縮小隔離房の2段階縮小 ―人形サイズの後輩に犯され、女神と化した通常サイズの女―②完 (Pixiv Fanbox)
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装置の駆動音が止むまで、拓真には永遠にも近い時間に思えた。
内壁に背を預けたまま、目を開けることすらできない。全身の骨が内側から砕けて、肉と皮膚だけが薄く延ばされていくような錯覚が、まだ腹の奥に残っている。指先を動かすと、冷たい床が擦れて音を立てた。その床の粒ひとつひとつが、手のひらで数えられるほど荒い。
「……息、できてる」
拓真は声を出して、ようやく自分が生きていることを確かめた。息を吸うと、空気が重い。肺の狭さが、喉の太さが、口蓋の形が、すべて数値になって体に刻まれていく。格好の悪い話だが、縮むというのは、服を脱ぐのとは比べものにならないほど全身の輪郭が暴かれる感覚だった。
やがて天井が開いた。光が射し込み、空気が上から流れ込む。そして、指が降りてきた。
白く長い、女性の指。人差し指と親指が、拓真の胴をゆっくりと挟む。この二本の指の感覚を、拓真はすでに知っていた。つい一時間前まで、あの指は自分の肩や腰を簡単に押さえつけていた。しかし今は、その圧力の質が明らかに違っていた。
「……っ、ぅ……!」
指の腹が、胸から腹にかけてを覆っている。人差し指の先端ひとつで、自分の肩から腰までが隠れる。指紋の一本の曲線が、拓真の太腿ほどの深さを持って肌を押してくる。体を起こす間もなく、持ち上げられた。
視界が開ける。
昨日までいた作業台の天板が、地平線の向こうまで広がる白い大地になっていた。プラスチックケースの壁は、もはや丘陵ではなく、遠くにそびえる透明な崖だ。その前に、桜が立っている。
彼女の姿を見た瞬間、拓真は自分がどれほど小さくなったのかを、頭ではなく皮膚で理解した。
桜は、両手を口元に当てて、こちらを見上げていた。いや、見下ろしていた、のほうが正しい。拓真が前に立っていた時、彼女の身長は自分の肩ほどだったはずだ。今は違う。桜の爪先から頭のてっぺんまでが、ゆうに自分の三倍はある。彼女の足首が、拓真の胸の高さにあった。
「……先輩……?」
声が、鼓膜を圧迫する。桜の呟きでさえ、耳元を風が吹き抜けるような重さを持っている。
「ああ……、俺だ」
返事をすると、桜が息を呑むのが、地面の振動のように伝わってきた。
「うそ……なに、その、小さくなって……」
桜が一歩、近づく。たった一歩。それだけで足音が、二秒遅れて拓真の全身を突き上げた。床の継ぎ目を越えて、彼女の裸の足が持ち上がり、すぐ目の前に下りる。その足の裏が、かつて同サイズだった女のそれとは思えない質量で、天板を叩いた。
「来るな……っ、近づくな」
「っ、ごめん、でも、その……先輩、あたしの膝くらいしかないじゃないっすか」
「膝どころか、腿の下くらいだよ。……わかってる」
見上げても、彼女の顔ははるか上だ。桜の爪先は、拓真の腕の長さよりも大きな岩のように横たわり、五本の指の先には、擦れた皮膚の薄い硬さがあった。彼女がしゃがみ込むと、膝頭が拓真の視界いっぱいに広がる。内腿の滑らかな肌と、その奥の陰りまで、すべてが迫ってきて、視線の逃げ場がなかった。
「すごい……指、ちっちゃ……これ、ほんとに先輩の手?」
桜は指先で、拓真の手のひらをつついた。彼女の指一本の腹が、拓真の手のひら全体を覆う。少し押し込まれただけで、腕ごと後ろへ弾かれた。
「やめろ、お前の指、俺の顔より太いだろ」
「太くないですよ……って、あ、ほんとだ。先輩の顔、あたしの中指くらいしかない」
彼女は自分の手をまじまじと見つめ、それから拓真の顔に並べてみる。指の長さと顔の大きさが、ほぼ同じ。すぐ隣に並んだ指先の存在感が、首の後ろをひやりとさせた。
「調子に乗るな、桜……」
「ち、調子には乗ってないっすよ! でも、これは……本当に、ちっちゃい……」
桜の声から、笑いが消えていない。恐怖と興奮と、ほんの少しの優越感がないまぜになって、喉の奥で溶けている。その声は、いつもの明るい後輩の調子に似ていたが、目は拓真の体を、測るように、確かめるように、忙しなく動いていた。
「篠宮さん。今の自分の大きさが、どのくらいかわかる?」
綾女の声が、部屋の天井近くから落ちてくる。振り仰ぐと、白衣の胸元が雲のように張り出し、その上に顎と、銀縁の眼鏡があった。首が痛い。距離が遠すぎる。彼女の顔の輪郭が、視界の端に収まりきらない。
「教えてやるわ。桜ちゃんの膝小僧にも届かない。私の人差し指の第一関節より、少し大きい程度。元の体からすると、だいたい九十分の一。体長は二センチを切っているわ」
二センチ。指の先から爪の先まで。あの天板のちょっとした傷の溝に、頭の先まで埋まる。綾女の言葉は、数字としてではなく、目の前の光景となって、いやというほど実感させられた。
「桜ちゃん、彼を摘まんで、私の手の上に乗せてあげて」
「え、でも……」
「言うことを聞ける人形だって、昨日教えたでしょう」
桜の手が、ためらいながら拓真の体に伸びてくる。指が背中に回り、胸を押さえ、ゆっくりと持ち上げる。一本一本の指の熱と圧力が、裸の全身を分厚い肉の檻に閉じ込めた。
「桜……お前……」
「ごめんなさい。今、逆らったら、あたしもどうなるか……」
彼女の声が、歯の浮くような甘さを帯びている。怯えの裏で、細い指が無遠慮に拓真の腰を支えていた。空気が近い。彼女の吐息が、温かい風になって首すじを湿らせる。
綾女の掌が差し出され、そこへ桜の手が、拓真を落とす。ぱさり、という音が、自分の中で聞こえた。手のひらの肉が、全身をふわりと受け止める。だが、以前のものとは質量が違う。掌の窪みが、小さな谷として体を包み、その温もりが足の裏から背骨までじんわりと染みてくる。
掌に座ったまま見上げると、綾女の顔は、以前よりもさらに遠い。指の先が、遠くの崖の稜線のように輪郭を描く。彼女の指先が軽く動くだけで、掌全体が波打ち、拓真の体が転がる。
「可愛い。ほら、私の手のひらの一点で、十分休めるでしょう。それなのに、よくもまあ、脱走なんて考えたものね」
拓真のすぐ横に、人差し指の先端が下りてきた。爪は磨かれた板のように広く、ほんの少しの凹凸もなかった。その先端が、腹の上を、押しつけるように横切っていく。
「やっ……止めろ……」
「おや、声も小さくなったのね。桜ちゃんには、今、どんな風に聞こえてるかしら」
桜が、綾女の掌の縁に手をつき、中を覗き込んでくる。彼女の呼吸が、生ぬるい突風となって拓真の全身を舐めた。
「聞こえません……先輩、何言ってるのか、よく……」
「耳元に口を寄せたいんでしょう。どうしたの。彼が何を言ってるか、確かめたら?」
綾女の指先が、掌を傾け、桜の方へ拓真を押しやった。彼女の顔が、見る見る近づいてくる。唇の間から覗く前歯が、拓真の視界いっぱいに光っていた。舌がちろりと動く。唾液の匂いがした。
「やめてくれ、桜……」
「先輩……あたし、ほんとは、ちょっと……なんか、頭おかしくなりそうっす」
桜は目を潤ませたまま、指先を拓真の頭に押し当てた。押し返そうと腕を突っ張ったが、彼女の指はびくともしなかった。知っている桜なのに、知らない質量があった。
天井の向こうで、綾女がゆっくりと息を吐く。
「そのくらいにしておきなさい。まだ、彼には教えないといけないことがあるから」
綾女の掌の上で、拓真は痛む脇腹を押さえながら身を起こした。回された人差し指の圧力が、まだ骨の奥に残っている。自分の手が腹に触れるたびに、指の先から腕の細さが伝わってきて、今の体がどれほど頼りないものかを見せつけられた。
「桜ちゃん、彼を床に降ろしてあげて」
綾女の声が、空気を振動させて落ちてくる。
「今日の観察は、口唇と咽頭の運動と、対象の反応。桜ちゃん、説明したとおりに」
桜の顔が、一瞬こわばった。まぶたが震え、唇の端がひくつく。それでも彼女は、綾女の掌から拓真を摘まみ上げると、天板の上に膝をつき、彼を自分の正面へ置いた。
拓真の目の高さは、彼女の膝のすぐ下ほどだ。見上げた先に、桜の太腿が幅広い肉の壁を作っている。彼女が少し身じろぎするたび、太腿の内側の肉が寄せられ、薄い産毛がシートの上をなでる音がした。
「桜……お前、何を聞かされてる」
「聞かされたっていうか……命令っす。やらないと、先輩がまた小さくされるって」
桜の声が、小さな滝のように上から降ってくる。口調は明るさを装っているが、指先が床を掻く仕草には、明らかな緊張があった。
「だからって、こんなことできるわけ……」
「できるわけないっすよ。でも、あたしも、先輩も、逆らったら終わりっす。……ここで終わってもいいなら、あたしやめますけど」
黒い瞳が、真っ直ぐにこちらを見下ろしている。涙はない。代わりに、やけくそに似た光が浮かんでいた。
「……わかった。やれよ」
「すいません、先輩。……ほんとに、すいません」
桜は両手を床につき、顔を近づけてきた。頭が下りてくるにつれて、彼女の顔が空を覆う。唇が開き、上下の前歯が視界を占め、その奥に赤い舌が濡れていた。吐息が湿った風になり、拓真の額から胸までを包む。
「……大きい」
思わず声に出た。いつもなら顔の一部にすぎなかった唇が、今では自分の肩幅よりも長く横たわっている。上唇と下唇の閉じた線が、自分を丸ごと挟める大きさで動く。舌が一度、唇の表面をなぞると、粘着質な光が照明を反射した。
桜の唇が、拓真の足先に触れた。
柔らかい。だが、中身の筋肉と、かすかな歯の硬さを隠した、質量のある柔らかさが、つま先から踊り上がってくる。そのまま、足首までを唇の間に挟まれ、温かい唾液が肌を濡らした。
「んむ……っ」
桜が鼻から息を漏らす。口の中に、拓真の両脚が、するりと収まっていく。舌の表面が足の裏を舐り、上顎の窪みが甲を押し上げた。膝が、彼女の口蓋の溝に触れる。太腿までが、唇の縁を押し広げるようにして中へ入っていった。
「桜……やめ……っ」
上半身が、まだ口の外にある。空気は湿り、生暖かい彼女の吐息で肌が曇る。足元からじんじんと熱が上がってきて、頭の芯が揺れた。足の裏が舌の上を滑るたびに、味蕾の小さな突起が、無数の吸盤のように皮膚へ吸いついてくる。
桜は目を閉じ、ゆっくりと顔を前後させた。一度引き抜かれるとき、舌の上で軽く転がされた。両足の間まで唾液が糸を引いている。もう一度、唇が拓真の下半身をくわえ込む。今度は少し深く、腰のあたりまでが口内へ沈んだ。
「ん……ふ……ぅ……」
彼女の喉の奥から、こもった声が直接伝わってくる。唾液の温度が、体温よりぬるく、粘りをもって全身にまとわりつく。口蓋の凹凸が、腹や胸を下から圧迫した。舌が動くたび、拓真の背骨ごと持ち上げられるようだった。
「お前、こんな……あっ……やめ、舐めんな……っ」
足の指が舌に挟まれ、膝の裏を舌先でなぞられる。口の中で息を吸われると、皮膚全体が内側へ引っ張られるような感覚が走り、股間の反応まで彼女に悟られてしまう。桜の舌先が、太腿の内側からそっと中心へ寄った。
「ひ……ッ」
拓真の腰が跳ねた。桜の舌は、彼の知る同僚のそれとは違う。熱く、厚く、しつこい凹凸で、生殖器のすぐ横を執拗に舐め上げていく。逃れようにも、唇に挟まれた下半身は、彼女の口腔の内壁と舌に包まれていて、自分の力では身動きひとつできない。
桜が、さらに拓真の体をくわえ込み、肩のあたりまで含んだ。腕が口の外に残される。顔を上げられると、拓真の体は重力に任されて、彼女の唇の間にぶら下がるような格好になった。
「……んむ、ん……じゅ、ぷ……」
唾液の粘稠な音が、鼓膜の真上で泡立つ。舌の上で上半身が押しつけられ、胸から首、耳までが彼女の口腔内に撫で回される。唇が伸び縮みし、歯の先が肩口に当たるか当たらないかで止まる。噛まれるかもしれない、という恐怖と、もう噛まれてもおかしくない、という諦めが、背筋を順番に駆けていく。
「先輩、ちっちゃ……くせに、ここだけ、ちゃんと反応してるっすもんね……」
いったん口から出された拓真は、唾液にまみれて床に転がった。見上げる視界の先では、桜が唇をぬぐいながら、赤くなった顔でこちらを見下ろしている。彼女の口元から、ぬらぬらと光る糸が垂れていた。
「やったのは、命令だから……あたしのせいじゃない」
「……お前の顔、すげえ嘘っぽいぞ」
「そんなことないっす。……あ、でも、ここ、硬いままなんすね」
桜の指先が、拓真の下半身をつついた。彼の腰を、彼女の人差し指一本が簡単に押さえつける。反応を比べるように、軽くなぞっては、指先を離す。くすぐったい、というより、痛みに近い刺激だった。
「やめ……やめろ、桜……ほんとに、やめろ……っ」
「先輩こそ、抵抗してくださいよ。あたしより大きな男が、こんなのウソでしょ」
「今のお前は、俺よりはるかにでかいんだ……わかって……」
「わかってますよ。だから、こんなに軽いんすかね、先輩の体」
彼女の指が、拓真の胸から腹までを一気に撫で下ろした。かすかな斥力だけで、背骨が床に沈んでしまう。桜の吐息が、全身を前後から揺らした。
綾女は、そんな二人の様子を椅子の上から眺めていた。ときおり端末に何かを打ち込み、眼鏡の奥で瞳孔を細くしている。
「いい反応ね、桜ちゃん。彼の呼吸、声、身体の跳ね方、すべて記録しているわ。次は、もっと舌の奥で転がしてあげて。咽頭の締めつけとの関連も、見せてもらう」
「命令されなくても、今ので……あたし、ちょっと、わかっちゃったかもっす」
桜は視線を床に落とし、もう一度、拓真の体を口元へ運んだ。そこにはもう、ためらいは薄く、意志の強い動きがある。
「先輩、口、開けててください。歯、当てないようにするんで」
「……何を言って……」
「言葉の意味、体で教えてあげるっす」
彼女の唇が、拓真の全身をまるごと含み、喉の奥まで転がした。粘膜のひだが足の裏を締め、舌の奥が腹を巻き込んで動く。小さな体が、桜の口の中で自由を失い、彼女の味覚に翻弄された。
桜の口の中から解放された拓真は、作業台の上に唾液の水たまりを作って仰向けに転がっていた。肩で息をし、喉の奥にまで彼女の舌の感触が染みついている。皮膚の上では唾液がゆっくりと乾き、空気の流れだけで全身の毛穴がひらくようだった。
床が揺れる。桜が両膝をつき、覆いかぶさるように四つん這いになったのだ。彼女の影が、すっぽりと拓真の体を覆う。顔を上げると、桜の鎖骨と、揺れる胸のふくらみが、肉の天蓋のように迫っていた。
「先輩……あたし、ちょっと変かもしれないっす」
桜の声は低く、唾液で濡れた唇から熱っぽく抜けていく。彼女の両腕が、拓真の体の左右に、壁のように建っていた。指の先がわずかに動くたび、床の微細な傷が波立って、拓真の太腿を揺らす。
「……わかってたのか。俺を舐めてる間、お前、目が笑ってたぞ」
「笑ってないっす。……でも、舐めてるとき、先輩のここ、舌の上でぴくぴく跳ねてた。あんなの見せられたら、こっちまでおかしくなるに決まってるじゃないっすか」
桜の人差し指が、拓真の首から胸元までを、つう、と撫でた。指先の腹の柔らかい部分が、鎖骨のくぼみに沈み、腹筋の上を滑っていく。その下の、反応して立ち上がった中心へ、指の先が、ごく軽く触れた。拓真の腰が、自分の意思と関係なく跳ねる。
「ここですよ、先輩。……ちっちゃいのに、さっきから、ずっと硬い。あたしの指より、だいぶ細いくせに」
桜の吐息が、髪を揺らした。
「やめ……、頼むから、それ以上は……っ」
「どうしてです? 気持ちよくないんすか」
「そういう問題じゃ、あぁ……っ」
彼女の指先が、拓真のそこを、根元から先端へ向かってゆっくり擦り上げた。指の腹にある、わずかな指紋の溝が、敏感になった表面をざらりと撫でていく。たった一度。それだけで、視界の端が白く明滅し、下腹から痺れが突き抜けた。
「声、出た。先輩のここ、あたしの指に絡みつくみたいで、面白いっす」
桜は指の腹を湿らせるように、拓真の先端を数回こすった。粘りつく液が、彼女の指紋の溝を白く縁取る。彼女が指を持ち上げると、銀色の糸が、拓真の腹の上にまで届きそうな長さで伸びた。
「嘘でしょ……先輩の体、あたしの指先に、ちょっと触られただけで、こんな。……ねえ、見てください。糸、すごく太い。あたしの指の先で、先輩の汁が、こんなに粘ってる」
桜は顔を近づけ、うっとりした目で自分の指の間を眺めた。ふるふると指先を開け閉めして、糸の太さと粘度を確かめている。その顔は、羞恥と背徳と、あきらかな愉悦が混ざった、若い女そのものだった。
「桜……お前、後悔するぞ」
「もうしてるっすよ、十分。でも、今さら下がれないのも、ほんと。……先輩、もっと見せてください。あたし、先輩の体が跳ねるとこ、好きになってきた」
人差し指が、拓真の両脚の間へ入ってきた。爪の天井の下で、指の腹が彼の太腿を押し広げる。拓真は抵抗しようと脚を閉じたが、桜の指は悠々とその間を進み、閉じた太腿ごと押し上げてしまった。
「あ……っ、やめ……ッ」
「逃げなくていいっす。あたしの指、先輩の体に合わせて、ゆっくり動かしてるんすから」
桜の指先が、彼の中心を包むように曲がり、上下へわずかに動く。ぬち、くちゅ、と小さな水音が、自分の体からあがって、すぐ近くの彼女の耳へ確実に届いていた。桜の喉が鳴る。唇が半開きになって、上の前歯が唾液に光る。
「気持ちいいっすよね。……あたしも、すっごく、胸のあたり、変。先輩の体を指で触ってるだけで、膝が震えてるの、自分でもわかります」
彼女は体勢を低くし、腹ばいに近い形で、顔を拓真のすぐそばまで下ろした。吐息が、もう息苦しいほど熱い。彼女の黒いひとみが、拓真の全身をくまなく這い、時折、指先の動きと同時に、唇をぺろりと舐めた。
「ねえ、先輩。あたしの指、先輩の体のどこまでが気持ちいいか、教えてください」
「教えるわけない……ぅあ……っ!」
「うそ。教えなくても、体がちゃんと答えちゃってる。ここ、擦るたびに、先輩の足の指が、ぴんって伸びる。可愛いですよ」
「……か、可愛いとか言うな……っ」
「だって、可愛いもん。この、あたしの指より短い足で、必死に感覚を逃がそうとしてる。膝が笑って、腰が浮いて、でもあたしの指には全然逆らえない。……先輩、今どんな気持ち?」
桜の声が、耳のすぐ内側まで入ってくる。彼女の指先は、拓真の反応を塗り広げるように、ゆっくりと、しかし確実に、攻め続けていた。天井も、壁も、机の縁も、すべてが溶けたように遠い。あるのは、彼女の体温と、指の圧力と、自分より大きな少女の呼吸だった。
「先輩……見てください、あたしの指、先輩の汁で、てかてか。ほら、先輩の腹の上に、垂れた」
桜が指先を立てると、透明な液が、とろりと拓真の腹へ落ちた。温かい滴が、へその横をゆっくり流れ、床へ染みていく。体積にすればわずかなはずなのに、感覚はまるで別だった。
桜は顔を伏せ、拓真の腹に落ちたその滴へ、舌先を這わせた。舌の先端が、小さなくぼみを舐め上げ、皮膚の上を横切る。味蕾の粒が、ひと粒ずつ数えられるような、ぞわりとした快感が、下腹から脳天まで走った。
「ん……先輩の味。……なんか、しょっぱくて、苦い。でも、あたし、嫌じゃないかも」
桜の舌先が、さらに下へ伸びる。彼女の顎が床に近づき、口元が拓真の中心へと向かっていく。唇が、彼の太腿の内側に触れた。今度は、昨日のような命令ではなく、彼女自身が、舌を寄せていた。
「やめろ、そこは……っ」
「やめてほしいの? ……やめてほしくないくせに。だって、すごく硬くなってる。あたしの舌が来るって、身体がわかってる」
桜の舌が、まるごと拓真のそこを包み、先端から根元までをゆっくり引き上げた。口を閉じると、上の唇と下の唇の間で、小さな体が巻き込まれる。温かい唾液と口腔のうねりが、下半身だけを強く吸い上げて離さない。
「ふ……ぁ、さ、くら……っ」
拓真の声が、自分でも情けないほど裏返った。彼女の舌尖が、先端の割れ目をすくい、唇の内側で軽く捏ねる。歯は立てていない。けれど、その代わりに口腔全体が、犯すための器官のように、柔らかく蠕動している。上顎の硬い部分が擦り上げ、舌の中央の窪みが裏筋を強く巻いた。
「ん……じゅ、ぷ……はむ……、先輩、あたしの口の中で、腰、へこへこ動かしてる……っ、やらし……」
桜は口を離さないまま、吐息だけで笑った。瞳だけがこちらを見る。下から見上げた桜は、どこまでも巨大で、艶に満ちて、正気を保っていられたものではない。
作業台の上の、白い光の下。姉でも母でもない、一つ年下の女の口内だけで、拓真の体が翻弄され、膝の力が抜けていく。
いつのまにか、視界の端の白衣の女は、記録端末を置いて、両手を組むようにして、こちらを見守っていた。唇の端に、細く笑みを刻んだまま。
「桜ちゃん、彼を甘やかしすぎると、すぐ終わってしまうわ。もう少し、苦しめるように舐めてみせて」
「……無理ですよ、先輩、あたしの舌の上で、止めどなく反応するから。……苦しいの、先輩?」
唾液を重ねられ、根元から持ち上げるように舐められる。拓真は腕を突っ張り、彼女の頬を押し返そうとしたが、手のひら全体を押しつけても、桜の顔は一ミリも動かなかった。
「無駄っすよ。先輩。……ね、もっと足、開いて。舌、奥まで入れてあげるから」
拒否する間もなく、舌先が、睾丸の裏から会陰の窪みまでを覆った。温かく、滑り、執拗なその一舐めで、下腹の奥から爆ぜるようなものが逆流する。
「あ……い、く……っ」
「いいっすよ。あたしの口の中で、ちゃんと、出して。……証拠、残して」
桜の唇が、ゆっくりと最後まで吸い上げた瞬間、拓真の体が舌の上で折れた。視界が青白く明滅し、喉からひきつった息が抜ける。粘りつく感覚が、彼女の舌の上へ、止めどなく引き出されていく。
桜は、口を閉じたまま、こくりと飲み込んだ。喉が落ちる音が、拓真の体よりもはるかに大きく聞こえた。唇を開くと、舌の上に残った白濁が、唾液とまじって光っていた。
「……先輩、ぴくぴくしてる。まだ、あたしの指の上で、ちいさく震えて、可愛いっす」
彼女の指先が、最後の一滴を、拓真の胸の上へそっと塗りつけた。
再び、あの筒の中にいた。
視界のすべてが磨かれた内壁で、境目もわからぬまま天井へと続いている。照明の光が、壁に反射して、白い輪をいくつも落としていた。拓真は膝をつき、肩で息をしていた。体の表面には、桜の唾液と自分の精液が混ざって乾き、薄い膜のように張りついている。空気が動くたび、その膜がひび割れるようで、肌が総毛立った。
すでに一度目の縮小で、彼の身長は二センチにも満たなくなっていた。それでも、先ほどまで桜の口に咥えられ、舌の上で転がされる自分を感じていた。彼女の唇の厚み、前歯の硬さ、喉の奥の熱。あれらすべてが、紛れもなく「女」のものだった。だが、今はもう違う。
駆動音が始まると、内壁の無数の継ぎ目が、生き物のように太さを増していく。空気が重く、粘りを帯び、鼓膜の奥を圧迫した。体が内側からつぶれる。関節が外れていくようで、けれど痛みはなく、ただ輪郭だけが痩せていく。縮むたび、肌の感度は上がり、床のわずかな凹凸が棘のように背中を刺した。
どのくらい経ったのかは、わからない。
やがて、真上から光が落ちてきた。天井が開き、空気の層が流れ込む。視界の先で、何か巨大なものが動いた。
「……先輩?」
声がした。かつては耳元で鼓膜を揺らしていた声。だが、今は遠い壁の向こうから、空気の塊が押し寄せてくるように聞こえる。声の主、桜が、筒の入り口から覗き込んでいた。
その顔を見た瞬間、拓真は自分がもう「虫」になったのだと理解した。
桜の顔は、見渡す限りの空を覆っていた。額の産毛の一筋が、数メートル先の海藻のように揺れている。まぶたの開閉が、地平線の明滅に等しい。彼女の瞳の黒い部分は、四階建てのビルほどの闇をたたえて、その中で、拓真の姿を探している。彼女がまばたきをするたび、まつげが擦れる音は、遠くの嵐のようだった。
「……あたしの、声、聞こえますか……?」
桜が、そっと筒の中へ指を差し入れてきた。
指先。以前なら、自分の手のひらと比べられた、彼女の中指。今は、天をつく塔のように降りてくる。指の腹が、拓真の真横で止まった。その表面だけで、数畳分の広さはある。指紋の一本の溝が、大人の体が横たわれる深さで、その曲線の内側に、汗と皮脂の光る粒が、無数の岩として浮かんでいた。
「……どこ……いない……」
桜の声が、指の壁越しに響く。拓真は全身を震わせながら、それでも顔を上げて、彼女の指の根本、彼女の顔のほうを見た。桜は、自分の指先のすぐ脇にいた拓真を、まだ見つけられないでいる。
「桜……、俺は……ここにいる……ッ」
叫んだ。肺いっぱいの空気を吐き出して、声を絞り出した。だが、彼女の指先は動かない。眼球が、ゆっくりと左右へ動く。黒い虹彩が、それだけで津波のように視界を呑んでいく。
「……うそ。あたし、先輩の声、わかんない。なんにも、見えない……」
桜が、息を吐いた。生暖かい突風が筒の内側へ吹き込み、拓真の体を床からわずかに浮かせた。彼女の吐息は、拓真の住む空間ごと揺らす。唾液の匂いと、少し甘やかな女の匂いが、嵐に乗って肌へ染みた。
さらに、光が差し込む。今度は、もっと大きく、白いものが空を覆った。白い手。綾女の手だ。
「どれ、私が見てあげる。……篠宮さん、もう一度、縮小処理を終えたわ。これで、君の体長は〇・五ミリを切っている。ようやく、愛玩にふさわしい大きさになったのよ」
綾女の声は、空から降る振動だった。声そのものが、地震のように床を揺らし、内壁を軋ませる。個々の言葉はかろうじて聞き取れても、音のひとつひとつが板に変わって全身を打った。
彼女の白い指が、拓真のいる床へ近づいてくる。爪の先が、曇りのない鉱物の板になって光を跳ね返した。指の腹が、宇宙の底のような大きさで覆いかぶさり、拓真を床ごとすくい上げる。
視界が、開けた。
作業台の天板。ここが、かつて「床」だった場所。今は、見渡す限りの白い彗星の表面だ。その地平線の彼方に、黒いものが天を突いている。髪の毛だ。艶のある、太い黒柱が、何本も、空へ向かって立っている。
「……やっと見つけた。先輩。……え……」
桜が、近づいてきた。いや、近づいてきた、という言葉が間違っている。彼女は、おそらく半歩、顔を寄せただけなのだ。
だが、拓真の世界では、山が、大陸が、その全面を押し出してきた。彼女の鼻の影だけで、全域が夜に変わる。唇の赤い表面は、湾のように広がり、上の前歯が、呼吸のたびに、白い断崖として光った。
「……これ、先輩……? ゴミ……みたい……」
桜の声が、空気の流れになって、拓真の髪を、服の代わりの裸の肌を、根こそぎ吹き飛ばそうとする。彼女の眼球が、上下に動く。数メートル先にある、白目と瞳の境目が、虹のふちのように、ゆっくりと青白く瞬いた。
「……あたし、先輩の体……よく見えない。なんか、ちいさな、茶色い、かけら……みたいにしか」
桜は指先で、拓真のすぐ隣の床をつついた。指先の腹が接する面積だけで、拓真の立てる床全体が沈み、数センチの段差になる。衝撃が、ひざから腰まで、容赦なく突き抜けた。
「なにこれ……まじで、小さい。あたしのほうが、何百倍……何千倍もある……先輩、虫より小さいっすよ」
彼女が息を吸い込む。空気の流れが逆巻く。拓真の体は、天板の上で数ミリほど浮き、そのまま、桜の唇に向かって、吸い寄せられるように滑った。
あの唇が、遠くで開く。
「……ぁ……食べられ……」
拓真の心臓がありえない速度で跳ねた。あれは、女の唇だ。一年近く隣で働いてきた、後輩の桜の、口だったものだ。今は、風を吸い、唾液の海を光らせ、自分の体を一粒の残飯のように迎え入れようとしている。歯列の白い城壁が、水の奥から浮き上がってくる。
だが、吸い寄せは、指先の影で遮られた。
綾女の指が、拓真と桜の口の間に、防潮堤のように下りてくる。彼女の指の表面、いまや地平線のすべてを覆う、白い大地。その上を、桜の顔が、下から覗き込んでいた。拓真には、桜の唇でさえ、もはや「女の顔」としてではなく、巨大な地質の一部のように見える。
桜が、指を引いた。もちろん、彼女の指の一動作は、拓真の何百倍もの移動速度を持つ。それでも、彼女が綾女の指の前から下がるたび、空気が渦を巻き、天板の上に埃の舞う、透明な風の柱が立った。
「……桜ちゃん。もう、その目で、彼の体は、男には見えないでしょう。やっと、正しい位置に落ちたの。これが、篠宮さんの、本当の身の丈なのよ」
綾女の顔が、天の彼方にある。その顔は、桜の顔よりさらに高く、白い衣の峰々の上で、かすかに浮かぶ満月のように見えた。
拓真は、手のひらの上で、膝を割った格好のまま、二人の女を見上げた。大きく、低いほうの女。さらに大きく、もはや形の半分も認識できないほうの女。
喉が、張りついて、声が出なかった。
体が、もう、男として、人として、扱われる大きさではない。それを、二人の視線の温度差で、痛いほどに思い知らされる。
「……はい。なに、これ。……無理。……先輩、あたしの、目の前にいても、小さすぎて、笑っちゃう……」
桜が、泣くのをやめて、笑った。ほんの少し、唇の端を持ち上げて、巨大な黒目を細めた。その笑いが、空一面に広がって、拓真の世界を、たった一度の吐息のように、圧し潰した。
綾女の手のひらが、ゆっくりと傾いた。
拓真は転がるようにして、作業台の上へ降ろされた。いや、落とされた、というべきだった。指先が乱暴だったわけではない。ただ、彼の体があまりに軽くなりすぎていて、手のひらと天板の間にある、ごく薄い空気の層を落ちるだけでも、膝と肩を激しく打った。
「少し、そのままにしておくわ。自分の置かれた場所を、体で知るといい」
綾女の声が、空間のずっと上から降る。音が重たく、まるで熱せられた空気の塊を頭から浴びせられるようだった。
目の前には、床の継ぎ目が走っていた。
プラスチックの天板を二枚つないだだけの、あの線。今の拓真には、その溝ひとつが、川のように広く、谷のように深い。溝の内側に溜まった、人ひとりの目には見えない埃の粒が、それぞれ小さな岩となって、両岸に寄せている。
「……なんだ、これ」
声に出しても、空気が重い。かつて息を吸うたびに、無意識で飲み込んでいた量。それが、いまは身体全体を押し包む厚みを持つ。少し動くたび、肌の表面を空気が削っていくようだ。
拓真は膝立ちになり、周囲を見渡した。
数歩先に、黒い山脈があった。うねる稜線が、床の向こうから空へと伸びている。髪の毛だ。桜の髪が、天板の端から垂れ下がり、空気の流れに合わせて、一筋ずつ複雑に揺れている。一本一本の太さは、両腕を回しても抱えきれないほどに見え、にぶく油脂の光を帯びていた。
「桜……」
拓真は立ち上がり、彼女の名を呼んだ。
声は、床の上の、ごく薄い空気の膜を震わせただけだった。彼女には届かない。届くはずがない。桜の耳は、ずっと上の、嵐の向こうにある。
それでも、拓真は歩き出した。足の裏が床の微細な凹凸を踏むたび、小さな砂粒が、つぶれるような感触を返す。天板の上に落ちていた、ごく短い繊維の一本が、倒木のように道をふさいでいた。それを乗り越えると、汗の粒に似た、半透明の小さな玉が、すぐ横に落ちていた。
触ると、しんなりとしていた。あたたかい。匂いを、感じる。
桜のものだ。彼女の手のひらか、指の先から落ちた、一滴の汗。それが、いまの拓真の顔ほどの大きさで、床に染みをつくっている。自分と彼女の間にある、どうしようもない落差が、鼻の奥を焼くほど濃く、そこに染み込んでいた。
「おい、桜……、俺だ。ここに、いる……!」
もう一度叫んだ。首が痛むほど見上げて、声のすべてを空へ投げた。
桜の顔は、まだ遠い。輪郭すら、地平線の上でぼやけている。彼女が片手を動かすと、空一面を雲が流れるような陰りが走り、その指先の一部が、山のように眼前へ降りてきた。
彼女の爪。薄桃色の、磨かれた一枚板。それが、拓真の正面の床を、ゆっくりと払った。爪の先端が天板をこする。きゅ、という高い音が、全身を貫いた。衝撃で浮き上がった細かな塵が、濁った雪のように降ってくる。
桜は、拓真を探しているのではなかった。ただ、床に落ちた何かを、自分の爪先で退かそうとしている。その「何か」の側に、拓真が立っているというのに、彼女の目は、とうに拓真を通り越していた。
「……見えて、ないのか。俺が、こんなに動いてるのに」
桜の指先が、もう一度動いた。今度は、拓真の数歩先で止まり、爪の腹の部分を床にこすりつける。風が起こり、倒れそうになった。指の一本が、それだけで壁になり、建物になり、空を覆う。
「桜……っ」
しがみつこうとして、手を伸ばした。
届かなかった。
指が、遠すぎた。彼女の小指の先ですら、駆けて行って、その表面に触れるまで、何秒も、何メートルもの距離がある。走った。本気で走った。床の上、埃の山をよじ登り、髪の毛ほどの黒い繊維を飛び越え、桜の指を追った。だが、桜がほんの数センチ指を浮かせるだけで、その距離は、拓真の全力疾走では追えないものに変わる。
彼女は、いないも同然だった。
同じ部屋にいるのに、同じ大きさに縮められたはずなのに、いまは、山の向こうの雲のように、桜という人間が遠い。
「あ、……あぁ」
拓真は床に膝をついた。
そのとき、背後から光が差した。世界の半分が、白く塗りつぶされる。振り返る。
白い壁。いや、壁ではなかった。上へ、上へ、どこまでも続いている。目の前のすべてを覆い尽くす、白い表面。表面には、ごく浅い曲線が何本も走り、その上に天がある。彼女の手だった。綾女の手が、拓真の背後に置かれている。
指を、見ることもできない。手首のつけ根までで、空が終わっている。その向こうの、白い服。銀縁の眼鏡。黒い瞳。それらは、霞のさらに上に、うっすらと浮かんでいる。
綾女は、拓真を見下ろしている。たしかに、こちらを見ている。
眦の動き、吐息、まばたき。そのどれもが、拓真の背丈をはるかに超える。呼吸ひとつで、風が変わる。
「見つけたわ」
その一言が、空気を割った。
たった四文字の、女の声。耳の奥で、骨が揺れる。全身がびりびりと震え、指先から力が抜けた。声に逆らうとか、逃げるとか、そういう次元ではなかった。あの顔がこちらを向いているだけで、体の自由が、根元から折られていく。
振り返った先では、桜が、座り込んだまま、こちらを窺っていた。黒い瞳。大きな唇。だらりと垂れた前髪。彼女の目も、拓真をどこかで捉えてはいるのだ。だが、それは人を探す目ではなかった。床に落ちた何かを、つまらなそうに、時々思い出したように、眺める目だ。
「桜……、俺は、ここだ」
すがるように呼んだ。
桜は、わずかに首を傾げた。その動作だけで、彼女の輪郭が、ゆれ、にじんだ。
「……ごめん。あたしには、もう……」
と、桜の唇が、そう動いたように見えた。いや、声は、風になって通り過ぎただけだったのかもしれない。拓真の鼓膜は、音を受け止める前に、空気の重さでいっぱいだった。
「どうしたの。篠宮さん。何か、言いたいことでもある?」
綾女の声が、再び、天から、一筋の光のように落ちてきた。優しく、柔らかい声だった。だが、その優しさは、掌で虫を観察するときの肉の柔らかさに近い。
「ちが……、俺は、まだ、あんたの掌にだって乗れた。桜にだって、触れられた。なのに、今は……」
言葉にならない。この大きさでは、悲鳴すら、女の耳に届く前に消える。歩いても歩いても、相手の指先ひとつに追いつけない。
それなのに、体の奥が、じりじりと熱かった。
床の上、埃と髪の毛と汗のしみに囲まれて、裸の体を横たえている。二人の女の気配に、空気が、体温が、匂いが、絶え間なく全身へ流れ込んでくる。生き物として、雄として、とうに終わっているはずの反応が、腹の奥に、どろりと、わだかまる。
桜を見た。見上げた。彼女の、巨大な顔。かつて、自分の体を口に含み、舌で舐め、唾液で濡らした女。その膝の影さえ、今の自分には遠すぎる。だが、その存在を意識した瞬間、心臓が、醜く跳ねた。
背後を見た。綾女。白い指を床に置いたまま、顔の高さで、こちらを見下ろしている。彼女の唇の間から、微かに舌が動いた。あれは、乾いた唇を湿らせただけかもしれない。だが、その舌の赤さが、地平線の彼方で、ぬらりと光る。
「……ごめんなさい」
なぜ謝っているのか、自分でもわからなかった。
「ごめんなさい……俺は、あなたたちの、前で……こんな体で……見られてるって、思うだけで……」
下肢に、すでに熱が集まっている。前立腺の奥が疼き、痙攣のように小さく脈打っていた。桜の顔を見る。見るだけで、昨日の口腔内で、自分の全部が捏ね回された感覚が蘇る。綾女の指を思い出す。臓器の内側まで届くような、あの観察の指先。声。温度。くびれ。呼吸。
「ちがう……ちがうんだ……もう、やめろ……これ以上、見るな……俺を見るな……っ」
しかし、見られている。あの巨大な二人が、床に落ちた、動く点ほどの雄を、じっと、まばたきもせずに見下ろしている。
小刻みに、腰が浮いた。
自分の指が、腹の下へ伸びていた。無意識だった。触れる。増幅された快感が、体格差も、距離も、絶望も、すべてを脂のように溶かしていく。
「く……そ……、なんで……、俺、この大きさで……あんたらの顔見て……もう、なにも、できねえはずなのに……」
桜の、唇。綾女の、指。二人の影。二人の息。部屋いっぱいに満ちた、雌の気配。
「……ごめん、なさい……ごめんなさ……ッ」
腰が、空へ向かって突き上げられた。
視界が白くなり、腹の奥から、熱いものが、何度も、何度も、小さな体の外へ溢れ出した。床の埃の粒に、汗の乾いた跡に、零れたそれが、銀色の糸を引いて広がっていく。
桜が、数秒おいて、口を開いた。
「……先輩、また……出してる。なに、これ。地面に、小さいシミ、できてる……」
「見えなくても、わかるのね。桜ちゃんは、彼が近くにいると、体で気づくんでしょう」
綾女の声が、笑みを含んで降りてきた。
拓真は、白い光の下で、ただ肩を震わせていた。謝りながら、射精した。その事実が、体の芯から、骨の髄から、彼を少しずつ壊していた。
それから、どれほどの時間が経ったのか、拓真にはもうわからなかった。
天井の照明はついたまま、白い机も、壁も、部屋の隅に積まれた機器の銀色も、すべての輪郭が、時間とともに意味を失っていく。彼が知っているのは、足の裏で感じる天板の冷たさと、遠くで動く二人の女の気配だけだった。
この大きさになってから、彼の世界は、女たちの身体の一部を切り取った景色でできている。
桜の爪先が、空を覆うように動く。彼女が足を組み替えるたび、床の上に黒い影が走り、数メートル先の埃が波立つ。爪の先端に当たった空気の流れだけで、体が転がり、膝を打った。
「……あ、また、なんかいた」
桜の声が、地響きを伴って空から落ちてくる。彼女は作業台に頬杖をつき、目線を足元近くへ落としていた。黒い瞳の焦点が、拓真の立っているあたりを横切り、何かを探すように止まる。
「どこですか?」
彼女の指先が、天板の上を、ゆっくりと掻いた。人差し指の腹の、ほんの数ミリの動き。それだけで、拓真の全速力では逃げきれない範囲の床が、白く曇った肉の平野に変わった。指紋の間の溝が、深い谷になり、爪の付け根から先へむかって、透明なカーブが押し寄せる。
「わかんない。ちっちゃすぎて、あたし、目が疲れてきた」
「あれのそばよ。あなたの、つい昨日まで落ちていた、涙のあとの先」
綾女は、部屋の奥から、端的に答える。彼女の声は、拓真には、天井の全面がゆっくりと下がってくるような、鈍い圧力として響いた。
「ああ、あの、黒い点みたいなやつ」
桜が、顔を寄せてくる。
彼女の前髪が、黒い幕のように空を隠し、その奥から、二つの瞳が、焦点を結ぼうとする。呼吸が、深夜の浜に寄せる波のように、重く、あたたかく、湿って、拓真の全身を何度も濡らした。
「ほんとに、ここにいるんでしょ。先輩、生きてます?」
指先が、目の前に置かれる。先端の爪の厚みは、数階建ての建物に等しかった。拓真は反射的に、その表面へ手を伸ばした。
触れた。
桜の爪は、つるりとしていて、冷たく、少しだけ体温が残っている。彼の手のひらでは、どうやっても覆いきれない。腕を伸ばしても、足を踏ん張っても、ただ一つの爪の表面すら、自分という存在の小ささを思い知るための壁でしかなかった。
「……触ってる。なんか、爪の先、くすぐったいっす」
「ふふ。彼は、生きているのね。まだ、桜ちゃんの爪に触れようとしている」
綾女が椅子から立ち上がる音がした。床が、遠い。空気の流れが部屋全体を一回りして、拓真の体を揺らす。
「飽きないのね。もう、他人の爪に手を伸ばすことしかできない体なのに」
彼女の声が、しだいに優しくなっていく。あの、甘やかな、実験室の女の声。命令ではなく、ねぎらいのようでありながら、その底に、爪先で潰すか潰さないかを選ぶ余裕が流れている。
「あたし、こいつのこと、もう、男として見てないっす。だって、これですよ? 爪にすら届かない。埃の塊と、同じ景色の中にいる。……なのに、時々、足元で動いてるの、わかるんです。あの、ホコリより小さいところで」
「あなたも、十分、小さくなってきた。……桜ちゃん、もう一度、彼を舐めてあげる?」
「舐めても、味しなさそうですよ。昨日までは、汗の味がしたのに。……あ、でも、声は、まだ、聞こえないけど、反応はする。わたしの唾がかかると、勝手に、腰、ぴくぴくさせてる」
桜の唇が、笑いをふくんで、ゆっくりと開いた。
「やめろ……、やめてくれ……っ」
拓真は、彼女の爪から手を離し、数歩、後退った。
声は、自分の足元に落ちて、すぐに消える。桜の顔が、依然として空の全面に在る。彼女が吐息を漏らす。歯の白い側面が、日差しのようにぎらついた。
「聞こえない。先輩の声、ほんとに、もう、なんにも。……ね、綾女さん。これ、どうして、まだ動いてるんですかね。あたしが、気づかず踏んだら、死ぬのに」
「だから、今は私が見てあげてるの」
桜の背後から、白いものごしに、綾女の顔が近づいてくる。拓真の世界では、もはや、彼女は「女神」という言葉がぴたりとくるものだった。天のすべてを背負って、声だけで床を震わせる、白い、大きな影。
「篠宮さん。今、あなたが、それでも自分を保っていられるのは、私の手のひらと同じ広さの世界に、偶然、落とされているだけよ。あなたの体も、この部屋の空気も、私たちの吐息ひとつで揺れる。それでも、心臓が動いている。……愛おしいわ」
綾女の指が、ゆっくりと下りてきた。人差し指の腹が、床の、拓真から数センチ外れた場所で止まる。皮膚の表面を、彼の世界のすべてだと思えるほど近くに。
「ほら。ここまで近い。乗りなさい」
声が降る。黒い、波のような音。
拓真は、動けなかった。頭のどこかで、逆らわなければ、まだ、生きていられる、と思う自分がいる。指先に従って、この柔らかな地面に乗れば、せめて、桜に見つけてもらえる位置まで持ち上げてもらえる。
「いやだ」
そう言って、首を振った。
綾女が、指先を、床に押しつけた。世界が、傾ぐ。
「どうして? 自分が、どのくらいの大きさか、まだ、わかっていないみたいね」
彼女の指の腹が、ごくわずかに、ずれた。その横滑りの軌道に、拓真の体がかする。床と指のあいだに挟まれた空気が、破裂する。肩を打ち、視界が回り、天板の上へ、豆粒よりも小さな体が曳きずられていく。
「あ……ッ」
全身が、圧力と摩擦に擦られた。骨が、というよりも、内臓が、外からぐにゃりと曲げられていく。
「いやだ、やめて、ま、て……っ」
「待たない。あなたは、私の指先で、こうも簡単に、転がるの。それなのに、まだ、自分の言葉で拒否をするの?」
綾女の指が、今度は、拓真を覆い隠すように、真上から下りてきた。影が、目の前に落ちる。指の腹の表面が、天井にも壁にも床にもなって、彼の世界を包み込む。肌が、圧力を受ける前に、すでに、相手の指の温かさと匂いで満たされた。
「もう、なにも、考えなくていいの。あなたは、私たちの、この床の世界に、落としておくには、あまりに惜しい。……飼って、あげる」
綾女の指が、拓真の体を、そっと、摘んだ。
それは、本当に、ごく軽い力だった。女が、落ちた米粒をつまみ上げる、あれと同じ、無造作な優しさ。
空へ、昇っていく。
作業台が、遠ざかる。桜の顔が、斜め下から、こちらを見送っている。彼女の黒い瞳の中に、ちいさな白い部屋が、丸ごと映っていた。唇が、なにごとか、かたちを変える。
「……ばいばい、先輩」
風の音に混じって、そう、聞こえた気がした。
持ち上げられて、拓真は、綾女の顔を見た。銀縁の眼鏡。黒い前髪。厚みのある唇。陶器のような頬。
「少し、休ませてあげる。……それから、また、私のために、鳴いて」
彼女の指先が、小さな透明な箱の上へ、彼を運んでいく。中には、白い布の切れ端と、匂いの染みついた、もう一つの布が敷かれていた。おそらく、彼女が身につけていた物の、あて布の欠片。
拓真は、その上に、下ろされた。
落ちる、のではない。そっと、置かれる。それでも、布の繊維の一本一本が、太い木の幹のように体を囲み、彼の背丈を、何十倍もの高さで見下ろしていた。布の目に顔を埋めると、綾女の体温が、かすかに、残っていた。
「……ちくしょう」
声は、かすれて、繊維の谷間に、吸い込まれていく。
「俺は、……まだ、……」
白い指が、箱の上へ、ふたをする。光が、透明な板をとおして、やわらかに濁った。
桜の影が、遠く、机の向こうで、立ち上がったのが見えた。彼女の身体が、あの、かつて拓真が、男として知っていた、きれいな後輩の裸身のまま、異様に大きく、のびあがっている。
「先輩、また、あとで」
彼女の声は、もう、彼にではなく、部屋に響いていた。
綾女が、箱を、白衣の胸元へ、そっと引き寄せる。黒い布と、白い肌の匂いと、あたたかい影の中で、拓真は、自分が、二人の女の会話の、かすかな振動のようにしか、存在できなくなったことを知る。
「おやすみなさい。私の、いちばん小さな、愛玩動物」
蓋のむこうで、白い世界が、静かに、揺れつづけていた。