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友達を飼いたい。


いつからだろう。そんなことを思うようになったのは。

初めて会った時か、はたまた好きと⋯友達へ贈る親愛の言葉をもらった時か、それとも⋯⋯。


「皆おはよーっ。ご飯の時間だよーっ」


「えぅ」「あうぅ⋯」「うーっ」「んえんぇ⋯うぅ⋯」「⋯ぅ?」「⋯⋯ぇうぅ⋯」


幼稚園で初めてできた友達、柚依。苗字は内藤。幼い頃から友情を育み、現在に至るまで仲が良く、幼馴染であり親友と呼べる間柄の少女である。

彼女は優しくて大人しい性格だけど、他の人よりも少し人見知りする子だった。幼稚園に送る親の後ろに隠れ、園に入れば先生の後ろをくっついてまわるそんな子供。

当時の私も当然子供で、相手の気持ちを考えて行動することなんてまだできなかった。


「⋯あうー⋯あうぅ⋯」


「おはよー、ユユちゃん」


「⋯ぅう⋯」


「はいはい、ちょっと待ってね。今ご飯入れるからね」


「⋯ぁ⋯えぅ⋯」


いつも先生の後ろに引っ付いてばかりで、他の子と遊ばない柚依が気になったのはやっぱり子供だったからか。

目が離せない対象になるのに時間は要らず、気づいたら彼女の方へと足を向けていて、傍へかけ手を引っ張っていた。

一緒に遊び、先生の所へ戻りそうになったら手を掴んで離さずとにかく遊びに巻き込んで、それでも逃げそうになったら抱きついて抱きしめ頭を撫でる。まるでお気に入りのぬいぐるみのように⋯⋯いや、ペットのように構い倒した。

そんな日々も5日と経たず、柚依も早々に私に慣れ仲良くなったが。


柚依という人間は一度仲良くなると遠慮がなくなるようで、遊びに誘い手を引くのは彼女からという日が多くなっていく。

大人しい性格の彼女は、外で活発にというより人形を使ったおままごとや、並んで座って絵本を一緒に読むといった遊びが中心。それも他の子がこちらに近づき話しかけてくると、私に抱きついてきて中断するというのが頻発したけども。


「はいっと⋯⋯みんなーっ、準備できたよー!」


「うーっ」「⋯んぇ」「あぅあ⋯⋯んっ」「えぅぅ」


それから小学校に通うようになって、順調に進級して4年生。柚依の性格は変わらず、友達は私以外にいない。逆に私は⋯自分で言うのもあれだけど、クラスの中心グループの一人。クラス内にも外にも友達が多くいる、いわゆる人気者というやつになっていた。


まあ、いくら友達が増えようとも一番の友達が柚依なのは揺るがない事実。私以外に懐かないというのが心を揺さぶるのかもしれない。


「⋯んがっ⋯⋯がぅっ⋯⋯がふっ⋯⋯」


「お腹すごい減ってたんだね、ユユちゃん。たくさん食べて大きくなるんだよ」


視線の先にいるホムンクルスに声をかけ、手袋をした手で頭を撫でる。

ホムンクルスはフンフンと鼻息荒く、今しがたエサ箱に入れた特別配合のエサを美味しそうでも美味しくなさそうでもない微妙な顔で頬張りながら、こちらへとチラチラと視線をよこす。

ユユと名付けられたこのホムンクルスは、先程エサを持って檻の中に入った時に真っ先に私へと近づいてきた子。毎回こちらを何か期待のこもった瞳で見つめ、また何かに気づいて欲しそうな声で注意を引こうとしてくる家畜だ。



そういえば先月他クラスの友達がうちに初めて遊びに来た時、ホムンクルス達を見て不思議がっていたっけ。

『えっ、え!?梨々奈ちゃん!あれ、あれって人間じゃないのっ?』って。


私にとっては産まれる前から日常の中にいて、牧場の動物といったら鶏や牛なんかよりも一番にホムンクルスと名前が上がるほどに見慣れた光景。檻の中で飼われているのが当たり前で、普通の家畜っていう認識だったんだけど⋯⋯実物を見たことがない人にとっては驚くような光景だったんだろう。見た目が人間にそっくりだし。

それにしたって、ニュースとかでもたまに映るくらいするだろうにその手の光景を見た事がないって⋯余程親に見るものを選別されてるんだなって思った。愛というか毒というか。


そんな牧場をいつかは継ぐつもりでいるんだけど、ホムンクルスについて知っていることはそれほど多くはない。

まずもってホムンクルスとは、人工的に作り出した人間のことである。

幾人かの人に協力してもらってDNAを採取した後、それをかけあわせてできた生物がホムンクルスだ。むかしむかしの話だね。

時が経った今では、オスとメスの交尾によって普通に生ませるようになっている。


人工的に作り出した生物ということは、つまり人の手によって生み出された生命。

当時それに関わった人間達が、扱い易いようにあれこれ遺伝子を操作、調整できたわけで⋯。何が言いたいのかと言うと、自分達にとって都合のいい存在を生み出せたという事実があるのだ。


人間に非常に似ていても賢くなく、深く考えて行動するような知能など持ち合わせていない動物。その存在が世界に誕生したのは今から百、二百⋯⋯何年前だったか。

ただただ何も考えずぼーっとしていて、意味の無い言葉をたまに発するくらいの生物が生まれるに至った理由はこうだ。


動物のみにかかる感染症が世界的な規模で発生したから。


最近、歴史の授業で習ったところなので胸を張って答えられる。

その出来事により多くの動物が亡くなってしまい、食肉事情が危機に瀕することになってしまったのだ。それを解消すべく研究や実験を重ね生み出されたのが、このホムンクルスっていうわけ。

そんな超技術があるのなら、牛や豚なんかを人工的に作ればいいんじゃない?なんて疑問に思うわけだけど、この感染症が生き残った動物に感染していない保証なんてないし、DNAを採取して作った動物も感染症を後に発症するリスクがあった。だから、それをすることが出来なかったらしい。


それに当時はものすごい速さで広がる全く未知の感染症を止める手立てはなく、既存の方法では突き止めるのに何年とかかかるか分からなかった。

それよりも、政府が裏で密かに研究していた禁忌とも呼べる新たな生物を創造する実験が最終段階に入っていたこともあり、検査できる新しいものを作ったり方法を考えるよりも、食べられる新しい肉、代わりとなる食料を創る方が優先された。禁忌の実験を流用すれば、一時的にしろ恒久的にしろ早急に解決できる問題だったのだから。


非人道的だと反対する人達もでてきたが、じゃあお肉を今後食べれなくてもいいのか?という賛成派の人達、あと、政府というか上流階級とも呼ばれるような人達による見えない力によって説得させられたのだとか。

裏のそんなことまで教科書に載せられるようなった平和な時代に感謝である。⋯⋯力ずくで推し進めるような、そんなことをするはずがないじゃないかという意思表示のために許可しているのかもしれないけど。


そんなこんなで危機にあった牛や豚などの動物だけれども、現在は食肉として復活し普通に売られている。

これもまた、一人の研究者とその者を慕う部下達による成果なわけだけど⋯⋯頑張ってくれたから、以前のように食べられるようになりました。でまとめておこう。

禁忌の実験流用と同時に、それに反対していた研究者が感染症を検査する方法や治す薬を作り上げたとだけ語っておく。


ちなみに、牛や豚などが極一部の権力者達が上流階級のステータスとして食べることのできる希少な食材として存在するのではなく、気軽に手に入れられ、たくさんの人々の口に入るようになるまでに復活したのは、ホムンクルスが生まれてから数十年後。その頃には既にホムンクルスのお肉は人々の生活に溶け込んでおり馴染みの味となっていたので、あとは言わずもがな。


牛や豚などが復活してから、人間に似たホムンクルスを食べるのは可哀想だ。実験によって生まれたにせよ、人間に似ているのだから守られるべき人権がある。食べるのをやめよう。なんて言う活動が極小規模で起こったらしいけど、すぐに鎮圧。今更すぎて集まらなかったんだとかなんとか。


当該のホムンクルスはといえば、その乳から出るミルクも人気で、牛乳ならぬホムンクルス乳として一般的に売られている。栄養豊富で、健康になりたい者や子供を持つ家庭が買うことが多い。

肉ホム乳ホム共に品種改良を繰り返し、今や各地域のブランドが出るほどに人気である。



私の家も、祖父の代からホムンクルスを育てその栄養豊富な乳を販売する、いわゆるホムンクルス牧場を営んでいる。

牧場名を、笹塚牧場。今ある畜舎と、建設中の畜舎を合わせて4つの畜舎を持つ中規模な牧場だ。


畜舎の中は檻が複数あって、それぞれ年齢ごとに分けて檻の中で放し飼いにしている状態。

その檻は二重で別々の鍵が必要な上、檻自体に電気が流れている。触れても死にはしないけど、強い痛みを感じるほどだ。

例え数十日食べずにいてベッコベコの体になったとしても、鉄棒と鉄棒の間はミカンがやっと入るくらいの隙間しかないため、するりと抜けられることもない。脱走なんて万が一にも起こることのない安心設計。

(お世話のために従業員が檻の中にはいる時には、耐電の専用の手袋や作業着を着ている。)


檻の中の地面は硬めの土で、寝床用に草が敷き詰められた場所と、エサ箱、それから飲み水場がある。排泄する場所もあるがホムンクルスはただの家畜なので、専用の個室があるわけでもなにかに仕切られているといったこともことない。檻の外からでも見える檻の角が用足しの場となっていた。

掃除するまで糞尿が溜まり続けるその場所は、離れた場所からでもそう見えるほどにとてもぬかるんでいる。エサをやり終わったら掃除をするので、あと数分でぬかるみはなくなるけれど、次の掃除までにはまたぬかるむので同じ光景が再現されるはずだ。




冒頭に戻って、今私がエサをやりに来ているのは、今年で12歳になるホムンクルス達が集められている檻の中。元々は8歳の子達を入れていた檻で、そこから4年が経ち12歳になっていた。

ここには30頭程が暮らしていて、一つの群れを築いている。群れの中で一番体が大きく力が強い者がボスだ。


うちの牧場では基本的に、牧場内にいるホムンクルスが産んだ子を育てミルクを生産しているのだが、そもそもホムンクルスという生物の成長スピードというのは人間のそれとなんら変わりはない。さらに妊娠率もそれほど高いわけでもないため、どうしても頭数が足りなくなる時がある。

必然的に数年に一度という間隔で、他の牧場などから余っている子達を買い取って育てるという必要がでてくる。


その時に仕入れる年齢は決まって10歳前後。

うちでは15歳になった段階でミルクを搾り始めるのだけど、規定の年齢に達した時に美味しいミルクが取れるようになっていないと商売にならない。そのために時間や労力、お金をかけてエサなどで成長を調整していくわけだけども、一頭辺りにかけられるそれらは短ければ短いほど安く済み、浮いたお金で広告を打ったりとかの商売のために使うことができる。

だいたい5、6年で調整は済むので、時間と労力そしてお金が釣り合う年齢は10歳前後がベストということになり、仕入れる年齢は決まってその年齢となっている。


ここで大事なのは、ホムンクルスの乳はそれなりに長い年月取ることができるが、美味しさとは比例しないということ。

30歳くらいまでは美味しいミルクを搾り取れるが、それ以降は味が落ちていくということもあって、うちでは30歳になったら役目を終えお肉になってもらうことにしている。

廃鶏といえば肉は硬く旨みも少ないとお父さんの知り合いに聞いたことがあるけど、役目を終えたとはいえ30歳。しかもまだまだミルクが取れるくらいには若いので、肉質は柔らかく上質。ほのかにミルクが香るいいお肉になる。

流石にホム肉を専門に育てている牧場には勝てないけど。



そういうわけで、いつか来るその年の生産量が足りなくなることを見越して、4年前、私が小学四年生の時に両親と従業員さんによる仕入れが行われた。


『おじゃまします』


『いらっしゃーい』


その日はちょうど柚依と遊ぶ約束をしていて、午前中の早いうちから彼女は家にやってきていた。理由は、早く集まればその分長く遊べるから。

午前中は私の部屋で遊び、うちで昼を食べ、午後には外で遊ぶ予定だった。


『皆仕入れでいなくなっちゃうから、何かあったら必ず連絡してね』


『はいはい、いってらっしゃい』


両親達が仕入れに出かけたのは9時30分頃。敷地内には私と柚依以外誰もいない状況。

⋯⋯だからだろうか、魔が差したのは。陰から顔を覗かせた欲望の差し出した手を取ってしまったのだ。


密かに思っていたことを実行に移すチャンスの到来に胸が踊る。

トイレに行くと言って部屋を出て向かった先はリビング。棚にある常備薬が入った箱を引っ張り出して、中から睡眠導入剤を取り出す。いつだったか、眠れない時用にと家に常備されるようになった薬だ。

興奮と緊張による汗で湿る手に睡眠導入剤を持ち部屋へ戻ると、ジュースの入った柚依の飲みかけコップの中に入れるタイミングを探り、柚依が見ていない隙にこっそり入れてかき混ぜる。さらに念の為にと


『ジュース減ってるから足してあげる』


なんて声をかけながら、追加のりんごジュースをコップに注ぎ入れ偽装工作。


『ありがとう』


と口を開く柚依は、漫画に夢中で行為の全てに気づかない。

私の部屋にある、人をダメにするクッションソファでダラダラしているからだ。


効く体質かどうか分からなかったので、入れた睡眠導入剤は3回分の量。漫画の区切りがいいところでグイッと一気にジュースを飲み干した柚依は、10分ほどで夢の中へと旅立っていった。

念には念をと入れる量を増やしたけど、いらない心配だったのかもしれない。すごく効きやすい体質だったのだろう。


『柚依ー?おーい⋯⋯寝てるのー?⋯⋯⋯⋯寝てるね』


両親や従業員さん達が仕入れから帰ってくるのはだいたい13時頃。出かける前に聞いた時間を思い出しながら計画を実行する。


『やっぱ軽いわ。去年とか一昨年とかと体重変わってないんじゃない?もっと食べなきゃだめだよ柚依ー』


柚依をイスに座らせるとしゃがみ、肩に手を乗せさせ足を抱え、私の背中に上手いこと乗るようにして立ち上がる。


『じゃないと、ほら。悪い悪い私に簡単に運ばれちゃうんだぞー?』


『⋯んふ⋯』


『可愛い声出しちゃってまあ。これからどんな反応を見せてくれるのか楽しみだよぉ⋯⋯ふふ』


そうしておんぶの状態で家を出て畜舎へと足を運ぶ。

柚依が小学四年生にもなって未だに低学年と間違われるほどに幼い見た目で身長が低いこと、そして体重が軽いこと、これらがあってなせたことである。



4つあるうちの1つ、目当ての畜舎に入ると、私や柚依と同じ年齢である10歳のホムンクルス達が入れられている檻の前に、ドサッとその場に柚依を下ろす。ちょっとやそっとじゃ起きはしないだろうけれども、なるべく優しく。


『ちょっと準備してくるから待っててねー』


その場に柚依を放置して向かうのは更衣室。計画を実行する上で着替えが必要なので。

そこで、たまにお手伝いする時に使用する、私専用の耐電作業服と手袋をロッカーから取り出し、服の上から身につける。慣れたもので着替えは数分と必要としない。


更衣室を後にして、次は機械室に寄る。

檻を開けるためになくてはならない物。そう、鍵がたくさん吊るされた鍵束を手に入れるために。これがなければ何も出来やしない。

鍵は壁に取り付けられた鉄製のキーボックスの中に入れられているが、就業時間中のためキーボックス本体の鍵は開いたまま。仕事が終われば鍵をかけるので厳重に管理をしているといえばそうとも言えるし、ずさんな管理といえばそうとも言える、田舎の鍵事情問題がここにあった。今はそれに感謝しかないが。


『これでよしっと』


必要なものが揃い、これからのことを想像してウキウキしながら柚依の元へと戻る⋯⋯が、なんとそこで聞こえるピーッピーッピーッピーッという車のバック音。


『えっ⋯もう帰ってきた⋯?いやいやそんなはず⋯』


皆が仕入れに出かけてそれほど経っていない。せいぜいが20分くらい。それにも関わらず戻ってくるなんてありえるのか?それとも両親や従業員さん達ではない?牧場に必要なものを配達してくれるいつもの人か?

予想外の出来事に心臓はバックバク。

高まりに高まった感情により昂ぶった興奮が、突然訪れたバレたらまずいという状況によって強制的にサーッと熱を奪われ、その急激な変化によって脳を酷く混乱させた。


『あ、え、えっと⋯えっと⋯⋯』


疑問が尽きずわけが分からなかったが、混乱しながらも頭の中ではぐるぐると思考が加速していく。

柚依が地面に倒れている現場を見られるのはまずいのでは?

そう結論が出るのにかかった時間は3秒。

しかしある意味で極限状態に陥った体は、まるで冬の寒さの中で体が暖かくなるよう無意識に震えるみたいにガクガクと酷く震えている。柚依を別の場所に運ぼうと動かした手の先、指すらも勝手にピクピクと動く始末。


『やばい⋯っ、心臓やばい⋯っ』


それでもどうにかこうにか柚依を機械室へと押し込めることに成功すると、音の正体を確認するために急いで畜舎の出入り口へと向かう。

その頃には車のバック音なんか聞こえてはいなかったが、近づいてくる足音も聞こえなかったし声もかけられなかった。柚依のことを見られてはいない、そう思って良いだろう。


出入り口から顔を出しバック音が聞こえてきた方へと目を向けると、そこにあるのはやはりと言うべきうちの牧場のトラック。

帰宅予定の時間より早すぎて不信感しかないが、荷台に取り付けてある檻の中にはしっかりとホムンクルスが存在している。いかに戻ってくるのが早すぎるといっても、そこに仕入れの成果がある限り仕事を終えて帰ってきたという事実に嘘はないのだ。


『⋯はぁ⋯⋯残念すぎる⋯』


せっかくのチャンスだったのに。

ため息を吐いて顔をあげると一頭のホムンクルスと目が合った。


『なっ⋯!』


それが目に映った瞬間、驚きでまぶたがいつもより大きく開くのを感じるのと共に、口から目の前の光景に対しての声が漏れた。

体にビビビと走るこの衝撃。欲望はまだ私の手を離していなかったのだ。

まさに天啓とはこのことと、新たな計画について考えを巡らせる。



元々やろうとしていた計画はこうだった。

柚依を全裸にして、同い年のホムンクルス達が入っている檻の中に寝かせる。で、柚依が眠りから覚めたらあら不思議、周りはホムンクルスだらけ。なんでなんでと驚き、あたふたしているところに颯爽と私が現れこう言うのだ。

『あれー?この子、柚依にちょっとだけ似てるなー』

そうするとこう返してくる。

『梨々奈ちゃんっ!助けてっ!柚依だよっ!なんか目が覚めたらここにいて⋯っ!お願いっ!ここから出してっ!』

なのでこう返す。

『え、なに。こわっ、このホムンクルス。必死すぎ。てかめっちゃ話すじゃん』

すると、

『笑い事じゃないよっ!ねえっ!助けてっ!』

と返してくる。

『あーそういえば、極たまーに人間の言葉覚える個体もいるんだっけ⋯?確か、覚えた言葉を繋ぎ合わせてるだけだから、ただの鳴き声と変わらないって話だよね。⋯⋯へー、うちの牧場にねー。珍しいー。エサもっと欲しいって言ってるのかな』

『助けてって言ってるのにっ!なんで無視するのっ!』

『えー?いや、うーん⋯⋯ホムンクルスに言っても分かんないだろうけど、なんか面白いからただの自己満で教えてあげるわ』

『いやだから、わたしはホムンクルスじゃ』

『あのね助けてって、柚依が檻の中に入れるわけないんだよ。入り方知らないしね。ましてや自分でそこに入るような変態でもないし。うちの牧場の人ならまあ入れること自体は可能だけどさ、どんな目的でって話だし、そんなことやるような人達じゃないよ。うん、結論。言葉が話せてもやっぱりホムンクルスって頭悪い。言葉の意味を知らないにしても、大事な友達に成りすまそうなんて最低だしキモいわ』

『ひ、ひどいっ⋯友達だと思ってたのに⋯っ!わたしだって好きでこんなところにいるわけじゃないんだよ!?なんでか分からないけど、気づいたらここにいたの!』

『あのさー、ホムンクルスはただの家畜だよー?人間じゃないあなたと友達になるわけないでしょ?あなたの友達はそこの子とか⋯あの糞尿で遊んでる子とかでしょ』

『そんなわけないでしょ!わたしは柚依!人間なの!ホムンクルスじゃないし家畜じゃないっ!』

『へぇーそっかそっか』

『適当な返事やめて!梨々奈ちゃんなんで信じてくれないの⋯っ!まっまさか、梨々奈ちゃんがわたしのことをここに入れたんじゃないよね!?』

『家畜から名前呼ばれるとか嫌だなー⋯⋯あれ、そういえばなんでこいつと会話してるんだろ。会話が成立してたような⋯⋯そんなわけないか。真面目に聞くだけ無駄だわー。他の子にエサやりにいこーっと』

『待って!待ってってば!ごめんなさいっ!さっき言ったこと取り消すからっ!言い方が良くなかったよねっ?本当にごめんなさいっ!⋯⋯梨々奈ちゃんっ!お願いしますっ!助けてくださいっ!』

『えーっと、あそこの檻の子達にはあげてあったから、まだなのはあっちの子達かな』

『本当に待ってっ!本当に柚依なのっ!ホムンクルスじゃないのっ!待ってってばーーっ!!』

なんていう、柚依だと認めない私と、ホムンクルスだという誤解を解いて早く檻から出たい柚依の攻防が続くのである。

どこかのタイミングで檻に触れて体に電気が流れ、痛がるもしくは失神してしまうというのも面白い。


まとめると、焦らしに焦らしたところで最後にドッキリでしたとネタバラシする。そういう計画だったのだけれど⋯⋯トラックにいる一頭のホムンクルスを見たところで計画を変更することにした。そちらの方がより興奮するからである。


『ま、まずは──』


まずはこのトラックに乗ってきた従業員さんがどこにいるのかの確認と、ここに戻ってくるまでにどのくらい時間があるのかを知らなければならない。

そう思い、振り返り一歩踏み出したところで、


『あれ梨々奈ちゃん、作業服着てどうしたの?今日もなんかの手伝い?』


と、柚依を運んだ所とは別の畜舎から出てきた従業員さんに声をかけられた。

彼はうちの牧場に勤めて3年目になる若手従業員の高橋さん。動物全般好きで、本当は動物園で働きたかったのだそうだけど空きがなかったため、なるべく近い職種に就こうということでうちの牧場にやってきた人。

うちは髪型やアクセサリーに厳しくない職場なので、彼の髪も金色になっている。耳や唇、まぶたにはピアスがたくさんついているけれど、痛くないのかな。


『あー⋯えっと、そんな感じですね。⋯⋯そういえば、帰ってくるの早いですね。13時頃って聞いてたんですけど』


『ああ、それは矢島さんとこが⋯⋯あー⋯矢島ファームって知ってる?ここと古い付き合いがあるらしいんだけど』


『確か焼酎が好きなおじいさんと、その息子さんとお嫁さんがやってる牧場ですよね?』


『そうそう。その矢島さんのところでね、この子らを持て余してるってんで、梨々奈ちゃんのお父さんがまとめて買い取ったわけよ。仕入れに出た所だったしちょうどいいってね』


『じゃあもう仕入れ終わってみんな帰ってきてる⋯?』


『いやいや、皆は仕入れ先に行ってるよ。元々矢島さんのところは予定になかったから関係ないんだ。仕入れに出かけようとした矢先に矢島さんの所から連絡があって、それで急遽引き取ったって話だからね』


『高橋さんだけ先に帰ってきたってことですね』


『うん。この子らを運ぶのに、一番新米の俺が選ばれたんだ。梨々奈ちゃんのお父さん達は仕入れの商談に向かわなきゃいけないし、それなりの数ホムンクルスを連れてくるからそっちにベテランの先輩達が必要だしさ。俺もこの子達檻に入れたら仕入れ先に合流する予定だから、また出てくるよ』


矢島ファームさんのとこはここから距離もそんなにないし、それで仕入れに出てから20分程度という早い時間で戻ってきてしまったのか。


『ま、檻の準備できてなくて、掃除とか色々始めたところなんだけどね』


『いつも準備してから行くのに珍しい⋯⋯あ、予定外の仕入れだったから⋯?』


『その通り。あと、それ以外の理由も一つ。うちってほら、今年8歳の子達いないでしょ?去年、集団感染で7歳の子達皆亡くなっちゃったから』


『あれは悲しかったですね』


『うちの牧場ではさ、その年のその時に頭数が足りない時は、基本的に10歳の子達を仕入れてくるでしょ?だからそれ以下の年齢の子達は、いたらすごく嬉しいけど、いなかったらいないでその年のその時までに頑張って増やす方針で、ダメだったら今言ったように仕入れるだけ』


最終的に生産に必要な頭数が足りていればいいというだけで、別に投げやりな方針で牧場を運営している訳ではないことを言っておく。


『つまり去年7歳の子達が亡くなった時も、急いで7歳になるホムンクルスを仕入れるぞ。なんてことにはならなかったわけで⋯』


『うん』


『矢島さんの所から来たこの子達ね、皆8歳なんだ。結局去年は感染症のせいかあれから一頭も産まれなかったから、8歳の子達用の檻がないんだ。うちの牧場に一頭もいないんだから当たり前だけど。⋯⋯てことで、準備しなきゃって話に戻るわけだけど⋯⋯どう?お手伝いが終わってるなら一緒に梨々奈ちゃんもやる?』


従業員さんが早く帰ってきたのは予想外だったけれど、この予想外の出来事も今はとっても好都合。


『遠慮しときまーすっ。私もやらなきゃいけないことあるのでっ』


『残念残念。⋯さって、仕方ないのでお兄さんは予定通り一人で頑張ります。そっちもお手伝い頑張ってね。終わったらこっちを手伝ってくれてもいいからねー』


初めから私が手伝うとは思っていなかったらしく、全然残念さを感じない声色で手をひらひら振り畜舎へと戻って行った。



時間は有限、タイムリミット制。高橋さんがまたいつ畜舎の外に出てくるか分からないが、掃除とか始めたところらしいのでまだまだ時間はあると見ていい。

がしかし、そんなことを言ってもそんなにのんびりもしていられない。新しく考えた計画を成功させるために少しでも早く行動し、事を済ませるのだ。


まず最初にしたことは、トラックを見て驚くことになった原因である、件のホムンクルスを檻の中から出すことだった。


トラックについている檻は、運転席の窓を開閉するボタンと一緒のところにある開閉ボタンを押すだけで開いたり閉まったりする。

しかし一人作業の時にそれをしてホムンクルスに逃げられたなんてことがあってはならないので、一応外にも開閉ボタンがついている。運転席にある外開閉ボタンを押すことによって使用可能となる外付け開閉ボタンは檻の上部についているので、逃亡しようとしてもすぐに発見でき一人での作業も安心。開けるの赤いボタンか、閉めるの青いボタンを押すだけの簡単操作だ。


『うぅ?⋯⋯あうー⋯』


『さ、おいで。ここから出ようね、えーっと⋯⋯ホムちゃん』


仮の呼称としてホムンクルスのホムちゃんと呼ぶことにした個体の手を引っ張って檻から出すと、それに続いて他の個体が出てこないよう素早くボタンを押して檻を閉める。


この子を見て驚いた理由はただ一つ。それは、このホムンクルスが柚依と似ていたからである。

髪型から顔、体つきにいたるまで、双子と言われても信じてしまえるくらいにそっくりだった。

珍しくはあるが稀にある、なくもない事例のただそれだけの事だけれど、それだけの事。予想外の出来事も今はとっても好都合というのはそういうことだ。


『高橋さんは⋯⋯いないぃ⋯ねっ。ホムちゃん行くよ』


高橋さんが畜舎から出てこないか確認してから、ホムちゃんの手を引いて柚依のいる畜舎へと急ぐ。

畜舎に入り、左右にいくつもある檻を横目に道を真っ直ぐ進んで突き当たりを右、左側のドアのドアノブを捻って機械室へと入る。

柚依は変わらず地面に横たわったまま、小さないびきをかいて熟睡中。指で頬を突いても、両頬を引っ張っても起きない。とても良い状態だ。


時間がないので、早速と柚依の服を脱がしにかかる。

おへそが見えるショート丈の白の肩出しフリルトップスに、白のチューブトップ、グレーのティアードミニスカート、パステルブルーのショーツ、靴下、スニーカー。

夏の暑さによる若干の汗臭さと柔軟剤の香りがする全ての衣類を脱がし、今度はホムちゃんの着ているものを剥ぎ取る。


ホムちゃんが着ているのはショートパンツのみ。

本来ホムンクルスは裸で飼っても問題ないというか、それが普通なのだが、このホムちゃん含め矢島ファームから来たホムンクルス達は、皆一様に揃いの黒いショートパンツを履いている。

というのも、矢島ファームでは自分のところのホムンクルスであるかどうかを判断するために、特製のショートパンツを身につけさせているのだ。


伸縮性があり、多少のことでは破けない素材を使った黒色のショートパンツは股間部分に穴が空いていて、従業員が脱がさずとも自力で排泄させることが可能という親切設計の優れもの。

ベルトもショートパンツと一体となっていて、簡単に脱げないよう工夫がなされている。手先があまり器用ではないホムンクルス達が自力で外すことはまずできない。

お尻の部分にはしっかり矢島ファームの文字とオリジナルマークが印字され、どこの牧場の個体かも分かるようになっている。

上半身裸の上、股間は丸出しだが、本来裸でも問題ないホムンクルスに身につけさせる物にしては高価であった。


この機械室に連れてくる前も後もずっと大人しいホムちゃんは、柚依の服を脱がせる間、足を外に曲げお尻を地面につけペタンと座る、いわゆる女の子座りをして私をボーッと見つめていた。

何をしているんだろうとでも思っているのか、本当に何も考えずにボケッとしているのかは分からないが、大人しい性格はこれまた柚依との似ている部分。ここまで似ていると⋯


『本当は柚依もホムンクルスだったりして』


嬉しさと興奮でふふっと口から零れるそのままに、ホムちゃんに近づき頭をひとなで。ショートパンツを脱がす。


このショートパンツ、8歳のホムちゃんが少なくとも1年、長くて8年履き続けているため汚れに汚れている。

内側は、排泄の際に上手くショートパンツの外に出なくて溜まった糞尿やその糞尿が乾いたもの、そして蓄積した汗や皮脂や垢で汚れ、外側はそこに土が追加される感じで酷い有様。だからこそ次にやる事を想像するだけで興奮するのだけれど。


『さー、お着替えの時間だよー』


ショートパンツを広げて柚依へと近づく。


『柚依ー、いいのー?早く起きないとホムンクルスになっちゃうよー?』


僅かに汗の臭いが香り、汗による若干のベタつきがありながらも、微かに日に焼けた少女らしいきれいな体に、ホムちゃんから剥ぎ取ったばかりで温かい汚れに汚れた黒色のショートパンツを近づけていく。


『はーい、時間切れー』


なんの抵抗もせずに、ただただ幸せそうな顔で眠り続ける柚依にショートパンツを着せていく。


『右足上げてぇショーパンに入れてー⋯左足も上げてぇショーパンに入れるー⋯⋯ほらほら、あと上にあげるだけだよー?いいのかなぁいいのかなー』


あとは上げるだけという状態のこの姿。たまりません。


『起きないみたいだから、いっちゃうねー』


ショートパンツが股間に近づく度に、生地に触れる柚依の綺麗な足が汚れていく。


『さあー、もうちょっとでぇ⋯⋯よーし、ぴったりー』


ショートパンツは、ぬちっ、ぬちゃっと音を鳴らし柚依の股間を含む下半身を覆った。


『あはっ⋯柚依の股間にホムちゃんのあれこれが⋯』


サイズピッタリ。まるで柚依の為に作られたもののよう。

しっかりベルトも締めたら、そこら辺の土で柚依の体を汚し、ちゃんとホムンクルスに見えるようにしておく。

本当は本物のホムンクルスらしくなるように糞尿も塗ってあげたいところだけど、これ以上楽しむとタイムリミットがきてしまうので我慢だ。


『⋯⋯さてと、今度はホムちゃんの番といきたいところだけど、その前に』


最後の仕上げとポケットから取り出したのは、薬の入った注射器。中に入っている薬は、声帯の動きを悪くさせたり発声を阻害したりする効果があるもの。


この薬の使用用途は一つだけ。ホムンクルスの中に稀に現れる、通常の個体よりも少しだけ頭の良い個体。そのホムンクルスに打つこと。

薬を打つ理由は、人間の話す言葉を覚えて、その覚えた単語や一部の会話の内容を適当にくっつけて話してしまうから。

さすがに人間の話す言葉の内容が分かっているわけではないが、話すこと自体が問題視されていて、そういう個体には薬を打つことが義務づけられていた。


昔は人間の話す言葉の内容まで分かり、しかもしっかりと受け答えができる程の知能を持ったスーパーホムンクルスがいた事もあるみたいだけど、人間に危害を加えるかもしれなくて危険だってことで全て焼却処分。そういう個体が産まれないように政府主導で品種改良もされたんだとか(おじいちゃん談)。


そのおかげで今では意味のある単語とか言葉を話したりする個体もいなくなって、稀に現れる少しだけ知能の高い個体も、人間の言葉を適当に覚えて適当に話せても、その言葉が持つ意味までは分からないし、分かろうとしないし、一生考えることもないそれだけの知能しか持ち合わせなくなっていた。


ただ、これで危険はなくなったと安心しないのが政府である。少しの可能性も消すために、やるならとことんやるという姿勢で、言葉を覚えてしまう個体用の薬開発並びに、ホムンクルスのDNA改造を強く推し進め、数年後には薬を完成させた。

ホムンクルスのDNA改造の方はといえば、こちらはめぼしい成果はあげられていないらしく、今も研究が行われているらしい。

現時点で世界に存在しているホムンクルスが最終完成系なんじゃないかって、この間やってた何かの番組の討論会で言い争ってたな。



今手にしているこの注射器の中に入っている薬は、そんな経緯で産まれてきたものである。

本来であれば子供である私が手に入れるのは不可能に近いが、不可能ではない理由がこの場所にある。そう、牧場だ。

私の家はホムンクルス牧場の経営をやっているから、ホムンクルスに関係するものは大体そろっているし、従業員さん達にしてみれば私の立場は社長兼牧場長の一人娘。よほどのことがなければ何かしていても怒られることはないし、幼い頃から畜舎等には何度も出入りしていて皆とは仲がいい。こちらも勝手が分かっているから本気で注意されるようなことはしない。

牧場は家の敷地内にあり、徒歩数分で着く勝手知ったる我が家の一部。ホムンクルス関連でなにかするには最高の環境であった。


つまりこの手に持っている薬は、買ったものでも、贈り物として貰ったものでも、何かのご褒美に与えられたものでもないということ。

いつかこれを使って楽しいことをしたいなと事務室から持ち出し、どう使うか妄想するための道具として手元に置いていた代物。


この薬が入っていたダンボールは、もはや不用品置き場と化している物置きにあったし、なんならそのダンボールの上に3つくらいダンボールが乗っかっていた。埃だってかぶっていたし、長年開けられてないことは見ただけですぐに分かった。


仮に中身がなくなっていても、気づくのは数年後か数十年後かのもっとずっとあと。今でさえ忘れ去られていそうなくらいだ。その頃にはあったことすらあやふやだろう。

その時にないことに気づく者がいたとしても、ずっと使わず放置していたものに効果があるのかも不明で、尚且つこれからも使うか分からない不要物。長い間薬が使われない、使わなくていいくらいに、人間の言葉を覚えて適当に話すホムンクルスというのは産まれにくい。

紛失したって事が判明するだけできっと騒ぎにはならない。

だから大丈夫だろうと、薬と、一緒に入っていた解毒薬の2本をちょうだいした。

解毒薬の方は、自室にある机の鍵付き引き出しにて大切に保管している。楽しいことは安全を確保した上で行わないと楽しめないからね。


『これで話す言葉もホムンクルスと一緒だよ。よかったねー仲間外れにされなくてすむねー』


注射器を腕にブスリと刺して中身を注入すると、柚依の頭を優しく撫でる。

初めてやったけど、大丈夫そう。たぶん大丈夫。⋯⋯何かあったら解毒薬打てばいいしね。


『ホムちゃん、もうちょっとだけここで待っててちょうだいね?』


『⋯ぅう⋯⋯あーぅ⋯』


ここに来た時同様、柚依をおんぶすると畜舎から出て、周囲を警戒しながら従業員の高橋さんが乗ってきたトラックに近づいていく。


『⋯誰もいないね』


高橋さんが、檻を準備すると言って歩いていった方向にある畜舎。そこから微かに作業音が聞こえてくる。

まだこちらに来る気配はない。タイムリミットに間に合ったようだ。


ほっとしながら開閉ボタンを押して檻を開け、矢島ファームさんの所から来た8歳のホムンクルス達の中に柚依を横たわらせた。


『改めて見ると、ほんとホムちゃんそっくりだわー。檻の中にいると本物すぎてやばい。ああ、興奮しすぎて語彙力がー⋯⋯あはっ⋯』


檻の中に入れられた柚依は、ホムンクルス達に体等を無遠慮にベタベタと触られたり、舌で体を舐めるという仲間にするスキンシップの一つを受けたり、抱きつかれたりと、ホムちゃんと間違われて色々されていた。

柚依よりも2歳年下の8歳の子達に囲まれているが、全然違和感がない。むしろ知らない人にとっては、柚依のこの成長の遅い顔体で10歳だと言われた時の方が驚きが大きいんじゃないだろうか。


檻を閉めて、その光景を数分かはたまた数十秒か楽しむと、今度はホムちゃんの番と畜舎に急いだ。

逃げてないよねと思いつつ向かったのだけど、ホムちゃんは柚依を連れて行く前の状態、女の子座りのままその場から動いていなかった。


『待ってられて偉いねーホムちゃん』


『⋯うう⋯ぇう⋯』


言葉を理解していないはずなのに、私の言った『ちょっと待ってて』の指示を守ってここにいてくれた気がして、嬉しくて頭を撫でた。


『今度はホムちゃんの番だよー。人間になる準備はいいかなー?』


『⋯あぅ⋯⋯うぅ⋯?⋯』


『お返事よーし。柚依の服と靴を持ってー⋯さあ、まずはぁ体を洗いに行こうねー』


更衣室で作業服を脱いだら、畜舎の外へと手を引いていく。

檻の準備が終わったらしい高橋さんが、畜舎の中に用意した檻の中へホムンクルス達を入れるためにトラックを動かしていたので、その目をかいくぐって移動した。


ホムちゃんを連れて行った場所は、さっきまでいた畜舎でも、高橋さんが作業している畜舎でもない、3つ目の畜舎、の裏。

ここなら高橋さんに見つかることなくホムちゃんの体をキレイにできる。


外用の蛇口があるので、近くに巻いてあるホースを取り付けて先端をホムちゃんに向ける。


『冷たいけど、夏だしちょうどいいかもだから我慢してね?⋯あーいや、もしかしたらぬるいかも?⋯まあ、とにかくちょっと我慢してね』


『ぅうっ!?あうー!あうー!』


体に水が触れると、ビャッと体を跳ねさせたホムちゃんだったが、逃げ出すこともなくまるで抗議しながらも私に我慢するように言われたからと、がんばって耐えているように見えた。


『ふう、これでいいかな。落ちきらないところもあるけど⋯⋯うん、なんとかなる。⋯じゃあホムちゃん。体冷えないようにぃこれ、着ようねー』


タオルなんてないので、ホムちゃんに体をブルブルさせて水気を飛ばし、柚依から脱がした服を着せていく。

パステルブルーのショーツ、白のチューブトップ、靴下、グレーのティアードミニスカート、おへそが見えるショート丈の白の肩出しフリルトップス。

順番に着せていって、最後に残ったのはスニーカー。


『さあ、靴を履いてシンデレラ⋯じゃなくてホムちゃん。これを履いたらホムちゃんは人間になるの。内藤柚依という一人の人間に生まれ変わるの』


幼稚園にいた時以来演技したことのない私が、上がったテンションそのままに芝居がかった演技をしてみせる。

小学校の学年発表会でそういうのがあっても、大道具か小道具の裏方ばかりやってたから。そっちの方が好きだし。


ホムちゃんは若干フラフラというか、足をプルプルさせながらも、がんばって足だけで立っている。

そんな状態の中踏ん張って、差し出したスニーカーへゆっくりと足を伸ばした。


なぜがんばらないと立てないのか。それは、ホムンクルスの基本姿勢が四つん這いで四足歩行のため、2本の足だけで立ったり歩いたりすることに慣れていないから。

とは言っても元々そうなのではなく、そうなるように調教したり、調教済みのホムンクルスが産んだ我が子に教えたりでそうなっているだけに過ぎないのだけれど。

つまり立ったり歩いたりできるポテンシャルは持っているので、がんばれば立てるし歩けもするのである。


『⋯うあー⋯⋯ぁうぅ⋯ぅぅ⋯!⋯』


『いいよいいよ、その調子⋯⋯もう片方も⋯⋯お、履けたねー。えらいえらい』


スニーカーを無事に履けたホムちゃんは、これからしばらく⋯⋯そう、私が満足するまで柚依の代わりに人間となり、内藤柚依として暮らしてもらうことになる。


『これで今日から君は、人間。私の幼馴染で親友の内藤柚依として生活してもらうからね。大丈夫。今は言葉が分からなくても後で分かるようになるよ、うん。⋯⋯なんなら、記憶喪失扱いでもいけるしね⋯』


『⋯うう⋯?⋯あうぁー⋯』


DNAいじられてるし、言葉を話せるようになるかは分からないけど⋯⋯何事にもイレギュラーは付き物って聞くし⋯⋯まあ、記憶喪失扱いとして扱われるようになったらリハビリとかあるだろうし、話せるようになるかもしれない。確率はゼロじゃないよね。



見た目が完全に柚依となったホムちゃんを連れて自室に戻ると、本物の柚依が持ってきた荷物を持って再び外へ。

ホムちゃんもとい柚依を連れて20分ほど、誰にも見つからないように周囲を警戒しながら本物の柚依の自宅方面に向かって歩いていき、その近くにある少し寂れた無人の神社の前で足を止める。


『ホムちゃ⋯ううん。柚依、言ってること分からないだろうけど、聞くだけ聞いてね』


『⋯えぅぅ⋯』


『これから空が暗くなるまでここで隠れていて、暗くなったらここから出てあそこにある家まで歩いていくの。そうしたら家から柚依の両親が出てくるから、その人達を信じて頼ってね。何か言われても、何を言っているのか分からないって首を傾げて。それで言葉を覚える機会も訪れるし、また私とも会えるからね。いい?もう一回言うから覚えてね?これから空が──』


身振り手振りを交えた説明を終えると、柚依に手を振って自宅へ帰ろうと歩き出したのだが、突然上着が後ろに引かれ思わず『おおっ』と声が出た。

振り向くと柚依が上着の裾を掴んでいる。動物の直感的なものなのか、ここに置いていかれると分かって、言葉を話せないからじっと私の目を見つめることで何かを訴えかけて⋯⋯いや、ホムンクルスがそんなことできるわけがないな。


『大丈夫。さっきの言った通りにしたら、柚依は人間として生きれて今よりもっと幸せになれるし、私ともまた必ず会えるからね。だからさっき言ったこと忘れちゃだめだよ?ね』


気のせいだろうけどなんだか言ってあげた方がいい気がして、一応の念の為、見つめ返し声をかけた。


『⋯あぅぅ⋯』


そのタイミングで偶然上着の裾から手が離れたので、


『じゃあ、またね』


と二度目の別れの挨拶と共に帰路に着いた。


この日両親が帰ってきたのは、予定より少し早い12時25分であった。

柚依がうちに遊びに来た時はいつも一緒に昼食を食べるし、食べたあとはそのまま午後も遊んでいくのに姿が見えない。どうしたんだろうと両親に柚依のことについて聞かれたが、私がこの時伝えたのは、『用事があるとかで昼前に帰ったよ』という報告だった。


柚依が遊びに来ていたことを知っていたのは両親だけで、従業員さん達は知らなかったこと。

その両親や従業員さん達はホムンクルスの仕入れで9時30分頃から出かけていて、牧場へ戻ってきたのは12時25分であったこと。

その間、敷地内には私と柚依以外人間は誰もいなかったこと。

予定外の仕入れがあり、9時50分頃に一度従業員の高橋さんが牧場に戻ってきているが、柚依の姿は見られていないこと。

そして最後に、柚依が遊びに来た時にいつもと取る行動が違い疑問に思った両親に、柚依は昼前に帰ったと報告したこと。

うちを出たあとのことは何も分からず、自宅に帰ったんだと思っていたと、18時になっても帰ってこないことを心配した柚依の両親からの電話で話したこと。

これらをもって、柚依となったホムちゃんを記憶喪失扱いにするための状況作り、アリバイ工作は終了した。


私と別れたあとに何かがあって記憶喪失となった。その何かは誰にも分からず、柚依の記憶が戻ることを待つばかり。そういうストーリー。

本物の柚依じゃない以上柚依としての記憶はないし、そもそも記憶喪失ではないのでいくら待ったところで記憶が戻ることはない。

ただ単に、本物の柚依にイタズラをして楽しんでいる間に、ホムちゃんを柚依として生活させたら本物の柚依にどれだけ近づけるのか。胸が高鳴る2つの出来事を同時に楽しもうとして立てた計画。それを邪魔されないために仕組んだだけのことであった。


後に、

①いつもならもうとっくに帰ってきているはずなのに、18時になっても柚依が帰ってこないことから、心配した柚依の両親がうちに電話をかけてきたり(うちに遊びに行くと本物の柚依が両親に伝えていたため)、

②帰ってきている途中じゃないかと家の周辺を探しに行った柚依の父親が、近くの公園で柚依になったホムちゃんを見つけ発見の連絡をくれたり、

③言葉を話さず両親のことも忘れ様子のおかしい柚依を病院に連れて行ったことを数日後に知ったり、

④病院で失語症と記憶喪失という診断がくだされたという報告をされ、これからもどうか柚依と仲良くして欲しいと柚依の両親に言われたり、

⑤記憶喪失になった原因を知りたいからと、いつ頃うちを出たのかとか、帰る時におかしなことはなかったかとか柚依の両親に聞かれたり、

⋯⋯⋯色々なことがあったけど、一部を除き全て想定通りに物事が進み、私にとって都合のいい結果となって騒動は終わりを迎えた。


柚依になったホムちゃんが公園にいたことだけは想定外だったけど、彼女にとって牧場の外は未知の世界だ。初めて見るものに目を引かれ、そっちに足が向かってしまったんだと思う。

ジェスチャーとかで指示したあれも、本気でそう動いてくれるとは思っていなかったし⋯⋯まあ何はともあれ計画はスタートし、順調に物事が進んだおかげで、私は憂いなく楽しく興奮するイタズラに専念できるようになった。そういうことだ。



柚依とホムちゃんが入れ替わったその日のお昼時。

両親に『柚依は、用事があるとかで昼前に帰ったよ』という報告をしながら昼食を食べ、歯磨きが終わった頃。

私はホムンクルスとなった柚依に会うのを楽しみにしていた。だって睡眠導入剤を飲ませてから4時間も経っている。さすがに起きているはずだ。


『どんな反応を見せてくれるかなー』


わくわくしてスキップ気味で4つの畜舎が建っている所に向かうと、従業員の高橋さんが檻の準備で出入りしていた畜舎の方へと足を進め中に入る。

中では昼休憩を終えた従業員さん達が仕事を再開していた。


『どの檻かなー』


『あうぅっ!あうぅっ!』


『⋯ん、あれかな⋯?⋯あ、あれだね』


すれ違う従業員さん達と挨拶を交わしながらホムンクルスと入れ替わった柚依を探していると、今いる場所から2つ奥、右前方の檻の中にその姿を発見した。

⋯⋯だけど、その檻には近づかない。まだ柚依に私の姿を見せるわけにはいかない。


絶望の中で希望が見える、でもその希望が希望じゃなくて絶望する。

漫画や映画などでも使われるこの最も愛すべきシチュエーションが、一番興奮する光景を見せてくれると信じているから。

しばらくは柚依に見つからない位置から観察する。残念だけど少しの我慢だ。


『うあうぅっ!い︎"ぁ"っ!?』


『あー、触っちゃったねー』


柚依は胸や股間を手で隠しながら、檻の前を通る従業員さん達に向けて必死に鳴き声を上げていた。

そして私が発見した数秒後には、電気の流れる檻に触れ、痛みで地面をのたうち回るという無様っぷりを披露。


必死すぎて周りが見えておらず、小盛りになった土につまずいた。それがきっかけで体が檻に接触、バチバチッと電気が流れてこの光景が誕生していた。

何とも柚依らしい可哀想で可愛い姿だ。


『だぁれも柚依のこと気にかけてくれないみたいだねぇ⋯ふふっ。ホムンクルス達は違うみたいだけどぉ』


柚依の声はそれなりに大きいけれど、それを聞いて足を止めたり、『どうした?』と柚依に話しかける者はいない。

それもこれも柚依に打った薬、注射器の中に入っていた薬がちゃんと効果を発揮してくれたことが大きい。そのおかげで柚依は人間の言葉を話すことができなくなったし、よりホムンクルスらしくなった。


つまり柚依がいくら声を出しても聞いた人はホムンクルスが鳴いているとしか思わず、またホムンクルスの鳴き声が聞こえるのは従業員さん達にとっていつもの事なので、『今日も元気に鳴いてるなー』としか思われないというわけ。

口から発するものまでホムンクルスと同じとか、それはもうホムンクルスそのものじゃない?胸がドキドキするぅ。


『昼食から帰ってきた時にはもうってやつだね。たった3時間くらいで、あら不思議。立派なホムンクルスにー』


遠くからでも分かる。柚依は笹塚牧場の立派なホムンクルスの一頭となっていた。

檻の中にいる柚依を含めたホムンクルスはみんな、矢島ファームのホムンクルスであることを示す黒のショートパンツを脱がされ、うちの牧場のホムンクルスであることを示す証を体につけている。


両耳の耳たぶより上、中央付近にそこそこの大きさの穴が開けられ、そこに管理番号とバーコードの入った黄色いタグが。下腹と右のお尻には焼印がされ、笹塚牧場という文字と笹塚牧場のオリジナルマークが赤く浮かび上がっている。と言った具合に。


柚依や他のホムンクルス達の耳についているこの黄色のタグ。これに書かれている管理番号やバーコードは、調べたり読み込んだりすると【このホムンクルスは、○県○市○町○-○-○にある笹塚牧場所有の個体です。】と表示され、見るものにうちの家畜だと証明してくれる。国に認められるとつけることができる正式な証だ。

つまり柚依は、家畜、それもミルクを生産するホムンクルスとして正式に登録されたということだ。


しかもタグはGPS機能付きで、万が一脱走が起きても居場所の特定が可能という優れもの。付け外しには専用の工具が必要だから、柚依自身には絶対外せないというところがまた良い。

まあそもそも、檻は二重になっているし電気も流れているから逃げられないんだけどね。


ちなみに焼印は、電気式かつ冷却装置付きで熱かったり痛かったりすることはないため、されたホムンクルスが苦しむことはない。されたことに気づかない個体もいるくらいだから心配はいらない。



他の子達と一緒にタグを付けられ、下腹と右のお尻に焼印をされた柚依は、もううちの牧場のもの。

タグは自身の動きに合わせて揺れその存在を常にアピール、家畜である証拠を自分にも他人にも常時示し続けるし、焼印の痕は肌を削るとかしないと一生消えない。

まあ、逆に言えば美容形成とかで削れば消えるんだから大丈夫。仕方ないよ。だって焼印がある方が興奮するんだから。


柚依は檻から逃げられず、タグも自力で外せず、焼印の痕もどうにもできず、口から言葉も発せない。

私が助けなければ、一生家畜のホムンクルスとして暮らしていくしかないのだ。他の子達と一緒にお世話されて育てられ、時が来たらミルクを搾り取られ、30歳になったら屠畜されるそんな一生を。




仕入れされてきた子達は、早速その日の午後から調教が開始された。

もちろん、柚依もといユユちゃんも例外ではない。

あ、ユユちゃんっていうのは、柚依が正式にうちのホムンクルスとして登録された時に付けられた、笹塚牧場内のみで呼ばれる名前のこと。

うちの牧場のホムンクルスには親しみを込めて一頭一頭名前が付けられていて、例に漏れず柚依も従業員さん達によって名前が決められ付けられていた。


ただの家畜とはいえ名前があるのとないのとでは、ある方が断然懐かれる。

名前を呼んでお世話していると、どこかのタイミングで自分が呼ばれているとホムンクルス達も気づき始めるし、名前に反応するようになるとお世話する側も嬉しいし、お世話が楽になる面がある。そのためうちの牧場では名前を付けることにしているのである。



両親も従業員さん達も、柚依がホムンクルスの中に混じっているなんて知らないし気づきようがないため、柚依も今日やってきたホムンクルス達と一緒に調教された。

人によってはなんか似ているなとは思うかもしれないけれど、普通そんなまさかはありえないし起こらないので、すぐに忘れて疑いの文字は霧散する。


柚依もといユユちゃんは、調教に際し、やはりと言うべきか逃げて暴れて助けを求めた。

といっても、『あっ!⋯⋯ああぅ!⋯⋯ううっ!⋯うぁう!』なんて感じで人間の言葉が話せなくなっているので、助けを求める声もただの鳴き声としてしか捉えられていなかったけど。


従業員さんがエサはこことかトイレはこことか丁寧に根気強く教えてくれているのに、そんなの自分には関係ないと逃げ回っては体に鞭を打たれて体に覚え込まされ、逃げ続けて足がもつれたところで檻にぶつかっては流れる電気で一時的に失神し、また逃げては捕まりお尻に鞭を打たれ⋯⋯人間が上だぞと、人間の言うことは絶対なんだぞとその身に刻み込まされていく。


そうやって躾けることで前の牧場でのことを忘れさせ、一日でも早く笹塚牧場のホムンクルスとして生活できるように、馴染めるように、新しいルールを頭に体に教えこんでいく。

本来のホムンクルスは頭が良くないので、こうしないと覚えないから。

ユユちゃんは人間だしその限りじゃないんだけど、従業員さん達にとっては新入りのホムンクルスの一頭でしかないからね。




調教は、次の日また次の日と続いていく。

日が経つ事にここでのルールを覚えくつろぎ始める個体も増えていく中、ユユちゃんだけは屈することなく調教に耐え続けた。

『自分は人間だ。助けて。ここから出して。なんで言葉が話せないの。どうして分かってもらえないの。』色んな感情、伝えたいことがのった鳴き声を上げては檻の中を逃げ続ける。

人見知りである柚依がこんなにも必死な姿を見せてくれている。そんな光景を目にしては、興奮が抑えられないというもの。高鳴る胸をそのままに、物陰にて軽くいってしまった。





調教が始まって一ヶ月後。とうとう私も堂々檻の前にて、従業員さん達がホムンクルス達をお世話する様を眺める時がきた。

今までは物陰からユユちゃんが調教されていくのを見て楽しんでいたのだけど、最近は逃げることも暴れることもしなくなっていてつまらなく感じていたから。


これにて第一段階の絶望は終わり。今日から第二段階へ移行。数日間の希望が始まる。

私を楽しませ興奮させるためだけに、柚依には心まで完璧にホムンクルスになってもらう。とても難しいことだけれど、過程も楽しめる大変やりがいのある遊び⋯おっと、イタズラだ。


ユユちゃんが居る檻へと歩いていくと、目的の人物は地面にペタンと座り項垂れていた。

諦めオーラを漂わせ、絶望の背景をまとっている。


そりゃそうだ。助けを求める言葉は口から紡げず、代わりに出る鳴き声は発し続けるとうるさくなり従業員さんに叱られる。それでも尚助けを求めると、再度の調教の為に鞭を振られ躾られる。

どれだけ必死に鳴いてもただの家畜の鳴き声に捉えられ、誰にも助けてもらうことはできず、人間だと伝える手段もないため、ホムンクルスではないことを分かってもらうこともできない。


『いい感じに絶望してるねぇ。お、仲間に慰めてもらってるぅ。かわいぃー』


悲しんでることを察して、なぐさめようと近寄ってきてくれるのは同じ檻の中にいるホムンクルス達だけ。

ユユちゃんに寄り添い、その体を舌で舐めている。まるで、『元気だして!』そう言っているようにも見えるスキンシップ。

ホムンクルスが仲間にしかしないそれを、ユユちゃんも黙って受け入れている。それはユユちゃん自身、己が本当に人間であるのかどうなのかあやふやになってきていて、存在自体に揺らぎが生じてきているから。


だって自分と同じ人間であるはずの人に、『お前は人間じゃない!家畜だ!ホムンクルスなんだ!』なんて言われ続けているようなものだからね。

ずっと否定され続けたせいで脳が麻痺とか混乱とかして、『自分は本当に人間なのか、本当はホムンクルスなんじゃないか』なんて考えるようになってきているんだと思う。


ユユちゃんにしてみれば、目覚めたら人間だったはずの自分がホムンクルスとして飼われている状況で、それを周りの誰も不思議に思わない。抗議しても家畜が鳴いているだけと捉えられて無視されるか躾をされる。

もしかしたら、今まで内藤柚依という名前の人間として暮らしていた時の記憶は全て夢の中の出来事で、本当の自分は産まれた時からずっと家畜のホムンクルス。人間になりたいという憧れが強すぎて、自分が人間になって暮らしている夢を見たんじゃないか。なんて感じで。


『わあぁ。この子達が新しく来たホムンクルスかぁ。かわいいなー』


だからこそ、そこに希望を一雫垂らしてみる。

案の定その言葉にユユちゃんは反応した。


聞き覚えのある声を耳が広いピクッと体を小さく震わせると、顔を上げて声のした方つまり私の方へと目を向ける。

私を見つめるその顔は、知らない土地で親しい者を見つけた時のような、安心と希望に満ちたもの。

絶望の中に希望の光が見えたのだ。破顔し涙を浮かべるままに話しかけてくる。


『⋯ああぅ⋯あぁぅ⋯⋯うぅ⋯』


『あ。この子、柚依にちょっと似てるー』


『⋯あぅうっ⋯あぅうっ⋯』


なんて言っているのか分からないけど、恐らく助けてとか出してとか言っているんだろう。

ただ残念なことに柚依をこんな目に合わせた犯人は私だし、その私は今のところ柚依を外へ出すことは考えていない。

楽しいことがこれから起こるというのに、どうして見ずに終われようか。


『どうしたの?お腹すいちゃった?』


『⋯あぁぅっ⋯ぁうっ⋯』


『⋯あれ?エサやり終わったばかりみたい⋯⋯もしかして足りなかった?』


『⋯あう!⋯あぅ!⋯』


『でも、ごめんね。私今日はお手伝いの日じゃないの。従業員さんに頼んでみるね』


なので、何を言っているのか分からないというふうに適当にあしらう。


『⋯あぅあ!⋯ぁぅう!⋯えぅぅ!⋯あぅあう!⋯』


『あぁ、これはちょっと⋯』


そのまま他の檻にいるホムンクルスを見に行こうと歩き出すと、ユユちゃんが喚き出した。


『ちょっともう、ユユちゃんっ。そんな大きな声で鳴いたら他の子に迷惑でしょ!もうっ、また躾直さなきゃ』


『やっぱりそうなるよね』


畜舎では従業員さん達が毎日何かしらの作業をしている。

仕入れや昼休憩、仕事終わりの夜間以外で畜舎から従業員さんがいなくなるということはまずない。少なくとも一人は必ずいるのだ。

3つの畜舎全部そうだし、建設中の4つ目の畜舎が完成したらそこもそうなる。

そんなところで喚き散らかしたら、何かあったのかと駆けつけてくるに決まってるじゃないの。


『これで大人しくなるならホムンクルス化が進んだってことで興奮するし、大人しくならなくてもそれはそれで今後の楽しみができて嬉しい。どっちに転んでも楽しいことはやってくるってね』


『⋯うぁう!⋯ぁうあ"っ!?⋯う"あ"ぁ"っ⋯』


『静かにしなさい!鳴く時はもう少し声を小さくする!』


『⋯ぅ"ぅ"っ⋯⋯⋯ぁ"ぅ"っ⋯⋯⋯ぅ"ぁ"っ⋯⋯』


言うことを聞かないホムンクルスを躾ける従業員さんの声と、ヒュンッバチィィンッと鞭が家畜の体に当たる音、それからユユちゃんの悲鳴。

そんな素晴らしいBGMを聞きながら、5分ほど他の檻にいるホムンクルスと戯れ家に帰った。





次にユユちゃんのいる畜舎に行ったのは、それから三日後のこと。


『⋯⋯⋯⋯⋯⋯ぁうっ⋯あぅうっ⋯』


私が姿を見せると、ユユちゃんは待ってましたとばかりに檻の近くまで四つん這いで走ってきた。

ホムンクルスとして躾られた結果、二本足ではなく四つん這いの四足歩行で行動するようになっていた。人間のように立とうものなら鞭が飛んでくるので。


檻のギリギリの位置まで来ると周囲を確認し、今なら大丈夫と言わんばかりに頷き鳴き声を上げる。

どうやら前回のことから学び、周りに従業員さんがいない時を見計らって声をかけることにしたらしい。


『おはよーユユちゃん。今日も元気だね』


『⋯うぁぅっ⋯ぅあうっ⋯』


『駆け寄ってきてくれるなんて、私のこと好きなのかなぁ。嬉しいな』


『⋯ぅう⋯⋯⋯うぁあっ⋯』


『ごめんね、今日も見回りだけなんだ。今度お手伝いする時はたくさんご飯あげるからね』


『⋯ぅうぁ!⋯うあぁ!⋯』


でも忘れてはいけない。人は感情が高ぶると声が大きくなるということを。


『こらー!またユユちゃんか!ダメだってこの前も言ったでしょー!まったくもうっ、お仕置だよ!』


『⋯ぁあう⋯ぇう"あ"っ⋯⋯ぁ"ぅ"ぇ"っ⋯⋯』


私はその素敵なBGMを聞きながらゆっくり歩いて畜舎を出ると、今度はスキップしながらウキウキな気持ちで家へと向かった。





次にユユちゃんのいる畜舎に行ったのは、少し間を開けた一週間後。

私が姿を見せると、やはりユユちゃんは待ってましたとばかりに檻の近くまで四つん這いで走ってくる。

前回、前々回と違うところは、従業員さんが周りにいるかいないかを気にすることがなくなったということと、周りに従業員さんがいてもいなくても大きな声を出さず、喚き散らかすこともなくなったということ。


『ユユちゃんおはよー。元気だねー』


ユユちゃんは相変わらず、顔をほころばせ希望に満ちたキラッキラの目で私を見上げてくる。

いつか絶対気づいてくれる。ここから出してくれる。そう思っていることは間違いないだろう。私ならとね。


『⋯あうあうぅ⋯ぇう⋯』


『今日はねー、お手伝いの日なんだぁ。今からご飯準備するからちょっと待っててねー』


一つ目の檻の鍵を開けて中に入り扉を閉める。そしてもう一つの二つ目の檻を開けて中に入ろうとしたところで、出口が開いたのを見ていたユユちゃんが中から飛び出してきた。


『あっ、こらっ逃げちゃだめだよ!ほら入って入って!』


だけど、そうなるかもなとは予想していたので、止めるのに苦労はしなかった。というかこのまま止めずに突っ込ませても結果は同じになったんだけどね。

だって最初に開けた檻は中に入った時に閉めているから。

止めなくても檻に突っ込んでビリビリ体に電気が流れるだけだよ。


『もう、後でお仕置きだからね』


『⋯ぁうあっ⋯ぁうぁっ⋯』


『そんな声出してもだめ。あそこで従業員さんも見てたしね。ちゃんと躾てもらうんだよ』


『⋯ぅぁ⋯⋯うぅ⋯』


躾られると聞いたユユちゃんは元気をなくし、トボトボと檻の中に戻っていく。が、その途中で仲間のホムンクルスに突然横から抱きしめられ舌で体を舐められていた。

仲間の悲しみの感情を察知したのだろう。


私はそれを横目で見て楽しみながら、エサをエサ箱に入れていく。

エサは野菜や肉、薬などを形がなくなるまでドロドロにした、ある意味流動食に似たもの。栄養をたっぷりと得られ、今後先達の抜けた穴を埋め、生産を担っていくのに必要な体作りをサポートしてくれるものが入っている。


『さあ、みんなぁ。準備できたよー』


『ぇうっ』『⋯ぁうぅ⋯』『うぅっ』『⋯ぅえんぇ⋯うぅ⋯?⋯』『あうーっ』『⋯⋯ぃうあ⋯』


エサの準備が終わり声をかけた途端、ホムンクルス達は我先にと四つん這いでエサ箱まで向かってくる。

これは別に、入れてる量が少ないから早い者勝ちだよ的なことではなくて、早く良い位置につければ他の子よりもたくさん食べられると思っているから、というか実際そうではあるので、いつもこんな感じになる。皆育ち盛りだし、そうなるのも仕方がないのかもしれないけど。


『⋯ぇうっ⋯⋯あぅっ⋯⋯ぁうぅっ⋯』


ユユちゃんも負けじと走るが全然だめ。覚えたばかりの四足歩行では、元からできる生粋のホムンクルス達に遠く及ばず、さすがにまだ勝つことができない。

良い場所獲得競争に負けたユユちゃんは、エサ箱の端の端、エサ箱に顔を突っ込んで食べるホムンクルスとホムンクルスの間に割って入り、何とかエサにありついていた。


ホムンクルス達のエサやりは朝の8時と昼の12時、夜の18時の3回。どれか一回を逃しても他の時間帯で食べることができるが、それでも一回食べ損なうと次のエサやり時間まで空腹で耐えなければならなくなってしまう。

だからなのか、ユユちゃんは食い溜めしておこうとしてハムスターのように頬を膨らませている。そんな一度に口いっぱいに詰め込んだら飲み込むの大変だろうに。


ちなみにこの十数日間で、ユユちゃんの外見はよりホムンクルスらしくなっていた。

自分のものかはたまた他のホムンクルスのものか、全身くまなく糞尿で汚れ、土で汚れ、体に綺麗なところがない状態に。さらにはそのせいで、他のホムンクルス同様強い家畜臭を放つようになっていた。


ホムンクルス達は排泄をする際、用足しの場に広がるぬかるみ、つまり糞と尿が混ざった所に手や足をつけて進み、できるだけ中心に近い所で用を足すように躾されているため汚れやすい。

というのも、お世話する側としては色んなところにされるよりは一箇所にされる方がいいし、一箇所と決めたせいでそこから徐々に広がってされていくようなことにはなって欲しくない。なので用を足す所を決めた上で、なるべく同じ場所でしてね、勝手にする場所を広げても最初に決めた場所でやるのは変わらないからねと躾けるのだ。


それはホムンクルスとして調教されたユユちゃんも例外ではない。

それを守った、守らざるをえなかった結果が、今の汚れに汚れた体だった。

まあ本人が気をつけていても、他のホムンクルス達が抱きついてきたり頭を撫でてきたりとスキンシップをとってくるので、汚れないようにするのは難しいけれど。


髪にも当然のことながら糞尿などが付着していて、絡まり乾いて付着するを繰り返し、カチコチに固まった大小いくつもの房を持つ髪となっていた。

房状になっていない髪の毛もちぢれボサボサに。もはや糞の塊を頭に乗せていると言っても過言ではないのではと思う。


それに歯磨きなどできない環境のため、口も悪臭が漂うほどになっていた。

家畜だし歯磨きをさせることはないからそうなるのはそうなんだけど、ここまで酷い臭いになるのには理由がある。

それは、ホムンクルスの家畜社会において群れの上位の立場の者が排泄をしたら、下の立場の者がそのお尻を舌で舐めて綺麗にする。というものだ。

上の立場の者の排泄後の股間を綺麗にするのは、下の立場の者の務めなのである。


立場には四段階あって、まず一番上がボス。その下が上位者。その下に中位者。一番下が下位者となっている。

ボスのお尻を綺麗にするのが上位者達で、上位者達のお尻を綺麗にするのが中位者。中位者のお尻を綺麗にするのが下位者。というふうに。

下位者達は、群れに新入りが加わるまでは自分で綺麗にするか、同じ下位者に綺麗にしてもらうか、それとも綺麗にしないで放置するかの3択。基本的には、仲の良い同じ下位者に綺麗にしてもらっているようだった。


そのホムンクルスの家畜社会において、ユユちゃんの立場は下位者。

他のホムンクルス達よりも長く従業員さんに調教されていたこと、他のホムンクルスよりも足が遅いこと、自分から他のホムンクルスにスキンシップをとらないこと等など、色々なことが積み重なった結果、下位者となっていた。


一番下の立場なので、中位者の排泄後のお尻を舌で舐めて綺麗にしたり、付着しているものを舐めとったら食べて処分しなきゃいけない。吐き出したらその中位者にたくさん張り手で叩かれるから。

なら最初から拒否すればいいのではと思うかもしれないが、それ即ちその中位者をなめているとなり、泣いても助けを乞うてもその中位者の怒りが収まるまで張り手で叩かれ続けることになるのである。

握り拳でないことだけが幸いだが、赤くなって腫れ上がってもやめてくれるかどうかは相手次第。というところがまたなんとも興奮するところ。


ユユちゃんがそうなっている光景を見るのは二度三度どころではないけど、最近はその光景を見る機会もなくなっている。

汚い所を舐めたり、汚いものを食べたりするより、いつ終わるか分からない地獄の張り手の方が嫌らしい。というより怖いのかもしれない。最後の方なんかはプルプル震えて漏らすくらいだし。

そんなところもユユちゃんらしくて、残念可愛いんだけど。


あ、ユユちゃんが排泄したあとは、いつも体を舐めてくれる下位者の仲間に頼んでお尻を綺麗にしてもらっているみたい。その代わりにその下位者のお尻を綺麗にしてあげなきゃいけないみたいだけど。


『⋯がふっ⋯⋯がうっ⋯』


なんてことを思い出しながら、一生懸命エサを口に運ぶ食事中のユユちゃんを眺めていると、その背後に近づく一頭のホムンクルスが視界に入る。


『⋯がふっ⋯⋯んぐんぐっ⋯⋯ぇ"あ"っ!?』


『あうぅっ⋯あうっ⋯』


エサも食べずしばらくユユちゃんの背後に座っていたかと思うと、突然そのホムンクルスがユユちゃんのお尻目掛けてバチィィンと強烈な張り手を食らわせた。

いきなり衝撃がきたものだから、口に入っていた飲み込む前のエサを前方に吐き出してしまっている。


『⋯ぁ⋯ぁぅ⋯』


『ううぅっ⋯あぅあっ⋯』


驚きで目を丸くしながら後ろを振り返るユユちゃんに対し、責めるようにズイッと顔を近づけるホムンクルス⋯⋯のカシューちゃん。


『⋯ぁうぅ⋯』


なんで叩かれたのか分からず怯えた表情をするユユちゃんを尻目に、カシューちゃんは後ろを向いてお尻をグイッとユユちゃんの顔に近づける。


『あー、これは気づきようがないというか⋯⋯うん、でも気づかない方が悪いのか』


これはあれだ。お尻を舐めて綺麗にしろってことだ。

カシューちゃんの立場は恐らく中位者。

用を足し終えたので、お尻を綺麗にしてもらうために下位者の中からユユちゃんを選んだのだ。

だけどユユちゃんはエサを食べるのに夢中で、カシューちゃんが背後に来たことに気づかない。だからお尻を叩いて気づかせた。


カシューちゃんも気づいてほしいなら、鳴き声を上げればよかったのに⋯⋯と思ったけど、これ、立場が下の者が察して行動しないといけないやつだったりするんだろうか。

産まれてから今までたくさんのホムンクルスを見てきたけど、思い返せば確かに察して行動している個体がいたような気もする。


私は人間だし、当たり前のことながらホムンクルスの家畜社会のことは分からないけれど、もしそうなんだとしたら、下位者のユユちゃんが察して行動できなかったことは良くないことなんだろう。


ユユちゃんも人間だしホムンクルス特有のそこら辺のことは分かりようがないんだけど、この檻にいる子達にとってユユちゃんは、矢島ファームで産まれてからずっと一緒に暮らしてきた群れの一員⋯⋯と思われているので、察せないのは良くないこととなるのである。


なぜなら両親や従業員さん達と同じように、この8歳のホムンクルス達も、柚依とホムちゃんが入れ替わっていることを知らないから。

本当の群れの一員であるホムちゃんと間違われているため、察せないといけない一番下の立場の者なのにそれができなかったユユちゃんは、お尻を叩かれて睨まれる羽目になったのだ。


『⋯⋯⋯ぁ⋯ぁぅぅ⋯⋯』


目の前に突き出されたお尻を見てどうして叩かれたのか理解したらしいユユちゃんは、途端に元気がなくなり目に光がなくなった。

その後にチラリとこちらを見てくるが、これは私が止めるのを期待してのものなのかなんなのか。

ちゃんと見るのは3度目になるが、何度見ても興奮する光景ではあるので、『どうしたの?』と分からないふりをして首を傾げる。


するとユユちゃんは、『伝わらなかった。止めてはもらえない』と言うように諦めた顔をしてカシューちゃんのお尻に舌を伸ばす。


『⋯んぇ⋯⋯んぇ⋯⋯んぶっ⋯⋯んん⋯⋯』


畜舎に取り付けられた照明に当てられヌラッと光る尿がついた尿道を綺麗に舐め、土と少しネバッとした液体がついた膣を綺麗に舐め、用足し場で落ちきらなかったネトッとした糞の塊を舐め取って噛まずに飲み込み、ネチャッとした塊ではない糞のついた肛門を綺麗になるまで舐める。

尿道、膣、肛門の順番で、舌を使いチロチロとネロネロと。


『えうっ⋯あうぅー』


『⋯⋯ぇぅ⋯』


多少の時間をかけて舐め取り綺麗にすると、カシューちゃんは『次からはちゃんと気づけよ』というように、ユユちゃんに体当たりをしてエサを食べに歩いていった。


『⋯ぅぅ⋯』


カシューちゃんの方が体格が良かったのもあって、弱めの体当たりであっさり地面に転がることになったユユちゃんも、起き上がるとエサを食べるために再びエサ箱へと歩いていく。


舐めたくないのに舐めなきゃいけなくて、食べたくないのに食べなきゃいけない。なんて可哀想なユユちゃん。

できるならもっと可哀想になるように、カシューちゃんが汚いお尻をユユちゃんの顔面に押し付ける。なんて事までしてくれたら良かったのにな。そこだけが残念。



エサを食べ始めて10分程経ったあたりでエサ箱を離れ、チラホラとくつろぎ始めるホムンクルスが出てくる中。ユユちゃんはというと、その1分前から私の傍に来て、エサを食べ終わった満腹のお腹を晒し横になっていた。


『⋯ぁっ⋯』


食べたばかりで俊敏には動けなさそうな今の体を見ていると、だんだんイタズラ心が湧いてくるもので、今できる手頃なイタズラといえばこれ。と、乳首をなんとなくピンッと優しく指で弾く。

すると、小さい衝撃に合わせて2滴ほどの白いミルクが宙を舞った。


妊娠していない人間にはありえない現象で、家畜であるホムンクルスにとっては普通の現象であるこれは、ユユちゃん達ホムンクルスが食べる特別配合のエサによるもの。

エサを食べれば食べるほど、良質な乳を出すホムンクルスとなっていくのだ。


そうして特別配合のエサを食べ続けて、ミルクを搾る年齢15歳になる頃には、立派な大きな胸とそれに見合うたくさんの乳を出せるようになっている。

体も魅力的に見えるよう細いながらも、子供を産んでも母子共に健康に影響がないくらい丈夫になるので、この笹塚牧場特製のエサはうちのホムンクルス達にとっては欠かせない食べ物なのだ。


説明されなくとも、ユユちゃんもなんとなくそれは分かっているはずだが、食べずに拒み続ければ待っているのは餓死という二文字。

ホムンクルスになった初日から3日近くまではエサを食べようとしなかったが、拒み続けても食べ物が変わることはないのだと気づいてからは、生きるために進んで食べるようになっていた。

食べたくなくても食べなければ生きられないので、他のホムンクルス達に食べ尽くされる前にエサ箱まで行き、お腹が満たされるまでエサを頬張り続けるのだ。


『⋯ぁうぅ⋯あぅ⋯いっ?!⋯』


乳首を指で弾いたことを抗議するユユちゃんの乳首を、今度はキュッと摘む。

強く摘んだわけではないのに、ユユちゃんは体をビクッと跳ねさせ良い反応をする。

エサに含まれる成分の影響で、常に敏感となっているそこに刺激を与えられたのだから当然といえば当然だけれど。


指についたミルクを自分の作業服に拭うと、顔を少し赤くしたユユちゃんの頭を撫でて檻から出る。

エサやりのお手伝いは、この檻だけじゃない。


『また来るからね』


檻の外からユユちゃんにそう言って、他の檻の子にもエサをあげるべく、エサが置いてある場所へと取りに向かった。






ユユちゃんが、どんなに調教されホムンクルスらしい行動や生活を強いられようとも心を壊さずにいられるのは、私という存在が、希望があるから。

幼馴染で親友。ずっと一緒だった私が気づかないはずがない。アピールし続ければいつか絶対に気づいて、ここから助けてくれる。そう信じているからこそどんなことにも耐えられるのだ。


でもそれは耐えられるというだけで限界はある。

信じていたいつかはこないのだと知った時、どういう反応を見せてくれるのだろうか。

その光景を見るためにまずは、ユユちゃんがいるこの畜舎に来る日をランダムにすることにした。

信じることで希望が見えるのならば、いつまでも待てるはずなのだから。


その日から、一日空けたり、二週間空けたり、三ヶ月空けたりと色々試して、表情や感情の変化などを確かめた。


ユユちゃんはとても分かりやすい。

一日、二日くらいなら空いても『やっと来てくれた』って感じだけど、一週間や二週間も空くと『どこ行ってたの!なんで来てくれなくなったの!』って感じになる。

これが一ヶ月や二ヶ月になると『もう来てくれないのかと思った』と安堵の涙を浮かべるようになる。

さらに三ヶ月や四ヶ月になると『ああ、ああ、ああっ。来てくれた来てくれたよぉっ』て感じで絶望した顔から一気に嬉し泣きの顔に。

今のところ一番長いので六ヶ月空けるというのをやったことがあるけど、これはそんなに楽しくなかったのでこれ以上長く空けることは今後ないと言える。

ユユちゃんの心を完全に破壊しちゃったら、感情の揺さぶりを楽しめなくなるからね。





そして今日もまた、そんなランダム訪問の日。

ユユちゃんのいる畜舎に足を運んだのは、前回の⋯⋯確か三ヶ月空けた時に来てからだから⋯一ヶ月後くらいかな。


「皆おはよーっ。ご飯の時間だよーっ」


「⋯えうぅ⋯ぅう⋯⋯あぅ⋯」


「⋯⋯ぅ⋯」「ぇうぅっ」「⋯ぁうー⋯」「⋯んぇ⋯うぅ⋯」「⋯えぅ⋯?⋯」「⋯ぅ⋯ぇうぅっ」


ユユちゃんはというと、私の姿を見ると駆け寄ってくるが飛びつくこともなく、小さな声で挨拶のような鳴き声を上げて、いつものように何か察してほしそうな目をして見上げてくる。

何度も躾られたことでホムンクルス化が進み、今では全ての行動がホムンクルスそのものになっていた。人間らしさは何かを伝えたそうにしている目とその意思だけ。


「⋯あうぅ⋯あうぅー⋯」


「ん?ユユちゃんおはよう。もうちょっと待ってね」


エサ箱にエサを入れていると、準備の邪魔になってはいけないと一旦離れていたユユちゃんがまた近づいてきて私のことを見上げてくる。

エサを早く食べたい。というわけではなく、前も今も変わらず「わたし柚依だよ。ねえ分かる?ここから出して。助けて。」それらを伝えたい。その一心で私に近づいて訴えかけるような目をして見上げてくるのだ。

だから私もそれに応えて、今日は楽しい話をしてあげることにした。


「そうそう。前にちょっと話したかもしれないけど、ユユちゃんにちょっと似ている柚依って子が友達にいてね。昨日も遊んだんだけど、あの子さー──」


「⋯えぁ⋯⋯え、ぇうあぁ⋯⋯」


それを話し始めると、ユユちゃんは驚愕といった表情を顔に浮かべた。目玉が落ちそうなくらいに目を開き、顎が外れそうなくらい口を開いている。


もちろんそんな事実はない。柚依となったホムちゃんは、まだ遊べる状況にないからだ。

私の予想に反して、この一年あまりで人間の言葉を覚え、多少の会話なら可能というところまできた、驚異の知能を見せつけたホムちゃんであったが、まだ自宅の外に遊びに行けるほどの日常生活における知識は多くない。

それらを覚える(柚依の両親にとっては思い出してもらう)までは、両親と一緒じゃないと外に行けないから遊べる状況にないのである。

ホムちゃんは自宅であれこれ勉強しているので、私も頻繁に家に行っては教えている。


「──​楽しかったから、またやろうねって──」


「⋯⋯ぁ⋯⋯ぅ⋯⋯」


ユユちゃんはとても信じられないことを話されて、でも信じられなくても事実かもしれなくて、憔悴しきった表情で口からか細い声を出した。


一時期、本当は自分は人間じゃなくてホムンクルスだったんじゃないかと思ったこともあったけど、私の姿を見て内藤柚依として過ごした日々の記憶は夢での出来事ではないと確信がもて、あとはここから助けてもらうだけ。

そう希望をもって気づいてもらおうとがんばっていたのに、本来自分がいるべきはずの場所に別の柚依と呼ばれる人物がいるという話をされたことで、やっぱり自分は産まれた時からホムンクルスだったんじゃ⋯と不安が再燃。それで顔を青くしていた。


「──だったんだよねー。⋯あ、そろそろ他の檻の子のご飯あげないと。⋯じゃ、たくさんご飯食べてね。ユユちゃん」


暗い顔のユユちゃんに声をかけて檻から出る。


ここからは第三段階。希望は終わって絶望が再び訪れる。

計画に第四段階はないから救いはない。

柚依をどこまでホムンクルスにできるのか、ホムちゃんをどこまで柚依にできるのか、柚依とそっくりな個体を集めて分からなくさせてみたい、柚依に他のホムンクルスが産んだ子の代理母をさせてみたい、柚依に⋯⋯。

私が飽きるまでこの遊び⋯イタズラは終わらない。終わらせない。


「本番はこれからだよ、ユユちゃん」


これから訪れるであろう楽しみに思いを馳せながらその場を後にした。





余談。

柚依となったホムちゃんは、その驚異的な知能でいろいろなことを覚えていって、入れ替わりから4年後。年齢的に一年遅れながら、高校に入学し女子高生として保健室登校をし始めた。

段階的に慣らしていって、最終的に2年生になるまでには教室登校ができるようにすることが目標。

私も同じ学校に通っているので、休み時間の度に友達と保健室に行っては柚依となったホムちゃんと会話したりスキンシップをとったりして過ごしている。


教科書に載っているような昔ならともかく、今のホムンクルスではありえないくらいの知能を持っていたので、最初はものすごく驚いたのは言うまでもない。

まあ、こちらとしては好都合だし、何より当の本人⋯当の本ホムは私にべったりで甘えてきてくれるのが嬉しい。

素直で可愛くて、私の言うことならなんでも聞いてくれるので、今では妹みたいな存在となっていた。


ちょっとだけ本当にこのままホムちゃんが柚依に成り代わったままでもいいかなと思い始めているが、これからの事は私にも分からないし考えても仕方がない。

だって全ては、柚依が私を満足させてくれるかどうかにかかっているのだから。




ーー[完]ーー

Comments

CactusesCacti__

よく読みました。 今回の内容も良かったです!

lakil

Does it have a sequel?

気弱ちゃん。

Thank you for your comment. I’m not currently planning a sequel to this story, though I might consider writing one if there is enough demand for it.