが元に戻りたくなかったら、それくらいはする」
「……え?」
すぐさま答えた光莉に、俺は絶句した。
「お兄ちゃんはさ、このままでいいかもって一度も思わなかった? 今、思ってない?」
問われて、朝感じたことを思い出す。
否定できなかった俺を咎めず、光莉は続ける。
「あたしだってさ、戻りたいと思う一方で、瑠璃ちゃんのままなら人生楽だろうなって何度も何度も思ったわけよ。ほんと頭の出来が違うし、人柄も最高だし、美人さんだから結婚相手にも困らないだろうし。ただ、こんな人生を瑠璃ちゃんから奪っちゃうのは悪いと自分に言い聞かせて、戻らざるを得ないように、高校は一高にして、こっちで一人暮らしすることも宣言して、退路を断って戻ってきたわけ」
「る、瑠璃だって、俺の人生を奪うことになるのは――」
「そんなに悪いことかな?」
真顔で瞬時に問い返される。
「入れ替わる前までのお兄ちゃん、そんなに冴えてた風でもないのに、瑠璃ちゃんはその頭で一高に受かっちゃったよ。潰れてた文芸部も復活させたんでしょ? 成長期だからかもしれないけど、背も伸びたしかっこよくなったし、瑠璃ちゃんの方が『光彦』としてうまくやっていけると考えたとしてもおかしくないんじゃない?」
並べ立てていく光莉に、俺は何一つ反論できなかった。
「で、でも、瑠璃は、女子で……」
「うん、でももう男になって二年経ってるよね。お兄ちゃんが女になって二年経って、このままでいいかもってちょっとは考えているように、瑠璃ちゃんが同じように考えてない保証はないんじゃない?」
言われて、思う。
瑠璃がこの二年、『光彦』の生活を、嫌がるどころかむしろ面白がるように過ごしていたことを。男子であることのつらさとか苦労とか、そういうものを、最初のうちはまだしも、二年目になったら全然口にしなくなっていたことを。
それにもう一つ。
毎日の射精を、瑠璃がすごく満喫していることを。
「まあ、今のは全部あたしの勝手な想像。一番悪そうな場合の話」
光莉は一転、軽やかな口調になる。
「でも、もしそんな感じになってたらちょっと面倒なことになりそうだし。わがまま言うけど、この場でまずあたしだけでも元に戻っておきたい」
「え……?」
「最悪、あたしはあたしだけでも元に戻りたい。だからお兄ちゃん、ひとまず瑠璃ちゃんになって」
そう言われて、俺は断れなかった。そんなの後回しにして、まずは瑠璃がいる可能性が高い俺の家へ行こうと主張してもよかったのに。
光莉の「想像」に、そんなわけないと完全否定することができなかった。もうそれが当たっているとしたら、光莉だけでも本来の状態に戻さないとと考えた。
それと、もう一つ。
もし瑠璃が『光彦』のままでいたいのなら、俺は『妹』じゃなくて『瑠璃』になりたかった。
*
――お久しぶりです!
アニメの美少女みたいな声をした誰かが、今回もすぐ近くで話しかけてくる。俺が身動き一つできないのもあの時と同じ。
――戻りたいということになると思っていましたが、お二人だけとは意外ですね! というか、これだと戻れるのは光莉さんだけで、あなたは次は瑠璃さんになるわけですけれど?
そんなことわかってますよ。瑠璃がなんでか来てないから、ひとまず光莉だけ元に戻っておくことにしたんですけど……瑠璃のこと、何かわかりませんか?
前回は混乱状態で終わってしまったが、今度はこちらも多少心の準備ができている。もっとも、瑠璃の不在でやっぱりパニック気味ではあったが。
――わたしもあなたがたのことだけ見ているわけではなくて……。お二人、ちょっともどかしくはありますけど、大きな喧嘩とかはせずにすごく仲良くしていましたから、こちらとしても安心していたんです。
そう言われると悪い気はしないけど……もどかしいって何のことだろう?
――ともあれ、あなたと光莉さんの意図は理解できました。瑠璃さんとあなたも戻るのであれば、日付が変わる前に来てくださいね。
お願いします。
――では、元に戻る光莉さんに知られたくない事柄がありましたらそれを心に思い描いておいてくださいね。
あ、内緒にできるんだ……てか、できなかったらめちゃくちゃやばいことになっていたな。
性的なことについて、特に瑠璃としていたことについては絶対に知られないようにしてください!
――はい、了解です!
***
ちょっと、落ち着かない。
俺は今度は『瑠璃』の身体になっていた。そして、元に戻った光莉と二人、神社から『俺』の家に向かっている。
落ち着かないのは、今の状況だけでなく、この身体。
俺、大好きな『瑠璃』の身体になっている。
さっきまでの『光莉』の身体とは色々違う。黒くて長くてまっすぐな髪。女子の平均よりはいくらか高い背。大きな胸やお尻。
それだけじゃない。思い出そうと思えば、『瑠璃』の人生を物心ついた時期から思い出せる。瑠璃本人が二年前に封印したあれこれは思い出せないものの、『瑠璃』のような思考法、『瑠璃』のような性格、それらはしっかり再現できてしまう。
身も、心も、『瑠璃』になってしまいそうな落ち着かなさ。
光莉が元に戻りたがったのは、これも一因だったのかなとふと思い、隣を俺と同じくらいの早足で進む光莉をちらりと見た。
さっきまでの俺。さっきまでのあたし。『光莉』だった時は、やっぱり心の底では、俺は光莉になってしまうわけにはいかないと思っていたみたい。染まりつつはあっても、なってしまってもいいとまでは思っていなかった。
でも、今は。
瑠璃が『光彦』でいたいのだとしたら、俺が『瑠璃』になってしまってもいいんじゃないかと、さっきからそればかりついつい考えてしまっている。
でも瑠璃に関するその推測は、きっと間違っていた。
鍵もかかっていない『俺』の家の玄関のドアを開けると、『俺』の身体の瑠璃が、階段すぐ近くの一階の床に倒れていた。