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新年と浴槽の生贄

元旦の朝、街は赤と金の提灯で埋め尽くされ、あちこちから爆竹の破裂音が断続的に響いていた。紙吹雪が冷たい風に舞い、子供たちの笑い声が路地にこだまする。新年の祝賀は外の世界を賑やかに包んでいたが、小宇の家の台所だけは別の空気に支配されていた。


八角、花椒、醤油、そして鉄錆のような血腥さ。それらが複雑に絡み合った匂いが、古い木造家屋の隙間から逃れようと蠢いている。小宇は二階の自室で、その匂いを肺の奥まで吸い込みながら、窓の外を見つめていた。爆竹の煙が晴れた瞬間、向かいの家の子供が新しい晴れ着を着て走っていくのが見える。


十一歳の小宇には、あの子と同じ未来はない。


この家は代々、特別な食習慣を持っていた。両親は幼い肉を好み、特に十一歳という節目の年齢を最も美味とする。小宇の六人の兄たちは皆、十一歳の誕生日に台所へ消え、その後は家族の食卓に姿を変えて現れた。小宇はそれを知っていた。物心ついたときから、それが自然なこととして刷り込まれてきたのだ。


浴室のドアを開けると、母がすでに湯を張ってくれていた。ぬるめの湯気が立ち込め、ほのかにミルクの香りがする。小宇は服を脱ぎ、鏡に映る自分の細い体を一瞥した。華奢な肩、まだ骨ばった胸、男の子とも女の子ともつかない中性的な肢体。両親が言うには、こういう肉が一番柔らかいのだという。


浴槽に足を踏み入れる。ぬるま湯が肌を包み、緊張で固くなっていた筋肉が少しずつほぐれていく。小宇は傍らに置かれた浣腸薬の瓶を手に取った。ラベルには「腸内清浄用」と書かれているが、それが食肉処理のための前処置だと知っている。兄たちも同じことをしたのだろう。


ゴム管を慎重に挿入し、薬液を注入する。冷たい液体が体内を満たす感覚に、小宇は小さく息を呑んだ。しばらくすると、腹の奥が軋むような痛みを発し始める。便器に移動し、体内のものを全て排出する。これを三度繰り返すと、体の内側から洗い清められたような透明感が訪れた。


再び浴槽に浸かる。今度は湯に溶けたミルクの香りが、よりはっきりと感じられた。皮膚から吸収されるのだろうか、甘く優しい匂いが体の芯まで染み込んでいくようだ。小宇は天井を見上げ、兄たちの顔を思い浮かべようとしたが、一番上の兄の顔すらぼんやりとしか思い出せなかった。


浴槽の縁に、温めた牛乳の入ったマグカップが置かれている。表面には薄い膜が張り、湯気がゆらゆらと立ち上っていた。母が用意してくれたものだ。小宇はそれを持ち上げ、一口含む。通常の牛乳よりわずかに苦い後味がある。強力な鎮痛剤が溶かし込まれているのを知っていた。


肉畜には痛みを与えてはいけない。恐怖で肉質が硬くなるのを防ぐためだ。父がよく言っていた言葉を思い出す。小宇はマグカップを両手で包み込み、ゆっくりと時間をかけて飲み干した。胃のあたりが温かくなり、その温かさが全身に広がっていく。指先の感覚が少し遠のき、頭の中が綿で満たされたような心地よさが訪れた。


自分の体が、もう自分のものではないような感覚。あるいは、最初から自分のものではなかったのかもしれない。小宇は生まれたときから、この家の食卓に上るために育てられた肉畜なのだ。そう考えると、胸の奥で何かが溶けていくような解放感があった。恐怖も、悲しみも、全てが牛乳に混ざって体内に吸収され、消えていく。


台所から、包丁がまな板を叩く規則正しい音が聞こえる。父が刃物を研いでいる音だ。時折、母の鼻歌も混じる。新年を祝うめでたい旋律が、この家では違う意味を持っていた。


「小宇、準備はできた?」


母の声が浴室のドア越しに響いた。甘く、優しく、まるで遠足に誘うような調子で。鎮痛剤の効果でぼんやりとした頭で、小宇は「はい」と答えた。自分の声が遠くから聞こえるようだった。


浴槽から立ち上がる。水滴が肌を伝い、床に小さな水たまりを作った。タオルで丁寧に体を拭きながら、小宇はもう一度自分の体を見下ろした。細い手足、青白い肌、うっすらと浮かぶ肋骨。これを両親は美味しいと言うのだろうか。そう思うと、不思議と口元が緩んだ。


服を着る必要はない。どうせすぐに脱ぐことになる。小宇は裸のまま浴室のドアを開け、冷たい廊下に足を踏み出した。床板がきしむ音だけが、やけに大きく耳に響く。鎮痛剤のせいで、寒さすらも心地よい痺れのように感じられた。


階段を一段ずつ降りていく。一歩ごとに、台所の匂いが濃くなっていく。八角と血の香り。その中心に、これから自分が加わるのだと思うと、小宇の心臓は静かに、しかし確かに高鳴っていた。恐怖ではない。もっと深い、言葉にできない感情だった。


台所の引き戸の前に立つ。中からは母の鼻歌と、父が刃物を置く音が聞こえる。小宇は小さく息を吸い、そして吐いた。これが最後の呼吸になるかもしれない。そう思ったが、不思議と涙は出なかった。


むしろ、全身を満たしていたのは、完全な服従と、それに伴う奇妙な興奮だった。自分は今から、生まれてきた意味を果たすのだ。肉畜として育てられ、愛され、そして食べられる。それがこの家の愛し方なのだと、小宇は理解していた。


引き戸に手をかけ、静かに横に引く。


「来たよ、お母さん」


裸の十一歳の体が、湯気の立ち込める台所に進み入った。母が振り返り、優しく微笑む。父は無言で、磨き上げられた包丁を持ち上げた。


最後の願いとメニュー

裸足のまま台所へ足を踏み入れた瞬間、冷たいタイルの感触が小宇の小さな足の裏を刺した。全身には一枚の布も纏っておらず、白くてほっそりとした体が蛍光灯の下で晒されている。母は調理台の前に立っていたが、小宇が入ってくるのを見ると、その目はまるで獲物を見つけた蛇のように鋭く輝き、口元がゆっくりと釣り上がった。


「ああ、私のかわいい小宇、ついにこの日が来たのね」


母の声は蜜のように甘く、彼女は手を伸ばして小宇の胸を優しく撫でた。指の腹が小さな乳首の周りをくるくると回り、その胸はこれから起こることへの期待で上下に激しく波打っている。小宇は息を詰め、全身がぶるぶると震えた。


「もうすぐ、あなたの6人の兄たちと同じように、食卓の上で綺麗に食べ尽くされるのよ。なんて幸せなことでしょう」


母が一歩近づくと、服越しにその豊かな乳房が小宇の顔に押し付けられた。柔らかくて温かい感触に、鼻孔には乳の香りが満ち、小宇の体は言うことを聞かなくなった。まだ発育しきっていない小さなペニスが、まるで主人の意志とは無関係に、ぴんと勃起した。


「ぷっ……ははははは!」


鋭い笑い声が背後から響き、小宇は慌てて振り返った。兄の小天が台所の入り口の枠にもたれかかり、腹を抱えて大笑いしている。


「見ろよ、父さん、母さん!こいつ、ほんとに勃起してやがる!生まれつきの下賤な肉畜だな、死ぬ前に母親に胸を押し付けられてこんなに興奮するなんて!」


小宇の顔は一瞬で真っ赤になり、両手で股間を隠そうとしたが、小天はわざとらしく口笛を吹きながら、指をさして笑い続けた。


「隠すなよ、みんなもうすぐお前を一欠片残らず食べ尽くすんだから、恥ずかしがる必要なんてないだろう?」


その時、重い足音が近づいてきた。父が両手で巨大な断頭台を運び込んできたのだ。金属の台座が地面に置かれると、鈍い音を立て、刃は冷たく光り、台所の明かりを反射して小宇の目を刺した。彼は無意識に一歩後退り、背中が母の柔らかい体にぶつかった。


「震えているのね、かわいそうな子」


母は背後から小宇をしっかりと抱きしめ、その唇を彼の耳元に近づけて、息がかかるほどにささやいた。


「死ぬ前に、何か願いはある?言ってごらんなさい、母さんが叶えてあげるから」


小宇の喉はごくごくと鳴り、全身が震えていた。彼は顔を上げ、母の穏やかでありながらどこか熱を帯びた目を見つめ、唇を何度も開閉した後、ようやく蚊の羽音のような細い声を絞り出した。


「母さん……一度だけ、ヤらせてほしい……」


一瞬の沈黙。


それから母は軽やかに笑い、その笑い声は風鈴のように台所に響き渡った。彼女は小宇を離し、一歩下がって振り返り、両手を調理台の端に置き、ゆっくりと腰をかがめた。スカートの布地が太腿の付け根までたくし上げられ、丸くて豊かな尻が小宇の目の前に完全に露出した。


「さあ、かわいい息子」


母は振り返り、その目はねっとりと甘く細められた。


「母さんの最後の贈り物よ」


小宇は震える足で前に進み、小さな手で母の腰を掴んだ。指が沈み込むほどに柔らかい。彼はすでに硬く張った小さなペニスを手探りで押し進め、何度かためらいながら位置を探り、ついにその濡れて熱い入り口を見つけて、一気に腰を突き入れた。


「ああっ……」


母が満足げなため息を漏らし、小宇は夢中で素早く抽送し始めた。未熟な腰の動きは拙く、リズムもめちゃくちゃだったが、彼はまるで狂ったように、全身の力をその一点に集中させた。肉と肉がぶつかる湿った音が台所に響き渡り、小天は後ろで「チッ」と舌打ちをし、父は無表情で断頭台の刃の角度を調整している。


ほんの短い数十秒の後、小宇は獣のようなうめき声を上げ、全身が痙攣し、母の体の奥深くでその小さな欲望のすべてを放出した。彼はふらふらと後退り、足がもつれて地面に座り込み、胸がふいごのように激しく上下した。


母はゆっくりと体を起こし、手を伸ばしてスカートの裾を整え、まるで何もなかったかのように振り返った。彼女の顔にはまだ優しい微笑みが浮かんでいて、まるで先ほど子供のちょっとしたわがままを叶えただけのようだった。


「さあ、それじゃあ今夜のメニューを発表しましょう」


母の声は澄んで明るく、まるで夕食の献立を読み上げるようだった。


「前菜は、小宇の小さな舌の薄切りと、指の関節の煮込み。スープは、目玉と骨髄でとった清湯。メインは、太腿の内側の最も柔らかい部位を網焼きにして、特製のソースを添えます。デザートは……」


彼女は間を置き、小宇の顔を見つめ、その目はますます輝いた。


「デザートは、まだかすかに動いている小さな心臓を、蜂蜜に漬けて生でいただきます。これで完璧な一皿の完成です」


喰われるのを待つ体

裸のまま居間のソファに横たわって、ぼくは天井の木目をなんとなく目で追っていた。鎮痛剤が全身に回っていて、手足の先はもう遠くのものみたいにぼんやりと痺れている。心臓がどくん、どくんと打つたびに、その振動が胸の奥から腹の底へ抜けていくような、妙な愉悦が走った。痛みはない。ただ、自分の体がもう自分のものじゃなくなりつつある、その感覚だけがやけにリアルだった。切り刻まれて、貪り食われる。そのためにぼくは今、ここにいる。そう思うと、ぞくぞくするような怖さと、それ以上の期待がごちゃ混ぜになって、喉の奥がきゅうっと鳴った。


窓の外では、爆竹の音がとぎれることなく続いている。ぱちぱち、どん、と空気を震わせるたび、新年の祝いがすぐそこにあることを思い知らされた。赤い紙吹雪が風に舞っているのが、カーテンの隙間からちらりと見える。台所の方からは、包丁を研ぐ金属音が規則正しく響いてきた。しゃっ、しゃっ、というあの音。それに混じって、母が調味料を調合するのか、すり鉢で何かをすりつぶすごりごりという音や、八角や桂皮の甘くてスパイシーな匂いが漂ってくる。全部、ぼくのためだ。ぼくを美味しくするための準備。


母がさっき、台所で嬉しそうに挙げていた料理を、ぼくは頭の中でひとつひとつなぞる。まず、ぼくの小さな手。あれは小手の醤油煮込みになるらしい。とろとろに煮込んで、骨からするりと肉が外れるようにするんだって。それから足。ふくらはぎのあたりは濃厚なスープにするんだと母は言った。コラーゲンたっぷりで、とろみのある白濁したスープになるって。そして、股のあいだの、まだうぶ毛も生えていないペニスと睾丸。あれは唐揚げだ。衣をまとわせてカラッと揚げて、塩で食むらしい。脳みそは清蒸し。頭蓋を開けて、スプーンですくって食べるんだろう。そして最後に、黄金色のパリパリ焼き肉。それはたぶん、腹とか背中とか、ぼくの一番柔らかい部分をまるごと焼くんだ。


「今日は特別に、美味しく作ってやるからな」


父の声がして、ぼくはそっと目を動かした。父は台所の入り口に立って、ぼくを見下ろしている。唇を舐めながら、じっとりとした目つきで、まるでもう焼き上がった料理を眺めるみたいに。その隣で、兄が呆然と突っ立っていた。口を半開きにして、何か言いたそうなのに声が出ないみたいな顔。ぼくは兄のそんな顔をちらりと見て、すぐにまた天井へ視線を戻した。別に、かわいそうと思ってほしいわけじゃない。ただ、最後の呼び出しを待っているだけなんだ。


「小宇、緊張してるのか?」


父が笑いながら言った。


「大丈夫だ、鎮痛剤が効いてるから痛くはないぞ。それに、お前は俺たちの自慢の肉畜なんだからな」


ぼくは答えなかった。答えなくても、心臓の音が返事をしているみたいにどくどく鳴っている。自慢の肉畜。そうだ、ぼくはそういうふうに育てられた。小さくて、柔らかくて、男の子なのに男の子らしくない、この体。全部、今日のために。


しばらくして、包丁を研ぐ音がぴたりとやんだ。すり鉢の音もやんで、台所がしんとする。代わりに、母の柔らかな足音が近づいてきて、ソファのそばで止まった。


「おいで、小宇」


母の声は、寝る前に読み聞かせをしてくれるときみたいに優しかった。


「屠殺を始めるよ」


その一言で、ぼくの体はびくんと震えた。でもそれは恐怖じゃない。むしろ、待ちわびていたものにようやく手が届くような、言いようのない昂ぶりだった。ぼくはソファからゆっくりと起き上がる。痺れた足の裏で床を踏むと、まるで雲の上を歩いているみたいにふわふわする。裸のまま、一歩、また一歩と台所へ向かう。背後で、兄が息を呑む気配がした。


台所のドアをくぐると、まな板の上にきらりと光る包丁が見えた。大きな鍋には湯がわかしてあって、湯気がもうもうと立ちこめている。調味料の匂いがむっと濃くて、それがかえってぼくを落ち着かせた。母が振り返って微笑む。エプロンにはもう、これからつくであろう血の染みを想像させるような、うっすらとしたシミがあった。


ぼくはまな板の横に立つ。心臓が、さっきよりも早く打っている。でも、もう後戻りはできない。いや、するつもりもない。これがぼくの役目で、ぼくの望みで、ぼくの体が喰われるのを待っていたんだ。母が包丁を手に取る。刃が灯りを反射して、ぼくの目に飛び込んできた。ぼくはそっと目を閉じる。瞼の裏に、赤い爆竹の火花が散って、消えた。


儀式の開始

台所の引き戸を開けると、湯気と血の匂いが混ざったような、むせ返るような空気が流れ出てきた。


裸足のまま板の間に立つと、足の裏がひんやりと冷たい。母が壁のフックから一枚の紙と鉛筆を取り出し、流し台の横の小さな書き物机に向かった。


「小宇、こっちへ来なさい」


母の声は普段と変わらず、夕飯の支度を始める前のような穏やかさだった。私は言われるままに母の前に立った。


「年齢は十一歳」


母は紙にさらさらと書きつけながら、独り言のようにつぶやいた。


「身長は一メートル二センチ」


冷たい巻き尺が私の頭のてっぺんから足の裏までを這う。


「体重は四十五斤」


今度は体重計に乗せられた。針が震えながら四十五の目盛りを指す。母は几帳面な字で、それらをすべて紙に記録していった。まるで市場で食材を選ぶときのように、品定めをするような目つきだった。


「小宇」


母が顔を上げ、私の目をまっすぐに見つめた。


「殺されて、夕食にされても構わない?」


その言葉は、ずっと待ち焦がれていた赦しの言葉のように、私の胸の奥にすとんと落ちてきた。私は大きく息を吸い込み、できるだけはっきりとした声で答えた。


「とても構いません!どうか私を残さず食べてください!」


声が少し震えたのは、寒さのせいでも、恐怖のせいでもなかった。嬉しさで胸がいっぱいだったからだ。


母は静かにうなずくと、台所の中央にある大きな木の台を指さした。何年も前からそこにある分厚い一枚板の作業台だ。表面には無数の包丁傷が刻まれ、長い年月をかけて染み込んだ黒ずみが、拭いても決して落ちない模様を描いていた。


私は四つん這いになって、その台に這い上がった。木の表面がひやりと背中に触れる。天井の裸電球がまぶしくて、目を細めた。


仰向けになると、電球の光がぼんやりとにじんで見えた。台所の隅では、父が壁に掛けられた包丁を一本ずつ確かめるように眺めている。やがて、一際大きく、刃渡りの長い骨切り包丁を手に取った。刃が電球の光を反射して、青白く光る。


父が近づいてくる足音が、床板をきしませた。手には包丁と、もう一つ、大きな裁ち鋏を持っている。


「まずはここからだ」


父の低い声が台所に響いた。鋏の冷たい金属が、私の小さなペニスの根元に触れる。ごくりと唾を飲み込む音が、自分でも聞こえた。


父は迷いなく、鋏の刃をぐっと握り込んだ。


「チョキン」


小気味よい音がして、何かが断ち切られた感覚があった。一拍遅れて、自分の体の一部だったものが、父の手の中にぽとりと落ちるのが見えた。ペニスと、その根元についていた二つの睾丸。小さな肉の塊は、父の手のひらの上でまだわずかに震えているようだった。


次の瞬間、切り口から鮮血が噴き出した。勢いよく、まるで栓を抜かれた蛇口のように、赤い血が弧を描いて飛び散る。父は素早く足元のバケツを蹴って私の腰の下に置き、血が無駄なくバケツに流れ落ちるようにした。トタンのバケツに血が当たる音が、シャワーのように響き渡る。


そのとき、台所の入り口に兄が立っていた。いつの間にか来ていたらしい。腕を組み、壁にもたれかかって、じっと私を見つめている。


「小宇、痛くないのか?」


兄の声は、好奇心と、ほんの少しの困惑が混ざっていた。


私は首を横に振った。不思議と、痛みはまったくなかった。むしろ、体の下の方がじんわりと温かくなり、その熱が全身に広がっていくような、不思議な感覚に包まれていた。切り離された場所から、何かが解き放たれたような、軽やかささえ感じる。


「痛くない……むしろすごく気持ちよくて、興奮する」


私は微笑みながら兄に答えた。自分の声が、ずいぶん遠くから聞こえてくるような気がした。


兄は何も言わず、ただゆっくりとまばたきをした。


天井の電球が、またたきもせずに私を照らし続けていた。血の流れ出る音が、少しずつ弱まっていく。父は次の手順に移るため、骨切り包丁を手に取り、まな板の上で豚の肉を切るときのように、私の体の上に手のひらを置いて、どこから刃を入れるか確かめるように、肋骨のあたりを指でなぞった。


四肢が次々と切り離される

兄が骨切り包丁を握ったとき、その刃先が台所の薄暗い灯りを受けて鈍く光った。私は調理台の上に横たわり、手足をピンと伸ばしていた。心臓は早鐘を打っていたが、不思議と恐怖はなかった。むしろ、これから始まる儀式への期待で胸が熱くなっていた。


兄の指が私の足首をそっと撫でた。「小宇、綺麗な足だね」彼はそう囁きながら、包丁の位置を確かめるように刃を当てた。冷たい金属の感触が皮膚を這い、私は思わず息を呑んだ。そして次の瞬間、兄は迷いなく包丁を振り下ろした。


ゴツン、という骨の砕ける音が大きく響き渡った。両足が同時に切り離される感覚。最初は熱さだけを感じ、次に鋭い痛みが走ったが、それも一瞬だった。切断面から血が噴き出し、白かった調理台がみるみる赤く染まっていく。不思議なことに、その光景を見つめながら、私は深い安堵感に包まれていた。まるで長い間縛られていた何かから、ようやく解放されたような。魂がゆっくりと、とてもゆっくりと、この肉体から抜け出していくのを感じた。


「次は手だ」


父の声が聞こえた。彼は私の両手を掴むと、肉切り機の投入口へと押し込んだ。機械の冷たい金属の内部に指先が触れる。父がスイッチに手を伸ばすのが見えた。


「カチッ」


その音とともに、両手のひらが切り落とされた。指が、手のひらが、機械の中で細切れになっていく音が聞こえる。痛みよりも先に、その音の鮮明さに驚いた。血が機械の隙間から滴り落ち、床に赤い水たまりを作っていく。でも、私はそれに見入りながら、自分の体の内側から何かが込み上げてくるのを感じていた。


父はすぐさま包丁を手に取り、今度は肘の辺りを狙い定めた。一息に振り下ろされた刃が、右腕を切り落とす。続いて左腕も。血が泉のように噴き出し、天井まで飛び散った。私の体は激しく震え、痙攣していたが、それでも意識は驚くほど明瞭で、そして何よりも、ますます高まる興奮を抑えきれなかった。


「まだまだ、これからだぞ」


父は手際よく縄を取り出すと、私の足のない断端をきつく縛り上げた。血の流れを止めるためなのか、それとも別の目的があるのか。答えはすぐに分かった。彼は私の体を持ち上げると、天井から吊り下げられた鉄のフックに、その縄を引っ掛けたのだ。


逆さまに吊るされた視界の中で、世界がひっくり返って見えた。自分の血が滴り落ち、床の赤い染みが少しずつ広がっていくのが、まるで雨だれのように見えた。フックの冷たい金属が、縄を通して皮膚に食い込み、鈍い痛みを発している。


父は新しい包丁を取り出した。より大きく、より重そうな刃物だった。彼はまず、私の右足の付け根を何度か撫でて位置を確かめると、勢いよく斬り落とした。大腿部が切断され、その重みで体が揺れる。続いて左足も同じように。骨の砕ける音、肉の裂ける音が部屋中に響き、私はもはや自分が何であるのか、どこまでが自分なのか分からなくなっていた。


四肢をすべて失った私の体は、ただの胴体だけになった。父がフックから縄を外すと、私は重力に従って落下した。床に衝突する衝撃とともに、残っていた息が全て吐き出される。血まみれの床の上で、私はもう動くこともできず、ただ天井を見上げていた。


そのとき、兄が駆け寄ってきて、私の欠損した体をしっかりと受け止めた。彼の腕の中は温かく、血に濡れた私の肌に、その体温がじんわりと染み込んでくるようだった。


「小さなやつ、今のお前は本当に可愛いよ」


兄は笑いながらそう言って、私の額に軽く口づけた。彼の笑顔は優しく、それでいてどこか狂気じみていて、私はその表情を見つめながら、心の底から満たされていくのを感じた。そうだ、これでいいのだ。私は肉畜として生まれ、こうして少しずつ解体されていくことこそが、私の存在意義なのだから。


兄は私の体を抱きかかえ、慎重に歩き出した。廊下を進み、階段を下り、そして地下のさらに奥へと向かう。彼の腕の中で揺られながら、私は行き先を知っていた。そこは、この儀式の最後を飾る場所。断頭台が待つ部屋だった。


貫通と断頭刀

兄が私の肩を優しく押さえ、断頭台の前に導いた。ひんやりと冷たい木の台に頬を押し当てると、檜の香りがほのかに鼻をくすぐる。台には私の首の太さに合わせて彫られたらしい、なだらかな湾曲があり、そこに首を嵌めると驚くほどしっくりと収まった。兄は手際よく上の木板を下ろし、私の首を台との間に挟み込む。ぎりぎりと締め付けられる感覚に、思わず小さく息が漏れた。


「動かないでね、小宇」


兄の声はとても優しかった。木板がさらに強く押し付けられ、私は完全に固定されてしまう。首から上だけが台の先から突き出し、その下には深めの陶器のボウルが置かれていた。内側は滑らかな白磁で、これから受け止めるもののために、あらかじめ湯で温められているのだと分かった。


視界の端で母が動く気配がした。金属の擦れる微かな音。母が手にしたのは、先端がわずかに丸みを帯びた長い鉄の棒だった。表面は丁寧に磨かれ、台所の灯りを鈍く反射している。母は棒に油を塗りながら、私の後ろに回った。


「少し冷たいわよ」


その声に、私はできる限り力を抜いた。冷たい金属がゆっくりと私の中に押し入ってくる。異物感に体が強張りそうになるのを、意識的に息を吐いて和らげた。鉄の棒は抵抗なく奥へ奥へと進み、内臓のあいだを縫うようにして、やがて胸のあたりで止まった。冷たく硬い感覚が背骨に沿って全身に響き、私はかすかに震えた。でも、その震えの中には、言葉にできない不思議な快感が混じっていた。体の中心を貫かれているという感覚が、私を妙に落ち着かせてもいた。


家族が私を取り囲むように集まってきた。みんなの視線を肌に感じる。そこには食欲と、そして確かな愛情が満ちていた。父が私の目の前にしゃがみ込み、私の顔を覗き込む。


「楽しいか、小宇」


私は精一杯微笑んだ。木板に頬を押し付けられたまま、声が震えないように気をつけて、はっきりと言った。


「とても楽しい。必ず私を、香ばしく美味しく作ってね……父さん、母さん、兄さん。さようなら」


父は静かに頷き、立ち上がった。その手が、断頭台の横に垂れた麻縄を握る。天井近くに吊るされた分厚い刃が、かすかに揺れた。兄が私の手を握ってくれた。母は鉄の棒をしっかりと支えている。


父が縄を引いた。


鋭い唸りを立てて、断頭刀が落ちてくる。次の瞬間、ドスッという鈍い音がして、私の視界はくるりと回転した。陶器のボウルの中に、私の頭が綺麗に収まるのが見えた。自分の目で、自分の首から下がない体を見下ろすような奇妙な感覚。首のない体はしばらく痙攣を続け、切断面からは純白の濃厚な液体が勢いよく噴き出した。それはボウルの中の私の顔にも降りかかり、生暖かい。


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