Home Creators Posts Import Register Favorites Logout
haven't archived this post yet. have a subscription? use the importer!

Content

【戻る】

L. 走る。






「うわああああああああ!!!」






 泣き叫びながら、僕は走った。


 泣きたくもなる! こんな凄まじい誘惑を断たないといけないなんて!




 内にある鬱屈を叫びと涙にして吐き出しながら、とにかく僕は走った。脇目も振らず、前だけを向いて走った。






 五人もの巨乳女子高生ハーレムに誘惑されて、それでもなお色香に溺れない僕は、男として失格なのだろう。


 現実世界に帰る、という考えの方が正しいだなんて、今の僕は思っていない。


 なにが正しいのか、判断基準がぐちゃぐちゃだ。




 ただの意固地か、現実世界への未練か、ここまで誘惑に耐えてきたことへのプライドか。


 自分を突き動かすものがなんなのかもわからないまま、僕は壇上に駆け足で登壇した。




 そしてついに、ラインテープで描かれた魔法陣の前まで到着する。


 魔法陣からは淡い青の光の粒子が出ていて、どこか神秘的な雰囲気を――




「出口、でぐち、うおおおおおおおおおお!!!」


 感慨に浸る間も無い。




 コンマ一秒でも早く淫夢の世界から抜け出さないと、またいつ淫らな欲望がぶり返すかわからない。


 次に欲情が再発したら、耐えきれる自信が無い!


 その前に、一刻も早く終わらせる!!






 即刻、僕は魔法陣に飛び込み、両足で踏みしめた!






「――――」






 直後、目の前が暗転した。


 直後、音が消失した。


 直後、視界全域が下から上に青白く塗りつぶされた。




 直後、時間の感覚が消え失せた。


 直後、呼吸の感覚が消え失せた。


 直後、呼吸どころか全身の存在も下から上に消えていき――






「――――」






 魔法陣の中に両足を踏み入れた少年は、


 ――僕は、この場から一切の痕跡を残さず、消滅した。






 * * *






「ハッ!? はぁ、はぁ!」






 呼吸する。


 酸素を体に取り入れる。


 自分の喉の、肺の、体の存在を確かめる。




 呼吸して自分の全身を強く認識すること数秒間の後に、僕はこの場でへたりこんだ。




「い、生きてる……」




 あの壇上の魔法陣は、踏んだ人間をこの世から跡形もなく消滅させる地雷型トラップだった。


 ……という、悪質なオチはさすがに無かった。




 一時はどうなるかと思って、死を覚悟したが。自分の体の無事を確認して、僕は安心する。




「それはともかく、ここはどこなんだろう?」




 白、白、白。


 白が視界を埋め尽くしていた。




 上空も大地も遠景も、あたり一面が真っ白で、雑草や砂粒すら見当たらない、なにもない無機質な環境。


 まるで淫夢の世界で僕が最初に目覚めた白い部屋を思わせる場所だ。なにもモノが見当たらない。




「……あ」


 ――前言撤回。モノが見つかった。




 周囲をキョロキョロ見渡しているうちに、僕は右後ろ五十メートルほどの場所に、なにやら青白い発光体らしきものを見つけた。




 他に行くあても無いので、さっそく僕は体を起こして歩いていき、特に障害もなくその発光体の真正面にたどり着く。




「――――」




 発光体は、パソコンのメッセージダイヤログのような形状をしていた。


 見たところ、これは淫夢の世界で何度か見た、誘惑女子への反則通知メッセージと同種のもののようだ。


 それらの前例に漏れず、今までと同じフォントで、この発光体にもメッセージが描かれている。


 ただし、今回のメッセージの宛先は誘惑女子ではなく僕を指しており――






 * * *






 おめでとうございます!




 人違いの勇者様


 貴方は、この淫夢の世界における誘惑のすべてに打ち勝ちました!




 今まで貴方が出会ってきた誘惑美女の中で、誰が貴方にとって最も魅惑的でしたか?


 この問いへの回答をもって、夢は閉幕となり、あなたは現実世界で目を覚ますこととなります。




 この度は、こちらの手違いで貴方を危険に巻き込んでしまって申し訳ありません。


 今後の貴方のご活躍を、心から祈らせていただきます。






 * * *






 かしこまったメッセージの口調に、一抹の寂しさを覚える。


 手違い――思えば全ての始まりは、僕がこの淫夢の世界に迷い込んだのは、意図的ではなく、アクシデントがきっかけだった。




 どこぞの異世界にいるクィーンサキュバスが、自分を倒した勇者を道連れにするために放った淫夢の呪術が、なぜか僕に誤爆して。


 そのクィーンサキュバスは、律儀にも僕を巻き込んだことを申し訳なく思っていて、道中で僕に手紙をよこして助言してくれたりもした。


 だけど、もともと勇者に倒されて弱っていたこともあり、僕が学校ステージに行く直前で、彼女は力尽きてしまった。




 今となっては、『ハァイ、人違いの勇者ちゃん♡』というおどけた呼び方が恋しい。


 お世話になったのだし、一度くらいは顔を合わせて会いたかった。


 淫夢と関係のない平和な世界で、談笑してみたかった。




「…………」


 故人を悼む気持ちを大事にして、僕はこの場でクィーンサキュバスに黙祷を捧げる。




「……もし生まれ変わって、僕の世界に来てくれたら、会ってお話でもしましょう」


 誰ともなく呟いた僕の誘いは、空気を揺らして消えていった。


 故人に言葉が届いたかは、神のみぞ知るところだ。






「……さて、今まで出会ってきた女の子で一番好きな子を選んだら、この夢は終わるんだったな」






 手短に済ませて終わらせてしまおう。


 僕は今までの誘惑を振り返り、自分にとって最も魅惑的だった女の子を選んで、口にする。




「僕が選ぶのは、――――」




 ステージの順番、女の子の特徴。


 それらを言い終えたとき、僕の意識は再び白い深淵に呑まれていった。


 そして――






 * * *






 意識が覚醒して、最初に感じたのは消毒薬の匂いだった。


 鼻孔に流れてくる空気の情報量が夢とは段違いだ。布の日向くさい匂い、自分の体の匂い、果物の甘い匂い。


 ゆっくり瞼を開けて視界を開き、網膜を働かせると、オフホワイトの天井にレンガのようなマス目があるのが見える。


 電気はついていないが、右横にあるカーテンの影から太陽の光がこぼれているので、暗くはない。今は早朝といったところか。




 ここまで体感した情報から、僕は確信を抱く。


 ここは現実世界だ。淫夢の世界ではない。




 ……だが、現実世界なのはいいとしても、ここは一体どこだ?




 上体を起こして起きようとしたが、全身が異様なまでに重い。倦怠感を圧し殺して体を起こすのに苦労する。


 それでもなんとか上半身を起こして、白い掛け布団をどかして、自分の全身を見る。


 買った覚えも買ってもらった覚えもない寝巻きを着ていた。パステルブルーのガウン姿。患者服によくあるやつだ。




 患者服――この発想の時点で、僕はひとつの結論を得る。


 周囲を見ても、やたら清潔感のある空気、真面目くさった白いベッドと白いカーテン、なにより点滴やらチューブやらの機器類から、疑いようがない。


 ここは、




「……びょう、しつ……ッ!?」




 考えを口にして、直後、僕は自分の声色に驚いた。


 自分のものとは思えない、あまりに弱々しい、しゃがれた声だったからだ。




 即座に水を飲みたいという欲求が湧く。水は、水はないか?




 あった。紙コップつきのウォーターサーバーが、右隣のすぐ近くに。




「水、水! ……ぐびぐびぐび、ぶはっ」


 生き返る。死んでないけど。




 水分補給を終えたことで、半覚醒状態だった僕の体は本調子を取り戻したらしく、意識がよりハッキリしていく。


 紙コップをくずかごに捨てつつ、僕は考えを次に進めていく。


 自分が病室にいるのはわかった。次は、『なぜ』か。病室まで来た経緯について――






「――あああああああああっ!!」


 思い出した! 思い出した! 思い出した!






 この瞬間、僕は淫夢の世界にいる間は忘れていた、自分の身に何が起こったのかの記憶を鮮明に蘇らせていた。




 ……余談だが、このとき。


 淫夢の世界のときの癖で、僕が人目も憚らず叫んでしまったことにより、




「きゃあああああっ!?」


 ばさばさばさっ!


「あ!? 書類が~っ!」




 通りすがりの看護師さんを驚かせて迷惑をかけてしまったのは……まぁ、ご愛嬌ということで。






 * * *






 すでに何度も言及していることを繰り返して申し訳ないが、僕はただの平凡な男子高校生だ。


 亀の甲羅を背負った仙人のもとで修行したことなど無いし、鬼になった妹を助けるために刀を握ったこともない。


 要するになにが言いたいかというと、僕は人生のあらゆる面で凡人の域を出たことがまったく無いのだ。




 普通の家庭に生まれ、普通に両親に愛されて育ち、小学校・中学校を普通に卒業した。


 高校生になるまでの歳月で、僕の知識や体力や機転といった能力が普通の枠を超えたことは一度たりとも無い。


 平々凡々、それが僕のスペックだ。


 したがって。






 信号無視して猛スピードで走ってくるスポーツカーの突進を、避けるすべなど僕にあるはずも無かった。






 * * *






 ある日の登校中、僕は悪質なひき逃げ事故に遭った。


 横断歩道を渡っているとき、信号無視のクルマにいきなり衝突され、凄まじい激痛が全身に走った後に僕は気絶した。




 そして次の瞬間、気がついたら僕は例の淫夢の世界にいた。


 一番最初の部屋で目覚めて、誘惑美女との戦いが始まった。


 僕の精神が夢にある一方、現実世界における僕の肉体は、大怪我で生死の境をさまよっていたようだ。




 容態は、かなり危なかったらしい。


 僕が大声で驚かせてしまった看護師さんに話を聞いたところ、半年間、僕は植物状態だったとのことだ。




「内蔵の損傷はなんとか対処できたんですけどね? 脳へのダメージがすんごい深刻で、起き上がれる可能性が無に等しかったんですよ。いやはや、意識が回復したのはスゴイ奇跡です! ……あ、いや、あなたが回復したのを貶しているわけじゃないですよ!?」




 慌ててまくしたてる看護師さんに、僕は押され気味になってしまった。


 とりあえず、「話し疲れたからベッドで休みたい」と僕が申し出ると、看護師さんは了承してくれて、この場をいそいそと去っていった。




 病室のベッドに戻って、僕は横になる。


 直後、脳裏によぎったのは両親の顔だ。




 平凡に過ごしてきた僕の十七年間の人生で、半年もの植物状態に匹敵するほどの大事件は今までになかった。


 さぞや、大きく心配をかけてしまっただろう。


 胸の奥がズキリと痛む。本当に申し訳ない。




 僕が目を覚ましたと聞いたら、喜んでくれるだろうか?


 こういうドラマ的な展開が、まさか現実で自分の身に起きるとは。


 そんな感慨を抱きながら、それとなくベッドの下を捲くりあげて、自分の衣服の股間部分が濡れていないことを確認すると。




 淫夢の世界で過ごしたことが、頭に想起されて。


 もし――あの世界で女体の誘惑に堕ちていたら、現実の肉体はどうなったか?


 という、今まで考えなかった事柄に考えが及んで。






「まさか……誘惑に堕ちたら、現実の肉体は、永遠に植物状態のままだったってことか!?」


 あるいは、夢の中での性行為による大量夢精で衰弱死、という可能性もあったかもしれない。






 死ななかった。死なずに済んだ。誘惑に堕ちなかったおかげで!




「ッ~~~~~!!」




 九死に一生を得たことを強く実感しながら、僕は自分の我慢強さを全力で自画自賛したのだった。






 * * *






 その後の顛末について語ろう。




 僕が意識を取り戻したことを病院は即座に僕の親に報告したらしく、ほどなくして父と母が病室に駆けつけた。


 母は今までに類を見ないほど大泣きして喜んでくれた。


 父も、母ほどわかりやすくはないものの、「よく頑張った」と僕の頭を撫でてくれた。




 退院したらお祝いにどこかで外食にでも行こうと提案してくれたので、僕は中華料理を希望した。


 すると父から「もっと高いものでもいいぞ? 遠慮するな」とハードルを上げてきたので、ならばと僕はしゃぶしゃぶを所望した。店でのしゃぶしゃぶは一度食べてみたかったのだ。


 ここで母が「よーし、お腹を空かせてきちゃうぞー!」と気合を入れる仕草をすると、父があくまで僕のお祝いだぞとツッコミを入れて、思わず僕は笑ってしまった。




 家族との久しぶりの談笑で、あの淫夢の世界で色香に溺れず現実に戻ったのは正解だったと、僕は喜びを噛み締めた。


 心のどこかで燻る歯切れの悪い違和感に、気のせいだと無理やり蓋をしながら。




 * * *




 さらに数週間後。




 リハビリを挟んである程度の筋力を取り戻したあと、僕は退院した。


 その後の一番近くの土曜日に、僕は家族と一緒に、自分の回復祝いであるしゃぶしゃぶ屋での外食を行う運びとなった。


 茹で上がった肉や野菜に舌鼓を打ちながら、父と母との会話に花を咲かせる。




 その雑談の最中で、僕は自分が植物状態になる直接的な原因となったひき逃げ事件の犯人が逮捕されたことを知った。




 なんでも目撃者が数人いたらしく、そのうち一人が車のナンバーを覚えていてくれたそうだ。


 ナンバー以外にも、目撃者全員が覚えていた車の特徴がすべて矛盾点なく一致したことも決め手になってくれた。


 僕は、その車の写真を見ることはできないかと父と母に申し出ると、二人とも同じ車の写真を見せてくれた。




 写真にあるのはまごうことなき、僕をひき逃げしたスポーツカー。




 僕が「こいつだ、間違いない!」と断言すると、母はホッとした様子で息を吐き、父はここで僕に提案をしてきた。


 ひき逃げ犯の刑事裁判に、証人として出てみないかとのことだ。


 即決で僕は了承した。僕を植物状態にしたひき逃げ犯への怒りが、このとき僕の中で静かに煮えたぎっていた。




 すると父は、裁判関係者との打ち合わせに僕も参加できるように打診してみると、快く返事してくれた。




 そのあとは家族全員、しゃぶしゃぶの食事に戻った。


 僕が植物状態のあいだに現実ではなにが起きていたのか、食事と談笑に花を咲かせながら、楽しい時が過ぎていった。


 いまだ心のどこかに残る正体のわからない違和感は、時とともに自然消滅すると、この時の僕は思っていた。




 * * *




 翌日。日曜日の午前。


 父と母はもともと予定していた裁判関係者との打ち合わせに行くため、僕を自宅に残して出かけていった。


 今、僕は家で留守を任されている。




「…………」


 ひまだ。やることが無い。




 僕の裁判の打ち合わせ参加は来週からになるそうだ。手続きが間に合わないらしく、僕は今日の打ち合わせに行けない。


 自分の巻き込まれたひき逃げ事件に関する裁判の打ち合わせなのに、行けないのは釈然としないが、致し方ない。


 ポッカリと空いた時間で、なにをしようか僕は迷う。




「勉強でもするか? でも、そんな気分じゃないし……」




 リビングのソファーに座って、考えを巡らせるうちに。


 ふと――淫夢の世界での記憶が脳裏によぎる。


 すべての誘惑を乗り越えたあとに待ち構えていた、最後のあの問い。






『今まで貴方が出会ってきた誘惑美女の中で、誰が貴方にとって最も魅惑的でしたか?』






 あのときは特に深刻に考えずに、完全に自分の好みで、誘惑美女のうちの一人を選んだ。


 現実世界に帰るトリガーとなる最後のスイッチ程度にしか、あの問いの存在の意味を考えていなかった。




『この問いへの回答をもって、夢は閉幕となり、あなたは現実世界で目を覚ますこととなります』




 振り返って考えてみると、疑問が湧いてくる。


 この淫夢の世界の創造主たるクィーンサキュバスは、なぜ、最後に僕の異性の好みを聞いたのだろう?


 それも、現実世界に帰るための条件にしてまで。




 淫夢の世界の最後のメッセージを僕が目にした時点では、すでにクィーンサキュバスは力尽きていたはずだ。


 僕は自分好みの誘惑美女が誰なのかを答えはしたが、それがクィーンサキュバスに伝わるとは考えがたい。死人に耳は無い。




 となると――あの問いは、クィーンサキュバスが生きていた場合を想定して作られたものであって、彼女の死後に発動するのは想定外だった。


 そう考えるほかに納得のいく結論は無い……と僕は思う。


 想定外というなら、そもそも僕が淫夢の世界に来たこと自体がアクシデントであり、クィーンサキュバスにとって想定外なのだ。




 まさか、あの問いを通じて、死後の彼女が僕の異性の好みを把握するなんて、そんなことあるわけが――




 ――いや、仮に異性の好みを把握されても。


 彼女は死んでいるのだから、知ったところで僕の異性の好みという情報を活かすためのすべが無い。死人は動けない。




 杞憂だ。杞憂に決まっている。


 頬に滴る嫌な汗も、背筋を舐められるような悪寒も、気のせいに決まっている。






「な、なんだこの変な流れ。……ゲームでもして忘れよう」


 湧き上がる不安を払拭するべく、ゲーム機を使おうと僕が腰を上げると。






 ピンポーン。


『郵便でーす』






 家のインターホンと、日常じみた印象の若い女の声。


 書留だろうか? 受取主のサインが必要になる特別な郵便。




「はーい、今いきまーす!」




 僕は適当にボールペンを持って、来客を迎えるべくドアを開けた。




 無防備に、無警戒に、ドアを開けて、そして見てしまった。






「……え」






 数秒、時を忘れた。


 ボールペンを落としてしまう。


 鼻孔を舐める甘い香りに、心臓がずぐんっと高鳴る。




 視界に飛び込んでくる、女体の造形美に心を奪われる。


 金縛りにあったように僕は動けなくなった。




 一度揉んだら手離せないであろう、僕の願望通りの乳房の形。


 抱きしめたくなる腰のくびれ、跳ね上がった臀部の甘い肉付き。


 スラリと伸びた脚線は男の欲求を誘発し、柔い太ももの肌艶は淫らな妄想を煽ってくる。




 目の前の美女は、躰も服も顔立ちも、なにもかもが僕の理想と合致していた。




 それもそのはず。


 彼女の姿は、僕が淫夢の世界から現実に帰る際の最後の問いへの回答と同じだ。




 ――今まで貴方が出会ってきた誘惑美女の中で、誰が貴方にとって最も魅惑的でしたか?




 僕にとって最も魅惑的だった誘惑美女が、今、現実の肉体で、目の前にいる……!






「ずっと会いたかったわ――【人違いの勇者】ちゃん♡」


「ッ!!?」






 衝撃的な色香の次は、衝撃的な台詞が飛び出た。


 その呼び方に、僕の記憶で該当する人物はただ一人!




 なんで彼女が生きて、その姿で、目の前にいるんだ!?






「それにしても……いくらなんでも驚きすぎよぉ♡ もしかして、事前にドアの覗き穴から外の様子を見なかったの?」


「う。そ、そうです」


「不用心ねぇ。ふふふ♡」






 クスクスと含み笑いをしながら、彼女は唇を艶やかに舐める。


 仕草の一つ一つがいちいち艶めかしくて、目の毒だ。


 とにかく僕は話題を見つけて会話に集中することにした。


 他のことで女体から意識を逸らさないと、気が狂いそうだ。






「あの……クィーンサキュバス、さん? なんで、どうして、ここに?」




 そうだ――彼女の正体は、クィーンサキュバス。


 僕を間違って淫夢の世界に送り込んだ張本人であり、その後は手紙で助言を送り続けてくれた律儀な恩人。




「あ、いや、会いたくなかったってわけじゃなくて。いろいろお世話になったし、会えたこと自体は嬉しいです。けど、なんでなのかな~……って」




 頭の中の言いたいことが、実際の言葉に追いつかない。


 僕は意味もなく両手を泳がせながら、しどろもどろになってしまう。


 そんな僕にクィーンサキュバスは片手を腰に当てると、不思議そうな顔をしながらこんなことを言ってきた。




「どうしても何も、あなた、ワタクシの淫夢から目覚める直前で言ったじゃない。聞こえてたわよ」


「えっ」




 思わず僕は顔を上げた。


 あの言葉を、聞いていたのか?


 淫夢の世界からの脱出直前に、僕がクィーンサキュバスに黙祷してから言った言葉。






「言ってくれたじゃない。『もしワタクシが生まれ変わって、あなたの世界に来たら――」


 ――会って、お話でもしましょう。






 「――会ってセックスでもしましょう』って♡♡♡♡♡」


「ッ!!? いやいやいやいや!!」


 違う違う違う!!






 過去の僕の発言をとんでもない方向に改悪したクィーンサキュバスに、僕はノーの意思を総動員して激しく手を振った。




「違いますって! 僕はただ、あなたと平和的に談笑したかっただけです!」


「だんしょお!? イヤよ、つまらない! あなたの世界に異世界転生までしてやってきて、ものすごーく苦労してあなたの元までたどり着いたのに、することがただのオハナシって!」


「い、異世界転生って言葉、ご存知なんですね。って、ちょっと!?」






 ぐいぐいと彼女が接近してきて、つい僕は後ろに下がってしまう。


 それに伴い、僕はクィーンサキュバスの自宅内への侵入を許してしまった。


 彼女はドアを閉じつつ、くつを玄関に脱ぎ散らして床に上がると、僕の肩を両手で掴んで、床に押し倒してくる。




「ま、待ってくださいって! 勝手に上がっちゃ――」


 ぎゅうううううっ♡♡♡♡♡


「はうっ!?♡♡♡♡♡」




 反則的な柔肌にのしかかられ、僕は短い悲鳴を上げてしまう。


 クィーンサキュバスの理想的すぎる肉体は、胸の柔らかさは、肌の滑らかさは、尋常ではなかった。


 喜悦を禁じえない。肉の柔らかさに、甘い香りに、あっという間に虜となる。


 僕は自分からも抱き返してしまう。




 ぎゅぎゅうううううっ♡♡♡♡♡


「あらあら。『体は正直』ってやつね♡」


「うう、抗えない自分が情けない……♡♡♡♡♡」


「いいのよ、甘えても。これはご褒美なんだから♡」




 ご褒美? いったい何の?


 僕が疑問を顔に出すと、クィーンサキュバスは耳元で意味深に囁いてきた。






「めくるめく淫夢の世界で誘惑美女たちに性欲を煽られ、それでもあなたは我慢を貫き、誘惑に打ち勝った」


 淡々とした口調で、まず僕の戦績を列挙。






「その結果、あなたは現実世界での人生を取り戻せた。けれど……元々あなたの物だったものを取り戻しただけ。新しく得た報酬は何も無い」


 次に、栄光にケチをつける前置きをして。






「薄々、あなたも思ったんじゃない? 苦労の割に合ってない、って」


「!!!」




 グサリ、と。


 図星の一言で、彼女は僕の心を突き刺した。




 現実世界で目覚めて以降、自分の中で燻っていた謎の違和感の正体を突きつけられる。


 たちの悪いことに……激しい肉欲とのオマケつきで。




「ッ~~~~~~!」




 懊悩が爆発する僕に、クイーンサキュバスは艶やかな顔を迫らせる。


 饒舌に動く唇が、僕の唇に近づく。






「難しく考えることは無いわよ♡」


 リビングの照明が逆光になって、彼女の笑みに影がかかる。




「そもそもワタクシはオーケーなんだから、あとはあなたさえ頷いてしまえば、その先にあるのはただの合意のラブラブセックスよ?」




 心臓を撫でられるようなむず痒さを警戒し、だが、同時に僕は甘美な蜜を欲しがってしまう。


 淫夢の世界にいたころと違って、現実世界に帰れないリスクは無い。


 目の前の理想的すぎる柔肌に、心おきなく溺れていい。






「頷いてしまえば、ここから先は天国よ?」


 苦労して淫夢の世界から脱出した僕への、甘美なご褒美。


 それを提示するクィーンサキュバスの誘いに、僕は――






「ねぇ? ……イイコト、しない?」


「……したい、です」


 迷いはほんの数秒だけ。


 ほぼ即決で、僕は誘惑に屈した。






 選択肢が頭によぎるタイミングすら無かった。


 抱き合いたい。揉みしだきたい。唇を重ねたい。




 だましだまし誤魔化しを重ねたメッキがついに剥がれた気分だ。




 ここにいる僕は、淫夢の世界にいた頃の我慢強い主人公じゃない。


 平凡で、思春期で、美女の誘惑にめっぽう弱い。


 簡単にハニートラップに溺れる、意志薄弱な愚か者。




 その弱さを、クィーンサキュバスは許してくれる。


 どんどん唇が迫ってくる。息づかいが僕の口にかかる。


 理想的な美貌は頬を赤らめながら笑っていた。その笑顔を、僕を誘惑で堕とせたことへの喜び、と評価するのは傲慢だろうか。




 やがて彼女は目を閉じると、唇をすぼめて、数秒だけ停滞してキス顔を見せる。


 焦らされることにより僕の胸がざわつき、唇が欲しい欲が首をもたげたところで。






 ちゅっ♡ っと。


「……んっ♡」


 唇が着地。


 少し触れるだけの、軽い口づけを交わしてから。






「ありがとう。すごく、嬉しい」


 あろうことか、クィーンサキュバスは誘惑に屈した僕に感謝した。






 真摯な声で、瞳を潤ませて。愛おしい恋人のように。


 その切ない態度が意外すぎて、淫夢の主たるクィーンサキュバスの真摯な情緒に、僕は驚きのあまり硬直してしまった。




 もしかしてこれ、仮面の無い、彼女の素の顔では?


 と、漫然と僕の脳裏に考えがよぎった直後。






「……さて、堅苦しい前置きは終わらせたことだし♡」


 クィーンサキュバスは指で涙を拭うと、パッチリと目を見開いて、






「さあ、おっぱじめるわよ~~~~っ!!♡♡♡♡♡♡♡」






「ッ!? うわあっ!!」


 んぶっちゅ~~~~~~っ♡♡♡♡♡♡♡


「んむむむむうううぅぅぅぅ!!♡♡♡♡♡♡♡」






 身も蓋もない、という表現を絵に描いたような捕食ディープキス!!


 彼女は今後の僕の人生を決定的に変えてしまう引き金を思いっきり引いたのだった。






「んむちゅっ♡♡♡ ぷはっ! ちょ、ちょっと待ってぇ!」


「待たないわ! さんざん我慢していたのはワタクシだって同じなのよぉ!」


「せ、せめて場所を変えましょうよ! ベッドとかお風呂とかありますから!」


「あら素敵。そうね、恋人同士の初めてが床の上なのはたしかに味気ないわね」


「恋人!?」


「うん、そう。あとであなたのパパとママに紹介してね♡ ……あ。もしかして、ワタクシじゃイヤ?」


「い、いやそんなことは全然! むしろ光栄、です」


「ふふふ、淫夢の世界にいたころより素直になったんじゃない? 人違いの勇者ちゃん♡」


「開き直っているだけですよぉ! あーもう! こうなりゃヤケだ~~~!」






◆GAME CLEAR


◆ベストエンド 現実世界での恋人獲得




◆特別付録 クィーンサキュバスのプロフィール




 主人公を誤って淫夢の世界に送った元凶であり、助言で助け続けた律儀な恩人。


 異世界で勇者に倒され、肉体を失って魂魄体のみとなったサキュバスの女王。




 サキュバスのくせに種族特有の戦闘スキルであるエナジードレインとレベルドレインの両方が使えず、同族から落ちこぼれとして迫害された過去を持つ。


 しかし、彼女は種族の中でも際立った美貌と長寿、さらに研鑽を重ねて鍛えた性技によって、「相手が衰弱死するまで延々と骨抜きにする」という戦術を確立。


 敵戦力の重要人物を相手に命が尽きるまで時間稼ぎ=快楽漬けにする荒業で、対人戦闘で勝利を積み重ねた。


 殺害の即効性に欠けるとはいえ、個人戦闘力が高い敵への足止め・対策性能が非常に強く、その力を見初められて魔王軍に抜擢。これを境に実力をどんどん伸ばして出世を重ね、最高幹部たる四天王にまで登りつめた。


 勇者に倒されるまで、彼女が仕留めた敵の総数は魔王軍四天王の中で最小だが、数より質を地でいき、無力化した戦闘力の総合量はぶっちぎりのトップである。




 苦労した過去を持つゆえに、苦難に遭いながらも踏ん張って前に進む人が好き。




 ちなみに作中では明かされなかったが、彼女の本当の名前は『シトネ』である。


 シトネちゃんと主人公が呼ぶとニコニコ喜ぶ。かわいい。




◆最後までご愛読ありがとうございました!

Files

Previews only

Comments

No comments found for this post.