禁忌の夜 (Pixiv Fanbox)
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圧倒的な夏
蒸し暑い夜だった。窓の外からは、まるでこの街全体を茹で上げようとしているかのような湿った空気が、カーテンの隙間を通してじわりじわりと部屋の中に染み込んでくる。エアコンの風だけが唯一の救いだったが、それでも桃子の肌にまとわりつくような熱気を完全に拭い去ることはできなかった。
桃子は薄暗いリビングのソファに身を沈め、天井を見つめていた。体にはまだ、会社で着ていた濃紺のタイトなワンピースが張り付いたままだ。胸元を強調する深いVネックのデザインは、五十五歳の彼女の年齢を考えれば少し大胆すぎるかもしれない。けれども、こんな服を着て、誰かに見てもらいたいという虚しい願望が、彼女の心のどこかに常に巣食っていた。脚には黒いガーターストッキングが、太ももの付け根でわずかに食い込み、そこから伸びるレースの飾りが、薄暗い照明の下で艶めかしく浮かび上がっている。自分のその姿が、だらしなく、同時に場違いなほど色っぽいことを、桃子自身もぼんやりと自覚していた。
夫はとっくに寝室で眠っている。規則正しい、しかしどこか他人行儀な寝息が、閉じられたドアの向こうから微かに聞こえてくるようだった。もう何年になるだろうか。彼が桃子に触れることはおろか、まともに目を見て話すことさえ稀になった。彼にとって自分は、家事をこなし、時に隣で眠るだけの、ただの「同居人」でしかないのだろう。その冷え切った現実が、今夜はことさら桃子の胸の奥を締め付ける。体の奥底で、何かが渇き、うずいている。このまま枯れてしまうのか。誰にも求められず、女として見られることもなく、ただ年老いていくだけなのか。虚しさと、名状しがたい苛立ちが、熱い塊となって喉元にせり上がってくるのを感じた。
その時、玄関の鍵が回る音がした。
ガチャリという無機質な音に続いて、重い足音が廊下に響く。息子のジェイだ。三十五歳になり、仕事の疲れを全身にまとわりつかせて、彼はリビングへと入ってきた。スーツのジャケットを片手に提げ、ネクタイを緩め、第一ボタンを外した姿は、疲労の色が濃い。
「ただいま……」
そう言いかけたジェイの視線が、ソファに横たわる母親の姿を捉え、その動きが一瞬、止まった。桃子の乱れたワンピースの裾から伸びるふくよかな太もも、そして黒いガーターストッキングの際どい境界線。照明に照らされた肌の白さと、深い影のコントラストが、妙に生々しい。ジェイの喉が、無意識に上下する。彼は慌てて目をそらし、手に持ったジャケットを力なくソファの端に置いた。
「……母さん、まだ起きてたのか。こんな格好で寝ると、風邪引くぞ」
声が、少し掠れている。桃子はゆっくりと体を起こし、気だるそうに髪をかき上げた。
「ああ、おかえり。あんたこそ、遅かったわね。ご飯は?」
「いや、いい。食欲ないんだ」
ジェイはそう言うと、ネクタイを完全に引き抜き、桃子から視線を外したまま台所へと向かった。冷蔵庫から冷えた麦茶のポットを取り出し、コップに注ぐ。その一連の動作は、どこかぎこちなかった。桃子もまた、ソファから立ち上がり、裸足のままゆっくりと台所へ歩いていく。冷たいフローリングの感触が、火照った足の裏に心地よい。
「疲れてるみたいね。何かあったの?」
桃子は、ジェイの隣に立ち、手元を覗き込むようにして尋ねた。彼女の体から、微かに汗と混ざった甘い香水の匂いが立ち上る。ジェイは麦茶を一気に飲み干すと、深いため息をついた。
「別に……ただ、いろいろと、うまくいかなくて」
彼はコップをシンクに置き、両手をカウンターの縁についた。うつむいた横顔に、苦渋の色が浮かんでいる。
「彼女と、また喧嘩でもしたの?」
桃子の問いに、ジェイは自嘲気味に笑った。
「喧嘩にもならないよ。もう、ずっと前から、そういうんじゃないんだ。触れ合うことも、まともな会話も、何もかもが冷え切ってる。一緒に住んでるだけで、空気みたいな存在だよ、お互いに」
その言葉は、桃子自身の心の叫びと、あまりにも残酷なほど符合していた。桃子は何も言えず、ただシンクの水滴が落ちる音だけが、沈黙の中で妙に大きく響く。
「……お父さんも、そうよ」
桃子は、まるで独り言のように、かすれた声で呟いた。
「もう何年も、私はあの人にとって、ただの空気。女ですらないんだわ」
彼女は自分のワンピースの裾を、意味もなく指で弄った。その指先は、微かに震えている。共通の孤独を、互いに吐露した瞬間だった。親子というよりは、同じ傷を舐め合う、二匹の傷ついた獣のように。
「母さん……」
ジェイが顔を上げ、横に立つ桃子を見つめた。その眼差しに、先ほどまでのぎこちなさはなく、代わりに深い同情と、何か別の、昏い光が揺らめいている。二人の距離は、すぐそこだった。手を伸ばせば、互いの体温を感じられるほどに。
「もう、遅いわ。明日も仕事でしょ。休みなさい」
桃子はその視線から逃れるように、一歩後ずさり、無理に明るい声を作った。
「……ああ。母さんも、おやすみ」
ジェイは我に返ったように瞬きをし、再びうつむいた。重苦しい空気を引き裂くように、彼は足早に台所を出て、自分の部屋へと消えていった。その後ろ姿を見送りながら、桃子は自分の心臓が、これまでにないほど激しく脈打っていることに気づく。その鼓動は、恐怖か、期待か、それとも全く別の感情なのか、彼女自身にも判断がつかなかった。
桃子は再びリビングへ戻り、ソファに横たわった。目を閉じるが、先ほどのジェイの、熱を帯びたような眼差しが瞼の裏に焼き付いて離れない。体の奥で、何かが疼き、熱を持ち始める。眠りは浅く、彼女の意識は現実と夢の狭間を彷徨った。
やがて、夢を見た。それは、ぼんやりとした、しかし感覚だけは異様に鮮明な夢だった。誰かの手が、彼女の脚のガーターストッキングの上を、ゆっくりと這い上がってくる。その手は大きく、厚みがあり、男の手だ。夫の、乾ききった手ではない。もっと若く、力強い指が、レースの模様をなぞり、太ももの内側へと滑り込もうとする。桃子は息を詰め、身をよじるが、体は金縛りにあったかのように動かない。顔は見えない。ただ、暗がりの中で、自分を見下ろす男の熱い吐息だけを感じる。その息遣いには、どこか覚えがあった。馴染み深く、同時に、絶対に認めてはいけないもの。禁じられた香り。
「……いや……」
かすれた拒絶の声は、しかし歓喜の吐息のようにも聞こえた。指が、彼女の最も敏感な場所へと触れようとした瞬間、桃子は激しい動悸と共に目を覚ました。
全身に汗をかいている。心臓が喉から飛び出しそうだ。体の芯が、熱く脈打っている。桃子はソファの上で身を起こし、自分の両肩を抱きしめた。夢の中の、あの感覚。あれは、ただの夢だったのか。それとも、自分の心の奥底に渦巻く、どす黒い欲望が見せた幻だったのか。
窓の外から、湿った夜風がカーテンを揺らし、彼女の火照った頬を冷やしていく。けれども、一度火のついた体の熱は、決して消えそうになかった。桃子は、自分がもう、昨夜までの自分ではない、全くの別人になってしまったような、そんな取り返しのつかない感覚に、ただ震えることしかできなかった。
プールでの偶然の出会い
夕方の陽射しが団地の共用プールの水面に細かく砕け、きらめく光の帯を描いていた。桃子は更衣室の薄暗い蛍光灯の下で、手にした水着をじっと見つめていた。先週、通販サイトで思い切って購入した紺色のワンピースタイプの水着。サイズ表を何度も確認して選んだはずなのに、実際に手に取ってみると、布地の面積があまりにも少なく感じられた。
彼女は深く息を吐き、覚悟を決めて服を脱ぎ始めた。ブラウスのボタンを一つひとつ外し、タイトスカートのファスナーを下ろす。ストッキングを慎重に丸めながら脱ぎ去り、最後に下着を外すと、更衣室の鏡に映る自分の裸体に思わず目を逸らした。
五十五歳。重力に逆らえず下垂し始めた乳房、出産の痕跡が残る腹部、そして長年のデスクワークで形を変えた腰回り。だが同時に、彼女の肌は同年代の女性と比べて驚くほど滑らかで、太腿は豊かに丸みを帯び、胸元にはまだ張りがあった。
桃子は水着を足から通し始めたが、太腿のあたりで布地がぴたりと張り付き、なかなか上に上がらない。彼女は少し腰をかがめ、両手で布地を引き上げようと格闘した。ようやく腰まで持ち上げると、今度は胸の部分がきつく、肩紐を調整しても肉が脇からはみ出してしまう。
「はあ……やっぱり無理だったかしら」
彼女は小さく呟きながら、水着の端を引っ張って食い込んだ部分を直そうとした。太腿の付け根に布地が深く食い込み、臀部のラインがくっきりと浮き出ている。胸元は谷間が深く刻まれ、鎖骨から胸の上部にかけての肌が露わになっていた。桃子は鏡の前で何度も体の向きを変え、後ろ姿を確認しようと首を捻った。
「桃子さん、準備はいかがですか?」
更衣室の外からスタッフの声がかかった。桃子は慌ててバスタオルを手に取り、肩から羽織った。
「は、はい、もう少しで……」
彼女はタオルの端をぎゅっと握りしめ、できるだけ体を隠そうとしながら更衣室を出た。
プールサイドに立つと、塩素の匂いが鼻をついた。平日の夕方ということもあり、利用者はまばらだ。遠くのコースで高齢の男性がゆっくりと平泳ぎをしているだけで、あとは誰もいない。
桃子はタオルを外し、プールサイドのベンチに置いた。途端に、自分の姿が丸裸になったような気がして、両腕で胸の前を隠すような姿勢をとってしまう。
「桃子さん、こちらへどうぞ」
スタッフの女性が手招きする。桃子はおずおずと歩み寄った。
「実は、本日担当する予定だったコーチが急病でして……でもご安心ください。代わりのコーチを手配しましたので」
「そうだったんですか」
「はい、以前ここでアシスタントコーチをしていた方で、たまたま連絡がつきまして。もうすぐ到着すると思います」
桃子は軽くうなずいた。誰であれ、きちんと教えてくれればそれでいい。彼女は水への恐怖心を克服したかった。若い頃に海で溺れかけた経験があり、それ以来ずっと水が怖かったのだ。だが最近、健康診断で医者から適度な運動を勧められ、思い切って水泳を習うことにしたのだった。
五分ほど待っただろうか。プールの入り口の扉が開き、男性が入ってくる足音がした。桃子は何気なく振り返り、そして息を呑んだ。
「……ジェイ?」
そこに立っていたのは、息子のジェイだった。
ジェイもまた、目の前にいる女性が自分の母親だと認識するまでに数秒を要した。彼は一瞬息を止め、無意識に喉を鳴らした。
母親の姿は、彼の記憶にあるものとはあまりにかけ離れていた。紺色の水着に包まれた肢体は、豊満という言葉では到底足りないほどに肉感的で、布地が今にも弾けそうなほど体に密着している。水滴一つない乾いた状態ですらこれならば、濡れたらどうなるのか——そんな考えが一瞬脳裏をかすめ、彼は慌てて目をそらした。
「母さん……なんでここに?」
ジェイは平静を装いながら近づいた。声が少し上ずっているのを自覚し、咳払いを一つする。
「水泳教室に申し込んだのよ。あなたこそ、どうして?」
「俺、学生の頃ここでバイトしてたんだ。さっきスタッフから連絡があって、代役を頼まれて」
そう言いながら、ジェイは母親の姿を直視しないよう努めた。だが視界の端には、どうしても彼女の肢体が入り込んでくる。水着の肩紐が食い込んだ肩のくびれ、腰から腿にかけての曲線、そして布地の下で存在を主張する胸の膨らみ。
「そうだったの……じゃあ、今日はあなたが教えてくれるのね」
桃子の声には、困惑と同時にかすかな安堵が混じっていた。知らない男性に体を触られるよりは、息子の方がまだましだ——彼女はそう自分に言い聞かせた。
「ああ。まずはストレッチから始めよう」
ジェイはコーチとしての立場に意識を切り替えようと努めた。彼はプールサイドに敷かれたマットを指さした。
「ここに座って、足を伸ばして」
桃子は指示に従い、マットの上に腰を下ろした。太腿の裏側の肉がマットに押し付けられて広がる。彼女は気恥ずかしさから、無意識に水着の裾を引っ張った。
「まずは前屈。ゆっくり息を吐きながら、できるところまで上体を倒して」
ジェイは母親の正面に膝をつき、手本を見せるように自身も前屈してみせた。桃子はそれに倣い、息を吐きながら上体を前に倒していく。
「そう……もっと深く」
ジェイの手が、桃子の背中にそっと置かれた。温かい掌の感触に、桃子の肩がびくりと跳ねる。
「力を抜いて。大丈夫だから」
彼はそう言いながら、ゆっくりと彼女の背中を押した。布越しに伝わる体温と、母親の背中の柔らかな曲線。ジェイは自分の手のひらがわずかに汗ばむのを感じた。
「次は肩回し。両手を肩に置いて、大きく円を描くように」
桃子は立ち上がり、言われた通りに肩を回し始めた。その動きに合わせて、胸元が上下に揺れる。ジェイは視線を横にそらし、プールの水面をじっと見つめた。
「よし、じゃあ次は腰のストレッチ。足を肩幅に開いて、腰に手を当てて」
桃子が腰に手を当てた姿勢をとると、ジェイは彼女の背後に回った。
「このままゆっくり腰を回して……そう。もっと大きく」
彼の両手が、桃子の腰のくびれにそっと添えられた。水着の薄い布地一枚を隔てて、指先に伝わる肌の柔らかさと体温。ジェイは自分の心臓が早鐘を打ち始めるのを感じ、慌てて手を離そうとした。
だがその瞬間、桃子の体がわずかによろめいた。
「あっ……」
「危ない」
ジェイはとっさに彼女の腰をしっかりと支えた。両手が腰骨のあたりをがっしりと掴み、親指が背中のくぼみに食い込む。桃子の背中が彼の胸に触れるか触れないかの距離まで近づく。
二人の動きが、ぴたりと止まった。
桃子の耳元に、ジェイの吐息がかかる。首筋に感じる生温かい風に、彼女の肌が粟立った。腰に触れる息子の手は、思いのほか力強く、そして熱い。
「……大丈夫か」
ジェイの声が、少し掠れていた。
「え、ええ……ありがとう」
桃子は声が震えないよう必死に堪えながら答えた。だが腰に触れる手の熱が、じわじわと体の奥深くに染み込んでくるようで、彼女は無意識に太腿を擦り合わせていた。
ジェイは名残惜しさを感じつつも、ゆっくりと手を離した。指先が水着の布地から離れる瞬間、ゴムの部分がわずかに肌に食い込んでいた跡が赤く残っているのが見えた。
「じゃ、じゃあ、そろそろプールに入ろうか」
彼はわざと明るい口調で言い、先にプールサイドから水に入った。冷たい水の感触が、熱くなった体を少しだけ冷ましてくれる。
桃子も恐る恐る梯子に手をかけ、一段ずつ水の中へと降りていった。水が腰のあたりまで達すると、水着の布地が水を吸ってぴたりと肌に張り付く。胸元の食い込みがさらに強くなり、彼女は慌てて胸の前で腕を組んだ。
「大丈夫、浅いところから始めるから」
ジェイは母親の前に立ち、両手を差し出した。
「まずは水に慣れることから。俺の手を持って、ゆっくり歩いてみて」
桃子はおずおずと息子の手を取った。水中で触れ合う手と手。ジェイの大きな手のひらが、彼女の手を包み込むように握る。
「そう、ゆっくりでいい。足の裏でプールの底を感じながら」
桃子は息子に手を引かれながら、ゆっくりと歩き始めた。水の抵抗が思ったより強く、一歩進むごとに体がふらつく。
「あっ……」
彼女がまたバランスを崩した。ジェイはとっさに彼女の腕を掴み、引き寄せる。
「大丈夫、俺がついてるから」
彼は母親の体が安定するまで、彼女の二の腕をしっかりと支え続けた。水中で揺れる桃子の肢体。水に濡れた水着はほとんど肌の色が透けて見えるほど密着し、胸元の谷間には水滴が光っている。
ジェイは無理やり視線を母親の顔に固定した。
「次は、壁につかまってバタ足の練習をしよう」
彼は桃子をプールの壁際まで導き、縁に手をかけさせた。
「体をまっすぐに伸ばして。そう、顔は水面に向けて」
桃子が言われた通りに体を伸ばすと、水着が臀部に深く食い込んだ。水中に浮かぶ彼女の下半身は、太腿からふくらはぎにかけてのラインが驚くほど美しく、足首は細くしなやかだ。
「じゃあ、足を上下に動かして。膝を曲げすぎないように。そう、小さく速く」
ジェイの視線が、母親の足の動きを追う。白い太腿が水中で揺れ、水しぶきが小さく上がる。規則正しく動く足の動きは、どこか官能的ですらあった。
「そう、上手だ。その調子」
彼は母親の腰のあたりに手を添え、正しい姿勢を保てるように支えた。水中で触れる腰のくびれ。水の抵抗で布地がずれ、指先が直接肌に触れてしまう。
ジェイの指が、偶然にも水着の端が食い込んだ腰骨のあたりをなぞった。桃子の体がびくんと震える。
「ご、ごめん……」
彼は慌てて手を引っ込めようとしたが、桃子は小さく首を振った。
「だ、大丈夫……続けて」
彼女の声はかすかに震えていたが、それは恐怖からではなかった。腰に触れた指先が残した熱の余韻が、じわじわと体の中心に向かって広がっていく。長年感じたことのない、甘い疼きのような感覚。
桃子は自分が今、何を感じているのかを認めるのが怖かった。相手は自分の息子だ。血を分けた我が子だ。それなのに、彼の指が触れるたびに、体の奥がきゅうっと締め付けられるような感覚に襲われる。
「じゃあ、次は俺の手を持たずに、一人でバタ足をしてみようか」
ジェイの声が、少し上ずっているのが自分でもわかった。彼は母親から少し距離を取り、正面に立った。
「俺のところまで、バタ足で進んできて。大丈夫、すぐそばにいるから」
桃子は壁から手を離し、恐る恐るバタ足を始めた。最初はゆっくりと、徐々に速度を上げていく。
「そう、いいぞ。そのまま——」
だが次の瞬間、桃子の足の動きが乱れた。左足と右足のタイミングがずれ、体が水中で大きく傾く。
「あっ……!」
彼女はパニックに陥り、手足をばたつかせた。体が完全にバランスを失い、前のめりに倒れ込む。
「母さん!」
ジェイがとっさに両腕を広げた。次の瞬間、桃子の体全体が彼の胸に飛び込むようにぶつかってきた。
水しぶきが大きく上がり、二人の体が水中で密着する。
ジェイの胸に、母親の柔らかな乳房が押し付けられた。水に濡れた水着越しに、その弾力と温もりがありありと伝わってくる。彼の腕は反射的に彼女の背中に回され、腰のあたりをしっかりと抱きしめていた。
桃子の顔が、彼の肩口に埋まる。彼女の吐息が首筋にかかり、濡れた髪の毛先が彼の腕に絡みついた。
二人の下半身もまた、水中でぴったりとくっついていた。桃子の太腿がジェイの脚の間に挟まり、彼の膝が彼女の内腿に触れている。
時間が、完全に停止したかのようだった。
プールの水音だけがやけに大きく響き、遠くで泳いでいた高齢男性の水をかく規則的な音が、別世界の出来事のように感じられた。
ジェイは動けなかった。腕の中にある母親の体——五十五歳とは思えないほど滑らかな肌の感触、豊かな胸の弾力、腰のくびれから臀部にかけての官能的な曲線——それらすべてが、彼の理性を根こそぎ奪っていく。
そして何より、彼自身の体が正直に反応し始めていることに、彼は恐怖にも似た感情を抱いた。水中で密着した下半身。水着の薄い布地越しに、自分の変化が母親に伝わってしまうのではないか。
桃子もまた、身動き一つできなかった。息子の胸に顔を埋めたまま、彼女は自分の心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動しているのを感じていた。
彼の腕に抱かれた瞬間、全身を電流のようなものが走り抜けた。腰に回された腕の力強さ、胸板の厚み、そして水中で触れ合う下半身から伝わる熱——。
彼女は自分の体の奥深くで、何かが熔け出していくのを感じた。長年押し殺してきた渇望が、理性の箍を外そうと暴れ始めている。夫との冷え切った関係、長い間誰にも触れられなかった肌、女として見られることなく過ごした歳月——それらすべてが、今この瞬間、息子の腕の中で激しく蘇ってきた。
だが同時に、頭の片隅で警鐘が鳴り響いている。
これはいけない。相手は自分の息子だ。絶対に越えてはいけない一線だ。
それなのに——なぜ、こんなにも彼の腕から離れたくないと思ってしまうのか。
なぜ、彼の手がもっと強く自分を抱きしめてくれることを望んでしまうのか。
なぜ、このまま時間が止まってしまえばいいと、心の底から願ってしまうのか。
プールの水が、二人の体の間で静かに揺れていた。
先に動いたのは、ジェイだった。
「……ごめん。大丈夫か」
彼はゆっくりと腕の力を抜き、母親の体から離れた。声は平静を装っていたが、その目は明らかに動揺を隠しきれていなかった。
「え、ええ……ごめんなさい、私、足がもつれちゃって」
桃子も慌てて体を起こし、水着の乱れを直すふりをしながら顔を伏せた。彼女の頬は真っ赤に染まり、耳の先まで熱くなっている。
二人の間に、重苦しい沈黙が流れた。
プールの照明が、夕暮れの薄明かりの中で自動的に点灯し始める。水面に反射する光が、二人の顔を照らし出していた。
「きょ、今日のレッスンはここまでにしようか。初めてだし、あまり無理するとよくない」
ジェイは母親から目をそらしたまま言った。彼は自分の声がうわずっているのを自覚し、喉を鳴らして咳払いをした。
「そうね……そうするわ」
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