桜崎旭妃だったわたし(9・完) (Pixiv Fanbox)
Published:
2024-07-14 05:26:39
Imported:
2026-06
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そして、十五年が過ぎた。
エルフェングリーンは種牡馬として今や最高の名声を得ている。わたしが『エルフェングリーン』として種付けした十八頭の子は、いずれも様々なレースでかなりの好成績を収めたのだ。
その後のエルフェングリーンも、種馬として活躍し続けている。わたしの子ほどではないが、その後に生まれた子も成績は悪くない。
あれから十五年経った今もまだ現役で、発情期になるとやって来る雌馬に嬉々としてペニスをぶち込んでいるのだ。
元々の性格を考えると、そして『旭妃』だった数日間の振る舞いを考えても、どうにも不思議な話である。
これはわたしの推測でしかないのだが、わたしが人間に戻る際に『多賀雄』の身体に入ってしまったように、エルフェングリーンも『カズサドラゴン』の身体に入ってしまったのではないだろうか。そして『エルフェングリーン』にはカズサドラゴンが……。
なぜなら『カズサドラゴン』も、あの日『エルフェングリーン』のペニスを受け入れた後は、人が、もとい、馬が変わったようにおとなしい雌馬になり、『エルフェングリーン』との子を毎年のように儲けていたのである。
さすがにもう子は産めなくなったが、彼女もまだ元気に生きている。
そしてエルフィングリーンを抱えるわたしたちの牧場も、その威光を受けて繁栄していた。もちろんエルフィングリーン頼りだったわけではなく、スタッフたちや多賀雄さんの働きもあってのことだけど。わたしも、多賀雄さんの影武者としてそれなりにがんばってはきた十五年だった。
一方のわたしたち夫婦は……
「また妊娠しちゃった」
多賀雄さんが、『旭妃』の姿でわたしに軽く言う。
「気をつけてね」
わたしも気軽に応じた。
十三回目ともなると、お互いに慣れたものである。
わたしは、人間の雄としてのセックスに完全に嵌まっていた。
だが、射精それ自体、あるいは女とのセックスそれ自体には、我を忘れるほどの気持ちにはならなかった。
それをはっきり自覚したのは、多賀雄さんが初めての出産――双子の女の子だった――を終えて、再びセックスするようになった時だった。
最初の妊娠がわかってからもセックスは毎日のように続けていたが、それらとは自分の意識が完全に違っていた。
目の前の雌に猛り狂うペニスを挿入し、たっぷりと精液を注ぎ入れる。その精液の中の無数の精子が子宮の中の卵子を目指し、着床して受胎する。その光景を想像する時にペニスはより一層硬くなった。
この女をまた孕ませたい。その欲望が、射精したいとか女の奥底まで貫きたいとかの欲求を明白に上回っていた。
つまり、種付けの快楽にわたしはすっかりのめり込んでいた。
種馬としての五日間、わたしが性というものを実質的に初めて知った五日間、生殖のためのセックスが周囲の誰もに認められ求められたあの輝かしい五日間。それが、人間に戻ってからのわたしをずっと規定し続けていた。
孕ませたい。産ませたい。その欲望に、『旭妃』の身体はしっかり応え続けてくれている。
ただ、他の女性を妊娠出産させたいとまでは思わなかった。旭妃だった頃のまともな感覚が残っていたからだと思いたいが……妻と離婚なんてしないけど自分の子を産んで欲しいという異常な要求に応じてくれる奇特な女性がどこにいるかわからなかったというのが、一番大きいかもしれない。
これまでの十二回の妊娠は、幸いにも流産と無縁。双子が三組生まれて、今のところわたしたちには十五人の子がいる。世界記録は十八世紀の女性が四十年で六十九人を産んだというもので、それには遠く届かないだろう。
最初の頃は孫たちに会いに来て喜んでいた両親も、毎年のようにポンポン生まれる孫に――いや、つまりは毎年子作りしてしまうわたしたち夫婦に――引いてしまったか、一時は来なくなった。
しかし子が十人を超えた頃からは開き直ったのか、わたしたちを自社スーパーのCMに駆り出したりもするようになった。会社自体の方針すら、高級品路線を完全に捨ててひたすら安価な庶民の生活応援に舵を切ったという。
そして牧場も、この話題絡みで少し注目を集めていたりもする。牧場主夫婦の安産と多産にあやかろうみたいな話で、超人気のエルフィングリーンや他の高価な血統は無理でもマイナーでいいからここでと種付けを依頼してくる個人馬主もそこそこいるのだ。
多賀雄さんの――『お母さん』の妊娠を告げると、子らはまたかという顔をする。
「ま、そういう親だってのはもうわかってるけど」
長女が言うと次女が肯く。最初に生まれたこの二人が何だかんだで協力的に育ってくれたおかげで、この家庭はどうにかうまく回ってくれていた。
「ほんと、いいかげんにしろよ、エロ親父」
中学生になった長男が毒づく。返す言葉もない。でも口は悪くなったが弟や妹の面倒を見てくれる優しい子ではあるのだ。
「またいもーとかおとーとふえるの? おおくない?」
七女が首を傾げる。今はまだうまくしゃべれない八女と九女や六男もいずれ言いそうな台詞だった。
呆れ顔の子らを思い浮かべながらも、寝室で多賀雄さんを抱いた。
まだ三十五歳の『旭妃』は、老けたとは感じさせない。十五人も子を産んで、最初にセックスした時とまったく同じとはいかないが。
わたしにとってセックスとは、雄のチンポで雌を貫くものである。だから今さら違和感なんて抱くことはない。多賀雄さんにしても、直接確認するようなことはしていないけれど、この十五年でかなり慣れて馴染んだであろうことは、セックスする時の反応や表情から何となく感じ取れる。
それでも、たまに思う。
入れ替わりが起きなかったら、わたしたちはどんな夫婦になっていたのだろう。
わたしは女子大を無事に卒業してから、多賀雄さんと結婚していただろう。子を何人か産んで、母親として妻として生きていたのだろう。多賀雄さんは今のように年中妊娠と出産と育児に煩わされることなく、牧場経営に打ち込んでいたことだろう。
この人生を、今さら悔やむわけではない。子は全員可愛いし、種付けは快感だし、牧場経営者の役割を演じるのも悪くない。
けど。
これはやはり、「幸せだけど不幸なこと」かもしれなかった。