勘違いホムンクルスと緑の病 (Pixiv Fanbox)
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「うあー...はぁ、いいなぁ...」
お昼過ぎの午後1時。友達の両親が経営している牧場で、わたしは目の前にいるたくさんのホムンクルスを見ながら羨ましげな声を漏らしていた。
「ん?なんか悩み事でもあるの?」
「えー?んー...羨ましいなーって思ってただけ」
「羨ましいって何が?」
口をついて出た言葉に返事を返してくれているのは幼馴染兼友達の未菜だ。
両親が牧場を経営している友達というのは彼女のことである。
「いやね、この子らって食べて寝て遊んでさー、ただただお世話されて楽に生きてるでしょ?」
「え?そりゃまあ、ホムンクルスだからね?」
「それずるくないかって時々思っちゃうわけ。同じ地球に住んでる生き物なのにさー」
「えぇ...?家畜相手にそんなこと思ってたの?」
「そんな引かなくても....。ほ、ほら特にこの子見てるとつい、ね?あれだよ、ハムちゃんわたしとそっくりじゃん?だから余計にそう思っちゃうのかなって」
「えー、何?自分と似てる子が楽しそうに自堕落に生きてるのが許せないって話?別にこの子達だって楽しいばかりじゃないと思うよ?最終的には食べられちゃうんだし」
「それでも、人には色々人間関係とかしがらみあって大変なのにってどうしても思っちゃうんだよね」
「家畜と人生比べてどうするの」
「いや、それはそうなんだけどね」
話題に上がる管理番号86番のホムンクルス。通称ハムちゃんは、わたし達が見つめる先でエサをほおばっていた。
このハムちゃん、先程話した通り顔も体つきもわたしとそっくりで、話す声(鳴き声)も同じ。
違う点と言えば着ている物と、あちらは首輪しているという事くらいなものであった。
初めて未菜の家へ遊びに来た時は、それはもうびっくりしたものである。
当時のわたしは小学生。頭が混乱し、驚きでしりもちをついたのを覚えている。
その時初めて会った未菜のご両親もこちらを見て驚いた顔をしていたっけ。
世界中探せば同じ顔の人は何人か存在するなんて聞いたことあるけど本当の話みたい。ハムちゃんは人じゃないけども。
それからというもの、未菜の家で遊ぶ時はハムちゃんに1度会ってからというのが恒例になっている。
最初は自分とそっくりと言うだけで不気味に思っていたのだが、人懐っこく慣れるのにそう時間はかからなかった。
そうして接し始めてしばらくしてあることに気がつく。
他のホムンクルスにはない特徴であり、隔世遺伝による稀な事例。
そう、ハムちゃんの知能が高いということだ。
ホムンクルスというのは本来、本能に従って生きていて物事を考える力が乏しいそんな生物なのだ。
人間と体の作りが同じなため話すことができるのだが、言葉を教えこんでも完璧には覚えられず、文章として成立していない意味不明な言葉を話すようになるだけ。
所謂それがホムンクルス特有の動物としての鳴き声である。
時として文章をまるまる覚え話せてしまうような特定の鳥類とは賢さが下降方向へ違うのだ。
外見がどんなに人間に似ていても家畜は家畜。
だがそんなホムンクルスの中にも、稀にこうして知能の高い個体が生まれる。
教えこめば教えこんだだけ理解し出来るようになるそんなスーパーホムンクルスが。
なんでも、20年前まではホムンクルスも人間と同等の知力が備わっていたらしいのでそんなことが起こるらしい。
そもそも先程から話しているホムンクルスとは何か。
簡潔に述べれば、人工的に作りだした人間と言うのが答えになる。
誕生にいたった経緯としては、過去に動物のみにかかる感染症が世界的な規模で発生したことが関係してくる。
多くの動物が感染し亡くなった大事件。
その中には人間がそれまで食べていた家畜も含まれており、まさに食肉事情の危機。
このままではまずいと政府は問題を解決するため手を尽くし、その過程で生み出されたのが人造生物ホムンクルスであった。
幾人かの人にDNA提供に協力してもらい、採取後それらと色々な物をかけあわせて生み出されたのが始まりのため、姿が人間にとても似ている。
ちなみに現在ではオスとメスの交尾によって普通に産まれているため、DNAのかけあわせによる誕生はないそう。
そのホムンクルスの肉やミルクは牛や豚等と同様に一般的に売られていて、共によりいい物をと品種改良を繰り返し、各地域のブランドが出るほどに人気である。
そういう生まれ方をしているので、作り出されてから20年前までは教え込めばある程度覚えるほどに賢く知能の高い生物であった。
だがそれにより人間と間違えたりその逆もあったりとあってはならないことが起こったため、政府より知能を低下させる薬が配布され全てのホムンクルスに投与された。
その後に生まれた個体にも効果は作用し、今ではホムンクルスは知能が低いというのが一般常識である。
そんな中ごく稀に隔世遺伝という形で賢い個体が生まれてくることがあり、賢いと逆に扱うのが難しいという理由から、牧場界隈では厄介者扱いされていた。
ハムちゃんが稀な個体で実は賢いと判明してからというもの、わたしは未菜の家に行く度に色々なことを教えるようになった。
未菜とその両親には止められたが、なんかこう物事を教えるのが楽しかったのだ。
勝手にそんなことしてと怒られることはなかったが、不安そうな顔はしていた。
そんな日々が続きいつの頃からか未菜も加わり、よりたくさんのことを教えていった。
物の名称や観光地、わたしや未菜のこと、他にも色々。
ハムちゃんはそのどれもすぐに覚え自分のものにしていった。
そうしてハムちゃんは厄介者扱いされることなくすくすく育ち、初めの出会いから数年が経過した現在、もう人間といっても問題ないくらいの会話や動きを身につけていた。
わたしと未菜も順調に学年が上がり、中学3年生の受験生。
進学のための勉強詰めでストレスの溜まるわたしは、未菜の家にある畜舎で愚痴をこぼしていた。
「あーっ、早く勉強から解放されたーい!」
「それでハムちゃんいいなってなったの?高校行っても勉強はついてくるよ」
「それねー。あー残念」
ちぇっと片足をぶらぶらさせていると前方から声がかかる。
「わたしも学校行ってみたいなぁ...」
声のした方へ視線を向けると、そこにはスクール水着を着たハムちゃんが檻の中で立ってこちらを見ていた。
「2人してずるいよ」
「あー、ハムちゃん家畜だしねー」
ずるいも何もハムちゃんは家畜だししょうがない。
「わたし達と同じことが出来るからっていっても人間じゃないからね。それは無理かな」
「むぅ、わたしなら喜んで勉強するのに」
ハムちゃんはそれは残念そうに肩を落とす。
「ハムちゃん本当色んなこと知りたがるよねぇ」
そんなに勉強面白いか?んー、変わってるなぁ。
ハムちゃんがもし人間だったら成績優秀の真面目ちゃんになってそうだ。
「まぁ、こればっかりはしょうがないよ。来世に期待だね」
そう未菜が慰めるがハムちゃんからの反応はない。
先程から何か考え込んでいるみたいでうーんうーんと唸っている。
「どうしたの?」
何か悩みがあるのだろうか。そう思って声をかけると、チラリとこちらを見て あっ!と声を上げた。
「わたしが雪華ちゃんになればいいんだよっ」
「え?」
何を言っているのか分からなかった。
「だから、わたしが代わりに雪華ちゃんになって勉強するのっ」
「いや...どうしてそんな考えが浮かぶ?」
「え、だって雪華ちゃん勉強嫌いなんでしょ?それなら代わりにやってあげようかなーって」
いい考えでしょとにこにこ笑うハムちゃんの頭を軽く叩く。
「おばか。ばれたら大変でしょうよ」
「んー、こっそり入れ替わっても気づかれないと思うけどね。2人似てるし」
未菜め呑気かっ。入れ替わって気づかないわけあるかいっ。
「はいはい、この話は終わり」
「わたしはいけると思うけどなー」
「ね、そう思うよねっ?」
「こら、くだらない妄想話は終わりだよ。お・わ・りっ」
まったく、そこまでして知識を蓄えたいのか。
強制的に話を終わらせたことでハムちゃんがわたしにブーブー文句をたれているが気にしない。
「てかさー、あれだね。その水着まだ着れるんだ?」
唐突ではあるが話題の切り替えのため、ずっと気になっていたことを聞くことにした。
「え?うん、一応?」
やはり突然違う話題を振ったためかハムちゃんは一瞬戸惑った表情をした後に返答をした。
「そっかそっか」
今話題に出したその水着というのは、ハムちゃんが今着ているスクール水着のことである。
どこにでも売っていそうなベーシックな紺色生地の既製品水着で、元は小学生時代のわたしの私物。
予備で1枚多く持っていて使用頻度が少なく出番がなかったため、小学生の時のわたしはハムちゃんに譲ったのだった。
なぜ家畜である彼女にあげたのか。それは単にわたしが恥ずかしかったからである。
考えても見てほしい。自分のそっくりさんが裸で飼育されている光景を。
しかも、誰に見られるかも分からない鍵のない外にある畜舎で。
牧場体験等をやっていないので見学者とかが来ない牧場ではあるが、そんなことは関係ない。
裸のそっくりさんがそこにいることが問題だった。
初めてハムちゃんに出会ったその日、未菜の両親に力説して承諾を得た記憶がある。
あの時は何かで裸を隠さなきゃと必死だった。
確かその次の日に嫌がるハムちゃんを抑えながら着せたような。学校帰りだった気がするし。
最初は着なくなった洋服をと思ってたんだけど、動く時や排泄時等に邪魔になってはいけないということで却下されたんだよね。
下着は論外だし、海とかで着るようなちゃんとした水着は小学校低学年の時に使ってた物しかなくて入らない。
クローゼットから取り出しては違うと、悩みに悩んだ末行き着いたのが予備のスクール水着であった。
さほど活躍することもなかったので、クローゼットの奥にしまって存在を忘れかけていた物。ちょうど良かった。
そのスクール水着を着せてから数年。
ハムちゃんはそれを現在に至るまで着続けているのである。
苦しくないのかと思うのも当然。体は成長していくのだから。
これまであんまり気にして見てなかったけど、今見れば肩にくい込んでるし股の部分もやばそう。
うん、すごい縦に伸びてるね。
わたしと同じく胸はあまり成長しなかったみたいで、B寄りのA止まり。
なので張り出す胸で引っ張られて痛いほど苦しいとはならなかったみたいだ。
自分にも刺さるから言ってて悲しいけど。
スクール水着は当時のほぼ新品状態から、全体的に茶色や黄色等で酷く汚れ、家畜特有の獣臭を放つやばい物へと変化していた。
ホムンクルス達のあの酷い体臭と同じ。家畜なんてそんなものだろうけども。
誰か替えてあげればいいのに。そう思ったが、わたしが言い出した我儘だしわたしがやらなきゃいけないことだったな。
「でも結構前からきついんじゃない?成長したし」
「んー、よく分かんない。もう体の一部みたいなものだしね」
「体の一部?それって慣れたってこと?」
「かなぁ?特に痛いとかはないよ?」
「そう。まあ、何かあったら言ってね。新しいの持ってくるから」
もう着れないって勝手に脱がれて裸で過ごされるのは嫌だから、そうなる前に早めに言ってくれると助かるな。
そろそろ限界だろうし、いつ言われてもいいように近いうちに買いに行こうっと。
そう思っていると、ハムちゃんがそれならと口を開いた。
「あ、それなら...未菜ちゃんごめん。ちょっと向こうに行っててもらってもいい?」
「え?うん、いいけど...」
ハムちゃんはそう言うとこの場から少し遠ざけた。
なんだろう。未菜には言えない相談事だろうか。
さっき話したことからして水着の件ではなさそうだけど。
未菜が離れたのを見届けると、ハムちゃんはちょいちょいとわたしに向かって手招きをして檻のすぐ側まで呼び寄せる。
「あのね、さっきの話の事なんだけど...」
「新しいのが欲しいって話じゃないんだよね?」
「うん、その事じゃなくて....その、ちょっと...」
ハムちゃんは何か言いにくそうにもごもごと話す。
「ちょっと?」
「えっと、あのね...雪華ちゃんの洋服ちょっとでいいから着てみたいなーって...思って....」
それを聞いたわたしはポカンと口を開けた。
未菜ちゃんを同席させなかったので、てっきり何か大事な相談なのかと思ってたけど違ったのね。
「えっと...わたしの私服を着たいってことかな?」
「う、うん...だめかな..?1度でいいから着てみたいの...」
どこで覚えたのか、両手を組んで胸を強調させ悲しそうな目でしかもうるうるとさせながらこちらを見てくる。
あの、同性にそんなことやられてもわたしは何とも思わないよ?それは異性にやった方が効果があるんじゃないかな...。
「それならわたしじゃなくて、未菜に頼めばいいんじゃ?」
ほら、未菜も1人だけ除け者にされてあんなに悲しそうに...してないな。楽しそうに他のホムンクルスのお世話してるわ。
そういえば未菜って、家畜は家畜だって線引きしっかりして接してたなぁ。
ここまで人間ぽくなったハムちゃんに対してもその接し方は変わらない。
「服のサイズの問題とかあるし、雪華ちゃんに頼んだ方がいいかなって...」
「あー...未菜の方が身長も...うん..大きいよね...」
どんな生活をしたらあんなに胸が大きくなるんだっ。ちくしょうっ。
「んんっ。それで?未菜に聞かせないようにしたのは何で?」
この相談事の内容ならば別に未菜を除け者にする必要はないはず。なので、他にも何かあるのではと質問をする。
するとハムちゃんは少しもじもじしながら口を開いた。
「未菜ちゃんにはサプライズで見せてあげたいなって...」
あ、なるほどサプライズ...って、ん?
サプライズって、内緒でプレゼントを用意して渡すとかそういうのをやる時に使う言葉なんじゃないの?
いやこの使い方も合ってるのか?分からん。
まあいいや。それならちゃんと着せて、未菜にかわいい、似合ってるって言わせてやろう。
しかしハムちゃんもファションに興味を持つようになるとは。
いや、元々興味はあって着たかったけど、ホムンクルスだし機会がなかったってことかな。
「あー、まーいいか。いいよ、貸してあげる。その代わり、わたしの服を着るからには全身くまなく綺麗にするからね」
ホムンクルスに生まれたハムちゃんが少し可哀想に思えたので、悩んだ末貸してあげることにした。
もちろん汚されるのは嫌なので、全身の汚れを落としてからじゃないと着せてあげないけど。
「うんっ。雪華ちゃんありがとうっ!」
その返事を聞いたハムちゃんは、嬉しそうにわたしの手を握ってブンブンと上下に振る。
「うわっ!ちょっ...!」
その振られる手と檻を見てわたしは恐怖した。
なにせ檻の鉄棒と鉄棒の隙間は、左右に少し振れば当たってしまう程に狭いのだから。
こんなに勢い良く振って当たったら絶対痛い。
「分かった分かったからっ」
おおうおおうと怖さで若干血の気が引くのを感じながら、ハムちゃんの興奮を抑えようとする。
「次来た時に持ってくるからっ。手離してっ」
「うん?うん、よろしくね」
ハムちゃんはどうしたんだろって顔をしながらも振るのを止め手も離してくれた。
「こ、怖かった...」
「何が?」
やっぱり檻に手が当たるかどうか考えてなかったみたい。痛い思いする前に離してくれてよかった。
自分の手を撫でてほっとする。
「そろそろいーい?」
そんなことをしていると会話の途切れるタイミングを見定めていたのか、離れた場所にいた未菜から声がかかった。
「あ、ごめんね。ちょっと雪華ちゃんに相談事があったから」
「ふーん、そう。ま、必要な時はわたしも頼ってね?」
ハムちゃんは1人だけ除け者にしたことについて謝るが、未菜は特に気にはしてないみたい。よかった。
まあ、特定のホムンクルスと仲良くなったりはしないって考えなのかもしれないけど。普段から深入りしないで平等に扱ってるからね。
ハムちゃんにあれこれ知識を詰め込んだ時だって、そんなに毎回付き合ってくれるわけじゃなかったし。
そんな未菜は会話を終えると、今度はこちらを向いて口を開いた。
「そうだ、さっきお母さんがお昼ご飯出来たって来たよ。聞かなかったけど、今日も食べてくよね?お母さん用意してるけど」
「あ、うん食べる」
遊ぶとなると今日みたいに午前中から遊びたいものである。
それはわたしも未菜も同じ。午後からだと遊ぶ時間が短くなるし。
そのためどうしてもお昼を挟んでしまうのだが、遊びに来る度おばさんはお昼近くになるとご飯を用意してくれていた。
わたしの家は自転車で30分の割と近い所にあるので初めの頃は遠慮していたのだが、小学生が遠慮しないの と半ば強引に誘われ、それからというものお昼をご馳走になるのが恒例となっていた。
わたしの返事を聞いた未菜はハムちゃんへも声をかける。
「ハムちゃんはもう少し待っててね。後でお父さんが餌やりに来るから」
一応伝えとこうって思ったのかな。
「うん、分かってるよ。お昼ご飯行ってらっしゃい」
「んじゃ、ご飯行こ雪華」
「うん」
わたしと未菜はハムちゃんのそれに返事をした後、畜舎の外へと歩き出したのだった。
「あー、手ムズムズする。早く洗いたい」
畜舎に行く度に思うが、あの汚さはどうにかならないものなのだろうか。
家畜って汚れてても気にしてないよね。動物だし普通なのかもしれないけど。
そんなことを思いながら、わたしは綺麗じゃない己の手を見て早く洗いたい衝動に駆られていた。
「雪華って本当綺麗好きだよね」
「いや綺麗好きっていうか汚いのは普通に嫌じゃない?ほら、この服も臭いが移って...くっさっ」
自分の着ていた服に顔を近づけると、畜舎内と同じあの酷い臭いがした。
あそこに行くと必ずと言っていい程服に臭いがつく。
なにせここの牧場では出荷する時以外家畜を洗うことがないため、その酷い汚れが臭いを発し畜舎内にこもり続けてしまっているのだから。
汚れが原因で病気にかかってしまうとかもあるので、普通は何日置きでとか定めて洗ったりするらしいんだけど、なんでもここで飼っている品種は病気に強いらしく洗わなくても平気らしい。
まあ、一部の病気を除いて、普通の品種より病気に強いってことらしいけども。
それ故畜舎の中は酷い臭いが充満してしまっていて、10分も居れば服に臭いが染み付いてしまう程にやばいことになっている。
「そりゃホムンクルス触ったらわたしも手洗うけど、別にそこまで汚いとは思ってないよ」
「排泄物にまみれてるのに?」
「そういう言い方されると気になってきちゃうけど...でもわたしにとったら日常のことだしね」
そりゃそうか。毎日のことだったら気にならないよね。
未菜が産まれる前からやってるらしいしそりゃ慣れるか。
学校が休みの時にしか来ないわたしが未だに慣れないのも無理はない。
あの排泄物とかの混じった臭いがちょっと苦手なんだよなー。
ハムちゃんには会いたいからがんばって行くけども。
「あ、そういえば叔母さんから貰った生体用クリームがあるんだけどさー」
「叔母さんって...ああ、加藤茅華さん?デパートで働いてるんだっけ?」
加藤さんっていえば、確か去年職場結婚したんだっけか。佐藤さんだかって人と。
なんか加藤さんと佐藤さんの息抜きだか趣味だかよく分からないけどそれが同じだったかで、意気投合して次第にって感じらしい。
未菜が結婚式の時の写真見せてくれたけど、2人共とても綺麗だった。
「そうそう。それでね、叔母さんが買いすぎちゃったからってこないだいくつか貰ったんだけど、雪華もいる?」
生体用クリームって確かアンドロイドに使われる物だっけ?
使うあてもないし別に欲しいわけじゃないけど、くれるなら貰っとこうかな。
「貰ってもいいなら欲しいな」
「分かった。後であげるね」
「うん」
まあ、そもそもなんでそんなに余るほど買ったんだか。
普通手に持ってレジに行くから分かるよね。少し疑問。
「そういえば生体用クリームってどこで売ってるんだろうね。いつも行くような店では見た事ないけど」
見た記憶がないんだよね。ドラッグストアの隅にでも陳列されていたのかそれとも専門店に売っているのか。
何にしても高そうなイメージがある。
「わたしもお店で売ってるのは見た事ないけど、親戚がやってる工場で実物を見たことはあるよ」
「工場って、アンドロイドの?」
「そうそう。親戚にアンドロイドを作る会社関係の人がいてね。あ、叔母さんはその人から特別に買わせてもらってるって言ってた」
アンドロイドとは準人間種とも呼ばれる、人間と共に生活を送る種族のこと。
ホムンクルスに人体実験を施し誕生したのがアンドロイドであり、人間同様知識を有し行動できる。
人間の手によって生み出されたホムンクルスを祖先に持つ人達のことを指す名称としても知られている。
ちなみに値段は年齢が低い程高くなるため、赤ちゃんの状態でともなるとそれはもうなことになる。会社勤めの人の2年分の給料と同じとかってテレビで言ってた。
うちにも1体欲しいけど、親がだめだって買ってくれないんよな。
そんなアンドロイドに使用する工業製品、生体用クリーム。
特別に買わせてもらってるってことは...。
「へぇ、てことは一般には売られてないのかもね」
「高そうな見た目してたから、買ったらいくらするのか」
実物はイメージした通り高そうな物らしい。
「あれ?でも関係ない加藤さんが買っても大丈夫な物なの?関係者しか持っちゃいけませんみたいな...罰せられたりしないよね?」
「ないと思うよ。それだったら売ってくれないだろうし、わたしにくれたりしないでしょ」
確かにそんな危険なことをして、姪である未菜に迷惑をかける様な事はしないか。
「だね」
そんなことを話しながら、美味しそうな料理の匂いがする家の中に入るのであった。
翌週の土曜日。
わたしは数ある私服の中からハムちゃんに貸す服を持って、未菜の家に遊びに来ていた。
未菜にはサプライズ?で見せたいらしいので、リュックに詰め込んで見えない形で持ってきている。
そして右手にはある物が入っている袋も。少し重い。
「ふぅ...」
「お、こんにちは雪華ちゃん」
一旦袋を置いてインターホンを鳴らそうとしていると、後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには未菜のお父さんがいて、やあっと片手を上げている。
着ている作業着は汚れており、畜舎で作業していたであろうことが分かる。
わたしを見かけて出てきてくれたのだろう。
「おじさんこんにちは。おじゃましますね」
「うん、ゆっくりしていって」
おじさんに返事を返した後、玄関のドアを開けて家の中に入る。
「おじゃましまーす」
家の中からは何の返事もない。
おばさんも畜舎で作業しているのかな。
「未菜、中にいるよね...?」
未菜の声も聞こえないが外にいるのだろうか。
いや、部屋にいて聞こえてない可能性もあるか。
何度も来ていて場所を把握しているわたしは、2階にある未菜の部屋へと足を向ける。
階段を上ってすぐの所にある部屋がそうだ。
ドアの前に立ってノックをする。
「未菜遊びに来たよー。いるー?」
「いるよー。中へ入りたまえー」
部屋に向かって声をかけると、中から夏の暑さのせいか何とも気の抜けた返事が返ってきた。
「じゃ、入るねー」
ドアを開けるとベッドの上で携帯電話をいじっている未菜と目が合った。
「やあやあ。今日も暑いねー」
「だねー。ほんと蒸し暑いわー」
中に入ってリュックと袋を置くと、床に敷かれているカーペットの上に座る。
「クーラーいいねー」
部屋の中はクーラーが効いていて、その冷たい風が体の熱を緩和しようと吹いてくれている。
ただ来たばかりのためそこまでの効果は発揮しておらず、暑さが完全に引くことはない。
着ているTシャツの胸辺りの生地を持ってパタパタする。
その間に、頭からつつーっと流れた汗が首を伝って胸へ流れそして下へと落ちて行った。
「オシャレのために我慢できる人ってすごいよねー。わたしなんて、せっかくコーデしたのに途中で脱いじまったよ」
来る途中で脱いだメッシュトップをリュックから取り出す。
「へーそうなんだーで終わるんだから、わざわざ取り出さなくていいって」
「えーなんでよー。Tシャツだけじゃないよ。これも着てたんだからねって見せたいじゃん」
「わたしと雪華の仲でオシャレなんて気にする?」
「するよ形だけ」
「形だけかいっ」
あははと2人して笑う。
「てか、さっきのオシャレのためにーってよく聞くけどさ、実際は我慢してオシャレしてる人なんていないんじゃない?少なくともわたしの周りにはいないし」
「それありそう。わたしの周りにもいないわー」
わざとらしく未菜を見ると、あちらはふっと鼻で笑い軽くあしらってくる。
「そんなつもりなかったのに、まさか乗ってくるとは」
「なんか乗った方がいい気配がしたからね」
「何それ」
未菜は笑いながらそう言うと、手にしていた携帯電話を置いてベッドから降りた。
「下行ってお菓子とか持ってくるけど何飲みたい?炭酸系もあるよ」
「え、一緒に行くよ」
「いいって、まだ暑いでしょ?涼んでな」
「わあ、イケメーン...あだっ」
「うわ、汗ついた」
からかったわたしの頭を軽くペシリと叩いた未菜は、己の手についた汗を見てうわーっと声を出した。
「わたしを叩いたあなたにプレゼントっ」
「いらんわっ」
未菜は手についた汗をわたしのTシャツへ擦り付けて拭う。
「ぶぅっ、残念。飲み物サイダーあればそれお願い」
「はいよ」
飲み物のリクエストを聞いた未菜は、その飲み物とお菓子を取りに部屋を出て行った。
「Tシャツも汗で湿ってるけどねー。あははっ」
その後少しして戻ってきた未菜と、外に遊びに出るわけでもなくゲームをしたりゴロゴロしたりして午前中を過ごした。
お昼時にはおじさんとおばさんも畜舎から戻って来たので、一緒にリビングで昼食。
それが終わればおじさんとおばさんは再び畜舎へ、わたしと未菜は部屋へと戻って行った。
午後も変わらず外へは出ずに、部屋でまったりと過ごす。
昼食を食べてからはや1時間。携帯ゲームに飽きて、ぽふんっと大型のクッションに頭を預け横になると、何やらベッドの方から視線を感じた。
そちらに目を向けると、未菜が漫画片手にこちらを見ている。
「どした?」
「ん?いや、今日はハムちゃんに会っていかないのかなって思って」
そういえば何か忘れて...あ。
いつもの感じで遊んでたけど、今日はハムちゃんとの約束があったんだった。いけないいけない。
普段昼食を終えた後少ししてから会いに行ってるので、未菜はまだ行く気配のないわたしを見て気になったのだろう。
とはいえ毎回必ずハムちゃんに会いに行っているのかと言われるとそういうわけでもないんだけど。
特にハムちゃんが大きくなってからは会う回数が減っている。
理由は特にない。
「んー、そうだなぁ...ちょっとだけ顔出しておこうかなぁ」
「ふーん。分かった」
わたしが行くと伝えると、未菜は読んでいた漫画を閉じてベッドから降りようとする。
恐らく一緒に行くつもりなのだろう。
「あ、いいよいいよ漫画読んでて。軽く行ってくるだけだから、すぐ戻ってくるし」
普段であれば一緒に行っても問題はなかったが、今回はだめだ。
「そう?ま、それなら少し眠いしお昼寝でもしてよっかな」
「おっけー。ゆっくり寝てな。肥えるまで」
「おいこら」
「いだだだだだっ!!じょっ、じょうだんですぅっ!」
冗談のつもりで言ったのに、本気で頭をギリギリと両手で掴まれた。
「まったくこいつは」
「ごめんなさい。てことで行ってくるね」
「行ってらっしゃい。何かあったら起こしてね」
「はいよー」
わたしはまだ痛む頭をさすりながら片方の手で袋を持ち、部屋を出て畜舎へと向かうのだった。
畜舎に着くと、中ではおじさんとおばさんがホムンクルス達のお世話をしていた。
昼を過ぎた時間なのでもう餌やりも終わっており、今は檻の中に敷いてある藁の交換作業中。
わたしはその作業が終わるのを待って、手が空いたタイミングで声をかけた。
「おじさん。ちょっといいですか?」
その声に反応しておじさんがこちらへ振り返る。
「ん?ああ、雪華ちゃんか。どうしたの?」
「あの、ハムちゃんの事なんですけど...」
「うん」
だめって言われそうだなと思いながらも続けて口を開く。
「ちょっとでいいんで檻から出してあげられたりしないかなーっと思いまして...」
「あー、86番なー...」
未菜ちゃんのお父さんはうーんと腕を組んで悩む。
「それはちょっと難しいかな。86番が逃げたり攻撃してきたりとかそんなことするとは思わないけど、安全を考えるとちょっとね」
え、そういう可能性あるの?
ハムちゃん相手にそんなこと考えたこともなかった。
普通のホムンクルスってそんなに暴れるものなんだ?
ここにいる子達は皆大人しいから想像つかないや。
あ、でもこのまま諦めたら、ハムちゃんから未菜ちゃんへの初めてのサプライズが台無しだ。
せっかく服も持ってきたし、成功させてあげたい。
「そこを何とか出来ませんか?おじさんお願いします」
いつぞやのハムちゃんのように、両手を組んで胸を強調させ目をうるうるさせる。
「い、いやだから、危ないかもしれないんだよ?」
「わたしがそんなことさせませんからっ」
「え、えぇー....」
そんなやり取りをしているとおじさんの後ろからおばさんが現れた。
話は聞かせてもらったわっとババーンと効果音のつきそうな登場の仕方で。
「ちょっとくらいいいんじゃない?あのハムちゃんでしょ?」
どうやらおばさんはわたしに加勢してくれるつもりのようだ。ありがたい。
「いやいくら知性があるといってもホムンクルスだよ?危ないこともあるかもしれないじゃないか」
「あの子なら心配ないでしょ。それに何かされそうになったらこれ使えばいいんだし」
そう言って手に持ったのは、クラッカーを少し大きくしたような形状の黒い色の物体。
「はぁ、分かったよ」
おじさんはしょうがないなと口にしながらも何とか了承してくれた。
やはり、先程のあれを見せたおかげだろう。
「良かったね雪華ちゃん」
わたしに加勢してくれたおばさんはにこっと笑うと、手に持っているそれを渡してくる。先程会話に出てきた物だ。
「ハムちゃんはそんな事しないだろうけど、一応何かあった時のためにこれ持っておいてね」
「これって...」
「ああ、ホムンクルス用のスタンガンだよ。これがあれば万が一が起きてもさっと当てるだけ。一瞬で危機を回避出来る」
しっかりとした重みのあるそれを見ると、ネットで見た事のある普通のスタンガンとは少し形が違っていた。
後ろの尖った部分は鋭利で刺さりそう。いや普通に刺さるなこれ。
「そこのストッパーを外してボタンを押せば電気が流れるからね」
「わ、分かりました」
「それと、ホムンクルス用っていっても人間にも効いちゃうから、自分が当たらないように気をつけてね。当たれば気絶する程に強いから」
「は、はい。気をつけます」
危険物だ。わたしの手の上に危険物がっ。
これを普通に使う牧場の人ってすごい...。
そう思っていると、檻の中から大きな声が聞こえてきた。
「ちょっとっ!わたしは暴れたりしないよっ!」
ハムちゃんだ。心外だと檻の鉄の棒を掴んでうぅーっと唸っている。
「あ、聞こえちゃった?」
「近いんだもんっ!聞こえるよっ!」
他のホムンクルスと一緒にしないでと興奮し、声を張り上げる。
がしかし、そこはさすがのおばさん。ハムちゃんを優しく諭す。
「ハムちゃん聞いて。あのね、人間ってね、そんなことないって思いながらも万が一がないように備えて少しでも心配事を減らしたい生き物なの。だからハムちゃんがどうこうってわけじゃないんだよ?」
「そ...うなの..?」
おばさんのその言葉を聞いて、そうなの?とハムちゃんはわたしの方を見てくる。
「そうだよ。ハムちゃんがそんな事しないっていうのは分かってるから安心して」
頷くわたしを見て本当のことなのだろうと思ったハムちゃんは、檻の鉄の棒から手を離した。
「....それならいいけど...雪華ちゃん、それわたしに絶対やらないでね」
「う、うん」
ハムちゃんからの言葉の押しがすごい。本当にやられたくないんだなぁ。
何はともあれおばさんが諭してくれたおかげで、ハムちゃんが興奮状態から抜け出すことが出来た。良かった良かった。
受け取ったホムンクルス用スタンガンはとりあえず、デニムパンツのポケットにしまっておくことにした。ちょっとはみ出してるけど。
「後、はいこれ鍵ね。終わったらあそこの部屋にある鍵掛けに戻しといてね」
ハムちゃんとのいざこざに入ってこなかったおじさんは、わたしに檻の鍵を渡すと畜舎から出て行った。
面倒な事に巻き込まれたくなかったんだろう。わたしもそっち側が良かった...。
まったくあの人はと溜息をついた後、おばさんはこちらを向いて口を開く。
「この後私と旦那はちょっと出かけてくるから、少しの時間居なくなるけど大丈夫?」
あ、そうなんだ。でもちょうどいいのかもしれないな。
「はい、大丈夫です。それに何かあったら未菜もいますし」
その未菜は現在、すぴーすぴーと寝息をたてながらお昼寝中だが。まあ、本当に何かあれば起こせばいいだけだしね。
「そうね。あ、でも本当にあれだったら、その時は連絡してね。急いで戻ってくるから」
「分かりました」
「それじゃそろそろ出かける準備あるから行くね」
「はい」
そう言って畜舎から出て行くおばさんについて行って、畜舎入口で見送った後、わたしは再度畜舎内に入り目的の檻を目指した。
畜舎内は広いが、ハムちゃんが入っている檻まで行くのにそんなに時間はかからない。すぐそこだ。
檻の前まで来ると、待ちきれないという顔をしたハムちゃんがそわそわしながら待っていた。
「じゃ、じゃあ早速だけど、この檻から出してもらってもいい?」
「あ、うん。分かった」
よほど楽しみにしてたんだろうな。ちゃんとした服を着るのも初めてだろうし。
檻の鍵を開けてハムちゃんを出すと、他のホムンクルスが逃げないように再度鍵をかける。
「ありがとっ」
「ううん。それじゃあ外で体洗うところからだね」
そう言って畜舎の外へと連れて行くのだった。
「ハムちゃんここの水道使って洗うね。ちょっと冷たいかもだけど我慢できそう?」
ハムちゃんを洗う場所まで連れて来るとそう声をかける。
「う、うん。がんばる」
ハムちゃん緊張してるな。まあ、仕方ないけど。
なにせ生まれて初めての水浴びだしね。
はたして汚れはちゃんと落ち切るのか。それだけが心配だ。
最悪、貸した服はそのまま廃棄しないといけなくなるかもしれない。
なんか今考えると、ハムちゃんが一度着た服着たくないんだよね。
ハムちゃんが嫌いなわけじゃないけど...汚さの問題で。
「じゃ、まずその水着脱いでね」
ハムちゃんにそう指示を出すと、わたしは持ってきた袋を漁りゴム手袋を取り出す。
これは、自宅から持ってきた腕の半ばまでカバー出来るゴム手袋だ。
それをはめると蛇口をひねる。
蛇口に繋がる緑色のホースからは冷たい水が勢い良く流れ、排水溝に落ちていった。問題なく出るようだ。
「あれ?何か落ちたよ?」
水道のチェックを終えたちょうどその時、水着を脱いでいたはずのハムちゃんに声をかけられた。
「え?...あ、これか」
足元に落ちていたのは白い容器の生体用クリーム。
お昼食べた後未菜に貰って、ポケットにしまったままだった。
入れてたのすっかり忘れてたよ。
「教えてくれてありがとね」
「ううん。それより、それって何かの薬なの?」
「そうと言えばそうなのかな?生体用クリームって言うんだよ」
そういえばこれ系教えたことなかったな。
専門分野になるとわたしには分かんないこと多いから。
色んなことを知りたいハムちゃんからしてみれば、これは知らない物だし気になるよね。
「へー。それで、生体用クリームは何に効くの?擦り傷とか?」
あ、薬かどうかの質問で、そうと言えばそうって答えたから薬だと思ってる...。
「塗って使うのは合ってるんだけど、そもそも人間じゃなくてアンドロイドに使う物なんだよねこれ」
「あ、そうなんだ。じゃあアンドロイド用の薬ってことね」
「うん、まあ、そうだね。傷とか治すために使うんじゃなくて、アンドロイドの製造番号を消すために使う物らしいんだけどね」
アンドロイドに使用する物ってことは分かっていたが、それ以外は知らなかったので、未菜に貰った時にネットで調べていた。
「適量手に取って人肌に温めてから使うんだって」
「ふーん。そうしたらどうなるの?」
「えっと、塗って乾いたら人の肌と同じになるらしいよ?あ、ちなみに落とす時は専用の除去クリームじゃないとだめなんだって」
「結構すごい物なんだねそれ」
ハムちゃんは知りたいことがちゃんと知れて嬉しそうだ。
「おっと、話ばかりしてると未菜に見せるの遅くなっちゃう。さ、続き続き」
「うん」
わたしの言葉に頷いたハムちゃんは、水着を脱ぐために再び手をかける。
「んーっ..ふぅ...んーっ...はぁ...んーっ..」
こちらの準備が終わったので後はハムちゃんが水着を脱ぐだけなのだが、なかなか脱げないみたいで手間取っている。
「んーっ...んーっ!....ねぇ、雪華ちゃん。手伝ってくれない..?」
何回かチャレンジして1人じゃ無理だと悟ったのか助けを求められた。
「うん、いいよ」
相当きつくなってるのかなと思いつつハムちゃんに近づく。
「なんか予想以上にくい込んじゃってるみたいで、1人だと難しくて」
「あー、オーケー。じゃこっちの肩からいくね」
「うん」
「せーのっんんっ...おお?..んーっ...あ、少し動いた」
小学生サイズのその水着は体の成長と共に伸びていき、かなりの強さで肩にくい込んでいた。少しずつなら動かせるが、なかなかすごいことになっている。
肩がこの調子だと、恐らく股の方も...。
とてもじゃないが着ている本人が自力で脱げるとは思えない程の締めつけだ。
これを一度着てしまったら、脱ぐ際に必ず誰か他の人の協力が必要になるだろう。
まあ今回はわたしがいるので問題はないが。
時間をかけ片方ずつ脱がしていった。
「ふぅ...よしっと。これでいいね」
「ありがとーっ。なんか体に風が当たるのって変な感じー」
脱がし終えたスクール水着は、ベロンと裏返しのまま地面に脱ぎ捨てられている。
中もすごい汚れだ。
「え、えーっと、じゃあ後ろ向いてくれる?」
スクール水着のその酷い汚れから目をそらしたわたしはハムちゃんへ声をかける。
「分かった」
そう言って後ろを向いたハムちゃんの首から汚れた首輪を外す。
この首輪は、ホムンクルスの皮と他の家畜の皮が合わさって出来た、恐らくこの牧場以外では使用されていないであろう特製品。多少伸縮性があって使いやすい。(未菜一家談)
固定の仕方はほぼベルトと同じで、付いている金具を使って首につける。
また、勝手に外れないように工夫もされており、手先が器用ではないホムンクルス達に使用するにはちょうど良い物となっている。
ハムちゃんが着けていた首輪の外側には村田牧場-86-と刻まれており、この牧場の家畜であることを示していた。
「よし、洗う準備完了っ。じゃあこれから水かけていくからね?」
「う、うん」
なんか不安そうだ。顔が強ばっている。
何事も挑戦とは言うけども、初めては誰しも怖いもの。仕方ない。
「大丈夫だよ。ゆっくりかけていくから」
わたしがそう言うと、ハムちゃんはふぅっと息を吐いてこくりと頷いた。
「それじゃ、洗うからしゃがんでね」
「うん」
ハムちゃんは再度頷くと、近くにしゃがんでその目をぎゅっと閉じた。
目を閉じてれば汚れが入らないからちょうどいいね。
わたしはそれを確認した後、ホースを持ち先端から流れる水をハムちゃんに近づけていった。
そしてゆっくりと近づけた水がついに体へ触れる。
「びゃっ!」
水がかかったハムちゃんは、そんな声を上げて体を跳ねさせた。
ここから一気にと思った時に大きな声を出され手が止まる。
ちょろっと体にかかっただけでそんなにびっくりするなんてとも思ったが、よく考えれば冷水だしな。
生憎、外の蛇口に暖かい水が出る機能なんてものはついていない。
未菜の家のお風呂を借りてなんてのは論外なので、ここしか洗う場所がないのだ。しかたがない。
「ごめんね。我慢してね」
「だ、大丈夫だよ?一気にやっちゃってっ」
僅かに震えるハムちゃんにそう言われ、ならばと一気に水洗いすることにした。
「ひゃーっ!!」
そんな悲鳴をあげながら耐えるハムちゃん。
その声を聞きながら一気に水洗いをし終えると、その周囲には茶色の水がたくさん飛び散っていた。
「あー...」
もちろんわたしの着ている服にも。
だが、何となく分かっていた。こうなることは。
うぅ、しょうがない。
「雪華ちゃん、終わった?」
ハムちゃんは目をつぶりながらこちらを振り向く。体はもう震えてはいない。
「まだまだ。これからちょっと目がしみちゃうかもだから、絶対開けちゃだめだよ?」
そう、これからが本番だ。シャンプーやボディソープにあたるもので体を洗っていくのだ。
さすがに水洗いだけで汚れが落ちると思うほど馬鹿ではない。
なにせ、畜舎にいるホムンクルス達はここで飼われている間1度も洗われたことはないのだから。
長年蓄積された皮脂や土、排泄物等が絡まりあった髪はガチガチで、まるでフィギュアの髪のように一塊になってしまっていた。
体も色んなものがついて乾いて硬くなってを繰り返しているのですごいことになっている。
これを全て水だけで落とそうなんて考える方がおかしいのだ。
そのためわたしは、ハムちゃんに服を貸してとお願いされたあの日すぐにネットショッピングでこれを買った。そう、業務用のこれを。
大容量だから持ってくるのが大変だったけどね。
袋からそれを取り出して見ると、プラスチック容器の側面には 頭も体もこれ1本と明記されている。
ネットで調べていた時、どっちも一緒に洗えてしかも安いこれが目に付いた。
正直買いだと思った。ハムちゃんが服を着たいって頼んでくるのも今回の1回きりかもしれなかったから。
他人に...ホムンクルスにお金をあまりかけたくない。
自分のお金は自分のために使ってこそだ。
ま、これは親から貰っているお小遣いを貯めたものなので、両親のためには使うけどね。
そんな安く買ったそれのキャップを開けて、蓋兼容器になっているキャップに中身を適量注ぎ入れる。
「じゃあいくよ」
その中身を頭にかけて、わしゃわしゃと洗っていく。
「あれ?」
汚れが酷すぎて全然泡がたたない。
仕方ないので一度水で流すと、意外や意外。ちゃんと汚れが落ちている。もちろん全てではないが。
うん、洗浄力は抜群だね。
それから何度も何度も全身くまなく洗い、ようやく水をかけても茶色の水などの汚いものが流れないようになった。
「ふぅ...やっと、綺麗になった」
ピッカピカだ。水に濡れた肌に太陽の光が反射して、文字通りピカピカと光っている。
「ハムちゃん終わったよ」
「もう開けてもいい?」
「いいよ」
「わあっ。綺麗だねっ!」
目を開けたハムちゃんは、その目に飛び込んでくる己の綺麗な体を見て、わあっわあっと喜んでいる。
「きれーっ」
「うん」
「ありがとっ」
「ううん。ま、わたしのためでもあるしね。さ、お待ちかねの服、着よっか」
「うんっ」
さて、ハムちゃん綺麗にしたしこれから持ってきた服着せるぞ。
そう思って貸す服を詰め込んだリュックに手を伸ば....ん?リュック...あ、未菜の部屋だ!
しまった。袋は持ってきたのに、肝心のリュックは置いたまま出てきてしまった。
「ハムちゃん...あー..」
しょうがない取ってこようと声をかけようとしたが、周りの惨状を見て止めた。
ハムちゃんが綺麗になった分、辺りには飛び散った茶色の汚れた水が溜まり、それが点在してしまっていた。
これは、ちゃんと流して綺麗にしないと怒られそうだ。
「ちょっと脇にどいててね」
「うん」
とてとてと移動するハムちゃんを見届けた後、ホースを持って蛇口を捻り水を出すと、排水溝に向けてその汚れた水を流していった。
そんなに時間はかからなかった。流すだけだしね。
蛇口を閉めてホースの中の水を出していると、不意にハムちゃんから声がかかった。
「わたし...雪華ちゃんみたいになれるかな...?」
ん?いきなりなんだ?わたしみたいにとは?
「どういうこと?」
「あの、わたし...雪華ちゃんみたいになれるかなって..」
言っている意味が分からなかったから質問したのに、なぜか同じ内容の答えが返ってきた。
んー...なんだろう...。服を着たらわたしみたいになれるかってことだろうか。
それこそ人間に見えるかっていう...。
髪も顔も体も全部そっくりだし、わたしの私服を着ればそりゃなれると思うけど...。
「んー...まあ、なれると思うけど...」
不思議に思いながらもそう答えると、それを聞いたハムちゃんが興奮しはしゃぎだした。
「本当っ?!雪華ちゃんになれるっ?!」
「え、うん、大丈夫だと思うよ?」
うおっ、なんだ?どうした?
あまりのはしゃぎように戸惑う。
わたしのその反応とは反対に、ハムちゃんは顔をにまっとさせ嬉しそうにしていた。
「そっかぁ....ふふふっ...そっかなれるんだっ」
あの、ちょっと不気味だよ?
何がそんなに嬉しいのか分かんないけど、割と大きな声でブツブツ独り言言うのやめな?変な奴に思われるよ?
そんなことを思っていると、いつの間にか目の前にいたハムちゃんがわたしの肩に両手を乗せてきた。
そして、ずいっと顔を近づけてくる。
それはもはやキスができてしまう距離。
ハムちゃんの瞳に映る戸惑っているわたしの姿をはっきりと捉えることが出来た。
「わたしね、雪華が欲しいのっ!」
いきなり何っ、急に告白!?っと目をパチパチとさせる。
が、よく考えればそんな事あるわけがない。
そんなそぶりは今まで一度も無かったし、こんなタイミングでの告白はおかしいだろう。
きっと、今回着る予定の服を譲って欲しいとかそんなところじゃないだろうか。
自分だけの服が欲しいっていう話であれば、何となく説明のつきそうな発言だし。
今回家から持ってきた私服は高い物ではなかったが、決して安いという物でもなかった。
いわゆるお手頃価格で、シーズンによっては着まわしていたお気に入りのそんな服達。
まあ、でも最近はそれほど着てなかったしな...。
「んー...まぁ、いいよ。あげる」
「ほ、本当にいいのっ?!」
「あ、うん...大事にしてくれるならね?」
「うんうんっ。大事にするよっ!ありがとうっ!」
ハムちゃんはやったやったと全身で喜びを示し、わたしを抱きしめた。
「はいはい分かったから落ち着いて」
わたしはハムちゃんの背中を片手で軽く叩いて落ち着くように言うと、その体をそっと押して離れる。
ハムちゃんまだ何も着てないから裸なんだよなぁ...誰かに見られる前に早く持ってこないと。
「ハムちゃ...」
一度部屋へ戻るために声をかけようと思ったのだが、途中まで言いかけて言葉をとめた。
なぜなら、ハムちゃんがまたブツブツと独り言を言っていたから。今回は小さな声で話しているため内容は分からない。
ただ、このまま話しかけてもきっと聞こえはしないだろう。自分の世界へ行ってしまっているみたいなので。
ま、それならそれで、自分の世界へ行ってしまっているうちにさっと行ってさっと戻ってくればいいだけだ。
「...しも雪華ちゃんに何かお礼を....」
さて走って取りに戻るかな。まだ終わらないっぽいし。
そう思って走り出そうとしたちょうどその時、
「あ、そうだっ!」
そう声を発し、ハムちゃんがパッと顔を上げこちらへ笑いかけてきた。
突然の大きな声にビクついてしまう。
まったくもう、いきなり大きな声出すから驚いたじゃん。
「今体ビクってなったね」
「そっちがいきなり大きな声出すからだよ」
「ごめん。考えてたらいいのが閃いちゃったからつい」
ハムちゃんは少し申し訳なさそうにてへへと笑う。
「別に何か害があったわけじゃないしいいけどね。それで、閃いたって何を?」
「あ、うん、お礼にハムちゃんをあげようかなって」
なんだ?意味が分からない。
今日2度目のどういうことだよ。
「んん?どういうこと?」
「だからね、貰ったお礼にハムちゃんをあげるってことだよ」
よく分からないけど、服をくれたお礼ってことで間違いなさそう。
小さい声で独り言を話してたのは、お礼を考えてたからなのね。
ふむふむ納得がいったと1人頷いていると、返答がないことに不安を感じたハムちゃんが、わたしの着ている服の裾をクイクイと引っ張ってきた。
「もしかして嬉しくない...?」
そう悲しそうに問われたため、思わず首を左右に振ってしまう。
「そ、そんなことないよ」
「ほ、本当に...?」
思わず答えてしまったが、正直嬉しいも嬉しくないも分からない。
ハムちゃんをあげるって言われても何が貰えるのかさっぱりだし。
いや待てよ、ミルクか?ハムちゃんミルク出るからくれるって言ってるのかな?
ここのホムンクルス達は肉用種だから、出たとしてもあまりおいしくないはずだけど...。
でも、本人がくれるって言うんだから貰っておこうかな...。お礼だって言ってたもんね。
それにちょっと気になってたんだよね。肉用種のミルクって市販されないからどんな味なのか。
よしじゃあ、ありがたく飲ませてもらおう。うん。
「本当だってば。ありがとね。嬉しいよ」
わたしがそう言うと、ハムちゃんはほっとした顔をする。
「よかったー...他にあげられるものないしどうしようって不安だったの」
「そっか。すぐに返事しなくてごめんね」
「ううん、いいの。大事なものをくれるんだから、わたしも大事なものあげなきゃって思っただけだし」
家畜は私物を持ってることもなければ、何かを自分で買うこともない。
よってあげられるものと言えば、自分の体で出来る事それだけに限定されてしまう。
ハムちゃんは自分のミルクをあげることでお礼としたいようだった。
「それじゃあお礼も渡せたし、早速だけどこれ貰うね?」
ハムちゃんはそう言うとわたしの後ろへとまわり、ポケットに入っているあれを取っていった。
「えっ!?ちょっ、それ返してっ!」
突然奪われたホムンクルス用スタンガンを必死に取り返そうとする。
それは危険な物だ。ホムンクルスが触っていい物ではない。
出来ればわたしも使いたくない代物だし。
「やめてっ。何するのっ」
「それはこっちのセリフだよっ!返しなさいっ!」
ハムちゃんは奪われてたまるかと抵抗する。
「あっ...あーもーっ!」
一瞬掴んだような気がしたが、その感触は手のひらからすぐになくなった。
「いつもこんな事しないじゃんっ!なんでこんなっ...!もうっ早く返しなさいっ!」
そう言うもハムちゃんは動き続け全然止まってくれない。
そんな必死に取り返そうとするわたしをしりめに、ハムちゃんはまたブツブツと何かを呟きながら軽快に逃げ回る。
「...ンクルスが暴れたら...うん....った方がいいよね..」
しかしその時は突然訪れた。
ハムちゃんがついに言うことを聞いて止まったのだ。
「はぁ、やっと聞いてくれた...。イタズラは終わりだよ。はい、それ返して」
やっと返してもらえる。そう思いながら近づくと、ハムちゃんがいきなりわたしの肩を押してきた。
突然のことで受身が取れないまま体を地面に打ちつける。
「いっ...!ちょっとっ!何す..」
痛い!なんてことするんだっ!そう抗議しようとした時、不意にビリビリッという衝撃が体へ走った。
「あ"ぁ"っ...!」
何が起こったのか分からなかった。
激しい痛みが体を襲い、それどころではなかったのだ。
その痛みがスタンガンによるものであることに気づいた時にはすでに視界は暗くなっていて、意識はなくなっていたのだった。
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意識を失い倒れる雪華いや、ハムちゃんを見届けたわたしは、その体から身につけているもの全てをはぎ取っていく。
「ホムンクルスに必要ないものは取りましょうねー」
そして取ったそれを濡れていない地面に置くと、服を探すことにした。
そう、今日ハムちゃんがわたしのために持ってきてくれた服だ。
まあ、今日からわたしが雪華なので、わたしがわたしのために服を用意したと言っても間違いではないだろう。
さっき地面に置いた洋服達も、雪華であるわたしの物だ。
「さって、どこにあるかなー?人間のわたしが裸はまずいから、早く着替えないとー。ふんふふーん」
服を早く着ないといけないのに、何だか気分が良くて鼻歌を歌ってしまう。
「あ、もしかして袋の中?」
そう思い裸のままその袋が置かれている場所へと歩く。
しかし袋を開けてみてもそこには液体の入った容器しか入っていない。
「んー、入ってない...。でも他になさそうなんだよなー」
一応周辺も探して見てみるがやはり見当たらない。
もしかしてどこか...そうだ未菜ちゃんのううん、未菜の部屋に置いてきてしまったのかもしれない。
約束してたし持ってこないはずがないからきっとそうだ。
でもそうだとすると困った。さすがに裸では行けない。
「はぁ、仕方ない。新しいのが良かったのに...」
しょうがないと先程地面に置いた服のところまで行くと、記憶している知識の中から必要なものだけを思い出す。
えっとまずショーツを履いてから、服に合わせて上も着けるっと。
カップ付きのキャミソールとかタンクトップ、チューブトップの場合もあるけど、ハムちゃんが着てたのが普通のブラだから今回はこれだね。ふんふん。
じゃあ早速と捻れて丸まっているライムグリーンのショーツを足元で広げる。
そして履くために足を上げたのだが、その途中視界に入ったクロッチ部分の汚れが気になってしまい、履くのを中断してその足を下ろすことにした。
なんか濡れてるところもある。
「人間もちゃんと汚れるんだね」
てっきり汚れない生き物なんじゃないかと思ってたよ。
ふむふむとその汚れを見た後、それ以外には気になる所がなかったため、まあいいやと一気にショーツを履いた。
ホムンクルスはもっと汚いし、人間もちょっとは汚れる生き物なんだとしたら、これ以上気にしてもしょうがない。
さて、下が終われば今度は上だ。
胸を守るそして垂れないようにするために身に着ける、ブラという物を手に持つ。
「なんか湿ってる...」
くんくんと匂いを嗅ぐと、強い汗の匂いに混じって元の持ち主の体臭らしき香りが鼻に入ってきた。
そっか、服着てると出た汗全部吸っちゃうのか。
へーっと感心しつつそのちょっと湿っているブラを広げて肩紐に腕を通すと、ホックという獣の鉤爪みたいなものを反対側の輪っかにかけるために後ろへ持っていく。
「んっ...あれ?...ふんっ...んーっ...」
あれ、全然かからない。何だこれ。こうするはずなんだけどな。
全くかかる気配のないホックに困惑しながらも、もう一度チャレンジをしてみる。
「んーっ...はぁ..んーっ....あーっ!もうっ」
今まで1度も着けたことのないブラはなかなかに手強く、まったく歯が立たなかった。
結局、2つある内の1つのホックがかかった状態で諦めることに。
人間はどうもめんどくさいことが好きらしいね。
続けてタンクトップと英字Tシャツ、デニムパンツを着ていった。
これらは特にめんどくさいこともなく、頭から被る履くだけで済んだ。
そして最後に靴下と靴を履いて、ゴム手袋をはめればっと。
「うん、なかなかいいんじゃない?」
全体的にちょっと汗臭いけど、こんなもんでしょう。
「次はハムちゃんの番だね」
新しい物ではなかったが、服を着て裸から脱却するという目的は遂げることができたので、今度はハムちゃんをホムンクルスにしてあげることにした。
地面に横たわっているハムちゃんを見て、その体を移動させるにはどうするべきかを考える。
さすがに引きづって連れて行くことは出来ない。
そうすると、地面に当たる部分の皮膚が削れてしまうから。
もしかしたら中の肉もそうなってしまうかもしれないし。
うんうんと悩んだ結果、仕方ないので頑張ってハムちゃんを背負い運ぶことに決めた。
「うぅ...重い..」
全く同じ体格の人を乗せて運ぶのって大変。1歩1歩が重い。
それでも牛歩の歩みながらも着実に畜舎を目指していく。
檻の中に入れば、地面は土や藁なので引きづっても問題なくなる。そこまでがんばろう。
少しずつ着実に重い足を動かして進むのであった。
やっとの思いで畜舎に辿り着くと、その足でそのまま檻へと向かう。
ハムちゃんが入る檻は入口からそんなに離れていないのですぐそこだ。
「よいしょっとっ...ふぅ..」
目的の檻に着くとその目の前で一旦ハムちゃんを地面に下ろし、中に入るために鍵を開ける。
檻は鉄製。所々錆びていて年季を感じさせる。
ギィィっと鳴る扉を潜り、中へハムちゃんと共に入る。
そしてその地面へとハムちゃんを横たえると、檻から出て再び鍵をかけた。
ハムちゃんをすぐにホムンクルスにしてあげたいが、それをするのに大事なものを外に放置してしまっているのだ。
取りに行かなければ。
「すぐ戻ってくるから、待っててねハムちゃん」
そう檻の中に声をかけ畜舎の外へと出る。
ちょうどその時だった。
ブゥーンという音が遠ざかっていくのが聞こえた。
あれは車の音だ。
「牧場ちょ...おじさん達かな?」
どこかへ用事で出かけると話していたので、きっとそうだろう。
「さてと、帰ってくる前に済ませてあげないと」
外に放置されていた首輪と、裏返し状態のスクール水着を拾って畜舎へ戻る。
回収したそれらを檻の中に持っていくと、そこではちょうど3頭が用を足していた。
これは新鮮でちょうどいい。
とりあえず3頭の排泄が終わるまで、先にこっちを済ましておこう。
そう考えてハムちゃんを餌入れの所まで引きずっていくと、そのすぐ側に寝かせた。
餌入れに入っているのは固形ではなくドロドロとしたもの。黄や緑の混ざった濁った色の餌である。
なんでも、果物や野菜くず、安い生肉等を混ぜて作っているとか。
前に未菜が話してるのをちらっと聞いたことがある。
何か栄養的には良いんだけど、すごく臭いらしい。
わたしはそんな臭いを感じたことはなかったし、今でもそんなことないと思っているんだけどね。
まあそれはともかく、準備が整ったし早速始めようかな。
「ちゃんとホムンクルスに、ハムちゃんに見えるようにしてあげるから安心してね」
そう言うと、寝かせたハムちゃんの後頭部を支えながらゆっくりとその餌入れの中に髪を入れていく。
万が一にも窒息しないよう鼻の中に入らないように慎重に。
そして髪だけうまく浸かったら、そのドロドロした餌を髪に馴染ませるように片方の手で揉み込んでいく。
ぐっちゃぐっちゃと僅かな音を鳴らしながら何度も揉んで髪全体に行き渡らせたら、少し餌をすくって顔にも塗る。
「後はこれを...」
それが終われば餌入れから頭を出して再度地面に寝かせ、地面の土を取って髪と顔にかける。所々土の塊を押し付けて付着させるのも忘れずに。
「うんうん。いい感じ」
餌を食べる時ってどうしても顔とか髪が汚れるんだよね。
ホムンクルス達は四つん這いで行動することが基本で、餌を食べる時も手を使ったりはしないから。
食事をする時は餌入れの中に直接顔を突っ込んでするから、それをする度にベタベタに汚れていってしまう。
今回はそれを再現したのだ。
「よし、次はっと...あ、空いたね」
先程いた3頭が居なくなっていたので、その場所へハムちゃんを連れて行く。
そこは排泄する場所と教えられている木の枠で囲われた排泄場。ドロドロベチョベチョした排泄物が入っている。
糞だけでなく尿も混じるため、その中にある排泄物はもったりした感じではなく下痢のようなものに近かった。
その排泄場の近くにハムちゃんを寝かせると、ベチョベチョした排泄物を少しすくって髪の毛に塗る。これは多くなくていい。
今度は乾きかけの少し固くなった排泄物を手に取って、髪の毛に所々塗りつけていく。
乾けばホムンクルスらしい一塊になった髪になることだろう。
「後はこれが乾いて固くなれば完成っと。髪は完全にホムンクルスだね。ふふふっ。喜んでくれるかな」
ここまでくるともはや髪の毛1本1本を見分けることは難しい。
元のサラサラな髪などどこにも存在しない。
まさにこの牧場で育ったホムンクルスの髪と同じ状態になっていた。
「さ、まだまだこれからっ。がんばらなきゃっ」
気合を入れて次の工程へと進む。
今度は体だ。
ハムちゃんの体を同じ手順でホムンクルスに仕上げていくのだ。
再びドロドロベチョベチョの排泄物を手に取ると、塗り残しがないように、綺麗な肌の部分がないように丁寧に丁寧に塗っていく。体全体が茶色もしくは薄茶色になるまで。
なにせここで飼われているホムンクルスの中に綺麗な子なんていないので。
全身塗り終わったら、所々に乾きかけの少し固くなった排泄物を塗っていく。
そして髪と同様地面の土をかけ、塊をいくつか押し付けてくっつける。
こちらも乾けば自然な汚れに見えるだろう。
「爪の隙間にも詰めてっと...よし」
耳の中と鼻の中も埋まらないように塗り、最後に残していた部分に取りかかる。
最後に残していたのは膣だ。
その割れ目を指で開き覗いてみると、多少汚れはあるものの清潔そうなピンク色が目に入った。
「あー...人間ってここも綺麗なんだ」
ここまで綺麗な膣を見るのは初めてだった。
ここに居るホムンクルス達のは大なり小なり汚れているので。
そこを弄ると気持ちいいと本能で分かるのか、汚れた手で行為に及ぶものだから どんどん汚れて茶色くなっちゃうんだよね。
まあ、行為に及んだことがないわたしも含めて数頭も汚れているけども。
檻の中で過ごしていれば自然と少しづつ汚れていっちゃうんだよ。
「ここもホムンクルスと同じに....いや、ハムちゃんになるんだから、やれないようにした方がいいのか」
先程述べた通り、わたしは今まで一度もそこを弄ったことがない。
ならばこれからハムちゃんとして生きていくこの子には、できる限り弄らないようにしてもらうのが自然というものだろう。
別に今すぐじゃなければ弄ってもらっても構わないが、今現在のハムちゃんはそういうことをしないので。
ただ、そうさせるためにはどうすればいいか...。
「この牧場のものになるわけだから、わたしが調教するのはちょっと違う気がするし...んー..」
悩んでもどうしたらいいか分からなかった。
何か閃かないかと辺りを見回す。
「藁と土...あと排泄物と餌ならたくさんあるけど....ん?あ、これ詰めればいいのか!」
そうだ、乾いたらやれなくなるしちょうどいい。
そう思ったわたしは、早速と行動に移す。
まず最初にドロドロベチョベチョの排泄物を片手ですくい、次にもう片方の手で膣を開きその中へ注ぎ入れる。
「あれ?何で?」
これで中に入ると思ったのだが、残念ながらほとんどそのまま地面へと流れてしまった。
なんかキュッと閉まってるから、思うように入らないみたい。
そこで今度は膣を指で押し広げながら入れることにした。
少しずつ広げながら入れるそれを繰り返すと、先程入らなかったのが嘘のようにするすると簡単に奥へと流れていった。
「おー、今度はちゃんと入ったね。よしよし」
どんどん排泄物を腟内に流し込んでいく。
ただ、あまりこればかり入れても溢れてきそうなので、途中で乾きかけの少し固くなった排泄物を詰めて出てこないように蓋をする。
「もう少し入りそうかな」
ぎゅっぎゅっと押して入らなくなるまで詰め込む。
そして最後に、割れ目に触れられないように排泄物を塗って覆い隠したら。
「よしかんせーい」
横たわっているハムちゃんを見ると、全身くまなく汚れ、ちゃんとここで飼われているホムンクルスに見えた。
股間部分は他のホムンクルスと違いやばいことになってるけども。
ちなみに尿道と肛門は、指につけた排泄物を中5cmくらいまで塗って終わりにした。
ここはそのくらいやっておけば、後は自然に汚れていくだろうしね。
さあ、作業も終盤。あとちょっとだ。
残っている作業は、この牧場の家畜だと証明するアイテムを着けるのみ。
「さ、これも着けないと」
地面に置いていた首輪を手に取ると、ハムちゃんの首にまわして装着する。
「うん、ぴったり」
伸縮性のある首輪は隙間なくぴったりその首に巻き付き、元から着けていたかのように自然にそこに存在していた。
これを着けてれば人間に間違われることもないだろう。
ハムちゃんもせっかくホムンクルスになれたのに、人間に間違われたら嫌だろうしね。
一応、簡単に外れないか再度固定具を確認しておく。
首輪はベルトについているような金具で固定するのだが、着けてる本人には外せないような工夫が施されている。
ホムンクルスは手先が器用ではないため外されることはないが、念の為の仕掛けなのだろう。
元人間のハムちゃんにも外せなさそうだから安心だね。
さ、最後にこれを着せないと。
ハムちゃんといえば、スクール水着だ。
「いつもの着せてあげるから待っててね」
そう言うと、最後のアイテムであるスクール水着を手に取った。
汚れが酷く異臭を放つらしいスクール水着。これを横たわるハムちゃんに着せていく。
「んっあ...なかなか着せにくい..」
脱ぐ時あんなに苦労したんだから、そりゃ着る時もそうなるよね。
少し苦労しながらグイグイと着せていく。
肩にかけようと引っ張る度に股の部分に水着がくい込んでいくが、それは着せる上でしょうがないことと気にせずに続ける。
そうして何とか水着を着せ終わると、わたしは額に浮かんだ汗を袖で拭うのであった。
全ての作業が終わり少し休憩した後、改めて地面に横たわるホムンクルスに視線を向ける。
首には家畜だと証明する首輪が着けられていて、その外側には村田牧場-86-の文字。
そして、この牧場で飼育されているホムンクルスの中でただ1頭に許されているスクール水着を着用。
その姿はどこからどう見てもハムちゃんそのものであった。
「んー...ふぅ...。ようやく完成ー...疲れたぁ..」
ずっとしゃがむか中腰かの作業だったので、伸びをすると血行の流れが良くなったのか一瞬くらっとした。
「やっとハムちゃんになれたね。良かったね」
横たわるハムちゃんに微笑む。きっと喜んでくれることだろう。
作業は終わったので、後は鍵とか片付けて帰ればいいだけだけど、せっかくなら1度やってみたかったことをやってもいいかもしれない。いい機会だし。
「餌やりやってみたかったんだよねー」
餌入れに餌を入れると群がるホムンクルス達。
まるで人気者になったかのようなあれを体験してみたかった。
ただ、お昼の餌やりはもう終わってるし、今から勝手にやるのは怒られそうな気がするのでだめ。
てかなんなら餌入れにまだ残ってるし。
なので全体への餌やりは次の機会に手伝わせてもらうとして、今回はハムちゃん1頭に餌やりをすることに決めた。
ハムちゃんお昼食べてない可能性あるしね。
そのために必要なものを準備しなければ。
どうせなら新鮮な餌を作ってあげたい。この餌は時間が経ってるし。
ただわたしは、この餌に何が入っているのか知らない。
果物や野菜くず、安い生肉等を混ぜて作っているというのは知っているが、正確な品物名は分からないのだ。
よく考えたらわたしじゃ準備できないな。
「別に今日じゃなくてもいいか」
そう餌やり熱が冷めかけた時、ふとある事を思い出す。
それは、2日前にある病気にかかったホムンクルスが昨日亡くなったということだった。
そのホムンクルスは肌に緑色の斑状の模様ができる病気、緑斑変異症を発症していた。
ホムンクルスのみにかかるとされている病気である。
空気感染や接触感染はないが、まだ治療薬がないため、1度かかってしまうと死を待つのみとなる危険な病。
そのホムンクルスは例に漏れず亡くなったわけだが、その亡骸は業者が来ていない限りまだこの牧場にあるはず。
昨日亡くなったばかりの新鮮なお肉だ。
少なくともこの餌入れに入っている安い生肉よりは断然いい。
肉だけでも餌やりはできるだろう。
「よし、行くか」
そのホムンクルスから肉をいただくと決めたので、早速死体が置かれている場所へと向かうことにした。
未菜ちゃん達家族が話していたのを聞いていたので場所はすぐに分かった。
畜舎の2つ隣。そこに建つ小屋へと足を踏み入れる。
小屋には鍵はなく簡単に開いた。
こじんまりしたその小屋の中央に、目的のホムンクルスは寝かせられていた。
ホムンクルスの肌は所々緑色に変色していて、気持ち悪い見た目に変貌を遂げている。
「あれ?ここ食べられたのかな?」
その変色している肌の1部が欠損していて肉が見えていた。
まるで動物に食べられたかのような跡。
そこまで大きくないので、ネズミか野生の小型生物だと思われた。
まあともかく、野生の動物が食べるほど新鮮でおいしいことが分かったので、問題なくハムちゃんも食べられることだろう。
「んー、どこがいいかな...。やっぱり足?」
肉付きが良く、1番食べごたえがありそうなのはやっぱり足だよね。
腕や首も捨てがたいが、今回は足にしよう。
切り取る箇所を決めたので、ちょうど小屋の中にあった刃物でふくらはぎの一部を少し切り取る。
そしてそれを持って辺りを見回す。
「あそこでいいか」
床に置いてある木箱を見つけると、そこへ先程の切り取ったふくらはぎの一部を置いた。
このままだと一口で食べられちゃうので、細かく刻んでおくのだ。
木箱をまな板代わりに刃物で細かく刻むと、これまた小屋にあった少し埃にまみれた容器に入れる。もちろん埃を払ってからだ。
「よしよし。こんなもんだね」
肉を刻んだだけの簡単なものだが、ハムちゃんの餌が無事出来たので畜舎へと戻る。
「ハムちゃんそろそろ起きてー」
畜舎に戻ってきたものの、ハムちゃんは相変わらず寝たまま。
餌を食べてもらおうと体を揺するが、起きる気配がまったくない。
「まったくもう」
何回やっても効果がないので、作戦を変えることにした。
檻の中に設置されているホムンクルス達の水飲み場に向かう。
水は土などで多少濁っているがそれはいつもの事。お腹壊したことないし。
その水を持っている容器の中に入れる。
容器の中は、肉から出た血が水と混じり合いピンク色へ。
これなら寝ながらでも流し込めるし、食べさせられるはずだ。
「ハムちゃんご飯の時間ですよー」
そうしてわたしは、出来上がった餌が入っているその器をハムちゃんの口元へと運んでいくのだった。
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「ごがっ!?げほっ!げほっげほっ!はあはぁはぁ...げほっごほっ....な、なに"っ?!げほっ!」
突然訪れた喉にかかる苦しさに目を覚ました。息ができない。
気管に何か入ったのか思いっきり咳き込む。
その度に口から出たものが地面に落ちるが、一体何...?
目が痛くて開けられないのでよく分からない。
「あ、やっと起きたの?」
そう声をかけられて初めてハムちゃんが近くにいたことに気がついた。
「げほっ...い、一体何が..」
何が起こったのか分からず戸惑うばかりで、頭が混乱している。
えっと確か、ハムちゃんを着替えさせようとして、それで...そうだ!
スタンガン当てられたんだわたし。
「わたしにこんなことして...げほけほっ..何が目的なのっ!」
「こんなことって?ただ餌やりしてただけだけど?」
「え、さ...やり..?」
何を言っているのか分からなかった。
そのためにスタンガンを...?
「だって全然起きないんだもん。仕方なくスープにしてあげたんだから感謝してね?」
目を瞑っているためその表情を知ることは出来ないが、まるでウィンクを飛ばして来そうなくらいの明るさだ。
「ふ、ふざけんなっ...げほっ..」
あれすごく痛かったし、そもそもハムちゃんが使っていい物ではなかった。
叫ぶわたしを見てハムちゃんはオロオロし始める。
「ど、どうしたの?ほ、ほら、せっかくなら餌食べてみたいでしょ?ね、そうだよね?」
「は...?そんなわけっ...げほっ..ないでしょうがっ!げほっげほっ!」
強くそう言うと理解出来たのか、ハムちゃんはしゅんとしてしょんぼりする。
「そうだよね、わたしの我儘だった...ごめん..」
「分かってくれればいいよ。ただ...」
これはおじさん達に報告するから覚悟して。そう続くはずの言葉は、ハムちゃんによって遮られた。
「でもホムンクルスになれたことは嬉しいでしょ?」
「え?」
聞き間違いかと思った。
「何を言って...」
その時だった。初めて何かいつもと違うと感じた。
喉へ生じた苦しさで他に気が回っていなかったこと、目が痛くて開けられず周りが見えていなかったこと、それらのせいでこの違和感に気がつくのが遅れた。
何回か擦ったおかげで少しずつ見えるようになってきた目で、恐る恐る違和感の元へと目線を向ける。
するとそこには、ここに来る時に着ていた洋服の姿はなかった。
その代わりにあったのは、茶色くそして黄色く変色したスクール水着。そんなおぞましい物を身につけていた。
しかも目に映るのはそれだけではない。茶色と所々黒く染まっている手足もだった。家畜特有の臭いと糞尿の酷い臭いを発している。
「いやっ!やだやだ汚いっ!何でこれっ!」
必死に手を動かすが全く落ちる気配がない。
乾燥しきっているので色が落ちないのはもちろん、塊のまま乾燥した部分は固くなってザラザラとしていた。
「何で落ちないのっ!...うぅ..」
このスクール水着も早く脱がなきゃ。そう思って肩紐に手を伸ばしたところであることに気がつく。
「何か盛り上がって...」
そう、スクール水着の股間部分が少し盛り上がっていたのだ。
わたしの股間はこんなんじゃない。
意識し出すとお腹が苦しい。いや、お腹というより腟内だ。腟内に異物が入っているそんな感覚がある。
なんだか嫌な予感がした。
「う、嘘っ!そんなわけっ...」
急いでスクール水着の股の部分を避ける。
食い込むそれをなんとかずらすと、目に飛び込んできたのは茶色の塊。
本来あるはずの見慣れた割れ目がそこには存在していなかった。
割れ目を隠すそれは、臭いからして排泄物であろうことが分かった。
「は...え....」
言葉が思うように出てこない。嫌な予感は当たっていたのだ。
わたしの大事な部分が汚い排泄物によって汚されている。
しかもそれはホムンクルス達が出したものだと思われた。
恐らく腟内に入っているのも...。
わたしは涙を零しながらそれを必死に取り除く。
だが乾いて固まった排泄物は肌に張り付き、簡単には取れない。
「い"っ...!」
無理に取ろうとして一緒に固まっている陰毛も抜けてしまい痛みがはしるが、それでも手を止めない。止めてはならない。
そんなわたしを見ていたハムちゃんが口を開く。
「ハムちゃんも気持ちいいことしたい子だったんだね。そこ塞いどいてよかったー」
その言葉に思わず手を止める。
「今まではしたことないのがハムちゃんだったからさ。あ、でも、今後のハムちゃんはしても大丈夫だからね。わたしに止める権利ないし」
怒りが湧いた。
「わたしにこんなことしてただじゃ済まさないからっ!それにハムちゃんハムちゃんって、わたしはハムちゃんじゃないっ!」
そんなわたしの主張は冗談だと思われているようで、ハムちゃ...86番は分かってるよとニコニコしている。
「ただじゃ済まさないってやだなー、ハムちゃん貰えて嬉しいって言ってたじゃん。だからハムちゃんにしてあげたんだよ?素直に受けとって?」
そんなこと誰が頼んだのかと口から出かった時、ふとあることを思い出した。
わたしがミルクを貰えると思ったあれだ。
もしやミルクじゃなくて立場的なものをあげるってことだったの?わたしが欲しいって言っていたのも?
今になってその可能性が頭に浮かび、顔が青ざめる。
「あ、もしかしてこれがツンデレってやつ?初めて見たなー」
呑気そうなその顔を見つめる。
まさかとは思ったが、その線が濃厚そうだった。
なぜなら視線の先では86番が、今日わたしが着ていた服を身につけて微笑んでいたから。
こいつわたしに成り代わろうとしている。
ふざけてる。頭がおかしいのかこいつは。
付き合ってられない。さっさとここを出て、早く屠畜してもらうよう未菜に話さなければ。
「もういい、そこどいて」
入口を塞ぐように立つ86番の肩を押して、檻の中から出ようとする。
が、やはりと言うべきかそうやすやすと通してはくれないようだ。
「だめだよ。勝手に檻の外に出ようとしちゃ」
「あんたに言われる筋合いはない。どけ邪魔」
86番は出ようとするわたしを止めようと肩を掴むと、ぐいっと後ろへ押し下がらせる。肩を掴む力が強い。
絶対に出させないという強い意志を感じさせる。
「せっかくハムちゃんになれたのにどうしたって言うのっ」
「わたしはハムちゃんになりたいわけじゃないっ!早くどけっ!」
もうなりふり構ってられないと手を振り上げるが、その手を下ろす前にパシッと腕を捕まれ止められる。
「何するのっ!危ないでしょっ!」
「そんなこと知るかっ!」
邪魔だーっ!と暴れるが、ことごとく86番に止められる。
こいつ身体能力がすごすぎる。
「はぁはぁはぁ...どけよぉ...はぁはぁ..」
それはわたしが疲れて止めるまで行われた。
「はぁはぁ...ふぅ、これ以上暴れるようだと抑えきれないし...しょうがないよね」
86番が何か言っているみたいだったが、その声はボソボソと小さく聞き取れなかった。
この時それが聞こえていたのなら、あんな結末にはならなかったのだろうか。
疲れて膝に手をつき動けないわたしに86番はそっと近づいてくる。視界外で全く見えていなかった。
その影がわたしにかかるのと同時に、
「ごめんね」
その声が聞こえ、バチバチという音と体に衝撃が走るのであった。
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「しょ、しょうがないよね。ハムちゃんが暴れたんだし...」
わたしは倒れたハムちゃんを見ながらそう呟く。
でもなんで暴れたんだろうか。
何か不満があった?
「んー...あ、そういえば」
この子、ハムちゃんになりたいわけじゃないって言ってたな。
でもなんでだろ?ハムちゃんあげるって言った時は嬉しそうだったのに...。
そう考えに考えて、結果ある答えに行き着いた。
「いや、え、もしかしてそういうこと?ハムちゃんじゃなくて、ホムンクルスになりたかったってこと?」
ホムンクルスになるのが本命で、ハムちゃんになるのはそのついでだったのかもしれない。
だから、願いが叶わないなら意味がないって出てこうとしたのかな。
それならそうと言ってくれればいいのに。
でもそうだとすると、わたしはハムちゃんに何をしてあげたらいいんだろう。
わたしはハムちゃんからすでに、このとても大切な雪華をもらっている。
そのわたしがハムちゃんの願いを叶えてあげられないなんて申し訳がない。
何かないだろうかそう考えていると、ふとパンツのポケットに手が当たる。
「ん?これって...」
ポケットから出てきたのは、ハムちゃんに教えられたあの生体用クリームだった。
そうだ、確か塗ると肌と同じになるって...。
そこまで思い出した所で、あることを閃く。
「いいね、そうしようっ」
閃いたそれを実行しようと、早速ゴム手袋を脱ぐと蓋を外す。
そして手に適量取ったら。
「これを人肌に温めて...」
その温めた生体用クリームをハムちゃんの口の中に塗っていく。
上の歯を埋めて、舌と下の歯を埋めてっと。うん、これでよし。
これが乾けばいい感じになるだろう。
もうお分かりだろうが、わたしが閃いたのはこの生体用クリームを塗って言葉を上手く話せなくすることだった。
普通のホムンクルスといえば、まず会話が成立することはない。
人の話した言葉などを覚えて適当に鳴くだけである。その鳴き声に意味はない。
ホムンクルスだったわたしでも仲間と会話をすることは出来なかった。
ホムンクルス間では、何か伝えたい時は行動によって示すのだ。それが動物として当たり前だと頭にある。
頭のいい変異体同士だと鳴き声で何となく会話らしきものができるらしいけども。
ただここにいるホムンクルス達の中に変異体はいない。
なのでハムちゃんも一般ホムンクルスの一員として、会話が出来ないようにしてあげることにしたのだ。
これならばハムちゃんの願いも少しは叶えられるから。
「おー、ぷにもちー。確かに肌と同じだねー」
塗ってからさほど時間は経っていなかったが、口の中の生体用クリームはすでに乾いており、肌と同じ感触がした。
「ホムンクルスらしくできるのはこれくらいかな。ごめんねハムちゃん」
そう言って立ち上がると、檻の外に出て鍵をかけた。
普通のホムンクルスがいいと言われても、あのスクール水着を脱がせるわけにはいかなかった。
他のホムンクルスは顔も体も似てないしハムちゃんになることは出来ない。
つまり86番と書かれている首輪はあの子しか着けれないし、その首輪を着けているのならハムちゃんとしてスクール水着を着ていなきゃいけないのだ。
だからあのスクール水着だけは脱がせられなかった。
「鍵はあの部屋だよね」
未菜のお父さんが、奥にあるあの部屋の鍵掛けに戻しておいてって言っていたのを覚えている。
そこまで歩いて部屋に入ると、鍵掛けの場所はすぐに分かった。
そこへ鍵を戻すと、部屋を出て畜舎の外へ。
「んーっ。疲れたーっ」
思いっきり外の空気を吸って腕を上に伸ばし、ぐぐっと伸びをする。
「さてと、この後どうしよう」
この後は特にやることがない。やることも終えたし。
雪華はこれからの予定何かあったんだろうか。
雪華になったばかりのわたしには分からない。
「んー、とりあえず未菜の部屋に行くか。えーっと、家はあれかな」
知識として記憶している未菜達の住む家はあんな感じだったはず。
とりあえず、いつも遊んでいるという場所へ行くことに決めた。
畜舎からちょっと歩いた所にある赤い屋根の家へ足を運ぶ。
「これがインターホン」
遊びに来たばかりというわけではないので鳴らす必要はないはずだ。
そのまま小さい門を過ぎると家のドアが見えた。
「鍵は...ないか」
ポケットの中を探すが見当たらない。
まあ、友達の家の鍵を持ってるわけないか。
やっぱりインターホンを鳴らすべきかと思ったが、一応とドアを引いてみる。
「え、なんて不用心な」
もしかしたらと思ってドアを引いたら開いてしまった。
一瞬不用心だと思ったが、田舎だしそんなこともあるのかもしれない。
まあそのお陰ですんなり入ることが出来たしいいか。
「おじゃましまーす」
一度挨拶して入っているのだろうが、再度入るのならばまた言った方がいいだろうと挨拶をしたのだが、返事がないどころか物音すら聞こえない。
未菜の両親はまだ帰ってきていないのかもしれないな。
未菜については、恐らく部屋にいるものと思われた。
外では見かけなかったし。
「未菜の部屋は2階の...」
記憶を呼び起こしながら未菜の部屋へと向かう。
「あ、ここだね」
階段を上ったすぐの所に、MINAと書かれた小さい木の板が吊るされたドアを発見した。
部屋に未菜が居るか確認するためにノックをしたのだが、返事はない。
やはり見かけなかっただけで外にいるのかと思ったが、念の為ドアを開けてみることにする。
「失礼しまーす」
そう小さな声で言いながらそっとドアを開けると、目に飛び込んできたのは可愛らしい部屋とベッドで眠る未菜の姿だった。
その未菜は、ドアを開ける物音で目が覚めたのかもぞもぞと起き出した。
「ん...ふわぁ...雪華戻ってきたんだ」
まだ少し眠いのか目を擦っている。
「あ、うん、汚れたからちょっと着替えに...」
なんて返事を返そうか迷って咄嗟に口から出たのは、汚れたから着替えにだった。
よく考えたら、雪華を貰ったことがばれてはまずいということに気がついたのだ。
わたしがばれてしまうと、せっかくホムンクルスになれたハムちゃんもばれてしまい、嬉しいと言ってくれたあの子に迷惑をかけてしまうことになる。
そんな事態を引き起こしてはいけない。
普段の雪華と違うところがないように気をつけなければ。
「着替え...?...あれ?えっ、ちょっ、本当だっ!?待って、さすがに汚れたまま部屋に入って欲しくないよわたしっ。お風呂っ、お風呂入って来なっ」
何やら汚れにすごい反応を示す未菜。
捲し立てるようにお風呂に入ってと言われ、なんだか汚れたまま畜舎からここまで来たことを申し訳なく思った。
作業中についたこの汚れ、あの水道で落としてくればよかったな。
「あ、ごめんね...」
「それより一旦部屋から出よっ、ねっ?!」
「わ、分かった」
勢いに押され部屋の外に出る。
「って、着替えは?このリュックの中に入ってる?」
未菜はわたしが部屋から出たことで少し落ち着きを取り戻し、着替えがどこにあるのか質問をしてきた。
取り乱すほど部屋が汚れるのは嫌だったらしい。
「えー、あー、うん。入ってる...と思う」
未菜が手に持つリュックが雪華の物なのかわたしには判断できないが、そう言う聞き方をしてくるということは、あれは雪華の物で間違いないということ。
今日わたしに服を着せるために持ってきていたはずだから、入っているとすればそこに違いない。
「あ、そこから動かないでね。わたしがそっちに持ってくから」
そう言って部屋から雪華の物と思われるリュックを持ってこちらへと来る。
今はわたしが雪華だし、漁っても問題ない。
「はい、これ。じゃあお風呂入ってきな」
未菜は手をひらひら振って いってらーと言うが、場所を覚えているはずがない。教えられた記憶もなかった。
「あー...場所どこだっけ..?」
怪しまれませんようにとドキドキしながら正直に話す。
がしかし、そんな心配は無用だったみたいだ。
そりゃ忘れるか とそんな表情を浮かべている。
「小さい頃に1回使っただけだから、さすがに覚えてないか。OK。んじゃ着いてきて」
未菜は怪しむどころか案内をかってでた。
そりゃ1回しか使ったことがなければ聞いたところで怪しまれないよね。
わたしは未菜の後ろについて階段を下りていく。
「てかあれだね、うち来る時毎回着替え持ってきてるの?」
ふと疑問に思ったのだろう。未菜ちゃんが階段を下りながらそんな質問してくる。
「えっと...うん、そう..だね。ほら、遊びに来た時ほぼ毎回畜舎に行くでしょ?その時に汚れたらあれだなーって」
「あー確かに、汚れたまま過ごしてる雪華想像できないわ。綺麗好きだしねー」
ニシシとからかうように笑う。
「そう言う未菜だって綺麗好きなくせに」
こうしてお風呂に強制連行するくらいなんだから、未菜も同じだろう。
「雪華程じゃないけどねー。って、ついこの間と同じ会話してんじゃんっ。あははっ」
「だ、だね。あはは」
そんな会話をしていると洗面所に到着した。
洗面所を通ってお風呂へと行くことになるので、ここが脱衣所でもあるみたい。
未菜はそのまま洗面所を通過するとお風呂のドアを開け説明を始めた。
「えっとねー、シャンプーはあれでコンディショナーはあれね。ボディソープはそれ。洗顔はわたしのこれ使っていいよ」
おお、記憶にある通り、人間は洗う箇所によって分ける分種類が多いな。
いや化粧の方が種類多いか。
雪華は休日お店に行く時だけ化粧してたみたいだから、普段は化粧水とか簡単な物だけでいいんだよね。
だから動画とか見て少しずつ覚えていけばいいからそこら辺は安心。毎日化粧して登校する子じゃなくて良かったよ。
ま、これからはスキンケアも頑張んないとね。
「分かった。ありがと」
「いんや。それじゃ部屋戻ってるねー」
説明してくれたことにお礼を言うと、未菜は自分の部屋へ行くために来た道を戻っていく。
「あ、未菜ちょっと待って」
しかしこちらにはまだ用事がある。
その背中に声をかけると振り向いてくれた。
「ん?何?」
「あの、これ...おじさんから借りたやつなんだけど、居ないみたいだから」
ゴソゴソとポケットからホムンクルス用スタンガンを取り出す。
「ああ、はいはい。わたしが後で戻しておくよ」
なんだそんな事かと、未菜はひょいっとわたしの手からそれを取ると、
「それじゃ、今度こそごゆっくりー」
そう言って手をヒラヒラさせて洗面所からいなくなった。
残されたわたしは洗面所のドアを閉めると、持っていたリュックを開ける。
「あ、これか」
思った通り、中には洋服が折り畳まれて入っていた。
これを着せてくれようとしていたんだね。
替えの服があることが分かったので、早速と着ていた服を脱ぐ。
「んー、おっ脱げた」
少し苦労しながらも無事脱ぎ終えると、リュックに入っていた大きめの袋にそれらを入れて、お風呂のドアを開ける。
「これを捻ればシャワーから水が...わぷっ」
記憶している通りにすると、シャワーヘッドから勢いよく水が出てきて顔にかかった。
「げほっ。回しすぎた」
それから色々記憶している知識と照らし合わせながら確認をしていった。
それが終わると、シャンプー等を使って全身を綺麗に。
「あーっ。やっぱりお風呂だとサッパリ感が違うなーっ。いい気分っ」
外で洗ってもらった時より気持ちが良かった。
水が温かかったからかな。
浴槽には入らなかった。お湯が張っていなかったので。
残念だが、それは雪華の家に帰ってからでもできるので今は我慢しよう。
さっぱりし終えたら、お風呂から上がって髪と体をタオルで拭く。未菜が用意してくれていたものだ。
そしてしっかり拭き終わったところで、持ってきた着替えに手を伸ばす。
まずは黄色のショーツを履いて、白のブラを着ける。
のだが、やはり着慣れない物のため苦戦する。
「ふんっ...ふんっ...んーやっぱりだめだなぁ..」
やはり1つのホックはかかるのだが、もう1つがどうしても。
どうしたものかと悩んでいると、ふと上手く着ける方法なるものを思い出した。
そうだ、いつだったか、胸が大きくなってブラを着け始めた未菜が教えてくれたんだ。
必要ないだろうけどって言いながら。あの頃は家畜だったしね。
えっと確か、前かがみになると着けやすいとかなんとか。
ものは試しだやってみよう。
前かがみになって後ろに手を回していく。
「んーっ...あっ、いけた。すごっ」
実践してみると、なんとすんなり2つ共つけられた。
あの苦労は一体...。
まあ見えない中ホックをつけるわけだから、失敗する可能性は今後もあるわけだけど。それでも着けやすかった。
ともあれ、これから練習してすんなり着けれるようにならないとな。
ブラを着け終わったので、後は順番にキャミソール、ノースリーブシャツ、アシンメトリーフレアスカート、靴下を身に着けて着替え完了。
どれも使用感はあるが、清潔で綺麗な衣類だ。
「髪を乾かすドライヤー...これか」
ブォォォと音を鳴らしながら水気を吹き飛ばしてもらう。
髪が長いので少し時間がかかった。
お疲れ様ドライヤーさんと思いながら、手ぐしで髪を整えていく。勝手にブラシやクシを借りるのはしのびなかったので。
「汚れた服は...帰ったら洗濯だね」
脱いだ服が入った袋をリュックに詰めると、それを持って未菜の部屋へ戻る。
途中リビングを通ったが、誰の気配もしなかった。
未菜の両親は一体どこまで行ったのだろうか。
それなりに時間が経っていたので気になってしまった。
それを知ったところで、ふーんとなるだけだが。
部屋に入ると、未菜はクッションに座って、目の前の折りたたみ式テーブルに頬をつけぐでーっとしていた。
「あ、おかえりー」
わたしが戻ってきたことに気がつくと視線だけをこちらによこして口を開く。
「ただいま」
それに返事をしながらリュックを置くと、テーブルを挟んで未菜の対面に座る。
「部屋涼しいねー」
「あーね。お風呂から上がればそう感じるよね」
そう言った後、何か気になったのかスカートをちらりと見てから口を開いた。
「てかそれ暑くないの?」
そりゃ真夏に暑そうな物履いてたら、そんな質問したくなるよね。使われてる生地が厚いせいで見た目的にも暑苦しく見える。実際ちょっと暑い。
そもそも下に履くのこれしかリュックに入ってなかったんだよね。
「いやー、これしか着替えなくてさ」
自分の後ろ髪に手を当てて、ハハハと笑う。
「そんなこと言って、今日暑いの分かってたのにわざわざそれ選んだんでしょ?本当オシャレよなー」
「いや、たまたまねたまたま。まあでも、来る時履いてたデニムよりは涼しいけどね」
「それスカートだからでしょ。わたしには暑い時にそんなの履くの無理や」
「あ、あはは..」
そんななんて事ない会話や、テレビを見たりと色々して午後を過した。
わたしは主に携帯電話を弄っていたけど。早く覚えなきゃと思って。
わたしにとって遊ぶという楽しい初めての時間はあっという間に過ぎ、時刻は夕方の5時。
テレビを見るのをやめて、窓の外へと視線を向ける。
外はまだ明るいがそろそろ帰った方が良いかもしれない。
わたしと同じくテレビを見ていた未菜へ声をかける。
「そろそろ帰るね」
「え、あ、もうこんな時間か」
未菜はテレビから時計へと視線を移すとそう口にした。
気づいていなかったらしい。
「ちょっと畜舎寄ってから帰るね。それじゃまた」
リュックを持って、部屋から出ようとドアノブに手をかけた所で未菜から声がかかる。
「え?せっかくお風呂入ったのにまた畜舎にいくの?」
確かにそう思うのも無理は無い。せっかく綺麗にしたのに汚れる所に行くなんて馬鹿よな。
でもちょっとハムちゃんの様子気になるから、ちらっと見に行きたいんだよね。
あれからちゃんと起きれたのかも知りたいし。
「ちょっとハムちゃんに用事があってさ。ま、あと帰るだけだから汚れても別にね。あ、未菜も行く?」
来ようが来まいがどちらでもいいが、一応聞いておく。
それに対する未菜の反応は、
「んー、行っこかなぁ」
だった。
未菜と2人畜舎へ向けて歩く。
外の気温はまだ高いままだ。
「まだ暑いねー」
「もう1、2時間しないと涼しくなんないもんね」
未菜は暑さでぐだっとしながら足を動かしている。
クーラーがよく効いた部屋から来たのだ。通常よりも暑さを感じてしまう。
会話が途切れてしまったので、こちらから話題を振ることにした。
あの件は報告しておいた方がいいと思ったのだ。隠してもすぐにばれるし。
「そ、そういえば、未菜に生体クリームもらったでしょ?あれさ」
「うん」
「あの...ごめん。勝手にハムちゃんに使っちゃって..」
やはり勝手に口の中に塗ったのはまずかったかもしれないと謝罪する。
「ん?ハムちゃんに?何に使ったの?」
「ハムちゃんが普通のホムンクルスになりたいって言ってたから、えっと...口の中に..」
「そっか。で、ちゃんと呼吸はできるんだよね?」
「も、もちろんそれは大丈夫。上手く話せなくなるだけだから」
そんな殺すようなことをするわけがない。
ハムちゃんも未菜と同じ大切な友人だ。いや、今はホムンクルスだから、大切な友ホムか。
何はともあれそんなことは絶対にしない。
「あ、なるほどね。確かに人間と同じ言葉が話せなくなれば普通のホムンクルスに戻れるもんね。あとはあの子の行動しだいだし」
「...うん。勝手にやってごめんね」
「いやいいよ。こうしてちゃんと報告してくれたし、口の中なら別に問題にならないしね。ほらうち、頭は商品にしてないから」
真摯に謝ったら未菜はすんなり許してくれた。
こういうのは誤魔化さずにちゃんと言わないとね。
ずっとモヤモヤしちゃうし、後悔もする。
「そっか、良かった...。あ、でも、出荷する時に問題になったりしたら言ってね?わたし弁償できるほどお金ない...と思うけど、えっとただ働きとか...」
「いや、ないから安心しなって。言ったでしょ?運んでもらった工場で、頭は切り落として捨てるから大丈夫なの。そもそも学生なんだから、労働なんてさせられないってば」
確かに、わたし達バイトすらできない年齢だった。
「そうだったね...。あの、ありがとう」
素直に感謝を述べる。
問題にならなそうで本当に良かった。
「お父さん達にも報告はするけど、今言った通りだから そっかで終わると思うよ。それかちょっと怒られるか」
未菜がそう言って拳を上げる動作をした。
「ヒイッ...!か、覚悟しておくね」
想像して頭をおさえるとケラケラと笑われる。
「冗談冗談っ。怒られないってっ。あははっ」
むぅ。冗談だったのか。
「もうっ」
「ごめんごめん」
わたしは別に怒っているわけではないので、未菜のおでこに軽く手のひらでぺしり。
からかわれたことはそれでチャラにした。
「あ、そうだそれでね、もしかしたらハムちゃん暴れるかもしれないけど、驚かないであげてね」
「暴れる?ハムちゃんが?」
未菜の頭の上にハテナが浮かんでいる。
「本当にもしかしたらなんだけどね。ほら、暴れて躾をしてもらおうって考えるかもしれないじゃん。憧れでさ」
「え、そんなまさか」
未菜はわたしが冗談を言っていると思って、プププと笑う。
「普通のホムンクルスになりたいわけだし、そこまでするかもって思っただけ。別にわたしも本気で思ってるわけじゃないよ」
「本気の顔してたくせに」
「してないっ」
またからかい始めたので、プイッと未菜と反対の方を向く。
「あれ、もうこんな近くまで来てたか」
なんと向いた先には畜舎があった。
未菜の方を向いて会話に集中してたから気が付かなかった。
「え、気づいてなかったの?会話に集中しすぎ。街中で電柱に当たるとかしないでよ?」
「しないって」
そんな会話をしながら畜舎へと入っていく。
「ハムちゃん起きてるかなー」
そんなことを呟くと、それを聞いた未菜が反応する。
「ん?1回来た時は寝てたの?」
「いや途中までは起きていたけどそれからね」
「ふーん」
ホムンクルス用スタンガンで意識失っちゃったからね。
もう起きてるといいんだけど...。
そう思いながら歩き、それほどかからずにハムちゃんの入っている檻の前にたどり着いた。
早速ハムちゃんを探す。
「ハムちゃんはっと...あ、いた」
やはり1頭だけスクール水着を着ているので探しやすい。
奥の方で足を伸ばして座っていた。
何やら首輪をペタペタ触ったり引っ張ったりして唸っている。
「あれ、何してるんだろうね。痒いのかな」
その行動を見て、未菜も不思議そうにしている。
わたしにも分かんないな。
そういう遊びをしているのかもしれない。
「遊んでるんじゃない?」
「楽しいのかなあれ」
そんなやり取りをしていると、ハムちゃんは不意に立ち上がってこちらへと駆けてきた。
わたし達が来ていることに今気づいたみたい。
なんか右足引きずってるけど、怪我でもしたんだろうか。
全く動いていないように見えるけど...。
そのハムちゃんは檻の前まで来て止まると、その檻の鉄の棒をガッと握って鳴き声を上げ始めた。
その研ぎ澄まされたようなキッとした目はわたしを捉えている。
「うあえんあっ!ああうあえっ!」
目といい勢いのある鳴き声といい、何か嫌なことでもあったんだろうかと思わせる反応をわたしに見せる。
「あいういいえんあっ!あえあっ!」
「なんか興奮してるね」
言葉は理解できないが、それだけは分かる。未菜も同じようだ。
「そうだね」
「これってさ」
「うん」
これはと未菜と頷きあった。
まさかの予想通り。ハムちゃんは本気で躾をされたいみたいだった。
普通のホムンクルス、しかも暴れん坊な子に憧れているらしい。
未菜はハムちゃんを見ながら、スッとポケットからそれを取り出した。
あ、それはわたしがお風呂に入る前に返したやつ。まだ持ってたんだね。
未菜はそのホムンクルス用スタンガンを手に持つと、そのまま奥の部屋へ行き鍵を取って戻ってきた。
「今してあげるからね」
言葉だけ聞くと不気味なそれを口から吐き、檻を開けようと鍵穴に鍵を挿す。
それを見たハムちゃんが、ただ事ではないと後ずさりをする。
「あ、あいをうううおいっ」
何を言っているか分からないが、少し怯えて見えるようなそんな気がする。
もしかしてスタンガンが怖い?わたし2回もやっちゃったし...。
でも躾を受けたいから暴れたんだよね?
グルグルとそんなことを考えている内に、未菜は鍵を開けすでに檻の中へと足を踏み入れていた。
そしてそのまま足を引きずって逃げるハムちゃんを追いかけ、壁際から角へと追い詰める。
「もう逃げるのはおしまい?じゃあお待ちかねのこれ、やっちゃおうか」
こちらに背を向けているためここから表情を窺い知ることは出来ないが、きっと穏やかな分かってるよって顔をしているに違いない。未菜は理解ある人だからね。
「いくよ?痛いけど我慢してね?」
未菜を押しのけて逃げるしか手段がないハムちゃん。
逃げ場がなくてそれしか方法がないとしても、やろうかやるまいか悩んで簡単には決められない様子。
手を出したり引っ込めたりを繰り返している。
うん、友達に手は出せないよね。分かる。
あ、いや、わたしのあのスタンガンは、暴れた家畜への躾なんで...。家畜であり友達でもあるって感じだし。
未菜は動かないハムちゃんに対して、スタンガンを持った手を近づける。
が、やられてたまるかというように、ハムちゃんはそのスタンガンがある方の腕を掴んで拒む。
「いああええっ!ああいういああおっ!あえ...う"ぅっ」
グググッと押し合いながらハムちゃんが何か言ったと思ったその時、突然呻き声を上げて片手でお腹を抑えだした。
拒む力が弱くなったのかそのまま一気に押され、スタンガンは体にすごい近い位置へ。
もう当たりそうな所にあったが、未菜は当てるようなことはせずスタンガンを体から離すとその持つ手を下に下ろした。
なにやら体調が悪そうなハムちゃんを見て、このまま躾けるのはさすがに違うと思ったのだろう。
「ハムちゃん大丈夫?」
未菜はそう声をかけ様子を伺っている。
心配なのでわたしもと、ハムちゃんの元へと檻の中へ足を踏み入れた時それは起こった。
呻き声を上げお腹を抑えていたハムちゃんが、その場でブバッブッブスーと盛大にオナラをしながら排便をしてしまったのだ。
抑えが効かなかったのだろうか。下にベチャベチャボトボトとこぼれ落ちる音が響く。
「わっ!?ちょっとっ!」
未菜が急いでそこから離れるが、時すでに遅し。
パンツの裾の部分にはねてしまっている。
問題のハムちゃんの方もよく見ると、背中側が少しモコっと膨らんでいる。出たものが這い上がってきてしまっているみたいだ。
スクール水着の中は汚物で満たされてしまっていると思われた。
しかしそれだけでは終わらず、尿も同じく出てしまっていた。
しゅうぅぅーっと音を立てて足を伝い下へと落ちていく。
ハムちゃんの足元には排泄物の塊と水たまりが出来ていた。
「あ、あ...え....?」
当の本ホムはというと、何が起きたのか理解できていないのか、ただ呆然と立ちつくしていた。
「もう最悪っ。トイレ我慢してたなら言ってよ!」
そんなハムちゃんに向かって怒りをぶつける未菜に声をかける。
「あの、未菜?ハムちゃん喋れないからさ」
そこまで言うとその事を思い出したのか、ハッとした表情を浮かべた。
「え、あ、そうだったね...。あんなに動いてたのトイレに行きたかったからかぁ...はぁ..」
ハムちゃんに悪気はないと理解したのか怒りは納まったが、今度は落ち込んでしまった。感情の波が激しい。
「ハムちゃんお腹大丈夫?まだ出そうだったらあっちの排泄場でしてね!」
檻の外からそう声をかけると、ハムちゃんはやっと放心状態から抜け出したのか、辺りをキョロキョロし始める。
そして下を見て、尿の混ざった排泄物が落ちているのを視認すると途端に慌てだした。
「い、いあ、いあうっ!いあいえっ!」
そう何かを話して後ずさりをすると、落ちている排泄物に足をとられて尻もちをついた。
その衝撃でそれが辺りにビチャッと飛んでいく。
「わっ!....ちょっとハムちゃん!こっちに飛ばさないでよ!」
離れたここにまで数滴飛んできた。
「大丈夫?あ、ここ付いちゃってる...ここも」
「うぅ...最悪....洋服着てくるんじゃなかった...」
飛んできたそれは全て未菜の方へと向かったため、わたしに汚れはない。
「あ...あ...いあうお....」
ハムちゃんはしりもちをついた時についた手を地面から離す。ネチャアっという音がわずかに鳴る。
それと同時に、出たばかりでまだ温かい水っけのある茶色の物が腕を伝って落ちていくのが見えた。
その際あるものが目に入る。
「あれってまさか...」
まさかと思いつつも未菜に声をかける。
「未菜あれ見て。あの腕の所」
「あー...はいはい、どれ?」
まだちょっと落ち込み気味の未菜だったが、それを見た瞬間表情が変わった。
「雪華教えてくれてありがと。あれ病気だ」
間違いであって欲しいと思っていたが、ハッキリとそう言われてしまった。
「うん...あの緑の変色間違いないと思うよ。前の子と同じ病気だね」
前のこと言うのは、あのホムンクルスのことだろうか。
「前の子って」
「あ、雪華には言ってなかったね。昨日ね、同じ病気で亡くなったホムンクルスがいるんだよ。その前の日に発症してね」
やはり未菜の言うあの子とは、小屋で寝かせられていたホムンクルスで間違いなさそうだった。
「緑斑変異症って言ってね、これにかかると...」
未菜がその病気を説明してくれた。
病名、緑斑変異症。
ホムンクルスのみにかかるとされている病気。
この病気になると肌に緑色の変色が現れ始め、最終的に斑状の見た目になることから名付けられた。
空気感染、接触感染はなく、かかったホムンクルス1頭の処理のみで事が済む病気として知られている。
病気になったホムンクルスを食べることでも感染すると噂されているが、真偽の程は定かではない。
そもそも人は病気持ちの肉なんて食べないし、ホムンクルスも同族の肉を食べることはないので。
感染しないので重い病気ではないと誤解されることがあるが、決してそんなことはない。
1度かかれば激しい腹痛と下痢を引き起こし、時間が経つにつれ体を動かせなくなって呼吸不全に陥り亡くなってしまう恐ろしい病だ。
発症してから10時間前後で亡くなるという脅威の進行スピードをもつ。
最近新たに発見された病気のため、有効な治療はなく薬もない。
これがハムちゃんがかかった病気であった。
確かにわたしはあのホムンクルスの肉をあげている。
けれどそれが原因かどうかは分からない。
その噂というのも、出処は海外の怪しい団体らしいし、違う可能性が高い。
食べさせましたなんて無闇に話さない方がいいだろう。
元々ホムンクルスの遺伝子に近かったから、本来かかるはずのない病気にかかってしまった。そんなとこだろう。
「ハムちゃんのことはわたしからお父さん達に言って...あ、帰ってきた。ちょっと行ってくるね」
未菜はそう言うと、家の近くに止まった車へと駆けていった。
1人残されたわたしは、病気だと判明しまた放心状態になったハムちゃんを見ながら待つのであった。
未菜が行ってからそれ程時間を置かずに、両親が畜舎へとやって来た。
「86番も病気になっちゃったか...」
そう言いながら未菜のお父さんは檻の中へ入ると、ハムちゃんの腕を持って緑に変色した部分の肌を見る。
ハムちゃんは嫌がるが、なんか動きが鈍く力が入っていないように見えた。
未菜のお父さんは確認が終わると、こちらを向いて手招きをする。
「母さん、未菜。この子運ぶの手伝ってくれ」
そう言って立ち上がると、檻の外へ出て台車を持ってくる。
「あ、あのわたしも手伝います」
「あら、ありがとう。じゃあ足の方未菜と一緒にお願いしようかな」
未菜のお母さんの指示の元、4人でハムちゃんを持って台車へ乗せる。
「このまま小屋に運ぶけど、雪華ちゃんもくるかい?」
「はい、行きます」
未菜のお父さんへそう返事をしてついて行く。
後ろにはもちろん2人もいる。
台車の上ではハムちゃんが暴れているが、その手足の動きはとても悪くぎこちない。
少し歩くと見覚えのある小屋が見えた。
「扉開けてもらえる?」
「あ、はい」
わたしがギィっと音を響かせながら扉を開けると、未菜のお父さんは台車を押して行き、中に少し入ったところで止める。
「よし、じゃあ降ろすよ」
「さっきと同じところ持ってね」
「うん」
「はい」
そうしてまた4人がかりでハムちゃんを持ち上げ、地面に下ろす。
正直2人でも持てるらしいのだが、4人の方が負担も少なくていいのだろう。
わたしが手伝うと言ったのもあるかもしれないが。
「未菜と雪華ちゃんは86番と仲良かったよな。辛いだろうが、今日のうちにお別れを言ってあげなさい。明日の早朝まではもたないと思うから」
「分かった」
「は、はい...」
「心残りがないようにね」
未菜はホムンクルスの死に慣れているため、動揺すらしていなかった。
このわずかな時間の中で心の整理をつけたのだろう。
それに対してわたしは酷く動揺していた。
こんなにもあっさりと死んでいくのかと。
わたしはハムちゃんに色々、本当に色々大切なものをもらった。
たくさんの知識、感情、それから雪華。どれも大事なものだ。
まだほんの少ししかお礼を返せていない。
「ハムちゃんなんでこんなに早く...」
先に病気になって死んだホムンクルスと一緒に地面に並べられて寝かされているハムちゃんを見てそう呟く。
「..はぁ...はぁ...はぁ...」
ハムちゃんは呼吸が少し荒くなっていた。小さく胸を上下に動かしている。
こんなにも早く進行してしまうのか。
どんどん弱々しくなっていくその姿に胸が苦しくなった。
わたしはハムちゃんの近くに行ってしゃがみ話しかける。
「ハムちゃんごめんね。何もしてあげられなくて...」
わたしが話し始めると、未菜達家族は小屋の外に出て行った。
わたし達を2人きりにしてくれようとしている。なんて優しい気遣いだろうか。ありがたい。
何かあればすぐに駆けつけられるように近くにはいるみたいだけど。
「ハムちゃんにたくさんのものを貰ったのに、まだ返せてないよ。ねえ、死なないで...」
ハムちゃんの手を握るが、指が僅かに動く程度で握り返してはくれない。
すると突然ハムちゃんの目から涙が溢れ出した。
「ああいいいあうあいっ...うぅ..おうんうううああいおぅ...ぐすっ...」
本当のところは何を言っているか分からないけれど、きっとハムちゃんも死にたくないと言っているそう思った。
「大丈夫だよハムちゃん。隣に仲間がいるからね。寂しくないよ。ね...ぐすっ」
わたしも堪えきれずに泣いてしまった。
「おうんうううおいえ...ぐすっ...いいあうあいっ..」
力が入らずまぶたをヒクヒクとさせながらハムちゃんも泣いている。
お互い泣きながら言い合って、それなりに時間が経った。
涙を袖で拭いて外を見ると、もう日が沈みそうになっていた。
「うぅ..ごめんね...わたし、もう帰らなきゃだから...」
地面に手を着いて立ち上がる。
「あ..あっえっ...えぇっあっえおぅっ...うぅぅ..」
それを見てハムちゃんがまた涙を流す。
「ハムちゃんのこと、ずっと忘れないからっ..ぐすっ」
ハムちゃんの頭を最後に優しく撫でで外に出るのであった。
小屋から出ると、未菜が近づいて来て優しく抱きしめてくれた。
「お別れはすんだ?」
「...うん」
未菜のそれは、沈んだわたしの心を癒してくれる。
そのまま無言で抱きしめられ、それはもう大丈夫とわたしが言うまで続けられた。
「未菜はお別れ言いに行かなくていいのか?」
「あ、うん、行ってくるね」
未菜はお父さんにそう言われ、こちらをチラチラ気にしながらもお別れを言いに小屋へと入って行った。
それを見届けると、未菜のお父さんはこちらへと向き直り口を開く。
「あー、こんな時に言うのもあれだけど、未菜から聞いたよ。生体用クリームのこと」
あの件か。ちゃんと謝らないと。
「まあ、うちとしては頭は商品にしてるわけじゃないから別にいいんだけど...。ただ、その、次からはやる前にちゃんと報告..してね?」
「...はい..すみませんでした」
ものすごい優しく叱られ?た。
きっとそうなるほどわたしが弱って見えたのだろう。
未菜のお母さんお父さんをちらっと見てから、いいのよと頭を撫でてくれた。
その日は結局、未菜のお父さんに自宅まで車で送ってもらうことになった。
もちろん自転車も車内に入れてもらって。
自宅に着くと、時間も時間なので雪華の両親はすでに帰ってきていた。
帰りが遅かったので心配したらしい。なんだか申し訳ない。
携帯電話に連絡をしたらしいが、見ていないので気が付かなかった。バイブ設定?だったし。
両親は落ち込んでいるわたしを見て、何があったのかと聞きたそうにしながらも触れずにそっとしておいてくれた。
わたしもまだ心の整理が追いついていないから、そうしてくれて良かった。
また、雪華じゃないと思われないか不安だったが、特に不審に思われることもなくて安心した。
ハムちゃんから貰った大事なものだ。雪華としてちゃんと胸を張っていきていきたい。
記憶と知識を照らし合わせながらその日を終えるのであった。
翌日、祝日で学校がお休みだったので未菜の家に行くと、ハムちゃんは息を引き取ったと言われた。早朝だったらしい。
小屋を覗くと2頭共首輪が外され、ハムちゃんに至っては水着も取られていた。
視界に入ったその体に気になる部分があった。
その部分、股間に視線を向けと、割れ目を覆うように盛られていた排泄物の姿がどこにもなかった。
きっとハムちゃんが必死に取り除こうと頑張ったのだろう。
開きっぱなしになってしまっている割れ目の中には茶色い物体がぎちっと詰まっているのが見えるので、中に詰まった排泄物を掻き出して取り除くことは出来なかったみたいだけど。
そんなに気持ちいいことしたかったのなら、埋めずにさせてあげれば良かった。あの時はまさかこんなことになるとは思っていなかったから...。
「今日この後回収に来るみたいだから、触らずにそっとしといてやってな」
「分かってるよ」
「はい」
未菜のお父さんへ返事をする。
回収とは文字通り遺体の回収だ。
病気にかかった個体は、専門の業者を呼んで回収してもらう決まりがある。
他の動物などに感染しないように隔離して、それらを回収してもらう。これが通常の流れ。
ハムちゃん達もこの流れに乗る。
「雪華ちゃん大丈夫?昨日ちゃんと寝れた?」
未菜のお母さんが心配そうにこちらを見る。
「大丈夫です。ちゃんと寝ましたよ。急だったけど、ほんとに昨日お別れ言えてよかったです...」
「そう。あまり1人で抱え込み過ぎないでね。何かあったら言ってちょうだい」
「はい」
厳密にはまだ整理に時間がかかりそうだったが、心配をかけたくなくてそう言った。少なくとも1週間以上は引きずることだろう。
やがて時間が過ぎ、死んだホムンクルスを回収するためにトラックが牧場へとやって来た。
「村田智紀さんこんにちはー」
「こんにちは」
トラックから降りて挨拶をしてくるのは、ベテランって感じのおじさんと新入社員ぽい青年。
「こんにちはーっておい、フルネームはないだろ」
「ははは。ともっちゃんいい反応だね。んで、あの小屋?」
「ああ、うん、よろしく。今回は2頭だから」
「はいよ。さ、鈴木くん。一緒に運ぶよ」
「はい」
おじさんとこの回収しに来た人は顔見知りだ。
なにせ病気のホムンクルスが出る度にこの人が回収に来てたから。
とはいえ頻繁に出るもんでもないから、数回来たことがあるって程度だけど。
いつからの付き合いなのかは分からないけど、親密さ的に普段から一緒に飲みに行ったりとかしてるのかもしれない。
「あ、いつも通り灰は、何とかって植物園で使われるから。国が運営してるあそこな」
「八ノ森植物園だろ?分かってるよ」
「あ、そうそうそこな。いつも覚えてんのにど忘れよ。ははは、歳かな」
「同い年なのに歳かなとか言わんでくれ。俺も年寄りみたいに聞こえるじゃないか」
「たははは。否定はしねぇ」
「おい」
「んま、じゃあそろそろ始めっから」
「はぁ...ああ、よろしく」
おじさん作業員は、未菜のお父さんを充分からかえて満足したのか作業を始めた。
新入社員ぽい鈴木君に指示を出しながら、てきぱきと手早く作業をしていく。
そしてものの数分で2頭のホムンクルスをトラックに乗せ終えると、最後におじさんに挨拶して去って行った。
さすがベテランである。
これからあのホムンクルス達は焼却処理施設に連れてかれ、他の子と一緒に灰になるまで燃やされる。
他の子というのは牧場主が回収を依頼した、他の牧場で病気にかかったホムンクルス達の事だ。
生死問わず連れて来られ一緒に燃やされるのだ。ハムちゃんも仲間たちに囲まれ賑やかで寂しくはないだろう。
「行っちゃったね」
「...うん」
「また、いい子に出会えるよきっと」
「そう...だね。うん」
「じゃ、今日は久々にゲームしよっ!そうしよそうしよ!」
「え、え、じゃあって何っ?あ、ちょっ」
わたしはほらほらと未菜に背中を押され、家の中へと入るのであった。
次の日は普通に学校へ登校した。
まだほんの少し気分が沈むわたしを未菜がフォローしてくれたお陰で、クラスメイトにも何ら疑われることもなかった。
まあ、両親や未菜が疑わない時点でそれはないと思っていたが。
きっとこれから生きていく中で、今まで蓄えた知識や記憶だけではどうにもならないことはたくさんあると思う。
覚えることもたくさんあるし、人間の常識に早く慣れなきゃいけない。
でもわたしは決して諦めることはないだろう。
ハムちゃんと過した楽しい日々や、教えてもらったたくさんのことがわたしの背中を押してくれるから。
わたしの人生はまだまだこれからも続いていく。
死するまで雪華として。
願わくばこの人生、幸せでありますように。
そう願いを込めて教室の窓から空を見るのであった。
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「.....次のニュースです。昨日の夕方、交差点付近に無断駐車していたホムンクルスを乗せたトラックにバスが突っ込む事故がありました」
テレビには事故当時の映像が流れている。
事故の衝撃でホムンクルス達が歩道とかに吹き飛ばされて大変な騒ぎになってるみたい。
頭からいった子もいるみたいで血の海だ。
「なお、載せていたホムンクルスは病気のため施設へ輸送中だったとのことです。
また、白衣らしきものを着た2人組の男性が、1頭のホムンクルスを抱えて逃げる姿が目撃されています。持ち出されたホムンクルスは死亡確認がされており、周りへの感染等の心配はないとの事です。現在警察はこの男達の行方を追っています。...続いて明日の天気です。近..」
なんかこの男達が抱えてる子、手足がピクピク動いてない?気のせい?それにこの顔どこかで見た気が...。
どこで見たんだっけと思い出そうとしていると、横から手が伸びてきてリモコンを取られ、ピッとテレビを消される。
「ちょっと梨沙消さないでよ。見てたのに」
「えー?だって、テレビばっか見て私の事見てくれないんだもん」
「だもんって。はいはいごめんごめん」
「もー、気持ちこもってない」
私は可愛い妻の頭をポンポンと軽く叩く。
「はうぅ」
これをやるとかまってちゃんが治まるんだよね。
「いいよぉ?誤魔化されてあげるぅ」
ほらにっこり笑顔。ちょっと小悪魔寄りだけど。
実際この子Sっけあるし。
「あ、ありがとう」
「それで?ちーちゃん、次はいつするの?」
「明日かなぁ」
「分かったぁ。今日ね」
「いや話聞いてた?明日だって」
「んー?今日でしょ?準備しておくね?」
梨沙はフフフと笑って楽しそうに着替えに行ってしまう。
「全然私の要望聞いてもらえないじゃんっ。もうっ」
そう言いながらも楽しみにしている自分がいるが。
私Mじゃないと思うんだけどなぁ...。
結婚してから、いや付き合ってからずっと梨沙に翻弄されっぱなしだ。
元々はデパート内にある同じアパレルショップで働く同僚だった私達。
それがいつだったか、私がやってる息抜きがばれて関係性が変わってしまった。主従関係というやつだ。
言わないでいてあげるから、その代わり言うことを聞いてねっていうあれ。
まあそれも、梨沙が同じことを趣味にしてるって判明してからなくなったけど。
そもそも命令されるのは、今日は日中これ着てマネキンとして立っててねとかそんなやつだったし、このまま続いても悪くないって思っちゃってたよね正直。
それからなんやかんやあって、私から告白して付き合い結婚に至った。
私の姓は結婚しても変わらず加藤のままだったが、梨沙は私と同じ姓がいいと言って佐藤から加藤へと変えていた。
結婚しても別姓が認められているので変えるか変えないかは本人次第なのだが、やはり好きな人の姓が自分と同じになるというのは言葉に言い表せないほど嬉しいものだ。
最初に私が佐藤に変えると言った時は梨沙も嬉しそうにしていたし。最終的に梨沙の方が変えたけど。
ちなみに、梨沙は付き合い始めた当初から私のことを ちーちゃん と呼んでいるが、これは私の名前の茅華からと取ってつけたそうだ。
安直だが、愛してる人が私だけにつけてくれた特別な呼び名だ。気に入っている。
自分で言うのもあれだけど、結婚してからもラブラブで、愛してるし愛されてるのを感じている。
変な趣味というか息抜きがお互い同じじゃなかったら、ここまでの関係にはなれなかっただろう。
振り返ってみてもそう思う。
「またおねぇのとこでも行こうかな。今度は梨沙も連れて」
梨沙との出会いを思い出していたら、姉の桜に会いたくなった。
先月行ったばかりだけど。
未菜ちゃんは、あげたクリーム使ったりしたんだろうか。
私達みたいな趣味でもないとあれ使い切るのは難しいけども。
「もしかしたら同じ趣味に目覚めたりして。ふふっ」
そんなことを思いながら、私も着替えをするために部屋へと戻る。
今日も今日とて仕事である。
着替え終わるとすでに梨沙が玄関で待っていた。
「ちーちゃん置いてくよー?」
「ちょ、ちょっと待って!」
急いでカバンを持って忘れ物がないかチェックする。
「じゅーきゅーはーち」
「えーっとえーっと、大丈夫!よしっ...うわあぁっ」
急いだため床にどたんっと転んだ。
「もう、大丈夫?走らないの」
「だって急かすから」
「ん?何?」
「何でもないです」
梨沙が差しのべた手を握って立つ。
「ありがと」
「いーえ。じゃ、今日も仕事がんばろうね」
「うん」
そう言って外に出て玄関のドアを閉める。
今日は快晴。まだまだ暑い。
2人はそんな暑さも気にせず、仲良く腕を組んで歩いていくのであった。
ーー[完]ーー