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マチュもニャアンも本能に忠実に自由に生きるという事は、当然こうなるんじゃないか・・・年頃の発情猫と発情犬みたいにお盛んなマチュデイズ。あとニャアンが帰って来たからといってやめるわけではないマチュ。なぜなら自分がやめたら次はニャアンがシュウジに跨るから。もう1コマ描くとしたら騎乗位ニャアンの横でピザ食べてるマチュかなぁ。

ジークアクス、マチュのキャラクター性がよくわからないみたいなネットの感想見かけましたが、自分は割とマチュの行動原理に疑問を持たなかったです。矛盾だのダブスタだの言われようが自分の都合を優先し、衝動的に生きるっていうはある種一貫性あるし、好きな男以外に媚びずに生きる未熟で我儘で強欲なマチュと、ただ天涯孤独を恐れ、それ以外の事の優先順位が極端に低く、人も殺せるニャアン。こういう不完全で歪なバランスは逆にリアルなんじゃないかと思います。育った環境によって人間は、同じ人間とは思えないレベルで違う生き物になる、というのは世界の常識で、そんな違う生き物同士が寄り添って同じ生き物になろうとしていくのってエモくないですかね。

あといにしえの言葉に「チョロイン」という言葉があって、

まあそういうヒロインに出会った時はえっちな絵描きたくなりますよね。

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