無能力者の末路1 (Pixiv Fanbox)
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こんにちは。
いつもご支援頂き、ありがとうございます。
今回は、変わってしまった世界で、それでも恩恵を得られなかった無能力者が、能力者の少女に弄ばれる話です。
プロット的にはまだここから長い予定なのですが、ボリューム踏まえてここで一旦切らせてください。
来週は書きかけの前回の続きを多分投稿します。
引き続きどうぞ、宜しくお願いします!
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夏も終わりに差し掛かった、夕方の時間帯。
アスファルトからは昼間の酷暑が残した蒸し暑い熱気が、陽炎のように立ち上っていた。
「ハァ……何が隕石だよ……もうマジで、やってらんねぇな……」
誰に届くでもない溜息とともに、俺——佐藤は汗で額にへばりついた前髪をうっとうしく押し上げ、愚痴を溢す。
数年前、太平洋に落ちた小隕石。
人的被害はなかったものの、そこから拡散した未知のエネルギーは、人類にありとあらゆる恩恵をもたらした。
思考能力や身体能力の上昇といった恩恵だけでなく、手のひらに火を生み出す者、水を意のままに操る者、身体能力をさらに何倍にも跳ね上げる者など、特殊な専用スキルを得る者まで現れたのだ。
突如として現れたそうした奇跡を、人々は「魔法」と呼んで受け入れた。
……だが一方で、その恩恵をまったく授かれなかった者もいた。
理由は未だ解明されていないが、未知のエネルギーには明確な適性があったのだ。
およそ世の中の約1割の人間には適性がなく、魔法の恩恵を何一つ受けることができなかった。
更にそうした無能力者にとって都合の悪いことに、能力者たちの瞳には、魔力を持つ人間の身体が、美しい光のオーラをぼんやりと纏って映るが、無能力者はそのオーラを一切纏わない。
つまり能力者からしたら、一目見た瞬間に、無能力者か否かがわかってしまうのだ。
かくいう俺も、そんな無能力者の一人だった。
魔法を使える能力者と、使えない無能力者。
この差は時が経つにつれて、やがて露骨な差別となって現れるようになっていった。
今働いている会社でも、移動魔法で瞬時に営業先を回り活躍する同僚や、思考能力向上を活かし手元で書類を高速で整理する後輩の陰で、俺は最低限の仕事をこなすだけで精一杯だった。
「おい、佐藤。昨日お前に任せた資料、どうなった?」
「あ…..すみません、時間が取れず….これから対応予定です」
「これからぁ?…..はぁ〜、もういいや。これだから無能力者は……何やっても鈍臭ぇな。」
年下の上司からの呆れた、冷ややかな視線に平謝りを繰り返す。
(クソ……っ! あの隕石さえ……あのクソみたいな隕石さえ降ってこなければ……!)
俺が無能なんじゃない。あいつらがイカサマを手に入れただけだ。
心の中でそんな毒を吐きながら俯いて歩いていると、ふと視界の端に巨大な門のエントランスが現れる。
ーー私立、黎明魔法学院。
中高一貫校で、魔法の才能に恵まれた一握りのエリートだけが集う、国内最高峰の魔法進学校だ。
壮麗な西洋の城を思わせる校舎の周囲には、豪華な赤レンガ造りの高い塀がどこまでも続いている。
俺のような無能力者の底辺サラリーマンにとっては、全く縁のない場所だった。
(…..けっ!ただ運が良かっただけのボンボンどもが。)
心の中でまた愚痴を吐き、通り過ぎようとした、その時——。
「あー、今日の魔法史の講義も退屈で死にそうだったわー。ほんとレベル低い」
「あはは、綾香、また一番に課題終わらせてたよねー、さすがw」
鈴を転がすような華やかな笑い声に、思わず足が止まる。
声のした方へ視線を向けると、学院の刺繍が入った制服を着た三人組の少女たちが、ちょうど門から出てくるところだった。
そして俺の視線は、吸い寄せられるように中央の少女へと留まる。
勝気そうな目元に、透き通るような白い肌。
すっと通った鼻筋と、ぷっくりとした薄桃色の唇。
夕焼けの朱に照らされ、腰まで伸びた艶やかな黒髪ロングをなびかせるその姿は、まるで絵に描いたように可愛らしいかった。
(モデルか?…ちっ……同じ人間かよ。前世でどんな徳積んでんだ。)
「そりゃ、あんな基礎中の基礎、とっくに知ってるわよ。てかもっと高度な攻撃魔法の実技をさせなさいっての」
ふん、と小さく鼻を鳴らす少女——綾香(あやか)と呼ばれた彼女は、不機嫌そうにしつつも友人の褒め言葉に満足そうに目を細めていた。
だがその直後、綾香の視線が俺を捉える。
魔力を一切纏わない俺が見えているのだろう。
彼女にとってそれは生理的な不快感を覚えるほどだったのか、整った顔立ちからすっと笑顔が消え、まるでゴミくずでも目にしているかのような、あからさまな軽蔑の色がその瞳に宿る。
「….見て綾香。あのスーツ着たおっさん」
「うわぁ……魔力ゼロの無能力者じゃん。久しぶりに見たわ。キモーい」
友人であろう二人のクスクス笑う下品な嘲笑が、意地悪く響き渡る。
(……ちっ)
どうせ関わってもろくなことにならない。
一刻も早く、この場から離れるのが正解だ。
そう思って立ち去ろうとした、その時。
「…..おい、そこの無能力者のおっさん」
綾香と呼ばれていた少女から、冷ややかな声が掛けられる。
自分より十以上は年下であろう女子高生からの、容赦のない呼び捨てだった。
流石にカチンと頭に血が上りかける。
だが、俺はぐっと奥歯を噛み締め、怒りを飲み込んだ。
相手は能力者だ。
例え生意気なガキだろうと、ここで下手に逆らうことほど愚かな行為はない。
俺は逃げることを諦め、ゆっくりと振り向いた。
距離にして、3メートルほど。
改めてまじまじと見ると、綾香の容姿は息を呑むほど整っており、強気で勝ち気な瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。
身長は、百五十センチそこそこだろうか。
制服に身を包んだ、まだ幼さの残る小柄な女子高校生だった。
対する俺は、百七十センチを超える大人の男だ。
単純な大きさで言えば、俺の方が頭一つ分以上大きい。
だが――。
(……..うっ)
彼女から、肌を刺すような重圧を感じる。
あの華奢な体の内側に、常人とは比べものにならない膨大な魔力が渦巻いている証拠だ。
この変わってしまった世界では、大人の体格差や体重差など、何の意味も成さない。
どれだけ俺の身体が大きかろうと、彼女の身体能力は魔力によって桁外れに強化されている。
仮に拳が一撃繰り出されれば、俺のような無能力者の男など、呆気なく吹き飛ばされるだろう。
「……何か、用でしょうか」
喉の奥がカラカラに乾き、掠れた声で何とか言葉を絞り出す。
こんな年下のガキ相手に腰を低くし、怯えている自分自身に強い嫌悪感が込み上げる。
自分の無力さが、猛烈に情けなかった。
そんな俺の顔を綾香は心底見下すように見つめると、その可憐な薄桃色の唇の端を、すっと意地悪く持ち上げた。
「私とゲームしない?」
「……え?」
「ゲームよ、ゲーム。無能力者で底辺のおっさんにも公平なルールにしてあげるから。で、もし私が負けたら、欲しいものなんでもあげる……そうね、たとえば、もう一生働かなくていいくらいのお金とか、どう?……どうせ毎日、惨めな思いして苦労してるんでしょ?」
「おお、おっさんやったじゃん! 綾香なら本当に払ってくれるよ〜?」
「そーそー。この子、魔法関連の大手企業の社長令嬢だから! お金なんてお父さんがいくらでも出してくれるんだってさ。羨ましーよね(笑)」
隣にいる二人の少女が、補足しながら楽しそうにクスクスと笑う。
あまりにも唐突で、そして胡散臭すぎる提案だった。
(一生、働かなくていいくらいの金……?)
毎日会社で無能力者とバカにされ、毎日カツカツの貧乏暮らしで心身を削り取られている俺にとって、それは確かに魅力的な言葉ではあった。
「……ハッ、バカバカしい。何言ってるんだ、子供は早く家に帰りなさい」
しかし俺はそんな動揺を隠すようにわざとらしく鼻で笑い、必死に大人の余裕を見せようと取り繕った。
すると、俺のそんな態度が気に食わなかったのか、綾香は冷ややかな瞳のまま、一歩距離を詰めてきた。
(……くっ)
たった一歩。
しかし彼女が距離を詰めた瞬間、肌を突き刺す魔力の圧がぐんと強まった。
まるで空気が薄くなったかのように、呼吸が浅くなる。
「ほんとに断っていいの? 人生一発逆転の大チャンスだよ? ……まぁ、もしおっさんが負けたら、代わりに私の言うこと何でも聞いてもらうけどね」
「もー、綾香ダメだよー? 今度こそ先生に怒られちゃうって!」
後ろの友人が呆れたような声をあげる。
「平気よ。前の奴……もうダメになっちゃったし」
黒髪をふわりと揺らし、面倒くさそうに言い放つ綾香。
(ダメになった……?)
彼女の口から出た不穏な言葉に、眉を顰める。
怪しすぎる。
嫌な予感が脳裏をよぎり、俺は引きつった笑みを浮かべつつ、後ずさりしながら手を前にかざした。
「あ、いや……そういうのは遠慮しておくよ……」
引きつった声で辞退し、背を向けようとした——その瞬間。
綾香の顔が不機嫌そうに歪んだ。
「……おい、まさか逃げんのか?」
可憐な容姿に不釣り合いな、乱暴な言葉遣いが耳を刺す。
「魔法が使えないだけじゃなくて、平等な勝負からも逃げるのかよ? ……お前がどうして無能なのか、よくわかるな。人生逃げてばかりの腰抜け野郎。雑魚すぎ。」
「ちょ、ギャハハ! 綾香、初対面の人に言い過ぎだって〜!」
「ふふ…..まぁでも確かに、無能力者ってこんな感じでうじうじして、ほんときもいよね〜。そりゃ神様にも見放されるわって感じ?」
少女たちの嘲笑と煽り文句が容赦なく浴びせられ、あまりの不快さに思わず怒鳴りつけたくなる。
(…環境に恵まれただけのクソガキどもが……俺がどれだけ努力してきたと思って…..!)
「……おい。まず、年上の大人に向かって、お前とか言うな。言葉遣いってものを、そこの学園では教わらないのか?」
俺は低く掠れた声で、精一杯の怒りを込めて彼女たちを睨みつけた。
だが、綾香達3人は反省するどころか、心底馬鹿にした目で、クスクスと肩を揺らした。
「はぁ〜? 大人以前に、お前はただの無能力者でしょ? ただの無能な底辺雑魚のくせに大人ぶって説教とか、マジでウケるんだけど。何様ですかぁ?」
心の底から馬鹿にしたような声を上げ、綾香はおかしそうに肩を揺らす。
「ちなみにゲーム内容はとっても簡単——じゃんけんよ」
「じゃんけん……?」
「そ。じゃんけん。どう?それならお前みたいな哀れな無能力者にも公平なゲームでしょ? 」
綾香はフンと鼻で笑い、自信満々に胸を張った。
じゃんけん。
確かに、罠など仕掛けようもないシンプルな勝負だった。
しかし、こんなの関わらないのが一番に決まっている。
……だが。
(……じゃんけんなら……)
実は昔から、不思議とじゃんけんだけは強かった。
毎日カツカツの口座残高を見て溜息をつく日々。
そんな泥沼の日常から、もしかしたら抜け出せるかもしれないのだ。
相手は超金持ちの令嬢らしいし、大金を払ったところで、大した痛手にもならないのだろう。
対して俺が負けた場合のリスクは、彼女の言うことに従うこと。
内容は不明だが、別に命を奪われるわけでもなし、自尊心を満たす程度のワガママなら…..
(ノーリスクとは言わないが……人生一発逆転のメリットと比べたら、乗る価値はあるんじゃないか……?)
魔力も関係ない、ただの純粋な確率勝負なら……..
「……ほら、どうすんだよ!無能!」
綾香の隣の少女が挑発するように、声をかけてくる。
俺は拳を強く握り締め、腹を括った。
「……やろう」
「お? 受けるんだ。ふふっ、その気概だけは認めてあげる。」
勝負を受け入れた瞬間、綾香は笑みを深め、軽やかに背を向けた。
腰まで届く長い黒髪がふわりと躍り、甘い香水の香りが風に乗って鼻先をくすぐる。
「よし、じゃあルールの確認な?」
綾香は再びくるりと振り返ると、両手を腰に当てて自信満々に胸を張った。
「ルールは一発勝負のじゃんけん。で、お前が勝ったら、望み通りの大金をその場で指定の口座に振り込んであげる。逆に負けたら私の言うことには何でも従ってもらう。……どうせお前が差し出せる価値のあるものなんて、何もないでしょ?」
相変わらずの言い方にイラッとくるものの、俺はそれをぐっと押し殺し、覚悟を決めて力強く頷いた。
「……ああ、わかった。勝負だ」
俺の返答を聞いた瞬間、綾香は満足そうに目を細めた。
「それじゃあ、いくよ?」
可憐な声で綾香が右手をすっと掲げる。
その瞬間——彼女の薄桃色の唇が、クッと深く、歪んだ笑みを浮かべたのを俺は見逃さなかった。
(……な、なにが可笑しい……?)
胸の奥に違和感と寒気が駆け抜ける。
だが、もう後戻りをするには遅すぎた。
「最初はグー!じゃん、けん——」
かけ声とともに、互いの手が前に突き出される。
『ぽん!』
俺が出したのは——チョキ。
対する綾香が出したのは——グー。
「……あ」
喉の奥から、乾いた声が漏れ出る。
あまりにも呆気ない、敗北。
「あはは!はい、私の勝ち〜。魔法も使えなければ、運もないのなぁ、お前(笑)」
友人の二人もクスクス笑い始める。
思わず顔を歪める俺に向かって、綾香は「じゃあ早速、契約の履行といこうかしら」と冷ややかに囁いた。
その瞬間、彼女の澄んでいた二重の瞳が、魔力を通した、深みのある禍々しい紫色の光を帯び始める。
「な……ッ!?」
ゾワリと、全身の毛穴が逆立つような強烈な悪寒が走る。
綾香と俺の足元の地面から、複雑な幾何学模様の光の輪——魔法陣が急速に描き出され、周囲の空気が振動し始めたのだ。
「教えてあげる。これが私の固有魔法の一つ——契約魔法。互いに言葉にして合意した約束は、因果すら捻じ曲げて絶対のルールになるの。さあ、まずは……命令。縮め♪」
綾香が言ったまさにその瞬間——。
——ズズズズズ……ッ!!
周囲のものが、巨大化していく……!?
…..いや、違う!俺自身の身体が、尋常ではない速度で縮んでいる?
「なっ……がぁっ!? か、身体が……っ!?」
身体が一瞬輝いた後、視界が強烈な眩暈とともに、激しく揺れ動く。
さっきまで見下ろしていたはずの綾香の頭頂部が、あっという間に視界の上方へ伸びていく。
小柄だったはずの少女の身体——それがまるで高層ビルのように、遥か頭上へと急速に聳え立っていくのだ。
激しい浮遊感と全身の骨が軋むような感覚と共に、スーツの布地が急激にサイズが合わなくなり、巨大なテントのように覆いかぶさって全身を押し潰していく。
ここまで、僅か数秒の出来事だった。
「ひっ……はぁ、はぁっ……!」
慌てて巨大な服から抜け出すと、足元にあったはずの小さな砂粒が、まるで拳ほどもあるゴツゴツとした岩石の群れとなって転がっている。
近くに落ちていた枯れ葉は、自分の身体をまるごと覆い隠せるほどの巨大な屋根に見えた。
俺の身体は――わずか2センチメートル程度にまで縮んでしまったのだった。
「な、なんだこれ……なんだこれぇ!? 身体……!? 俺の身体がぁぁっ!?」
「はい、一丁あがりっと!」
「あはははは! ちっちゃーい!! マジで小さくなってるー!」
「いやー….いつ見てもすごいわ、綾香の契約魔法。まさに魔法って感じ。一瞬で虫みたいなサイズになっちゃった。」
(……ぐっ……!?)
頭上から、少女たちの笑い声が爆音となって降り注ぐ。
「それにしても、綾香の未来視の魔法と組み合わせた契約魔法は無敵ね〜!初見殺しすぎるって(笑)」
「そうそう! 相手が何するか見えてるんだから、じゃんけんで勝てるわけないのに。ホイホイこっちの条件飲んじゃって。このおっさんもバカだねぇ〜!(笑)」
ゲラゲラ笑いながら、綾香の側にいた少女たちが種明かしを口にする。
未来視…….未来を、見る魔法?
(そ、そんなの……ありかよ……っ!?)
俺は絶望のあまり、冷たいコンクリートへ両手を突いた。
最初から、勝負なんて成立していなかったのだ。
彼女は自分が必ず勝つ結果をあらかじめ知った上で、俺にあの取引を持ちかけてきたのだ。
(ハメられた……ッ! 何が公平だ……ハナから騙されてたんだ……!!)
勝てる可能性など微塵もなく、俺は自ら進んで、絶対に負ける悪魔の罠に飛び込んでしまっていたのだ。
「それに契約魔法だって?…….こんな魔法も存在するなんて……もう、何でもありじゃんか…..」
相手は国内最高峰の魔法学院に通う、超一級のエリート。
子供とはいえ、もっと警戒すべきだったのだ。
一生遊んで暮らせる金という言葉に目を眩ませ、こんな意地悪なガキの戯れに付き合ってしまった自分に対して、猛烈な後悔が込み上げる。
もう二度と、元の大きさには戻れないかもしれない。
地面に膝をつき、顔を後悔で歪ませながら見上げる俺の視界を覆い尽くしたのは、天を突く巨大な塔のように立ちはだかる、三人組の少女たちの巨大な脚だった。
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「ちょっとー、ネタバレすんなし。シラけるじゃん!」
綾香の不機嫌そうな声が、頭上から降ってくる。
彼女が一歩、足を踏み出した——その瞬間。
ズシーン!!!!!
「ぐあッ……!?」
まるで巨大地震のような衝撃と地鳴りに、地面が激しく揺れ、2センチの身体が浮き上がる。
再び恐る恐る頭上を見上げると、そこには空を覆い隠すほど巨大な、整った少女の顔が広がっていた。
屈んでいるのか、彼女がフッと吐き出す吐息の風圧だけで、俺のちっぽけな身体は吹き飛んでしまいそうだ。
さっきまで小柄な女子高校生だったはずの少女は、今や俺の生死を指先一つで握り潰せる巨人へと変貌していた。
「ふふっ……ちっさ(笑)。無能に相応しい大きさになったじゃん。」
綾香の心底楽しそうな笑い声が、頭上から降り注ぐ。
「おい、無能チビ。契約通り、お前は今日から私の言うことに何でも従うしかなくなったの。わかる?」
彼女の巨大な瞳が、三日月のように妖しく歪む。
視界を覆い尽くす悪意満面の顔を見て、俺は恐怖でガタガタと震えてしまう。
「あ!もー、あんまり怖がらせちゃ可哀想だよ綾香〜! 小人さん、ブルブル震えてるじゃーん!あはは! 」
友人のからかうような言葉に、綾香はふんと軽く鼻を鳴らした。
「わかってないなぁ。こういうのは最初が肝心なの。……さて、と」
彼女はすらりとした美しい右足を軽く持ち上げると、ローファーに指をかけた。
「ーー早速、お前の新しい住処に案内してあげる。よく見ておきなさいよ?…くくっ」
ゴトッ!
地響きのような音を立てて、巨大なローファーが地面へ投げ出される。
続いて紺色のハイソックスの履き口に指をかけ、ゆっくり、するすると足から引き抜いていった。
そして、脱ぎ捨てたばかりの裸足を、俺の目の前へズイッと近づけてくる。
——その瞬間、周りの空気が一変した。
むわぁぁぁぁああん……ッ!!!
「ぐっ……は、がはっ……!? く……ッ!!」
(く、くせぇぇぇぇぇ!!!)
息が詰まるほどの猛烈な饐えた悪臭が、俺の全身を襲う。
一日中、密閉されたローファーと靴下の中で、極限まで蒸され続けた、新陳代謝の活発な少女の足の臭い。
その可憐な外見からはとても想像がつかない、酸っぱく熟成された発酵臭と、納豆の腐ったような臭いが混ざり合った暴力的なまでの異臭が、辺りに漂う。
「ふー、涼しー。やっぱ一日中履きっぱだと蒸れるわねぇ….」
綾香が満足げに小さく息を吐き出す。
一見美しく見える、きめ細かく整えられた足の裏。
だが目の前で2センチの俺から見れば、爪の隙間には黒い足垢が所々に詰まり、指の付け根には、一日分の汗や靴下の繊維などが混ざり合った汚い糸クズが、ねっとりとこびりついているのが見える。
その巨大な足の指が、俺の目の前でくにくにと、解放を喜ぶ生き物のように艶めかしく蠢いているのだ。
「ひっ………来るな、来るなよ……ッ!!」
俺は地面に尻餅をついたまま、必死に後ろへ這いずっていく。
綾香はそんな足元で蠢く無様な小虫を見て、眉間に小さな皺を寄せる。
「ふん、生意気に逃げようとしてるのかしら。無駄なのに。……命令。右の素足にぴったりくっついて、そのまま足の臭いをたっぷり嗅いでなさい」
「——なっ!?」
その言葉が発せられた瞬間、身体がまた一瞬光ったかと思うと、己の意思とは無関係に足が動き始める。
「そ、そんな……嘘だろ!?……嫌だ……や、やめろ、動くな、俺の足……っ!」
叫びを上げながらも、2センチの俺の肉体は吸い寄せられるように、猛烈な臭気を放つ少女の巨大な右足の指先へと向かって、一歩、また一歩と進んでしまう。
「ひ、ひぃぃぃいいい——っ!!」
「キャハハ! ばーか。私の魔法に逆らえるわけないでしょ?」
「くく、そーそー!おっさん諦めなって〜。それに能力者の中でも綾香はトップクラスに優秀なんだから、無能力者がそんな人間に遊んでもらえるなんて感謝したほうがいいよぉ?」
少女たちの嘲笑に、歯向かう余裕もない。
命令に身体が逆らえず、俺はついに猛烈な悪臭と熱気を放つ親指の先っぽへと接触した。
ぴと……!
湿り気を帯びた皮膚に触れると、汗でネバネバした質感が伝わってくる。
(気持ち悪い….!)
しかし、不運にも動きは止まらなかった。
「あ….あぁぁ…….!!なんで!!」
自由を奪われた足は更に前進を続け、親指と人差し指の間の深い溝へと押し入っていく。
そこは一日分の汗と垢が混ざり合い、黒ずんだ汚れがそこかしこにくっついている、地獄のような空間だった。
呼吸のたびに、濃密な悪臭が鼻腔を突き刺す。
(お、おぇぇぇ!き、きたなすぎる……..う…..おえっ)
「……ふふ、こいつ口ではぎゃーぎゃー言ってる割に、なんか指の股にまで入ってきたんだけど。新しい住処、気に入ったのかしら(笑)」
頭上から降ってくる、勘違いも甚だしい綾香の満足気な声。
その言葉と同時に、開かれていた左右の壁、垢にまみれた親指と人差し指の隙間が、ゆっくりと閉じていった。
(やめろぉぉぉぉ!こ、こんなこと許されない!!ふざけるなぁぁぁぁ…..!)
きゅっ
そのまま親指と人差し指が軽く閉じられ、俺の身体は左右のすさまじい圧力を受ける。
視界のすべてが足指でいっぱいになり、呼吸は脳を狂わせる蒸れ臭で満たされていく。
決して逃げられない絶望の中、俺の新しい地獄の日常が幕を開けたのだった。
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綾香の足指の間の空間は、ぬるっとした汗と、老廃物が至る所にこびりついていた。
指が閉じてしまい身動き一つ取れないなか、酸っぱく熟成された生ゴミや納豆を想像させる悪臭が、鼻腔に容赦なく襲いかかる。
「はぁ……はぁ……う、ごほっ……はぁ….はぁ……おえっ」
きゅっ
しかし、綾香は更に指に軽く力を入れ、両サイドの壁が、更に俺を挟み潰さんと締め上げてくる。
「うぐっ、あああ!!!」
蚊の鳴くような悲鳴が指股から発せられ、つま先を見下ろしていた少女達は思わず吹き出した。
「ぷ。キャハハハハ! ぐ、ぐああ!だって〜(笑)」
「ふん、まだ軽く挟んでるだけよ。このくらい我慢しなさい……情けない。」
「あはは! 超ウケる! 綾香ー、もっと強く挟んでみて! どんな声出すか聴きたい〜!」
ケラケラ笑う二人と、その中央で優越感に口元を歪める綾香。
くに…..くに…….
「あ、がっ……!?」
すると今度は蒸れた悪臭を放つ左右の壁が上下にも動きだし、骨が軋み、堪らず俺は顔を歪めピクピク身体を動かす。
足指の間で必死にもがく俺の姿は、少女たちにとってエンターテインメントでしかないのだろう。
「ふふ、じゃ、このまま靴を履いて帰るけど….途中で潰れて死なれちゃ困るから……」
綾香の可憐な薄桃色の唇から、新たな命令が宣告される。
「命令。お前は私が原因で死んだら、自動で2センチの元の状態に戻りなさい。……勿論、死に際の苦痛と感覚はそのまま味わうこと」
「は?ひっ……!? い、いやだ……そんなの……っ!!」
堪らず拒絶の悲鳴を上げるも、一瞬身体が光り、追加の命令が受け入れられた。
「はい、これで雑に扱っても死なないわね。私は優しいから事前に言ってあげるけど……これからは足にくっつけてる時は、指をぎゅっと締めたりして、暇つぶしにお前を潰すから。」
少女の口からあっさりと告げられた、絶望の宣告。
死ねない体で、激痛と激臭を永久に味わい続けるだけのおもちゃにする——その事実を改めて突きつけられたのだ。
もはや自分の命も尊厳も、彼女の足指の気まぐれ次第という恐怖に、身体がガタガタと震え、全身から嫌な汗が吹き出す。
「ひっ、あ、ああ……っ!」
「ふふ、怖い?……でもね…」
怯え切った俺を嘲笑うように、綾香は俺の潜む指の付け根を、巨大な指先でトントンと優しく叩いた。
「お前がここを舌で舐めて綺麗にしたら、少しはその回数を減らしてやってもいいわ……くっくっ」
(…………ああ……)
そうか…….もう俺に選択肢など、存在しないのだ。
俺は少しでも死ぬ激痛の恐怖から逃れるために、目に涙溜めながら、眼前の垢にまみれた皮膚へと必死に舌を伸ばす。
….レロッ….レロッ…….
「!?….う、ぐっ……っ!!…..ごくっ…ごくっ...」
舌先が触れた瞬間、猛烈な酸味と苦味が口内を満たす。
あまりの吐き気に胃液が逆流を始めるが、胃液ごと、足汗を喉奥へ流し込んでいく。
「あはは! そうそう。無能なりに、その調子で頑張りなさい?」
綾香はつま先に挟まれた俺の必死な奉仕を満足そうに見下ろすと、制服のポケットから、先ほど脱ぎ捨てたばかりの黒いハイソックスを取り出し、そのまま足先へと被せてくる。
するする……
指の股に挟まった俺の頭上を、湿った黒い布地が覆い尽くしていく。
そしてそのまま間髪を入れずにローファーへ足が押し込まれ、俺の視界は一瞬で真っ暗闇へと閉ざされた。
(はぁ……はぁ……く……そ……っ)
ローファーの革壁、靴下の布地、そして綾香の柔らかくも、巨大な足指。
三重の壁に閉じ込められ、靴の中の空気は一気に薄くなっていく。
ズシーンッ!!
すると突然、衝撃が全身を襲った。
綾香が靴を履いた足を、そのままコンクリートの地面へ踏み下ろしたのだ。
「あーあ。完全に閉じ込められちゃったー」
「いいなー。私もちっちゃいおもちゃ欲しい。綾香ぁ〜」
「はいはい。また今度ね。無能力者を見つけたら、捕まえてあげるわよ。……うりゃっ」
靴底越しに聞こえてくるのは、少女たちの楽しげで残酷な会話。
直後、綾香の声と同時に、左右の足指が容赦なくギュッと閉じ合わされた。
「!? 潰れる、潰れるううっ!!」
ぐちゅっ。
抵抗する間もなく、俺の身体はあっけなく足指に挟み潰された。
強烈な痛みが全身を走る。
……だが、身体が淡く光ったかと思うと、一瞬で元通りの姿へ再生してしまった。
「……あ、あれ……? 俺……いま……」
確かに潰され、死んだはずだった。
命令通り、本当に死んで、そして生き返ったのだという恐怖に、全身の血が引いていく。
(い、嫌だ、こんな苦しみを何度も味わうなんて、冗談じゃない!)
俺は半狂乱になりながら、目の前の指の股に溜まった垢に必死に舌を伸ばして、夢中で舐め回した。
「ふふっ……」
頭上から、満足げに笑う声が聞こえる。
許してもらえたのか——そう安堵したのも束の間、容赦なく再び指が閉じられる。
ぐちゅっ。
またしても潰され、指が開き、光とともに元通りになる俺。
(な、なんで………舐めてたのに……! 必死に舐めてたのに……ッ!!)
絶望で頭が真っ白になる。
「ん …..足の指にすら抗えず潰れる、無能なゴミ…….やっぱ、ストレス発散にはこれよねぇ。」
綾香のくぐもった楽しげな声が届く。
たまらず足から離れようとするが、契約のせいで彼女の足指から身体が離れてくれない。
「あぁくそ……頼む……やめてくれ! 助けてくれぇぇッ!!」
しかし暗闇の中でどれだけ叫んでも、靴下と靴に阻まれ、その声が外へ届くことはなかった。
そうしている間にも靴の中の温度はぐんぐんと上がり、生温かい汗と強烈な足の臭いが充満する、逃げ場のない蒸し風呂へと変わっていく。
暗く蒸せ返る靴下の牢獄の中で、俺は己の惨めな運命にただ泣き叫び、終わりのない奉仕を強制され続けるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ズシーン……!!!
ズシーン……!!!
(……くっ…..)
歩くたびに、天変地異かと思われるほどの衝撃が俺の全身を激しく揺さぶる。
綾香が右足を一歩前に踏み出すため、宙へ浮かせたその瞬間、ぬるぬると濡れた汗で滑り、俺の身体は足指の隙間から滑り落ちて、足裏へと落ちていってしまう。
(…..!?…..しまった!)
そして、右足が地面につき——。
「あ、あ…….潰される、潰——!!」
クチュッ……!
「あぐっ……!?」
抵抗する間もなく、ただの少女の歩行運動によって、俺の身体は彼女の体重に抗えずペシャンコに押し潰された。
全身を巨大なプレス機で潰されるような、凄まじい痛みが走る。
だが、ペースト状に潰された肉体は足が上がったタイミングでまた一瞬で復元され、俺は元の2センチの姿のまま、痛みの余韻に身悶えることになった。
(こ、ここにいたら本当にマズい……ッ!)
踏み潰され続ける地獄から逃れようと、俺は必死の思いで元いた足指の股へと這い上がっていく。
一日酷使した足から噴き出す汗と、靴下の繊維から放たれる濃縮された酸っぱい悪臭が混ざり合い、視界も鼻腔も地獄のような状況の中、俺は悪臭と熱気に包まれた足指の隙間へ、命からがら逃げ込んだ。
「ん……? 足裏に滑り落ちて潰れたの? チッどん臭いわね……てか、舌が止まってんだけど」
頭上から、綾香の不快そうなくぐもった声が聞こえる。
直後、彼女の足取りがピタリと止まり、足指へぎゅっと強い力が込められた。
「ぎゃああああああっ!?」
ぐちゅッ!!
またしても挟み潰され、激痛と共に即座に復元される。
ただ歩行に耐えるだけなんて許されない、奉仕の手を休めても容赦なく潰されるのだと、身体で理解させられる。
俺は再び潰される恐怖に怯えながら、指の股から滑り落ちないよう必死でしがみつき、舌を動かして汗と垢まみれの皮膚を舐め続けるのだった。
「う……うぅ……..」
なんて、惨めなんだろう。
踏み潰されないために、自分より遥かに年下の少女の指の股にしがみつき、ご機嫌を取るため必死に舐め奉仕を続ける——。
その情けない自分の姿を改めて自覚し、俺は大人としての尊厳もプライドも完全に粉砕され、目からボロボロと涙が溢れ出る。
「じゃあね、綾香〜! また明日〜!」
「ええ、バイバイ。」
友達と別れ、一人になった綾香は、さらに足取りを軽やかにして歩いていく。
俺にとっては永遠にも思える、地獄の時間。
足裏に滑り落ちては踏み潰され、舐め奉仕が足りないと足指で気まぐれに挟み潰されながら、俺はただただ、この地獄が早く終わるのを祈り続けるのだった。