プールサイド(implant01) (Pixiv Fanbox)
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「どうもみなさん、今日もハードな訓練、ご苦労さまです」
突如、そう表現することがしっくりくるほど突然に男は現れた。今までその場所には誰もいなかったはずなのに、男はその場所に現れたのだ。
男はワイシャツにハーフパンツというラフな格好をしており、伊坂の目には20代の前半、幼さの残る顔つき。大学生くらいの年齢に見えた。
男はプールに足をつけて、まるで涼むように、バシャバシャと水音を立てている。
「お前は何者だ。いつからそこにいる?」
伊坂は考えるよりも先に、すぐに身構える姿勢を取っていた。
同様に、百戦錬磨の『A級』の隊員たちは目くばせをし、隊列を保ちながら、わずかに身体を動かす。素人目には分からないが、そのわずかな動きだけで、すぐにでも戦うことができるように身体中の筋肉に神経を集中させることができるのだ。
テレポーテーション。それに類する何らかの能力者である可能性が高い。
どうやって侵入し、どういう目的があって、わざわざ『A級』の精鋭たちのいるこのプールサイドに現れたのかは分からない。しかし、伊坂の長年の経験が告げる。この男は確実に悪意を持っている『敵』なのだと。
伊坂や隊員たちの警戒とは裏腹に、男は飄々と片手でスマートフォンを弄りながら、筋肉隆々な隊員たちに頭を下げて、微笑んだ。
「私はずっとここにいたんですが、気づきませんでしたか?」
??ずっとここに居た?
そんなはずはない。
伊坂を合わせて十三人の精鋭がいて、不審者に気づかないはずがない。
それにここはヒーロー協会内部の訓練施設だ。この訓練用のプールが野外にあるとはいえ、そんなに易々と部外者が侵入できるほど、協会のセキュリティは甘くはな??
「伊坂隆次郎さん」
伊坂の思考はそこで止まった。
男から、名前を呼ばれ、問いかけられたからだ。
「なんだ?」
名前を呼ばれた伊坂は思わず、そう答えた。
答えてしまってから、疑問が浮かぶ。なぜ自分の名前を知られているのか。いや、それよりもなぜこんなにも反射的に返事を??
再び、思考が止まる。
「伊坂さんは、私の姿に気が付きませんでしたか?」
伊坂、と名前を強調するように問いかける男の言葉がプールサイドに男の声が響く。
「ああ、気づかなかった」
再び反射的にそう答える。 間髪入れずに答えずにはいられない。
「みなさん」
男は、伊坂の次に、隊員たちに向かって問いかける。
隊員たちは統率の取れた動きで、男に向かってその汗ばんだ身体を向けた。
「みなさんも、私の姿に気が付きませんでしたか?」
『A級』の隊員たちは、口々に『気づかなかった』という旨の言葉を、各人がバラバラに漏らす。 先ほどまでの統率の取れた動きとは違い、それぞれに戸惑いがみられる。伊坂と同じく、反射的に答えてしまったことを不思議に思っているのだろう。
「それなら安心です」
男は、まるで楽しんでいるかのように笑っていた。
「鬼コーチとの噂の伊坂隆次郎さんや、『A級』のみなさんに効果があるのだから、装置の出力は万全ですね」
装置? 何のことだ。
いや、それよりも奴の能力はテレポーテーションではなく、恐らく私たちの思考を操作しているのではないだろうか。その思考に至った瞬間に自然と身体が動く。
思考操作系の能力者。
ヒーローとは違い能力に対する耐性の持たない伊坂たちにとって、これほど分の悪い相手はいない。
なぜなら、 『A級』とはいえ、あくまでも伊坂たちはヒーローに匹敵するほど肉体を鍛え上げ、戦闘力を得た一般人であり、物理的な力で対抗することはできたとしても、いわゆる超能力と呼ばれる力の前には無力な存在だ。
それになにより、今は トレーニング用のスイムウェアというあまりに無防備な姿だ。鍛え上げた肉体も、生身を晒していては何の意味もない。
これ以上、我々の思考を操作される前に一刻も早く奴を捕える必要がある。
しかし、その考えに至った伊坂や隊員たちの行動よりも、男がスマートフォンをタップするほうが早かった。
男を捕えようと弾ませた全身の筋肉と思考が同時に止まる。
男の姿は見えなくなった。霧のように消えてしまった。
いや??
そもそも男とはいったい誰のことだ? と伊坂は思った。
日は高く昇っている。
訓練用の野外プールには、暑い夏の日差しがカンカンに降り注いでいる。
時刻は、午前十一時ちょうど。
白昼夢でも見たような気持ちで伊坂は、壁に掛けられた時計を見ながら、額に浮かんだ汗をシャツで拭った。
既に彼自身も汗が浮かび上がり、白いシャツの胸と腋の部分がじっとりと湿っている。そこに脂汗が混じっているのは気のせいだろうか。
隊員たちは、筋肉トレーニング用のウェアから、水泳用のキャップに膝上までの少し丈の短いトレーニング用のスイムウェアに着替えを済ませている。
早朝からのウェイトトレーニングで、本来なら立っているのすら辛い状態だろう。そのせいか、少し彼らの隊列が乱れているように伊坂は思った。
しかし、彼ら自身もそれに気が付いたのか、すぐに乱れた隊列を直すと、澄んだまなざしを伊坂に向ける。 流石は『A級』の隊員たちだ。
早朝からの激しいウェイトトレーニングで上がった体温。また、夏の日差しに焼かれ、身体中から汗が滴り続ける。汗は、彼らの唯一の武器である肉体を、最高に引き立たせるかのように彼らのパンプアップした筋肉を照り輝かせている。
しかし、いつまでも隊員たちの肉体を炎天下に晒させて、無為に肌を焦がさせるわけにもいかない、と伊坂は大きく息を吸い込んだ。
「よし、では準備運動を始め――」
プールサイドに大きく響いた伊坂の声は、そこで再び途切れた。