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仕事帰りの電車内で謎のアプリをダウンロードした俺は、あらゆるものの職業を自由に変えられる能力を手に入れた。 スマホを使うことすらなく、肉眼で見るだけで対象の頭上に今の職業が書かれたステータス画面のようなものが現れ、その内容を音声認識どころか脳内入力で書き換えることができるのだ。そして一度でも書き換えれば、一覧も兼ねた履歴から、同じ対象がどこにいても自由に書き換えることができる。 ある理由で電車内では使えなかったので、ホームに降りてから何人かに試したみたのだが、その効果は本物だった。 駅を出てからもちょうどいい人材を見つけたので、能力を使ってみる。 「ええ、ですからその件は明日にでも部長と相談して……」 駐輪場の前にいた会社員風の小柄な女性は、ポニーテールに黒縁メガネの真面目そうな雰囲気で、立ち止まってスマホで誰かとしゃべっていた。 何気なく背後から近づいてステータス画面を表示させると、何とか不動産会社の営業担当という文字列を筆頭に、誰々の娘、誰々の姉、誰々の交際相手、誰々の友達といった関係性に関するものから、日本人、近眼、二十代、女性、人間といった文化的・生物的な職業まで細かい字が並んでいる。 俺は無言のまま、その文字を一括で全消去した。 「わかりました。ありがとうござ──」 すると彼女はスマホを持った手をだらんと下げて、呆けた表情で虚空を見つめる。 俺が何か一つでも職業を与えない限り、彼女は永遠にこのままで、誰からも認識されることもないらしい。 一つでも職業を与えれば、それに付随して人間などの必要最低限の職業も復活するらしいが、ここで重要なポイントがある。 それは、この世に存在しない職業でも通用するということだ。 といわけで俺は彼女に、『俺の部屋のトイレ掃除係』という職業を与えた。 ここで、俺にもまだよく理解できない現象が起こるのだが、彼女はスマホやカバンを地面に落とすと、無言のまま着ているスーツを脱ぎ始めた。メガネも外して放り投げ、髪ゴムも外してセミロングになる。 すぐに往来の真ん中で下着姿になり、それも平然と脱いで貧相な裸体を晒してしまうのだが、その姿を第三者が認識することはない。 なぜ全裸になるのかというと、『俺の部屋のトイレ掃除係』という職業に特定の衣服や所持品は必要ないから、というのが、よくあるQ&Aの回答である。 彼女は『俺の部屋のトイレ掃除係』として相応しい格好になると、両腕を腰の辺りで直角に曲げて、ランニングの速度で走り去ってしまった。たしかに俺の住んでいるアパートへ向かう道筋である。 こうして一瞬で、彼女は何とか不動産会社の営業担当から『俺の部屋のトイレ掃除係』に転職してしまった。 アパートに到着するまでにもう一人くらい変えたいなと思いつつ暗い夜道を進んでいると、向こうから小学校高学年くらいの少年が一人で歩いてきた。 男か。女子なら何倍もよかったが、まあもっと上の男も変えているしいいだろう。 どちらかといえば体育会系に見える少年の頭上に出したステータス画面の文字を、さっきの彼女と同じく一括で消去する。 彼には、『俺が床に捨てたゴミを何でも食べて胃液で完全に消化する係』に任命した。 この世に存在しない職業というのは、このように若干ファンタジーかSFに片足をつっこんだものでも通用する。 少年はその場で黙々と服を脱いで全裸になると、きれいな回れ右をして元来た道を走っていった。 アパートに到着すると、俺の部屋のドアの前に全裸の五人が横一列に並んで立っていた。 鍵を持っていない五人に、先に部屋に入ることができるはずもなく、このような待機状態になるのも当たり前か。 一番手前にいるのがさっき変えたばかりの元男子小学生で、その次が元営業担当。 さらに奥の三人は、俺がホームに降りてから駅を出るまでの間に変えた何人かのうち、自宅で使うことにした三人だった。 五人とも無表情で直立している状態ながら、早く自分の仕事がしたくてウズウズしているように見えたので、紹介は後にして鍵を開けてやろう。 ドアを大きく開けると、五人は同時にまた腰に直角に腕を当てドタドタと俺の部屋に入っていき、すぐにそれぞれの仕事を始めた。 俺も部屋に入って、五人の様子を確認していく。 トイレ掃除係は、さっそくトイレ用洗剤とブラシを探し出し、トイレの前にしゃがんでせっせと掃除をしていた。だいぶサボってしまっていたので、終わるまでは相当時間がかかるだろう。 料理係の元専業主婦は、冷蔵庫の中にある限られた食材で夕飯を作り始めていた。裸エプロンですらない全裸での料理なので、その巨乳やお腹にいる赤ちゃんに油でも跳ねないか心配である。 ベランダの前では大学生くらいの男性が洗濯物を取り込んだ上で、きれいにたたんでタンスにしまってくれていた。たしか、適当に考えて洗濯係にしたのだが、こういった作業もしてくれるらしい。 ベッドの上では、洗濯係の元交際相手だったこちらも大学生くらいの女性が、ただ仰向けになって天井を見つめていた。こちらも適当に、『毎晩俺とセックスする係』にしていたので、本番はもっと夜になってからだ。 最後の元男子小学生は、そのベットのそばでドアの前にいた時のように直立していた。試しに鼻糞をほじって床に落としてみると、すぐにその前まできてひざまずき、床を直接舐めて掃除してくれる。これはとても便利だし、ゴミ袋の量をだいぶ節約できるだろう。ああ、ゴミを出す係も採用した方がいいだろうが、トイレ掃除係に兼業させてもいいか。 こうして、俺の充実した毎日が幕を開けた。 一週間後の朝、元女子高生の『朝7時になったらフェラして起こしてくれる係』によるフェラで目を覚ました俺は、『毎晩俺とセックスする係』を押しのけて起き上がった。 トイレで用を足し、洗面所で手と顔を洗い、元女子中学生のタオル係が頭にかぶっているタオルで拭くと、口をすすいで戻る。 三代目の料理係が作った朝食を食べ、歯を磨いて着替えると、あとは本当はもう行く必要もない仕事に行くだけだ。 今日は、今朝もトイレの隅で正座して待機していたトイレ掃除係でも解雇するか。 俺は駅までの道中のよきタイミングで、履歴をさかのぼってトイレ掃除係を探し、その職業を元の人間だった頃に戻した。 すると駐輪場の前を通る辺りで、後ろから元トイレ掃除係が走ってきて、一週間前に転職した地点に立つ。 部屋のドアは玄関に屈強な元ラグビー部員の防犯係を採用してから開けたままにしてあるので、このような解雇方法が可能になったのだ。 彼女はその位置に立つと、片手を耳に当てて、 「──います。……ってあれ?」 としゃべりだしたが、スマホがないことには困惑しているものの、自分が全裸で、裸眼で、一週間風呂に入っていないので体全体が薄汚れていることには驚かない。 もちろん、足下には一週間前に脱いだ服やカバンなども残っていない。 彼女は全裸のまま、首をかしげながら歩き出し、どこかへ入ってしまった。 ~以下作者より~ 先日投稿した後日談、ブログの方で書いてしまっていたので、文字数制限に引っかかっていたんですね…… このあとがき部分も含めて何字かオーバーしていたのでおかしいなと思っていたんです。 このテキストの方にもあるんだと思いますが、さすがに心配の必要は無いようで安心しています。 こちらを没ネタにしたのは、毎回新しい斬新な職業を作れる自信が無かったからです。 同じような別の設定の方が書きやすいと思いました。 疑似時間停止の部分は今後もどこかで使っていきたいです。

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