小説 【入れ替わり・恋人同士】㉕(最終話) (Pixiv Fanbox)
Published:
2025-07-20 15:38:37
Imported:
2026-06
Content
-目次-
・73.元の体に入れ替わり
・74.装置起動
・75.自分の体
73.元の体に入れ替わり
スタッフに導かれ、二人はあの部屋へ――
初めて入れ替わった、肉体の交換機がある処置室へ向かう。
白くて無機質な空間。
中央には、見覚えのある入れ替え装置が鎮座している。
元の体戻る。
そう思ったとき、ふいに胸の中が静かにざわめいた。
隣を見ると、“陽真の姿”で、少し不安そうに装置を見つめている澪がいた。
今度はアクシデントが起きませんようにと願うように。
•
「準備ができ次第、機械の装着をお願いします」
若い女性看護師の声が静かに響いた。
そして――
二人は、元に戻る準備を始めた。
病室は本当に静かだった。
白い壁、無機質な装置、淡く差し込む朝の光。
その中央に、あの“入れ替え機械”が静かに構えていた。
「……ついにこの時が来たか…夢の時間が終わる…」
澪(精神は陽真)が、装置を見つめながら言った。
口調は明るいけれど、どこか惜しそうでもある。
「やっと、よ。長かった……♡」
陽真(精神は澪)は深く息を吐いた。
この一週間、本当に長かった。やっと“自分”に戻れるのだ。
なのに、隣に立つ“澪の姿”が、ほんの少しだけ、ためらいがちに動かない。
「ねぇ、あのさ…」
陽真は、澪の唇で軽く笑って言った。
「このまま、お互いの体交換したままってのも、アリじゃない?♡」
「……は?」
「いや、けっこう本気なんだけど♡女として生きて行きたいっていうか……。澪の体、敏感で気持ちいいし♡それに股間がスッキリしてるの捨てがたいし…♡」
「……絶対嫌よ…」
陽真(精神は澪)は思わず苦笑しながらも、少し警戒した。
冗談だとは思いたいけれど、澪(精神は陽真)の表情には一分の真剣さが混じっている。
「ほら、澪のパンティ見せてあげるから♡」
澪(精神は陽真)は、患者衣の裾を少しつまんで、ひょいと上げ目の前の陽真(精神は澪)に下着を見せた。
「これも最後のお披露目ってことで……どう? 可愛いでしょ、このパンティ、病院のやつだけどエッチよね♡」
「ちょっ……バカ! 病室でなにしてんのよ!!」
陽真(精神は澪)は思わず小声で怒った。
思わぬ展開に目を逸らしつつも、顔がほんのり赤くなっているのが自分でもわかる。
「そんなの、戻ったら見放題なんだから…」
「やっぱ色仕掛けは通じないか…♡」
澪(精神は陽真)は、諦めたように患者衣を元に戻しながら、それでもニヤニヤと笑っていた。
•
その空気を断ち切るように、医師が病室に入ってきて、機械の前に立ち、静かに告げた。
「準備が整いました。ベッドに横になってください」
二人は、並んで機械の左右のベッドにそっと体を預ける。
いつのまにか、病室の空気はぴんと張りつめていた。
冗談を交わしていたときの軽さは、もうどこにもなかった。
装置の天井には、白いライトがぽつんと灯っている。
ふと、陽真(精神は澪)は隣のベッドに寝ている“自分の澪の体”を見た。
澪(精神は陽真)は静かに目を閉じていた。
まるで、最後のひとときを胸の奥で味わっているかのように。
「……ありがとうな、澪」
不意に、澪(精神は陽真)がぽつりとつぶやいた。
その声は、今までで一番素直で、優しかった。
陽真(精神は澪)は目を伏せ、ほんの少しだけ微笑んだ。
「……うん。私も、ありがと」
•
「それでは、開始します」
機械が静かに唸りはじめ、光がゆっくりとベッドの上に降りてくる。
入れ替わりの終わりが、今始まる。
白い光がゆっくりと消えていくと、部屋に静寂が戻った。
74.装置起動
ふわりと意識が浮かんで、また自分の体に沈んでいく感覚。
頭の奥がじんわりと熱を持っていたけれど、それはすぐに和らいだ。
──ぱち。
目を開けたのは、陽真だった。
自分の体に戻ったのが、なんとなく“分かる”。
「あー……戻ってる、な、これ…もう少し澪の体堪能したかったのに…」
声が低い。
喉の奥に響く感じも、重たい胸板も、短い指の感触も──全部、自分だ。
「……っしょ♪」
隣のベッドから、澪が勢いよく体を起こした。
「やっっっっっと戻れた……! はあぁ〜〜〜! この感覚、待ってた!♡」
澪は両手で自分の頬を触ったり、胸元を確認したりしながら、満面の笑みを浮かべた。
「うわ、すっきり。ああ〜〜〜、もう! 足も細いし、胸もあるの安心する〜〜〜っ!」
「そこ?」
陽真は少し羨ましそうな顔で、もぞもぞとベッドから降りた。
「なんかさあ……男の体って、やっぱ変な感じするんだよね……。重いし、硬いし、あと……」
陽真は自分の下腹部を指さして、ぶつぶつ言う。
「ここ、なにかと自己主張してきて落ち着かないんだけど……」
「ふふっ、思い出した? それが“男の日常”なのよ♡」
澪はくすくす笑いながら、自分の体を確かめるように背伸びをした。
「それに比べて、私の股間は超すっきり〜♡何この自由空間……軽い、清い、心地いい!♡」
「俺はなんか、この体変な感じする…」
陽真は苦笑しながら、腕組みして澪を見た。
「でもさ……なんか、もうこの体が“自分”だったって感覚が薄れてる気がするんだよね。慣れって怖いよな…」
「うん、それはちょっとわかる。私も、自分の体なのにちょっと照れちゃうもん……♡」
「なんか、めっちゃわかるかも…」
「だって……入れ替わる直前に、あんたが着てた服とか、下着とか……私がまた使うんだよ? ちょっと複雑でしょ?」
「……確かに、帰りはお互い元の体の服きて帰らないとだもんな」
•
その後、看護師に着替えの部屋は同室で良いと伝えたところ、二人は同じ更衣室に案内された。各自の着替えは看護師が準備してくれており、そこには病院に来る時に着ていた、二人の着替えも用意されていた。
カゴからそれぞれの服を取り出し、二人は着替えを始めた。
陽真は自分のデニムとTシャツを手にしながら、じっとそれを見つめた。
「……なんかこの服、微妙に着られた感あるな」
「まぁ……一回着たしね、私が」
「男の服って可愛くないからやだな…」
一方で、澪は手慣れた様子で、自分のブラとパンティを元通りに身につけていた。
「は〜〜、やっぱりブラ、女の体じゃないと合わないのよね〜。ぴったり!♪」
「俺はブラ付けないの恥ずかしい…」
「何言ってるのよ…あんた元々ブラなんか付けてなかったでしょ♪」
着替え終えた二人は、揃って病室をあとにした。
互いに、少しだけ背筋を伸ばしながら――。
なんでもない会話の中に、ようやく戻れたことの安心と、ほんの少しの名残惜しさが、静かに溶け込んでいた。
75.自分の体
病院の受付をあとにしたとき、澪はほっと大きなため息をついた。
「……ふう。ほんっとに、終わった♪」
「そんな“終わった”みたいに言わなくても…」
隣で、陽真が少し拗ねた声をあげる。
「終わったでいいじゃない♡もう体も戻って、今日から普通に戻れるのよ♪」
「いや、そうなんだけどさ。なんていうか……まだ心が女の子モードなんだよね…」
陽真は自分の手のひらをじっと見つめる。
大きくてゴツゴツした指。厚い手の甲。ひとつひとつが、今までの“澪の手”とは違っていた。
「……はあ、もう少しだけ、澪の体でいたかったわ♡」
「……女の口調やめてよ…もう元の体に戻ってるんだから…」
「だって、まだ言い慣れてないっていうか……“アタシ”って言いたくなっちゃうんだもん♡」
「やめてってば。ほんと恥ずかしいから!」
澪は少し赤くなって、陽真の腕をつついた。
けれど陽真は、少し遠くを見るような顔で、名残惜しそうにぽつり。
「でもさ……やっぱり澪の体って、いろいろすごかったなぁ……軽いし、髪ふわふわだし、香りとか自然にいい匂いしてたし♡」
「……本当にあんた、私の体堪能してたわね…」
•
病院の自動ドアが開いて、二人は外へ出た。
晴れた土曜の朝。
少しだけ吹く風が心地よくて、澪は深く息を吸い込んだ。
(ようやく、元に戻った……)
そのときだった。
横にいた陽真が、すっと方向を変えて、病院の柱の陰に向かって歩き出した。
「ちょっと、トイレ寄ってくわ」
「えっ、そこ女性用トイレだよ!?」
澪が慌てて声を上げると、陽真は足を止めてキョトンと振り向いた。
目の前には、ピンク色の「女性用」の文字。
「……あ」
「“あ”じゃないっての! 戻ってるんだから、そっちはもう入っちゃダメ!」
「いや……無意識に足が……♡」
「完全にアウトよ…!?」
澪は小走りで陽真の腕を引っ張った。
「こっち、男子トイレ! もう一回確認してから入って!」
「う、うん……なんか男子トイレ入るのドキドキする……逆に♡……」
•
トイレ騒動を経て、二人はようやく歩道に出た。
陽真は渋い顔で言う。
「……俺、たぶん数日は男トイレでも緊張すると思う。間違えて“座り”そうで……」
「……まあ、それくらいは同情してあげる…」
「ていうかさ、また入れ替わってみない?今度は一ヶ月とか?♡」
「ぜっっっっったいヤダ!!」
「今度はもっと男の体のいろんなこと学べるかもよ?♡」
「懲り懲りよ。私はもう、二度と自分以外の男の体で生活したくない。ていうか、二度と私の体、使わないで!」
「ケチ♡」
陽真は苦笑しながら、ポケットに手を突っ込んだ。
澪は澪で、やっと自分の足で歩く感覚に満たされていた。
(やっぱり、この体が一番しっくりくる。自分の身体って、やっぱり大事♪)
ふと隣を見ると、陽真がちょっとだけ寂しそうな目をしていた。
澪はそれを見て、ふふっと笑った。
「……でも、まあ……」
「ん?」
「“次”があるとしたら、今度はもうちょっとマシな使い方してね。私の体♪」
「……じゃあ、次はお互いにルール決めてからにしよっか?♡」
「だから、“次があるとしたら”って言ってるでしょ!」
澪の声が、空に高く響いた。
それはまるで、ようやく日常に戻った“宣言”のようだった。
「うぅ……ちょっとトイレ行ってくる」
病院を出て数分、歩道を歩いていた澪が、ぽつりと呟いた。
「やっぱり? その体、水たくさん飲んでたからね。朝、俺、麦茶7杯くらい飲んだし♡」
陽真が横で、どこか得意げにニヤつく。
「ちょっと、そんなこと聞いてないんだけど!?」
「最後に澪にイタズラしてやろって思って♡」
「最低よ…あんた…」
でも、ちょっとだけ――ほんの少しだけ、澪はこの一週間を懐かしむ気持ちもあった。
-終わり-