変身ブローチ故障中 (Pixiv Fanbox)
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「もう逃げられないわよ! 大人しくお縄を頂戴しなさい!」
長い長い追跡の結果、ようやく凶悪な犯罪者を路地裏の行き止まりまで追い詰めることに成功した。
相手は巷を騒がせているハンマー男だ。その通り名のように、凶悪犯は身長ほどの長さの柄と鉄塊が一体となったハンマーを背負っている。
「身軽な私にそんな重たいハンマーが当たりっこないわ。武器を捨てて私の糸に縛られるのね」
「身軽だと? 美少女仮面にしては走る足が随分重たいように見えたぜえ。太ってるんじゃないか?」
「なっ」
確かにハンマーを背負った相手を追い詰めるにしてはかなり手こずってしまったが、美少女仮面の変身スーツは体重などものともしない身体能力を与えてくれるのだ。体重など関係あるわけがない……はずだ。
「もう怒った。ギッチギチに縛り上げて警察に突き出してやるわ!!」
「やれるもんならやってみやがれ!」
ハンマー男は背負っていたハンマーを持って構えると、美少女仮面を目掛けて振り回し始めた。
「オラオラオラ!」
「ちょ、危なっ……!」
いくら変身スーツに身を守られているとは言え、重たいハンマーの鉄塊が頭にでも当たれば大ダメージは必至だ。
ブンブン振り回される凶器に攻めあぐねていると、相手のハンマーが美少女仮面のブローチに激突した。
ガキンッ!
「きゃっ!?」
その直後から美少女仮面は全身の力を失い、ガクリと項垂れて片膝を地面についてしまう。
(やばっ、ブローチが壊れた!? 変身が解けちゃう……!)
ハンマー男からの追撃を恐れる美少女仮面だが、彼は今が逃げるチャンスだとばかりに走り去ってしまった。
「あばよ!」
「くっ……」
凶悪犯を取り逃してしまったが、直後に美少女仮面の変身が解けて本来の姿が顕になったため、正体を気付かれずに済んだようだ。
「あ、危なかった……」
美少女仮面から普通の女子高生サヤカに戻った彼女は、ひび割れた変身ブローチを手に今日の戦いを振り返る。
最後の最後に油断を見せてしまった。こんなことではいつまで経っても一人前のヒーローにはなれない。
(今日はもう帰ろう)
変身ブローチは自動修復機能を備えている。一晩も放っておけば完全に回復し、また美少女仮面に変身することができるだろう。
その時までにハンマー男を捕まえる作戦を練っておかなければと思考を巡らせながら、サヤカは自宅に向かって歩き始めた。
翌朝。
サヤカは手に取った変身ブローチの様子をじっと観察する。
このブローチは故障があった際に自動で修復が行われるが、きちんと直ったのかどうか見た目だけではよく分からない。
せめて修理の進捗率を確認できる機能を搭載できればいいのだが、大昔のご先祖様が謎の技術で作ったものだけあって現代の技術では機能を追加することも難しいのだ。
「うーん? もしもーし」
これがスマートスピーカーであれば応答もあっただろうが、ブローチはウンともスンとも言う様子がなかった。
念の為もう数時間放置しておこうと考えていると、ブローチに内蔵された通信機から「ビー!ビー!」とアラート音が流れ始めた。
このブローチは周波数さえ合わせれば現代の機械とも通信ができる。続いて聞き慣れた声が聞こえてきた。
『隣町でハンマー男が出現した。サヤカ、直ちに出動してくれ』
美少女仮面を始めとしたヒーロー達のサポートをする機関より、いつもサヤカをナビゲートしてくれる司令官の声だ。
「了解!」
昨日は不覚にも逃してしまったハンマー男の再来だ。
今度こそ捕まえてやる。はやる気持ちを抑えきれず、サヤカは変身ブローチを胸の辺りに掲げて変身の合言葉を唱えた。
「繊維縫製!」
するとブローチから大量の糸が放出され、サヤカの全身を包み込んでいく。
この際一瞬だけ拘束されるが、サナギから羽化する蝶のように、美少女仮面へと変身するための必要な工程なのだ。
しかし拘束状態からいつまで経っても変身が完了しない。
頭頂部から足の爪先まで糸を巻きつけられt、まるでミイラのような姿になったまま、サヤカはバランスを崩して倒れ込んでしまった。
「んんっ!? んん~~~!!」
サヤカには見えていないが、変身の途中でブローチに亀裂が入ってしまった。まだ自動修復が完了していなかったのだ。
故障が原因であることはサヤカもすぐ察した。
(しまった! やば、全然動けない……!)
芋虫のようにクネクネと暴れても糸が解ける様子はない。糸同士が複雑に絡み合っている上、あらゆる刃物も受け付けない頑丈さもあって脱出など不可能な状況だった。
ただしブローチから放出された糸は一時間ほどで繊維が解体されるようになっている。これは美少女仮面の糸が誰かに悪用されても止められるようにという措置らしいが、故障したブローチが通常通りその解体信号を糸に伝えているのかは分からない。
もしかしたら一時間経っても解けない可能性も──
(だ、誰か助けてぇ!!)
呻き声を上げながらいっそう身を捩らせていると、サヤカの元に駆けつける足音が聞こえてきた。
「サヤカちゃん!? ……あらら、変身失敗しちゃったの?」
サヤカの母親であり、先代の美少女仮面でもあったサキの声だ。
「ん゛ん゛ーっ!!」
「また合言葉を噛んだのね。おっちょこちょいなんだから~。まったく誰に似たんだか!」
ちなみに変身の合言葉である「繊維縫製」をしっかり発音できないと、いかに変身ブローチの継承者と言えど拘束状態から変身が完了しない仕組みになっている。これも変身スーツを悪用されないためのセーフティ機能で、変身者の異変を検知する仕組みがいくつもあり、合言葉を噛むことも条件の一つだった。
「仕方ない、今日はママの出番ね」
サキは引退した身であはるものの、まだ美少女仮面に未練があるため事あるごとに変身しようとする。今回も自分が出撃するチャンスと見たようで、すぐ変身しようとしていた。
「んんんっ! ん゛ん゛~~~!!」
そのブローチは故障中であり、決して変身してはいけない──そう伝えたいのに、糸に抑えられた口からは呻き声しか出せなかった。
「いくわよ~! 繊維縫製!」
するとブローチから大量の糸が放出され、サキの全身を包み込むようにキツく巻きついていく。
本来であれば全身が糸に包まれてから間もなく変身が完了するはずだったが、サヤカの時と同様に拘束された時点で変身プロセスが中断してしまった。
「んんん~~~!?」
たまらず倒れ込んでしまうサキは事態が飲み込めず、サヤカ以上に慌てふためいていた。
(うそ、ママまで縛られちゃった……!? 私たち、このままどうなっちゃうの……!!)
その後、繊維は一時間で解体される様子もなく、美少女仮面のなり損ない二人はいつまでも窮屈な拘束状態を強いられることとなった。
異変を察して駆けつけた司令官によって保護されるが、糸の解体に必要な電気信号はブローチが発生させるもの以外は受け付けないらしく、外部からはどうすることもできないとのことだった。
食事もできずトイレも我慢しながら縛られ続け、ようやく解放されたのは拘束されてからおよそ八時間後。どうやらブローチの自動修理が完了したことで糸を解く信号が送られたらしい。
「サヤカちゃん。次にブローチが壊れたら、二十四時間は待ってから変身してね……」
今回のようなことはサキの現役時代にも身に覚えがある事態だったのか、怒ることもなく忠告だけに留めてくれた。
「うん……ごめんなさい、ママ……」
こんなことが二度とないようにくれぐれも気をつけようと誓うサヤカだった。