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失意の帰郷

夕暮れの薄明かりが、見慣れた街並みを鈍く染めていた。リン・チェンはタクシーの後部座席で、重たいため息をつく。外の景色は、数年前に故郷を離れた時と何一つ変わっていない。だが、自分の心はあの頃とは全く違っていた。スーツケースの中には、起業に失敗した痕跡と、返済の目処も立たない借金の明細だけが詰まっている。窓ガラスに映る自分の顔は、疲れ果て、生気を失っていた。


「兄貴、着いたぜ」


運転手の無愛想な声で、我に返る。目の前には、煌々と灯りのついた「龍盛酒楼」の看板。胸の奥で、不安が小さく波立った。帰郷の連絡を入れた時、兄貴分のロンはあっさりと「歓迎してやる」と言い、この店を指定してきたのだ。リン・チェンはスーツの襟を正し、重い足取りで扉を潜る。


個室に通されると、既に奥の席にロンがふんぞり返っていた。四十代半ばのその男は、だらしなくシャツの胸元を開け、金色のネックレスを光らせている。隣には、子分のアフーが、濁った目つきでリン・チェンを見つめていた。


「おう、チェン!よく帰ってきたな、こっちに座れ!」


ロンは大袈裟に手を広げ、テーブルの上の白酒を指差す。リン・チェンは無理に笑みを作り、空いている席に腰を下ろした。卓上には高そうな料理が所狭しと並べられているが、その豪華さがかえって心を重くする。


「兄貴……ありがとうございます。こんなに良くしてもらって……」

「何言ってんだ、兄弟だろ。いいから飲め」


ロンは手酌で白酒を注がせ、リン・チェンの肩をポンと叩いた。アフーがにやにやと笑いながら、焼き豚を口に放り込む。酒が二杯、三杯と進むうちに、ロンの目つきがわずかに変わった。ビジネスの話に移る時の、あの鋭い目だ。


「チェンよ、お前が疲れてるのは分かってる。だが、落ち込んでる暇はねえ。ちょうどいい話があるんだ」


リン・チェンの手が、酒杯を置いたまま硬直する。


「面白いもんを見つけてな。スマホで人を催眠にかけるソフトだ。これを使って、一発当てようと思ってる」

「催眠……ソフト、ですか?」


思わず声が上擦った。龍哥の言うことは、いつだって危うい。まともな道ではないと分かっていても、借金を抱えた自分に拒否権はない。


「そうだ。お前は頭がいいからな、俺より詳しいだろ。色々と細かい設定ができるらしくてな。まずは、うちの店の女どもで試してみようと思ってる」


ロンの口調はあくまで楽しそうだが、有無を言わせぬ圧力があった。アフーが唾を飲み込む音が、やけに耳につく。リン・チェンはただ、曖昧に肯くことしかできなかった。背中にじわりと嫌な汗が滲む。


「じゃあ、細かい話は明日にでもな。今日は飲め飲め」


ロンが再び杯を掲げる。リン・チェンはぎこちなく笑い、それに応えた。白酒の辛さだけが、舌に虚しく残った。


---


深夜近く、酔いを冷ます風も生ぬるい中、リン・チェンはようやく自宅のマンションに辿り着いた。古びたエレベーターに揺られ、三階の部屋の鍵を開ける。玄関の灯りを点けると、リビングから柔らかな光が漏れていた。


「チェン、おかえりなさい」


ソファに腰掛けていたスー・メイが、静かに立ち上がる。彼女は細身の黒いストッキングに包まれた脚を優雅に組み替え、高いヒールをカツリと鳴らした。タイトなワンピースが、成熟した身体の曲線を余すところなく引き立てている。その姿は、数年前と何も変わらない。いや、むしろ以前より増して色香が漂っているようにさえ見えた。疲弊しきったリン・チェンの目には、それが痛いほど眩しい。


「メイ……まだ起きてたのか」


靴を脱ぎ捨て、彼女の隣に腰を下ろす。スー・メイの指が、そっと彼の手の甲に触れた。その温もりに、胸が締め付けられる。


「遅かったのね。龍哥に何か言われた?」


心配そうな瞳に見つめられ、リン・チェンは言葉に詰まった。嘘を言うべきか、正直に打ち明けるべきか。彼女は夫の沈黙を察して、そっと身を寄せる。


「実は……変な計画に巻き込まれそうなんだ。催眠アプリだとか言って、人を操って金を稼ぐって……」


声を潜めて事情を話すと、スー・メイの表情が強張った。長いまつ毛が震え、ストッキングに包まれた太腿の上で両手がぎゅっと握られる。


「危ないわ。そんなこと……」

「でも、断れる雰囲気じゃなかった。今の俺には、兄貴に逆らう資格もない。借金もあるし……お前にも苦労をかけるわけにはいかないんだ」


リン・チェンがうつむくと、スー・メイはしばらく黙り込んだ。やがて、彼女は深く息を吸い込み、精一杯の優しさを込めた声で言った。


「分かったわ。あなたが決めたことなら、私も協力する。必要なら……私、何でもするから」


その言葉に、リン・チェンは弾かれたように顔を上げた。スー・メイの瞳は、愛情と覚悟に満ちている。だが、その奥にちらつく不安の色を、彼は見て見ぬふりをした。ただ、この健気な妻に甘えることしかできない自分が、心底情けなかった。


「ありがとう、メイ」


彼は震える声で呟き、スー・メイの肩を抱き寄せる。鼻先をくすぐる彼女の髪の香りは、昔と変わらず甘やかだった。スー・メイは夫の胸に顔を埋めながら、そっと目を閉じる。黒いストッキングを履いた脚が、微かに擦れ合う音がした。


見知らぬ危険が静かに迫りつつあることを、二人とも薄々感じていた。しかし、貧しさと弱さに縛られたこの小さな部屋では、愛が唯一の盾であり、枷でもあった。窓の外では、故郷の街の灯りが、底知れぬ闇の中にじわじわと呑み込まれていく。


偽りの初演

薄暗い部屋に、煙草の紫煙がゆるやかに立ち昇っていた。壁一面に貼られた防音シートが、外の喧騒を完全に遮断している。応接用のソファに深く腰を下ろしたロンは、スマートフォンを弄びながら、鋭い眼光で向かいに立つ林晨をねめつけていた。


「で、例のアプリは完成したのか」


低く抑えた声が、重く空気を震わせる。林晨は背筋に冷たい汗を感じながら、おずおずと頷いた。


「は、はい……龍哥のご指示通り、機能だけは形にしました。ただ、まだ実際のテストは……」


「テストならこれからやればいい」


ロンは太い指でスマートフォンを軽く叩いた。鈍い音が静寂に響く。林晨は必死に言葉を探した。心臓が早鐘を打つ。このアプリは所詮、見せかけだけの代物だ。派手な映像と音響で催眠状態を模倣しているが、実際の催眠効果など微塵もない。


ロンの求めに応じなければ、自分も、そして妻の蘇媚も危険にさらされる。だから林晨は、持ちうるプログラミングの知識を総動員して、この偽のアプリを作り上げた。しかし、それが露見すれば、待つのは破滅だ。


「どうした、顔色が悪いぞ。まさか、使えねえもんでも作ったんじゃねえだろうな」


ロンが冷笑を浮かべながら立ち上がる。百八十センチを超える巨躯が、林晨を圧迫するように近づいた。


「め、滅相もない! 龍哥の期待に沿えるよう、全力を尽くしました」


「ならいい。さっそく試させてもらおう。誰か手頃な相手はいないかと思ってたところだ」


その時、部屋のドアを軽く叩く音がした。控えめなノックに、林晨は心臓が止まる思いだった。約束通り、来てくれたのだ。


「誰だ」


ロンがドアに向かって声を張り上げると、外からか細い女の声が返ってきた。


「すみません……先日、こちらで求人のお話を伺った者です。お約束の時刻より早く着いてしまって」


「おお、そういやそんな話もあったな」


ロンの部下、アフーがにやにや笑いながら口を挟む。実はこれも、林晨が事前に仕組んだ筋書きだった。蘇媚は事務員志望を装い、この時間に龍哥の事務所を訪れる手はずになっている。


「入れ」


ロンが短く命じると、ドアがそっと開かれた。姿を現した蘇媚は、グレーのスーツ姿で、無造作にまとめた髪が清楚な印象を与える。しかしそのスーツの下には、夫だけが知る成熟した身体の曲線が息を潜めている。


「これはいい。ちょうど実験台にうってつけだ」


ロンは大口を開けて笑うと、蘇媚をじろじろと舐めるように見つめた。蘇媚は一瞬、林晨と視線を交わす。その瞳には、夫を信じているという無言のメッセージが込められていた。


「おい、お前」


ロンが蘇媚に歩み寄る。蘇媚は演技で、少し怯えたように肩をすくめた。


「はい……なんでしょうか」


「ちょっと俺のスマホを見てみろ。面白いもんが見られるぞ」


ロンが起動したアプリを蘇媚の眼前にかざす。スクリーンには、渦巻く幾何学模様と、断続的な光の点滅が映し出されていた。それは演出そのものだったが、蘇媚はあらかじめ打ち合わせた通り、ゆっくりと目を見開き、そして焦点を失わせていく。


「あ……なに、これ……頭が、ぼうっとして……」


蘇媚がふらりとよろめいた。ロンは満足げに頷き、林晨を振り返った。


「どうやら本物らしいな。よし、それじゃあいくつか試させてもらうか」


「ま、待ってください龍哥! 彼女は単なる求職者で、まだ何の関係も……」


「うるせえな。てめえは黙って見てろ」


林晨の抗議は、ロンの一喝でかき消された。蘇媚は虚ろな目をしたまま、ゆっくりとロンに向き直る。


「お前、名前は」


「……蘇、媚……」


「そうか。じゃあメイ。まずはその場でゆっくり回ってみろ」


蘇媚はぎこちなく、まるで糸に操られる人形のように、その場で体を回し始めた。スーツのスカートがふわりと揺れ、黒いストッキングに包まれた脚が露わになる。ロンは手にしたスマホを弄りながら、じっくりと蘇媚の全身を観察していた。


「いいぞ。次は上着を脱げ」


蘇媚は手を震わせながら、スーツのジャケットに指をかけた。ボタンを一つ、また一つと外していく。林晨は喉が張り裂ける思いで見守ることしかできなかった。愛する妻が、他の男の命令で服を脱いでいく。たとえそれが偽の催眠だと知っていても、目の前の光景は耐え難い屈辱だった。


「そうだ、ゆっくりでいい。よく見えるようにな」


蘇媚が上着を肩から滑り落とすと、その下からは白いブラウスが現れた。薄手の生地が、胸の膨らみをほのかに透かしている。ロンの目が、獲物を狙う肉食獣のように細められた。


「素晴らしい。本物だ。林晨、よくやったじゃねえか」


ロンは満面の笑みを浮かべ、ばしばしと林晨の肩を叩いた。その一撃一撃に、林晨の自己嫌悪が深く刻まれていく。


「そうだ……せっかくだから、スカートも少しだけ捲ってみせろ。ストッキングの感触ってやつをな」


蘇媚は命令に従い、震える手でスカートの端を摘まみ上げた。ゆっくりと、少しずつ太腿が露わになっていく。


「ああ、いい眺めだ」


ロンは嗜虐的な笑みを浮かべ、スマホで蘇媚の姿を撮影し始めた。フラッシュが焚かれる度、蘇媚の無表情な顔が浮かび上がる。その目は、しかし確かに林晨だけを見つめていた。私を信じて、と。


「龍哥……もう、実験は十分じゃないでしょうか。彼女も、その、用件があるでしょうし」


「うるせえな。これは今後のビジネスに欠かせねえ検証だ。お前もちゃんと勉強しろよ、林晨。このアプリさえあれば、どんな女でも思いのままだ。お前の嫁でもな」


その言葉に、林晨の顔から血の気が引く。妻が辱められる姿を見ながら、ロンにヘラヘラと迎合する自分が、ひどく情けなかった。


「よし、もういい。お前は帰っていいぞ」


ロンが蘇媚に言い放つ。蘇媚は催眠から覚めたような素振りで、ぱちぱちと瞬きをした。


「あれ……私、どうして……」


「あんたは少し疲れてたんだよ。今はもう大丈夫だ。また連絡するから、とりあえず帰んな」


ロンは上機嫌で蘇媚をドアの方へ促した。蘇媚はぼんやりとした表情で、それでもさりげなく林晨に視線を送り返す。その一瞬の目配せが、すべてを物語っていた。私は大丈夫、あなたを責めたりしないわ、と。


蘇媚が出ていくと、ロンはソファにどっかりと腰を下ろし、足を組んだ。


「林晨、これは使える。これからいろんなところで試してみるぞ。お前も覚悟しろよ」


「……はい」


林晨はうなだれ、小さく答えた。スマホに保存された妻の姿が、脳裏に焼き付いて離れない。これは初演に過ぎない。本当の地獄は、まだ始まってもいないのだ。


隣室から、アフーの下品な笑い声が聞こえた。どうやら彼もまた、次の獲物を狙って舌なめずりを始めているらしい。林晨は固く目を閉じ、妻がつけてくれた救いの視線を、ただ心の中で繰り返し思い出すことしかできなかった。


初めての調教

部屋の空気は、重く澱んでいた。窓は分厚いカーテンで覆われ、昼間だというのに薄暗い。煙草と、かすかに甘い香水の匂いが混ざり合っている。


「さあ、始めるぞ」


ロンはソファに深く腰掛け、足を組んだ。その手にはスマートフォンが握られている。画面には奇妙な渦巻き模様が映し出され、淡い光を放っていた。彼の隣では、阿虎が卑猥な笑みを浮かべながら、中央に立つ蘇媚を舐め回すように見つめている。


そして、林晨は部屋の隅の椅子に座らされていた。傍観者として、ただ見ていることしか許されない位置だ。心臓が早鐘を打ち、手のひらにはじっとりと汗が滲む。胃の底からせり上がってくる嘔吐感を必死に抑え込み、彼は無表情を装った。


蘇媚は、部屋の中央でただ静かに立っていた。彼女はすでにアプリの催眠光を見せられ、意識を深い眠りの淵に沈められている。その瞳は虚ろで、焦点が合っていない。長いまつげが、陶器のように白い肌に影を落としている。


「スー・メイ、これを履け」


ロンが指を鳴らすと、阿虎が恭しく一足の黒いストッキングと、ピンヒールの黒いパンプスを彼女の足元に置いた。ロンの視線は、もはや獲物をいたぶる捕食者のそれだ。彼は美しいものを、自分の手で汚し、支配することに至上の喜びを感じる男だった。


「はい、マスター」


蘇媚の唇から、抑揚のない声が漏れた。彼女の意識は深く沈み込み、ロンの命令だけが直接、脳髄に響いている。彼女はゆっくりとした動作で、履いていたスリッパを脱ぎ捨て、しゃがみ込んだ。そして、絹のように細いその足先に、黒いストッキングを滑り込ませていく。


林晨の喉が、ゴクリと鳴った。それは、愛する妻の美しい脚線美を知っているからこそ感じる、別種の苦しみだった。彼女は、彼のためにこの辱めを受け入れている。


ストッキングはまるで第二の皮膚のように彼女の脚に吸い付き、妖艶な光沢を放つ。彼女はさらにハイヒールを履くと、立ち上がった。瞬間、彼女の身長が伸び、脚のラインがより一層強調され、ただ立っているだけで息をのむような艶めかしさを放つ。


「いいぞ。よく似合っている。さあ、四つん這いになれ。その美しい脚を見せてみろ」


ロンの声は甘く、しかし有無を言わさぬ強制力を持っていた。


蘇媚は躊躇うことなく、冷たいフローリングの床に両手と両膝をついた。タイトなワンピースの裾が太腿までめくれ上がり、ストッキングに包まれた脚の曲線が、薄暗い部屋の中で扇情的に浮かび上がる。彼女の髪が肩からこぼれ落ち、床を掃く。


「顔を上げろ。そして、そこにある靴を、綺麗に舐めろ」


阿虎が、自分の履いていた革靴を乱暴に脱ぎ、蘇媚の眼前に突き出した。汗と革の匂いが混ざった、むっとする臭いが立ちこめる。阿虎の顔には、長年の欲望がようやく叶うという、歪んだ喜びが張り付いていた。


林晨は思わず目を背けそうになり、拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込む。心の中で、何かが引き裂かれるような音がする。


しかし、彼は見なければならなかった。これが、ロンの彼に対する試験であり、服従の証だからだ。


蘇媚は虚ろな目をさらに見開き、高価そうな革靴に顔を近づけた。彼女の舌が、恐る恐るというよりは、機械的な正確さで差し出され、靴のつま先から這わせられる。一度、二度。彼女は汚れを拭うように、丁寧に革の表面を舐め上げていく。その度に、ハイヒールを履いた脚が小刻みに震え、ストッキングの光沢が揺れた。


「ははっ! 見ろよ龍哥、舐めてるぜ! この女、本気で舐めてやがる!」


阿虎が興奮した声を上げる。その唾が蘇媚の髪に飛び散った。


その時、蘇媚の視線が、ほんの一瞬だけ、舐める行為をやめずに横に流れた。虚ろだったはずの瞳が、ちらりと林晨の方向を向く。


それは、哀願でも、非難でもなかった。ただ、深い悲しみと、それでも変わらぬ愛情を湛えた視線だった。大丈夫、私は平気よ。あなたは何も悪くない。そう言いたげな、優しい目だった。


林晨は、その視線に縫い止められた。彼はただ、微かに、誰にも気づかれないように、一度だけ頷き返すことしかできなかった。


ロンはその二人の一瞬の交流には気づかず、自分のスマートフォンをまるで宝物を見るかのように撫で回し、満足げに笑った。


「素晴らしい。実に素晴らしい。このソフトは、本当に俺の望みを何でも叶えてくれる。お前の言う通り、これはとんでもない宝だ、林晨」


ロンの賞賛の言葉が、ナイフのように林晨の胸に突き刺さる。彼はただ、能面のような笑みを顔に貼り付け、軽く頭を下げるしかなかった。


「それではマスター、次はこちらを」


阿虎がベルトに手をかけた、その時だった。


コンコン、と部屋のドアがノックされた。三人の男の動きが一瞬で止まる。


「誰だ」


ロンが鋭い声で尋ねると、ドアの向こうから明るく、少し緊張したような女の声が聞こえてきた。


「あの、すみません。スー・メイ、いますか? 私、小慧です。約束してたんですけど……」


その声は、蘇媚の親友、小慧のものだった。


初めての取引

薄暗い地下バーの片隅で、煙草の煙が紺碧の照明に溶け、古びた革張りのソファに座る男たちの影をぼやけさせていた。龍哥と呼ばれる男は、無造作に足を組み、テーブルに置かれたスマホの画面を指先で撫でながら、向かいに座る肥えた中年の客をじっと見つめていた。その客は、金の指輪を何本もはめた手でウイスキーのグラスを弄び、時折、剥き出しの欲を隠そうともせずに周囲を見回している。


林晨は龍哥のすぐ横、ソファの端に身を縮めて座っていた。背筋を伸ばし、表情を無理やり硬く保っているが、心の中では不安と屈辱がぐるぐると渦巻いている。龍哥が今日の「取引」に自分を連れてきた理由を、彼は薄々感じ取っていた。それは単なる仲介や見張りではない。もっと深い、悍ましい目的がある。


「もうすぐ来るよ。」龍哥が口元を歪め、低い声で言った。その視線はバーの入り口に向けられている。林晨の心臓が一際大きく跳ねた。誰が来るのか、彼にはわかっていた。


数分後、重い鉄の扉が開き、一人の女がゆっくりと階段を下りてきた。ハイヒールが金属のステップを叩く鋭い音が、ざわめくバーの喧騒を一瞬で切り裂いた。蘇媚は、黒いタイトスカートに同色のブラウス、そして脚線を強調する黒ストッキングという、目を奪われるような出で立ちで現れた。彼女は事前に龍哥から指示された通り、偶然ここを通りかかったかのような、わざとらしい素振りでバーの中を見渡す。しかしその瞳の奥には、隠しきれない緊張と、林晨に向けたかすかな慰めの光が揺らめいていた。


「おや、なんと綺麗な方だ。」客が前のめりになり、薄汚れた歯を見せて笑った。「龍さん、知り合いかい?」


龍哥はゆっくりとグラスを置き、蘇媚に向かって軽く顎をしゃくった。「まあな。ちょっとお相手をしてもらおうと思ってな。林、彼女にこっちへ来いと伝えてくれ。」


林晨の指が膝の上で震えた。立ち上がるようにという命令だ。彼は一瞬、蘇媚と目を合わせた。妻の唇が微かに動き、大丈夫、という言葉が聞こえた気がした。それはいつもの、彼を守ろうとする仕草だった。林晨は重い腰を上げ、まるで他人の足を動かしているような感覚で蘇媚に近づき、何も言わずにただ手を差し出した。蘇媚はその手をそっと握り返し、彼を追ってテーブルへと歩みを進める。


「これはまた極上の品だ。」客は蘇媚が近づくにつれ、その体躯を舐め回すように眺めた。蘇媚は顔を伏せ、林晨の後ろに半ば隠れるように立ったが、龍哥が指で自分の隣の席をトントンと叩く。林晨は無言で道を譲り、蘇媚を龍哥のすぐ横に座らせた。座った拍子に、細いスカートが太ももの付け根まで上がり、黒ストッキングに包まれた肌が照明に照らし出された。客の喉がゴクリと鳴る。


「こんな美人が、なぜこんな薄汚い場所に?」客が下卑た笑みを浮かべて尋ねる。


龍哥は肩をすくめた。「仕事の話のついでに、ちょっとした息抜きだよ。彼女は俺の術にかかっていてな、とても素直なんだ。」そう言いながら、スマホの画面を見せる。そこには例の催眠アプリのインターフェースが表示されていた。


「催眠?まさか。」客は興味津々に身を乗り出す。


「疑うなら見せてやるよ。」龍哥が蘇媚の耳元に口を寄せ、何か短く囁いた。すると蘇媚の身体がピクリと震え、それまで緊張していた肩の力が抜け、表情から一切の感情が抜け落ちていく。まるで操り人形のように、彼女の目は虚空を見つめ、呼吸だけが規則正しく続けられた。だが、その奥に隠された意識は、苦しみに身を焦がしている。これは偽りの催眠だと、林晨も蘇媚も知っている。彼女は愛する夫のために、すべてを受け入れる演技をしているだけだ。しかしその演技は、回を重ねるごとにあまりにも真に迫りすぎていた。


龍哥はまるで商品を紹介するかのように、手を差し出し、蘇媚のブラウスのボタンを一つ、二つと外していく。黒いレースの下着が露わになり、豊かな双丘が窮屈そうに押し込められているのが見えた。蘇媚は微動だにしない。林晨はすぐ後ろの壁に背を預け、拳を握りしめた。爪が掌に食い込み、じわりと血の味がしそうなほどだ。声を上げたい。やめろと叫びたい。しかし、龍哥の冷たい視線が横目で彼を射抜き、アフーは別のテーブルでニヤニヤ笑いながらこちらを見張っている。何か言えば、待っているのは更なる地獄だ。彼はただ、声にならない息を飲み込み、無力な人形としてそこに立ち尽くすしかなかった。


「本当に動かない…おい、これは面白いな。」客は興奮に声を上ずらせ、忌々しげに指を動かした。「私も触っていいのか?」


「もちろんだ。」龍哥は優雅にワインを一口含み、目を細める。「彼女は命令なら何でも聞く。お前も何かやってみるか?アプリの操作は俺がやるが、命令はお前が出していい。」


客は慌てて席を立ち、蘇媚の背後に回った。その太い指が、黒ストッキングの上から太ももを撫で上げる。蘇媚の皮膚に鳥肌が立ったが、顔には何の反応も無い。客は興奮し、スカートの裾をまくり上げ、露わになった脚を舐めるように見つめた。


「ハイヒールを脱げ、と言ってみろ。」龍哥がそそのかす。


客が息を弾ませて命令すると、蘇媚はゆっくりと足を動かし、パンプスのストラップを外して両足から抜き去った。剥き出しのストッキングの足先が、冷たい床に触れる。次に客は「四つん這いになれ」と言い、蘇媚は素直にソファから床に降り、ポーズを取った。その背後から、客が屈み込み、匂いを嗅ぐように顔を近づける。


林晨は横目でそれを見て、胃の底から込み上げる吐き気を必死で抑え込んだ。蘇媚の背中越しに、彼女の左手の指が、ほんの一瞬だけピクリと動き、彼に向けて小さくサインを送ったのが見えた。それは、大丈夫、耐えられる、という合図だった。その細やかな仕草が、林晨の胸をいっそう締め付けた。


「そうだ、もっと面白いことをしよう。」龍哥が突然立ち上がり、手近にあった空のグラスを手に取った。「彼女にこれを舐めさせろ、犬のように。」


客は狂喜し、蘇媚の前にグラスを差し出した。蘇媚は顔を近づけ、舌を伸ばして冷たいガラスの表面を舐め始める。その姿はまるで飼い馴らされた犬そのものだった。バーの暗がりから数人の酔客が好奇の目を向けているが、龍哥の手下たちが睨みを利かせているため、誰も近づこうとはしない。


「次はどうする?」龍哥が客の肩をポンと叩き、スマホの画面をチラつかせながら言った。「俺が催眠で、彼女を感じやすくしてやろうか?触れられるだけでイくように設定できる。」


「そ、それはいい!ぜひ頼む!」客の目は爛々と輝いていた。


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