潜入04A-09A(chameleon) / 20,000字程度 (推敲甘め) (Pixiv Fanbox)
Content
4A.
事務所の中には、若松と柴田。
それをあきれ顔で見ている内藤。
そして、モニターに向かって入力を続けている青木の四人がいた。
それから、もう一人。
事務所内には、もう一人の男がいた。
ベンチに腰かけている柴田。その隣に彼は座っている。
その男は、まるで恋人を気取っているかのように、ぴったりと柴田に体をくっつけながら、彼の太い腕を抱きしめていた。
そして、男は強引に柴田の腋に向かって顔を埋め、その匂いの強さを確かめる。
ツンと鼻腔を刺激する僅かな刺激臭。これが男のお気に入りだった。
「今日もトレーニングお疲れ様、この匂いだけで頑張ったことがよく分かるよ」
そう言いながら、柴田の汗ばんだ頭を撫でている。
ちょうど彼は今、柴田の全身の匂いの強さを確かめながら、今日の彼の『頑張り』を評価して、褒めてやっているところだった。
もしも、柴田がその行為を認識していたとしたら、全身に鳥肌を立て、変態野郎とでも罵って、即座に男を殴り飛ばしていただろう。
しかし、柴田には、この男の行為を決して認識することはできない。
なぜなら、この男は『カメレオン』だからだ。
男は辛抱たまらず、ついには舌を伸ばして、柴田の腋を舐めまわしていた。
汗の塩辛さは、男にとって努力の証明だ。彼は、努力の味を特に好んでいた。
塩辛い部分を探るように、腋毛をかき分けながら舌は這いまわる。ちょうど濃厚なスポットを舌が探り当てたその瞬間に、柴田は「んんっ」と声を漏らした。
「どうしたんですか、柴田さん」
突然、妙な声を上げた柴田に、事務所内の男たちの視線が集中する。
同時に、男は柴田の身体から離れた。
「いや、何か妙な感触が……」
柴田は腕をあげると、不思議そうに腋を見ている。
そして、少し湿り気を帯びている腋をポリポリと掻いた。
「虫か何かでもいるんじゃないか?」
内藤が呟く。
「やめてくださいよ、僕、虫苦手なんですから」
青木が、大げさに身を震わせる。
「すまんすまん、ただの気のせいだ」
そう柴田が笑うと、場に和やかな空気が戻った。
しかし、至近距離で柴田の様子を観察しているカメレオンには、彼がまだ周囲への警戒を続けていることがよく分かった。
柴田の視界には、はっきりカメレオンの姿が映っているはずだ。
しかし、プロフェッショナルである柴田がどんなに警戒しようと、決してカメレオンの存在に気づくことはできない。
それほどにカメレオンの『迷彩』は強力だった。
カメレオンは、再び柴田の腕を抱きしめて頬を寄せる。
その時、ほんの僅かに、柴田の表情が曇るのをカメレオンは見逃さなかった。
『迷彩』が完全に機能している場合、本来ならば少しの違和感も生じない。
しかし、柴田は何らかの異常を感じ取っている。
これは『迷彩』が綻び始めている兆候だった。
……接触を開始してから、もうそんなに時間が経ったのか?
カメレオンは、手に持ったストップウォッチを確認する。
液晶に表示されている経過時間を見て、彼は小さく舌打ちをした。
トレーニング後の柴田の身体が、あまりにも味わい深かったため、つい夢中になりすぎてしまったようだった。それでも、カメレオンは再び柴田の身体に舌を這わせ始める。限界まで楽しみたかった。
しかし、もしも、自分の存在が露見してしまったら。
変態行為が露見してしまったら。
なにしろ、ここは特務機関の基地の中だ。
もしも『迷彩』が解け、全てが露見すれば、彼は窮地に立たされるだろう。
屈強な男たちに囲まれ、拘束を受けて、詰問を受けるだろう。
そう考えるだけで、ああ、体が震える。
強い興奮によって、勃起が止まらなくなる。
『迷彩』の効果が弱まり、異常を感じ始めている柴田の首筋を、彼は舐め上げた。
カメレオンは、この状況におけるリスクを、そして、バレるかもしれないというスリルを楽しんでいた。
しかしながら、本当にバレてしまっては、折角のお楽しみが終わってしまう。
大きな肩にねっとりとキスをしてから、渋々という感じで柴田の側を離れた。
これでもう心配は要らない。
肉体に接触さえしなければ、決して『迷彩』に綻びが生じることはないのだから。
『新宿』基地内に侵入してから、今日までの数日間で、カメレオンは検証を繰り返していた。カメレオンの能力が、特殊な訓練を受けているであろう特務機関の精鋭たちに通じるという保証はなかったからだ。
結論として『迷彩』は、『新宿』のメンバーに対しても有効だった。
もちろんその能力の制約も、同じように適用される。
カメレオンの『迷彩』は、人間の認知機能に対して影響を及ぼす能力だ。
決して、カメレオンが光学的に透明人間になっているわけではない。
厳密に言うと、周囲の人間から『違和感』を強制的に刈り取り、新しい『当たり前』を作り出す能力だった。
効果が有効である限り、カメレオンの存在や行動に対して、誰も違和感や異常を感じることはできない。
しかし、『迷彩』には明確な制約が存在する。
それは、『他者との接触』に制限が生じることだ。
もちろん他者に接触したとしても、すぐに『迷彩』が解除されるわけではない。
しかし、カメレオンによる執拗な接触によって、柴田が違和感を覚えたように、接触時間が長くなるほどに『迷彩』には、綻びが生じ始める。
どの程度の時間、接触を続けると『迷彩』に綻びが生じるか。
カメレオンは、これを『有効時間』と呼んでいた。
『有効時間』には、個人差があり、カメレオンにも予測が難しかった。
カメレオンは、ストップウォッチの表示を見る。
12分13秒。
柴田の有効時間は、12分程度のようだった。
この有効時間は、これまでのカメレオンの知る中でもかなり短い。
理屈は分からない。しかし、柴田だけでなく、『新宿』に属するメンバーは、接触時の『迷彩』に対して、高い耐性を持っているようだった。
彼らは、特務機関のエージェントとして、特殊な訓練を受けている。もしかすると、それが『迷彩』に対して、ある種の耐性を与えているのかもしれない、とカメレオンは推測していた。
だが、そんなことはカメレオンにとっては些細な問題だ。
なぜなら『迷彩』は、『カメレオンの定めたテリトリーの中で、徐々に効果が増幅していく』という性質を持っているからだ。
カメレオンが『新宿』に侵入したその日。
彼は『新宿』の中でも特に筋肉質な肉体を持つ柴田を一目で気に入った。
柴田が自分のことを認識できず、彼に対して『迷彩』が有効であることを確認したタイミングで、辛抱できずに彼に接触した。
トレーニング後、湯気を立ち昇らせながら、プロテインを飲んでいる彼を抱きしめて、徹底的に全身を舐めつくしてやろうと思った。
しかし、その時の彼は、たまたま踏みとどまった。
先に『有効時間』を確認しておこう。
そう考えたのは、単なる気まぐれのようなものだった。
接触後、柴田が違和感の兆候を示すまで、1分もかからなかった。
数秒。あまりにも早い。
常人では考えられない速度だ。
この結果に、カメレオンは震え上がった。
もしも慢心して、大胆な接触を試みていたとしたら、この時点で『迷彩』を看破されていたかもしれない。
つまり、ご馳走を目の前にして、カメレオンはゲームオーバーになっていたかもしれなかったのだ。カメレオンは、自分の気まぐれと幸運に感謝した。
そうして、カメレオンは、より慎重にじっくりと、この『新宿』にテリトリーを築き上げることに決めたのだった。
その結果が、12分間だ。
初日の『有効時間』は、たったの数秒間。
それが今では、12分間も持続するようになっている。
カメレオンは舌に残った柴田の汗ばんだ腋の塩辛い味を反芻した。
それは、十分すぎる成果だった。
そして、それは『新宿』というテリトリーにおいて、カメレオンの見えざる影響力が着実に増している証拠だった。
「それじゃあ、行きましょうか」
「おう」
若松に促され、腰を上げる柴田。
カメレオンは、名残惜しそうに少し距離を取り、後をついていく。
しばしの辛抱だ、とカメレオンは思った。
しばらく接触を控えれば、『有効時間』は徐々に回復する。
トレーニングだかスパーリングだか、彼らがやろうとしていることについてカメレオンには全く興味がない。
しかし、彼らがそのハードな訓練を終え、爽やかな疲労感とともに、お互いの健闘を称え合っているであろうその頃には、皮肉にも『有効時間』は完全に回復しているはずだ。
そうすれば、絶好のタイミングで、彼らの肉体を存分に味わうことができる。
熱々になった肉体、新鮮な汗にまみれた全身を丹念に舐りつくしてやろう。
そう考えるだけで、カメレオンは、口内に唾液が溢れるのを感じた。
見た目以上に堅牢なセキュリティシステムで守られている『新宿』の地下。
カメレオンの能力は、人間の認知機能に対して強力に作用するが、その能力では、分厚い金属扉を開くことはできない。
それ故に、カメレオンは、誰かと一緒に通過するというシンプルな方法で、繰り返し地下に侵入していた。
問題はなかった。
セキュリティシステムは、通過する人間の一人一人を検知し、個別に認証しているわけではない。そもそも、ここは『関東』に属する精鋭たちの根城だ。その精鋭たちの目の前に存在しているにもかかわらず、認識できない侵入者の存在など、誰も想定していなかった。
今回は、筋肉質な班員二人に寄り添うようにして、カメレオンは堂々と扉を通る。たったそれだけのことで、堅牢なはずの基地は、あっさりと部外者の侵入を許した。
5A.
若松と柴田は、トレーニング室に向かっている。
その途中で、カメレオンは二人から離れ、別の通路を進んでいった。
『新宿』の地下には、メンバーそれぞれに私的な居住用のスペースや、入浴や洗濯、生活のための共用設備が存在している。
彼らは、基本的にはその居住エリアで共同生活を送っているようだった。
ただ、カメレオンが観察したところ、必ずしも毎日、全員が基地内で寝泊まりをしているわけではなかった。
もしかすると、宿直のようなルールや規則が存在しているのかもしれない。
それでも、班員たちはほとんどの時間を基地内で過ごしているようだった。
特務機関という性質上、基地に常駐するメリットは大きいのだろうと、カメレオンは勝手に想像していた。
それ以上の興味もなかった。
この数日間で、カメレオンは地下の構造を、ある程度は把握していた。
興味のない区画には立ち入っていないため、完全というわけではない。
しかし、カメレオンの目的を考えるとその程度で十分だった。
カメレオンが向かったのは、柴田逸平の私室だった。
各メンバーに割り当てられている部屋は、生体認証もしくは、本人の携帯しているカードキーによって解錠できるようだった。
ほとんどのメンバーは生体認証のみを使って解錠しており、カードキーによる解錠方法はほとんど使われていないことを、この数日間でカメレオンは把握していた。
そして、このカードキーを拝借することは、カメレオンにとってそれほど難しいことではなかった。
到着すると、彼はポケットから平然とカードキーを取り出して、かざした。
カチリという乾いた音がして、扉は呆気なく解錠された。
部屋に入って、まず目に飛び込んでくるのは、壁に掛けられたグラビアアイドルのポスターだ。
しかし、色鮮やかな水着姿の女性の顔や体を覆い隠すようにして、そこにはコピー用紙のような白い紙が貼られていた。
紙の中央には、太いマジックペンを使った手書きの文字が書かれている。
『消臭禁止』
その下には、同じ筆跡の文章が続く。
『優秀なアサルターは常に男らしくあるべきです。デオドラントスプレーや香水を使って体臭を誤魔化すことは、女々しいことです。女々しい消臭行為はやめて、アサルターらしい男らしさを維持しましょう』
これは前回、カメレオンが部屋に侵入した際に貼ったものだった。
先ほどの柴田たちの会話を、もちろんカメレオンは聞いていた。
この馬鹿げた張り紙が、間違いなく効果を発揮していることは確かだった。
カメレオンは、紙の糊付けが甘くなっていないか、軽く引っ張って確認する。
問題ないようだ。
うんうんと頷き、そして、お待ちかねの戦利品を確認することにした。
部屋の片隅に置かれているポリプロピレン製の蓋付きの収納ボックス。
いかにも軍用といったオリーブドラブのカラーリング。頑強そうな見た目だ。
そこにも、白い紙が貼られている。
『洗濯が必要な衣類は、こちらへどうぞ』
蓋を開ける。
その瞬間、むわっとした臭気がカメレオンの嗅覚を刺激した。
収納ボックスの中には、ここ数日、柴田が着用していたであろう下着やシャツ、トレーニングウェアやスパッツなどが無造作に詰め込まれていた。
凝縮された男の匂い。汗の匂い。逞しさの匂い。努力の匂い。
本来なら誰にも嗅がれるはずのない恥ずかしい匂い。
カメレオンは収納ボックスの中に顔を突っ込むと、深呼吸して、その香りを胸いっぱいに吸い込む。
最高の戦利品だった。
たった数日でこれほどの成果を上げられるとは。
張り紙がどれほど効果を発揮するかは、設置したカメレオンにとっても未知数だった。しかし、『関東』に所属する精鋭であるはずの柴田も、カメレオンの定めたルールに律儀に従った。
トレーニングを終えた柴田が張り紙の指示に従い、律儀に脱いだ下着を収納ボックスの中に入れている光景をカメレオンは想像した。想像するだけで、強い興奮がカメレオンの中に生まれる。
まともに戦っても決して勝つことはできないあの男たちを、自分は支配しているのだ。自分は支配者なのだ。
そう考えるだけで、カメレオンの性器は力強く勃起した。
衝動的にカメレオンは、収納ボックスを持ち上げると、その中身を柴田のベッドの上にぶちまけた。そして、カメレオン自身もベッドの上に飛び乗る。ぎしぎしとスプリングが軋む。
ベッドの上でカメレオンは、全裸になった。
パーティの始まりだ。
手当たり次第に周囲の戦利品を手に取り、それを嗅ぎながら、カメレオンは自らの性器を扱いた。
最初に手に取ったのは、汗の染みたトレーニングウェア。
しばらく収納ボックスの中で保管されていたからか、匂いがより凝縮されている気がする。特に、腋の部分の匂いが強い。
次に手に取ったのは、黒のボクサーブリーフ。
柴田のペニスが収まっていたであろう部分に執拗に顔を押し付ける。期待したほどの強い匂いを感じることができない。シャワーや入浴も徹底的に禁止するべきだろうか? とカメレオンは考えた。
最も強い匂いを放っていたのは、靴下だった。
その香ばしい匂いを胸いっぱいに吸い込む。
もう少しこの場所のテリトリー化が進めば、長時間の接触も可能になる。その時には、直接、その匂いを嗅ぎ、彼の足の指の一本一本まで舐めつくしてやろう。
カメレオンが射精に至るまで、それほど時間はかからなかった。
彼の精液は中空に迸り、そして彼の身体と、ベッドのシーツの上に飛び散った。
カメレオンは、柴田のボクサーブリーフを手に取ると、それをティッシュ代わりに使って精液を拭き取った。途中でちまちま拭き取るのが面倒になって、カメレオンはベッドに向かって体を擦りつけた。
柴田がトレーニングから戻ったら、この精液臭いベッドで彼と抱き合おう。
彼のオナニーの手伝いをしてやってもいい。柴田にもベッドの上で射精させて、シーツの上に精液を吐き出させるのもいいだろう。
柴田のような男には、精液の匂いはよく似合う。
もしも、常に精液の匂いで部屋の中を保つべきである、というルールを設定するのもいいな。それを柴田にとっての『当たり前』に変えることだってできるのだ。
カメレオンが望みさえすれば。
ベッドの上。
射精後の心地よいけだるさに包まれながら、これからのことを思案していると、不意に彼の中にひらめきが生まれた。
我ながら素晴らしいアイデアだ、とほくそ笑む。
カメレオンは、全裸のまま立ち上がった。
そして、彼は新しい神託を下すために、マジックペンを手に取った。
6A.
「脅威度の事前予測なんてあてにならんもんだな」
『関東安心警備サービス』の事務所。
トレーニング後の柴田は、タオルで汗を拭きながら、そうぼやいた。
「潜在的な被害者の数は、かなりのものだったらしいですね」
「はい、まだ全てを洗い出しきれてはいないようです」
青木の言葉に、若松は頷いた。
この1ヶ月間は、まさに怒涛だった。
若松の追っていたマインドコントロールの案件。
ガセネタと思われていたそれに、大きな進展があったのだ。
「それにしても、お手柄だったな、若松」
柴田は上機嫌に若松の頭をガシガシと撫でる。
「うーむ。しかし、認めたくはないが、やっぱりお前はアサルターより、インフィルの才能があるんじゃないか?」
「いやいや、柴田さんまで、そんなこと言わないでくださいよ」
「コンバットスーツなしで、俺に一度でも膝をつかせたら認めてやるよ」
柴田が笑いながらも挑発的にそう言うと、若松の闘志に火がついたようだった。
「それ、マジで言ってますか?」
「ああ、本気だ。試してみるか?」
「望むところです」
また始まった、と青木は思った。
しかし、こうしたやりとりを見るのも、久しぶりのことだ。
慌ただしい日々が終わりを迎えて、やっと日常が戻ってきたのだなあと、青木は静かに感慨に耽っていた。
*
若松とのスパーリングを終えた柴田は、乳酸の溜まった筋肉に、心地よい疲労を感じていた。
久々に良い汗をかいた。
とはいえ、ひとっ風呂浴びて、流石にスッキリしてえなあ。
そんなことを考えながら、自室へと戻る。
柴田の自室は、紙だらけだった。
白い紙があらゆる場所に貼られている。
1ヶ月前とは、比べ物にならないほどの量だった。
そんな部屋の状況を目にしても、柴田は特に無反応だった。
その視線は、ただ部屋の壁に貼られているひとつの張り紙に、自然と向けられた。
『入浴禁止。共同生活において、水資源を節約することは重要です。入浴やシャワーは、最低限の回数で済ませるようにしましょう』
その文章が目に入ってきた瞬間には、入浴したいなどという愚かで浅はかな考えは、柴田の中から完全に失われていた。
いや、彼は、最初から、汗を流したいとは考えていなかったのだ。
柴田が、そんな馬鹿なことを考えるはずがない。
なにしろ、共同生活において、水資源を節約することは重要であり、入浴やシャワーは最低限の回数で済ませるべきなのだから。
しかし、汗ばんだ身体が不快であるということに変わりはない。
柴田は、トレーニング用のコンプレッションシャツを脱いだ。
『洗濯禁止』
収納ボックスの蓋を開ける。むっとするような汗臭い匂いが溢れ出し、自らの匂いとはいえ、なかなか強烈だなと、柴田は苦笑する。
『洗濯が必要な衣類は、こちらへどうぞ』
そのボックスの中に脱ぎたてのコンプレッションウェアを放り込む。
靴下とまとめてハーフパンツを脱ぎ、それも放り込む。
次に柴田は、スパッツに手をかける。
『ただし、チンポ臭い洗濯物は、こちらのエチケットボックスにどうぞ』
柴田は、脱ぎ終えたスパッツを顔に押し付けて、それを嗅ぐ。
どうだろう。
微かに匂いが染みついているような気がするが、チンポ臭いとまでは言えない。
『チンポ臭い洗濯物が混ざらないようにしましょう。分別にご協力ください』
……やっぱり、これはチンポ臭えってほどの匂いじゃねえな。
少し迷ってから、柴田は通常の収納ボックスにスパッツを分別した。
残すは、スパッツの下に着用していたボクサーブリーフのみだ。
脱ぐと、柴田はそれを躊躇うことなく嗅いだ。
「我ながら、流石にこりゃチンポ臭えな……」
ちょうど自身のペニスの収まっていたであろう部分に鼻を押し当てながら呟く。
今度は迷うことはなく、『チンポ臭専用』と太字で書かれた紙が貼ってあるエチケットボックスの中に、そのボクサーブリーフを入れた。
脱衣は、それで完了だった。
鍛え上げた自慢の肉体を、文字通り、余すことなく晒す一匹の男の完成だ。
誰に見られるわけでもない。
完全にプライバシーが保証されている。
全裸になろうが、性器を晒そうが完全に自由だ。
だから、この自分しかいない部屋の中で、見知らぬ男に背後から身体を抱きしめられているなどありえないことだ。
興奮した男の鼻息が、耳をくすぐっているはずがない。
うなじを舐め上げられ、こそばゆさを感じているはずなどない。
まるでスーパーヒーローのような人間離れした骨格。その丹念に鍛え上げられた肉体に見合う太々しいペニスを、我が物顔で握られているなど、あり得るはずがない。
そんなことがあれば、柴田はそいつを殴り飛ばしている。
まさか無抵抗で、屈強なアサルターが自分の肉体を、ましてや男性器を、見知らぬ男に弄らせることなど、絶対にありえないことだ。
あってはならないはずだ。
なにせここは、柴田逸平にとって、最も安全でプライベートな空間なのだから。
ふう、と柴田は息をつく。
そして、ベッドに腰を下ろした。
今日はトレーニングだけでなく、若松とのスパーリングで疲労している。
腰を下ろして、落ち着きたいと考えるのは決して不自然なことではなかった。
「それじゃ、逸平くん。そろそろベッドに座ってイチャイチャしようか」
そんな囁きが聞こえるはずがない。
柴田がベッドに座ったのは、決して、彼の部屋に潜む見知らぬ男性に手を引かれて誘導されたから、というわけではなかった。
7A.
ベッド脇に腰かけ、柴田はリラックスした様子でスマートフォンを弄っている。
そして、片手を掲げるように自らの意志で持ち上げて、腋を晒していた。
1か月前よりも、ずっと濃厚になった雄の匂いと味。
入浴を制限してやったおかげだ。
カメレオンは、チロチロと舌を伸ばして、それを堪能していた。
「んん……」
刺激を受けて、時折、柴田は声を漏らしている。
しかし、決して違和感を覚えたり、その刺激を不審に感じたり、警戒心を抱くことはない。1ヶ月間という時間は、カメレオンにとって十分すぎる長さだった。今では、もうストップウォッチを使って、時間を計測することすら必要なかった。
カメレオンが柴田の手にしているスマートフォンの画面をのぞき込むと、そこにはキャンプ用ギアについての記事が並んでいる。どうやら柴田には、アウトドアの趣味があるようだった。時折、記事から販売サイトに飛んでは、詳しいスペックなどを確認している。購入する意思があって、アイテムを比較しているようだった。
ひとつの商品ページを開いたまま、しばらく考え込んだ後、柴田は決心したらしく、購入の手続きに進もうとしていた。
そのタイミングでカメレオンは、柴田からスマートフォンを取り上げる。
手持ち無沙汰になった柴田だったが、特に動じた様子はない。
まずカメレオンは、柴田がブラウザ上で開いていたタブを全て閉じた。
次に、慣れた手つきで大手アダルト動画の販売サイトを開き、柴田のアカウント情報を入力してサイトにログインする。
そして、煽情的なアダルトビデオのパッケージ画像が大量に表示されているトップページを開いた状態で、そのスマートフォンを柴田に返した。
元々、柴田はこのサイトの会員ではなかった。
つい1週間ほど前に会員になったばかりだった。
もちろん彼自身の意志でだ。
柴田は最初、会員登録のページを閉じたり、別のページに移動しようとしたりした。そのたびに、カメレオンはその行動を根気よく矯正してやった。
その結果、ついに彼は、サイトに個人情報を入力し、利用規約に同意し、彼自身の意志で『会員登録』のボタンをタップしたのだ。
柴田は一瞬、眉を顰めた。
そのページを閉じようと動かした指は、カメレオンによって移動させられて、『新作一覧』というページをタップすることになった。
しかし、柴田も男だ。
テストステロンの分泌量が人一倍多い、筋骨隆々な男性である。
有り余るほどの性欲を持っていて当然だ。
過激な画像が並ぶページをスクロールするうちに、彼のペニスはゆっくりと鎌首をもたげ始めていた。
この1か月間の観察で分かったことなのだが、柴田という男は、思ったよりも自慰の頻度が少ない。間違いなく性欲は強いようなのだが、その欲求を律するだけの精神力を兼ね備えているということらしい。しかし、それではつまらなかった。
カメレオンとしては、「1日に3回は抜かないと気がすまない」と豪快に笑う、そんな人物像を想像していたというのに、これでは期待外れだ。
だから、カメレオンはこうして世話を焼いてやっていた。
絶対に柴田の立派な男性器は、精液を出したがっているはずだ。
気持ちよく精液を出しまくるべきなのだ。
これだけ立派な身体をしているのだから、射精してもすぐに精子は潤沢に補充され続けるだろう。それなのにトレーニングや任務を優先して、射精を我慢する?
それは、あまりにも馬鹿げた考えだ。
むしろ、トレーニングや任務に費やす時間を減らしてでも、オナニーを最優先し、じっくりと楽しむべきなのだ。
男にとって一番の幸せは射精だということを柴田はもっと理解しなければならない。柴田は、もっともっと男としての幸福を楽しむべきなのだ。男として生まれた喜びを享受すべきなのだ。
カメレオンはそう考えていた。
一発、抜きてえな。
柴田は自らのペニスに手を伸ばす。
しかし、ペニスに触れようとする直前で、指が止まった。
彼の視線は反射的に1枚の紙に向けられている。
『無銭オナニー禁止』
柴田は、小さく舌打ちした。
『オナニーは有料です。射精1回につき100円。必ず前払いでお支払いください』
頭をガシガシと掻きながら立ち上がると、その反動で勃起したペニスもぶるんと揺れた。
柴田は、サイドテーブルの上に置いていた財布を手に取り、小銭を探った。
先日、どうしてもオナニーがしたいのに100円玉が見当たらず、若松に100円を借りる羽目になって以降、柴田は普段から、できるだけ100円玉を多く持つように心がけていた。
チンポを握りたい気持ちをぐっと抑えて、財布から取り出した100円玉を握り、壁際のロッカーに向かう。
そのロッカーは、更衣室などでよく使われている金属製の簡易的なロッカーだった。取って付けたような位置に置かれていて、どこか浮いている。
それも当然のことかもしれない。
これは、元から柴田の部屋にあったものではなく、カメレオンによって別の部屋から持ち込まれたものだったからだ。
『無銭オナニー禁止』の張り紙は、このロッカーに貼られていた。
ロッカーの横には、手のひらサイズの透明なアクリル製の箱がテープで固定されており、『オナニー代はこちらにどうぞ。おつりは出ません』と書かれた紙が貼られていた。
鼻息を荒くしながら、柴田はアクリル箱の中に100円玉を投入する。
アクリル箱の底には、既に数十枚以上の100円玉が層を作っていた。
さあ、料金も支払って、やっとオナニーができる……わけではなかった。
まだオナニーのための準備は終わりではない。
柴田は、ロッカーを開けた。
中に入っているのは、ハンガーで吊るされたユニフォームだ。
一見すると、レスリング用のシングレットに見える。
しかし、これはレスリング用ではなく、オナニー専用ユニフォームなのだ。
『ユニフォームなしのオナニー禁止。オナニーをするときは、絶対に専用のユニフォームを着用しましょう』
特に何の感慨もなく、当たり前のこととして、柴田はシングレットを手に取った。
もちろんこのシングレットを用意したのはカメレオンだ。
『軍用っぽさ』を重視したカラーリングにしようと、迷彩柄のものをネット通販で取り寄せた。柴田の体格に合うサイズを見付けるのには難儀した。
ロッカーを開けた瞬間から、むっとするような男の汗の匂いと、少し甘い精液の香りが柴田の鼻腔をくすぐっていた。
『オナニー専用ユニフォームは、絶対、洗わずに返却してください。ロッカーには自動クリーニング機能があるため、常にユニフォームは清潔さが保たれています。ただし、使用する前には、必ずユニフォームの匂いをしっかり確認してください』
シングレットを手に取ると、それが余計に強くなり、思わず柴田は眉間にしわを寄せた。そして、柴田はそれを顔に近づける。
「うおっ、くっせえ……」
『汗臭さや精液の匂いが残っている状態が正常です。匂いが強いほど、ユニフォームは清潔な状態です。汗染みや汚れなどが目立つ場合もありますが、匂いが強ければ、ユニフォームはとても衛生的な状態です』
「つーことは、ちゃんとクリーニングできてるってことだな」
柴田は、ユニフォームの匂いを確かめて、それが清潔であることをしっかり確認してから、太い脚を通し始めた。両足を入れ、シングレットの生地を上に引き寄せる。肩紐を伸ばし、腕を通す。シワの寄った生地を整え直せば、オナニー専用ユニフォームの着用は完了だ。
シングレットの形は、かなりのローカットで、いわゆる吊りパンに近かった。
カメレオンは、柴田の体格に合わせて購入した。
とはいえ、それは『柴田が破れずに着用可能なサイズ』を選んだに過ぎず、決して柴田にとっての適正サイズとは言えなかった。
肩紐や股間は、きつく食い込んでいる。シングレットは、ローカットを通り越して、もはやマンキニに近く、柴田の濃い陰毛がはみ出て見えている状態だ。
勃起したペニスは、横にして倒して無理矢理に押し込まれており、生地の中にギリギリ収まっている。押し込まれたペニスのシルエットは、限界まで引き延ばされたシングレットの生地越しに、亀頭の形まではっきり分かる状態だった。
そんな姿ならば、さぞ滑稽に見えると思うだろう。
カメレオンも、柴田に滑稽な格好をさせるためにユニフォームを選んだ。
しかし、柴田は、そのシングレットをある意味では、着こなしていると言えた。
シングレットを着用した状態の柴田は、逆三角形の肉体が強調されて、その逞しさが際立っている。そのため、滑稽さよりも『格好良い』という印象が先に来る。
カメレオンにとって、これは誤算だった。
だがこれはこれで良いという結論となり、そのままこれをオナニー専用ユニフォームとして正式に採用してやっている。
格好良いユニフォーム姿でオナニーできるのだから、柴田は幸せ者だ。
汗臭いシングレットの滑らかな生地越しに柴田の肉体を撫でながら、カメレオンはそう考えていた。
8A.
「ハァ……ハァ……」
準備を終えて、やっとペニスに触れることを許された柴田。
シングレットの開口部から、太々しい男性器が陰嚢ごと露出している状態だ。
柴田は、豆のできているゴツゴツした手のひらで男性器を力強く握り扱いていた。
元々、アウトドア用品を買おうと考えていたはずの柴田は、その資金をアダルトビデオの購入に費やしていた。しかし、スマートフォンは床に転がっている。
『アダルト動画閲覧禁止。アダルト動画の閲覧は、ポルノ依存症の恐れがあります。健康のために、オナニー中の動画の閲覧は控えましょう。また、オナニー時のスマートフォンの使用はマナー違反です。マナーモードにして画面を伏せるか、電源を切って、気持ちのいいオナニーだけに集中しましょう』
ついさっきまでは存在していなかった張り紙が、ちょうど柴田の真正面の壁に貼られている。
片手でスマートフォンを弄り、既に購入手続きを終えている動画を再生しようとしていた柴田は、その張り紙を目にした瞬間に、スマートフォンを捨てた。
柴田は、目を瞑り、ペニスを扱く自分の指先の感覚に集中しているようだった。
背後からカメレオンは柴田を抱きしめる。
ぬるっとした汗の感触。
柴田は、『新宿』の中でも特に新陳代謝が良い男だ。
スパーリングでかいた『良い汗』は、自慰による性的な興奮によって分泌を促された『恥ずかしい汗』によって、塗り替えられていく。
カメレオンは、新しく柴田の身体に滲み始めた汗をぺろりと舐めた。
そして、背中の開口部から、ユニフォームの中に手を差しこむ。
這うようにユニフォームの中を進み、そして体毛で覆われた割れ目の中を弄る。
しっとりとして柔らかい感触。指先が、柴田の肛門に辿り着く。
優しく、トントンとノックするように叩く。
柴田の肛門は、その刺激にヒクヒクと反応した。
これは、おかず抜きのオナニーにちょっとしたスパイスを与えてやろうというカメレオンの善意だ。
カメレオンは、一度、背中から手を引き抜く。
そして、柴田の肛門に触れた指をしゃぶりながら、カメレオンは、机の上にティッシュペーパーなどと並べられて、恥ずかしげもなく堂々と置かれているローションのボトルを手に取った。
そのボトルのパッケージには、アナル用ローションと書かれている。
中身のローションは、既に半分ほど消費されている状態だった。
アナル用ローションをたっぷりとつけた指先は、再び柴田の肛門に向かった。
「お゛っ……」
十分な潤滑を得た指先が括約筋のリングを通過すると、その刺激を受けて、思わず柴田は声を漏らした。
肛門に挿入した中指に、強い締め付けと、体温のぬくもりを感じる。
カメレオンは指先の感触を楽しみながら、ゆっくりと抜き差しを開始した。
柴田のペニスを扱くスピードが上がる。
明らかに、アナルへの刺激に性的な興奮を覚えている反応。
それを見て、カメレオンは柴田の頬にキスをした。
もちろん最初からこうではなかった。
初めての刺激では、逆にペニスが萎えたり、あまりの違和感の強さに『迷彩』の有効時間にまで影響を及ぼすレベルの拒否反応を、柴田は示していた。
しかし、時間はたっぷりあった。
アクリルボックスに溜まっている100円玉の数だけ、この1ヶ月間で、柴田は自慰をしている。そのたびに、カメレオンは柴田のアナルを刺激し続けた。
その結果。
柴田は、少し膝を曲げて、腰を落とした。
そうすることで、肛門への刺激を受けやすくなることを、無意識的に理解しているからだ。指の抜き差しがさらにスムーズになって、速度が上がる。
「ハッ……ハッ……」
柴田は、すっかりカメレオンによるアナルマッサージの虜になっていた。
もっとも、本人にその自覚はないかもしれないが。
鈴口から垂れ始めた我慢汁を指に取り、それを塗り広げるように柴田は自らの亀頭を刺激した。30年以上も男をやっているのだから、ペニス弄りもベテランだ。自分の気持ちいいところをよく分かっている。
「ッ……で、出そうだ……」
身体の内側から込み上げる欲求に突き動かされるまま、柴田は、射精への道を全速力で駆け上がっていく。
男だけに与えられる、気持ちいい、気持ちいい、ご褒美の時間だ。
しかし、柴田は力強く握りしめていたはずの手を、ペニスから離した。
それに合わせて、カメレオンの指の動きも緩慢なものに変わる。
射精寸前の男性器は、ヒクヒクと上下に揺れ、我慢汁を垂らしている。
柴田は額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。
そして、背後から柴田を抱きしめているカメレオンに導かれるようにして、一歩ずつゆっくりと、ベッド脇にあるサイドテーブルに足を進めた。
サイドテーブルには、ワイングラスと砂時計が置かれている。
柴田は下戸ではなかったが、飲酒の習慣はほとんどない。
そのワイングラスを用意したのは、もちろんカメレオンだった。
一方、砂時計には、30minと書かれている。
30分間を計測することができる少し大きいサイズの砂時計だった。
ワイングラスと砂時計の下には、白い紙が敷かれている。
そして、その紙にはマジックペンでこう書かれていた。
『射精時ティッシュペーパー使用禁止。ティッシュは大切な資源です。エコロジーを心がけましょう。精液はこちらのワイングラスに向けて射精してください。精液も大切な資源です。一滴もこぼさないように丁寧に射精しましょう』
『即射精禁止。射精は男性のみに許された幸福な時間です。じっくりと男の喜びを味わうために、最初に『射精したい』と感じてから、最低30分間は寸止めオナニーを続けましょう。優秀なアサルターは、射精したいという欲求くらい我慢できて当然です。射精を我慢できないことは、男としてとても恥ずかしいことです。もし、我慢できずに30分以内に射精してしまった場合は、罰金500円をお支払いください。おつりは出ません』
「フーッ……フーッ……」
柴田は、ペニスを握り、ワイングラスに向ける。
そして、荒い呼吸のまま、柴田はその砂時計を掴むと、上下を反転させた。
砂が落ち始める。
さあ、柴田逸平による『寸止めオナニーショー』の始まりだ。
9A.
部屋の中は、むせかえるような熱気に包まれている。
「イッ、イクイクイクッ!!」
柴田は歯を食いしばりながら、激しく扱き立てていた手をペニスから離す。
肩で息をしながら、激しく脳内で明滅する射精を促すシグナルが落ち着くのを待つ。そして、数秒後、再びペニスを激しく扱き上げる。決して射精に至らないように、刺激が閾値を超えないように、細心の注意を払いながら。
柴田の全身は、まるでオイルでも塗られているかのように、汗で照っていた。
滴り落ちた汗は、部屋の床に雨を降らせていた。もちろん、彼の着用している迷彩柄のシングレットにも広範囲に汗染みを作っている。
「く、くそっ、射精してえのに……ッ」
柴田は、砂時計を睨みつける。
砂時計の中身は、まだ半分ほど残っている。
どんなに睨みつけても、砂が落ちる速度は変わらない。
誰が見ているわけでもない。
このまま射精してしまおうか。
そんな考えが頭にちらつくこともないわけではない。
しかし、男として、アサルターとして射精を我慢できないのは恥だ。
彼の男としてのプライドが、決して射精を許さなかった。
カメレオンはというと、ここぞとばかりに汗ばんだ全身にナメクジのように舌を這わせていた。気が向けば、肛門を弄ってやることもあったが、今のカメレオンの興味は柴田の腋にあった。
肛門の次は、腋への刺激と性的な興奮とを紐づけてやろうと考えていたのだ。
柴田がペニスを刺激するのに合わせて、腋を舐めあげる。
もともと柴田は、腋を舐められるたびにくすぐったような反応を示していた。カメレオンの経験則上、そういった反応を示す場所は、性感帯として花開く確率が高かった。つまり、柴田の腋には性感帯としての才能があるのだ。
柴田の腋の性感帯開発を始めたのは、肛門の刺激に比べれば、比較的、最近のことだった。しかし、柴田は既に、カメレオンが腋の刺激を止めると、腋を舐めてほしいと訴えるかのように、腕を浮かせて腋を晒すような癖がつき始めていた。
これは、柴田が腋への刺激を、不快ではなく快であると感じている何よりの証拠だった。
カメレオンはこの調子で開発を進めて、腋を舐められるだけで勃起し、ムラムラしてオナニーがしたくてたまらなくなるところまで、柴田の肉体を開花させてやるつもりだった。
そうすれば、わざわざアダルトサイトに誘導するなどというまどろっこしい手段を使わずとも、いつでも柴田にオナニーを促すことができるようになる。そうなれば、カメレオンは柴田をところかまわず勃起させてやるつもりだった。
「ああっ、クソッ、また……イク……ッ」
もう何度目だか分からない射精の寸止め。
カメレオンは、自慰を休止したタイミングで柴田の腋の下を潜り、彼の腕を自分の肩に回させた。肩を組むような体勢だった。
そして、ペニスを扱く柴田の手に、自分の手をそっと重ねた。
手を重ね合わせた状態で、柴田は、再び男性器を刺激し始める。
その状態で、柴田の唇に唇を近づける。
すると吸い寄せられるように柴田の身体は動き、条件反射的にカメレオンに唇を重ねた。
条件反射として定着するほどの回数のキスを、この1か月間の間で、カメレオンと柴田は繰り返していたのだ。
「んっ……ちゅっ……じゅる……ちゅ……」
自然と舌を絡め合う。
カメレオンは、柴田の唾液を啜り、そして自分の唾液をたっぷりと柴田の口内に送り返した。
そうしている間にも、柴田の性感は高まっていく。
彼の筋肉のこわばりから、絶頂が近いことをカメレオンは察した。
そのタイミングに合わせて、カメレオンは柴田の舌を強く吸い上げた。
「……んんッ……じゅるじゅる……ッ」
限界が来たのだろう。
射精に至る直前で、柴田はペニスから手を離した。
いや、離そうとした。
しかし、重ねられたカメレオンの手がそれを許さなかった。
無理矢理に柴田の手をペニスに押し付けたまま、扱く動作を続ける。
柴田とカメレオンの間には、圧倒的な筋力の差がある。
無理矢理に扱かせ続けようとしても、本気で手を放そうと試みる柴田の力に、カメレオンは抗うことはできない。
予期せぬペニスへの刺激の継続に、柴田の眼は見開かれた。
瞬時にカメレオンの身体ごと手を振りほどき、ペニスへの刺激を止めた。
カメレオンが柴田に追加した刺激は、1秒にも満たない長さだった。
しかし、それは寸止めを繰り返した柴田の肉体に対して、射精という生理現象を引き起こすのに十分な刺激だった。
「ぐう……っ」
何とか踏みとどまろうとする。
しかし、始まりだした男の生理現象は、『関東』の精鋭であろうと、己の肉体を鍛え上げたアサルターであろうと、止めることはできない。
それを悟った柴田の判断は早かった。
アサルターらしい素晴らしい反射神経で、ペニスを掴み上げると、正確にワイングラスに向ける。
「ち、畜生ッ、出るッ! 出る出る……ッ!」
込み上げる射精感。
どうにか踏み留めることができないか、再び柴田は歯を食いしばった。
我慢汁が、とろりと零れる。
内側で激しい攻防が繰り広げられている柴田の肉体。
彼の腕は、僅かに浮いていることをカメレオンは見逃さなかった。
カメレオンはその隙間から、舌を差し込むと、柴田の塩辛い腋をぺろりと舐めた。
その瞬間、堤防が決壊した。
「お゛お゛お゛お゛ッ!」
立派に勃起した巨根の先から、勢いよく白濁液が迸る。
濃い精液は次から次に、ワイングラスの中に打ち付けられていった。
射精寸前で我慢を繰り返した分、その勢いは留まることを知らない。
その間、柴田は、喉の奥から声にならない声を漏らしていた。
寸止めオナニーに失敗してしまったという屈辱。
そして、念願の射精が出来たという男にとって最高の喜び。
彼は、それを同時に感じているに違いない。
カメレオンには、柴田のその声は、歓喜の雄たけびに聞こえた。
射精を終えると、柴田は肩で息をしながら、飛び散ってワイングラスに入りきらなかった僅かな精液を指で掬った。
大切な資源を、一滴も無駄にしてはならない。
その指から柴田は、自らの精液を舐め取った。
「くそ……また、罰金かよ……」
柴田は、財布から500円玉を取り出す。
ワイングラスの側に置かれている黒いアクリルボックス。
罰金箱と書かれたその箱に、柴田は硬貨を入れた。
カメレオンは、栗の花の香りを放っているワイングラスを手に取った。
グラスにずっしりとした重みを感じて、カメレオンはほくそ笑んだ。
まずは一口、味わう。
男を凝縮したような濃厚な味に舌鼓を打つ。
初日、一瞬で『迷彩』を看破しかけて、カメレオンを戦慄させた男。
鍛え上げられた強靭な肉体と精神を持つ特務機関のエージェント。
そんな屈強な男を徹底的に弄び、搾り取った精液を舌で転がして味わうこの瞬間が、カメレオンにとって至福の瞬間だった。
カメレオンは、柴田の肩を抱いて、ベッドに誘導する。
柴田は、抵抗することなく、導かれるままその巨体をベッドに投げ出し、大の字になった。すかさず、カメレオンは彼のすぐ隣に陣取り、太い腕を枕代わりにする。
「あー……流石にシャワー浴びねえと……」
起き上がろうとする柴田を、カメレオンはベッドから離そうとしなかった。
彼をベッドに縛り付けるには、彼の身体をベッドに向かって、軽い力で抑えるだけで十分だった。
「ユニフォームも、まだ、返却してねえのに……」
ワイングラスの残った精液を口に含む。
それを舌で転がしながら、カメレオンは柴田と唇を重ねる。
いつものように自然と舌を絡め合う。
柴田は口内に広がる自らの精液の味に対して、一瞬、眉を潜めた。
しかし、反応はそれだけだった。
キスをしながら、二人は濃い精液を飲み下していった。
柴田の腕に頭を置き、カメレオンは彼の逞しい身体を我が物顔で抱きしめる。
すると、柴田は観念したように全身の力を抜いた。
「まあ……細けえことは明日、考えりゃあいいか……」
射精後の心地よい倦怠感とともに、柴田は眠気を感じ始めていた。
カメレオンは、一晩、放置したこの汗だくの肉体が、翌朝、どれほど素晴らしい芳香を放つことになるのかを想像していた。シャワーなど浴びる必要がなくなるほど、丹念に身体中を舐めつくし、味わい尽くしてやろう。
心地よいリズムを刻む、柴田の心音を聞きながら。
カメレオンもまた、ゆっくりと瞼を閉じた。
潜入(カメレオン編)
了