プールサイド(Common) (Pixiv Fanbox)
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「整列!」
伊坂隆次郎の掛け声とともに、塩素の匂いの立ち込めるプールサイドに、鋭くホイッスルの音が響く。それを合図に隊員たちは素早く教官である伊坂の前に整列し、敬礼する。
伊坂は十二人の隊員たち、ひとりひとりの動きを厳しく観察した。
その挙動には一切の無駄がない。どの隊員も精悍な眼差しを伊坂に向けている。
どいつも良い顔をしている、と伊坂は思った。
彼らの部隊はヒーロー支援部隊、と呼ばれるヒーローのサポートが目的の部隊の一つだった。彼らはもともとヒーローになることを志し、ヒーロー協会に所属した。
しかし、実際のところ、彼らが新しいヒーローとして昇格することは、万に一つもない。
その理由は『コア』適正だ。
ヒーローには『コア』と呼ばれる生体エネルギーの増幅器への適合性が必要とされる。いかに稀有な身体能力を持っていたとしても、「『コア』適性なし」と判定を受けた時点で、ヒーローになることはできない。それが現実だ。
彼らは、限りなく最もヒーローに近く、そして最もヒーローから遠い存在だった。
そして、『サポート要員』というのは実質、形式上のものでしかない。
『コア』に適性のない人間は、どんなに肉体を鍛えようと訓練に励み、強じんな肉体を手にし、束になってかかったとしてもヒーロー一人にも力が及ぶことはない。
つまり、彼らは協会にとっては、無価値で役立たずな存在だった。
しかし、協会に所属させた以上、仕事を与える必要がある。
そのために作られたヒーロー協会にとっての方便。
それがヒーロー支援という役割だった。
ヒーロ支援部隊というのは、ヒーローを志しながらもヒーローになることを許されず、それでも諦め切れない男たちの吹き溜まりだった。
悲しいことにそれがヒーロー支援部隊の実態なのだ。
ヒーロー協会にとって、彼らは若く未熟なヒーロー候補生以下の人材でしかないのだ。
ただし、そんなヒーロー支援部隊の中にも例外はあった。
部隊の評価が『A級』と評価された彼らのことだ。
「人を救いたい」という正義感一つで、厳しいトレーニング重ねに重ねて、肉体や精神を限界以上に追い詰めて強化し、人並み外れた身体能力を手にしている彼らは、吹き溜まりなどと形容される他の隊員たちは一線を画している。
彼らの情熱は、形式的なサポート要員などという方便というポジションに押し込められて満足できるほど、小さくはなかった。
形式上の存在であったヒーロ支援部隊。
それを覆したのが『A級』の評価を受けた部隊の存在だ。
『A級』の評価を受けた部隊は、高い身体能力と判断力を持ち、その統率力をもって戦う。
彼らは『コア』の力がなくとも、限りなくヒーローに近い力を発揮して第一線に立ち、形式上ではなく本当に、本来の意味のヒーロー支援部隊として行動することを唯一許されている。
『コア』のない生身の人間で、第一線に立って戦える唯一の存在である。
伊坂自身も元は『A級』出身だ。
加齢とともに身体能力のピークを過ぎた今は、フィジカルに関するコーチとして協会に貢献している。もちろんピークを過ぎているとはいえ、その筋肉量は他の隊員と負けてはいない。一線を退いてもなお、いつか命をかけてでも戦う必要が生まれたその時のために、トレーニングを続けているのだ。
伊坂には、『A級』支援部隊の気持ちが痛いほど理解できた。
ヒーローになれない悔しさ。それをバネにトレーニングを重ね、実戦で戦うことを許され、人を守ることができたことの喜び。どんなに生身の肉体が傷つこうと構わない。
このプールサイドに整列している隊員たちは全員、命がけで身体を鍛え抜いてきた。
日々苦しみながら、自分自身と戦い続けているのだ。
だからこそ、伊坂はコーチとして『鬼』になると決めていた。
もちろん怪我や故障をしないようにしっかりとリスクは考慮している。しかし、ヒーローと対等に渡り合える肉体へ鍛え上げるためには、多少のリスクがあろうと激しいトレーニングをこなす必要がある。
整列する隊員たちは汗だくだった。
早朝からの筋肉トレーニング。それも異常なまでの負荷を課せられた上に、休息もないまま、転がるようにプールサイドまで連れてこられた。伊坂は限界まで心身ともに彼らを追い詰め、厳しいトレーニングを課した。限界まで身体を痛めつける。それが彼らの意思に応えることになるのだと、彼自身が理解していたからだ。
日は高く昇っている。
訓練用の野外プールには、暑い夏の日差しがカンカンに降り注いでいる。
時刻は、午前十時五十分ちょうど。
伊坂は、壁に掛けられた時計を見ながら、額に浮かんだ汗をシャツで拭った。
既に彼自身も汗が浮かび上がり、白いシャツの胸と腋の部分がじっとりと湿っている。
隊員たちは、筋肉トレーニング用のウェアから、水泳用のキャップに膝上までの少し丈の短いトレーニング用のスイムウェアに着替えを済ませている。
早朝からの激しいウェイトトレーニングで上がった体温。また、夏の日差しに焼かれ、身体中から汗が滴り続ける。本来なら立っているのすら辛い状態だ。
それでもなお、彼らはそのまなざしを曇らせることはない。
むしろ汗は、彼らの唯一の武器である肉体を、最高に引き立たせるかのように彼らのパンプアップした筋肉を照り輝かせるのだった。
これから始めるのは、クールダウンを兼ねたプールを使った水中訓練だ。
いつまでも隊員たちの肉体を炎天下に晒させて、無為に肌を焦がさせるわけにもいかない、と伊坂は大きく息を吸い込んだ。
「よし、では準備運動を始め――」
プールサイドに大きく響いた伊坂の声は、そこで途切れた。