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「岡崎さん、今回の治験に参加してくれて本当にありがとうございます」

白衣を着た研究員の女性が丁寧に頭を下げた。彼女の名札には「佐々木理沙・主任研究員」と記されている。

「いえ、こちらこそ。大学の研究費だけでは生活が厳しくて…」

岡崎龍一(28歳)は苦笑いを浮かべながら答えた。大学院博士課程に在籍する彼にとって、この高額報酬の治験は渡りに船だった。

「ネオライフ・クリエイションズの最新バイオテクノロジーの治験ということですが、具体的にはどんな内容なんでしょうか?」

佐々木は微笑みながらタブレットを操作し、壁面のディスプレイに資料を映し出した。

「私たちは『ヒューマンペット』というプロジェクトを進めています。これは遺伝子操作技術を用いて、人間の体格を大幅に縮小させる画期的な研究です」

ディスプレイには様々なグラフや図表が映し出される。岡崎は眉をひそめた。

「縮小…ですか?」

「はい。現在のところ、約7センチメートルまでの縮小に成功しています。もちろん、知能や人格はそのままです。ただ体が小さくなるだけなんです」

佐々木の説明は淡々としていたが、その内容は常識を覆すものだった。岡崎は思わず笑ってしまう。

「冗談ですよね?そんな技術、あるわけないじゃないですか」

「いいえ、冗談ではありません」

佐々木は真剣な表情でタブレットを操作し、別の映像を映し出した。そこには小さな人間—おそらく10センチにも満たない大きさの男性が、特殊な容器の中で生活している様子が映っていた。

「これは…」

「先行被験者のひとりです。三ヶ月前から縮小状態で生活しています。健康状態は良好で、知能テストでも縮小前と変わらない結果を示しています」

岡崎は映像に釘付けになった。小さな人間は本を読んだり、特殊な装置で食事をしたりしている。明らかに人形ではなく、生きた人間だった。

「信じられない…」

「私たちの技術は既に実用段階に入っています。今回の治験では、縮小過程のデータ収集と、縮小後の生活適応に関する研究を行います。報酬は前払いの500万円に加え、実験終了後にさらに1000万円をお支払いします」

「終了後…というのは、元に戻るということですか?」

佐々木は少し表情を曇らせた。

「現時点では、縮小プロセスを完全に逆転させる技術は確立していません。ただ、理論上は可能です。その研究も並行して進めています」

岡崎は唖然とした。つまり、この実験に参加すれば、当分の間—もしかしたら永久に—小さな体で生きることになるのだ。

「それは…」

「もちろん、断っていただいて構いません。ただ、この治験の内容は極秘事項です。守秘義務契約にサインいただいていますので、外部への漏洩は厳禁です」

岡崎は頭を抱えた。大学院での研究は行き詰まり、奨学金の返済も迫っている。この報酬があれば、当面の金銭問題は解決する。しかし、その代償は…。

「考える時間をください」

「もちろんです。ただ、被験者の選考は今週中に終了します。早めのご決断をお願いします」

佐々木は名刺を差し出した。岡崎はそれを受け取り、重い足取りで研究施設を後にした。

三日後、岡崎は決断を下した。彼は佐々木に連絡し、治験への参加を告げた。

「ご決断、ありがとうございます」

白い実験室で、佐々木は満足げに微笑んだ。岡崎の隣には既に契約書と500万円分の振込証明書が置かれていた。

「最後にもう一度確認させてください。この実験に参加すると、あなたは約7センチメートルの大きさになります。元の大きさに戻れる保証はありません。それでも参加されますか?」

岡崎は深呼吸をした。

「はい。参加します」

「素晴らしい。では、こちらにサインをお願いします」

岡崎が契約書にサインをすると、佐々木は別の女性研究員を呼び入れた。

「こちらは鈴木美香研究員です。縮小プロセスを担当します」

鈴木は20代後半と思われる知的な雰囲気の女性だった。彼女は岡崎に向かって軽く会釈した。

「よろしくお願いします、岡崎さん。これから一週間、縮小前の準備期間に入ります。毎日、特殊な薬剤を投与し、体を縮小に適応させていきます」

岡崎は緊張した面持ちで頷いた。これから自分の身に起こることを想像すると、恐怖と好奇心が入り混じった感情が湧き上がってきた。

準備期間の一週間は、予想以上に過酷だった。毎日投与される薬剤は、体内の細胞を徐々に変化させ、縮小に耐えられるようにするものだった。副作用として、激しい頭痛や吐き気、時には幻覚まで見るようになった。

「これは正常な反応です」

鈴木研究員は冷静に説明した。

「あなたの細胞構造が変化しているんです。DNAレベルでの再構成が行われています」

岡崎は病院のベッドで唸った。全身が火照り、汗が噴き出している。

「もう…やめたい…」

「我慢してください。この過程を中断すると、取り返しのつかない細胞損傷を起こす可能性があります」

鈴木の声は厳しかったが、彼女の目には僅かな同情の色が浮かんでいた。

「あと少しです。明日には準備が完了します」

岡崎は苦しみに耐えながら、自分がなぜこんな実験に参加したのかを考えた。金のためだけだったのか?それとも、破綻した研究生活から逃れたかったのか?

翌日、岡崎の体調は驚くほど回復していた。頭痛も吐き気も消え、むしろ体が軽く感じられた。

「準備は整いました」

佐々木主任研究員が満足げに告げた。

「明日、いよいよ縮小プロセスを開始します」

縮小室は完全に密閉された空間だった。中央には特殊なカプセルが設置されており、その周囲には複雑な機械が並んでいる。

「このカプセルの中で縮小が行われます」

鈴木研究員が説明した。

「プロセスは約12時間かかります。最初の数時間は意識がありますが、痛みを感じないよう、途中で麻酔を投与します」

岡崎は緊張で喉が乾いた。

「本当に…大丈夫なんですよね?」

「これまでの被験者全員が無事にプロセスを完了しています。心配いりません」

佐々木の言葉に少し安心しながらも、岡崎は不安を拭えなかった。

「では、これを着用してください」

鈴木が差し出したのは、薄い素材でできた全身タイツのようなものだった。

「縮小中、皮膚が均等に収縮するのを助けます。これがないと、皮膚にシワができたり、最悪の場合は裂けたりする可能性があります」

岡崎は言われるままに着替え、カプセルに横たわった。カプセルの蓋が閉まり、密閉音がした。

「これから縮小プロセスを開始します」

スピーカーから鈴木の声が聞こえた。

「最初に特殊ガスを注入します。深呼吸をして、リラックスしてください」

カプセル内に無色透明のガスが充満し始めた。岡崎は言われるまま深呼吸をした。すると、体が徐々に重く感じられ、意識が朦朧としてきた。

「正常に反応しています。第一段階を開始します」

鈴木の声が遠くなっていく。岡崎の視界がぼやけ、やがて完全に意識を失った。

意識が戻ったとき、岡崎は激しい違和感を覚えた。体が軽い。そして、周囲の景色がおかしい。天井が異様に高く、カプセルの内壁が巨大に見える。

「あ…」

自分の声が聞こえた。少なくとも、意識ははっきりしている。

「岡崎さん、聞こえますか?」

天井から巨大なスピーカーを通して、鈴木の声が響いた。

「は、はい…」

「良かった。縮小プロセスは無事に完了しました。現在のあなたの身長は約7.2センチメートルです」

7.2センチ。その数字の意味を理解するのに、岡崎は数秒かかった。

「これから、カプセルを開けます。驚かないでください」

カプセルの蓋がゆっくりと開くと、巨大な天井が見えた。そして、巨人のような鈴木研究員と佐々木主任研究員の顔が覗き込んでいた。

「おはようございます、岡崎さん」

佐々木の声は轟音のように感じられた。岡崎は思わず耳を塞いだ。

「あ、すみません」

佐々木は声のボリュームを下げた。

「聴覚も調整が必要ですね。鈴木さん、特殊イヤホンを準備してください」

鈴木はうなずき、小さな—といっても岡崎からすれば巨大な—装置を取りに行った。

「気分はどうですか?」

「…信じられません」

岡崎は自分の体を見下ろした。全身タイツは体と一緒に縮小しており、ぴったりと体にフィットしている。手を動かし、足を曲げてみる。すべて正常に機能しているようだった。

「素晴らしい。運動機能に問題はないようですね」

鈴木が戻ってきて、カプセルの中に小さなイヤホンを置いた。岡崎にとっては、ちょうど良いサイズだった。

「これを装着してください。外部音を適切なレベルに調整します」

岡崎はイヤホンを耳に入れた。すると、巨大な研究員たちの声が、適切な大きさに調整された。

「よし、これで会話ができますね」

佐々木は満足げに言った。

「では、カプセルから出てみましょうか」

鈴木が巨大な手を差し出した。岡崎は躊躇したが、意を決して彼女の手のひらに乗った。

「わっ!」

急に持ち上げられる感覚に、岡崎は思わず鈴木の親指にしがみついた。

「大丈夫ですよ」

鈴木は優しく微笑んだ。その表情は、岡崎の視点からは巨大で圧倒的だった。

「まずは基本的な検査をしましょう。それから、あなたの新しい住居をお見せします」

岡崎は呆然としながらも、自分の置かれた状況を徐々に理解し始めていた。これが今後の自分の現実なのだ。7センチの小さな人間として、巨人たちの世界で生きていくことになる。

佐々木が満足げに言った。

「岡崎さん、あなたは今日から正式に『ヒューマンペット』プロジェクトの一員です。これからよろしくお願いします」

その言葉に、岡崎は言いようのない不安を覚えた。「ペット」という言葉が、妙に引っかかった。

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