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※こちらは、faultシリーズの二次創作18禁小説です。

キャラの設定には独自の解釈が含まれ、ストーリー展開は公式のものではありません。



海の底には、光が届かない。


それは、リトナがヴィタドメインに連れてこられた時、最初に感じたことだった。


この施設は、海底深くに沈んでいる。医療研究センターの中核医療室——そう呼ばれているが、実態は何なのか、リトナにはわからなかった。


わかっているのは、ここから逃げ出せないということだけ。


無茶なマナクラフトで身体を壊し、意識を失ったリトナが目を覚ました時、そこはすでにこの海底施設だった。


セルフィーネやルーンの姿はなく、代わりに町で出会ったばかりのソルという少年が傍にいた。


「リトナ......! よかった、目を覚まして......!」


「ソル・・・?」


ソルの泣きそうな顔。大きなベビーブルーの瞳に浮かぶ涙。

リトナは彼の頬にそっと手を触れる。 おかしいなと自分でも思う。


「よかった・・・、あなたが無事で。」


この少年とはまだ出会って日が浅いはずなのに、なんでこんなにも大切に感じるのだろう。 

小憎らしくも可愛らしい子ではあるのだが、 今はこの子のことを何があっても守らなければならないという使命感と、そうしたいというもっと深いところにある欲求が疼いてやまない。


日を追うごとに、彼女の心と魂はこの小さな少年に向いていく。


ルゼンハイドが危機に陥ったつい数日前までは、ここから脱出して、セルフィーネのもとに戻らなければならないというその使命感だけが、リトナを突き動かしていたというのに・・・。


***


この、ヴィタドメインの中では、時間がとてもゆっくりと流れている。

いや、流れているのかどうかさえ、もはやわからない。


リトナは天井を見上げたまま、ぼんやりと瞬きを繰り返していた。

白い天井には揺らぐ青白い光。どこからか聞こえる水の音。それが現実なのか、夢の中なのか、境界線がどんどん曖昧になっていく。


壁の向こうには、深い海が広がっている。

時折、巨大な影が通り過ぎるのが見える。あれは鯨だろうか・・・。


それとも、もっと恐ろしい何かだろうか。


窓のないこの施設では、太陽の位置で時刻を知ることもできない。 

ヴィタストリームというマナを含む海流の中にあるこの海域はつねに水中が淡く光っており、昼夜を問わず一定の仄暗さを保っている。


この環境が時間の間隔を狂わせるのだろうか。


「リトナ、大丈夫・・・?」


傍らから、少年の声が聞こえた。


ソルだ。

くすんだマゼンタ色の髪をした少年が、心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。

大きな瞳には、純粋な不安の色が浮かんでいた。


汚れた白いシャツに、黄色の裏地と黄色のフードが付いた茶色のノースリーブジャケット。腰には濃い青色の布が巻かれている。


ポート・サセアリーで出会った時と同じ服装だが、今はずいぶんとくたびれて見えた。


「・・・・・・ああ」


リトナは短く答えた。身体が重い。まるで深海の底に沈んでいるような、そんな倦怠感が全身を支配していた。


「顔色、あまりよくないよ。 また、あの薬のせい?」


ソルの言葉に、リトナはゆっくりと首を振った。


「わからない・・・。ただ、少し疲れているだけだ」


嘘だった。疲れているだけではない。何かがおかしい。

自分の中で、何かが少しずつ崩れていくような感覚がある。しかし、それが何なのか、言葉にすることができなかった。


しばらく左腕につけていたアンプルも外されて、身体は楽になったはずだった。しかし、楽になったはずなのに、頭の中は霧がかかったように重い。


医療担当のデトリは鎮静剤と言っていたが、あの軽薄そうな看護士はいつも大した説明もせずいろんな薬を打ってくるからイマイチ信用できない。


***


薬の匂いが漂う処置室の中で、リトナは裸のままデトリの触診をうけていた。


数日の間、寝込んで服を変えていなかったのか、汗ですっかり濡れて匂ってしまったようだ。まとめて洗濯しないといけないだろう。


しばらくすると、もう一人の医療担当であるダストも静かに歩み入ってきた。


背が高く理知的で、どこか冷たい印象のある女性。

デトリと同じような服装だが、印象は真逆で彼女の方がずっと医者らしくみえる。


「リトナ様、だいぶご体調が回復されたようで......」


ダストの声は、表面上は丁寧だった。しかし、その奥に何か別の意図が潜んでいるような気がして、リトナは警戒心を覚えた。


「すっかり血で汚れてしまっているようなので、お召し物をお持ちしました。」


そういってダストが差し出したのは、黒く畳まれた布だった。


「マント?」


いつも自分が外出の時に羽織っているマントに見えたが、よく見ると違う。素材が全く異なる。水が反射する青い光に妖しい光沢を走らせ、まるで液体のように滑らかだった。


リトナはそれを受け取り、指先で触れてみた。


ツルリと肌を撫でる感触に、思わず身体がわずかに震えた。

冷たいわけではない。むしろ、体温に合わせるかのように馴染んでくる。しかし、その馴染み方が、どこか異質だった。まるで、生き物のように......。


「・・・・・・これは?」


「特別な素材で作られたマントです。ペイジュ様からリトナ様にと特注されたものです。贈り物とのことで・・・。」


「ペイジュが・・・・・・?」


あの少女の名前を聞いて、リトナは眉をひそめた。


グレーの無造作な髪を二つのおさげにまとめた、緑色の細い目をした少女。

目の下にはクマがあり、辛辣な言葉遣いが特徴的だった。袖なしのティール色のドレスに、紫色のカーディガンを羽織っている姿が思い浮かぶ。


彼女ともドメインに来てから出会った仲だが、正直友好的な態度では無かった。

少なからず交流を深めた今では、あれは素の性格なのだろうと理解はできるのだが。

刺々しく見下すような態度を見ていると、昔の自分を客観視しているようでちょっと嫌な気分になったものだ。


しかし、贈り物をしあうほどに親密になったかというとそうではない気もする。何を考えているのかいまいち掴めない子だ......。


「よくお似合いになると思います」


ダストの言葉に、リトナは渋々マントを羽織った。

その瞬間、不思議な感覚が全身を包んだ。 青色に艶やかな光沢を走らせる裏地は、ぺったりと皮膚に吸い付く用で、生暖かい水面を思わせる奇妙な感覚だった。

纏っていると、まるで水の中に沈んでいくような......。


「よくお似合いです」


ダストが微笑んだ。しかし、その笑みには温かみがなかった。


「・・・代わりの服は?」


「申し訳ございませんが、そちらだけです。本日よりしばらくその恰好で過ごしていただくことになります」


「は・・・?! 裸の上にこのマントだけ?」


リトナの声が思わず大きくなった。戦士としての誇りが、そのような恰好を許すことを拒んでいた。


「本日よりリトナ様が滞在していただく部屋は、特別な効能を持つ空間となります」


ダストは淡々と説明を続けた。リトナの抗議など、まるで聞こえていないかのように。


「このドメイン内でも特に濃度の濃いヴィタストリームが満ちる特別室になっています。回復のため、全身でストリームに浸かっていただきたいので、衣服は最小限にしていただく必要があります」


「そちらのマントも、ストリームを中に満たして閉じ込め、皮膚から効率よく取り込む役割を果たします」


リトナは反論しようとしたが、言葉が出てこなかった。身体が重い。思考がまとまらない。


まるで、妖しく肌に貼りつくこのマントが意識を鈍らせているような......。


「回復できるよう、特別なおくすりも処方します! 身体の色んな部位にお注射しますので、何も着ていないほうが嬉しいで〜す」


間髪を入れずにデトリが割り込んできた。その口調はあまりにも軽薄で、リトナは思わず顔をしかめた。

ダストはまだしも、正直この娘は苦手だ。


「幻覚が見えたり、幻聴が聞こえてきたら教えてください。おくすりを投与します」


デトリはにっこりと笑った。その笑顔が、どこか狂気じみて見えた。


「特別室には既にソル様もお待ちですので、どうかごゆるりと......」


ダストはリトナを連れ、ドメインの更に奥の方へ彼女をいざなった。




***


特別室に案内されたリトナは、言葉を失った。


そこは、まるで水族館の水槽の中のような空間だった。壁は透明で、その向こうには深い青色の液体が満ちている。それはただの水ではない。


ヴィタストリーム——生命力そのものを液体化したような、神秘的なエネルギーの海だ。


そしてその中には様々な色の光を放つ、不思議なクラゲの群れが渦を巻くように漂っていた。


天井からは淡い光が降り注ぎ、部屋全体を幻想的に照らし出していた。光は水の中を通過し、揺らめきながら床に模様を描いている。


そして、部屋の中央に設置された白い寝台の上に、裸にされた少年が横たわっていた。


「ソル・・・・・・!」


リトナは駆け寄った。ソルは目を開けていたが、その瞳はどこか虚ろだった。


「リトナ・・・。」


「大丈夫か? 何をされた?」


「わからない・・・・・・。ただ、眠い・・・。」


ソルの声は力なく、まるで夢の中で話しているようだった。

くすんだマゼンタ色の髪が、白い寝台の上に広がっている。


「この子に何をした・・・・・・!」


リトナは振り返って叫んだ。しかし、ダストとデトリの姿は既になかった。


「お二人の、お邪魔はしませんので、どうぞお楽しみくださ〜い♪」


デトリの声が、どこからか響いてきた。。

振り返ると、ドアはすでに閉じられていた。ロックされている気配がした。


リトナは舌打ちをした。このマントだけという恰好も屈辱的だったが、それ以上に、この状況が理解できなかった。


なぜ自分たちはここに閉じ込められているのか。なぜペイジュは自分にマントを贈ったのか。そして、なぜソルまで・・・・・・。


「リトナ・・・。」


ソルが弱々しく手を伸ばした。リトナは無意識にその手を取った。


「大丈夫だ・・・。私がいる」


そう言いながら、リトナは自分の言葉に違和感を覚えた。なぜ自分はソルに対して、こんなにも優しい気持ちになっているのだろう。


確かに、ソルは病気の妹ミルのために必死に働いている健気な少年だ。

最初は詐欺師かと疑ったが、その純粋さに心を動かされたのは事実だ。


しかし、今感じているのは、それとは少し違う。もっと深い、もっと強い感情。


まるで、大切な人を守りたいという......。


「・・・・・・?」


気付いた時には、リトナはソルを抱きしめていた。

彼の身体を温めてあげるように、マントで包み込む。 


「リトナ・・・・・・。」


「大丈夫・・・、ソル・・・、大丈夫だから・・・。」


彼を抱きしめる腕に力が入る。

リトナの柔らかな胸にソルの顔が埋まると、彼は安心したように目を閉じる。


そして、胸の鼓動も体温もだんだんと高まっていった。


頭がぼんやりする。 鼓動がはやまる・・・。

このマントを着てから、思考がますますまとまらなくなっている。


ソルの手を握りながら、リトナは透明な壁の向こうを見つめた。青い液体の中を、何かが泳いでいる。小さな魚のような・・・いや、違う。あれは——


——セルフィーネ・・・様?


リトナは目を見開いた。しかし、次の瞬間には、その姿は消えていた。幻覚だろうか。それとも......。


「リトナ・・・、もっと・・・。」


少年の声がリトナの意識を一気に目の前の温もりに引き戻す。

心がどうしようもない切なさと、疼きに溢れてくる。


「ソル・・・!」


リトナは、ソルの小さな体をベッドに押し倒し、その体温を求めるように抱き締め続ける。


おかしい・・・、なにかおかしい。 これじゃぁまるで恋人同士みたいじゃないか・・・。 こんな年の離れた少年に、この私が・・・?


バカな・・・、そんなことが・・・。


水槽の中に沈んでいくような感覚。どんどん深く、深く......。


***

それからどれくらいの時間が経っただろうか。


リトナの記憶と意識の混濁は、日を追うごとに深刻になっていった。


朝(それが朝なのかどうかもわからないが)、目覚めると、前日の記憶が曖昧になっている。昼には、数時間前のことさえ思い出せなくなる。夜には、自分が誰なのかさえ、ときどきわからなくなる。


前は、定期的にデトリかダストが顔を見せていたのに、この特別室に入ってからは彼女達は一向に姿を見せなくなった。


唯一、鮮明に残っているのは、ソルの存在だった。


「リトナ、今日は気分どう・・・?」


ソルの声。ソルの笑顔。ソルの温もり。


それだけが、リトナを現実に繋ぎ止めていた。


「・・・ああ、悪くない」


リトナはそう答えながら、ソルの顔を見つめた。年齢相応の、幼さの残る顔立ち。

この少年を、守らなければならない。

その思いだけが、混濁する意識の中で、灯台の光のように輝いていた。


「よかった。昨日は、すごくうなされていたから、心配した。」


「そうか・・・。わるかった」


リトナはソルの頭を撫でた。柔らかい髪の感触。温かい体温。


「あ・・・。」


ソルが頬を赤らめた。


「ご、ごめんなさい。なんか、リトナに撫でてもらうと、安心するっていうか・・・。」


「気にするな」


リトナは微笑んだ。自分でも不思議なほど、穏やかな気持ちだった。

どんどん、水に溶けて沈んでいくみたい。


その思考が、ふと頭をよぎった。

ここにいたら、どんどんおかしくなる。


セルフィーネ様・・・。


「・・・!」


リトナは目を見開いた。今、誰の名前を思い浮かべた?


セルフィーネ。金色の髪。青い瞳。明るい笑顔。


「姫・・・様・・・?」


口から零れた言葉に、リトナ自身が戸惑った。姫様? 自分には、守るべき姫君がいたのか?


「リトナがいれば、どこへだって行ける気がするの」


誰かの声が、記憶の奥から響いてくる。


「私はルゼンハイドの姫として、民を守る責務がある。でも、リトナがいてくれるから、怖くないの」


その声は、とても温かかった。とても愛おしかった。


しかし——


——その記憶は、水面に映る月のように揺らいで、すぐに消えてしまった。


溺れていくほど、どんどん忘れていくみたい。


「リトナ? どうしたの・・・?」


ソルが心配そうに顔を覗き込んできた。


「いや、なんでもない」


リトナは首を振った。そして、ソルの手を握った。

そして、彼を胸元に引き寄せ、マントで包み込んだのだった。


「あ・・・!!」


「お前が近くにいないと、不安でたまらないんだ・・・。 だから感じさせてくれ・・・。」


リトナはソルの頭を搔き抱いて、胸元に埋める。

ソルはほんのりと漂う香りと温もりに顔を赤くして浸る。


「私が好きか?」


ソルの耳元に唇を寄せ、リトナが囁く。

ソルは潤んだ上目遣いで返した。


リトナは、フッ、と笑うと、マントを手繰り寄せ、ツルツルの裏地で包み込み、彼の身体をさわさわと愛撫する。


「あ・・・つ!! あぁ・・・、リトナ・・・!!」


「ふふ・・・、このマントの感触は気持ちがいいだろ?」


大きなマントは、二人の身体を包んでなお余りある。

深い青の裏地は、水面のように滑らかな感触で、少年を撫でまわす。


「あぁ・・・、ああぁっ!!」


甘い声を漏らす彼の様子にリトナも興奮を抑えることができず、どんどん意地悪く感じるところを擽りまわす。


「我慢しなくていい・・・、一緒に溺れよう・・・。」


「ああぁん!!  ああぁぁ・・・・・・!!」

ドクドク・・・、ドクドクドク・・・・・・・!!


少年はビクン、ビクンと体を戦慄かせながら熱く粘っこい液を漏らした。

伝い堕ちる熱い液体の感触に、リトナも息を漏らす。


「ご・・・ごめん。ごめんなさい・・・!! リトナ・・・ぼく・・・!!」


「いいよ、ソル・・・。」


そして、リトナは、彼の顔を抱き寄せ、その唇を塞いだ。


「・・・っ!! ん・・・ん!!」


彼は驚きに目を見開いた後、目を細めてキスの味に浸る。


リトナの方も、目を閉じて少年の唇を味わった。

愛しくてたまらない。この小さな弱々しい存在が・・・。


最初は、庇護欲や母性本能からだったであろう彼への想いがもう止められない。

どんどんおかしくなっていく自分を、リトナはもう受け入れることにした。


「ぷはっ、はぁ・・・はぁ・・・!!」


長いキスを終えたリトナは、そのままマントの拘束を緩め彼を押し倒した。

そして、彼の上に馬乗りになる。


「あぁ・・・、リトナ・・・リトナ!!」 


「ソル・・・!」


そして、彼女は彼の腰の上にゆっくりと腰を下ろす。


「私は受け入れる・・・、だから私の物になれ!」


ヌププ・・・!! ヌプ・・・!!


「あぁ!! あああぁぁ!!!」


ソル自信を、自分の中に受け入れる。

その途端に、リトナの中に体が跳ね上がるような悦楽が貫いた。


おそらくはソルも同じことだろう。

空間を満たすヴィタストリームが彼女の昂りに共鳴して益々身体に流れ込んでいくようだった。


ソルがまたしても絶頂し、こんどは熱い屈服の証が直接体内に流れ込んでくる。

その熱い熱いエキスとマナの流れが体内で混ざり合い弾ける。


その悦楽はどこまでも甘く熱く、リトナの心を幸福で満たした。

溺れていくほどに、どんどん忘れていく・・・。

なぜここにいるのか・・・、ここから出た後に何をしたかったのか・・・。


身体が快楽に痺れるたび、抜け落ちていった。




***

ペイジュは、薄暗い部屋の中で、静かに水槽を見つめていた。


部屋は彼女の私室であり、研究室でもあった。壁一面に設置された巨大な水槽。そこに住まうのは、深海から連れてきた珍しい生物たちだった。


巨大なガラスの箱の中では、滑った黒い光沢を持つ平たい身体の生物が、実に官能的に動いていた。


巨大な黒い蛸が、蟹を外套膜に取り込み、ゆっくりと咀嚼している。


「美しい・・・」


ペイジュは囁いた。その緑色の細い目には、恍惚とした光が宿っている。


アクアリウムの中では様々な命の営みが繰り広げられるが、その中でも“捕食”は交尾と同じくらい官能的で夢中になる。

それこそ一晩中でも眺めていられるほどに。


必死に逃げようとする小さなカニを、黒い大きな触手が淫らに絡めとる。 そして、抵抗も空しく黒いマントの中に包み込まれ、やがてその動きはだんだんゆっくりと・・・。


「ふふ・・・。」


うっとりと眺めるその目には無邪気な喜びと、静かな狂気が同居している。


彼女はいつも、水槽を眺め、本を読んだり物語を書いたりしてきた。 それは、このヴィタドメインの研究主任となってからも変わらない習慣だ。


水槽を見ていると、ガラスに閉じ込められた世界が自分の手の中にあるような気がする。


ここには世界がある。命の営みがある。生と死が、残酷なまでに美しく交差している。


「私はアクアリウムが好き。この掌の中に小さな世界があって、この世界は自分の思い通りになるって思うと心が満たされるの」


かつて、リトナにそう言ったことがある。

あの時のリトナの顔——軽蔑と困惑が入り混じった表情——は、とても愉快だった。


「このヴィタドメインの価値に比べれば、海上の町など、それどころかこの星の半分くらいは無いも同じね」


あの時も、リトナは不快そうな顔をしていた。

しかし、今はどうだろう。


「ペイジュ様」


背後から、ダストの声がした。


「例の部屋の様子、ご確認いただけますか」


「ええ」


ペイジュは振り返らずに答えた。

彼女の部屋もまた例の特別室のように、一面ガラス張りの水中のような部屋だった。


ペイジュの目の前で水が渦巻いて窓のような形になる。

すると、そこには、特別室の中で寄り添うリトナとソルの姿があった。


ペイジュはヴィタストリームの特性を自在に操り思い通りの機能を持たせる特別な能力をもっていた。 おそらくは、リトナの出身地であるルゼンハイドでもこれほどの才能をもつマナクラフターは存在しないだろう。


この水流の中は彼女の体内も同然、すべてが手に取るようにわかり、ドメインの全ての支配権を握っているも同然だった。


彼女が見つめるその先にはリトナ達の部屋が映し出された。


黒いマントに身を包んだリトナは、ソルの手を握りしめている。その目は虚ろで、どこか遠くを見つめているようだった。かつての鋭い眼光は消え、穏やかで、しかしどこか空虚な表情になっている。


もはや、その営みは交尾そのものだった。

それも、ただの交尾ではない。


それは捕食と形容しても差し支えないものだった。

黒い深海生物が、弱い魚を捉え捕食しているようでもあった。


全てがある。 愚かで尊い、命の営みが全てある。

こんなにも美しい”標本”はこれまでにみたことがない。


「マントは、リトナ様にうまく定着したようですね」


ダストがつぶやく。


「ふふ、気に入ってもらって嬉しいな・・・・・・。ようやく適合する者が現れたわね、ダスト。」


ペイジュは微笑んだ。しかし、その笑みには温かみがなかった。


「あのマントには、私のマナクラフトを編み込んである。ヴィタストリームの力を増幅し、着用者の精神に直接作用する・・・・・・。記憶を曖昧にし、思考を混濁させ、やがては新しい記憶で上書きする。」


「素晴らしい技術です、ペイジュ様」


「でしょう? ちゃんとマナの扱いに長けた者が纏えばうまく動作するの。今までの被験者が狂ってしまったのはあっちに原因があったのよ。」


ペイジュはモニターに近づいた。リトナの顔がアップになる。


「この女、最初は生意気だったわね。私のことを見下すような目で見て・・・。

なまじ、特別なマナクラフトの才能はあるようだけど、自信過剰がすぎて鼻についたものだわ。」


「今は違いますね、本当に可愛らしくなられて・・・。」


ダストもまた、リトナの姿を見て蔑むように笑う。


「どのようなマナクラフターも、ヴィタストリームの力を得たペイジュ様には到底及ばないというのに。愚かな事ですわ。」


「ふふ・・・、見なさい。今のこの子は私の水槽の中で泳ぐお魚。水槽の外の私に触れることは決してできない・・・。」


ペイジュはリトナを見つめながら、満足げに呟いた。


「あなたのメンタルケアのおかげでだいぶ仕上がってきたわね。 デトリの薬もよく効いているみたいだわ」


「セルフィーネ姫への忠誠心は、ほぼ消去されたようです。代わりに、ソル様への執着が急速に強まっています」


「計画通りね」


ペイジュは満足げに頷いた。


「ソルの方は?」


「デトリの薬が効いています。妹への記憶は薄れ、リトナ様への依存が強まっています。間もなく、二人は互いなしでは生きられなくなるでしょう」


「完璧・・・・・・」


ペイジュは水槽に視線を戻した。黒い蛸は、蟹を完全に飲み込んでいた。後には、蟹の殻の破片が散らばっているだけだった。


「強い執着ほど美しく御しやすいものは無いわ・・・。 美しいものは全部、水槽の中に飾りたいよね。ふふふ」


この水槽は、少し前まで浅瀬のように青い光に満たされていた。色とりどりの熱帯魚が、優雅に泳いでいた。今は、黒い蛸が支配している。美しい熱帯魚たちは、すべて蛸の餌になった。


ペイジュは特別室を覗き込んで、うっとりと目を細めた。今度はここで実に官能的で美しい捕食が繰り広げられるだろう。


「きっと今までで一番美しいアクラリウムになるな・・・・・・」


***

いつものように水槽を眺めている時、ダストが部屋に入ってくる。


「ペイジュ様・・・」


ダストの声に、ペイジュは水槽から目を離した。


「例の皆さんがおいでになりました。面会を求められていますが。」


「ありがとう、ダスト。すぐに行くから。」


ペイジュは立ち上がり、応接室へと向かった。


廊下は薄暗く、壁は透明なガラスでできていた。その向こうには、深い海が広がっている。時折、発光する生物が通り過ぎ、一瞬だけ廊下を照らした。


応接室のドアを開けると、そこには、東国の衣装を着崩した、妖艶な女性が待っていた。


長くやや乱れた黒髪。とがった前髪。赤い花のような髪飾りでまとめた髷。細い赤い目。長いまつ毛。蜜のように甘く、しかし鋭い口調。黒から赤へグラデーションするマントが、彼女の異質な存在感を際立たせていた。


メラノ。


ルゼンハイド王国を襲撃し、セルフィーネ姫とリトナを追い詰めた張本人。たった一分で一国を滅ぼす力を持つと噂される、謎の女性。


その傍らには、マリエーシェル、ココ、シアンの姿もあった。メラノに従う部下たちだ。


「お久しぶりね、ペイジュさん」


メラノは妖艶な笑みを浮かべた。


「新しいお魚にはご満足いただけたみたいで、嬉しいわ」


「ええ、貴女達には感謝してる。おかげで最高傑作といえるアクアリウムが完成したわね」


ペイジュは椅子に座り、メラノと向かい合った。

そして、横に見える水中に特別室の様子を映し出した。


ペイジュが指差したそこには、相変わらず寄り添うリトナとソルの姿が映っていた。


メラノは目を細めた。


「おやおや・・・、あの生意気な小娘がこんなに可愛らしく・・・。ふふふ・・・。」


メラノは立ち上がり、モニターに近づいた。リトナの虚ろな目を見つめながら、舌なめずりをした。


「流石は、深海の魔女様・・・。 この水の牢獄に囚われた者は貴女に心を奪われてしまうのね。」


「失礼な言い方。 貴方は魔女どころか、世界を滅ぼす魔王じゃない。」


ペイジュは肩をすくめた。


「私は美しい声を盗みはしないし、王子様を横取りもしない・・・。

人魚姫の物語は悲しすぎると思わない? 私なら、全て与えて地上に送り出してあげるわ・・・。」


「自分と同じ魔女に変えた上で・・・。恐ろしい魔力も与えて。過ぎたる祝福も考え物ね・・・。」


メラノは笑った。しかし、その笑みには底知れぬ闘が潜んでいた。


「私は博愛主義者なの・・・。クスッ」


ペイジュも笑った。二人の笑い声が、薄暗い部屋に響いた。


マリエーシェルは黙ったままその様子を見つめていた。白い髪が、青白い光に照らされている。ココは不機嫌そうな顔で腕を組んでいた。シアンは、いつものように無表情だった。


「それで、計画の最終段階は?」


メラノが聞いた。


「あと数日で、リトナの精神改造は完了する。セルフィーネ姫への記憶は完全に消去され、代わりにソルへの絶対的な忠誠心が植え付けられる」


「ソルの方は?」


「彼は、貴女の器になる準備ができている。心を希薄にされた彼は、貴女の意志を受け入れる空っぽの器・・・。操り人形として、完璧に機能するでしょう」


メラノは満足げに頷いた。


「素晴らしいわね。そうすれば、私はあのボウヤを通じてリトナを操ることができる。ルゼンハイド史上最強のバトルクラフターを、自分の手駒として使えるというわけ」


「その上、ヴィタストリームの力も与える。リトナは、もはや人間の範疇を超えた存在になる・・・。国一つ滅ぼすことなど、造作もないでしょうね」


「ふふ・・・。楽しみだわ」


メラノの赤い目が、妖しく輝いた。


***


リトナは、夢を見ていた。

金色の髪の少女が、泣いている。


「リトナ、どこに行くの? 置いていかないで......」


少女の声は、悲しみに震えていた。青い瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちている。


「私を・・・忘れないで・・・。」


リトナは手を伸ばそうとした。しかし、身体が動かない。水の中にいるような感覚。どんどん沈んでいく。


「待って! 誰だ、お前は・・・!」


少女の姿が、霧の中に消えていく。


「セルフィ・・・ネ・・・?」


その名前を口にしようとした瞬間、強烈な頭痛がリトナを襲った。


「ぐっ.!」


目を開けると、ダストの顔があった。


「お目覚めですか、リトナ様。本日のメンタルケアを行います」


「メンタル・・・ケア・・・?」


「はい。貴女の心の健康のために、必要な処置です」


ダストの声は穏やかだったが、その目は冷たかった。光のない水色の瞳が、リトナを見下ろしている。


「これが最後の仕上げです。 おとなしく、安静にしなさい。これ以上苦しみたくないのなら」


「まって・・・、まってくれ!!  思い出しそうなんだ・・・!!

何か大事なことを!!」


リトナは抵抗しようとしたが、身体に力が入らなかった。マントが、まるで生き物のように身体に絡みついている。


「ドメインのルールは絶対です。ここで人間として最低限の責任を負えないとなると、動物として扱うことになりますが、よろしいですね?」


ダストの言葉は、静かだが有無を言わせぬ威圧感があった。


「ペイジュ様の研究材料になれるのは、大変光栄なことであり、心から喜ぶべきことですよ?」


「・・・・・・っ」


リトナは歯を食いしばった。しかし、身体はもう動かなかった。


「さて、始めましょう。今日は、少し深いところまで入りますよ」


ダストが何かを唱え始めた。その言葉は、リトナの脳に直接響いてくるようだった。


「すべてを、忘れなさい」


「・・・!」


金色の髪が、記憶の中で揺れる。


「金色の髪の少女を、忘れなさい」


「やめ・・・ろ.・・・」


青い瞳が、記憶の中で輝く。


「ルゼンハイド王国を、忘れなさい」


「私は・・・・・・ガーディアン・・・」


「貴女に新たな支えを与えます。

ガーディアンとしての使命は、ソル様を守ること。それ以外には、何もない」


「ソル・・・を・・・」


「そうです。ソル様だけを愛しなさい。ソル様だけを守りなさい。それが、貴女の存在理由」


リトナの意識が、どんどん遠くなっていく。


水の中に、沈んでいく。


深く、深く。


金色の髪が、遠ざかっていく。


青い瞳が、消えていく。


もう、浮かび上がることはできない。


***


目を覚ました時、リトナの目の前にはソルがいた。


「リトナ・・・! よかった、目を覚まして・・・」


ソルの目には涙が浮かんでいた。


リトナは、不思議な気持ちでソルを見つめた。この少年のことが、とても大切に思える。この少年を守ることが、自分の全てだと感じる。


「ソル・・・」


リトナはソルの頬に手を伸ばし、涙を拭った。


「泣くな。私がいる限り、お前を傷つけるものは何もない」


「リトナ・・・」


「私は、お前のガーディアンだ。

お前を守ることが、私の使命。私の存在理由」


その言葉を口にした瞬間、リトナの胸の奥で何かが決定的に変わった。


もう、迷いはない。


もう、他に守るべき人はいない。


この少年だけが、自分の全て。


「ソル、私はお前のために戦う。お前が望むなら、世界だって敵に回してみせる」


「リトナ・・・・・・。」


ソルは泣きながら、リトナに抱きついた。


「僕も・・・僕も、リトナがいないとダメだよ。

 変なんだ。リトナが眠っているだけで、どこか遠くに行ってしまいそうで・・・。

リトナだけが・・・僕の全てなんだ・・・」


ソルの記憶からも、大切なものが消えていた。双子の妹、ミル。彼女のために薬を買おうと、必死に働いていた日々。全てが、水の底に沈んでしまった。


今、ソルの中にあるのは、リトナへの愛だけだった。


「ソル、お前は王になるんだ。 私はその為にずっと王座を守ってきた。

2人で行こう、お前のための王座が待つ場所へ。 」


リトナは立ち上がると、マントを拡げてソルを招き入れる。



「おいで、ソル・・・。 温めてあげる・・・。」


「リトナ・・・。」

ソルは彼女の身体に縋りつき、胸に顔を埋める。


リトナの体温が染みついたマントが二人の身体を包むと、今日もまた熱い愛の営みが始まる。


「ああぁ・・・、ああぁぁ!!」


「きもちぃぃ・・・!! リトナ・・・あぁ!!」



神秘のマントはゆらゆらと揺らめき、二人の身体を優しく愛撫する。

そして、二人はもはや立っていることもできないほどに興奮し、抱き合ったままベッドの上に倒れ伏した。


リトナは決して離しまいとするように、マントで幾重にもソルを縛り付け、激しいキスを見舞う。

お互いの欲望を貪り、互いの股間から止め処なく漏れ出す粘液をマントの中でグチュグチュと混ぜ合う。


何度も快楽の波が弾け、抗うこともできない快楽の沼底へ二人して堕ちていった。


水槽の中で、二匹の魚が寄り添うように。


---


モニターを見つめていたペイジュは、満足げに微笑んだ。


「完成ね」


傍らに立つメラノも、妖艶な笑みを浮かべた。


「見事だわ、ペイジュさん。これで、私の計画は最終段階に入る」


メラノは目を細めた。


「さあ、始めましょう。ルゼンハイドの残党を、完全に消し去る時が来たわ」



***



ヴィタドメインから"放流"されたリトナとソルは、地上の世界に戻った。


海底から浮上する感覚。まるで、長い夢から覚めるような......。


しかし、そこに待っていたのは、かつてのルゼンハイドではなかった。


崩壊した城壁。焼け落ちた家々。瓦礫の山と化した街並み。メラノの襲撃から時が経ち、王国はさらに荒廃していた。


かつて60年以上の平和を享受していた美しい国。テラマナの恵みを受けて発展した、マナクラフト文明の中心地。


それが今は、廃墟と化していた。


しかし、リトナの目には、何の感情も浮かんでいなかった。


かつての故郷。かつての仲間。かつての記憶。


それらは全て、水の底に沈んでしまった。


「リトナ・・・」


ソルの声が聞こえた。しかし、その声は、もはやソルのものであって、ソルのものではなかった。


「あの人たちを、排除して・・・」


それは、メラノの意志だった。ソルの身体を通じて、リトナに命令を下している。

ソルの大きな瞳が、一瞬だけ赤く光った。


「わかった。」


リトナは頷いた。何の疑問も持たずに。


黒いマントが風になびいた。その内側から、青い光が溢れ出した。

ヴィタストリームの力。ペイジュから与えられた、人知を超えた力。


リトナは両手を掲げた。


「全てを、消し去る」


その言葉と共に、巨大な水の柱が天に向かって伸びた。


---


ルゼンハイドの残党たちは、逃げ惑った。


彼らは、王国の崩壊後も、復興を目指して活動していた。セルフィーネ姫を探し、いつか王国を再建することを夢見ていた。


しかし——


彼らの目の前に現れたのは、変わり果てたかつての英雄だった。ルゼンハイド史上最強のバトルクラフター。セルフィーネ姫のロイヤルガーディアン。


しかし、今の彼女は——


——敵だった。


ただ、淡々と、機械的に、人々を蹂躙していった。


水の槍が、人々を貫いた。水の壁が、逃げ道を塞いだ。水の渦が、全てを飲み込んだ。


かつてルゼンハイド史上最強と謳われたバトルクラフターの力は、今や破壊の権化となっていた。その力は、ヴィタストリームによって何倍にも増幅されている。もはや、人間の範疇を超えていた。


「やめろ・・・! リトナ・・・!」


誰かが叫んだ。しかし、リトナの耳には届かなかった。


彼女の耳に届くのは、ただ一つの声だけ。


「もっと。もっと、壊して」


ソルの口から発せられる、メラノの命令。


「わかった」


リトナは頷いた。そして、さらに力を解放した。


空が割れた。大地が裂けた。全てが、水に飲み込まれていった。

---


「新たなルゼンハイドの支配者の誕生よ、祝福してあげましょう!」


「おぞましい呪いね。 あんな立派なドレス」


「この国は、永遠に呪われたわ。 未来永劫」


廃墟と化した王城で、新たな王の戴冠と、その妃との結婚式が行われる。

純白のドレスに身を包んだリトナは、こうしている間も大量のマナの渦を上空に渦巻かせルゼンハイドの周囲を徐々に浸蝕している。

いずれ世界中がこのルゼンハイドのように荒れ果てていくことだろう。


「美しいわね」


メラノが、ソルの口を通じて言った。


「何もない世界。全てが消え去った世界。そして、これから私たちが、好きなように作り変えられる世界」


「ああ」


リトナは頷いた。黒いマントが、玉座の上で広がっている。


「ソルが望むなら、私はこの世界の全てを、お前の思い通りに作り変えてみせる」


「嬉しいわ」


メラノは微笑んだ。


この女は、もはや完全に自分の支配下にある。記憶も、意志も、全てを奪い取った。今の彼女には、ソルへの盲目的な愛と忠誠しかない。


「この世界にはもうお前と私だけがいればいい・・・。 それ以外はもう何もいらない。」


・・・・・・


・・・



(終)

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Comments

Fine

That was excellent, it felt very true to the story of fault! I’m glad you were able to make such a story from my commissions. I hope you look forward to more!