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今月更新予定の作品を、今かけているかつきりのいいところ(悪いところ?笑)まで先行公開します!


※先行公開につきAI挿絵はありません。

※未推敲です。本公開時には内容が少し変更になる恐れがあります。

※キャプション制作作業も未実施です。


以上をご了承頂ける方のみ閲覧お願いいたします。


4万文字あります。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「──声出したらお姉ちゃん起きてきちゃうかもね?」


耳元で囁かれた小さな小さな声。

しかしその一言は、扉一枚隔てた寝室で眠っている綾乃の寝息よりも、リビングの隅で低く唸る空気清浄機の音よりも、ずっとはっきりと俺の耳に届いた。


深夜一時過ぎ。


照明を落としたリビングには豆球が灯り、淡いオレンジ色が床に影を作っている。


「……ね、お義兄さん?」


耳元に吹き込まれた吐息混じりの声。

首筋を這う熱い息は、火照った舌先そのままの温度で、ぞくりと背筋を震わせる。


「今あたしがおっきい声出したら……どうなると思う?」

「──ッ……!!」


息が詰まる。

心臓が跳ね脈打つ音が響く。

ソファの上、薄いブランケット越しに伝わってくる紗良の体温。

密着した太ももから、柔らかな肉の重みと温もりが伝わり、肌が粟立つ。


「たとえばさ……」


耳に唇が触れる。

湿った吐息が鼓膜を撫で背筋が震える。


「おねえちゃーんって、大きい声出したり」


俺は反射的に片手で紗良の口を塞いでしまう。


「……ふふ」


掌の下で押し殺された笑い、向こう側から伝わってくる生々しい呼気は熱く。

唇の形、濡れた感触がじわじわと伝染し、掌が痺れてくるようだった。


「この手は何? お義兄さん?」


答えられなかった。

ローテーブルの上には、綾乃と一緒に選んだ式場のパンフレットが開きっぱなしになっている。

白いチャペル。

花嫁姿のモデル。

指輪の広告。


それら全てが俺を責めているかのようで。


「……んー?」


紗良は俺の腕の中で小さく首を傾げた。

照明を落としたリビングの薄暗闇の中、彼女の表情は見えにくい。

けれど楽しげな声だけが掌の向こう側から聞こえてくる。


「今大きい声出したら、あたしが襲われてるって思われちゃうかな?」

「……ッ、だから! 誰が、そんな……っ!」


「嘘つき。ココ、こんなに熱くなってるのに」


紗良の柔らかい太ももが持ち上がる。

ブランケットの隙間をぬうように移動したそれは、狙い澄ましたように俺の脚の付け根へ押し当てられた。


「ほら、やっぱり固くなってる。ね? 脚で触ってるだけでわかるよ? いつもすぐこんな風にしちゃうんだもん……お義兄さん、我慢できないんだね?」


彼女がそっと腰を上下に揺する。


「ぅ……あ……っ!!」


甘い痺れが走り、彼女から逃げるように腰が浮く。


「声出さないでって言ってんじゃん。バレちゃうよ?」


紗良は楽しげに笑い、さらに腰をぐっと押しつけてきた。

柔らかく温かい肉のクッションが、怒張した肉棒に絡みつく。


「ん〜……やっぱすごい固い……お義兄さん、溜まってたんだね?」

「……ッッ! ば、馬鹿!! いったい誰のせいでこんなことに……ッッ!! は、離れろ……!」


「やーだ。だってもう止めらんないし。ほら、もっと気持ちよくしてあげるね」


紗良は嬉しそうに囁き、腰をわずかに浮かせたまま円を描くように太ももを回した。

剥き出しの柔らかい肉の部分でズボン越しに竿を擦られ、快感に思わず腰が浮いてしまう。


「ぅあ……! 紗良……!」

「お義兄さん、かーわいい♡ 気持ちいいんだぁ? ホント敏感なんだねぇ? ……ま、こんだけあたしが開発してあげたんだから当然なんだけどさ?」


紗良は楽し気に囁きながら、さらにもう一度太ももを大きく円運動させる。

温かい肉の圧力に包まれた部分から甘い電流のような刺激が迸り、下半身全体が熱くなる。


「ねぇ、手じゃなくて唇で塞いでよ? じゃないともっと大きい声出ちゃうかも……」


掌に触れる唇が尖り、ゆっくりとキスの形を作る。

そしてそのままわずかな空気の流れを利用し、掌へと吸い付いてくる唇の動き。

見えないはずの舌先の、柔らかくて熱い粘膜の感触まで想像してしまい、背筋がぞくりと震えた。


───こんなことを続けていたらどうなる?


綾乃に申し訳ないどころの話ではない。

明らかな不貞行為。

これ以上のことは絶対にやってはならないはず。

絶対に一線を越えてはならないはず。

しかし頭で理解していても、目の前にいる少女からは逃れることができなかった。

いつのまにか身体がいうことを聞かなくなっていた。

そんな俺を彼女は見透かしたように笑うのだ。

彼女の望むままになっているうちに俺はどんどん泥沼へ沈んでいく。


「………………♡」


あの日、綾乃の妹の紗良が、スーツケースを引いてこの部屋に来た時から、俺の中の何かは、少しずつ狂い始めていた──。


…

……

………



土曜日の朝。

雨上がりの東京、アパート前の通りには湿ったアスファルトの匂いが漂っていた。

綾乃と一緒に暮らす2LDKのマンションは、最寄駅から徒歩十分圏内の好立地。

都内でありながらも駅周辺には緑豊かな公園があり、住環境としても申し分がない。

週末は二人で並んでカフェに行ったり、スーパーで買い物をしたり、まったりとした時間を過ごすことが多かった。


白百合綾乃。


俺の恋人で、婚約者で、もうすぐ妻になる女性。

お嬢様育ちで、少し世間知らずで、けれど誰よりも真面目で優しい人。

大学を卒業するまで外泊はもちろん、泊まりがけの旅行さえ家に許されなかったくらい彼女の家は厳しかった。

それでも綾乃は、俺との関係をゆっくり大事に育んでくれた。

手を繋ぐのも。

キスをするのも。

身体を重ねるのも……全てが慎重だった。


婚約して、この部屋で一緒に暮らし始めて、ようやく俺たちは本当の意味で恋人から夫婦になる準備を始めたのだと思う。


ローテーブルの上には、来週末に行く予定の式場パンフレットが広がっていた。

白いチャペル。

海の見える披露宴会場。

綾乃が付箋を貼ったドレスの写真。


まだ実感は薄い。

けれど、そのどれもが俺と綾乃の未来に繋がっているのだと思うと不思議と胸の奥が温かくなる。


「ねえ、悠真さん」


キッチンから綾乃の声がした。

同棲を始めてからも、彼女は時々まだ俺にさん付けをする。

何度も呼び捨てでいいと言ったのに、恥ずかしそうに笑って誤魔化されるだけだった。


「ん?」

「今日、紗良が来るんだった」


「紗良ちゃん?」


名前を聞いて、すぐに綾乃の妹の顔が頭に浮かぶ。

といっても、直接会ったことはない。


家族写真や、綾乃のスマホに映った姿を何度か見せられはしていたが、先日婚約の挨拶に綾乃の実家へと伺った時ですら綾乃の妹は席を外していたのだ。

少し常識がないのかと思ったものの、綾乃とは歳も結構離れているため仕方ないのかとも思ったのを覚えている。

確か、今年大学に入ったばかりだったはずだ。


「うん。前に話したでしょ? しばらくこっちから大学に通いたいって」

「ああ……そういえば」


「実家からだと少し遠いみたいで。あと、ちょっと一人暮らし先で困ったことがあったみたいなの」


綾乃はそう言いながら、二つ分のマグカップに紅茶を注いでいた。

落ち着いた手つき。

柔らかい声。

殺風景な一人暮らしにはなかった、綾乃という女の子の存在が部屋によく馴染んでいた。


「しばらくってどれくらい?」

「たぶんひとつきかふたつきくらいかな〜? 講義の都合が落ち着くまでって言ってたけど」


「そっか」


正直少しだけ戸惑いはあった。

同棲を始めて約半年。

ようやく二人の生活に慣れてきたところへ、婚約者の妹が転がり込んでくる。

男としては少なからず不安があったが、それを口にすることはできなかった。

ましてや婚約者の家族に対して、そういう話題は避けなければいけない気がした。


「ごめんね。急で」

「いや、綾乃の妹なら別に」


そう答えると、綾乃はほっとしたように表情を緩める。


「ありがとう。悠真さんならそう言ってくれると思ってた」


その信頼が少しだけくすぐったかった。

同時に背筋を正されるような気もした。

俺はこの人の婚約者なのだ。

この人を守って、この人と家庭を作るいっぱしの男なのだ。


そう思った、ちょうどその時。


──ピンポーン♪


「あ、来たかも」


綾乃がぱっと顔を明るくする。

俺も立ち上がり玄関へ向かう。


「はーい」


鍵を開けてドアを引く。

そこに立っていたのは、大きなスーツケースを片手に引いた、綾乃によく似た目元の女の子だった。

だが纏っている空気は綾乃とはまるで違っていた。


艶のある黒髪は肩にかからないくらいのボブカットの女性。

白に近い淡いサマーニットの上から羽織った薄手のカーディガンは、肩から崩れるようにゆるく掛かっていた。

チャコールグレーのミニスカートからは、すらりとした脚が覗いている。

全体としては上品で、育ちの良さを感じさせる格好。

清楚に整っているはずなのに、肌の露出の多さからどこか遊び慣れた雰囲気も混じっていた。


少し困ったように眉を下げているのに、こちらを見上げる瞳だけは妙に人懐っこい。


「あ」


彼女は俺を見た瞬間、ぱちりと瞬きをした。

花が開くみたいな笑顔を浮かべて。


「もしかして、お姉ちゃんの婚約者さん?」

「あ、えっと……蒼井悠真です」


「ふふっ、知ってます」


初対面のはずなのに、これから居候をさせてもらうというのに……彼女は少しも物怖じしていないようだった。

スーツケースの取っ手を握ったまま、ほんの半歩だけこちらに近づいてくる。

玄関先の狭い空間に、甘いシャンプーの匂いがふわりと入り込んできた。


「白百合紗良です」


そう名乗った彼女は、綾乃の妹らしく上品に笑って、それから少しだけ首を傾げた。


「今日からしばらくお世話になりますね」

「あ、ああ。よろしくお願いします」


「ふふ、敬語なんて使わないでください。お義兄さん」

「えっ……あっ、いや……そうだよな、綾乃の妹だし」


「そうそう、気軽に紗良って呼んでくれても大丈夫ですよ」

「えっと、紗良ちゃん……?」


「紗良でいいですって」

「そ、そうか……よろしく」


「ふふっ」


綾乃と同じ、黒く長い睫毛。

けれどその奥に輝く瞳の強さは違っていて、どこか鋭く、探るように俺を見ていた。

その視線はとても居心地が悪い。

なのに不思議と嫌ではなかった──。


………


「紗良も大変だったねー? せっかくいい部屋見つかったのに、あんなことなっちゃってさー?」


紅茶が注がれたティーカップをローテーブルに置きながら綾乃が言った。


俺たち三人はリビングの低いソファーに向かい合うように座り、テーブルの中央には綾乃が用意してくれたケーキと焼きたてのスコーンが並んでいる。


「ホントだよぉ……引っ越し早々あんなことになっちゃったら気まずいっていうか……まあ、でもいい社会勉強にはなったかなぁ?」


テーブルを挟んで斜め前に座った紗良が答えた。


「……いい社会勉強って?」


ふと思わず聞いてしまった。

なんとなく気になったんだ。

この家に居候する理由だとか、そもそもどんなきっかけでそうなったのか、俺が知るべきなのか……知らない方がいいのか。


「ちょっとしたトラブルに遭っちゃって……」


そう言う彼女の声色にはあまり深刻さは込められてはいなかったものの、何故だかその時の俺は彼女が話した内容よりも『トラブル』という単語の方に意識を向けてしまう。


「ストーカーっていうのかな? ちょっと変な人に付きまとわれちゃってさぁ……」

「それでパパがもうかんかんになっちゃって……実家は大学まで遠いし、うちなら駅まで近くて悠真さんもいるしってことで、私が話してしばらく紗良を預かることにしたの」


俺の横に腰掛けた綾乃が苦笑しながら補足すると、紗良はこくんと頷く。


「うん。最初はちょっとした付きまといぐらいだったんだけどね〜?」


ティーカップに口をつけた紗良が脚を組んだ。

ひざ丈スカートの裾から、ほどよい肉付きの太ももがちらりと見え隠れする。


「ほら……紗良は私と違って、ファッションも少し解放的だし、人当たりもいいでしょう? 人懐っこくて明るくて親しみやすい子だから、つい勘違いしちゃう人も多いんじゃないかなって」


綾乃が言い切る前に、目の前の紗良がもう一度脚を組み替える。

右脚から左脚へ。

自然すぎる仕草でつま先を滑らせ、また脚を組み直す。

スカートの裾が僅かに捲れて、脚のラインがちらつく。


「えー? お姉ちゃんあたしに対してそんなこと思ってたんだ〜? んー、でも確かにあたしの見た目も態度もお姉ちゃんと比べたらエッチぃかなーって思うこともあっちゃったりなかったり?」


クスクスと紗良が笑う。

綾乃よりも少し華やかな服装。

身体のラインが出やすい薄手のサマーニット。

彼女が何気なく笑うたびに、そこにある女らしさを意識させられる。

それに、露骨に露出した太ももだって、さっきから妙に艶っぽく主張していた。


綾乃の方はどうかというと、彼女は自分のことを『地味でつまらない子』だと卑下するが、全然そんなことはないと思う。

清楚で可憐で、どこか儚げなところが魅力的な、よくできた奥さん。

しかし今、俺はその近い未来の奥さんの横に座っているというのに、目の前の女性の方がずっと女らしく感じてしまう。


「──ま、あたしの話はどうだっていいじゃん? ってかお姉ちゃんたち、この式場で結婚式挙げるの? えー、素敵だなぁ……。ねぇお義兄さん、ここのドレス着たお姉ちゃんってどんな風に見えるんだろうね?」


紗良はそう言ってから、テーブルの隅に寄せてあったパンフレットを取り上げた。


「へぇ〜、お姉ちゃん意外とこういうの着たいって思ったんだー? 全然そんなイメージなかったなー?」

「え、えっとね……。最初はね、控えめなのにしてたんだけど、悠真さんがせっかくだからって後押ししてくれて……そっちに決めようかなって……」


慌てたように答えつつも頬を赤らめた綾乃を見て、俺も思わず笑ってしまう。


「ふぅん……そっかぁ〜! いいなぁ……私も早くこういう場所でウェディングドレス着てみたいなぁ……ふふっ」


パタン、とパンフレットを閉じた紗良はそのままソファーに背を預けて天井を見上げた。

短いスカートがさらに少しだけ捲れ上がったが、本人は気にしていないようだった。


「紗良〜? さっきからちょっと油断しすぎじゃない? 私が見てないと思ってるかもしれないけど、今もかなり脚出ちゃってるよー? ここは実家じゃなくて、悠真さんだっているんだからね?」


紗良の仕草がさすがに姉である綾乃の目には余ったのだろう。

軽くたしなめるように注意する。


「えー? 大丈夫だって〜! お姉ちゃんはいつも気にしすぎなんだよ〜? ……それにお義兄さんは私の身体なんか気にしないと思うし〜?」


しかし、その当の本人はというと、姉の小言には全く響いていないのか、けろっとした態度で笑い飛ばすばかりで。

そんな妹を見て、綾乃が小さくため息を吐く。


「まったく……。でもね、今日はこれぐらいにしておくけど、明日からはちゃんとしてよね? いい? 悠真さんだってそこまで鈍感じゃないんだから」


その言葉はだらしない妹の紗良にだけ向けられたわけではないようだった。

その証拠に、みんなの分の空のティーカップをお盆に乗せながら立ち上がった彼女が『悠真さん』と改めて俺に向き直る。


「悠真さんもごめんね〜? 性格悪いとか思わないであげて欲しいんだけど、紗良は本当に無防備で人を疑うことが苦手っていうか……悪い子じゃ決してないの。ただ、私の妹だから擁護するってわけじゃないけど、すごく純粋な子で昔からこんな調子なのよ〜。だからと言ってあんまり紗良のこと甘やかしたらダメだからね? 私の代わりに、兄として、ちゃんと叱ってあげてね? ……なんてね、ふふっ♪」


綾乃が俺に微笑む。

いつものように優しく包み込むような穏やかな笑顔で、角が立ちそうなところも綺麗に丸く収めてしまう。

俺は彼女のそういう優しい部分が堪らなく大好きだった。

この人となら明るい将来を作れると思ったし、この人と一生一緒に生きていきたいと思った。

それこそ綾乃以外の女は考えられないほどに──。


「じゃ、私は片付けてくるから、悠真さんは紗良にお部屋を案内してあげて?」


お盆を持った綾乃がキッチンへと消えていく。

俺はその背中を見送りながら、ソファに座ったままの紗良に向き直る。


「じゃ、行こうか」

「……うん、でも……」


「お姉ちゃんとお義兄さん……ちょっと妬いちゃうかも〜」


聞こえるか聞こえないか程度の声量で漏らした言葉。

そのままゆっくりと紗良が立ち上がったことで確認するタイミングを逃してしまう。


「──何ぼーっとしてるんですか? 早く案内してくれません? お義兄さん?」


「あっ……いや、ごめんごめん」


思考を遮られハッと我に返る。


「ほらほら、早く行きましょうよ? ね?」


急かすように俺の腕を掴んで引っ張り上げる紗良。

その拍子に彼女の柔らかい胸元が肘に押し当てられてしまう。

しかしそれも気にするそぶりを見せずに、紗良はぐいぐいと俺の腕を引っ張ってくる。


「ちょっ……紗良ちゃん」


思わず制止しようとしたところで、キッチンの方から水の流れる音が聞こえる。

洗い物をしている綾乃だ。

幸いこちらには気づいていないようだ。


「ん〜? どうしましたぁ〜?」

「いや……その、近いから」


そう漏らした俺に、紗良はぱちりと瞬きをする。

自分が何をしているのか、本当にわかっていないのか──。

しかしそれも一瞬のこと。

すぐに唇の端を小さく持ち上げる。


「えー? これくらい普通じゃないですか?」

「ふ、普通……?」


「そ。少なくともあたしの中では普通です」


さらりと言い切られてしまった。

これ以上追求すると、むしろこちらの方が過剰に意識しているみたいで、それ以上何も言えなくなってしまう。


腕に絡む細い指。

肘のあたりに触れたままの柔らかい感触。

さらさらと流れるボブカットの黒髪からは、綾乃とは違うシャンプーの甘い香りが漂ってくる。

無邪気なつもりかもしれないが、明らかに距離感がおかしい。


まずい。

意識するな。

綾乃の妹だ。

これからしばらく、同じ家で暮らすことになる家族だぞ。


そう自分に言い聞かせながら、俺は紗良に引っ張られるようにしてリビングを出た。


廊下に出ると、キッチンから聞こえる水音が少し遠くなる。

食器の触れ合う小さな音。

綾乃が洗い物をしている音。


「こっち」


俺は廊下の奥にある部屋を指さした。


「ここ、今日から紗良ちゃんに使ってもらう部屋。普段はほとんど物置みたいになってたから、最低限しか片付けられてないけど」

「へぇ……」


ドアを開けると、紗良は俺より先にスタスタと中へ入っていく。

大きなスーツケースを引きずる音が、フローリングに響き渡る。


部屋は六畳ほど。

ベッド代わりに使える折りたたみ式のソファベッドと、簡単なローテーブル。

クローゼットの中には綾乃が用意した新品のハンガーが何本か掛かっている。

窓際には小さな空気清浄機。

そして机の上には、綾乃が『紗良が困らないように』と置いておいたタオルや歯ブラシ、使い捨てスリッパが綺麗に並べられていた。


いかにも綾乃らしい気配りだった。


「お姉ちゃんっぽいな〜」


紗良がぽつりと呟いた。


「え?」

「こういうのちゃーんと全部用意してくれてるんだもん」


紗良はローテーブルの上に並べられたタオルや歯ブラシを手に取り、少し呆れたように笑った。


「お姉ちゃんって昔からこうなんですよ。自分のことより先に人のことばっかり考えるの」

「……いいお姉さんなんだな」


そう答えると、紗良は少しだけこちらを振り返った。


「お義兄さん、本当にお姉ちゃんのこと好きなんですね」


不意に言われて言葉に詰まる。


「……そりゃ、婚約者だし」

「ふふ。そういう意味じゃなくて」


紗良はソファベッドの端に腰を下ろした。

ぽすんと軽い音がし、いくばくかの埃が舞い散る。

同時に短いスカートの裾がふわりと揺れて、思わず視線を逸らした。


「……お姉ちゃん幸せそうだったな〜」


一通り部屋の中を見回した紗良が口を開いた。

彼女の表情には先程までの弾けるような笑顔はない。

少しだけ大人びたような顔つきで、目元の影が強くなっている。


「リビングに置いてあったパンフレット。結婚式のやつでしょ?」

「ああ。来週、見学に行く予定なんだ」


「ふぅん……」


興味があるような、ないような返事。


「お姉ちゃんが結婚かぁ」


返す言葉もなく、ただ黙って紗良のことを見つめていると、彼女は自らの膝の上に置いた手を見下ろしていた。

指先に塗られた薄いピンクのネイルが、窓から入る光を受けてつやりと光った。

相変わらず目は合わない。


「お姉ちゃんって、ずっと真面目だったから。男の人と暮らすとか、結婚するとか、そういうの全然想像できなかったんです」

「まあ……綾乃は慎重だからな」


「お義兄さんとは、長いんですよね?」

「大学の頃からだから……もう7年近いかな」


「7年」


紗良はその数字を噛み締めるように、ゆっくりと繰り返した。


「お姉ちゃんとよく続きましたね。あの堅物のお姉ちゃんと」

「ああ、うん……」


「7年かぁ……」


それはただの時間の数字。

だけど紗良が口にすると、特別な意味を持っているように聞こえた。


「すごいですね。お義兄さんってそんなに長く誰かを好きでいられるんだ」

「別に、そんな大したことじゃないよ」


「大したことですよ」


即答。

少し驚いて紗良を見るも、彼女は至って平然としながらローテーブルの上に並べられているタオルを一枚手にとって眺めているだけだった。


「だって、あたしにはまだわかんないもん。7年も誰かのこと大事にする感じ」

「これからわかるんじゃないか? 紗良ちゃんも」


「んー……どうかなぁ」


紗良は曖昧に笑って、ソファベッドの上に手をついた。

その拍子に身体が少し後ろへ傾く。

薄手のニットが胸元に沿って形を変え、脚を組み替えた膝のあたりでスカートがわずかに上がる。

俺は慌てて視線を外した。


「……お義兄さん」


呼ばれて肩が跳ねる。


「今見ないようにしました?」

「いや、別に」


「ふふ。やっぱり真面目。見ても別に減るもんじゃないのに」

「そういう問題じゃないだろ……! 紗良ちゃんはもう少し自分が女の子だって自覚した方がいい」


口にしてから少し強く言い過ぎたかもしれないと思った。

しかし紗良は怒っていないようだった。

むしろ、きょとんとした顔で俺を見上げてくる。


「女の子って自覚?」

「……綾乃も言ってただろ。ここは実家じゃないし、俺もいるんだから」


「お義兄さんも?」

「そうだよ」


「お義兄さんはお姉ちゃんの婚約者なのに?」


無邪気な声。

故に答えに詰まる。

そんな俺を見て、紗良は小さく首を傾げる。


「お姉ちゃんの婚約者なら、あたしのことなんか女として見ないでしょ?」

「……当たり前だろ」


少し早口になった。

自分でもわかるくらい余裕のない声。

紗良はその反応を見て、ふっと笑った。


「そっか」


短い返事。

それだけなのに、胸の奥に妙な引っかかりが残る。


「やっぱりちょっと妬いちゃうな〜」


それはさっきリビングで漏らした言葉と同じだった。

だけど今度の言葉は、はっきり俺に向けられていた。


「……妬くってそんな」

「だってお姉ちゃんばっかりずるいなって」


「何が」

「んー? いろいろ」


ふふっと笑って紗良はスーツケースのジッパーを引っ張った。

荷解きするようにパジャマを出す。

Tシャツにショートパンツといったラフなものだ。

そこだけを見て終わればよかったのに、俺の視線はその後に続く下着類へと引き寄せられてしまう。

深いブルーの生地にレースがあしらわれたセクシーなものまで混じっている。


「や、ちょっとそういうのは俺が出てってからやってもらえるかな?」


そう言うと紗良は動きを止めて俺を一瞥する。

その表情は無邪気なのに、どこかからかうような笑みが浮かんでいた。


「えーなんでですか?」

「いや……見ちゃ悪いだろう」


「別にいいですよ〜」


そう言ってから、紗良は何気ない動作で手を伸ばし、スーツケースの中で見つけた下着をもう一枚取り出した。

黒いレースのものだった。

しかも、両脇が紐になっている。

俺の喉が小さく鳴る。


「い、いや! だ、ダメだろ!」

「お義兄さん、どうしたんですか? 顔、真っ赤ですよ?」


クスクスと笑う。

その表情の奥にある意図は読めない。


「あたしの下着見たくらいでそんなになるんですね〜。もっと堂々と見ててもよかったのに。別に減るものじゃないですし」

「そ、そういう問題じゃないだろ……! もういい、とにかく部屋はこれで全部だから!」


後ろから紗良が何か言う声が聞こえた気がしたが、俺は慌ててドアを閉めた。

廊下に戻るとキッチンからの水の音が再び大きく聞こえてくる。


「はぁ……」


思わずため息を吐いてしまう。


『お姉ちゃんばっかりずるいなって』


頭の中で紗良の言葉を反芻する。

彼女がどういうつもりで言ったのかまるでわからない。

けれど胸に微かに刺さった棘のような違和感が、ずっと消えてはくれなかった──。


………

……

…

[newpage]


紗良がきた初日の夜──。

久しぶりに綾乃を抱いた。


………


「ふふ……ん、んっ……」


互いに脱ぎ捨てた服が床に散らばる寝室。

ベッドサイドの間接照明がわずかに灯る薄暗闇のなか、俺たちは生まれたままの姿で重なり合っていた。


「ぁ……んっ、あ……」


綾乃は俺の首に腕を回し、柔らかく温かい胸が俺の胸板に押しつけられる。


「んっ……ふぅ……」


喘ぐ度に綾乃の鼻腔から甘い息が漏れ、それが俺の耳をくすぐる。


「綾乃、気持ちいい?」

「うん……悠真……」


お互いの肌が触れ合うとそれだけで安心できる。

ずっとこうしていたい。

彼女だけを愛し続けていたい。


「あっ……!」


激しい抽挿に綾乃の身体が仰け反り、膣がギュッと締まる。


「くっ……」


あまりの締め付けに射精しそうになるも、必死に堪えた。


「はぁ……はぁ……悠真さん……好き……」


彼女の秘肉は熟れた果実のように熱く蕩け、俺を優しく包み込んでいた。

綾乃との行為は穏やかで愛情に満ちており、確かに満たされるものがある。

彼女の慎ましやかさは俺を尊重してくれる。

だからこそ俺は彼女を大切に思うし、生涯を誓ったのだ。


しかし──。


(……少し何かが欠けている)


そんな思いが脳裏を掠める。

もちろん綾乃が悪いわけではない。

彼女はこれまで大切に育てられてきたのだし、性に関して積極的になること自体が難しいのは理解している。

それでも、今の夜伽は儀式のような神聖さがあって、欲望を剥き出しにする熱さにはどうしても乏しいのだ。

言うなれば、愛はあるが情熱は欠けている。


「──ぁっ、んっ……ふぅ……」

「はぁ……はぁ……綾乃……」


彼女の細い腰を抱きしめながら、俺はその身体をもう一度貫いた。

ぬぷぬぷとした粘膜の擦れる音が部屋に響き、綾乃の口からも甘い声が漏れる。

だが、俺の頭の片隅に浮かんだのは、昼間にスーツケースから下着を取り出して笑う彼女の姿だった。

その瞬間、身体の中を駆け巡る快感とは別の感情が芽生える。


「んっ……ふっ……」

「……綾乃、イクよ……」


「あっ……きて……! わ、私もっっ」


彼女の肉壁がぎゅうっと俺自身を包み込んだ瞬間、俺は堪えきれずに彼女の中に精を解き放った。


「──っっ!!!」


大量の精子が尿道を通って飛び出した衝撃に、全身が震え上がる。

そしてその快感に比例するように、俺の頭の片隅で小さな違和感が膨れ上がっていた──。


………


不満なんてあるはずがない。

そうやって自分に言い聞かせるように、俺は事後の綾乃の裸身を強く抱きしめた。

互いの汗ばんだ肌が密着し、どろりとした幸福感が身体中に満ちていく。


「ん……」


腕の中で小さく呻く綾乃。

身持ちが堅く、性に奥手。

初めて結ばれたのだってごく最近。

俺が求めなければ何もできないし、積極的に奉仕したりましてや自分から求めたりもしない。

それは彼女の生い立ちによるもので、悪いところではないし、俺は綾乃を尊重している。

婚約という正式な契りを経て初めて身を許してくれたところに彼女の家の厳しさと彼女自身の真面目さを感じたものだった。

それだけ俺のことを信頼して、大切にしてくれているのだと嬉しくなる一方、こうも性に関して潔癖となるとどうしても、いくばくかの物足りなさを覚えてしまう。


綾乃の身体は白く瑞々しく、手を滑らせれば吸い付くよう。

しかし、それ以上の衝動を与えてくれるものには欠ける。

まるで綺麗な温室のバラだった。

触れることもできるけども、傷つけない範囲でのみ鑑賞することを許された、気高い花。


俺は彼女を大切にする、しなければならない。

そのはずだ。


なのに、俺の脳裏にはまだあのスーツケースの下着の色が焼き付いて離れてくれなかった。

綾乃を抱きしめながら、その温度を感じながら、どうしても思い浮かぶのは別の人間。

無邪気な微笑みを湛えた年下の少女の姿だった。


「……」

「急にどうしたの? 今晩ヤリたいだなんて言い出しちゃって? 紗良だって隣の部屋にいるのに……♡」


求められることがよほど嬉しかったのだろう。

はにかんだ綾乃が普段口にすることのないような言葉を漏らした。

そして俺はそれに小さく頷いた。

彼女と愛し合いたいという願望が身体の奥底から湧き起こり、俺は彼女の唇を塞いだ。


「んっ……んんっ……ふぁ……」


舌を絡ませ、唾液を交換するように激しいキスを交わす。

されるがままの綾乃。

脳内に湧いてきた女の顔を忘れようと、一心不乱に目の前の恋人を求め続けた。


「んっ、んっ……んくっ……ぁ、悠真……」

「はぁ……はぁ……綾乃」


貪るように彼女の唇を吸い上げるものの、やはり何か物足りない。

それは満足できていない証拠だろうか。

俺は今一度彼女の舌を吸い上げて、そして唾液を流し込む。

綾乃はそれを躊躇なく飲み干し、自らの唾液を俺に求めてくる。


「んっ……ふぅ……んんっ」

「はぁ……はぁ……」


「ふふっ……私達身体の相性もバッチリだね、悠真さん……♡」

「あぁ……綾乃。最高だったよ……」


確かめるように呟いてみたものの、やはりどこか納得できない部分があった。

それはおそらく綾乃ではなく俺自身の問題なのだろう。

綾乃との夜伽が物足りないのではない。

俺自身が欲を持て余しているから──。

そう結論付けるしかないと思っていた。


「ふふっ」


突然笑い声を上げた綾乃は、その端正な顔をくしゃっと崩して笑みを浮かべる。


「私、今とっても幸せ……♡」

「綾乃……俺もだ……」


彼女の幸福に満ちた瞳が、暗闇のなかで爛々と輝いていた。

その純粋な眼差しを受け止めているうちに、俺も徐々に冷静さを取り戻し、ようやく満足できていなかった自分への苛立ちを抑えることができたのだった──。


………

……

…

[newpage]


「お姉ちゃん達、ちょっと激しすぎ〜」

「ブフォッ!!」

「えっ!?」


翌朝、あまりにも唐突な紗良の物言いのせいで、飲みかけていたコーヒーを盛大に吹き出す羽目になった。

当然ながら、隣で食べかけのトーストを持っていた綾乃も、目を丸くしながら慌てたように手拭きを持ってきては俺の口元を拭ってくれている。

一方で紗良はというと、特に気にした様子もないどころか、むしろ面白そうにニヤリと笑っている始末だ。


「ちょっ、ちょっと、何のことかな〜……?」


綾乃が慌てふためくなか、俺は狼狽しながらも平静を装おうとするが、上手くはいかない。


「ね、なにが……?」

「ふふ、昨日の夜、あたしと一緒の家にいるのに、お姉ちゃんとヤってたじゃないですか。それも1回や2回じゃなくて、3回も4回も……いくら新婚さん? いや、婚約したばっかりだからって盛り過ぎだと思いますよ〜? あ、それともお姉ちゃんの身体の具合がいいんですかね? まぁあたしも居候させてもらう身なので、多少うるさいな〜って思っても目を瞑りますけど〜?」


慌てふためく俺達二人と違って、余裕綽々の紗良は手に持ったコーヒーカップに口を付けていた。

そのカップをソーサーに置くと同時に、彼女の視線がこちらへと向けられる。


「それに、お姉ちゃんも随分と気持ち良さそうな声を出していましたね? もしかして……相当溜まってたんでしょうか? あんな声、家じゃ聞いたことないなかったのに、クスっ」


挑発的に微笑まれるだけで動悸が激しくなる。

何せ昨晩は俺の方が久々に燃えてしまって、普段よりもずっと多く綾乃を抱いてしまったのだ。

おかげで俺も彼女も身体はかなり疲れていたし、きっとそれだけ派手に楽しんでいれば、隣の部屋からも聞こえていたのだろう。


「ちょ……」


当の綾乃はというと、今まで見たことのないくらい顔を真っ赤に染め上げていた。

どうやら昨晩の自分達の営みについて触れられるのがよほど恥ずかしいらしい。


「ご、ごめんね紗良。昨日はちょっと羽目を外しちゃって……」

「いいえ〜、あたしは元々居候ですから、それなりの覚悟はできてますし? とはいえ、お義兄さんもお姉ちゃんも仲良いようで何よりでした」


綾乃は真っ赤な顔で俯いたままだったし、俺も冷や汗が止まらなかったのだが、紗良はそんな俺達の心情を知ってか知らずか、マイペースに朝食を続ける。


「……ふふっ、冗談ですよ。お姉ちゃんとお義兄さんの仲を邪魔しようだなんてあたしは思ってないですから」


そう言いながら悪戯っぽく微笑む彼女を前にして、何となく居心地が悪くなった俺は俯いたままコーヒーの残りを一気にあおる。

喉を通る熱さと苦さで多少心は落ち着いたものの、やはり気まずさだけはどうしようもなかった。


「じゃ、あたしはお熱いお二人の邪魔しちゃ悪いので、早めに大学へいかせてもらいますね〜っと」

「ははは……」


乾いた笑い声を上げながら、内心で冷や汗がダラダラであった。

まさかこんな形で昨日の営みを暴露されるとは思わなかったのだ。


………


「……ごめんね悠真さん。私がうるさくしすぎちゃったから」


紗良が出て行った後、綾乃が申し訳なさそうに謝ってきた。


「俺のほうこそごめん。妹の紗良ちゃんがいるというのに……」

「ううん、それは紗良が居候してるっていうのもあるし、私も悠真さんに求められるのは嬉しいし……むしろいっぱい甘えちゃったのは私の方だから」


こう屈託なく微笑まれてしまえば立つ瀬もない。

ましてや妹の紗良ちゃんの瑞々しい身体とセクシーな下着を見てしまったせいで興奮してしまい、何度も綾乃の身体を求めてしまったなんて口が裂けても言えない。


「……そろそろ俺たちも仕事行く支度しないとな。綾乃」

「う、うん、そうだね」


二人きりになってしまったせいか、あるいは昨日の夜を思い出したからなのか、その両方か。

改めて、綾乃は恥ずかしそうに頬を染めてはもじもじとしながら小さく呟いたのだった──。


………

……

…

[newpage]

紗良の告発があってから数日の間、特に何か変わるということはなかった。

俺も綾乃も表面上はいつも通りで、朝起きて一緒に食卓を囲み、職場へ向かい、帰宅すれば夕飯を摂ってそれぞれの部屋で過ごす。

そんな毎日に紗良も溶け込み、すぐに俺たちの生活に馴染んでいったのだった。


そんなある日。


………


「……あれ、お義兄さん、もう帰ってたんですね」

「あぁ、ちょっと役所に用事があって午後休をもらったんだ。……紗良、ちゃんは?」


玄関からあがってきた紗良が、スタバのカップ片手にリビングへと入ってくる。

綾乃の妹とはいえ、綾乃が不在の時に他の女と二人きりというのは些か抵抗があったが、紗良はそんなことをまるで気にしていないようだった。


「あたしは午前で講義が終わって、友達とちょっとカラオケしてきました〜」

「……そうなんだ」


「うん。それで帰り際に、近くのスタバの新作フラペチーノを買ってきたんですよ。お義兄さんも一口いかがですか?」


彼女はそう言って、手に持っていた透明なカップを掲げるように差し出してきた。

太めのストローには白いクリームの跡。

その下にピンク色の色素が見える。

咄嗟に紗良ちゃんの唇を見てみると、同じ色のリップグロスが塗られているのが分かった。


「い、いや……俺はもうコーヒー飲んだし大丈夫だよ」

「えー? せっかくの新作フラペチーノなんですけど? ほら、一口だけでもどうぞ〜?」


ローテーブルを挟んで向かい側から立ち上がった彼女が、すかさず横へ滑り込んでくる。

自然な動作のはずなのに、不自然なくらい距離が近い。

さらっと靡いた髪からふわりと香るのはシャンプーの香り。

ほんのりとした桃の甘い匂い。

大きな瞳でじっと見上げられ、不覚にもドキッとしてしまう。


「ほら、お義兄さん、遠慮しないで」

「いや、遠慮っていうか──」


「お姉ちゃんにはおやつにスタバ飲んだこと内緒にしといてあげるからさ~」


そう言って自分の飲みかけのフラペチーノを再度俺に勧めてくる。


「…………」


そこまで言われると、逆に断りづらくなるというもので──。


「……わかったよ。一口だけな?」

「そうこなくっちゃ、ふふっ」


紗良の手のある飲みかけのカップのストローに口をつける。


──ごくっ……。


一口飲めば、クリームと果実の混じった甘酸っぱい味が口中に広がった後、舌に感じる甘ったるいミルクと少し苦いコーヒーの味。

俺がストローに口をつけることで、吸い終わったストローの端から覗く桃色のグロスの跡がより鮮明に目に入る。

それも束の間。


「あたしももらお〜っと」


急に引ったくられたプラスチックのカップ。

小さく口を開いた紗良が、俺の飲んだストローに口をつけた。


──ちゅぅ〜〜……♡


リップのシワまではっきりと見える距離。

瑞々しく、柔らかそうな唇が目の前でストローに吸い付いた。

そのまま吸い込まれるように果汁が喉を通っていく。


──ごくり♡


飲み込むたびに、首筋に浮いた喉仏が上下する。

彼女の唇が挟み込んでいるストローが、さっきまで俺が咥えていたものだと思うと奇妙な背徳感を覚えていた。


「うん、美味しい〜。やっぱり新作フラペチーノは外さないですね〜」


中身を飲み干した紗良の口から甘い吐息が漏れ出してくる。


「ん、あ……? まだクリームついてるかも……♡」


──れろぉ……♡


桃色の唇の隙間から這い出てきた真っ赤な舌が、上唇から下唇を舐め上げる。

紗良の唇についた白色のクリームが消え失せていくさまを、俺は無意識に凝視してしまっていた。


「あ、お義兄さんにもついてますよ?」

「え……? あッ……!」


自分で拭う間も無く、伸びてきた紗良の人差し指が俺の口元を撫でて──。


「──ッ!」


突然の出来事に驚いて固まる俺に構うことなく、紗良の指先は優しくゆっくりと俺の唇の周りをなぞった後、こともなげに自分の口元へと運んでいく。


──ぺろっ……♡


彼女の舌が指先に付着したクリームを舐めとった刹那、紗良の瞳がこちらに向けられた。

大きくて丸い、黒目がちな瞳。

次の瞬間にはその瞳が品定めでもするかのように悪戯っぽく弧を描き、すぐさまふわりと優しい微笑みに変わる。


「──美味しかったですか?」

「あ……いや……う、うん……」


「ふふ。良かった」


そう言ってニコリと微笑む紗良。

その仕草ひとつひとつがいちいち可愛らしい上に、どこか蠱惑的なものを感じてしまう。

しかし俺はその感情を抑えつけた。

抑えつけるしかなかった。

変に意識する方がおかしいのだ。


「……それにしても、新作フラペチーノ美味しいですね〜。毎日でも飲みたいかも〜」

「はは……そりゃあ凄いな」


「でもカロリーがなぁ……。夕飯あるのにこんなものを飲んじゃったことはお姉ちゃんには秘密にしておいてくださいね? 約束ですよ? お義兄さんが間接キスしてドキドキしちゃったことも黙っておいてあげますから、ふふっ」

「んぐっっ……!! お、俺は別にッッ……!」


「へぇ〜? 別に、何ですか? その様子だと、あたしの口に触れたストローにやっぱりドキドキしてくれてたってことじゃないですか〜? あたしは冗談で言ったつもりだったんですけど、ふふっ」

「あっ……いや……その……」


まずい。

これでは『紗良との間接キスにドキドキしてました』と自白したようなものではないか。

否定すべきなのに、紗良にそう言われると焦ってしまい、弁明すればするほど泥沼に嵌るという負の連鎖。

まるで紗良の手のひらの上で踊らされているかのようだった。


「も、もうその辺にしといてくれって……」


耐えきれなくなって、半ば助けを乞うように小さく呟く。

しかし紗良の口から飛び出してきた言葉は俺の予想を大きく上回るものだった。


「じゃあ、あたしもドキドキさせてもらおうかな〜……♡」

「え──」


突然、目の前までにじり寄ってきた紗良の顔。

その大きな瞳がこちらを捉えて放さず、次第にその距離が縮まってくる。

気づけばあと数センチ。

口の端から漏れる甘い吐息が頬を撫で、唇には今にも彼女の柔らかい感触が伝わりそうだ。


「……はい、ここまで」

「あ……」


突如として終わりを告げられた至近距離の攻防。


「冗談ですよ〜」


パッと離れた紗良の唇。

そこにら悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みが浮かんでいた。

俺の頬を指先でツンツンとつつき、楽しそうにケラケラと笑っている。


「ふふ。冗談に決まってるじゃないですか〜。ちょっとびっくりしました?」

「え、あ……ははっ……や……」


「だけど、お義兄さん、これだけ近づかれても全然嫌がらないですよね〜?」

「え……いや、その……」


「ほら〜、そうやって目を泳がせちゃうのも可愛いなぁ〜♪」

「か、からかうなって!」


「ふふ、可愛い可愛い〜♡」


紗良はまるでお菓子の箱を開ける時の嬉しそうな少女のように目を細め、悪戯っ子のような表情を浮かべた。


「知ってます? 人にはそれぞれパーソナルスペースっていう領域があって、他人にそこへ入られると不快に感じたり、警戒したりするんです」

「それくらいは、まぁ……聞いたことあるけど」


「ですよね。普通はそうなんです。だから、あたしが今みたいに急に近づいたら……大抵の人はちょっと身体を引くんですよ」


そう言いながら、紗良は自分の膝に手を置いて、ほんの少しだけ身を乗り出してきた。


さっきより近い。


けれど触れているわけではない。

逃げようと思えばいつでも逃げられる距離。

なのに、俺は動けなかった。


「ほら」


紗良が嬉しそうに目を細める。


「お義兄さん、下がらない」

「いや……別に……」


「ふふ。別に……なんですか?」

「その……下がるほどじゃないっていうか……」


「へぇ。じゃあ、これは平気なんですね」


また少し、紗良が近づいてくる。

ソファのクッションが沈む。

そのわずかな揺れが、彼女の身体がこちらに近づいていることを妙に生々しく伝えてきた。


桃のような甘い香り。

さっき飲んだフラペチーノの甘酸っぱい匂い。

そして彼女自身の体温と、少し触れ合った柔らかい女の子の身体。


それらが混ざって、息をするたびに頭の奥がぼんやりしてくる。


「……近くないか?」

「近いですよ?」


「ッ……」


あっさりと言われて言葉に詰まる。


「でも、不思議ですよね。近いってわかってるのに……お義兄さん、逃げないんです」

「逃げるって……そんな大袈裟な」


「ううん。大袈裟じゃないですよ」


至近距離で発せられる紗良の声が、ほんの少し小さくなる。

何かイケナイ秘密を共有するかのように。

何かイタズラを思い付いた子供のように。


「人って本当に嫌だったら、ちゃんと離れるんです。身体が勝手にそうするんです。なのに、お義兄さんは……困った顔はするのに動かない」

「……ッ」


「目は泳ぐし、耳は赤くなるし、声もちょっと上擦るのに……でも、距離だけはそのまま」


紗良が俺の反応をひとつずつ拾い上げるように口にする。

俺自身ですら気づきたくなかったものを、ひとつひとつ丁寧に指でなぞっていくみたいに。


「そういうの、あたし、ちょっと可愛いなって思っちゃいます」

「か、可愛いとか言うなって……」


「じゃあ、かっこいい方がいいですか?」

「そういう問題じゃなくて……」


「ふふ。じゃあ、困ってるお義兄さん?」


悪戯っぽく笑った紗良が、さらに顔を近づけてくる。

唇と唇が触れるまであと1センチ。


吐息が頬を撫でる。

紗良の口から甘酸っぱい匂いが吹き付けられる。


拒絶しなきゃ。


だけど、ここまでいいように言われて、今更距離を取るのも格好悪く、なんだか負けた気になってしまう。


胸の奥が妙にざわつき始める。


「……どうですか?」

「な、何が……」


「この距離」


紗良は囁くように言った。

さっきよりも小さな声。


「嫌ですか?」

「……嫌っていうか……」


「嫌なら離れていいですよ?」


逃げ道を用意してくれているように聞こえた。

だけど、実際にここで距離を取ったら、俺が彼女に強く意識しているということを証明してしまう気がする。


「……ほら」


紗良が小さく笑う。


「やっぱり離れない」

「違う。別に、そういうつもりじゃ……」


しまったと後悔するも、遅かった。

彼女の思い通りになってたまるかとちう俺の心に芽生えた妙な克己心が、かえって紗良の言葉を肯定する結果を招いてしまう。


「そういうつもりって、どういうつもりですか?」

「だから──ッ!」


「お義兄さんって面白いですね」


歳上の自分に対して物怖じしない積極的な行動。

そしてそれが本気で咎められないことを……俺が本気で怒らないことを彼女はわかってやっているのだ。


「自分が困ってるのにあたしのこと拒まないですし……」

「お、俺だってそりゃ……!」


「じゃあ、もう一回試してみます?」


言うが早いか紗良はすっと身体を引いた。


甘い匂いが遠ざかり、頬を撫でていた吐息の感触もなくなった。

目の前にあった彼女の透き通った瞳が少しだけ遠くなる。

その瞬間──。


「……あ」


思わず漏れた声。

小さなそれを紗良は聞き逃してはくれなかった。


「今の何ですか?」

「いや……何でもない」


「ふふ。何でもない声じゃなかったですよ? 少し残念そうな……」


グググと紗良がまた近づいてくる。

今度はさっきよりも──。


「お義兄さんって、もしかして……近づかれるのが嫌なんじゃなくて」


そこで紗良は言葉を切った。

大きな瞳がじっと見据えてくる。


「近づかれて困ってる自分を、見られるのが恥ずかしいだけなんじゃないですか?」

「……ッ」


言葉に詰まる。

何も言い返せない。

図星だったのか?


いや、違う。

違うはずだ。


そもそも相手は綾乃の妹で、俺にとっては義理の妹みたいな存在で。

こんなふうに距離を詰められて意識する方がおかしい。


おかしい、はずなのに。


紗良の顔が近い。

柔らかそうな唇の表面に輝くグロスの艶感。

さっきストローを咥えていた唇……その唇と、俺は間接キスをして……。


至近距離で見せつけられて、考えないようにと意識する方が難しかった。


「お義兄さん」


呼ばれたのは名前ではない。

なのに……改めて線引きをされるような他人行儀な呼び方なのに、なぜかドキドキしてくる。

その響きによって、逆にこちらの逃げ道を塞いでくる。


「こんなに近いのに……ほんとに嫌ならちゃんと言ってくださいね?」

「……あ、あぁ」


「言わないなら……あたし、平気なんだって勘違いしちゃいますよ?」

「それは……」


「違います?」


紗良の瞳がまっすぐにこちらを覗き込んでくる。

責められているわけではないのはわかっている。

むしろ茶化されてからかわれているだけ。

だからこそ、なおさら紗良の言葉に反論も拒否もできなかった。

こんなことでムキになっていると思われたくなかった。


「……別に、嫌ではないけど」


口にした瞬間、自分でもしまったと思った。

同時に紗良の表情が、ぱっと明るくなる。


「ふふっ。じゃあ、よかった」

「や、今のはそういう意味じゃ……」


「そういうつもりじゃないことくらいわかってますよ〜? ふふっ」


紗良はくすくす笑いながら、楽しそうに頷いた。

完全に遊ばれている。

そう分かっているのに、強く突き放すことができない。

むしろ、彼女が笑ってくれたことにどこか安堵している自分がいた。


「お義兄さんって、優しいですよね」

「急に何だよ」


「だって、あたしが近づいても怒らないし、冗談にも付き合ってくれるし」

「怒るようなことじゃないだろ……」


「そうですか?」


紗良は首を傾げる。


「でも、綾乃お姉ちゃんが見たら怒るかもしれませんよ?」

「……ッ」


その名前が出た瞬間、現実に引き戻された。


綾乃。


そうだ。

俺には綾乃がいる。

今こうして紗良と二人きりで、こんな距離で話していること自体、本来なら褒められたものではない。

慌てて身を引こうとする。


だが。


「……あ」


それより先に、紗良の指先が俺の袖口を軽く摘んでいた。

強い力ではない。

振り払おうと思えば簡単に振り払える。

それなのにその小さな力に抗えない。


「怒られたくないですか?」

「当たり前だろ……」


「じゃあ、これは二人だけの秘密ですね」


紗良がにこりと笑う。

あまりにも無邪気な笑顔。

けれどさっきまでより少しだけ、目の奥に悪戯の色が濃くなっている気がした。


「スタバを飲んだことも」


指が一本立つ。


「間接キスでドキドキしちゃったことも」


二本目。


「パーソナルスペースに入られても、全然逃げなかったことも」


三本目。


「ぜ〜んぶ秘密です」

「……そんな言い方するなよ」


「ふふ。だって本当のことじゃないですか」

「本当じゃない」


「じゃあ、どこから違います?」


問いかけられて、返事に詰まる。

スタバを飲んだことは事実。

間接キスを意識したことも……事実。

距離を詰められて逃げなかったことも……事実だった。

つまり、否定できない。


「……意地悪だな、紗良ちゃんは」

「あ、初めて言われました」


「嘘だろ」

「ほんとですよ? あたし、基本いい子なので」


そう言って紗良は、わざとらしく腰に手を当て『えっへん』と微笑んだ。

その表紙に眼下で豊かな胸が弾む。

本人は気がついていないのか、あまりにも無防備だ。


「でも、お義兄さんの反応が可愛いから……ちょっとだけ意地悪したくなっちゃうのかもしれません」

「だから可愛いって言うなって」


「じゃあ……」


紗良は少しだけ考えるように視線を落としたあと、またこちらを見た。


「素直じゃないですね」

「……ッ」


「ふふっ。じゃあ、最後にチャンスをあげます」


紗良がゆっくりと目を閉じる。

瞼が降りた途端、幼さの残る顔立ちがさらに無垢に見えた。

その直後、彼女は顔をゆっくりと傾け、唇をわずかに突き出した。


「…………ッ!」


キス待ち。

彼女が唇を突き出して目を閉じた瞬間、俺は反射的に腕で押し退けてしまった。


「──んっ?」

「何してんだよ……っ!」


「あれ、ダメでした?」

「当たり前だろ……」


「ふーん? 残念です〜」


くすくすと笑う彼女の顔には、やはり悪戯が成功した子供のような笑みが浮かんでいた。

俺の袖口を掴んだ指先がそっと離れ、紗良はソファの上で少し距離を取る。


「冗談です♪」

「はぁ……勘弁してくれって……」


ほっと息をついて肩を落とした俺に、紗良は心底楽しそうな声で言ってのける。


「もしここでちゅーされてたら、あたし、絶対お姉ちゃんにチクってましたよ〜? お義兄さん、あたしにこんなことしちゃったんだよ〜って?」

「じょ、冗談きついよ紗良ちゃん……俺は絶対しないって」


「絶対……ねぇ〜……?」


紗良ちゃんが目を細め、妖しく笑ったその時だった。


──ピンポーン♪

──ガチャ。


「ただいまー」


玄関から聞こえる足音。

綾乃が仕事から帰ってきたのだ。


「あ、お姉ちゃん帰ってきちゃったみたいですね。今日あったことは二人の秘密ってことで……♡」


「……お姉ちゃんおかえり〜」


──パタパタパタ。


ソファから立ち上がった紗良が玄関の方へと駆けていく背中を見送りながら、俺は一人リビングで深いため息を吐いた。

頭の中に蘇る先ほどまでの濃厚な距離感、煽情的なまでの悪戯っぽい微笑み。


──こんなのダメだ。


わかっている。

だが綾乃に言えるか?


妹の紗良ちゃんにキスされかけました。


言えない。

そんなこと言えるわけがない。

それが、いくら紗良の方から仕掛けてきたことだとしても。

この幸せを崩すわけにはいかない──。


「お姉ちゃん、お風呂先に入っていい? 身体がベタついててさ〜?」


廊下から紗良と綾乃の話し声が聞こえる。


「うん、いいよ〜」

「ありがと〜、じゃあ先にいただくね〜」


足取りの軽い紗良がスキップでもしそうな勢いで浴室へと向かっていく。

脱衣所の扉の向こうへ消える直前、俺の方を向いた紗良が人差し指を口元に当てながら目配せしてくる。


「(お義兄さん、さっきの秘密ですよ〜?)」


唇の動きでそう伝えているのは明白だった。

俺が固まっているのを見て紗良は満足げに笑う。

そして脱衣所の扉が閉まった。


「あ……おかえり綾乃」

「ただいま悠真さん。早かったんだね?」


「うん。役所の用事が早く済んだから、そのまま直帰してきたんだ」

「そっかそっか〜。偉いねぇ悠真さんは〜」


帰宅するなり俺の顔を見てふにゃりと破顔する綾乃。

お疲れ気味の声に合わせて、いつもはキチンとセットされている栗色の髪も、仕事終わりで今は毛先がやや乱れている。


「んっ……♡」


小さく囁いた綾乃がそっと目を瞑り、唇を尖らせた。

キスの合図。

その要求に応えるように、俺は綾乃を首元から抱き寄せ唇を重ねた。


──ちゅっ……♡


「じゃ、ご飯作るからね?」


しかし、その時俺の脳裏に浮かんだのは綾乃の唇ではなく、紗良の瑞々しい桃色のリップだった──。


………

……

…

[newpage]


そんなキス未遂事件があった翌日。

リビングでは事件が起きていた。


「あ〜〜〜、最悪〜〜〜。人生終わりだーーー」


リビングのソファーに倒れ込んだ紗良が、クッションに顔を埋めながら悶絶した。

隣では、俺と綾乃が苦笑しながらその様子を見守っている。


「ねえ、ねえってば。ほんとに……わかってる? お義兄さんってば!」

「はいはい。わかった、わかったよ」

「ごめんなさいね悠真さん……紗良はこうなったらテコでも動かないっていうか……その〜……」


「いや、別に構わないよ。これくらいは……」

「お義兄さん! なんとかしてくれませんか! あたしが生きてるこの世から推しのコンサートがなくなるなんて……そんなの生き甲斐がないじゃないですか!! それとも何か他に楽しいことがありますか!?」


「お、おう……まぁそう落ち込むなよ。きっとまた別の機会があるだろ?」

「ええーーー、ほんとですかぁ? あたし、ほんとに辛いんですぅぅ……」


「あぁ……わかったって……」

「だから慰めてくださいよ〜お義兄さん〜〜〜」


そう叫んで、ソファでクッションを抱きしめながらゴロンと身体を左右に振る紗良。

彼女の最推しである『ミスターブルーアップル』というバンドのライブの抽選から漏れたらしいのだ。

コンサートひとつで何事かと心配していた俺たちであったが、話を聞けば聞くほどどうでもよくなってきた。


「はぁ……」


呆れてため息をついてしまった。

綾乃も頭を抱えている。


「ほら、紗良。もう泣き止みなさいって。今度別のライブがあればまた行けるじゃない?」

「今という時は二度と訪れないんだよお姉ちゃん……それに今回はミスターブルーアップルにとって10周年記念公演でしかもファンクラブ先行限定ってことで、超絶貴重なんだよ? これが手に入らないなんて本当に悲劇……」


時間は深夜24時。

明日も仕事があるのに紗良と言えば、このままソファから起き上がって来ない様子だ。


「……悠真さん、ほんと申し訳ないんだけど……。紗良を部屋のベッドまで運んであげてくれる? こうなるとほんと動かなくて……昔からお父さんに頼んで運んでもらってたんだけど、ここには男手が悠真さんしかいなくて……私じゃ運べないし……」

「いいよ。任せて」


「ほんとごめんね〜……。ありがとう。紗良〜? ほら、悠真さんがベッドまで運んでくれるって。部屋に行きなさい?」

「む〜〜〜あたしは明日には死ぬんだ〜〜〜」


「はいはい……わかったってば……」


綾乃がため息をついたのを見て、俺は苦笑いしながら紗良を抱きかかえようと両腕を伸ばした。


「よいしょっと……」


彼女の腰に手を回し、小さな身体を抱き上げる。

思ったよりもふわっと軽かった。

それなりに力を入れて持ち上げたつもりだったのだが、まるで羽毛でも抱いているかのような錯覚を覚えるほど。

腕の中の紗良は俺の首元にしっかりと抱きついてくる。

駄々を捏ねるといってもさすがに落ちるのは嫌みたいだ。


「はぁ……ほんとごめんね? こんな妹で……」

「い、いや……別に……。子供みたいだなって思うだけで、別に気にしてないよ。それに、賑やかでいいじゃん」

「お姉ちゃん! あたし子供じゃないもん!」


「はいはい……じゃ、悠真さんお願いね? 私は先にベッドに入ってるから。明日も早いし……」

「おう」


綾乃はそう言い残して寝室へ向かう。

まだぶーぶーと未練を垂らす紗良であったが、このままずっとリビングで抱っこしているわけにもいかないので、俺は紗良の部屋へと移動した。


「ほら、部屋に着いたぞ。もう暴れるなって」

「む〜〜〜、もう少し待ってくださいよ〜」


「いや、ほんと暴れんなって。手を離すぞ?」

「嫌だぁぁ、下ろさないでくださぁぁい」


「おいおい……マジで頼むってば……」


駄々を捏ねて一向に降りようとしない紗良を抱えながら、仕方なくベッドの上まで連れて行くことにした。

しかし、ここで俺は致命的なミスを犯してしまう。


「んふぅ〜♡」


ふわふわとした心地いい声とともに、紗良の唇が俺の耳元にそっと触れた。


「っっ!」


その瞬間、全身にゾクリとした感覚が走る。

彼女の温かな吐息が耳たぶをくすぐり、柔らかい唇が耳の輪郭をなぞる。


「……ッ!」


慌てて身を引こうとした時には遅く、紗良は両腕を俺の首の後ろに巻きつけていた。


「ふふ、お義兄さん、敏感ですね」

「バカなこと言ってないで……離れて……くれ……」


言葉がうまく続かない。

耳をくすぐる甘い声が全身に染みてくる。


「んーっ……」

「ッッ……!」


吐息と共に紗良の唇が耳の外周に吸い付いた。

柔らかな唇が耳の凹凸に沿ってゆっくりと這っていけば、腰から甘い痺れが広がっていく。


──ぬちゅ……♡ ぬりゅぅ〜〜〜……♡


「ひゃっ……! ちょっ、やめ……」

「ふふ、やめません♪ だってせっかくお義兄さんにお姫様抱っこしてもらってるんですから、少しくらい甘えたってバチは当たらないと思いません?」

「お、お姫様抱っことかいうなっ……ひぁッッ♡」


耳たぶに温かく濡れた軟体が触れた。

その瞬間、俺の身体はびくっと跳ね上がり、抱きかかえた紗良を落としそうになる。


「ッッ……!」


紗良の舌だ。

彼女は小さな舌先を尖らせて、ちろちろと動かしながら耳穴を伺うように蠢いているのだ。


「ちょっ……紗良ちゃんっ……」

「んむ……ちゅぷ……れろぉ……ちゅ……あむぅ……はむ……♡」


ぴちゃぴちゃと淫靡な水音が鼓膜にまで届く。

柔らかい筋繊維の塊が耳の穴の中に潜り込み、舌の先端が耳の内部に敷き詰められた性感帯を舐っていけば、その甘美なる感覚は身体の末端へと駆け抜けていき、婚約者の妹に対して抱いてはいけない劣情を膨らませていく。


「んふぅ……れろぉ……♡ お義兄さん、可愛いですよ……?」

「だ、だからッッ……! や、やめっっ……! あっ♡」


──ぬぷ……ぢゅる……ちゅぷ……ちゅぱっ……♡

──ぢゅるるる……♡


「ふぅぅ〜♡ んちゅっ……あむ……♡」


耳の奥へ奥へと侵入してくる柔らかい舌先は、ぬるりと温かく。

ぬめった筋繊維が耳の中を蹂躙する度に腰がどんどん砕けていく。


「んふっ♡ れろぉ……♡ あむ……はむ……ぢゅるっ……ちゅぅぅ……♡ ぢゅぞぉぉ♡」


──ぬぷぬぷぬぷっ♡


紗良は狭い狭い耳穴に捩じ込んだ舌先を、小刻みに、ゆっくりと抜き差ししながら、耳の奥の鼓膜に向けて唾液まみれの淫猥な水音を立てていく。

唾液の糸引くぬちゃぬちゃとした音。

耳穴内部を舐め回すナメクジのように蠢く柔らかい軟体生物。

その生温かい感触が耳の奥から脳みそを直撃すれば、身体の芯まで蕩けさせる甘い快感となって襲ってくる。

耳の外側を撫ぜる熱い息遣いもたまらない。

心臓が痛いほどに脈打っていた。


「も、もう……ッ!」


最後の力を振り絞って、ようやく紗良ちゃんをベッドの上へと下ろす。

柔らかな髪がシーツに広がり、紗良ちゃんが小さく『ふぅ〜♡』と息を吐く。


「あ〜あ、お姫様抱っこ終わっちゃった〜」


すぐそばにクスクスと笑う紗良の顔。


「はぁ……はぁ……な、何考えてんだ……」


なんとか紗良をベッドに下ろすことができた俺は、ようやく大きく息を吸うことができた。

耳元にまだ彼女の体温が残っている。ぬるりと絡みつく舌の感触も、鼓膜に響いた唾液の水音も、すべてが現実。

言葉がうまく続かない。

鼓動は速いまま、身体が火照っている。

紗良は俺の腕の中で、まだクスクス笑っている。


「気持ちよかったですか?」

「……おま、お前なぁ」


「ふふ……」


抗議しようとする俺の口を人差し指でぴとりと押さえ、紗良は俺の目を真っ直ぐに見上げてくる。


「だって、お義兄さんってば、あたしのこと女として見てましたよね? だからちょっと試したくなっちゃいました♡」


「なッ……!? そ、そんなわけないだろ!?」

「えー? ほんとですかー? ふふ♡ じゃあなんで……お耳舐められただけで、ココはこんなになってるんですか〜?」


悪戯っぽく笑った彼女が細い指先を俺の股間へと伸ばしてきた。

一切の迷いなく。


──さわっ……♡


「うあ"ッッ……♡ さ、紗良ちゃんっっ……!!」

「ほら、硬くなってますよ? ココ、とっても窮屈そうで苦しそうで……♡」


紗良が俺の股間に手を差し込んだ。

寝巻きの上から握られて、その小さな掌が俺の中心部を優しく揉みしだいてくる。


「ッッ……!!」


思わず腰が引けるも、紗良はそれを許してはくれなかった。

長い脚を絡めてきてベッドの上へと引き摺り出される。

紗良の身体に少しでも触れないように四肢を突っ張り、両手と膝をつけての四つん這い。

安物の仮設ソファベッドがギシリと軋む。

拒絶しなきゃ。

紗良は綾乃の妹だから。

綾乃を裏切るわけにはいかない。

しかし──。


「……今大声出したらどうなると思います? あ〜ん、お義兄さんに犯されちゃ〜う♡ って……今のお義兄さんの体勢、はたから見たら間違いなくレイプですよ?」

「ッ……! や、やめろって!」


四つん這い状態の俺と、ベッドに横たわる紗良。

客観的に見れば俺が紗良を押し倒しているような体勢。

しかし実際はその逆。

下半身を弄んでいるのは紗良の手で、主導権を握っているのも彼女。

断じて俺からでは──。


「さ、紗良ちゃ……マジでっ……」

「んふふ〜♡ 余裕のない顔〜♡ そんなに紗良の耳舐めがよかったんですね〜。こんなにもバキバキにしちゃって……♡ お義兄さんったら、もう♡」

「んっ♡ うッ♡ だ、だから……やめろって……。俺には綾乃がいるんだ……お前がそんなことしたらっ……綾乃がっ……」


「あ〜はいはい♡ そんなに心配しなくてもお姉ちゃんには内緒にしときますよ〜? だって今この部屋にはあたし達しかいないですし、お仕事で疲れたお姉ちゃんは今頃ベッドでぐっすりに決まってます。……ふふっ、夜遅くまで駄々捏ねた甲斐が有りました。ほら、そんなことより……ほんとに大丈夫ですか〜? パンツの中でカッチカチになっちゃってる、コ〜レ♡」


──くにっ……♡


「くぁっ♡ だ、だから……!」

「あたしのせいなんですから、責任取ってあげますよ〜?」


妖しく目を細めて微笑んだ紗良の掌が寝巻きの上から陰茎を捕縛する。

竿全体を持ち上げるように覆い被さっていた小さな手が、根本から亀頭の頂点にかけてゆっくりと往復運動を始めれば、寝巻きの生地の上から撫でられる快感にビクビクと反応してしまう。


──しゅっ……♡ しゅっ……♡ しゅるっ……♡


「──んっ♡ あっ……♡ だ、だからっ……!」

「ふふっ♡ 見つかっちゃいましたね〜♡ 紗良のわるぅ〜いお手々に、この熱くて硬いのが……♡ 直接触って欲ちいよ〜♡ ってパンツの中でビクビクしてるやつ〜♡」


──しゅっ♡ しゅっ♡ しゅっ♡


寝巻きの上から優しくゆっくりと上下に撫でられていく。

まるで猫を愛でるかのような繊細な愛撫は、敏感になった竿全体に心地よい摩擦を生じさせ。

根本から頂上に向かって、ゆっくりと、じわじわと、紗良の手で高められていく。


「あ……♡ ん……♡」

「気持ちいいですか? お義兄さん……♡ この手つきとか……♡ 握り加減とか……♡ 触れる強さとか……♡ 指の動きとか〜……♡」


まるで俺の好みを探るかのごとく、紗良の掌は陰茎の形状を確認しながら往復していく。

浮き出たカリの傘の部分を指の腹で慈しむように撫で回し、手が離れそうになる寸前まで手のひらの柔らかさを堪能させて。

名残惜しくなるその瞬間にまた、ゆっくりと握り込み、上下に動き始める。

一見規則的でいて、全くの不規則。

緩急、強弱、角度、速度。

親指の腹で時折裏筋を可愛がることも忘れず。

しかし、そのすべてが俺の反応を引き出していくだのものであり、俺の弱点を探りつつも、決定打を繰り出すことは決してなかった。

俺が声を上げることも許さず。

俺が果てることも許さず。

まるでこちらの快楽神経を掌握するかのように、じわじわじっくりと、弱火でクツクツ煮込まれた角煮のように、焦らしに焦らされる。

紗良の繊細かつ官能的な愛撫によって、俺の股間は着実に高められていた。


「どうします? お義兄さん? このままやめちゃうと、きっとお義兄さん、ムラムラがおさまらなくて眠れませんよ〜? それに明日のお仕事にも影響出ちゃったりして〜? それって困りますよね? 綾乃お姉ちゃんに怒られますし……寝起きが悪い〜って……」

「……ッ」


「だからほら、あたしが楽にしてあげますよ。お義兄さんは何も心配しなくていいですから。全部あたしのせいにして、気持ちよくなりましょう?」


振り払わなきゃ……早くこの手を……!


が、そんな我慢と快楽の狭間で迷っている間に──。


──しゅる……♡ しゅる……♡ しゅる……♡

──するっ……♡


寝巻きの隙間から入り込んできた手のひらが、薄いパンツの生地を隔てて隆起した陰茎に絡みついてくる。

その瞬間、背筋を駆け抜ける電撃に身体をのけぞらせて悶えた。


「お、さすがお義兄さん。安物じゃなくていい生地のパンツ履いてますね〜? これ、シルクで肌触りいいやつですよね?」

「や、ちょっ、やめ……」


心の中で必死に葛藤しているのもお構いなしに、紗良の右手はパンツ越しに優しく陰茎を掴んだ。

親指と人差し指で竿の裏筋をつるりと撫で上げ、更に防備の薄くなったところへ、ゆっくりと掌全体を使って包み込む。

根元から先端までをゆっくりと扱きあげていき、やわやわと刺激を与え続ける。


──にぎゅ……♡ にぎゅにぎゅ……♡


「ふふっ♡ はい、お義兄さんの敏感棒、捕まえた〜♡」


その一言とともに、パンツの隙間から侵入した紗良の小さな掌が、生のペニスを優しく包み込むように握り込んだ。


──ぎゅっ……♡


「うっ……♡♡」


寝巻きの下のパンツの更にその中、直接紗良の手によって握られた肉棒が、びくりと震えながら膨張を加速させていく。


──にぎゅっ……♡ にぎゅっ……♡


小さな紗良の手のひらは、男のモノを握るために生まれてきたかの如く、フィット感が素晴らしかった。

指の腹から伝わる温もり、手のひらの柔らかさ、すべすべの肌。

若い女に生肌で直接握り込まれる極上の感触が、パンパンに膨れ上がった肉棒に纏わりついていく。


──ぎゅっ……♡ にちにちっ……♡


「うっ……♡」

「ふふっ」


俺自身の形を覚え込んでいくような適度な圧迫感。

愉しそうに微笑んだ紗良が、今度は俺のモノを握った手をゆっくりと上下に動かし始める。

肉竿は小刻みに震え、睾丸がキュンと縮み上がり、瞬く間に射精欲が色めき立ってくる。


「いいですよ、お義兄さん、このままあたしのお腹の上に出しちゃっても……。気持ち良くなりたいのにここで無理やり我慢して、明日以降の日常生活に支障が出るリスクを考えたら、このまま出してしまった方が賢いんじゃないですか?」


その声音は優しくも、残酷なほどに甘く脳内へと響き渡る。


まるで悪魔の囁き──。


禁断の果実への甘い誘惑にも似た提案に、一瞬だけ心がグラつく。

そして紗良はその一瞬の隙を決して見逃してはくれなかった。


──にゅこにゅこにゅこッッ♡♡♡


まるで俺の決断を後押しするかのように、紗良の細い指の動きが加速する。

パンツの中で猛り狂った肉棒を優しく握り込んだまま小刻みに動き、俺の射精を促していく。

紗良の指先が根元から裏筋を辿るようにして先端へと進み、敏感な亀頭表面をくにくにと虐め抜いたかと思えば、カリ首の溝に巻きついた人差し指がくるくると螺旋状の円を描きながら扱き上げていき──。


「──うっ……♡」

「……しょうがないですね。沈黙は肯定と受け取りますので」


「な、なにをッ……! お、俺はッッ……!」

「ふふっ。わかりますよ。お義兄さん。……お義兄さんは必死に我慢してますけども、今からあたしが言う命令には絶対に逆らえません……」


「そ、そんなわけっ……! そんなわけないだろっっ!」

「いいえ、これは事実です。だってお義兄さんは……」


ニヤリと笑った紗良が上体を起こし、耳元へと唇を寄せてくる。

紗良の細い腕が俺の首の後ろに巻きついてきて、俺を捕獲するかのように抱きついて。

そして、紗良の唇が俺の耳元で……優しく囁いた。



「マ〜ゾ……♡ なんですから♡ ……ほら、イケ♡」


──びゅくッッ♡ びゅくッッ♡ びゅッ♡♡ びゅるるッッ♡♡♡

──どぷどぷどぷッッ♡♡♡


………

……

…

[newpage]


昨晩、あんなことがあった後、俺はどうやって自分の寝室に帰ったのか覚えていなかった。

目覚まし時計の音で意識を取り戻し、まだ朦朧とした頭のまま何とか朝の支度を済ませ、いつも通り綾乃の作った朝食を食べる。

そして、何事もなかったかのように家を出て、電車に揺られて職場に到着。

椅子に腰掛けPCを立ち上げたものの、頭は全く仕事モードになっていない。

というか、何も手につかない状態だ。


(あぁ、くそッ……)


パソコン画面に表示された書類フォルダを見つめながら、ため息をつく。

原因はわかっている。

昨晩のことが忘れられないからだ。

脳裏に刻まれたまま離れない紗良の言葉と表情。

特に出した後に囁かれた──。


『ほら、やっぱりマゾだった……♡』


(そんなはずはない……)


そう考えてもう一度PC画面を見てみるが、全く内容が頭に入ってこない。


(いやいや、そんなはずないだろ……)


──昨晩のことが頭をよぎる。


『ふふ、ほら、このままあたしのお腹の上に出しちゃってもいいんですよ?』

『このまま出してしまった方が賢いんじゃないですか?』

『マ〜〜〜ゾ♡』


だが、考えれば考えるほど、下腹部にふつふつと熱い滾りが巡り始めるだけ。

そう、俺は……俺は……。


……


──午前休憩、給湯室にて。


「うぃーす。お疲れ〜」

「あ、お疲れ」


昼休み前の短い休憩時間、ふらりと現れた同期の田島がペットボトルの蓋を開けながら、俺の肩を軽く叩いた。


「あれ、悠真、なんか顔色悪くね?」

「……え、そうか? いや、ちょっと寝不足でさ」


「ふーん。珍しいな、いつも完璧マンが」

「はは……」


何の気なしに言われた言葉に、俺は曖昧に笑う。


「で、あれだっけ? 今奥さんの妹さんきてんだろ? いいよなー! 綺麗な奥さんに若い妹さんと……両手に花ってかー? 妬けるねー?」

「あ、あぁ……紗良ちゃんね。はは……」


「なーんで悠真みたいな冴えない男ばっかりがイイ思いしちゃってんのかね〜? 俺だって少しはあやかりたいもんよ〜」

「なんだよ……ははっ……こっちも色々あって大変なんだよ……」


「なんだなんだぁ? まさかお前……お前ん家の嫁さん、浮気でもしてんのかぁ? おうおう?」

「そ、そんなわけねぇだろ……! 俺は綾乃を信じてる……俺と綾乃はそんなんじゃなくて……もっとこう……! 心から愛し合ってて……」


「くぅーっ! お熱いねぇ! お熱いねぇ! まったく青春真っ只中って感じじゃあないですか!」

「そ、そんなんじゃ……」


「はぁ〜〜〜、俺も結婚しようかな……そしたら会社から祝儀も出るらしいし……あ、でもその前に彼女作んないとだけど、彼女作ったら趣味の風俗巡りもできなくなっちまうかぁ〜〜〜……でもでも、家に帰ったら可愛いお嫁さんが迎えてくれるのはそりゃ嬉しいよなぁ……」

「はぁ……そうなのか?」


「なんですかね〜同期が励ましてやろうと思って慣れない冗談をかましてあげてんのに……その哀愁漂うため息は。悠真、あんまし悩みすぎんなよ〜? ははっ!」

「お、おぅ……わりぃ……」


………


仕事が終わり帰路につく。

昨日の今日で俺はまだ平常心を保てていない。

どうにも意識してしまう自分がいて、それが嫌で仕方がない。


「お義兄さん、おかえりなさい!」


玄関のドアを開けた瞬間、明るい声が飛んできた。

それだけで心臓がパクパクと音を立てる。


「……紗良」


名前を呼ぶ声が思わず硬くなってしまった。

靴を脱ぐより先に顔を上げると、廊下の奥から紗良がこちらを覗き込んでいた。

黒髪のボブが頬の横でさらりと揺れ、白いサマーニットの袖口から伸びた手が、ひらひらと無邪気に宙を舞っている。


昨日の夜、俺の耳元で囁いた声と同じ声。

無理やり拒絶することができなかった俺の反応を見逃さず、あの言葉で最後の一線を飛び越えさせた少女と同じ顔。


なのに、今の紗良はいかがわしいことなどまるで何もなかったかのように笑っていた。


「今日もお仕事お疲れさまです。あ、鞄持ちます?」

「いや、いい」


反射的に断ってしまう。

口に出してから少し強い言い方になったことに気がついた。

紗良は一瞬だけ目を丸くする。

けれどすぐに、口元が小さく弧を描く。


「ふぅん」


短い相槌。

昨晩の記憶が一気に蘇る。


薄暗い客間。

仮設のソファベッドが軋む音。

耳元で混ざった息遣い。

そして、最後に囁かれた、あの一言。


『ほら、やっぱりマゾだった……♡』


「……っ」


思わず視線を逸らした。


靴箱の上に置かれた綾乃の鍵。

廊下に漂う夕飯の匂い。

奥のキッチンから聞こえる、包丁がまな板を叩く軽い音。


全部いつも通りだった。


いつも通りの家。

いつも通りの帰宅。

いつも通り、綾乃が俺のために夕飯を作ってくれている音。


それなのに、玄関先に立ちはだかる紗良のせいで、その日常がほんの少しだけ歪んで見えた。


「悠真さん? 帰ってきたの?」


キッチンの方から綾乃の声がした。


「うん。ただいま」

「おかえりなさ〜い。ごめんね、今ちょうど手が離せなくて。先に着替えてきていいよ〜」


いつもの柔らかい声。

俺を疑うことなんて少しも考えていない、優しい声。

胸が痛くなる。


「……うん」


返事をして、俺は靴を脱いだ。

できるだけ紗良を見ないようにする。

距離を取って、廊下を通り抜けようとする。

しかしその瞬間、紗良が半歩だけこちらに寄った。


たった半歩。


それだけで、全身が強張った。


「お義兄さん」


小さな声。

綾乃には聞こえないくらいの、でも俺にははっきり届く声。


「今日、お仕事大丈夫でしたか?」

「……別に」


「ふふ。嘘」


昨日と同じ笑い方。

悪戯が成功した子供みたいで。

意地の悪さが滲み出た瞳で俺の顔を覗き込む。


「昨晩はちゃんと寝られました?」

「……寝たよ」


「ほんとに?」


紗良は首を傾げる。

黒髪がさらりと揺れて、耳元にかかった髪を指で払った。

その仕草だけで、昨日の耳の感触が蘇る。


「っ……」

「……あれ?」


紗良の瞳が楽しそうに細くなる。


「今、何か思い出しました?」

「別に何も……」


「ほんとに?」

「何も思い出してない」


自分でもわかるくらい声に余裕がなかった。

紗良は一歩引いて俺の通り道を開ける。

その顔には、あくまで普通の妹みたいな……家族の笑みが浮かんでいた。


「じゃあよかったです」

「……何が?」


「昨日のこと、気にしてたら可哀想だなって思って」

「……ッ」


思わず顔を上げてしまう。

紗良は笑っている。

無邪気に。

けれどその目だけは、俺の反応をじっと観察していた。


「紗良ちゃ──」

「悠真さん、着替えたらご飯の準備手伝ってもらってもいい?」


キッチンから綾乃の声が飛んできた。

俺は言いかけた言葉を飲み込む。


「……あぁ、すぐ行く」

「ありがと〜」


綾乃はいつも通りだった。

俺たちの間に何があったかなんて、何も知らないし知るはずもない。


だから余計に苦しくなる。


紗良はそんな俺を見上げて、口元に人差し指を当てた。

間接キスの時と同じ仕草。


「……秘密」


声には出していない。

唇だけがそう動いた。

それだけで、胸が詰まる。


「お義兄さん?」


今度は普通の声。

明るくて、少し甘えたような、いつもの紗良の声。


「早く着替えないと、お姉ちゃん困っちゃいますよ?」

「……わかってる」


俺は逃げるように廊下を進んだ。

背中に紗良の視線を感じながら。


振り返らなくてもわかった。

きっと彼女は笑っている。


俺が昨日のことを忘れられていないことも。

自分を避けようとしていることも。

そのくせ、綾乃の前では何も言えないことも。

全部、わかった上で──。


「お義兄さん」


部屋のドアノブに手をかけたところで、もう一度呼び止められた。

振り返ってはいけない。

そう思ったのに、身体は勝手に止まってしまう。


「昨日は、ありがとうございました」

「……何のことだよ」


「お姫様抱っこ」


紗良はにこりと笑った。


「お姉ちゃんにも言いましたけど、お義兄さんって本当に優しいですね」


その言葉はどこからどう聞いても普通だった。

綾乃が聞いても何も怪しまない。

妹を部屋まで運んでくれた婚約者に向ける自然なお礼。

なのに俺だけが、その裏側の意味を知っている。


あの部屋で何があったのか。

お姫様抱っこの後に何をされたのか。

その先で、俺がどんな罪を犯したのか──。


「……やめろ」


掠れた蚊の鳴くような声に自分でも驚く。

紗良は一瞬だけ目を丸くしてから、すぐに嬉しそうに笑った。


「やめてほしいんですか?」

「……っ」


「何を?」


返事が喉から出せない。


だが紗良はそれ以上追い詰めてこなかった。

ただ、何事もなかったかのようにキッチンの方へ振り返る。


「お姉ちゃーん、お義兄さん帰ってきたから、今日も三人でご飯だね〜」

「そうね〜。紗良もお皿出すの手伝ってくれる?」


「はーい」


スリッパのパタパタという足音が離れていく。

俺は部屋の前で立ち尽くしたまま、ゆっくりと息を吐いた。

綾乃に言えない秘密が、またひとつ日常の中に紛れ込んでいくのを感じていた──。


………


着替えを済ませてリビングへ戻ると、食卓にはすでに夕飯が並び始めていた。


白い大皿に盛られた鶏肉の照り焼き。

小鉢に入ったひじきの煮物。

湯気の立つ味噌汁と色とりどりのサラダ。

そして、綾乃が炊いてくれた白米の匂い。

いつもと同じ温かな食卓だった。


「悠真さん、お味噌汁そこに置いてもらっていい?」

「ああ」


「紗良はお箸お願いね」

「はーい」


手際よく監督する綾乃の声に合わせて、紗良が食器棚から箸を取り出す。

何事もなかったような顔で。

まるで昨日の夜など最初から存在しなかったみたいに。

しかし俺だけは、彼女の横顔を見るだけで息が詰まる。


頬にかかる黒髪のボブ。

クリンと長くカールした睫毛。

唇を彩る桃色のリップは艶めいていて──。


昨晩、耳元で囁かれた声が蘇る。


『ほら、やっぱりマゾだった……♡』


「……ッ」

「悠真さん?」


綾乃に呼ばれて慌てて顔を上げる。


「え、あ……何?」

「お味噌汁、こぼれちゃうよ?」


見れば、手にしたお椀が少し傾いていた。

慌てて姿勢を直す。


「ご、ごめん」

「ふふ。疲れてるの?」


綾乃が心配そうに眉を下げる。


「今日、顔色あんまり良くないね。お仕事大変だった?」

「ああ……少し寝不足で」


心配そうに眉を下げた綾乃の隣に座った紗良の箸がぴたりと止まった。

ほんの一瞬。

しかし真正面にいる俺にはわかった。

彼女が笑いを堪えていることに。


「寝不足なんですか? お義兄さん」


やけに明るい声で話しかけてくる。

その原因を生んだ張本人のくせに、あまりにも白々しい。

しかし、それを指摘できるはずもない。


「……まあ、少しな」

「へぇ。昨日、ちゃんと寝られなかったんですか?」


「……ッ」


何気ない質問。

綾乃の前でも不自然ではない言葉。

なのに俺には、そこに別の意味が隠されているようにしか聞こえなかった。


「紗良。悠真さんはお仕事で疲れてるんだから、あんまりからかわないの」

「えー? からかってないよ? 心配してるだけだもん」


そう言って、紗良は俺の前に箸を置く。


「お義兄さん、どうぞ」

「……ありがとう」


「いえいえ」


にこりと笑った紗良。

大人しくしていれば人当たりのよく、見目も可愛らしい女の子なのに──。


だから余計に、胸の奥がざわつく。


「「「いただきます」」」


三人で手を合わせ、食事を始める。


箸の音。

味噌汁を啜る音。

テレビから流れる、どうでもいいニュースの声。


日常は何も失われていない。

そう思いたかった。


「そういえば紗良」


お茶をとりに席を立っていた綾乃が席につき、箸を手に取りながら言った。


「昨日、悠真さんに運んでもらったんでしょう? ちゃんとお礼言った?」

「言ったよ〜」


紗良は向かい側で、あっけらかんと答える。


「ね? お義兄さん」

「……あ、あぁ」


「すっごく優しく運んでくれたもん。お姫様抱っこで」

「お、おい……」


思わ語気が強くなってしまう。

綾乃がきょとんとした顔で俺を見つめていた。


「悠真さん?」

「いや……その、別にお姫様抱っこというか、普通に運んだだけだから」


「あはは。照れてる〜」


紗良が楽しそうに笑った。


「だって本当のことじゃないですか。お義兄さん、ちゃんと両腕で抱えてくれましたし? 我が家ではこれが普通だったんですよ? あたしが駄々こねてお父さんが抱っこしてくれて……」


その瞬間。

テーブルの下で、何かが俺の足首に触れる。


──さわっ……。


「……っ」


反射的に膝が跳ねかける。


「落ちないように、ぎゅって……ふふっ」


紗良の声の調子は変わらない。

綾乃の前で何ひとつ後ろめたさのない妹の声。

けれどテーブルの下では、彼女の足先が俺の足首をゆっくりとなぞっていた。


柔らかく。

ほんのりと温かく。

靴下越しではない──。


素足だった。


「悠真さん?」


綾乃が不思議そうにこちらを見る。


「あ、いや……何でもない」


慌てて笑って誤魔化す。

足を引こうと思えば引けた。

だが、テーブルの脚と椅子の位置が邪魔をして、大きく動けば不自然になる。

それに、ここで下がってしまえば紗良に負けたような気がしていた。


そんなつまらない意地が、俺の身体を椅子に縫い付けていた。


「ほんとごめんね、悠真さん」


綾乃が申し訳なさそうに笑った。


「紗良、昔から甘えん坊で。お父さんにもよく抱っこしてもらってたのよ〜」

「ちょっとお姉ちゃん、それ小さい頃の話でしょー!」


「今もあんまり変わらないじゃない」

「変わるよー! あたしもう大人だし!」


紗良が頬を膨らませる。

その言葉に、胸の奥底がぎくりとした。


大人。


そうだ。

紗良は子供ではない。


もう十九歳で。

綾乃の妹で。

この家に一時的に住んでいるだけの、ひとりの女。

そして俺は昨日、その事実を嫌というほど思い知らされた。


「お義兄さんもそう思いますよね?」


急に振られて咽せそうになる。


「……何が」

「あたし、もう子供じゃないですよね?」


紗良がこちらを見る。

大きな瞳。

無邪気な問いかけ。

けれどその奥には、俺だけにわかる悪戯の色があった。


足首を撫でていただけの彼女の足が、誰にも見えないテーブルの下から這うように上がってくる。

ふくらはぎに触れた足の甲が、そこからゆっくりと、ズボン越しの脚に絡みついてくるように、膝の内側へと滑ってくる。


「……まあ、大学生だしな」

「ふふ。ですよね」


満足げに笑う紗良。

その足先が膝の上に乗った。

ゆっくりと撫でられる。

俺の答えに満足したかのように。

いい子いい子と膝小僧が撫でられる。


「……ッ」


思わず息を飲む。

さっきからご飯が喉を通らない。

生唾と重い空気の塊だけが食道を通過していく。

気が気ではなかった。


「悠真さん、本当に大丈夫?」


綾乃が首を傾げる。


「顔、赤いよ?」

「いや……はは、日中の外が暑かったからかな」


「そう? いつまでも若いわけじゃないんだから、あんまり無理しないでね?」

「あ、あぁ……」


なんとか答えながら俺は箸を握りしめる。

その間もテーブルの下では、紗良の足先が我が物顔で這い回っていた。

膝を越えて太ももの内側へ。

ゆっくりと、獲物に狙いをつけた蛇が木を登るように。

昨晩二人だけの密室で植え付けた痕跡を、今度は綾乃のいる食卓の下で確認している。


「紗良……? どうしたの? 笑って……」

「んー? ううん、なんでもないよー」


紗良はそう答えて笑った。

綾乃の方を見て。

紗良が綾乃に向けた笑顔と俺に向ける顔は異なっていた。


──ちょんっ……♡


紗良の素足がそこに触れた途端、心臓の鼓動が一気に加速する。

偶然ではない。

計算された必然。

それを裏付けるように、足先が二度三度と玉袋を撫で付ける。


「(もう溜まってるんだ?)」


唇の動きで紗良の言わんとすることがわかってしまう。


「ッ……!」


まずい。

いくらなんでも食卓で、それも綾乃が目の前にいる状況で興奮するわけにはいかない。

ましてや綾乃の妹に足で股間を弄られて勃起するなんて──。


「でも、本当に助かったよね」


何も知らない綾乃が声を上げる。


「悠真さんがいてくれて良かった。私ひとりだったら、紗良を部屋まで運ぶなんて無理だったもの」

「あたし軽いよ?」


「軽くても、暴れたら危ないでしょ」

「暴れてないもん」


「暴れてたわよ。ね、悠真さん?」


綾乃がこちらを見る。

答えなければいけない。

普通に笑って、『大丈夫だったよ』と言えばいい。


それだけのことなのに。


──さわっ……♡ さわっ……♡


柔らかな母指球でふにふにと玉を撫でつけられて、竿の根元を伺うように足の指先が掠めていく。


「……ま、まぁ少しだけ……ッ」


声が掠れる。


「あれ、声変ですよ?」


紗良にすかさず拾われる。

『暴れていた』という姉の主張に同調したことが気に入らなかったようだ。


「……そ、そんなことッ」

「悠真さん、本当に大丈夫?」


──くにゅっ……♡


玉袋を揉み込むように動いていた足の指先が、竿の根元を狙い澄ましたかのように捉え。


──にちにちにち……♡


ゆっくりと這い登っていく。

克明に蘇る昨晩の記憶。


紗良の声。

耳元で感じた吐息。

熱い舌が耳の中を這う感触と、柔らかい手のひらが肉竿を握り込む感触。

最後に身体が勝手に跳ねた瞬間──。


それらが、足先の刺激と混ざり合って、蘇る。


「くすっ……だけど、あたしは優しいなぁって思いました」


感謝の言葉。

しかし紗良のその言葉の裏にあるのは──。

一方で何も知らない綾乃は嬉しそうに頷く。


「悠真さんはそういうところあるのよ。困ってる人を放っておけないっていうか」

「うん〜、知ってるけど〜」


「なんであなたが知ってるのよ」

「だってちょっと一緒に暮らせばわかるじゃん! お姉ちゃんにお似合いの良い人なんだなって」


紗良は小さく笑った。


「ほんと、良い人すぎて、放っておけない人って言うか〜……」


その言葉に合わせて彼女の足の親指が、竿の幹の裏側をゆっくりとさすった。

たかだか一往復。

されど一往復。


「……ぁッ」


──カチャッ。


箸が皿に当たって小さな音を立てる。


「悠真さん?」

「……ごめん、手が滑った」


「やっぱり疲れてるんじゃない? 今日は早く寝ようね」

「あ、あぁ……」


綾乃の優しい気遣いが胸に刺さる。

その向かいで紗良は、何食わぬ顔で味噌汁を口に運んでいた。

そして。


──むぎゅっ……♡


テーブルの下の足先が、とうとう俺の中心を押し込んだ。


「──ッ」


大きな声が出そうになった。

慌てて唇を噛む。

柔らかな足の裏がズボン越しにそこを軽く押さえている。

まだ硬くなりきっていない。

しかし、昨日の記憶と紗良の目の前という状況が重なって、身体は勝手に反応し始めていた。


「お義兄さん?」


紗良が小首を傾げる。


「どうしました?」

「……何でもない」


「ほんとですか?」

「……あぁ」


「じゃあよかった」


──ぎゅむぅ……♡


その言葉とほぼ同時。

俺の中心に密着したままの足の裏が、じわりと押し込むように動き出す。

ゆっくりと、でも確実に。

ズボン越しの布地に浮いたシンボルの形を確かめるように、柔らかい足の裏がぴたりと密着したまま、上下に動いていく。


──しゅっ……♡ しゅっ……♡ さわさわ……♡


息が詰まる。

食卓。

テレビの音。

綾乃の作ってくれた夕飯。

そんな日常の下で、紗良の素足という非日常が俺の理性を撫で回す。

甘い、甘い、刺激。


「──悠真さん、どう? 今日の照り焼き」

「あ、うん。美味しいよ」


「よかった〜。ちょっと味濃かったかなって思ったんだけど」

「いや、ちょうどいい」


「ほんと?」


綾乃がほっとしたように笑う。


「お義兄さんって、濃い味好きなんですね」


──ぎゅむっ♡


紗良の横槍が入ると共に、足裏の圧が少しだけ強くなった。


「……え?」

「だって、今ちょうどいいって言ったから」


「ま、まぁ……そうだな」

「ふぅん」


紗良は意味ありげに箸先を唇に当てた。


「お姉ちゃん、いつも優しい味付けだもんね」

「そうかな?」


「うん。お姉ちゃんらしいよね。身体に良さそうで、毎日食べるものだからって健康に配慮もしててさ」


綾乃は照れたように笑う。


「でも」


テーブルの下では紗良の足が竿の輪郭をなぞるように往復していて、ズボン越しでも伝わる彼女の素足の感触に腰の奥からどんどん熱い疼きが湧き出ていた。


「たまには濃いのも欲しくなりません?」

「……ッ」


硬くなり始めた股間の中心。

ズボンの内側で押し上げる熱。

それを紗良の足先が逃さず捕まえる。

足の裏で輪郭をなぞられ、親指の腹で裏筋の部分を軽く押され、左右小刻みに撫でられる。

机の下にカメラでも仕掛けて手元のスマホで見ているのではと思うほど、彼女の足先は核心を捉えていた。


「──ッ」


これ以上声は出せない。

派手に動けもしない。

綾乃が目の前にいる。


それなのに、身体だけが昨日の続きを……昨日の結末を思い出していく。


「味付けの話?」


綾乃は不思議そうに首を傾げる。


「もちろん。味付けの話だよ?」


紗良はにこにこと笑っている。


「ね、お義兄さん?」

「……お、俺に聞くなよ」


「えー? だってお義兄さんの好みの話ですし」

「別に……俺は……俺は綾乃の料理がッ……一番、す、好きだよッ……」


嘘ではない。

綾乃の料理は好きだ。

健康を気遣ってくれる綾乃の優しさも、物足りない時は『しょうがないな〜』と笑いながら追加で一品を出してくれるところも好きだ。

そんな綾乃は大切な人のはず。

なのに今、その大切な人と囲んでいる食卓の下で、俺は綾乃の妹の足に翻弄されていた。


「ふふっ」


紗良は嬉しそうに目を細めた。


「お義兄さんって、ほんと真面目ですね」

「なんだよ急に」


「ううん。夫婦っていいなって思っただけです」

「もう……紗良ったら……あんまり悠真さんを困らせないで?」


「はーい」


紗良は何事もなかったように食事を続ける。

だが、足は止まらない。


俺の中心を布越しにゆっくり撫でて、硬くなった形を足裏で押さえつつ、跳ねて逃れようとする竿の先端を足指で摘み、逃げ道を塞いでくる。

綾乃はテーブルの下でそんなことが起こっているなどと当然気づくはずもなく、朗らかに笑いながら夕飯を口に運んでいた。

その一方で俺の股間に集まった血がどんどん固形化していく。


──しゅっ……♡ しゅるっ……♡ しゅる……♡


「……ぁ」

「んふっ……♡」


喉の奥から漏れ出た声を聞き逃さず、紗良が悪戯っぽく口角を吊り上げた。

一体全体どういうつもりなのか。

紗良の意図が読めず、俺はひたすらに我慢を強いられる。


「悠真さん? 本当に無理しないでね」


綾乃が心配そうにこちらを見た。


「さっきから少しぼーっとしてるし……今日は私が全部片付けもするから」

「いや、大丈夫。手伝うよ」


「でも」

「だ、大丈夫だから」

「んふっ……♡」


俺と綾乃のやり取りを見て、紗良の足がいっそう優しく股間を撫で上げる。

綾乃にバレまいと懸命に耐える俺を前に、紗良は愉しそうに目を細めていた。


「あ〜、はいはい、夫婦のお熱いイチャラブをあたしの前で見せつけないでもらえますかぁ〜?」

「もう……紗良……イチャラブだなんて……」


頬を赤らめる綾乃であったが満更でもない表情で俯いてしまう。

しかし紗良はその隙をついて更に大胆な行動に出た。


「お義兄さん、ご飯食べたらちょっと部屋に来てもらえます?」


──しゅっ♡ しゅっ♡ しゅっ♡ しゅっ♡


竿を擦る足先の動きが早くなる。


「な、何故ッ……」

「ちょっと家具の移動を手伝ってほしくて」


紗良と二人きりになるわけにはいかなかった。

二人きりになれば昨晩の二の舞であることは明白で。

しかし、そのことを綾乃には伝えられないわけで、これ以上間違いを犯すわけにもいかないわけで、だからこそ綾乃の前で平静を装わなければならないのに──。


「そ、それッ……い、今じゃないとッ……ダメか? ……ぁ」

「今じゃないとダメですね〜」


平然と言い放ちながら、机の下ではまるでラストスパートと言わんばかりに竿全体が扱かれる。

足裏に密着する熱く固い感触を楽しむように、小刻みな足捌きで根元から亀頭の頂点にかけて往復運動を繰り返す。

今までの優しい愛撫から一転し竿を苛む強烈な快感。

絶頂への階段を一足飛びに駆け上がっていかんとする紗良の足捌きの前に、俺はただただ翻弄されるしかない。


「だっ……だからッッ……!」


──ずり……♡ ずり……♡ ずりずり……っ♡ ずりずりずりずりッ……♡


股間から駆け上がってくる快感のせいで返答に苦心する俺をよそに、紗良は足先を小刻みに動かしながら涼しい顔で口元へ箸を運ぶ。


「(……出ちゃいますよ?)」


ちらりと垣間見えた唇の動きに背筋が処刑台へと導かれる。

もし俺が紗良の望む回答をしなければ、彼女はこのままテーブルの下で射精させる気なのだ。


「ほ、ほんとに今ッ? い、今じゃないとダメなのか?」


声が上ずる。

股間はズボンの中で爆発寸前の膨らみとなり、射精したいと必死に訴えている。

我慢するしかない、見逃してもらうしかない。

このままじゃ本当に──。


「ダメです。具体的にいうと夕ご飯が終わってお姉ちゃんがお片付けしてくれてる間にです。そうじゃないと、お風呂入った後に家具を動かして汗だくになっちゃうじゃないですか〜?」

「そ、それはッ……そう……だけどッッ……!」


──ずりッ♡ ずりッ♡ ずりッ♡ ずりッ♡


「(ほら、早く答えないと……♡ このままではテーブルの下で、お義兄さんはあたしの足で精液を垂れ流しちゃいますよ?♡ それとも……お姉ちゃんの前で出しちゃいます?♡)」


ぶるぶると振動する足の前に股間は暴発寸前。

紗良の小悪魔じみた笑顔も相まって、股間の芯までどろどろに溶かされ、もうこれ以上は我慢できそうになく。

結局、紗良の要求を飲まないという選択肢は俺には残されていなかった。


「わ、わかったッッ……!! 行く、行くからッッ……! だからッ……ッ!?」

「そうですか〜。ありがとうございます」


──ずっ♡ ずっ♡ ずっ♡


「……ッ!?」


しかし、俺の期待に反して紗良の足は止まらなかった。

それどころかより強く押し付けられた足裏が、より一層激しく動き始める。

電気あんまの要領で、小刻みに震える足の裏に何度も何度も擦り上げられる竿全体からびりびりと痺れるような快感が全身へと波及し、身体が思わずビクンと跳ね上がる。


「──ぅッ!?」

「んふっ♡」


「さ、紗良ッッ……!」

「ん~? お義兄さん、どうしちゃったんですか~? さっきから……クスクス♡」

「ねぇ、悠真さん本当に大丈夫? 無理して紗良のことは手伝わなくてもいいからね?」


「い、いやっ……! そ、そういうわけには……ッ!」

(じゃないとこのまま紗良の足に──ッ♡)


「そうだよ~? お義兄さん、体調悪いのに無理して手伝ってもらわなくても、あたしは平気ですよ~?……(お義兄さんの股間はどうなっちゃうかわかんないですけど♡)」

「そうよね。無理して動いたら却って体調悪くしちゃうと思うし、悠真さん、本当に辛そうなんだもん」


「ね? お義兄さん、どうしますぅ~?」


「ッ……」

(こ、こいつ……ッ♡)


──ずっ♡ ずっ♡ ずっ♡


口ではそう言いつつも、紗良の足は容赦なく股間を擦り続けていた。

その動きは確実に射精へと俺を導き、俺の意志とは関係なく限界が近づいてくる。


「(イきそうなの? こんなとこで? お姉ちゃんの前でイっちゃうの?♡)」


ニヤニヤと笑う紗良の顔が憎い。

しかし、身体の中心の芯棒はその紗良の足の前に屈服しつつあった。

悔しさと快感が混ざり合う、そんな背徳的な悦楽に狂わされていく。


(――だ、ダメだ……!!)

「さ、紗良っ……て、手伝うからッ……!!」

「ん~……♡ でもお義兄さん、そんなに辛いならやっぱり今日じゃなくても……?」


「や、ぁッ……。き、今日でいい……ッ! 今日で、今日でいいからッ!!」

「んふっ……♡ そうですか、わかりました。ありがとうございます……では」


──ピタっ……♡


紗良の足の動きが止まる。

まるで『もう出そうだね』と言うかのように、ぴたりとその足裏が竿に寄り添ったまま、動きを止める。

射精寸前、まさにその刹那。

腰がビクビクと跳ね上がり、あと数擦りで全てを吐き出してしまいそうになった瞬間だった。


「はぁッ……! ぁッ……」


どくんどくんと心臓が脈打つ。

身体の芯で煮えたぎる獣欲が堰を切って溢れようとする。

だが、紗良の足が止まったことでその欲求が中途半端に燻り、出口を見失ったまま体内を彷徨っていた。

ひくひくと微動を繰り返す愚息が、紗良の足裏に擦れて心地が良いものの、それを必死に抑えねば自ら腰を振ってねだってしまいそうであった。

それも足の裏に向かって、だ。

募りに募ったもどかしさにより熱く火照った腰が物足りなさを訴え、疼きが収まらずに身体中を駆け巡る。

今にも泣き出しそうなほど、辛い。


「……はぁ、はぁ、はぁッ」

「ふふっ♡ じゃあお待ちしてますね、お義兄さん♡」


──さわっ……♡


「ッッ……♡」


足が股間から離れる際、最後のお別れとばかりに、足裏が陰茎を優しく撫で上げた。

その刺激に俺のペニスはピクリと反応を示す。

射精寸前まで昂らされたペニスは未だ臨戦態勢のまま勃起しており、ズボンの下でテントを張りながら存在を主張していた。

紗良の足に名残惜しさを覚えてしまう。


「もう……悠真さん、あまり紗良をあまり甘やかしすぎないようにね〜? はぁ……悠真さんには本当に迷惑を──」


綾乃の言葉が耳に入ってこない。

股間の熱が思考を覆い尽くし、頭の中は紗良のことだけで埋め尽くされていた。


「お義兄さん?」


不意に呼ばれてハッとする。

顔を上げると、紗良が俺の顔を覗き込んでいた。

大きな瞳。

綾乃と同じなのに、どこか違う黒い輝き。

唇には桃色のリップグロス。


「……じゃ、先にいって待ってますから」

「……ぁ、ぁぁ……」


『ごちそうさまでした』という言葉と共に立ち上がった紗良は、こちらに背を向けると、パタパタと軽やかな足音を立てながらリビングを後にしていく。


「──じゃあ、悠真さん、申し訳ないけど、妹のことよろしくね? 私は夕食のお片付けの後、お風呂掃除しなきゃだしさ〜──」


綾乃の声をBGMに俺の意識は遥か彼方に飛んでいたのだった──。


………


<続きは今月更新予定!>


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