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金曜の閉店作業が終わった店内は、蛍光灯の白い光だけが床のワックスを反射させていた。レジ横のスピーカーから流れていたクラブ寄りの曲が、るなの指先でぶつりと切れ、代わりに空調の低い唸りと、ハンガーを戻す金属音だけが残る。

新井湊は二十三歳。入社二ヶ月目の後輩だ。丈を直したばかりのデニムをたたみながら、先輩の桜井るなが更衣室の方で靴を脱ぎ替える音を聞いていた。ヒールの底がタイルに当たる高い音が止まり、次に聞こえたのは、素足が床を擦る、湿ったような小さな音だった。

「あー、今日マジで足むれるんだけど」

カーテンの向こうから、明るくて少し鼻にかかった声が飛んでくる。文句の形をしているのに、どこか楽しそうだった。スプレーの蓋が外れる音。次の瞬間、甘くて重い香りが更衣室の隙間から溢れ、店内の消臭剤の匂いを押しのけた。バニラとピーチを混ぜて、その下に肌の熱を隠したような匂いだ。湊はたたみかけた服の裾で口元を覆い、咳をひとつした。

「湊くん、ちょっと来て。このミストさ、輸入ものの試供でさ、サイズ感変わるって書いてあんの。ウケなくない?」

カーテンが開く。るなは制服のまま、上だけをキャミソールに着替えていた。日焼けした鎖骨の上で、金のネックレスが小さく揺れる。髪はブリーチを重ねた明るい茶で、耳たぶにはフープがふたつ。アイラインは太く、口元のグロスが蛍光灯を拾って光った。手元にはラベルの読めない黒いボトル。噴射口を湊の胸元へ向ける。

「先輩、それ業務用じゃない方が——」

「いち、に、の」

霧が顔にかかった。冷たいのに、皮膚の内側からじわりと熱が広がる。視界が一度、強く引いた。床が遠ざかる感覚とは逆で、天井が急に高くなり、るなの膝が目の前の壁のようにせり上がる。ハンガーラックの脚が大木になり、たたみかけたデニムが丘になった。湊は自分の声が細くなるのを聞きながら、タイルの目地に両手をついた。

「……え」

るなが上から覗き込む。普段なら同じ目線で冗談を飛ばす先輩の顔が、いまは建物の窓ほど大きい。茶髪がカーテンのように垂れ、その隙間から、黒目の大きな瞳が湊を捉えた。最初は驚き、次に理解、その直後に笑い声が店内に弾ける。

「うそ。うそっ、縮んだ。湊くんちっちゃっ。指より太いくらいじゃん。ちょ、待って、撮る」

スマートフォンのカメラが閃く。閃光のたびに、るなの喉の白い線と、キャミソールの胸元の影が焼きついた。湊が立ち上がろうとしても、靴の残骸はもう自分の背丈ほどもある。体はおおよそ八センチ。掌に乗るかどうか、ぎりぎりの大きさだ。

るなはしゃがみ、マニキュアの長い指を湊の両脇に滑り込ませた。指腹は熱く、昼間のレジ作業で少し湿っている。持ち上げられた瞬間、湊の足が空を掻いた。目線はるなの鎖骨を越えられず、ネックレスのチャームが眼前で大きく揺れる。バニラの匂いが濃くなり、その奥に、今日いち日の薄い汗が混ざっていた。

「重っ。いや軽っ。どっちだろ。どっちでもいいわ、超可愛いんだけど」

「先輩、戻してください。これ、事故です。保健所とか——」

「保健所って。八センチの男、誰が信じるの。落ち着きなよ。死なないっしょ」

るなは湊を片方の掌に乗せ、親指で胸から腹へゆっくり撫でた。皮膚の上を通る指紋の溝が、湊には畝のように感じられる。体温が直接沁みる。むにっ♡ 親指の腹が腹を押し、内臓まで揺れた。湊の口から短い息が漏れる。

「お、声ちっちゃ。ネズミ? ハムスター? いや、後輩だよね。新井湊くん。入社二ヶ月。レジ遅ぇし、たたみ方雑だし、でも顔はまあまあ」

からかいの言葉はいつも通りなのに、高さが違う。るなの声は頭の上から降ってきて、鼓膜を内側から震わせた。湊が抗議の手を伸ばすと、親指と人差し指がそれを摘まみ、簡単に制した。人形の腕を扱うような、無造作さだった。

「入れるとこ考えよ。ポケットがいいな。あ、待って。靴下の方が保温できんのかな」

るなは更衣室のベンチに座り、片方の白いソックスを脱いだ。一日履いた靴下の内側が、淡い肌色に透けて見える。かかととつま先の繊維が薄く汚れ、足指の形が内側に残っていた。匂いが先に届く。甘ったるいスプレーの下から、塩気と、皮革と、蒸れた皮膚の匂いが立ち上がる。湊は顔を背けたが、るなの指が向きを戻す。

「嗅いでみな。私の足、今日めちゃくちゃ歩いてんの。渋谷の舗装熱くてさ。ほら」

靴下の入り口が眼前で開く。繊維のトンネルは暗く、奥で熱が澱んでいた。るなは躊躇いなく湊をつま先側へ滑らせ、そのまま履き口を引き上げた。視界が白い綿に塞がれ、次の瞬間、熱い足の裏が背中に密着する。

ぬめった♡

足指が頭の横を通り、第二指と第三指の付け根が湊の肩を押した。るなが立ち上がると、体重の移動が波になって襲う。かかとが床を踏むたびに、靴下の中で湊の体が前後に滑る。足の裏の皮膚は滑らかで、ところどころに汗が糸を引いていた。土踏まずの窪みに頭がはまり、そこだけがわずかに空気の層を残す。湊が口を開くと、湿った繊維と、るなの足の匂いが舌に乗った。

「んっ、くすぐ。湊くん、足裏で暴れてんの? 仕事中はああいう顔してんのに、中だと元気だね」

るなの声は靴下の外側で歪む。彼女はもう片方の靴を履き、バッグを肩にかけ、店のシャッターを下ろした。外気が一瞬だけ靴下の編み目から入る。夜の渋谷はクラクションと笑い声で満ち、るなの長い脚がその雑踏を軽く横切っていく。一歩ごとに、足指が湊の脇腹を掴むように閉じた。

ぐにっ♡

「いま改札。改札で縮こまって。笑。誰も君のこと知らねぇよ。私の左足の中に、後輩が一人いるって」

電車の振動が直接骨に伝わる。るながつり革に掴まり、重心を片足へ移すたび、土踏まずは深くなり、湊の顔が柔らかい皮膚に埋まった。汗の味は薄く塩辛く、その奥にローションの甘い残りがあった。るなはホームの人混みでも声のトーンを落とさず、バッグの中のイヤホンで誰かと短い通話をした。

「うん、今日家来る? ——や、無理。ちょっと珍しいの拾っちゃって。今週末つぶす。ん、男。ちっちゃい男。……冗談に聞こえるっしょ。じゃね」

通話が切れ、るながつま先を詰める。湊の頭が足指の腹に押し込まれ、爪の縁が額を掠めた。痛さより先に、熱があった。るなの足は一日の終わりを帯びて重く、血管の拍動が湊の耳に直接届く。遠くの太鼓のような音だった。

マンションのエレベーターで、るなは片方の靴をかかとだけ抜き、靴下の口を少し緩めた。蛍光灯の光が繊維の隙間から差し、湊は初めて、自分の位置を確認できた。目の前はるなの足指の腹。丸く、日焼けして、爪は白く短い。第二指がゆっくり動き、湊の頬を外側から弾く。

「生きてる? 返事しな」

「……苦しいです。先輩、出してください」

「お、言葉遣い正しい。えらい。でも却下。うち着くまでこのままで。落としたらそのまま潰れるし」

るなは笑いながら靴下を戻し、玄関の鍵を開けた。一人暮らしの部屋は、床に雑誌と衣装ケースが点在し、エアコンの風が強く当たる。るなはバッグを放り、そのまま床に座ると、左足を伸ばして靴下をゆっくり下ろした。

白い綿が裏返り、中から熱と匂いがどっと出る。湊は繊維に絡まったまま転がり、フローリングの冷たい面に額をつけた。次の瞬間、るなの大きな顔が近づく。グロスの光、アイライン、そして笑った歯。

「はー、蒸れてる。私の足の匂い、染みた? 湊くんの服、もう無理だわこれ」

指が服の襟を摘まみ、シャツを頭から剥いだ。八センチの体に対して、るなの爪は道具だった。ジーンズも同様に剥がされ、湊は下着一枚で掌の上に残される。るなはその掌を自分の顔の近くまで持ち上げ、鼻先を寄せた。吐息が熱い。

「後輩の匂いと、私の足の匂い、混ざってんの。最悪。最高」

るなはソファに横になり、ショートパンツの裾を太腿まで上げた。日焼けの境界が、白い付け根とのあいだに線を引いている。その太い太腿の内側へ、るなは湊を滑り込ませた。

むにっ♡ ぬるっ♡

左右から柔らかい肉が迫り、光が消える。肌は汗で薄く光り、動きのたびに湊の胸と腹を押しつぶした。るなが膝を閉じると、挟まれた空間の気圧が変わり、湊の肺から空気が抜ける。太腿の匂いは足より甘く、ローションと石けんと、昼間に座っていた椅子の熱が残っていた。

「おい、動け。動けよ。くすぐい方がいい」

湊が腕を突っ張ると、るなは嬉しそうに喉を鳴らした。太腿がゆっくり開閉を繰り返し、湊の体は肉の波に揉まれて上下する。時折、ショートパンツの裾の布が顔に当たり、その奥の陰の熱だけが伝わってきた。るなはそこへはまだ指を入れず、ただ太腿の力加減だけで遊ぶ。

「ちっちゃい男って、挟むとすぐ音出んのな。はぁ、はぁ、って。マイクなしでも聞こえる」

言葉は軽い。所有の意識は、その軽さの下にだけあった。るなは湊を太腿から摘まみ出し、今度は自分の腹の上に寝かせる。キャミソールを捲り、へその横に乗せる。呼吸のたびに腹の皮膚が盛り上がり、湊は小さな舟のように揺れた。るなの心臓は遠く、内臓の動きは近く、汗の粒が湊の背中を一つずつ濡らす。

「今週末、予定ある? ないよね。縮小したし。じゃあ私んとこいなよ。買い物も、洗濯も、寝んのも、全部私の近くで。ポケットとか、靴とか、あと——」

るなは言いかけて笑い、代わりに指の腹で湊の背中を円く撫でた。力は弱く、しかし逃げ場はない。湊が顔を上げると、るなの顎のラインの向こうに、部屋の照明がぼうっと広がっていた。先輩の顔は天井の一部のようで、笑顔のまま、目だけが正確に彼を見ていた。

「逃げんなら今。でもさ、八センチでどこ行くの。外じゃゴミに見えるよ」

るなはそう言って、脱ぎ捨てた靴下を再び手に取った。内側を湊の前に広げ、蒸れたかかとの部分を見せる。繊維はまだ熱を残し、足指の形が窪みとして残っていた。

「今夜はこっちで寝よ。私の足、冷えると安眠できんの。湯たんぽ係。昇格ね」

湊の抗議は、靴下の入り口に吸い込まれて途切れた。るなは足元をソファの肘に預け、画面を指で送り、時折つま先を動かす。そのたびに、中の後輩の体が足裏の地図の上を滑った。部屋のどこかで冷蔵庫が鳴り、夜の電車が遠くを通る。るなの足の匂いと体温だけが、狭い白い空間の季節だった。

「おやすみ、湊くん。明日の朝、私が起きてから出してあげる。それまで暴れんなよ。指、折れるから」

靴下の奥で、るなの脈がゆっくり打つ。湊は熱い皮膚に額をつけたまま、自分の呼吸の音を聞いた。先輩はもう次の動画を再生していて、笑い声が綿の外側で弾ける。縮小された体に、その笑いだけが、はっきりとした重さで降りてきた。

靴下の中は夜のあいだ一度も冷えなかった。るなの足は眠っていても微かに動き、第二指と第三指が湊の肩を挟んでは離し、離してはまた寄せた。綿の内側は湿り、呼吸するたびに足裏の塩気と甘いスプレーの残りが喉の奥へ落ちる。湊が身をよじると、眠っているはずのるなが無意識に爪先を丸めた。熱い肉が額を押し、視界が完全に潰れる。

ぬめり♡

低い音のない闇の中で、拍動だけが大きかった。土踏まずの窪みは狭い部屋で、かかとの硬い皮膚は壁だった。湊の耳に届く外の音は、エアコンの風と、時折るなが寝返りで漏らす鼻にかかった吐息だけになる。

「ん……あつい」

寝言ははっきりしていた。るなの指先がソファの外で何か探り、見つからず、代わりに左足を伸ばす。その動きで湊はかかと側へ滑り、厚い皮膚の丘に顔をうずめた。匂いの層が変わる。昼間の舗装と電車の金属と、夜の部屋のほこりが混ざった、るな本人より正直な匂いだった。

朝は光より先に、るなの声で来た。

「おはよ。湯たんぽ、生きてる?」

靴下の口がめくられ、カーテンの隙間から白い光が差し込んだ。るなは目をこすりながら大きく欠伸をして、湊を指先で摘まみ出した。朝の足は夜より重い。皮膚の表面に薄い膜が張り、指の腹で押すと、むに、と凹む。湊の服はすでになく、肌と肌が直接触れた。

「うわ、染みてる。私の足、そんない匂いだった?」

るなは湊を鼻先へ近づけ、自分で嗅いでから吹き出した。笑いの振動が指を伝い、湊の胸を揺する。グロスは昨夜のまま少し剥げ、髪は右側だけ平たく寝癖がついている。それでも目元のアイラインは残っていて、黒い線の下で瞳が細められた。

「文句あるなら朝のシャワーのとき一緒に洗ってやんよ。その前にさ、ちょっと座んの手伝って」

るなはトイレへ歩き、便座に腰を落とした。ショートパンツを下ろす音が近く、太い太腿が左右に開く。湊は掌の上からその光景の下の方——床に落ちた布と、足首のラインだけを見ていた。るなは用を足しながら、親指で湊の頭を軽く転がす。

「見てんじゃねぇよ。いや、見てもいいけど。八センチの視線って、どこまで届くんだろ」

水の音が落ち、るなは流し、そのまま洗わずに立ち上がった。朝の尻の曲線が目の前を横切り、ショートパンツを引き上げる。生地が食い込んで、割れ目の形が布の上に薄く浮かぶ。るなは気にした風もなくキッチンへ行き、冷蔵庫を開け、麦茶の瓶を口に含んだ。

「お腹すいた? 君、米粒サイズの飯で足りんの?」

「先輩、戻る方法を——」

「あ、真面目モード。朝からそれ疲れる」

るなは湊を食卓の端に立たせ、自分は向かいの椅子に深く腰を沈めた。脚を組む。組んだ太腿の内側がせり上がり、湊の目線はそこより上へ行けない。るなは片手で画面を送り、もう片方の手でトーストを齧る。時々、足先がテーブルの脚に当たり、その振動が天板を伝って湊の足裏へ来た。

「今日さ、昼から買い物。私のバッグの内ポケットに入って。外、暑いし。溶けんの嫌だろ」

「人に見られます」

「見えないって。君、ボタンより小さいんだよ? 落としたら蟻に運ばれるレベル」

言葉は笑い話の調子なのに、るなの視線は正確だった。トーストを置き、椅子を引くと、るなは湊を再び摘まみ、自分の太腿の上へ戻す。朝の皮膚は夜より乾いているが、組んだ脚の付け根だけが温かい。るなが脚を組み替えるたび、肉が波打って湊を奥へ送る。

ぐにっ♡ むにっ♡

「挟まるな。落ちる前に言えよ」

湊が腕で肉を押し返すと、るなはわざと膝を閉じた。光が消え、太腿の匂いが濃くなる。石けんはまだ使っておらず、昨夜のスプレーと、寝汗と、短い陰毛の際の熱が混じる。湊の鼻先が柔らかい溝に埋まり、呼吸するたびに皮膚が吸い付いた。

「んっ、くすぐ。ちゃんと呼吸しなよ。死なれたら困る。今週末の予定狂う」

るなはそう言いながらも、閉じた膝をすぐには開かない。拍動が左右から湊の胴を叩き、熱が内側へ滲みる。数十秒して脚が緩み、光が戻ったとき、湊の胸は赤い跡を残していた。るなはそれを見て、親指で円く撫でた。

「跡ついた。私の足、印鑑みたい」

シャワーの前に、るなは靴下を履き直さなかった。素足のまま浴室へ入り、洗面台の棚に湊を座らせる。鏡の中で、るなの上半身が大きく、湊はコップの横で針のようだった。キャミソールが床に落ち、日焼けした背中が湯気の中で光る。るなはお湯を出し、まず自分の顔を洗い、次に足を湯船の縁に乗せた。

「おいで。朝の汚れ、君が一番よく知ってるし」

熱い指が湊を掴み、濡れた足の甲へ下ろす。水滴が丘を流れ、湊の腰までを濡らした。るなはスポンジを使わず、指の腹で自分の足指の間を洗う。その隙間に湊の体を滑らせ、石鹸の泡と一緒に往復させた。

ぬるぬるっ♡

「足の指、一本一本、君の胴くらいあるでしょ。昨日の電車、ここで頭押してたの、覚えてる?」

石鹸の匂いは足の匂いを隠さず、むしろ温めて前面に出した。るなの第二指が湊の腹を押し、第三指が背中を押す。両側から潰される形になり、泡が口の端へ入る。湊が咳き込むと、るなは湯をかけて洗い流し、満足そうに鼻を鳴らした。

「きれいになった。私の足も、君も。揃いだね」

タオルで雑に拭かれ、湊はるなの鎖骨の窪みにしばらく置かれた。湯気の残る肌は熱く、ネックレスの金属だけが冷たい。るなは髪を乾かし、新しいキャミソールと、昨日より短いホットパンツを履く。鏡の前で唇にグロスを引き、ふと下を見た。

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