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「……続いて、本日の侵攻情報です。西日本の海岸線付近を中心に、各地域へ出現予報が発令されており……」

リビングではテレビがついたままになっていた。

画面の向こうで、アナウンサーが淡々と今日の侵攻予報を読み上げている。

あらかた荷造りは終わっていた。残すところは家を出る前の後始末だけだ。

俺はリモコンを手に取り、テレビの電源を落とした。そのままコンセントを引き抜く。

荷物を手に家を出て、最後に玄関の鍵をかける。

もうこの家に戻ってくる者はいない。

慣れ親しんだ生家との別れの日だった。



俺は「積上山」行きのバスに乗り込んだ。



ある日、世界は突如として変貌した。

謎の侵略生物――正式名称「侵攻的地底生命体」。

カニやクモを思わせる外見から、世間では「ツチグモ」と呼ばれているその生物は、ある山中から突如として現れたと公表されている。

あらゆる兵器や化学物質が通用しない、異常なまでに頑丈な表皮。

そして、個体同士が意思を共有しているかのような統率された行動。

ツチグモは瞬く間に人類の生活圏へと侵入し、文明そのものを蹂躙しようとしていた。

人類には、なすすべがなかった。

――しかし、希望もまた突如として現れた。

「ヒーロー」の覚醒。

それはツチグモに襲われる子供を庇おうと、一人の男性が身を挺した瞬間に起きた。

超人的な筋力。

何者にも傷つけられぬ強靭な肉体。

人類がただ蹂躙されるしかなかったその日、初めて反抗するための力が生まれた。

その男性の名は――大山英勝。

俺の父だった。

父は「ブルータイタン」と名乗り、日本のみならず世界各地を飛び回った。

そして、現れるツチグモを次々と打ち倒していった。

世界中のツチグモを殲滅するまでに、父が要した時間はわずか七日間だったという。

その間、父は一睡もせず休むことなく戦い続けた。

世界はそんな父を、現代に現れた救世主だと称賛した。


――だが、ツチグモの侵攻は、それで終わりではなかった。

第二波、第三波。

世界各地の活火山や海底から、ツチグモは幾度となく姿を現した。

そのすべてを父は一人で討伐していった。

しかし、どれほど強大なヒーローにも限界があった。


それは「体力」の問題ではなかった。

「ブルータイタン」の力は無尽蔵と言えるほどのもの。

移動速度は光速に匹敵する。

だが、地球上をその速度で移動すれば凄まじい衝撃波が発生する。

移動するだけで街に甚大な被害を与えてしまうのだ。

そのため、父が「安全な速度」で戦場へ到着しツチグモを討伐するまでにはどうしても「猶予時間」が生じた。

そのわずかな時間の間にもツチグモによる被害は一つ、二つと起きていく。


一個人で世界を守ることに限界を感じた父は、政府へ掛け合った。

自分と同じように覚醒したヒーローを集め、組織として運用する。

世界中から戦力を集め、侵攻に対抗する。

そのために設立されたのが、国際超人派遣機構――

「H.E.E.hive(Heroic Emergency Expeditionary hive)」だった。

組織の発足から間もなく、第二のヒーローが誕生した。

そして「超人化施術」という志願者をヒーロー化させる方法も確立された。

人類は、再び自らの手で戦う力を手に入れたのだ。



騒動の主役が父という身近な存在だというのに、俺は現実味がないと感じていた。

――いや、だからこそなのかもしれない。

俺にとって、ツチグモの侵攻はどこか物語の出来事ように感じられていた。



「超人化施術」という存在を知ったとき、俺はすぐに施術への志願を伝えた。

その頃の父は世界中を飛び回っていて、まともに電話をする時間すらなかった。

ようやく繋がった電話で、俺が告げた言葉に対する父の返事は――

「できない」

それだけだった。

あの父のことだ。

危険すぎる、自分の息子を戦場へ行かせるわけにはいかない。

理由ならいくらでも思い浮かんだ。

しかし……

「できない」

その言葉の響きがどこか心に引っかかっていた。


そんなある日だった。

通学途中、予報にないツチグモの襲撃を受けた。

逃げる暇などなかった。

目の前まで迫った巨体。鋭い脚。

もう、次の瞬間には襲われる。

そう思ったその時だった。

指先がちらつくような感覚。次いで、全身が痺れた。

身体の内側で何かが弾ける。

熱い!

自分の内側から、巨大な何かが湧き上がってくる。

それは、まるで「大きな流れの奔流」だった。

俺はその流れに身を委ねた。

次の瞬間。

俺の身体は、轟く稲妻となっていた。

そして、気がついたときには――

ツチグモの腹部を、俺の身体が貫いていた。

ヒーローとしての覚醒が、俺にも起きたのだ。



積上山・山中。

そこに、H.E.E.hiveの本部はあった。

岩肌から建物そのものが飛び出してきたかのような純白の巨大建造物。

山中に存在するとは思えないほど近代的でありながら、周囲の岩肌と一体化したような異様な存在感を放っている。

その姿は、どこか巨大な鉱物標本のようだと思った。

俺は厳重なセキュリティを、生体認証によって一つずつ通過していった。

そしてようやくロビーへ足を踏み入れる。

広い空間の向こうから一人の人物が歩いてきた。

白衣を身にまとった、筋骨隆々の男性。

その姿には、研究者という言葉から想像するような繊細さはない。

むしろ、今すぐ戦場へ送り出しても通用しそうな身体つきだった。

男は俺の前で立ち止まると、右手を差し出した。

モリオン博士。

この場所で、俺を待っていた人物だ。

「ようこそ、H.E.E.hiveへ」

差し出された手を握る。

その瞬間、これまで過ごしてきた日々が遠いものになった気がした。


今日から、俺の新しい人生が始まる。



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