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 心地のいい疲労感に満ちた身体を、夏の夜風がくすぐる。

 梅雨はとうに過ぎ、季節は夏の終わりに差し掛かろうとしていた。

「お疲れさまでした」

 仕事を終え、てきぱきと荷物をまとめて会社を出る。

 その足で向かったジムで限界まで身体をパンプアップさせる。

 まだジムに残っている知り合いに声をかけてから、一足先にジムを出る。

 

 ジムでのトレーニングを習慣にした最初の理由はなんだっただろうか。

 富良野は考える。

 最初は、狙っていた女性への受けをよくするために見栄えのいい肉体を作ることが目的だっただろうか。それとも単純に健康増進の一環で始めたのが目的だっただろうか。

 当初の目的は朧げにしか思い出せない。

 

「富良野さん」

 帰路につこうと歩みを進めていた富良野は呼び止められて振り返る。するとそこには、よくジムで声をかけてくる青年がいた。確か名前は――

 

「中田です」

 そう。中田くんだ。

 少しおどおどしているところがあるが、トレーニングの知識に関しては富良野よりも詳しい。親切で人当たりもよく何度か補助をしてもらったこともあった。

 

「どうしたんだい? 俺に何か用?」

「スマホ見てもらったら、分かると思うんス……けど」

 スマホ? 何のことだろうと思いながら、ズボンのポケットから端末を取り出す。

 画面を見ると少しめまいがして、思わず膝をついてしまった。

 

「大丈夫ですか?」

 少し慌てたように中田は、富良野の身体を支えた。

「ああ、すまん。大丈夫だ」

「それなら良かったですけど……、分かってもらえましたか?」

 不安げな顔で問いかける中田に、富良野は笑いかけた。

「ああ、分かったよ。とりあえず俺のマンションまで一緒にいこうか」

「は、はい」

 喉仏が上下し、中田は生唾を飲みこんでいた。

 

 マンションまでは徒歩で数分だ。人気のない住宅街を進む。

「あの、良かったら手を繋いでもいいですか?」

「もちろん」

 なぜそんなことをいちいち聞く必要があるのだろう。当然といった風な素振りで富良野は中田の手を取った。

「男同士で……抵抗とか、ないんですか?」

「抵抗がないわけではないけど、中田くんがそうしたいなら、俺がどう思うとかそういうのは関係ないだろ? なんていうか、そう。俺は中田くんに尽くして、あー……奉仕? するのが義務みたいなもんなんだから」

「そう、ですよね」

 誰も見ていないことを良いことに、中田は手を繋ぐどころか富良野の腕を組み、甘えるように身体を摺り寄せた。傍から見れば、ジム通いをしてそれなりに筋肉のついた図体のでかい男同士がまるで恋人のように身を寄せ合っているその姿は、真夏の夜でなくとも暑苦しいことこの上ない光景だろう。厚かましくも女々しく甘えてくる中田を、富良野は嫌悪することもなく、むしろそれが心地よいことのように受け入れ、彼の髪を撫でた。

 中田は自分から富良野の腋の間に身体を滑り込ませる。自然と富良野が中田の肩を抱く形になる。中田はここぞとばかりに富良野の腋に顔を埋めて深呼吸をすると、幸せそうに吐息を漏らした。

「富良野さんすごく汗臭いですけど、シャワーはどうしたんですか? いつもは浴びてるじゃないですか」

 中田が白々しくそんなことを聞くと、富良野は答える。

「中田くんが汗臭いほうが好きだろうと思って、今日は浴びずにタオルで拭うだけにしたんだ。喜んでもらえて嬉しいよ。そんなに喜んでもらえるなら普段からもっと汗臭くなるように意識してみようかな」

「ぜひそうしてください。すごく良い匂いなんですから」

「はは。自分で嗅いでもただ男臭いだけに思えるんだけどな」

 

 第三者が聞けば大いに誤解を招きそうな会話をしながら歩みを進めていくとすぐに富良野のマンションについた。人目を気にして一旦、身体を離した二人だったが、エレベータに入ると再び富良野は中田の肩を抱き寄せて、自室までエスコートした。

 

 玄関の扉に鍵を閉めて、リビングへと進もうとする富良野を中田は呼び止め、その広い背中を抱きしめる。既に勃起したペニスはズボン越しに富良野の臀部に繰り返し擦り付けられている。

「富良野さん、もう我慢できなくて。ここで……その……」

「いいよ。中田くんが望むのなら」

 富良野と中田は玄関先でねっとりと舌を絡め合わせながら、濃厚な口づけに興じる。エアコンもつけていない状態で、男同士が抱き合っているのだから見る見るうちに汗が吹き上がる。全身汗にまみれ、どちらものとも判断がつかない体液がお互いの服に染み込んでいく。暑苦しい思いをしながら、それでも二人は愛を確かめ合うように掌を重ね、しっかりと指同士を組んで少しでも密着してお互いの存在を感じようと本能の下す命令に従うまま、身体を捩らせていた。そして自然と二人は、お互いのベルトを外し合い、ズボンを下ろすと下着越しに怒張したお互いの性器を擦り付けては、微笑み合っていた。

 

「はぁ……すげえ、本当にあの富良野さんがこんなホモみたいなことしてる……」

 『以前』の富良野を知る中田にとって、このような行為を抵抗なく受け入れている今の富良野は、それを目の当たりしてもなお信じられない思いだった。決して受け入れてもらえるはずのない思いをひた隠しにして、それでも近くに居られるだけで幸せだとそう思っていた。いや、そう思い込もうとしていた中田にとって、これは夢にも等しい光景なのだ。

 しかし、夢はまだ始まったばかりだ、と中田は思った。

 肩を軽く押さえるとその意図を察したのか、富良野は膝を曲げてしゃがみ込んだ。まっすぐまるで穢れを知らないようなまなざしで中田を見上げる富良野。その富良野の少し脂のういた顔面に、中田の股間が押し付けられる。

 中田は、富良野の後頭部を手を当てて引き寄せる。汗と我慢汁が染みた中田の下着に包まれて、富良野の顔は完全に覆われる。ゆっくりと富良野の胸は上下して、深呼吸が繰り返される。

「富良野さん、もっと俺のチンポの匂い吸って……」

 腰を振りながら、痛いほど力を込めて富良野の頭を股間に挟み込む。勢いあまって、下着から中田のペニスが飛び出すと、鈴口から流れていた我慢汁が飛び散り、富良野の瞼にかかる。反射的に目を閉じた富良野だったが、改めて目の前の怒張したそれを見ると満足げに微笑んだ。勃起してもなお半被りのそれを富良野は掌で掴み、まるで果物の皮でも剥くような仕草で皮を根元に寄せて亀頭全体を露出させると、躊躇せずに鈴口から今にもこぼれ落ちそうな先走りの溜まりを舌で舐め取ると、味わうように口内でそれを転がした。

「しょっぱくて旨いな」

 聞かれてもいない感想を言うと、富良野は満足げに笑った。

*

 ぐっぽぐっぽ。品のない音を立てながら、中田のペニスは富良野の口内を抉っていた。富良野は舌を出し、口を半開きにしているだけ。止めどなく唾液は垂れ流されて、フローリングの床を汚す。

 

「能動的に、しゃぶってもらうのも、いいですけど、やっぱり、無抵抗でオナホ扱いされる、富良野さんっていうのも、そそりますね。って、聞こえてないか」

 

 喉の奥を狙って深くえぐると、富良野の身体は反射的に嗚咽を漏らす。その瞳は焦点の定まらないまま、虚空を見つめている。

 

「あー、射精しそう」

 中田は込み上げてくる射精感を両脚に力を込め、踏ん張って堪える。いけないいけない。こんな簡単に射精してしまってはもったいない。中田は腰を引いて、富良野の頬を撫でた。

 

「富良野さん、そろそろ戻ってきてください」

「んあ……?」

 呼びかけに答えるように、ゆっくりと富良野の意識ははっきりしてくる。まるで居眠りをしていたかのように記憶の断絶があることには、一切の違和感を抱くこともなく、自分の口から垂れた唾液を啜って、口元を拭った。

 

 二人はお互いの衣服を脱がせあいながら寝室に移動した。

 汗まみれであることも気にせずに抱き合いながらキングサイズのベッドに倒れこんだ。成人した男性、それも筋肉質でそれなりに重量のある二人を支えるベッドは音を立てながら軋んだ。

 自然と二人はシックスナインの体勢になり、お互いの性器をしゃぶりあっていた。先ほどまで延々と口内を犯され続けていたというのに、富良野は飽きもせずに自分の唾液に塗れた中田の性器を心から旨そうに咥え込む。

 中田も嬉々として、蒸れた富良野のペニスを舌でなぞった。仮性包茎の中田のそれとは違い、しっかり皮が剥けて少し黒ずんでいる富良野の性器は、敏感に刺激に反応してどんどん容積を増していく。太く、握り心地の良いその巨根は面白いようにビクンビクンと反応して、そのたびに我慢汁を吐き出した。次から次に際限がないように我慢汁を生み出しては垂れ流していくそれは、まるでそういう仕組みの玩具のようだ。いや、もはやこれは自分の玩具にしても良いものなのだと中田は思うと、腹の底からどろどろとした独占欲が湧き上がってくる。そう、これは自分のものなのだ。これだけじゃない。富良野という男、そのものは今この瞬間、自分の掌の中にいる。

 中田の脳裏には、逞しい身体をくねらせて、掌の上から逃れようと必死に抗う富良野が見えた。富良野は、自分の身体ほどある大きな舌で全身を舐めつくされる。それを嫌悪し、逃れよう逃れようと以下に抵抗しようと、最後には身体を舌に絡めとられて口内に飲まれていく。口の中いっぱいに富良野の味が広がり、その魂は塩気の効いた男らしい汗の味とともにゆっくり飴のように溶かされ、吸われ尽くされて、次にその姿を見せるときには、その魂ごとどっぷりと同性愛に身を染まってもう後戻りはできなくなってしまう。そんな幻想を思い描きながら、富良野の分身とも言える性器を、中田は興奮しながら咥え、舌で舐り続けた。

 そして、次に中田は目ざとくペニスの根本にぶら下がっている富良野の睾丸に目をつけた。指で弄り、少し強めに揉み解すと、面白いように富良野は身体を反応させた。中田は唇を近づけると勢いをつけて一気に吸い込む。するとつるりと二つの睾丸はそれを包む袋ごと、中田の口内に全てがすっぽり収まった。舌を動かせば、ごりごりと二つの塊が離れたり、擦れ合ったり、それこそまさに飴玉のように口内で遊ばれてしまう。

 中田は玉袋をちゅうちゅう吸いながら、器用に富良野のペニスを扱き始める。

「あっ、あっ、あっ」

 思わず声を上げて富良野は身を捩らせた。逃しはしないと、中田は両脚で富良野の顔を挟み込み、自らのペニスを富良野の顔に擦り付ける。

「あっ、中田くん、出る……出る出る! だめだ、出る! 射精する!」

 今にも射精する、というタイミングで中田は、富良野のペニスを扱くのを辞めた。富良野は肩で息をしながら、うめき声を漏らしていた。中田は口いっぱいに広がる男の味覚を堪能しながら、袋を口に含んだまま限界まで引っ張り、最大限まで伸び切ったそれは唇からゆっくりと排出されていった。

 鶏卵大のそれを愛おしそうに舌で突きながら中田は問いかける。

「富良野さんの金玉、本当にデカいですね」

 富良野はハァハァと息をするのが精いっぱいで答えることができない。

「全然我慢汁止まらないんですけど、もしかして結構溜まってます?」

「一週間……くらい……かな」

 吐息交じりに何とか答える。

「俺のためにそんなに溜めていてくれたんですね。嬉しいなあ……」

「いや、仕事が忙し……アッ」

 否定しようとした富良野は、陰嚢に強い刺激を感じて、その痛みに思わず声を上げた。

「折角、俺とのセックスのためにそんなに溜めていてくれたんですから、今日はくたくたになるまでセックスしてお互いたっぷりと射精しましょうね……」

「ああ……ぁ」

 富良野は、うめきとも同意ともどっちともつかない声を漏らして、どうして自分は中田とセックスするのだろう、という今更な疑問を感じながらも、目の前にぶら下がる勃起した性器が、これが決して逃れられない富良野の運命なのだということを指し示しているように感じさせていた。

 

 富良野と中田はベッドの上で再び唇を重ねていた。

「ねえ、富良野さん。富良野さんはどの体位が好きですか?」

 唇から離れた中田は、富良野の分厚い胸板に舌を這わせる。

「俺、ずっと富良野さんが好きだったんです。ジムで最初見たときからずっと好きで、こんな風に一緒にベッドに入ることなんて、絶対無理だと思ってたんですよ。だって富良野さんはノンケじゃないですか。俺みたいなホモが下心を少しでも見せたらマジドン引きですよね」

 弾力のある胸板から感じる塩気は、ジムでかいた汗の味だろうか。それとも玄関でかいた汗の味だろうか。それともこのベッドでかいた汗の味だろうか。

「でもこうやってセックスできることになって、本当に嬉しいんですよ。富良野さんも嬉しいって思ってくれてますよね。あんなにいっぱい俺のチンポしゃぶってくれたし。嬉しいですよ。俺たちって相思相愛ってことですよね。キスもいっぱいしてくれたじゃないですか。富良野さん、俺のよだれいっぱい吸って飲んでくれましたよね。俺も富良野さんの唾液いっぱい飲みましたよ。唾液だけじゃないです。汗も、我慢汁もいっぱい舐め合いましたよね。お互いがお互いの身体の一部になってる。そんな気持ちしません? しますよね。それにすごい旨かったから、きっと俺たち相性最高なんだと思うんです。富良野さんもそう思いますよね。こうして抱き合ってるだけで、どんどん一つになっていく感じしませんか?」

 まだあまり大きくは育っていない乳首を吸い、甘噛みをして、それに飽きたら次は流れる汗の玉を追いかけるように舌を滑らせて、じっとり湿った腋をちゅうちゅうと吸う。腋の先にある力瘤も舐めまわしていく。これは富良野が自分のものであるというマーキングなのだ。

「さすがに俺は女みたいに子供は作れないけど。でも愛があればそれで十分だと俺は思うんですよ。富良野さんもそれで充分幸せですよね?」

「――アッ」

「あ、うまく入らなかったな。すみません。痛かったですか?」

 ローション足りなかったかな。そう言いながら中田は、ふたが合いたまま脇に転がされているローションのボトルを取り、最大に勃起した自分のペニスに蜜を垂らす様にたっぷりと塗り付ける。そして富良野の両脚を掴み、入れやすいようにアナルの位置を調整すると、そこにもローションのボトルをあてがい、たっぷりと絞り出すと肛門の内側に指先を無遠慮に出し入れをする。

 

「じゃあ、入れますよ。あ、手を繋ぐの忘れてましたね。初めては、手を繋いでちゅーしながら愛を確かめ合うって決めてたのに、すみません」

 中田は照れたようにはにかむと、ローションに塗れた手をシーツに擦り付けてから、富良野と掌を重ね合わせた。ごつごつした男同士の指先が、男女の恋人同士がするそれのように交差していく。そしてゆっくりと静かに唇を触れ合わせる。次の瞬間には本性を剥き出しにしたかのように、富良野の歯列を割って舌が強引に捻じ込まれる。お互いの唾液を荒々しく交換し、啜り合い、中田の気持ちが最高潮に高まった瞬間。

「ンンンンンーーーーッ」

 富良野が声にならない声を上げ、二人は交わり合った。

 窮屈な肛門を亀頭が通過すると、中田のペニスは腸壁を一気に貫いた。ぎゅっと締め付ける肛門とふかふかで吸い付くように優しくも力強くペニス全体を包み込む腸で、全身全霊をもって富良野は二人の愛を肯定しようとしているのだと感じて、中田は一層、心が富良野への愛情で満たされていくのを感じた。

 中田が腰を振るたびに、富良野は獣のように喘ぐのだが、その声は中田の唇に吸われて飲み込まれていってしまう。

 富良野のペニスの裏側に当たる部分にゴリっとした感触を見つけると中田はそこを重点的に擦り続けた。そうするうちに少しずつ富良野のペニスは再び容積を増しはじめ、ついには透明な汁を滲ませるに至ってしまう。

 

 男同士、セックス、愛?

 なぜ? なぜ? なぜ? なぜ、こうしている。

 全裸、フェラチオ、ベッド、キス、唾液、汗。

 なぜ、こうなった。

 中田、男、セックス、肛門、チンポ。

 どうして、気持ちいい。

 なぜ。どうして。富良野の頭の中に留めていた何かが決壊するように溢れ、頭の中が疑問で満ちていく。同時に強烈な快感を覚え、身体中に電流を流されているかのように感電している。分泌されるアドレナリンに、ただでさえ汗だくの肉体に追い打ちをかけるように汗が噴き出し続ける。

 目の前には腰を振る男。中田だ。中田の目は爛々と輝いている。富良野を見ているようで見ていない。富良野を突き抜けて、まるでその向こう側を見ているかのように。

「気持ちいいっ、富良野さん、気持ちいいよ。あー、俺マジで富良野さんとセックスしてる。すげえ。あー、富良野さんが男とセックスしてる。俺とセックスしてる。あー、富良野さん好きだよ。富良野さんも気持ちいい? 気持ちいいよね。俺も気持ちいいよ。愛してるッ、愛してるよッ」

 

 ギシギシ軋むベッドの音と、肛門でぐちょぐちょに泡立つローションの音。肉と肉を打ち付け合う音。男同士のむさくるしい吐息が混じり合い、夏の外気に負けないほどむっとする熱気が男二人を包み、身体を動かすたびに汗のしぶきが撒き散らされる。

 

「富良野さん、俺、中で射精してもいいよねッ? 中に出してもいいんだよねッ? 富良野さんも射精したいよねッ? 一緒に、一緒に射精しよう。射精して愛を確かめ合おう。そしたら、俺たち愛で結ばれるんだ。性別を超えた完全な愛でッ」

 中田の腰の動きが激しくなり、射精が近いことを富良野も朧げに感じ取っていた。同時に内側から何かが押し出されるような不可解な感覚とともに、明らかに異常な存在するはずのない部分から発せられる快感に従い、自分の性器が射精という生理現象を引き起こそうとしていることも、その射精が中田の言葉通りに中田の射精と示し合わせたように実行されることもなぜか朧げに理解していた。

 射精する。中田と同時に射精する。射精すれば二人は愛で結ばれる。

 中田の言葉が頭で反響する。もし、それが実現してしまったらどうなるのか。そう考えた瞬間に、富良野の中で急速に危機感が芽生えた。今までで一番強い理性の働き、心理的な抵抗だとも言えるかもしれない。射精してはいけない。決して射精してはいけない。

 しかし、頭でそう理解していても身体は思い通りにならなかった。いかなる男も高まっていく男の生理現象に抗うことなどできないのだ。富良野もそれに屈するしかなかった。しかし、最後の最後に一度だけでも、この異常な状況に抵抗したい。抵抗したという事実を、その爪痕を残さなければならないと富良野は思った。何から何まで思い通りにさせてたまるものか。そんな反骨心さえ少しずつ芽生え始めてくる。自分の身に一体何が起こっているのかなどこれ一つも分からなかったが、今の富良野にとってできる最大限の抵抗は何か。

 それは中田への愛を否定することだ。天啓だった。富良野は歯を食いしばり、上体を起こすと必死に手を伸ばして、中田の肩を掴んだ。

「俺は――んっ」

 俺はお前のことなど、愛してはいない。その一言は、無慈悲にも中田の唇で塞がれた。上体を起こしたのを見た中田は、キスをせがんでいるのだろうと勘違いしたのだ。

 残念ながら実際に傍からみれば身体を起こして中田の肩を掴み、舌を絡ませながら濃厚な口づけを交わす富良野は、自ら中田を求めているようにしか見えなかった。そんな富良野からの愛を感じ、中田の心はますます喜びで満たされた。

「そういえば俺、体位、今のこれが一番好きなんですよね。抱きしめ合いながらこうやって向き合ってベロチューしてるときが一番、愛を感じるっていうか。富良野さんもそうだったんですね。嬉しいです。やっぱり俺たち運命で結ばれてるんですね」

 違う。そう否定しようとした瞬間。

「あっ……」

 富良野は激しい電流で身体の中を撃ち抜かれていた。

 腸内で中田のペニスが一瞬大きく膨らんだような錯覚。そしてそれが弾ける。一度、二度、三度。同時に今まで動かした覚えがない筋肉が収縮する感覚を覚えるのと同時に、自分の腹に生暖かい液体がぴゅうぴゅうとぶちまけられていくのを感じる。

 射精だった。想像していたよりもずっと呆気なく射精が起きる。

 

 二人は示し合わせたわけでもないのに、あーだのおーだの言葉にならない声を同時に漏らしていた。心地の良い疲労感。虚脱感。全てが報われたような気持ち。全てが満たされていくような気持ち。

 

 自然と唇が重なり合い、無意識のうちに口内に溜まっていた唾液が零れて糸を引く。ねっとりと舌を絡めませてから、二人の唇が離れる。

 

 富良野は腹にぶちまけた自らの精液をすくい、口に運んだ。指先をしゃぶり、精液を舌で転がし、味わう。すると今まで覚えたことのない感情が湧き上がってくるのを感じた。それは紛れもない愛だ。それも男同士の愛情だ。富良野は確かめるようにもう一度、自ら中野の唇に自らの唇を合わせると、中田と交わり孕んだその愛が自分の中で大きく膨らんでいくのを感じた。そして自ら中田の唾液を啜り、自らの意志で飲み下すころには、富良野はその男同士ではぐくまれた愛こそが、何よりも尊いものなのだ確信するに至った。

 

 いまだ、繋がったままの中田の性器さえも富良野は愛おしく思っていた。愛おしく思えば自然に心の動きに合わせて腸壁がそのペニスを締め付けてしまう。それが愛なのだと富良野は思った。富良野は、自分の心がしっかりと中田と愛で結び付いていることを確認すると、多幸感で脳内を暴力的に塗りつぶされていった。多幸感が脳を支配し、塗りつぶされてゆくのは中田も同じだった。

 

 二人は言葉を交わすまでもなく、繋がった愛に命じられるまま、そして再び膨らんでゆく性器が求めるまま、ベッドを軋ませ始めるのだった。

*

「お疲れさまでした」

 ベッドで交尾を続けるむさくるしい男二人を尻目に、撮影機材の片づけを終える。無造作に転がされたローションの蓋を閉じ、サイドテーブルに置いた。ベッドにこぼれて染みにでもなったら片づけが大変だ。

 ついこの前買い足した気がしたのだが、いつの間にか量が減っているようだった。今度はもっと大きいサイズのものを購入してもいいかもしれない。コンドームと一緒に通販で注文しておくか。

 そんなことを考えながら、彼は富良野のマンションを後にした。

***

 推敲するかも

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